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2010年01月 アーカイブ

2010年01月01日

新年を迎えて

 新しい年になりました。喪中のため、町内会などの年始会には参加せず、なるべく静かにしています。きょうは、妻と一緒に市内の銭湯に行き、その後、妻の実家を訪れました。

 夜になって、平良木議員がまとめてくれた12月議会報告のファイルのチェックをしようとしたのですが、ファイルが開きません。それで4時間ほどかけて、オフイス2007のアンインストール、インストール、ウィンドゥズのアップデイトを行いました。途中で1回だけ開けたものの、その後はまた開けなくなりました。困ったものです。

 さて、新年。私の一番の願いは参院選で日本共産党が躍進してくれることです。大いに頑張りたいと思います。また、議員団としては議案提案権を行使して、市民の暮らしを守る先頭をいきたい。どうかご支援のほどよろしくお願いします。

 新年になりましたので、年末に作成した市政レポート1430号、ならびに「春よ来い」の第111回・「三十数年ぶりの弁当」を掲載しました。ご笑覧ください。

2010年01月02日

ホームページビルダー10をインストール

 正月は2日目。午前中はお客さんがまったくなく、ホームページソフトのバージョンアップをしました。私のホームページ、「小さな町の幸せ通信」は吉川町議時代の2002年の5月にホームページビルダー6.5を使い立ち上げたものです。まあ、立ち上げたというより、自己流で作成し、試しに送信したものがそのまま私のホームページになってしまった、と言った方がいいでしょう。

 以来、ビルダーのバージョンは6.5のまま。ホームページビルダーはすでに14まで進化していますが、きょうは何年か前に買っておいたホームページビルダー10にバージョンアップしました。インストールしたついでに、トップページの写真をスライドショーで見てもらえるようにしました。まだ写真の位置を固定できていないので、パソコンによってはとんでもない位置に行っているものがあるかも知れません。試しながら、少しずつ「新しい機能」を使ってみようと思います。

 きょうは昼過ぎに次男夫婦が帰省しました。誰よりも楽しみにしていたのは母です。赤飯を炊き、サケの昆布巻き、煮豆、サトイモとクワイの煮物、白菜の漬物などをたくさん用意し、「さあ、食べろや」とやっていました。ふたりが「美味しい」という言葉を発するたびに母は大喜びです。次男が嫁さんの家に行く時間になると、今度は、自分が作った赤飯や漬物などをパックに入れて持たせました。きょうは母にとって最高の日でした(画像)

2010年01月03日

初の街宣は雪の中

 日本共産党市議団の新年の街宣活動、今年は二班に分かれて行いました。私は上野公悦幹事長、大潟区の後藤紀一旧大潟町議と一緒です。自公政権から民主党中心の政権に交代して初の新年街宣です。建設的野党として国政でも市政でも頑張る決意を表明しながら回りました。

 朝からの降雪で道は滅茶苦茶でした。頸城区、大潟区と柿崎区の海岸部はたいしたことがなかったのですが、柿崎区の芋島まで行ったら、一車線しか除雪が間に合ってなく、途中で引き返しました。今冬の雪は一気に積もるのでやっかいです。これからどうなっていくか心配になってきました。

 街宣が終わってから自分の家でゆっくりし、夕方には、今年初めて「ゆったりの郷」温泉へ。地元の温泉ですから、毎年知っている人と一緒になりますが、今回は風呂から上がったところで中村支配人、それと市内の電気通信会社の幹部の方とばったり、挨拶を交わしました。会社幹部の人からは、「明日は賀詞交換会だけど、お宅は喪中だから欠席ですよね」と声をかけられました。

 きょうで三が日は終わり。当初予定していた原稿書きはほとんど進みませんでしたが、読みたかった永井荷風の『日和下駄』(講談社文芸文庫)をゆっくり読むことができました。
 

2010年01月04日

党旗びらき中継を新潟で

 私用で新潟へ行くことになり、党中央委員会の党旗びらきの衛星中継は新潟県委員会の会議室で見ました。党旗びらきでの志位委員長の挨拶はその年のたたかいの方向を見定める上で参考になります。今年の熱い焦点となる沖縄の米軍基地と日米安保体制問題、経済危機をどう打開するか、委員長からはこの2つの問題で具体的な話がありましたが、改めて重要だなと思ったこと、これは新鮮な提起だと感じたことがいくつかありました。

 そのひとつは沖縄の普天間基地問題。沖縄県民の願いはもともと無条件返還であり、県内どころか県外移設も沖縄県民は望んでいない。望んでいるのは完全撤去だということです。そういう中で中曽根元首相が、「今年は安保改定から50年になる。安保の維持か改定かそれとも廃止かをめぐって激論が起こるだろう」と言っているというのは初めて知りました。今年は、沖縄はもちろんのこと日本全土で国民的一大運動を展開し、安保廃棄の多数派をつくるうえで画期的な年にしようという委員長の提案は大歓迎です。

 経済と暮らしを立て直すビジョンの問題では、2つのことが政策のカギを握っていると指摘がありました。ひとつは、この9年間に大企業が200兆円もため込んだ内部留保を社会に還元させること。その筆頭に最低賃金の抜本的な引き上げ、労働者派遣法の改正が上げられたのは当然です。いまひとつは、社会保障削減路線でつけられた傷あとを速やかに回復すること。後期高齢者医療制度の速やかな廃止、障害者支援制度の応益負担の廃止などがそれにあたります。これらは大企業、財界に気兼ねをしていて民主党政権がなかなか手を出せない問題です。ここでも経済立て直しを着実に進めるうえで国民の闘いが重要な役割を果たしますね。

 最後にもうひとつ。先日、ある党会議で「党大会の決議での党建設計画も重要だが、詩人の土井大助氏の詩集『10年たったら』のような長いスパンでの目標設定が必要だ」と申し上げましたが、私の党大会決議案の読み方が浅かったことを知りました。志位委員長は挨拶の最後で、決議案に触れながら、「党躍進を勝ち取れる歴史的チャンスがやってきている。半年後の参院選で必ず躍進し、2010年代を党躍進の歴史的な時期にしていこう」とのべました。10年というスパンを意識していることは明瞭でした。

電車の中はいい仕事場だ

 きょうの新潟行きは快速くびき野号を利用しました。柿崎駅から新潟まで1時間45分です。特急よりも10分ほど多くかかるだけなのに、料金は普通料金ですみます。それだけでもありがたいのですが、特急並みに前の座席の裏に附いているミニテーブルを利用できるので、これもありがたい。

 快速くびき野号に乗った時、たいがいはコーヒーまたはお茶を飲みながら読書をします。きょうは、今春発行予定の随想集の構想を練るために、これまで書きためた原稿を読みながら、整理する仕事をやりました(画像)。じつは、これは正月の三が日にやっておきたかったのですが、なかなか頭が回転せず、進みませんでした。それが、電車の中だと頭が回転し始めるから不思議です。ようやく先が見えてきました。

