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2009年11月 アーカイブ

2009年11月02日

吉川区芸能発表会

 昨夕より発熱し、ずっと寝ていました。体温は37.4度まで上昇しました。どうやら夕方の雨の中で動き回ったことがよくなかったようです。今朝は少し下がって36.8度となっています。きょうは議会基本条例策定検討委員会や議員団会議、糸魚川市、妙高市との三市議員交流会がありますので、体調を考えながら参加しようかと思っています。

 土日は行事がいくつもありました。その内、芸能発表会について書きます。土曜日の午前9時半からでした。ぎりぎりまで「しんぶん赤旗」日曜版の配達をして開始時間に滑り込みました。配達の途中、ある人から、「うちんのも行きました。何か、最前列に出て演奏することになったというので恥ずかしいと言っていました」と声をかけてもらいました。そのお連れ合いは、大正琴の演奏で出演、眼鏡をかけて一生懸命やっておられました。少し緊張気味ではありましたが、まとまりのある演奏でしたよ。

 今回の発表会では初めて見かけた人たちが何人もおられました。その内のひとりはKさん、駅伝など長距離ランナーとして頑張ってきたひとです。お連れ合いとともにオカリナの演奏グループに入って、おそらく初めての発表会なのではないでしょうか、「埴生の宿」「日本昔話」などの懐かしい曲を演奏してくださいました(画像)。演奏が終わってまもなく、舞台わきのスペースから軽い拍手をする音が聞こえました。「うまくいったね」と讃え合っていたのかも知れません。

 ギターサークルの演奏は初めてという紹介がありました。3人の女性がトキ色の素敵なシャツと黒いスカートをはいて「スワニー河」「涙そうそう」を演奏しました。3人の演奏する音のちょっとしたズレが緊張感を感じさせます。でも、ギターを弾けるなんてうらやましい。これから、練習してどんどんうまくなっていくのでしょうね。

 司会者が最後に、「ハラハラ、ドキドキも一緒にできるのは吉川ならではのものです」と励ましの言葉を言われましたが、まったくそのとおりです。来年の発表会がまた楽しみになってきました。

毛利正道弁護士の講演を聴く

 10月31日、上越9条の会の講演会に参加してきました。講師は長野県岡谷市の毛利正道弁護士です(画像)。昨年4月、名古屋高裁でイラク派兵違憲判決を勝ち取った原告として有名ですが、「非戦つうしんミディア」というメルマガをほぼ毎週発行し、平和・人権運動を進めている弁護士としても知られています。

 忙しい中でしたが、この日は毛利さんの講演を全部聴くことができました。先の衆院選の話から始まって、名古屋高裁判決の画期的な意義、自衛隊海外派兵に向けた動きなどをわかりやすく話してもらいました。日米同盟再編の動きのなかで、全長200メートル前後の護衛艦、補給艦などの艦船が次々と造られていること、「人を殺せない自衛隊」から「人を殺せる自衛隊」づくりのために例の田母神氏が毎月20~30回もの講演を精力的に行っていることなどを聴き、改めて、9条の会などの活動を強めていかなければならないと感じました。

 毛利さんは学生時代からの私の友人です。たぶん、髪は染めているのだろうと思いますが、数十年ぶりに再会して、学生時代とほとんど変わらない若さをもっていることにびっくりしました。時間があれば、どこかで飲んでゆっくり話をしたかったんですが、それはお互い、かないませんでした。

福井県から視察団

 上越市のまちづくりについて学びたいと福井県の日本共産党や民主団体の幹部だった人たちなどが31日、1日と吉川区などを訪問され、案内役を務めました。一行は組合活動や議会活動などで頑張っている人ばかりです。こちらの方が教えてもらうことが多いのでは、と思うくらい様々な活動をしてこられました。

 1日は外に出ての研修です。〝風のまち〟を知ってもらうには尾神岳が一番と思い、まずパラグライダーのティクオフへ案内しました。まだ朝の早い時間にもかかわらず、運よく、パラグライダーを楽しむ人たちと出会いました。それもこれから飛び立とうというところです。親子ふたり、若い父親と小学校に上がるかどうかといった年齢の男の子がスーッと飛び立ち、大空で飛行する様子を見て、「うまく風に乗るんだね」「子どもにとってはいい体験になるだろうね」などという声が出ていました。

 吉川区はここ数年、地震や水害などに見舞われました。災害対策についての関心も高く、中越沖地震の傷痕が残っている上川谷の現場や堤防のかさ上げなどの工事箇所も見てもらいました。上川谷の現場については地質に詳しい人から説明してもらいました(画像)。住民の命と安全にかかわる問題はどこでも最優先課題です。熱心に見てもらいました。

 最後は㈱杜氏の郷の訪問です。杜氏の郷についてはここ2、3年の動きについてもありのまま説明し、地域の特色を生かしたまちづくりについて意見交換しました。参加されたみなさんからはアイスクリームだけでなく、たくさんの酒を購入してもらいました。

寒波到来。中村睦男さん逝く

 あー、寒い、寒い。きょうは朝から気温が下降しました。午後2時頃には市役所の壁面をたたきつけるような音がしました。白いものが混じったのです。議員の中にはスノータイヤを履かなきゃとまで言う人もいました。

 私はおかげさまで何とか一日持ちました。議会基本条例の検討の時には少し頭がもやもやしていたものの、自分の考えをのべることができました。きょうの議論では基本条例の中で議員政治倫理条例の制定について触れるかどうかで時間がかかりました。私は制定派です。政治倫理について一般的な事項を盛り込むだけではたいして役に立たないからです。

 午後3時からは妙高市、上越市、糸魚川市の三市議会の交流会でした。『市町村議会の常識』(自治体研究社)の著者である加藤幸雄氏の歯に衣着せぬ物言いに会場は盛り上がりました。ちょうど議会基本条例の検討をしている最中ですので、対面方式での一般質問、首長の反問権、議会の議決責任などについての氏の見解は参考になりました。明後日、会津若松市での自治基本条例についての研修にも役立ちます。

 講演中、吉川区の人から連絡が入りました。吉川区大賀の中村睦男さんが亡くなったという知らせです。中村さんは警察官を退職して、故郷に戻り、地域づくりで大活躍してくださった方です。中村さんについては「春よ来い」の第29回「運動会にヤギを参加させた元刑事」で書いたことがあります。飼っているヤギは乳が出なくなってもずっと飼い続け、家族の一員として付き合うという心根のやさしい人でした。ご冥福をお祈りします。

2009年11月03日

初雪

 昨日から降っていたのでしょうか。今朝、米山と尾神岳を見たら、白くなっていました。きょうは同僚議員のお母さんが亡くなって葬儀が行われました。葬儀場は高田です。わが家では雪はないのに、途中、高森という集落付近から道路にうっすらと雪が降っていました。こちらは同じ平場でもかなり冷え込んだのでしょう。

