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2010年04月 アーカイブ

2010年04月01日

鱈めし食べました

 午前10時過ぎに直江津駅に着きました。本当はもう少しゆっくりしたかったのですが、市役所職員の異動にともなう「しんぶん赤旗」読者の確認と購読のお願いがあり、急いで帰ってきました。電車の乗り換えのため改札口のそばを通ったところ、お弁当屋さんが目に入りました。そうだ、ここには「鱈めし」が売っているはずだ。ありました。ありました。

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 この冬、漫画アクションの「駅弁ひとり旅」で紹介されてから食べたいと思いつつ、きょうまで買い求めずにいました。地元に住んでいながら食べたことのない駅弁の「鱈めし」。きょうの昼食で初めて食べました。

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 写真は食べ始めてからのもの。少し食べて、写真を撮っていなかったことを思い出したので、ちょっと中途半端になりました。まず棒鱈の甘露煮、身がしっかりしまっていて甘過ぎることもない。なかなかいけます。それから焼きタラコ、これがまたいいですね。表面の半分が焼いてあって、中心部分は生です。これを口に入れると、なんともいえない美味しさです。いつも、カチンカチンとなるまで焼くものですから、この味は別世界、こんな焼き方もあるとは知りませんでした。

 駅弁は久しぶりでした。地元にこんな美味しい駅弁があるなんて…。ただ、ご飯は私には軟らかすぎでした。もう少し硬い方がいいと思います。

 昨日の「金沢市にて」の記事に橋爪橋の写真、追加しました。ご覧ください。

上越タイムスが『「5センチ」になった母』を紹介

 地元紙の上越タイムスが今朝の頸北版で『「5センチ」になった母』を紹介してくれました。私の本をじっくり読んで紹介記事を書いて下さったことがわかり、とても感動しました。書いた記者は私とほぼ同年代の人です。本の内容と同じような体験を何回もされたのでしょう。私よりも先に記事を読んだ妻は、「実際の本の中の文章よりも紹介記事の方が名文」だと感心していました。紹介文はこちらです。

 きょうは辞令交付の日です。市役所には67人の新人が入りました。辞令交付を受けてから新人の皆さんは6班に分かれて市役所めぐりです。きょうから市役所の組織も配置も大幅に変わったので、案内する人も大変だったのではないでしょうか。5階の私たち議員団の控室のすぐ前に本会議場があります。そこで立ち止まって、簡単な説明を受けていました。議会事務局前では「ここは議員さんの活動をサポートする部署で、議会事務局と言います」という声が聞こえてきました。
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新人の人たちは初々しくてとてもいいですね。

 午後3時過ぎまで市議会だよりの原稿書きなどをやり、その後は妻とともに警察署へ行きました。警察では免許証の更新手続きをしてきたのです。係りの人から「暗証番号を考えてきてくださいましたか」と聞かれましたが、免許証もどんどん変わっていきます。そのうち、更新手続きはパソコンでもできるようになるかも知れません。

2010年04月02日

「橋爪のりかずの市政レポート」に

 昨日は市政レポートを作成する日でした。ところがパソコンに向かってもすぐにこっくりしてしまうのです。3月議会の疲れがここにきて出たのでしょうか。

 市政レポートはこれまで、「市政レポートよしかわ版」という名前で発行してきましたが、今回の号からは「橋爪のりかずの市政レポート」に変えました。
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私が市議になる前に出していたビラの名前は「町政レポート」。市議になってからは、杉本議員(当時)が「市政レポート」という名前のビラを書き続けていましたので、同じ名前にならないように「市政レポートよしかわ版」という名にしてきました。その後、杉本さんが引退して、「市政レポート」という名前を使用するのは私だけになりました。いうまでもなく、私の活動範囲はどんどん広がってきています。私のビラを読んでくださる方も広範囲になってきました。そこで、この4月から新たな出発をすることにしました。これまで同様のご支援、よろしくお願いします。

 きょうの午前は議会基本条例策定検討委員会でした。先日の議員全体会議での指摘を受けてたたき台を再検討しました。このまま順調にいくと、5月には市民説明会、その後、パブリックコメントへとすすみます。遅くとも秋には条例制定となるでしょう。市民説明会に入る前にたたき台の最終版をホームページに掲載します。しばらくお待ちください。

2010年04月03日

長芋の消毒がはじまった

 春らしい、さわやかな朝となりました。吉川区は長芋の産地として有名ですが、朝早くから農作業をしている人たちの姿を見かけました。
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 この写真は、種イモを10センチほどの長さに切って消毒している風景です。この農家では、昨年の栽培がうまくいかず、今年の種イモは約2万円かけ、すべて購入したといいます。