 きょうは新潟に行ったついでに古町十字路付近で動き回りました。行った場所のひとつは北光社です(画像は同社の2階から古町通りを撮ったもの)。今月いっぱいで閉店するというので、店内をぐるりとひと回りしてきました。この店の特徴の一つは、作者別に文庫本を並べていること。きょうは芥川比呂志の『ハムレット役者』(講談社学芸文庫)と田口ランディの『できればムカつかずに生きたい』(新潮文庫)を記念に買い求めました。これが北光社での最後の買い物です。

2010年01月05日

高田の商店街を視察

 今年の上越市政の重要課題のひとつは中心市街地活性化問題です。党市議団は昨年1月、この問題で市民の声を聞くために懇談会を開催しましたが、きょうは高田の本町3、4、5丁目の商店街を4人そろって見て歩きました。4人が8つの目で同所を視察するのは初めてのことです。

 高田共同ビル(旧長崎屋のあった建物)は雁木通り美術館が昨年末で閉じて、1階から3階までしか利用されていません。2階では喫茶店がただひとつ頑張っていました。今度、時間がある時に、コーヒーを飲みに行って、経営者の方がどんな思いで頑張っておられるかきいてみたいと思います。この建物の外では廃止される市道や拡幅される市道などを確認してきました。

 きょうはまだ正月の5日です。もう少し賑やかであってもいいと思うのですが、本町商店街は人通りが少なかったですね。開いているお店の中をひとつひとつ眺めていた上野議員は、「よくやっているなあ」とつぶやいていました。ショーウインドーによく目が行く樋口議員、「いいものがあるのに、もったいない」と言っていました。「最近、飲み屋さんが増えてきたんだよね」と教えてくれたのは平良木議員。同じ議員団でも見るところが違うものだと感心しました。

 今春閉じることが発表された大和デパートにも入ってきました。1階の総合案内のそばに、「赤いろうそくと人魚」像があります(画像)。私はこの像があることをいままで気がつきませんでした。本町街が賑やかだった当時、この像の足元には水がはられ、魚も泳いでいたそうです。この話を聞いた時、「児童文学のまち、高田」をもっと前面に出してまちづくりをしてもいいのではないかと思いました。7階では高井進さんの作品展をやっていました。平良木議員が、「こういうのをやれるのが百貨店だ。スーパーにはできない」と言っていました。

 商店街振興組合の役員である春陽館の熊田さんのところへも顔を出してきました(画像)。仲間の議員を一人ひとり紹介しようとしたら、ニコニコして「みなさんの顔はよくわかっています」と言われました。うれしいですね。熊田さんとはきょうの視察のことだけでなく、新潟の北光社閉店のことについても話をしました。また、議員団と振興組合の間で懇談会を開催したいとお願いしてきました。中心市街地の活性化を図るうえで必要なことは何か。じっくりと本音で語り合う機会がほしいと思います。

2010年01月06日

足跡はキツネだった

 新年になって初めて吉川区の山間部から大島区へと車を走らせました。上川谷を過ぎて大島区の角間の入り口付近を走っていたときのことです。道路の真ん中にキツネが一匹いて、私の車を見たとたん、道から雪の壁へとジャンプしました。急いでカバンからデジカメを取り出し撮影しようとしましたが間に合いませんでした。それじゃ、足跡だけでも写真に収めようと車を降りてそばまで行き、びっくりしました。年末に出合った動物の足跡と同じだったからです(画像)。直径10センチ近いあの足跡はキツネだったのです。

 大島区では久々に母の実家(画像)まで足をのばしました。従兄に会いたかったし、それに雪の状況、とくに除雪状況を見ておきたいと思ったのです。残念ながら実家の従兄夫婦は留守でした。それでもう一軒の親戚の家に立ち寄り、お茶をごちそうになってきました。大島区の雪は1メートルちょっとありました(画像は竹平集落)。でも道路の除雪は相変わらず完璧でした。

今年初めて市役所本庁へ

 今年になって初めて市役所本庁へ。議会事務局で挨拶を済ませてから議員控室にて党議員団会議をやり、その後、2件の生活相談に取り組みました。例年だと年末年始の相談がいくつも寄せられるのですが、どういうわけか今年は3件のみ。おかげで年初めからバタバタすることなく、ゆっくりとスタートすることができました。

 議員団会議の中心は議会基本条例についてです。条例策定検討委員会の現段階での到達点を資料で見てもらいながら、議論をしました。同じ党派であっても考え方は様々です。たとえば、議長の役割と活動原則について。これまでの検討では、「議長は、議会を代表して中立公正な職務遂行に努めるとともに、議会の品位を保持し、民主的かつ効率的な議会運営を行わなければならない」とまとめています。私はこれでいいと思っていたのですが、「書かなければならないいくつものことをひとつの文章にしてしまうのは無理がある。それが分かりにくくしている」「分けて記述できないか」との声がありました。こうした声を聞きっぱなしでなく具体的な提案(条文として)にまとめていきたいとは思いますが、それには時間が要ります。次回の条例策定検討委員会までにどこまでできるか。とりあえずはたたき台についてよく読み、意見、注文を出してもらうことにしました。

 夕方は5時半過ぎには帰宅、その後、頼まれていた1万5000枚のビラの印刷作業をやりました。約3時間ぶっ続けで印刷をしたのですが、500枚単位で印刷を進めます。この印刷をしている間に、次の紙の準備をしても印刷が終わるまで4分くらいの時間があります。きょうはこの時間を利用して本を読みました。ひとつの話が3ページくらいで終わるものならちょうどよい時間となります。印刷という単純作業もこれならあきません。お試しあれ。

2010年01月07日

小池友弥さん、頑張って!

 高田農業高校3年生の小池友弥さんが大相撲の新弟子検査に合格したことを知り、うれしくなりました。友弥さんは柿崎区馬正面の出身で、私の知っている人だったからです。私と小池さん宅との付き合いは、友弥さんの祖父にあたる直英さん(故人)の代からはじまり、現在も続いています。友弥さんは体の大きい好青年ですが、大相撲の力士をめざしているというのは初めて知りました。

 この話を妻にしたところ、妻も友弥さんを知っているというのでびっくりしました。昨年、高速バスの柿崎停留所で30分近くも彼と話をしたというのです。その日は国体の反省会があった日とかで、たまたまバスが大幅に遅れたことから話ができたそうですが、妻も「挨拶がきちんとできる感じのいい高校生だった」と言います。ぜひ郷土の力士として頑張ってほしいですね。

 きょうも昨日に続いて大量のビラ印刷をしました。昨日と違って、すでに片面を刷った紙を印刷前に整える作業もありましたので、本を読む暇はほとんどありませんでした。ひたすら印刷して3時間、そして印刷したものを整え梱包するのに40分ほどかかりました。

2010年01月08日

日曜版の配達で尾神へ

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達で尾神まで行ってきました。今年は年始のあいさつ回りはしなかったので、尾神へ行くのは初めてとなりました。1982年(昭和57年)秋までわが家があった蛍場(画像)は、同じ尾神でも標高が低く、雪は80センチほど。それでも除雪ドーザによる雪の壁が高くなっていて、雪を飛ばす除雪ピーターが活躍していました。