 葬儀が終わってからタイヤを交換して大島区に向かいました。生活相談があったからです。大島区では雪がかなり降ったようで、板山周辺は真っ白でした。帰りは吉川区の山間部の様子を見ておこうと、少し遠回りになりますが、上川谷へ抜けました。こちらも大島区に負けないくらい雪が降り積もっていました(画像)。写真は車の中から撮ったものです。

2009年11月04日

会津若松市で議会基本条例を学ぶ

 昨日とは打って変わって晴れ。きょうは市議会議会基本条例策定検討委員会の日帰り視察です。視察地は会津若松市。高速道路で片道3時間半の道のりを往復しました。自分が運転したわけでもないのに家に戻ったらぐったりでした。

 同市に市役所にマイクロバスが着いてみんなびっくりしたのは庁舎です。1937年(昭和12年)に建設した建物とかで、ミニ国会議事堂といった感じでした。議場も厳粛かつ落ち着いた雰囲気がありました(画像)。「ここに立つと質問も変わるね」と言う議員もいました。私が気に入ったもののひとつは大きな時計です。ゆっくりと振り子が揺れて時を刻む様子、懐かしくなりました。ただ近くの工事の音が議場に遠慮なく入ってくるので、この場で審議するには不自由なこともあるだろうなと思いました。

 さて、本題。同市の議会基本条例は昨年の6月に施行されました。全国でも栗山町、三重県に次いで3番目と聞いています。説明を聞いて、まず感心したのは、議会制度検討委員会設置にあたっては、議員だけでなく、公募市民や学識経験者も入れたことです。どこの議会基本条例でも市民参画を重視していますが、条例づくりの当初の段階から市民に入ってもらうのはとても大事だと思いました。それと議員の間で理解を深めるために条例策定過程の節目、節目で全員協議会を開催してきたというのも重要だと感じました。

 会津若松市の条例で注目してきたことのひとつは議会の「議決責任」です。これは議案等を議決した時の市民への説明義務、議会運営に関する説明義務を内容とするものですが、これを明記しておかないと「議員間の討議による合意形成」が担保されないということでした。ここらへんの切り口は上越市議会でも検討してみる必要があります。
 もうひとつ、市長の反問権、これは議員の質問の趣旨の確認や質問の根拠、背景をたずねる範囲ではありますが、「江戸のかたきは長崎で」ということも心配されているのか現実にはなかなか行使できにくいようです。同市では条例施行後まもなく1年半になりますが、まだ行使されたことがないそうです。
 それから議員間討議。これは議会の委員会で重要案件だと共通認識があり、賛否が分かれるような場合に行ってきたそうですが、試行しながらあるべき姿を求めているのは上越市議会と同じでした。

 きょうの視察研修で勉強になったのは条例そのものについては言うまでもないことですが、条例制定後の会津若松市議会の対応についても参考になりました。逐条解説がないのでこれではまずいのではと思っていたのですが、議会報などを使って「市民との意見交換会」「議員間討議」の実例を示しながら、市民の皆さんから理解を深めていただく工夫はすばらしいものでした。また、条例の「不断の評価と改善」についても体制ができていました。おそらく、会津若松市議会の条例はどんどん進化していくでしょう。これからも注目です。

2009年11月05日

飛び立つ雁の群れ

 今朝、「しんぶん赤旗」日刊紙の配達の途中、雁が田んぼから飛び立つ姿に出合いました(画像)。一羽や二羽ではありません。三桁だと思います。すぐに車をとめて、デジカメをとりだして撮影しましたが、まともに撮れたのはほんの数枚でした。でも、よかった。今年はなかなか出合わないと思っていただけに突然目の前にあらわれたのにはびっくりでした。バックの山は頸城三山です。

思わぬ展開

 中村睦男さんの葬儀が本日の午前、自宅にてしめやかに行われました。まだ62歳という若さです。大賀出身の人や同級生、友人、民生児童委員の仲間のみなさんなどが大勢参列、深い悲しみに包まれて葬儀が進められました。

 参列者が焼香を終え、弔辞も終わって次に進んだ瞬間、私の前方にいた参列者のひとりの方が軽く手をあげて、「弔辞、一個お願いしたいんですが」と司会者に申し出ました。式場は一瞬、何事が起きたのかと緊張した雰囲気になりました。司会者は落ち着いて声の主のところまで行くと、まず、「すいません、何も聞いてなかったもので…」と謝り、続けて、「では、弔電披露の後にお願いします」と言いました。私は突然の申し出をめぐってもめることなく進められたことにホッとするとともに、正直言って、どんな弔辞になるのかちょっぴり心配になりました。
 
 弔電披露が終わってから弔辞を読んだのは長野県警のWさん。心配は無用でした。ゆっくりと中村さんの遺影の前に進むと、それだけで感無量だったのでしょう。「中村さん、私があなたに初めてお会いしたのは〇〇事件の時でしたね」と震える声で語り始めました。Wさんは、最初に、長野県内で発生したある事件の応援に入った千葉県警在職中の中村さんの様子を紹介しました。敏腕刑事として評価の高かった中村さんなどの活躍により、その事件は1週間で犯人を逮捕でき解決したのですが、捜査が終わった段階で、中村さんはお連れ合いの手料理を持って捜査メンバーを慰労したということでした。それに感激して、Wさんと中村さんの交際が始まります。10数年前、父親を亡くした中村さんは帰郷を決意したのですが、そのとき、中村さんは「おれ、今度、かあちゃん面倒みるので故郷に帰ることにしたんだ」とWさんに言ったことも明らかにしました。そして、故郷に戻ってからの中村さんの数々の活躍、サルナシワインの製造のこと、大賀米(おおがまい)生産で頑張ったことなどをたたえました。

 Wさんの、いくつものエピソードを交えた弔辞が終わった瞬間、ひとりの参列者がヒザをたたいていました。それほど心を打つものだったからです。「ありがとう」という女性の声も聞こえてきました。これは、おそらく中村さんのお母さんの声だったのでしょう。きょうの葬儀の司会者は農協の20代の青年でした。葬儀で思わぬ展開となっても慌てず、瞬時に的確な対応をした能力はたいしたものです。お蔭で、私も温かい気持ちにひたりながら中村さんに別れを告げることができました。

2009年11月06日

しばらく、薬を毎日飲むはめに

 先月24日から続いた腹痛、発熱、下痢が昨日になってようやく収まりました。きょうは午後から、10日ほど前に行った精密検査の結果を聞きに市内の医院に出かけてきました。

 新潟がんセンター病院で検査してもらったのは胃。鼻から入れた胃カメラには赤く腫れたところも写っていましたが、これは「がん」ではないとのことでした。ただ、ピロリ菌がかなりありそうだというので新たな検査を行いました。また、きょうのレントゲン検査で先日のものとは別の胆石があることが判明し、胆石の治療を開始することになりました。薬局から出された薬は3種類、ひとつは朝夕2回、あとのふたつは毎食後服用です。いよいよ、私も薬なしではいられない生活の第一段階に突入したようです。