 きょうのような天気になると、外での仕事をしたくなります。

 小鳥たちの動きも活発になってきました。ヤマガラが朝早くからやってきて、にぎやかにさえずっています。そして、この鳥は何という名前の鳥でしょうか。めずらしい鳴き声がわが家周辺から聞こえてきます。

成人式、そして新聞配達

 きょうは、晴れたかと思うと雨風になる、雨風になったかと思うとカラッと晴れる、その繰り返しの天気でした。こういう天気を「きちがい天気」と言うのだそうです。

 午前11時からは第22回成人式でした。開会前に上越教育大学のストリートダンス部のみなさんが踊りを披露してくれました。
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体全体を使ってきびきびと踊る姿をステージ前で見て、うらやましく思いました。若いっていいですね。

 主催者を代表して挨拶した村山市長は原稿なしで心をこめて新成人に語りかけました。最初に季節感あふれる上越市の自然の魅力にふれながら、「20年間がんばってきた時間と人生を誇りに思って下さい。これからも自信と勇気と頑張りを携えて前に向かって歩いてください」と訴えました。ここまでは誰でも話せる内容です。その後の話の内容と展開がじつに良かった。市役所に電車で通う中で一緒になる授産施設に通う人たちの会話やその人たちとのふれあいの話は感動的でした。最後に、「みなさんの若さにおめでとう。みなさんが培った爽やかさにおめでとう。そしてお父さん、お母さん、おめでとうございました」とのべて締めくくる。これもうまかった。ときたま言語不明瞭なところがあったり、話題が多すぎる感もありましたが、6分42秒にわたる話に聴き惚れました。

 午後からは「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金でした。夜7時までがんばりました。『「5センチ」になった母』(同時代社、1000円)は常時、車に載せていますが、何人もの人から「本がほしい」と声をかけていただき、20数冊売れました。なかには、親戚の人たちに配りたいと言って5冊も買ってくださる方がありました。感謝です。 

2010年04月04日

春普請

 地元町内会の春普請の日でした。用水路の掃除、倒木の片づけ、農道や用排水路の穴埋め、ため池のどろ上げなどの仕事を大勢でやりました。昨日と打って変って晴天でしたので、気持よく仕事ができました。写真は用水池の泥上げ風景です。
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 私の最初の仕事は土嚢作り。代石池のそばで袋に土を詰める担当でした。この土嚢作りの現場のそばの土手に咲いていたのはオクチョウジザクラです。
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 今年初めて見るサクラでした。このサクラを接写しようと土手に上がったら、何と、そのそばにはショウジョウバカマ(ユリ科の多年草)が咲いているじゃありませんか。
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 こうなると、どこへ行こうが花を探してしまいます。
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 これはキョウチクトウ科のツルニチニチソウ。土嚢作りの現場から用水池へ行く途中に見つけたものです。用水池の泥上げの現場ではオオイヌノフグリ(ゴマノハグサ科)とタネツケバナ(アブラナ科)も咲いていました。
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 小さな花ですが、きれいでしょう。私はこの花のコバルトブルーが大好きです。この時期、オオイヌノフグリとタネツケバナがセットで咲いていることが多いですね。フグリというのは「陰嚢」のことです。それで、タネツケバナは「種付け花」だと勝手に思い込んでいましたが、最近、それは間違いであることを知りました。漢字で書く場合は「種漬花」と書くのだそうです。ああ、はずかしい。

 きょうの春普請は午前8時から11時半まで。野の花の写真をいっぱい載せたので遊んでいたとと思う人もいるでしょう。とんでもございません。仕事はしっかりとやりました。久々にスコップを持って仕事をしたせいか、左手と左の腰が痛くなりました。ちょっと頑張りすぎたかな。

 「橋爪のりかずの市政レポート」1443号を掲載しました。ご覧ください。

2010年04月05日

直江津図書館工事現場を視察

 午前は議員団会議です。議員団ニュースの編集では、新年度一般会計会計予算についての討論の見出しをどうするかで時間がかかりました。「たかが見出しで」と言う方もあるかも知れませんが、討論の内容を正しく伝えるにはそれにふさわしい見出しが必要です。どんな見出しとなったかは次号をお楽しみに。表面には「新年度予算で市民の暮らしはこうなる」という表と成人式の記事を掲載しました。