 尾神では大島区から嫁いできた従姉の家でお茶をご馳走になってきました。誰から習ったのか、野沢菜、大根の漬物、コンニャク、人参などの煮付けの味がとてもよくて、お腹がいっぱいになるまで食べてきました。従姉の家では連れ合いのJさんが、山から水を引いてきて、家の周辺の道路の融雪に活かしていました。その様子を写真に撮るつもりだったのですが、お茶を飲んだらすっかり忘れてしまいました。

 昼間、自治体研究社から電話がありました。年末に大急ぎで書いた原稿の手直しはないという連絡でした。ひょっとすれば、次の連休にまた原稿書きかと覚悟していたのですが、これでホッとしました。私も執筆した『古里の未来をえがく-持続できる地域づくりの戦略』(仮称)の発行は来月中旬となる見込みです。この本が完成すると私の本は共著も含めて4冊目となります。

2010年01月09日

新潟県党会議

 昨日の新聞配達の疲れが取れない中で今朝も早朝から2時間半続けて「しんぶん赤旗」をしました。雪があると配達は本当に時間がかかります。

 13日からの党大会を前にきょう、新潟県党会議が開かれました。代議員の発言はいずれも先進的な内容で、参考になることがいくつもありました。

 その中で4か月前に入党したばかりの青年の発言が感動を与えました。一年ほど前には職を失って助けを求めていた人です。昨年の総選挙後、日本共産党に入党し、いま若者の雇用確保のために奮闘しているとの報告を聞いて胸が熱くなりました。
 また、労働運動の最前線で頑張っている代議員が、いまも24時間労働をさせている会社があると告発。雇用情勢悪化の中でルールある人間労働を求める活動の重要性を浮き彫りにしていました。小林多喜二の『蟹工船』が読まれているのもうなづけます。
 上越市の党を代表して平良木議員が集いの開催で市民の要望をつかみ、その実現をめざして活動していることをリアルに明らかにしました。
 4日に平和都市宣言をしたばかりの柏崎市の持田市議からは党勢拡大などで奮闘している様子が語られました。自信に満ちた力強い発言でした。どんな活動でも縁の下の力持ちの役割をしている人がいますが、五位野和夫前柏崎市議が毎日のように運動推進ニュースを作成し、励ましていることを聞き、すごいなと思いました。

 きょうの会議の行き帰りは上野上越市議と一緒でした。上野市議はきょうの会議で13日からの党大会に参加することが決まりました。合併後5年間の頸城支部と彼のエネルギッシュな活動を全国に紹介してほしいと思います。

2010年01月10日

川谷冬まつりそして地元でサイの神

 午前は11時から川谷冬まつりでした。合併した2005年(平成17年)の2月に地元市議となって以降、2006年(平成18年)1月から5年連続で参加させていただいています。この祭りでは川谷地区4集落の住民が連携して餅つきや雪上運動会、サイの神などを行っています。石谷の曽根町内会長さんのお話ですと、今年で31回目だそうです。冬まつりでは毎回ドラマがあり、感動があります。

 今年の冬まつりでは市長が消防団の出初式に出席したことから、一番最初に挨拶を求められました。私は、「上越市内で中山間地再生に向けた取り組みをやっている地域はいくつかあるが、川谷地域は最も注目されている地域のひとつだ。集落を越えて連携し助け合い、さらには法政大学OBなど外部の応援をもらっての取り組みは貴重だ。これからもみんなで頑張って続けていきましょう」と訴えました。年末に集落連携の大切さを改めて感じていたので、そこにポイントを絞って話をさせてもらいました。地元の郵便局長さんが、「私どももこの地域をどうしようか考えています。話はしっかりと聞かせていただきました」と感想を寄せてくださいました。

 ここの餅つきは杵を3つ使った3本づき(画像)が特徴です。トントントンという連続した音の響きがよくて、とても気持ちがいい(餅つきの音はここから)。きょうはふた臼目で餅つきをさせてもらいました。3人のつき手の呼吸を合わせることも大事ですが、何よりも体力がないとつけません。地元のつき手として毎年杵を持つ山賀源市さんは70代後半、この人の元気エネルギーはどこからくるのかと改めて感心しました。つきあがった餅は黄粉餅や雑煮としてふるまわれました。「機械でついた餅では味わうことのできないね。美味しいね」という声が出ていました。本当にうまかった。

 グランドでのサイの神(画像)。昨年は燃え方がよくて、燃え上がったときの大きな炎が印象に残りました。今年は煙です。雪や雨でワラがぬれていたのか、なかなか燃えてくれませんでした。そのかわり、火山爆発と間違いそうな大きな噴煙ができました。かなり年配の参加者も、「これはいままで見たことがない煙だ。すごいもんだ」などと言っていました(画像)(音はここから)

 川谷冬まつりは今回も星山さん、山岸さん、堀内さんなど法政大学米米クラブや棚田オーナーのみなさんに支えられて取り組まれました。高齢化が進み、地元の参加者が毎年減り続けています。それでも、この祭りは地域の人たちが元気に頑張っていくうえで欠かせない行事です。また、私を含め地域外から参加した人たちにとっても、人間らしい温もりと楽しさを味わうことのできる貴重な機会となっています。みんなで頑張って続けたいものです。

 午後2時半過ぎに川谷を離れ、地元代石町内会のサイの神へ。3時の点火でしたので、到着したときにはカヤ(ススキ)が燃え落ち、参加したみなさんが餅やスルメなどを焼き始めたところでした(画像)。冷たい風が強く吹くなかで、酒をたっぷりと飲み、語り合いました。そして最後は恒例となったすみ塗りです(画像)。川谷ですでに黒くなっていた私の顔もアノラックも一段と黒くなりました。これで今年も健康でがんばることができます。

2010年01月11日

寒中見舞い状

 気になっていたことをやっと始めました。ひとつは寒中お見舞いのはがきづくりです。父の喪中ということで年賀欠礼のはがきを11月から12月にかけて出したのですが、なかには漏れ落ちてしまったりして年賀状が30通ほど来ました。これに返事を出そうと思っていたものの、どんなふうに書いてよいかわからず、きょうまで来てしましました。味も素っ気もないはがきにしないようにと尾神岳の写真を入れてみました。

 いまひとつは法事の案内状作成。早いもので父が他界してから9カ月が経ちました。12月中にお寺のご住職と相談して3月28日(日)午前11時から自宅でやることに決めさせてもらいました。その案内状もなるべく早く出したいとは思っていたのですが、ずるずると時が過ぎてしましました。1日の早朝、まだ暗い時間に、玄関の方から「おい、とちゃ、起きろや」という父の声が聞こえてきてびっくりして飛び起きました。夢だったのですが、父も気をもんでいたようです。案内状の印刷だけは終了しましたので、2、3日中に出せるでしょう。