 それにしても不思議だなぁ。正露丸を飲もうが整腸剤を飲もうがまったく効かず、5日間も続いた下痢が、久々に購入した発泡酒を飲んでまもなくしてぴたっと収まるなんて。一体全体、私の体はどういうつくりになっているのか。

2009年11月07日

小春日和

 朝から晴れ上がり、ぽかぽか陽気になりました。きょうのような日を小春日和というんでしょうね。

 きょうは「しんぶん赤旗」日曜版の配達・集金で一日中動き回りました。きょうの上天気に誘われて外へ出て遊ぶ子どもがたくさんいました。原之町では、ベビーカーに乗せてもらいお母さんと散歩中の赤ちゃんがいて、赤ちゃんの顔をのぞき込んで見ている高齢の女性のみなさんの姿が見えました。あかちゃんが笑顔を見せると大喜びでした。とてもいい光景でした。

 収穫したソバ、小豆、大豆などを干している家もたくさんありました。東田中ではだいこん、ネギ、ニンジン、里芋を干している人も。たいがいの人はブルーシートを敷いて、その上に干したいものを載せていますが、ムシロを敷いている家も何軒かありました。めずらしかったのは茎付き、皮付きの大豆をたたいて落とす作業(画像)です。こちらは「40数年前の農業の姿の再現」と呼んでもいいものです。

 明日は朝5時半に吉川を出発して東京へ向かいます。吉川会への参加のためですが、中学時代の同級生や少年時代一緒に遊んだ人たちなどに会えるか、とても楽しみにしています。

2009年11月08日

東京吉川会

 きょうは第17回東京吉川会総会です。吉川区など新潟在住組はマイクロバスの乗せてもらい、朝5時半に出発しました。高速料金が安い日ですので混むことを予測していつもより30分早めたのです。でも、途中、たいした混雑もなく、会場の四ツ谷のスクワール麹町には午前10時過ぎに到着しました。

 総会は午前11時半から。関澤英世会長が一年間の活動報告をするとともに、会長職を退くことを明らかにしました。初代の平山会長に続いての会長職、6年間になるのだそうです。吉川の体育祭、酒祭りなどにも顔を出していただきました。ご苦労様でした。新会長は長峰出身の平山勇さん(画像)です。消防庁で活躍された方で、吉川会にはこれまで休まず参加していただきました。いつも参加者に喜ばれる吉川区の近況報告、八木辰正総合事務所長が来賓を代表して行いました。市長選の結果、吉川区出身の新教育長の誕生、吉川高校の校舎などを活用して高等特別支援学校ができることなどの報告は関心を呼びました。今回の総会には昨年を大きく上回る120人ほどの参加者がありました。何組か同級生の人たちが呼び掛けてくださったようです。

 懇親会は今回はいつも以上に賑やかでした。原之町の山田良一さん、下深沢の加藤昇さんが詩吟を披露したほか、大勢の人たちが演歌などを歌って盛り上げました。私はもっぱら会員さんたちとの交流です。初めて会った秋山田鶴子さん(尾神出身)、高野耕作さん(入河沢出身)やすっかり顔なじみとなった片桐功さん(国田出身)などとふるさとについての楽しい話をしました。うれしかったのは、私の『春よ来い』(同時代社)を持ってきた人がいたことです。同級生の間で回し読みをしていてくださるのだそうです。参加者は今年もたくさんの元気をもらいました。今年も最後は「吉川町音頭」の踊り(画像)で閉めました。

 マイクロバスの中で『サービスを超える瞬間』(かんき出版)を読了しました。著者は先日の長野市長選で現職と大接戦のたたかいをした高野登さんです。読み進むうちに、「これは企業活動に携わっているひとだけの本ではない。人との接し方、人の育て方、組織の動かし方の基本が書いてある」「人の心をとらえる感動的な本だ」と思いました。いろんな人に読んでほしい一冊です。

 

2009年11月09日

ヤギさんの行き先決まる

 中村さんの葬儀の日、気になったことがひとつありました。中村さんが飼っていたヤギさんのことです。とても元気がなかったのです。動物は長年飼っていると、飼い主の声、飼い主の所有する車の音を瞬時に見分ける力を持ちます。おそらく、重大なこと、それもよくないことが起きたことを察知していたのでしょう。

 そのヤギさんについて、先日、中村さんのお連れ合いから相談を受けました。どこかで飼ってくださる方をさがしてほしい、というのです。ヤギさんの年齢は推定で12歳くらい、高令です。もう乳を搾れる年齢ではありません。どこかの学校で子どもたちと遊ぶ年齢でもない。エサ代を出してもいいから、飼って命を全うさせてやってほしい。そういう願いでした。

 吉川区総合事務所にこの件で相談したところ、動いてくれました。そして、きょう、見通しがついたとの連絡が入りました。これで一安心です。この次の土曜日、もし、まだいるようだったら、ヤギさんの頭をなでてサヨナラをしてこようと思います。

2009年11月11日

再び腹痛

 昨晩から腹が張り、きびしい痛みが断続的に続き、眠れなくなりました。もちろん、パソコンどころではありません。今朝早くにかかりつけの医者の所へ行って診てもらいましたが、原因はまだ不明です。14日に大腸の検査をしてもらうことになりました。

2009年11月13日

いまが最高!敬徳寺のイチョウの黄葉

 keitokuji091113.JPG
 朝、市役所へ向かって車を走らせていたら、山方の敬徳寺の大イチョウが朝日を浴びて輝いていました。おそらく、きょうの黄葉がピークで、明日あたりから散り始めるにちがいありません。時間がないとはいえ、このタイミングで写真を撮らずに通り過ぎることはできませんでした。もっといい写真を撮りたい人はきょうのうちに吉川区山方へお出かけください。

市政クラブが分裂

 本日、午前9時から緊急各派代表者会議が開催されました。緊急開催されたのは会派の異動があったから。来週の月曜日に議会運営委員会があるので、その前に各派代表者会議を開いて報告しておきたいということだったのでしょう。

 冒頭、山岸議長から、「11日現在、これまで8人で構成していた市政クラブ(メンバー)から届け出があり、市政クラブの代表が小林克美議員となり、石平春彦議員と2人で同クラブを構成することになった。同時に、新たに『市政みらい』という会派が結成され、代表に矢野学議員、副代表に山崎一勇議員、幹事長に森田貞一議員が就任した。同会派には、そのほか林辰雄議員、波多野一夫議員が加わっている。市政クラブに加入していたいまひとりの方(吉田なおし議員)は、いまのところどうされるか明確になっていない」と報告がありました。

 これで、これまでの市政クラブは事実上3つのグループに分かれることになりました。今回の分裂は市長選での対応が分かれた時点である程度予想できましたが、3つになるとは思いませんでした。今回の異動によって、上越市議会の党・会派は9つ(無所属は2人)となりました。最大会派は創風クラブの11人、2番目は政新で8人、そして3番目は毘風の6人、4番目が市民クラブと新会派の「市政みらい」(いずれも5人)です。