 昨日のある会議で「上越市の新年度予算を党議員団はどう評価したのかしっかりと説明してほしい」という声がありました。これを受けて議員団で検討した結果、議員団の4人全員が参加する議会報告会を直江津と高田で取り組むことにしました。12日午後7時からは直江津のレインボーセンターで13日午後7時からは福祉交流プラザで開催します。ぜひご出席ください。なお、13区内での議会報告会をどうするかは追ってお知らせします。

 午後3時過ぎから直江津図書館の工事現場を視察しました。上野議員は先日の文教経済常任委員会の管内視察で見ていることから、きょうは樋口、平良木両議員と3人で見てきました。工事は後半に入っており、もう2カ月で完了します。1階から3階まで図面とにらめっこしながら見て回りました。全体としての印象は、「広くて明るい」です。
 まず、1階のエントランスから撮った写真です。
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 次は3階です。
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 どうです、広いでしょう。ここに書架がずらりと並びます。書架が並ぶスペースは高田図書館よりも大きくなりますね。天井から自然光が入る場所が4か所あります。これもいい。
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 これだけ広いと移動するには駆け足で…、ま、それは冗談ですが。もう1枚ご覧いただきます。
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 図書館の外です。私たちがいる場所の右側が駐車場です。この狭さが気になるところです。


 

2010年04月06日

雪割草にあいたくて山へ

 新潟市在住の地質研究者の方からプレゼントをいただきました。
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 私のホームページに掲載している野の花を冊子にまとめてくださったのです。カラーで印刷して、しかも索引まで付けて。うれしかったですね。

 この冊子を見て、無性に雪割草を見に出かけたくなりました。中学校の入学式が終わってから、いつもの山に入りました。まだ、雪が残っています。山の裾で出合ったウサギの毛の色は白でした。谷間では黒い動物が移動している姿を見かけました。おそらく、クマかイノシシでしょう。

 40分ほど山を歩いていつもの場所にたどり着きました。雪割草はかなり前から咲いていたようで、花びらが傷んでいるものもありました。でも、まだ遅くはありませんでした。いくつもの気に入った花の写真を撮ることができました。その1枚がこれです。
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 どうです。すてきでしょう。ここの場所では、コシノコバイモとも出合いました。
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 そして、きょうは、山から降りる途中、谷沿いの木に黄色の花が咲いているのも見つけました。
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 クロモジです。この花は数年前にも写真に撮っていたのですが、ホームページに掲載するのを忘れていました。きょうは久しぶりに「野の花」のページを更新できました。

2010年04月07日

納骨の準備

 昨日のことで書き忘れたことがひとつありました。小学校の入学式が終わってから中学校の入学式が始まるまで時間があったので、わが家の墓まで行ってきました。8日に行う父の納骨の準備です。スコップを用意して行ったのですが、雪消えがすすみ、雪掘りはしないですみました。したがって、準備といっても、木の枝や落ち葉を片づけるだけです。
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この写真は墓場の高台から南東方向を見た時の風景です。

 雪消えの時期にわが家の墓を訪ねるのは数十年ぶりです。墓の近くにはキクザキイチゲがたくさん咲いているのを見つけ、感激しました。いずれは私も入るところですので、そのそばに私の大好きなキクザキイチゲが咲いているなんて…。偶然とはいえ、とてもうれしく思います。

 墓はわが家と分家の墓が同じところにあります。分家の墓のそばには雪割草がひっそりと咲いていました。
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こちらは、おそらく、雪割草が好きだった分家の父ちゃんが植えたものでしょう。その父ちゃんは、昨年5月26日の運搬車の事故で連れ合いとともに亡くなっています。墓のそばの雪割草を見て、喜んでいることと思います。

議会報告会用のスライドづくり

 朝から議員団でスライドづくりをしました。議会報告会で使うスライドの準備です。3月議会に提出された議案の評価、各議員の一般質問を中心にしながら、なるべく短時間で報告し、市民の皆さんとの意見交換の時間を十分とりたいと考えています。したがって、スライドの枚数は20枚にとどめ、さらりと報告することにしました。

 スライドづくりはこれまで何回もやってきていますが、いつも時間がかかるのは写真ファイル探しです。今回も学校給食関係や中山間地の田んぼの荒れた風景などどこにあるかと迷いました。新潟日報の記者によると、記者が撮った写真はきちんと整理できていて、必要な写真は検索すれば出てくるようになっているとのことでした。それに少しでも近づきたいものです。

 日本共産党議員団主催の議会報告会は12日午後7時からのレインボーセンターで、13日は午後7時から福祉交流プラザでとなります。13区での報告会については追ってお知らせしますので、しばらくお待ちください。