 きょうは久しぶりに青空も出て、気持の良い日となりました。妻が初釜だというので高田まで送ってきましたが、田んぼの雪がまぶしかったです。家に帰ってから、近くの道を歩いてみました。雑木林もいつもよりも美しく感じられました(画像)。それと、林のすそに赤い実を見つけました。ヤブコウジです(画像)。近くに白い雪が広がっている中で、この赤はじつにいい色です。

2010年01月12日

党大会前日

 午前は議員団会議と議会基本条例策定検討委員会でした。検討委員会では議員の活動原則、政策検討会議などをめぐってきょうも活発な意見交換を行いました。同委員会は明日も開催され、21日の月例議員懇談会には議会基本条例素案を全議員に説明する予定です。

 午後からは随想集の編集作業を行いました。数年分の随想を読んでみると、だぶる話があったり、手直ししたくなるものがいくつもあります。なかなか前に進みません。今週はもう1日、この作業を行う予定です。

 上野議員が明日から開催される党大会に参加します。今週は、生活相談、各種団体の旗開きへの参加などたくさんありますが、残った3人で頑張ります。

2010年01月13日

すごい吹雪です

 予報通り、きょうは荒れました。市役所からの帰り道、吹雪で前が見えなくなり、車のライトをつけてのろのろ運転せざるをえませんでした(画像。こういう日は防雪柵が役立ちます)。この冬で一番荒れたのではないでしょうか。家に戻ってからは除雪機を使って除雪作業をやりました。電車も高速も乱れているようです。妻からの連絡を待って迎えに行こうと思っています。

 きょうは市役所で昨日に続いて議会基本条例策定検討委員会でした。たたき台に基づく協議がきょうで一区切りし、20日には策定委員会としての素案がまとまる見通しとなりました。きょうの協議では市民の声を市政に反映させるシステムとして政策検討会議を新設する問題と条例の前文の文言について議論が集中しました。議会基本条例については素案がまとまり次第全文をホームページに掲載しますので、ご意見をお願いします。

 朝、高崎市の従姉から連れ合いのJさんが亡くなったとの連絡が入りました。Jさんとは私の中学時代からしか記憶が残っていませんが、日産セドリックに乗ってわが家に泊まりに来てくださり、貴重な写真を撮ってもらいました。私の当時の写真のほとんどはJさんの撮影です。明日、高崎に向かいます。

2010年01月14日

これから高崎へ

 高崎の葬儀に出席するため、昨晩から市政レポートの作成、印刷、「しんぶん赤旗」日刊紙の配達と大忙しでした(こんな吹き溜まりも)。今朝は5時前に起床、新聞配達をすませてからは除雪でした。これからほくほく線で出発です。

2010年01月15日

帰れなくなりました

 いま、高崎駅の近くです。葬儀が終わって家に帰ろうと思ったら、ほくほく線も信越線も雪のため電車が動かないということで帰れなくなりました。運転再開がいつになるか確認したうえでどこかに泊まる予定です。

 昼間、市役所本庁といくつかの総合事務所に連絡を取り、降雪状況、道路除雪、弱者対策などについて確認し、万全の対策を要請しました。一晩に70から120センチも降ったところもあったようです。

 明日はなるべく早く帰り、雪対策をすすめたいと思います。それに、午後からは挨拶をすることになっている会もあります。

2010年01月16日

豪雪地帯を視察

 上越市高田からの発信です。越後湯沢から特急はくたか号に乗ってようやく上越に戻ってきました。はくたか号の車内から見た雪はは2メートルを超えていました。浦川原区では屋根の雪下ろしをしている人が何人もいましたね(画像は党議員団の視察時のもの)

 直江津駅には党議員団の平良木議員、樋口議員が迎えに来ていて、そのまま大雪でたいへんな豪雪地帯へと車を走らせてもらいました。回ったところは吉川区、大島区、浦川原区の山間部です(画像は吉川区)。吉川区上川谷では一人暮らしのTさんが体調が悪いということで寄ってきました(画像)。なんでも午前中に医者のところへ行って点滴してもらったとか。大雪の中でひとりぼっちは切ないですね。ここは積雪は3メートル20センチを超えていました。大島区は旭地区を視察してきました。ここもすごい積雪でした。バス路線を通ったら、一車線やっとの除雪状況です。きょうはどこも圧雪はぎなどでめちゃくちゃな道路状況でした。視察状況の写真は明日アップします。

 きょうは上越民主商工会の青旗開きでした。豪雪地の視察で会場には1時間遅れで到着。その後、1時間ほど懇談することができました。今日の話題は仕事がないことと雪です。豪雪地帯の状況を話したら、みなさん、「がんばってくれ」と激励してくれました。ありがたいですね。

2010年01月17日

調査も兼ねて「しんぶん赤旗」配達

 朝の6時過ぎから夕方4時ころまで「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達をしました。昼食の時間などを除くと実質的には9時間かかったことになります。このうちの半分、約4時間半は後援会事務局のTさんから手伝ってもらいました。もし手助けしてもらわなければもう半日はかかったことと思います。

 時間がかかったのはいうまでもなく大雪のせいですが、配達がいつもより大幅に遅れているにもかかわらず「こんがな雪の中、よくきてくんなった」と喜んでもらいました。なかには「これ持って行って」と食べ物などをくださる方もありました。新聞の配達活動はたんなる配達ではありません。雪害に苦しむ人たちを励まし、雪による困りごとなどいろいろな情報を教えてもらう大事な機会ともなっています。

 配達の中で悲しいニュースも聞きました。ここ数日間、地元の新聞はまったく読んでいなかったので、酪農仲間だったTさんが急死されたことは知りませんでした。Tさんとはほぼ同年代だったこともあって気持ちが通じたいい仲間でした。牛の手術やお産などでどれほど世話になったかわかりません。明日の葬儀には駆けつけてさよならをしてきたいと思います。

 夕方、わが家の牛舎(画像)の除雪をしようと思って除雪機を使っていたら故障してしまいました。部品を交換しなければダメなようです。妻を迎えに行っている間に、長男と大潟区に住む弟がスコップやスノーダンプで必要最小限の除雪をしてくれ助かりました。

 昨日の「見てある記」の一部に写真を載せました。文章に対応した被害状況の写真の一部は平良木、樋口両議員のデジカメで撮影してもらってありますので入手次第掲載します。

2010年01月18日

清里区、牧区などで調査活動

 きょうは青空が広がりました。Tさんの葬儀が終わってから党議員団会議に合流しました。上越市大雪災害警戒対策本部会議の資料をざっと見て感じたのは、農業関連のデータがほとんど記載されていないことでした。じつは市役所へ行く途中、ビニールハウスのつぶれたものが目に入りました。また、このままにしておけない倒壊危険状態のもの(画像)を見て、所有者に「大丈夫かね」と声をかけてきたのです。すぐに担当課に電話をして、「ハウスの被害が出ていますよ。実態を把握していますか」と問い合わせたところ、「いま、調査をまとめているところです」とのことでした。