2009年11月15日

腹痛の原因判明

 おはようございます。日記を書かずにいたら、心配して電話をくださる方もありました。申し訳ございませんでした。

 昨日は朝早くから新聞配達、医院での大腸検査、再び新聞配達、そして最後は党頸城支部の会議に出席して夜9時半頃帰宅しました。かなり疲れ、おかゆを食べたらすぐに寝てしまいました。大腸検査ですが、肛門から1メートル以上入った所でかなり大きな潰瘍が2か所見つかりました。医師のお話では、これが厳しい腹痛の原因だそうです。写真で見ると、赤くなって傷んでいました。潰瘍が悪性のものかどうかは10日後に判明します。また、ポリープが1個見つかり、切除してもらいました。一昨日の夜から何も食べずにいたら、昨晩のおかゆはとても美味しかったです。

 昨日の夕方、中村睦男さんが飼っていたヤギさんにあってきました。引き取り手の方では、お連れ合いが希望した、エサ代などお金を払ってもいいからずっと飼っていてほしい、という条件は飲めないということでした。お連れ合いは、ヤギさんをどうするかの最終的な判断を20日までにしたいと語っておられました。気のせいかヤギさんは元気がなかったです(画像)

 きょうもこれから残りの新聞配達をして医院に向かいます。術後(ポリープ切除)の状態確認をしてくださるのだそうです。

術後は良好です

 きょうもお医者さんのところで治療をしてもらいました。昨日、大腸内でポリープを切除したので、その後の経過をレントゲンなどで診てもらいました。治療としては、出血止めの点滴があっただけでした。お陰様でたいした出血もなく、通じもあり、オナラも出ました。当面、食事はおかゆがいいでしょうとのアドバイスだったのですが、うどんなどの柔らかいものもだめですかと訊いたところ、それはオーケーですとのお許しがありましたので、午後1時過ぎにうどんの大盛を食べました。とにかく、お腹がすいてどうにもならなかったのです。昨日はアルコールもお風呂も禁止でしたので、帰りに温泉にも入ってきました。

2009年11月16日

議会基本条例の委員会、病院と忙しい1日

 午前の議会基本条例策定検討委員会では4日に行った会津若松市の視察についての感想を出し合いました。
 同市の議会基本条例についてはどの参加者も心に残るものがあったのではと思っていましたが、各委員が提出した感想文にはそのことを裏付けるように具体的に学んだこと、感動したことなどがたくさん書かれていました。「何のための市民参加、情報公開、議員間討議、政策立案機能の強化か、などなど目からウロコが落ちたような気持ち」「これぞ議会という哲学を持って臨んでおり、構えが違うなという印象を持った」などという記述を見ると、参加した委員が心を揺さぶられたことがよくわかります。
 大事なことは今回の視察を上越市議会の基本条例づくりに生かすことです。市民とともに情報共有をかかりながら条例づくりを進めたこと、検討委員だけでなく策定過程の大事な節目で何回か全議員の意見を聞くこと、そして会津若松市の条例にある「議会の議決責任」「反問権」「政策形成サイクル」などについて議論を深めて上越市ならではのものに仕上げていくことが重要だと思います。
 午後からは検討委員会の中の選抜メンバーが今後の方向をどうするか実務的な議論をしてくれることになっています。今回の視察で策定検討委員会のメンバーの議論がこれまで以上に活発になっていく予感がします。

 きょうは母の通院日でもありました。市役所へ行く途中、病院まで送り、会議が終わったら、再び病院へ行き、母に付き添いました。家に送り届けてからは、今度は私が腹痛でお世話になっている医院や市役所へ行きました。母の方はきょうは眼科です。視野検査をした結果、来年の2月に両眼の白内障の手術をすることが決まりました。医師の話では片方の目はほとんど見えないだろうということでした。

 市政レポート1423号、「春よ来い」の第109回、「つるし柿」を掲載しました。ご笑覧ください。

2009年11月17日

軍太郎節に脱帽

 ㈱ナルス社長の山崎軍太郎さんの講演を初めて聴きました。演題は『健康長寿万歳!』。

 「100歳以上の人、いまの日本にどれくらいいると思いますか。1万人?2万人?3万人?4万400人もいるんです」。聴衆と一体感をつくって話を進めます。「ナルスの商品は鮮度が勝負なんです。店員は清潔感があって、若々しくなければなりません。髪が白くなった人には黒く染めてもらっています。だから、店員はみな、髪は黒ぐろ。髪が少ない人は?これはしょうがありません、そのまま…。年をとっても元気な人には働いてもらっています。70代の人もいますよ。私はいつも人生は七掛けだと言っていますが、七七四十九、70歳の人は49歳の気持ちでがんばってもらいます。49歳ですから背筋をすっと伸ばして、まだ生理もあるという気持ちで仕事をしてもらう…」「健康維持のための食事についてはみなさんの方がよく知っておいでですから、きょうは体操の話をしましょう。私は時間がある時にはスクワットをやっています。年をとると足腰がまず弱くなりますから、足腰の運動が大事。背を伸ばして、屈伸運動です。これはゆっくりとやった方がいい。手はちょっとおっぱいをもむ感じでこんなふうにやります」。

 1時間ちょっとの話でしたが、最初から最後まで笑いっぱなしでした。とにかく面白くて楽しくてエッチ。それだけなら芸人ですが、そのほかに新鮮で、なるほどと思わせる大事な情報が入っています。だから、聴衆はどんどん引き込まれていきます。上越にはすごい人がいるものだと思いました。

2009年11月19日

全県党議員会議そして郷土料理の会

 昨日は朝早くから「しんぶん赤旗」日刊紙の配達をし、その後、新潟に向かいました。新潟は全県党議員会議です。次期党大会に向けた取り組みについて協議し、12月議会対策などで情報交換をしました。意見交換では自治体職員の期末手当などの議案にたいする賛否をするかをめぐって賑やかな議論が行われました。「賃金削減サイクルを推し進めることになり、景気をさらに冷やすから反対すべきだ」「世論、地域経済への影響など総合的に判断して態度を決める」などの声が出たのですが、最終的には各自治体の議員団で自主的に判断をすることになりました。いつものことながら、なかなか判断がむずかしい問題です。

 新潟を4時ちょっと前に出て、高速を飛ばし、夜は郷土料理の会です。大島区、牧区、清里区のお斎料理などを味わいました。豆腐の燻製、湯葉八幡巻などお腹を痛めていることも忘れて食べてしまうほど美味しいものがいっぱいありました。この会の楽しみは料理だけではありません。いろいろな人と交流できるのも魅力です。しばらくぶりに再会した農協職員や元市役所職員など、昨日も何人もの人たちと話ができました。そうそう、木浦前市長にも声をかけていただきました。来賓席ではなく、一般席から「橋爪さん」と大きな声で呼んでもらってうれしかったですね。

 