2010年04月08日

父の遺骨はふるさとの蛍場へ

 父が亡くなってちょうど1年です。きょうの空模様は昨年と同じく晴れ。午前は各派代表者会議、中山間地対策特別委員会と続きました。午後、市役所から家に戻る時、時計を見て思いました。そういえば、いまの時間帯、父の遺体を載せた車に一緒に乗って家に向かっていたなぁ。天気が昨年と同じだったこともあって、あの日の切ない気持がよみがえってきました。

 昨年、父をわが家に迎えた時、庭にあるベニコブシは満開でした。おそらく、今年も同じ日に満開となるに違いない、そう信じていましたが、4月に入ってからの低温が響いてまだつぼみの状態です。
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開花までにはもう2日ほどかかりそうです。

 午後4時からお経をあげてもらい、その後、尾神岳の近くにあるわが家の墓に向かいました。お寺さんに同行したのは母と私だけ。ただ、墓場には近くに住んでいる伯母も待っていてくれました。母が用意しておいてくれた花と私が持参したわが家のベニコブシの小枝を墓の前にかざりました。そして納骨です。1年間わが家の仏壇においた父の骨はよく乾いていて、墓の中に入れる時はカサカサという音がしました。

 墓のすぐそばには昔の「焼き場」(火葬場)があります。そこは私の祖父・音治郎を焼いた場所です。父の骨を入れていた箱をそこで燃やしました。ところが、近くの釜平川から吹き上げてくる風が強く、燃やしあげるまでに50分もかかりました。そのおかげで、父と母、伯母、そして私が長年にわたり暮らし、思い出の多い蛍場(地名)でゆっくりとした時間を持つことができました。

 お斎はお寺さんと母、そして私と遊ランドでささやかにやりました。お寺さんはまだ30代の若さですが、檀家のことや親鸞聖人をめぐる歴史などよくご存じで、7時近くになって合流した妻も驚いていました。お斎の時間でうれしかったことがもうひとつあります。夕陽です。父が大好きだった夕陽が日本海に沈む姿を見ることができたのです。
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2010年04月10日

今年度初の「橋爪法一を囲む会」

 昨日は早朝から市政レポートの作成や「しんぶん赤旗」日曜版の配達・集金で動き回り、夜は9時近くまで「橋爪法一を囲む会」をやったこともあって、早々と寝てしまいました。本当は1時間ほど休んで、それからパソコンに向かうつもりでしたが、目を覚ましたら朝、窓の外が明るくなっていました。

 市政レポートは「橋爪のりかずの市政レポート」とタイトルを変更してから2回目です。中心に据えた記事は実証運行バスの調査結果と今年度の方針です。書いたものを読みなおしてみて、「ああ、まだダメだな」と思いました。長年のクセで、吉川区に関する情報しか書いていなかったからです。柿崎区や安塚区などの人たちも読んでいてくださるのにこれではいけません。次回から気をつけますのでお許しください。

 「橋爪法一を囲む会」は今年度初めての取り組みでした。用意したスライドもにわか作りしたものなので、報告がうまくいくかどうか心配したのですが、まずまずというところでしょうか。懇談で一番関心が高かったのは国保税についてでした。上越市の新年度予算では一般会計から2億円を繰り入れて据え置いたことから、私は、その点を評価したのですが、参加者は「なぜこんなに高いのか」と質問。それでわが党の小池参院議員が国会でつかったパネルをつかって説明しました。国の政治を変えなければならないという認識を持っていただけたかなと思います。

 地域の問題で関心が高かったのは、実証運行バスの今年度方針です。路線によっては、「スクールバス混乗方式」、運行ルート、運行本数の検討を9月を目途に行うことになっています。懇談では「バスに乗って医者に行っても、帰りはタクシーを利用するしかなかった」「電車との接続を重視してほしい」などの発言が相次ぎました。私が一方的に発言するのではなく、今回は参加者もいっぱい発言されて良い会になりました。次回は11日です。

ウグイス鳴き、田打ち始まる

 「しんぶん赤旗」日刊紙を配達している時でした。ある読者宅の近くの林の中からウグイスの鳴き声が聞こえてきました。ウグイスの鳴き声は先日の雪割草を見に行った時にも山で聞いていますが、平場で聞くのは今朝が初めてでした。まだ、小さい、自信のなさそうな声でしたね。鳴き声はこちらをクリックしてみてください。

 一昨日から連続して晴れ。わが家の庭にあるサクラが開花しました。
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 ソメイヨシノよりも花びらは小さめ。でも色は濃いピンクでとても色っぽい。明日には満開となるでしょう。もうひとつ、ベニコブシの方は開花までもう1日という感じです。満開となった時点で写真を掲載します。