 午後から清里区、牧区、合併前上越市農村部を中心に大雪の実態調査に出かけました。今回の調査では道路の除雪状況、農業用ビニールハウスの実態、高齢者世帯の屋根雪処理状況などにポイントをしぼって見てきました。清里区は総合事務所で説明を受けた後、櫛池地区へ入りました。狭いところも含めて道路はきれいに除雪してありましたね。2006年(平成18年)の豪雪の時にも1月6日にこの地区に調査に行きましたが、あの時よりも積雪は1メートルほど少な目でした。にもかかわらず、民家の屋根雪が4年前に負けないくらい重く感じられたのは集中的な降雪のせいでしょうか(画像)

 牧区では総合事務所及び渡辺靖子旧牧村議宅に立ち寄り、排雪作業等を見てきました。牧区は合併前はくびき牛の本場でした。現在は数軒しか和牛を飼育していないということです。猪俣総合事務所長から、牛を飼っているところから被害や要望は上がっていないということを聞きホッとしました。本当は宇津俣方面まで足をのばし、和牛飼育農家の皆さんと懇談したかったのですが、時間が遅くなってしまいました。次回に訪れたいと思います。

 

2010年01月19日

大雪災害警戒対策本部情報は速やかにHP掲載を

 上越市のホームページで今回の大雪災害警戒対策本部の最新の動きを見ようと思って開いてみたところ、どうしたことか本部の設置情報も対策も何一つ見当たりませんでした。まさかと思って一生懸命さがし直しましたがやはり見つかりませんでした。災害対策では、市民にたいする速やかな情報提供は欠かせません。こんなことでいいのでしょうか。

 県内では14日から15日にかけ柏崎市で豪雪対策本部、十日町市は雪害対策本部、糸魚川市、妙高市、上越市、川口町でそれぞれ大雪(または雪害)警戒(対策)本部が設置されました。これらの自治体のうち上越市と川口町をのぞき、すべて対策本部情報をホームページに掲載しています。当然です。きょうは、これまでの調査をもとに市長に要望書を提出する予定ですが、市民への情報提供の面での改善も入れておかなければなりません。

豪雪対策強化で申し入れ

 午後1時半から豪雪対策強化について市当局に申し入れました。議員団からは私と樋口議員が参加、16日、18日と現地調査をしてきたことを踏まえ、①障がい者、高齢者など要援護世帯にたいする調査、声掛け、適切な対応を継続して行うこと、②ビニールハウスなど農業関連施設の被害状況を把握し、対策を講じること。また、農畜産物の生産、出荷が困難なときは応援できる体制をつくっておくことなど9項目の要請をしました。市側からは大雪災害警戒対策本部長の稲荷副市長、それに笠原都市整備部長、川上防災局長が応対し、懇談してきました(画像)

 私からは、「要援護世帯の方々が民生委員や市役所職員の訪問をとても喜んでいた。引き続き頑張って継続してほしい。冬場でも農業生産活動で頑張っている人たちがいる。和牛飼育農家、ハウスを使った野菜栽培をしている農家を励ましてもらいたい。市民はホームページを通じても道路など生活にかかわる情報を知りたがっている。速やかに情報を掲載してもらいたい」と訴えました。稲荷副市長は、「(農業生産の実態などの)調査をして対応していきたい。災害救助法の適用問題については私どもも申し入れの内容で働きかけていきたいと考えている。職員も頑張っているのでご協力をいただきたい」と答えました。

 申し入れの直前、川上防災局長などから「ホームページ(で対策本部設置情報などを掲載しなかったこと)については申し訳なく思っている。頭を下げるしかない。いま掲載の作業をしているのでしばらくお待ちいただきたい」と話がありました。申し入れを終えて、早速、市のホームページを開いてみましたら、新着情報として対策本部設置のことが載っていました。早朝に掲載したこのブログが少しは役に立ったようです。よかった、よかった。

 以下、申し入れの全文です。

上越市長 村山秀幸 様

  豪雪対策強化に関する申し入れ
    
            2010年1月19日
                 日本共産党上越市議会議員団

                            団長 橋爪法一

 豪雪災害対策での連日のご奮闘に心から敬意を表します。
 議員団では、1月16日、1月18日と市内における豪雪の実態調査をし、対策強化について検討してきました。また、この間、市民からもいくつかの要望が寄せられています。つきましては、以下の点につきましてご検討いただきたく、申し入れるものです。

                -記-


1.障がい者、高齢者など要援護世帯にたいする調査、声掛け、適切な対応を継続して行うこと。特に除雪要員確保については十分な手立てを講じること。
2.市のホームページでの豪雪関連情報は速報性を高めるとともに充実を図ること。
3.ビニールハウスなど農業関連施設の被害状況を把握し、対策を講じること。また、農畜産物の生産、出荷が困難なときは応援できる体制をつくっておくこと。
4.現在ある雪害関連の各種支援制度を引き続き維持・充実し、市民への周知に努めること。
5.旧上越市域の市道除雪については、13区と同じように実態を具体的に把握し、速やかな対応ができるよう改善すること。
6.除雪機械オペレーターの技術伝承について配慮するよう関連業者に要請すること。
7.国に対しては除雪対策の特別交付税の増額を要請すること。
8.豪雪が予測される時点で、JRに対して、直江津駅に除雪機関車を待機するよう要請すること。
9.災害救助条例、災害救助法の適用については、2006年豪雪の時と同じく、合併前市町村の区域でひとつでも適用基準を超えた時は全市域に適用するよう関係機関に要請すること。
                        

                    以上

下関市議会の党市議団が上越市へ

 きょうの午後、下関市議会の日本共産党議員団の5人が視察で上越市役所に来られました。上越市の地域自治区と地域協議会について学ぶことが目的ということでした。私も途中から調査に参加して、吉川区地域協議会の活動などについて話をさせてもらいました。下関議員団の来庁を知ったのは豪雪対策に関する申し入れを終わって間もなくでした。上越市の取り組みについて他市町村議会の党議員団が来て下さるのはうれしいですね。

 調査が終わってから、私たちの議員団控室に来てもらい、少し懇談しました。私たち4人の議員の机にパソコンがあることから、議員のホームページやブログについての話になりました。下関市議会の党議員団の団長は近藤栄次郎さんです。近藤さんは早くからホームページを開設し活動している議員で、「党大会でも話題になっているように、党議員はこれから少なくともブログをやらないと(活動ができない)」と語っていました。最近はホームページやブログだけでなく、Twitter(ツイッター)もはやってきました。私のようなメカに弱い人間がついていけるか心配です。

 夕方、高田まわりで家に帰ってきました。きょうの暖かい天気で除雪はぐんと進みました。路面が出ていないところはほんの一部でした。今朝のような大渋滞はもうたくさんです。