清里区視察、総務委、議会報告会と続きました

 きょうは午前中、清里区へ行き、櫛池地区農業振興会の前会長小山文男さんのお話を伺ってきました。昨年の市長の「現場でトーク」で初めて小山さんの話を聴き、その後、今年2月の「中山間地における集落間連携推進大会」でも素晴らしい挨拶をお聴きし、ぜひ一度会いたいものだと思っていましたが、きょう、ようやく実現しました。

 感心したのは、何でも前向きに物事を考える姿勢です。きょうの、私のような者との話し合いについても、いい機会をもらったとのべ、何かを吸収しようという気持で対応してくださったのです。お忙しいのに、迷惑だというそぶりは全くなし。とても気持ちよく意見交換させてもらいました。小山さんの、会を運営する時の「急がない、無理しない、止まらない」という考え方がどうして生まれたか、故郷への想い、農林業への愛情などたっぷりと語ってもらいました。小山さんは現在72歳で、森林組合の仕事にはいまも出ておられます。上越市内各地で仕事をしたことがあって、吉川区についても泉とか、道之下、国田、石谷、川谷などよくご存じなのにはびっくりでした。時間が作れたら、この次にお会いいする時はいっぱいやりながら話をしたい、そう思いました。

 午後からは総務常任委員会で電子市役所、情報システムについての勉強会をやりました。これまで委員会で何度も先進自治体を視察し、住民サービスの向上をどう実現していくか、庁内の仕事の合理化、効率化をどうすすめていくかなどを学んできましたが、専門的な知識を持っていないと話について行けません。きょうの情報管理課長の説明でだいぶ理解できるようになってきましたが、私はまだまだです。まして、委員会で提言をまとめるということになると、もっとじっくり勉強しないとだめです。

 夜は市議会としての議会報告会でした。年2回、4会場での議会報告会は昨年スタートし2年目です。今晩は直江津のレインボーセンター内での報告会でした。参加者は14人ではありましたが、質問や要望は次々と出されました(画像)

 私のメモからいくつかを紹介すると、「高田の旧第四銀行の建物、耐震診断を急ぐべきだ。教委では、診断結果も出ないうちから活用方法を議論しているがこれはおかしい」「市税がどう使われているか市民にはよく知られていない。納税の義務を知らない人もいる。滞納の原因はもっとつぶさにつかまないといけない。ぜひ検討して」「議会は行政の単なる追認機関とならないようにしてほしい。二元代表制なのだから、予算についても、いま国がやっているような〝事業仕分け〟のようなものを議会でも検討してもいいのではないか」「行革を専門的にチェックする機関が必要だ。そのなかには市民も入れてほしい」、こういった声がありました。

 議会としてはこうした声を聞きっぱなしにしないようにしないといけません。会場では関係委員会の委員長などが答えていましたが、まず、ちゃんと対応する。行政への働きかけが必要なものは結果を報告する。それから、会津若松市議会のように議会改革の取り組みとも関連させて、市議会が把握した市民の声、願いを実現していく仕組みづくりも大事になります。議会報告会、明日は板倉コミュニティプラザです。午後6時半からです。ぜひお出かけください。

2009年11月20日

新市長が挨拶

 きょう、臨時議会が開かれ、村山秀幸新市長が挨拶しました。同市長は少し緊張気味でしたが、力強く挨拶し、拍手で激励されました。

 挨拶の中で同市長は、「市政運営の重責を担うというその使命の大きさに正に身が引き締まる思いだ。市民のみなさん、並びに議員のみなさんのご期待に応えるよう誠心誠意、精一杯頑張ることを誓う。昨今、社会情勢は極めて大きな変化の時を迎えている。まさに激動の時、変革の時だ。先行きの不透明な時代であればこそ、市民の目線に立った信頼していただける温かい市政に取り組んでいきたい。市民の皆さんが、お一人お一人が輝き、このまちがいつまでも住み続けたいまちだと感じるよう、誠心誠意取り組んでいきたい。私たちの上越市は、14市町村が持つ地域資源、歴史と伝統、そのことを考えただけでも、魅力のあふれた大好きなまちだ。私はこのまちをさらに進化させながら、次の世代に誇りと自信と愛着を持って渡していけるよう、皆さんと一緒に取り組んでまいりたい。議員の皆さんには、これからも大所高所に立って温かく、ときには厳しく、ご指導ご鞭撻をお願いしたい」とのべました。

 今回の挨拶は新市長の政治姿勢を明らかにしたものと受け止めました。「市民の目線にたった温かい市政」「一人ひとりが輝き、住み続けたいまちづくり」、これは私も賛成です。今後の市政運営については、これらのモノサシに照らしてどうなのかをチェックしていきたいと思います。なお、注目されている、新市長の市政運営についての所信ですが、12月定例議会において明らかにしたいとのべています。

2009年11月21日

臨時議会報告

 どうも頑張りがききません。昨日、板倉区で行われた議会報告会から家に戻ったのは午後9時過ぎでした。朝3時から市政レポートづくりなどで休みなしの状態でしたので、すぐに横になってしまいました。

 で、昨日の臨時議会報告です。人事院勧告に基づく国家公務員にたいする措置に準じた一般職の職員の給与条例の改正や新型インフルエンザ対策を盛り込んだ一般会計補正予算などが提案され、いずれも全会一致で可決されました。

 注目されている新型インフルエンザですが、国民14人に1人くらいの割合でかかっています。昨日の厚生常任委員会の審議では私たちの議員団の平良木議員が、「11月2日から接種が開始されているが、申し込みに対し医療機関では十分こたえられているのか」「市のホームページを見ると、優先接種対象者に対してはすぐに打ってもらえる印象を持つような記述があるが、もっと踏み込んだ正確な情報が必要ではないか」「全国で優先接種対象者への全額補助措置を取る市町村が増えているが、そのような配慮がなされないのか」など次々と質疑を行いました。

 これらの質疑に対して市当局は、「ほぼすべての病院が受託機関になっているが、ワクチンが届いていないところ、足りないところがあり、先般医療機関からお集まりいただき現状をお聞きする会を設けた。すべての医療機関で速やかに計画どおり打てる状況にないことは承知しているので、今後繰り返し、引き続き、県にワクチンの適正配分について依頼していきたい」「現在、市民の皆さんに提供できるような情報の収集システムと情報の提供システムについて検討しており、できるだけ早い時期に整理していきたいと考えている。ワクチン量に偏りがあって、希望どおりに予約ができない状況については、ホームページを改修し、お知らせしていきたい」と答えています。このうち、HPに関しては早速改善措置がとられています。

 もうひとつ重要な答弁がありました。私たちの議員団が先に申し入れている、助成措置の対象者の拡大についてです。これについては、市長と協議し、検討を行っているとの答弁がありました。おそらく、12月定例議会には検討結果に基づく新たな対応が示されるものと思います。

 給与条例などについてですが、上野幹事長が賛成討論を行いました。私たちの議員団では、6月議会で夏季期末手当・勤勉手当0・2月分の凍結について反対しているので、なぜ、今回、賛成という態度となったかを説明する必要があるということで討論することになりました。