2010年01月20日

やるべきことをやれるようにするのが災害対策では重要

 夜10時過ぎ。家に戻ったら、妻に、「あんた、財布ある?」ときかれました。いつも財布を入れているカバンの中を見るとありません。「最後にお金を使ったところはどこだった?」と言われてやっと気付きました。セルフサービスで入れたガソリンスタンドです。そこの従業員が親切にも電話でわが家に知らせてくれたのでした。きょうは妻も財布などが入った袋をバスの中に忘れてきました。夫婦して財布を忘れるとは情けない。

 きょうは朝から午後3時まで市役所でデスクワーク中心。その後、議会基本条例策定検討委員会、上越市内の党役員、議員団の会議と続きました。議会基本条例の会議が始まるまでに市役所の3人の部課長と個別に話をする機会がありました。そのなかで、「予想を超えて苦情が殺到したために何々ができなかった」「ある仕事に集中せざるをえない事態となったので何々ができなかった」などという話が出ました。これは見逃せない問題だと思います。現在、市は大雪災害警戒対策本部を設けていますが、どんな事態が起きようとやるべきことをきちんとやれるような体制をつくらなければ対策本部をつくった意味がありません。職員が一生懸命仕事をしているのはわかりますが、この視点でいまの体制でいいのか十分検討し、今後の対策に生かしてほしいですね。

 昨日、長年お世話になった獣医さん(故人)のお連れ合いが亡くなりました。明日は自己改革勉強会などいくつもの会議がありますが、葬儀に参列してこようと思っています。

2010年01月22日

上越地域の医療の現状と課題を学ぶ

 疲れがたまっているのでしょう、ひと眠りをしたら日付が変わっていました。昨日の午前は獣医さんのお連れ合いの葬儀でした。出棺の時、親族を代表して挨拶されたHさんが、「本人ならば、雨の中ごめんなさいね、ありがとね、と言うことと思います」とのべられました。亡くなったおばあちゃんにそっくりの言い回しを聞いて、いつも笑顔を絶やさずやさしかった故人の姿が浮かびました。

 午後からは月例議員懇談会、議員勉強会、議会基本条例策定検討委員会がまとめた条例のたたき台の説明が行われました。

 今回の議員勉強会の講師は上越医師会会長の服部さん。医療の危機的な状況、地域医療の現状と課題などについて、時おりユーモアを交え話をしていただきました。
 「妙高市、上越市を含む上越地域は救急たらい回しがないところとして有名だが、課題もある。上越地域センター病院などのリハビリ機能が弱くなると、県立中央病院などの高次医療を担う病院にも悪影響を与えていく決定的な問題は医師不足だ。医師養成抑制政策、新医師臨床研修制度導入が根本の原因だ」などという言葉が印象に残りました。
 上越地域内の高次医療を担う病院は県立中央病院など3つ、二次医療は独立行政法人さいがた病院など7つの病院が、精神医療は高田西城病院など3つの病院が担っています。今回の話を聞いて、妙高市との連携の中で地域医療を守っていかなければならないと感じました。

 議会基本条例策定検討委員会がまとめた条例のたたき台の説明会。内山委員長がパワーポイントを駆使して熱の入った説明を行いました。説明後、樋口、滝沢いっせい両議員が策定検討委員だけでなく、全議員による自由な討議の場をつくってほしいと発言していました。議会としての素案をまとめていく過程で全議員が参加して討論し十分理解を深める、全員が賛成できる内容にしていく。このことが重要となっています。たたき台の全文は数日中に私のホームページでも公開します。

初稿到着

 年末に大忙しで書いた本の初稿が到着しました。もう何回か経験しているのですが、初稿が届くと、いよいよ本の完成が近いなという感じになります。来週のはじめには出版社に返送し、再校へと進みます。このまま順調に進みますと、「『限界』を超えるー集落再生を可能とする地域づくりの戦略」(仮称)という本(自治体研究社刊)が2月10日に出来上がります。1冊1800円。ご希望の方はお知らせください。

 きょうはこれまで市政レポートの印刷を終わらせ、「しんぶん赤旗」日曜版の配達をはじめました。雪がまた降り始めたので、早く配達を完了させたいところですが、これから東京です。今度は、私の随想集の出版の打ち合わせです。国際啄木学会の近藤典彦前会長さんなどと会うことになっています。本のことだけでなく、いろんな話ができるのではと楽しみにしています。

2010年01月23日

山原健二郎さんのことが話題に

 昨日、東京都内で随想集出版の相談をした際、国際啄木学会の近藤典彦さんから6年前に亡くなった日本共産党の元衆議院議員、山原健二郎さんの活動について教えていただきました。
 
 山原さんは10期連続衆議院議員に当選した人ですが、その日常活動がすごかったというのです。「国会がどんなに忙しくても毎週のように高知に帰り、日曜市で演説をする。居酒屋で酒を飲む時には一軒のお店でいっぱい飲まずに、何軒もはしごができるような飲み方をしていた。母親に絵手紙を送り続けただけでなく、こまめにハガキを出し、人とのつながりを大切にしていた。高知では山原さんからもらったハガキを大切に持っている人があちこちにいる。だから、谷間の集落で演説をしていても一人、また一人と次々と人が出てきて話を聞いてくれた。飲み屋街で演説をすれば、大勢のママさんたちなどで人垣ができた」。メモを取っていたわけではないので、多少、正確さに欠けるかも知れませんが、確かにすごい。

 これらの話は近藤さんが講演で高知を訪れた時などにお聞きになったのだと思います。亡くなってもいつまでも庶民から語られる政治家、山原さんの人柄を知り、胸が熱くなりました。

2010年01月24日

上越市議会基本条例のたたき台掲載

 昨日の「見てある記」に書いた上越市議会基本条例策定検討委員会がまとめた条例のたたき台をホームページに掲載しました。今後、このたたき台について議会各派の意見を聞いたうえで議会基本条例案をまとめることになっています。ご意見をお寄せ下さい。

県党会議

 きょうは新潟県党会議でした。朝早く「しんぶん赤旗」日刊紙を配達し、その後、大潟支部の後藤紀一さんの車に乗せてもらい出かけてきました。きょうの会議は先日行われた第25回党大会の決定を具体化する「県総合計画」を決定するとともに、半年後に迫った参議院選挙での勝利をめざす総決起の場となりました。

 県委員長などの報告の後、12人の代議員が発言しました。

 このなかで上越市の杉本敏宏前市議が並行在来線をめぐる情勢の変化をつくりだした住民運動の経験について発言、運動の盛り上がりが(新幹線開通後は並行在来線はJRの経営から切り離すなどの)旧政府与党合意見直しにつながったとのべました。泉田知事の「地元の動きが見えない」発言に地元住民組織が反発し、信越線の北から、南から沿線沿いに行進したことなどをあげての話は、要求に基づいて現実に政治を動かす姿がいきいきと語られていて、とても良かったです。