 賛成理由は短く言うと「夏季の期末・勤勉手当の凍結は不十分な民間実勢調査のもとで行われたのに比べ、今回は、既定の実勢調査が行われたうえでの勧告となっていること、さらには直接影響がある当事者である市の職員組合が了承していることなどを考慮し」たということです。ただし討論では、「職員の生活への影響を軽減する手立てや市経済活性化対策においても万全の対策をとること」を合わせて求めました。

 正直言って、給与条例などへの態度をどうするかは議員団でも悩みました。というのは、今回の人事院勧告通り実施した場合、賃金削減の流れを加速し、消費の一層の冷え込みにつながるからです。と同時に、市民の、公務員給与を引き下げるべきだという世論もある。最終的には問題点をキチンと指摘して、賛成しようということになったのですが、私の総務委員会での質疑も、本会議での上野幹事長の討論もどちらかというと反対色が強くにじみ出たものとなりました。なかなか難しいですね。

Yさんのふじ、今年も抜群の味

 須坂市の友人Yさんからりんごを持ってきてもらいました。Yさんのふじりんごはいつもたっぷりと蜜が入っていて、しかも甘味とすっぱ味のバランスが絶妙なので、一度食べると忘れることはできません。そんなわけで、もう30数年の付き合いをさせてもらっています。

 Yさんは、きょうは久しぶりにお連れ合いと一緒でした。お連れ合いは数年前に病気のため仕事も家事もできなくなったと聞いていたのですが、かなり回復して元気になられました。笑顔を取り戻し、まだ、外仕事に復帰とはいかないが家事は大丈夫とか。安心しました。

 きょうは悪天候でした。時折、激しい雨風となり、雹(ひょう)も混じりました。昨日、ほとんど配達できなかった「しんぶん赤旗」日曜版を配達したのですが、アノラックを着込んでの配達となりました。これからの活動は寒さとのたたかいもしなければならなくなります。

 

2009年11月22日

子どもみたいな疑問を持って書く

 「しんぶん赤旗」日曜版をすすめる行動の前に今週号に目を通し、胸にドーンときて、繰り返し読んだ記事があります。文化欄に掲載された評論家・富山和子さんについての記事です。

 富山さんは「川」「森」「お米」など子ども向けの「自然と人間 生きている」シリーズを書き続けてきた著者で、近著としては『海は生きている』があります。君塚陽子記者のインタビューのなかで、富山さんが児童書を書くことのむずかしさについて語っていました。「日本の川は急流です」と書いたら出版社からクレームがついて、「急流ってなんだろう」と考え込み、「やさしく書こうとすると、自分がいかに正確に理解していないかが分かる」といいます。

 すごいなと思ったのはシリーズ4作目、『お米は生きている』の書き出しに苦しんだというところ。どう書いたらいいか苦しんで、出版を断念しようかというところまで追い込まれました。14年かかって決まった書き出しは、「わたしたち日本人はお米と大のなかよしです」。文章は、子どもたちが声を出して読めるように、美しい言葉、リズムにもこだわるといいます。うなってしまいました。

 富山さんについては、これまで環境問題の専門家としてしか知りませんでした。いつか子ども向けの文章を書いてみたいと思っていた私にはとても有難いインタビュー記事でした。早速、『お米は生きている』を読んでみようと思います。

2009年11月23日

冬が近づいた休日

 連休の最終日。生活相談や「しんぶん赤旗」のおすすめで動いた後、近くの道をぶらぶらと歩きました。野の花は少なくなって、咲いている花と言えば、セイダカアワダチソウと赤マンマ(画像)くらいなもの。どちらも終わりに近づいていますが、暖かい陽射しを浴びている姿はうれしそうでした。木の実で、この時期、輝いて見えるのはムラサキシキブ(画像)です。わが家の近くにこの木が何本もあるのが分かったのは、まわりの木の葉が落ちたから。草も木も冬の準備を始めています。

 きょうはどうしても入手して、読み始めたいと思った富山和子さんの自然と人間シリーズ、『お米は生きている』。残念ながら近くの本屋さんにはありませんでした。その代り、同シリーズの『森は生きている』が手に入りました。「わたしたちのまわりには、森林のおくりものがいっぱいです」の書き出しで始まる同書には、山の暮らし、森林の働きなどがじつに分かりやすく書かれていました。いま市議会で中山間地振興条例(仮称)の策定作業に入っていますが、この本を読んだことで条例文をよりいいものにできそうな気がしてきました。

 夜は後援会の幹部の皆さんと久しぶりに懇親会をやりました。鍋にとれたての大根、ニンジン、白菜等を入れた煮たものはとてもおいしい。特に白菜の味はいいですね。たっぷりと食べ、「軽く」いっぱいやり、最近の政治情勢やお互いの健康のことなどを語り合って、楽しいひと時を過ごしました。たまにはこんな時間もとらないと。

2009年11月24日

最新情報

 本日、議会運営委員会が開催され、12月議会の日程が決まりました。また、一般会計補正予算等の内容も明らかにされましたのでお知らせします。

 12月議会の会期は12月2日から17日までの16日間。初日は提案理由の説明、総括質疑などが行われます。注目された新市長の所信表明は先日の臨時議会での挨拶程度のものとなりそうです。一般質問は9日から5日間の予定です。9月議会と違って、新市長への質問は多数になるものと思われます。

 一般会計補正予算でどうなるか注目していた新型インフルエンザ対策ですが、子育て家庭の経済的負担の軽減を目的に、補正予算が組まれました。具体的には妊婦、1歳未満の小児の保護者、1歳から小学校6年生までの児童(約2万9200人)を対象に、ワクチン接種1回目1800円、2回目1200円の助成をすることが盛り込まれました。私たち議員団が申し入れていた水準まではいきませんでしたが、これまでより一歩前進です。

 議会会派の再編がさらに進みました。前回のお知らせで2人になったとお知らせした市政クラブと新緑の会が解散し、新たに「市民ネット改革」が誕生しました。代表は吉田なおし議員、副代表は毘風から離脱した水澤弘行議員、幹事長に小林克美議員、そのほか中川幹太議員、石平春彦議員、滝沢一成議員が参加しています。このほか近藤彰治議員が市民クラブから離脱するという情報も入ってきました。同議員が今後、どうするかはまだ情報が入っていません。

 最後に私自身のことについて。午前中、医者の所へ行き、大腸の最終検査結果を聞いてきました。結果は「悪性ではない潰瘍」ということで、当面、薬による治療を続けることになりました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。今後は体調を考えながら頑張っていきたいと思います。

夕方まで議員控室で仕事

 きょうは医者へ行ってから、その後は夕方まで議員控室で仕事をしました。議会運営委員会が開かれ、12月議会の総括質疑の通告締め切りは27日夕方まで、一般質問は2日夕方までと決まりましたので、議員団会議を開いて提案理由や委員会資料の検討作業に入りました。「これまでの市長さんとは切り口が違う」という市長になって、ひょっとすれば、経済対策あたりで何か新しいものが出るかも知れないと思っていましたが、それは今回ありませんでした。

 議会開会直前ともなると、議員控室にいるだけでもいろんな情報が入ってきます。新会派結成のいきさつ、会社の行き詰まり、あるセブンイレブンの閉店など……。議員団のメンバーはそれぞれ忙しく、全員がそろっての議員団会議はなかなか開かれません。きょうは、午前も午後も3人で議案等の検討をしました。明日も中山間地対策特別員会や各派代表者会議などがあり、4人そろうのは26日となりそうです。

 ところで、上野議員、平良木議員と議会報告のやり方について少し意見交換をしました。私を含めて3人ともパワーポイントを使ってやっているのですが、市民との懇談の時間をたっぷりとるには、短時間で議会活動などの報告をする必要があるという話になりました。私の場合、スライドの枚数をもっと減らして、できれば、スライド一枚につき1分で説明するようにしないといけないなと感じました。今度、1枚ごとに1分用原稿を作成して、15分で終わる報告をやってみようかと思います。

2009年11月25日

中山間地域振興条例素案作り進む

 午前は中山間地対策特別委員会でした。中山間地域振興条例(仮称)の素案づくりということで2つの分科会が用意した案をみんなで検討しました。10月に滋賀県や京都府で視察したことも踏まえて、条例の対象地域をどう規定するかとか、市の責任で事業実施計画を策定するようにするかどうかなど、意見交換をしました。私はこれまで、この条例は「です、ます調」の文体で作成したらどうかと提案してきましたが、次回までに「です、ます調」の文体と「である調」の文体の案文を作成し、比較検討することになりました。

 午後からは各派代表者会議でしたが、上野幹事長に代わってもらい、私は吉川区へ。県教育庁義務教育課のみなさんが吉川高等特別支援学校(仮称)について地元で説明会を開いてくださるというので参加してきました。同校については9月県議会で耐震診断と改修設計費用約3億6000万円が補正されていますが、義務教育課が地元に直接出向いて説明するのは初めてです。

 説明を聞いて、思った以上に高等部進学希望者が増え続けていることが分かりました。定員は1学年2学級20人程度となっていますが、最大で4学級40人となる可能性もあるといいます。同校の設置にあたって利用する建物は、吉川高校時代の普通教室棟、管理棟、第2体育館です。いうまでもなく、グランドも使います。管理棟はほとんど同じ使い方をする計画とか。何となくホッとします。高等部知的障害普通学級のみを有する高等特別支援学校を設置し、自力通学できる生徒を対象に、地域資源を活用しながら就労を目指すという計画は県内でも初めて。就労を目指し、働く意欲を持った生徒を育てる、豊な人間性と地域生活に進んで参加することができる生徒を育てるなどの学校の理念も明らかにされました。今後は定期的に地元住民との意見交換をやりながら、地域資源を生かした学校運営をしていきたいとのこと。これからが大事であることがよく分かりました。

 説明会に参加したのは町内会長、地域協議会委員など20人ほどでしたが、全体として同校の設置を歓迎する立場から、「教室の配置の構想はどうか」「体育館の使い方はどうなるか」「吉川高校時代の記念品を入れる部屋を確保してほしい」「醸造科が使った建物等を活用して職業科の高等特別支援学校としても発展させていく考えはないか」などの質問や要望が出されました。教室の配置はいま設計中で、工事は来年7月にはスタートさせ、雪が降るまでには終わりたいとのことでした。

 

2009年11月26日

『海は生きている』もすごい

 朝から3時過ぎまで市役所でした。午前は議員団会議、総括質疑の内容について集団検討しました。質疑項目は、村山市長の所信表明、新型インフルエンザ対策予算、ガス料金の原料費調整制度の3つです。ガス水道局では来年2月からガス料金の原料費調整制度を導入したいとしていますが、これをどう見るかで賑やかな意見交換となりました。今回の総括質疑には上野幹事長から立ってもらうことにしました。

 午後からは委員会資料の検討を開始、必要な資料集めも始めました。どんなものを集め始めたかは秘密です。総務常任委員会審査で活用することになるでしょう。それにしても、議会モードへの切り替えがなかなかできません。議会近くになると本を読みたくなるくせがなおらず、きょうは、先月出たばかりの、富山和子の『海は生きている』(講談社)を一気に読みました。

 富山さんはこの本を書くにあたって、書いては破り、書いては破りしながら14年半もかけたといいます。先日読んだ『森は生きている』(講談社)もいい本でしたが、この本にも惚れてしまいました。本当に一行一行ていねいに書かれています。本の中に、「海に生きる人たちが、山村の人たちと手を組んで、上流の森林を守ろうと立ちあがった」ことが書かれています。この文章を読んだら、議会で検討している中山間地域振興条例(仮称)前文をもう一度吟味しなければいけないなと思いました。

2009年11月27日

豊かなむらづくり北陸農政局長賞受賞祝賀会

 吉川区の石谷町内会がこのほど「豊かなむらづくり全国表彰事業 北陸農政局長賞」を受賞し、きょう、スカイトピア遊ランドで受賞祝賀会が開催されました。町内会のみなさんが主催し、川谷地区の町内会長、行政、関係団体などの関係者が来賓として招かれました。

 曽根一志町内会長が受賞の喜びを語り、村山秀幸上越市長等3氏が祝辞をのべました。

 曽根町内会長はこれまでのむらづくりの経過を振り返りながら、「こんな名誉ある賞をいただいたことに驚いている」とのべ、今後の決意についても語りました(画像)。私は町内会の構成員全員の顔を思い浮かべながら話を聴きました。印象に残ったのは、「いくつになっても〝がんばろうの精神〟で地域の維持に努めていきたい」という言葉です。市議会の中山間地域振興のための条例にどんな名前をつけるべきかを考えていたので、元気な集落の代表の言葉としてしっかり記憶しておきたいと思います。

 来賓祝辞もよかったです。村山市長は、「きびしい農業農村の中で農事組合法人をつくり、山間地で圃場整備をし、都市との交流をすすめてきたみなさんの一つひとつの努力がこの賞につながった。みなさんの元気、がんばりから私自身も元気をもらい、勇気づけられた。この地域の力が外に広がっていくようにしたい。そして、この地域にもっと新しい光があたり、新しい芽が生まれてくるようにみなさんのお力をお貸しください」とのべました。
 上越地域振興局の桜井敬作農林振興部長は、「上越地域は米山山系からぐるっとU字型に山々が連なり平野部を抱きかかえている。山の恵みがあってこそ頸城野の平野が豊かになり、海が恩恵を受けている。みなさんの営みが続く限り、私たちはみなさんを見捨てることはありません。道が壊れればなおします。沢が崩れればなおします。私らができることは何でも支援します」と決意を込めて語りました。
 石谷町内会や川谷地区と長年交流を続け、過疎のムラを支えてきた法政大学人間環境学部の田中勉教授は講義風に挨拶されました。「〝おめでとう〟という以上にみなさんに感謝申し上げなければならない。環境を考える時に農業が重要で欠かせないが、2000年から吉川町(当時)で農業の現場で勉強の機会を与えてもらい、200人近い学生が学んだ。過疎化、高齢化が進んだところは元気がなくてダメという情報がある中で、この石谷は違った。驚いた。こんなに力強くて元気な方々がたくさんいる。学生たちはここへ来て元気をもらって帰り、また来たいという。いつもいろいろなものを与えてくださってありがとう」。