 党市議団の上野公悦議員は、5年前の合併に伴う市議増員選で惜敗して以来、短期間に党勢を拡大し、後援会員とともに楽しく活動し、定例市議選(頸城選挙区)でトップ当選を果たした経験を党大会で発言し、全国の党員、党組織を励ましました。同議員はきょうの会議でも大会後、22日付赤旗「読者の広場」欄で大学時代の先輩が「こっぺ頑張れ、おれも頑張る」という投稿をしてくれたこと、豪雪の中で現地調査を行い、宣伝カーを出して「困ったことがあったら連絡を」と呼びかけたことなどを報告しました。この発言も党会議参加者に感動を与えました。発言原稿は上野議員のきょう付のブログに掲載されていますので、お読みください。

 きょうの発言でもうひとつ紹介しておきたいと思います。新潟市の代議員、丸山久明さんの発言です。「自公政権退場の歴史的な闘いに参加できて感無量だった。日本の多数者革命を夢見て50年になるが、固辞したにもかかわらずまた自治会長に推された(これで13年目)。反共の壁はくずれている」などと語りました。丸山さんは30数年前、国政選挙に出たことのある活動家で、私が初めて町議選に出た時も応援に来てくださいました。「私、橋爪法一は第一に何々に取り組みます。私、橋爪法一は第二に……」選挙演説でのこういった言い回しは丸山さんから教えてもらったものです。医者から認知症だと診断され悩んでいると告白した丸山さんですが、党一筋に頑張ってきた丸山さんの話を久々に聞いて元気が出ました。

 

2010年01月25日

新たな方法で議員団ニュースを編集

 朝から夕方まで議員控室で仕事をしました。午前は党議員団会議です。JAえちご上越、くびき野森林組合の幹部との懇談会など当面する取り組みについて意見交換、意思統一をしました。4日のJAえちご上越との懇談会では服部武経営委員長などと懇談できることが確実になりました。服部さんとは酒席で話をしたことがありますが、日本共産党と農協という関係の中で話し合うのは初めてです。どんなことが話題になるのか楽しみです。

 きょうの団会議では議員団ニュースの編集作業も行いました。今回は紙に印刷したものをチェックしながら編集していくというやり方ではなく、4人の議員のパソコンをつないで、共通画面を見ながら編集するということを初めてやりました。文章表現だけでなく、レイアウト、色合いなどを確認できるのでとても便利です。ニュースの編集については課題もあります。月曜日の編集だと記事が古くなってしまう、水曜日までもっていけないかという声が出ました。多忙な日程の中でもスピード編集できるようにするにはどうしたらいいか。それが問題です。

 党議員団会議が終了してからは、ここ1、2カ月の間に発行する本の仕事です。来月10日に発行予定の集落再生に関する本は初稿のチェック。私が執筆した文章、インタビュー記事のチェックを終えました。「超える」と「越える」の変換ミスなどいくつかの間違いを直しました。私の随想集は3月下旬の出版が本決まりとなりました。きょうは数年前に書いた文章に手を入れましたが、思った以上に時間がかかります。

2010年01月26日

「地域活動資金の制度設計」「除雪体制」などで議論

 きょうも午前から原稿書きでした。お昼すぎ、吉川区から友人のSさんが議員控室に私を訪ねて来てくださいました。昨日、原稿の整理をしていて分からない点が出てきたので教えてほしいとこちらから電話をしたのですが、きょうはわざわざ写真や手紙など資料を持って出て来てくださったのです。うれしかったですね。

 午後4時半から高田のロジワールホテル前で日本共産党の街頭演説会を行ないました(画像)。弁士は参院選新潟選挙区予定候補の武田勝利さんと比例代表予定候補のかわえ明美さん。このうち、かわえさんは上越市内での初演説でした。まず、名護市長選で稲垣候補が勝利したことを喜び、トヨタの派遣切りなどをきびしく批判、大企業にものがいえる政治をと訴えました。私のきょうの役目は弁士の傘持ち、時おり吹き付ける雪と風に泣かされました。チョウ寒かった!

 夜は吉川区地域協議会を傍聴しました。今年初めての協議会です。二つのことに議論が集中しました。

 ひとつはこの4月から執行が予定されている地域活動資金についてです。委員の一人から、「吉川区には年間600万から700万円くらいくる。いまから何に使うか話し合わなくていいのか」と問題提起がありました。総合事務所側から、「いま、市で制度設計中。実施要領等が2月下旬に示され、議会で審議される。その後、(決まったら)協議していただくことになる」との説明があったのですが、なかなか納得してもらえませんでした。「行政のスケジュールとは別に、私たちの立場で話し合いませんか」という発言もありましたから、本当は、制度設計の中味についても意見や提案があったのかもしれません。やりとりを聞きながら、地域活動資金の制度設計にあたっては、市役所の職員だけでやるのではなく、地域協議会のみなさんなどの意見、アイデアを募ればいいのに、と思いました。

 もうひとつは除雪体制についてです。今回のどか雪でひどい目にあった人は大勢いますが、「吉川区から区外に出るのに30分、40分かかった。これでは勤務に支障が出るだけでなく火事や救急に対応できない」「雪も多かったが除雪が悪かった。市と県、国の連携が悪かったのではないか」「本部が設置されても緊急事態に機能するようでないと意味がない」などの発言が相次ぎました。すでに市長は、今回の除雪対応について検証するよう指示を出していますが、除雪計画そのものに問題がなかったかどうかも含めて掘り下げる必要があります。今晩の会議では、「(大雪の時に)どの路線もみな24時間除雪せよと言っても無理がある。まずは24時間除雪体制路線の延長を求めたらどうか」「どこの路線が何時頃どうであったかあげてほしい」などの声もありました。この際、吉川区内での除雪体制について独自に検証し、意見や提言をまとめてほしいですね。

2010年01月27日

「啄木日記を読む」

 前々回の水曜日から「しんぶん赤旗」日刊紙に明治大学教授・池田功さんの「啄木日記を読む」というタイトルの連載が始まっています。週1回の掲載ではありますが、興味深く読んでいます。

 きょうは第3回で、石川啄木とかかわりのあった森鴎外、木下杢太郎の日記との比較してどうかということが書かれていておもしろい。一言でいうならば、几帳面。啄木の日記は二人の文学者に比べて、ありのままに事細かく書かれているのが特徴です。たとえば、明治40年の大晦日の日記のなかに次のような文章があります。「夜となれり、遂に大晦日の夜となれり。妻は唯一筋残れる帯を典じて一円五十銭を得来れり。母と予の衣二三点を以て三円を借る。之を少しづつ頒ちて掛取を帰すなり。さながら犬の子を集めてパンをやるに似たり。かくて十一時過ぎて漸く債鬼の足を絶つ。遠く夜鷹そばの売声をきく。多事を極めたる明治四十年は『そばえそば』の売声と共に尽きて、明治四十一年は刻一刻に迫り来れり」。この時は小林多喜二も小樽にいたのですが、啄木の生活ぶりがよくわかって参考になります。

 池田さんの文章に触発されて「啄木の日記」を読み始めたら、あっという間に1時間が経ってしまいました。私はこれまで啄木の日記をほとんど読んでいません。今度、時間をつくって読もうと思います。ちなみに、今回の連載を書いている池田功さんは上越市吉川区の出身です。

冬晴れ

 yoneyama100127.JPGきょうの米山と尾神岳です。そしてもう一枚ご覧いただきましょう。南葉山です。
nannbasann100127.JPG
いずれも市役所にて撮ったものです。すばらしい冬晴れの一日でした。きょうは午後から各派代表者会議、議員団会議でした。議員団会議では議会基本条例策定検討委員会がまとめたたたき台について検討しました。明日も続けます。

2010年01月28日

5分間の質疑

 夜遅くなって、井上さとし参議院議員からメルマガが届きました。いつも自らの活動をコンパクトに報告されるので感心していますが、今回のメルマガではきょうの参院予算員会での総括質疑のことが書かれていました。質問者の持ち時間はわずか5分間。これでいったい何ができるか。そう思ってしまいますが、「5分間なら5分間で質問するやり方がある」「質問はしっかり準備すればこれだけのことができる」そんな井上さんの声が聞こえてくるようなメルマガでした。以下は全文です。

 井上さとしです。
 
 今日は、予算委員会での第二次補正予算の締めくくり総括質疑で質問に立ちました。昨秋に鳩山内閣が誕生しましたが、臨時国会の会期は短く、私は総理と論戦する機会がありませんでした。と、いうことで、今日は初の鳩山総理との論戦となりました。
 
 取り上げたのは総理の「政治とカネ」の問題。質問時間は片道で5分。通常は答弁時間も含めますが、参院の予算委員会だけは質問者が立っているときだけカウントする独特の方式です。いくら長答弁をされても大丈夫という利点を生かし、質問は簡潔にして相手に説明をさせるなどのテクニックが必要です。
 
 総理の資金管理団体の偽装献金が問題になってきましたが、その原資である総理の母親から資金提供と総理の個人口座からの支払額の合計と、偽装献金に補填された金額の差は約12億円。こんな巨額のお金をいったい何に使ったのか明らかにするよう迫りました。
 
 総理はこれまで、資金はすべて元秘書に任せてきたと答弁し、自らの責任を棚上げにしてきました。そこで今日は、総理の資金管理団体の07年収支報告書に、現官房長官の平野博文氏の資金管理団体に1000万円の寄付がされていることをただしました。
 
 私の質問に平野氏は資金提供を認めた上で、総理に寄付を依頼したことを明らかにし、総理もそれを認めました。そうなると、「すべて秘書に任せてきた」というこれまでの答弁と矛盾します。今後の追及の足場となります。
 
 さて質問していると自民党席から大きな拍手とともに「そうだ」とか「質問時間が短すぎる」など激励が飛び交いました。しかし、これまで散々「政治とカネ」で事件を起こし、利権政治にどっぷりつかってきた自民党に「仲間」のように思われるのはしゃくに障ります。
 
 そこで、原稿にはなかったのですが、締めくくりの部分で「国民が新政権にかけた期待は、自民党が続けてきた『政治とカネ』の問題をきちんと解決することだ」という言葉を付け加えました。

 自民党席からはどっと声があがり「井上さん、それを言っちゃだめだよ」との野次も聞こえました。それでも質問を終えると、苦笑いをしながら拍手をする自民党議員もいました。これも様変わりした国会の風景です。
 
 明日は、総理の所信表明演説をはじめとする政府四演説が行われ、来週は衆参の代表質問。本格的な予算論戦に突入です。

2010年01月29日

川越市からお客さん

 上越市で視察をされた川越市の日本共産党市議、佐藤恵士さんと午後、市役所で会いました。佐藤さんからは昨晩、電話をいただき、私とぜひ一度会って話をしたいと言われていました。お会いしたところ、やはり上越市と縁のある人でした。

 佐藤さんは市内に住む柳川月さんの御兄弟と親交があり、その人たちを通じて私の『春よ来い』を知り、読まれたそうです。私の本を読んだら、『花さき山』とか『沈黙の春』を読みたくなって、再読したといいます。佐藤さんが読まれた『春よ来い』はいま、学生時代お世話になった新潟の林弘二(元県議)さんの子どもさんが読んでいて下さるとか。うれしいですね。

 佐藤市議は市議生活30年のベテラン議員です。議員活動では後輩を育てること意識しながら活動しているという話を聞き、大事なことだと思いました。また、議員はどうあるべきかの話から先日書いた山原健二郎さんの話になりました。「山原さんは伝説の人となっている。山原さんは喫茶店に入ってもすぐ住所を聞いて、あとで絵手紙を送っていた。フアンが増えるはずだ」と言っておられました。佐藤さんはどこかで会ったことがあるような人懐こい顔をされた議員さんでした。

 昨日、きょうと生活相談が続きました。経済危機が進むなかで、100円、200円というお金をとても大切にして、ギリギリの生活をしている人が増えてきている、そう感じました。今晩ももうひとり生活相談で訪ねてこられます。遅くなりそうなので、日記を早く書きました。

 写真(画像)は市役所からの帰り道、午後5時23分頃に撮ったもの。こういう月が出ている晩は冷えますね。

2010年01月30日

消雪、あの手この手

 朝の6時前から夕方の6時過ぎまで「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達・集金でした。ずっと配達していたわけではありません。朝食とお昼の時間はいつも通りとりましたし、山間部では雪の様子などを写真に撮ってきました。

 まずはこの1枚をごらんください。
 kubo100130.JPG
 川から水を引いて家のそばの池に水をためています。この池があるおかげで、屋根から落ちた雪の始末は楽々です。
 そしてもう1枚。
 okami100130.JPG
 こちらも水を利用して消雪に使っています。先日、最高積雪が2メートルを軽く超えたところの道路でもこのように消えています。水の力はたいしたものですね。水の音もいいですよ。こちらをクリックして聴いてみてください。

 お茶をご馳走になった家では、こんなものを出していただきました。
 huki100130.JPG
 レンコンとふきです。ふきの漬物は春の香りがいっぱいでした。 

 

2010年01月31日

市政レポート1434号掲載

 市政レポートの1434号をホームページに掲載しました。今回は除雪対策についての吉川区地域協議会の審議の模様、上越市内の要援護世帯にたいする除雪費助成の状況などを書いています。シリーズ「上越市内の橋」23回は大島区の田麦大橋です。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックすると私のホームページにつながります。

党員訪問、そして生活相談

 午前は党員宅の訪問活動でした。日頃、病気や高齢などのためになかなか会議に参加できない人たちのところへ出かけ、党大会決定を渡し、大会のことや市議会のことなどを話してきました。話が弾んだのは雪。あるお宅では、私と同じくどか雪と葬儀と重なり、電車での行き帰りがたいへんだったようです。訪問先では、とても喜んでもらいました。

 午後からは生活相談です。吉川区と浦川原区で年金問題と家庭問題の相談を受けました。具体的な中身は書けませんが、2件ともむずかしい問題でした。私の力だけでは解決できそうもなく、専門家の力をお借りしなければならないかも知れません。帰りにスーパーで鍋料理の材料を買ってきましたが、家に着いたら、ぐったりしてしまいました。

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