 懇親会ではいろいろな人と交流できました。石谷町内会には党議員団の上野幹事長と親戚筋の人がいます。その人からは上野家とのかかわりやおばあちゃんなどとの交流を楽しく聞かせてもらいました。私のすぐ隣の席におられた田中教授ともたくさん話ができました。「いま、富山和子の本を読んでいるんです」と話したら、『環境問題とは何か』(PHP新書)の話になり、「環境と書いてあるけど、中身は農業問題が中心です」と教えてもらいました。じつは、私の手元にこの本がすでにあるのです。人間環境学部がなぜ過疎のムラにやってきたのかも含めて、この本から大いに学びたいと思いました。

2009年11月28日

知らないところで『春よ来い』が…

 月末です。昨日、きょうと「しんぶん赤旗」の配達、集金などで大忙しでした。でも、うれしいことがありました。二人の人から、私の書いている『春よ来い』についての情報を教えていただいたのです。

 そのうちの一人はJAえちご上越の職員さん。お連れ合いが図書館で私の『春よ来い』を見つけ、気に入ってくださったというのです。子ども時代の懐かしい風景を思い出し、人としてのやさしさを考えるようになったと、思わぬ言葉を寄せていただきました。この職員さんもお連れ合いに薦められて本を読んでくださったということです。

 いま一人は私の後援会員さん。お母さんが入所している福祉施設に行ったところ、掲示板に見たことがあるものが貼ってあったというのです。それはシリーズ『春よ来い』の109回、「つるし柿」でした。見やすいように拡大コピーして大きな文字になっていたそうです。どなたが貼ってくださったのかわかりませんが、こんなふうにして読んでくださる方がいるなんてうれしい。

 JAえちご上越の職員さんは吉川区以外に住む方です。後援会員さんが訪ねた福祉施設も吉川区以外の施設です。私が知らないところで『春よ来い』が読まれていることを知り、新刊の準備の方もしっかりとやらなければと思いました。

2009年11月29日

集中して大会決議案を読む

 きょうこそはと思って日本共産党第25回大会決議案を読みました。今後の支部活動、議員団の活動を進めるうえで、まず最新の情勢と特徴をつかみ、大事なところを頭に入れて活動したい。そう思ったのです。

 しっかりと読むために、オレンジ色のカラーペンで線を引きながら読みました。「私たちは、この党大会を、日本政治の大きな変化の始まりという激動的情勢のもとで迎えている」最初の文章です。大会を成功させようという決意に満ちた格調の高いこの文章にまず線を引きました。そして、「衆議院選挙での国民の審判は、『過渡的な情勢』と特徴づけることができる日本政治の『新しい時期』を開くものとなった」「自民・公明政権への退場の審判をくだしたことは、日本政治にとって大きな一歩であり、新しい歴史のページを開く意義を持つ、歓迎すべき出来事である」「同時に、日本の政治は、『二つの異常』ーー『異常な対米従属』『大企業・財界の横暴な支配』から抜け出す方向を定めるにはいたっていない」という文章にも。普通の新聞サイズで6ページ。3時間ほどかけて読み切りましたが、6ページに渡る紙面にはオレンジ色の線をたくさん引きました。

 印象に残った言葉、文章がいくつもありました。「要求の本格的な実現のためには『二つの異常』をただす根本的な改革が必要である」「旧来の政策のどこを転換すべきか、それぞれの『要』をにぎったたたかいが重要」「軍事同盟は、21世紀の今日の世界で、『20世紀の遺物』というべき、時代錯誤の存在となっている」等など。これらの一つひとつは重要な視点を含んでいて、今後の活動に生かすことのできるものがいくつもあります。決議案全文を読んで、視野を広くすることができました。同時に、自分の持ち場の活動の意義も闘いの方向も鮮明になりました。

 きょうは朝から党支部の「りんご販売」に取り組み、午前中には終了することができました。これで、あとは12月議会です。バタバタしていて、なかなか議会モードに切り替えができないでいますが、明日からは議会中心に動きます。

2009年11月30日

ケーブルテレビ問題などで地域協議会

 吉川区地域協議会の傍聴に出かけました。市内の地域協議会は10月から合併前上越市の区域でも設置され、地域協議会に対する関心が高まりつつありますが、会議室に入ってびっくりしました。直江津区と大潟区の地域協議会委員の4人の方が来ておられたからです。みなさん、新聞記者並みにメモをとっての傍聴です(画像)。なかなか意欲的ですね。

 今晩の地域協議会での議論の中心はケーブルテレビ問題です。平成23年7月の地上アナログ放送の終了に伴い、よしかわ2チャンネルのデジタル化に向け、来年度中に改修工事を計画していますが、吉川ケーブルテレビ事業の運営やサービス提供のあり方等を検討するためアンケート調査をすることになりました。

 アンケート(案)をめぐり、「1軒に1枚しか用紙を配布しないのなら、家族で話し合って記入してほしいと書いたらどうか」「告知端末の寿命がきている。そのことがアンケートに反映されていないのではないか」「民意を把握するためのアンケートであるべきだ」等の声が相次ぎました。アンケートは利用の実態を把握するのが目的だとの総合事務所の説明でしたが、今後、ケーブルテレビをめぐって開かれる予定の行政懇談会ではたくさんの意見が出そうな気がしました。

 防災無線についても報告がありました。市では、全市共通の防災無線を昨年度から4年がかりで整備しているところですが、吉川区では今年度と来年度に緊急情報の内容と伝達方法の充実に向けた整備が行われます。

 情報内容の充実という点では、これまでの区からの緊急放送に加え、市役所本庁や消防庁が発表する「緊急地震速報」などの緊急情報をケーブルテレビの告知端末で伝えます。伝達方法も充実されることになりました。これは来年度になりますが、区内19か所で屋外スピーカーが設置されます。また、ケーブルテレビの告知端末がない世帯や事業所を対象に戸別受信機が貸与されることになりました。

 夜遅く家に戻ったら、素敵なお便りが2通届いていました(画像)。ひとつは紅葉した桜の木の写真を貼ったハガキ、いまひとつは錦秋の米山と思われる絵が描かれたハガキです。発信者はいずれも吉川区出身で関東在住の女性です。東京吉川会などでお会いし、時々、お便りをくださる方たちですが、いつも励まされています。それにしてもお二人のハガキが同時に着くのは初めてです。偶然でしょうが、うれしい、うれしい。

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