 天気が続いて、田んぼも乾いてきました。午前には田んぼの肥料撒きだけでなく、耕運作業も始まりました。
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明日はトラクターがたくさん出るかもしれません。

「しんぶん赤旗」の配達と観桜会と

 きょうは朝から「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達でした。いままで配達をお願いしていた2人の配達員さんが入院などによって配達できず、その分、40数部を私が受け持っています。そのため、私の日曜版配達部数は150部近くにもなっています。きょうは午後4時で配達をいったん中止して、「まちづくり吉川」の観桜会に参加しました。明日の早朝もがんばらないと配達は終わりません。

 配達時の楽しみはいろんな情報を入手できること。私が野の花を好きであることは多くの読者のみなさんが知っています。きょうは、ある人からニリンソウが咲いていることを教えてもらいました。こうなると、じっとしてはいられません。近くにある群生地に行って、何枚も写真を撮りました。
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 吉川区古戦場にある専徳寺の前庭に背の高い大きなサクラの木があります。全体が赤くなってきて、もう数日で開花しそうな感じでした。「きれいだなぁ」とこの木を見上げていたところ、ご住職のお連れ合いが、「同じサクラの木がこちらの方にもありますよ」と声をかけてくださいました。
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このサクラの木はコシノヒガンザクラというのだそうです。この木は100年以上たっているとか。

 サクラがまだ開花していないにもかかわらず、吉川区総合事務所前広場での観桜会はにぎわっていました。テントを張って、ビール、焼き肉、寿司などが売られていましたが、一部を除いて、午後5時過ぎには完売状態でした。今回、観桜会のプログラムの一部の進行を中学生にお願いしました。子ども相手のビンゴゲームです。
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元気な声で、楽しく進めていくので、大人たちは「うまいもんだね」「吉川にはいい子がいる」とびっくりでした。

2010年04月11日

二つの集いに参加

 午前は「しんぶん赤旗」日曜版を配達した後、高田まで出かけました。知り合いのTさんから『「五センチ」になった母』(同時代社、税込1000円)を10冊も注文していただいたのでご自宅にお届けにあがったのです。親戚に配布したいからということでしたが、うれしいですね。Tさんに、国際啄木学会の近藤典彦さんを迎えて出版記念会(5月8日午後1時から、吉川区坪野のスカイトピア遊ランド)を開きますよとお話ししたところ、そこへも出席させてほしい言われました。大歓迎です。

 午後からは吉川区と頸城区での「集い」でした。吉川区の方は、「橋爪法一を囲む会」です。まだ雪の残っている山間部での開催だったこともあって、冬場の生活のことが中心話題となりました。また、デマンドバスについても「やっかいだ。なんとかならないか」という声がでました。今回の囲む会には小田順子後援会長さんも参加、私の随想集の中から2篇を選んで朗読してくださいました。

 頸城区での集いは上野公悦議員の「議会報告と花見の集い」です。会場となった頸城区百閒町の栄恩寺のしだれ桜です。
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すでに満開でしたね。
 日本共産党頸城後援会は党大会でも話題になるほど注目されています。きょうも各地で春普請や行事がある中で70人以上が参加して賑やかな集いとなりました。日本共産党新潟県委員会から視察を兼ねてやってきた野澤洋子さん(旧新津市議)も「うわさには聞いていたが、すごい」と言っていました。
 議会報告後はイノシシの肉や寿司、郷土料理が次々と出てきて食べ放題でした。ただ、残念だったのは小堺正雄後援会長さんのソバを食べることができなかったことです。美味しいと評判なソバだけに楽しみにしていたのですが、おしゃべりに夢中になっていたら品切れとなっていました。
 終わってから栄恩寺の夜桜を楽しみました。私のデジカメではこの美しさをとらえきれませんが、ご覧ください。
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 市政レポート1444号「春よ来い」第113回を掲載しました。ご笑覧ください。

2010年04月12日

直江津地区で3月議会報告会

 参加者は少なかったけれど貴重な意見や情報をいくつも聴くことができました。今晩、直江津で実施した議会報告会のことです。

 直江津地区のある町内会に住むTさん。スクールバスの新基準のことについての私たちの報告を受けて発言しました。自分たちの町内会の子どもたちはこれまでスクールバスに乗れなかったが、町内会で運動をしたところ、今回の教育長の特例措置によって乗れるようになったといいます。基準以内の通学距離であっても通学に危険が伴うことがあるようなケースでは当然のことですが、運動をして実現したという話を初めて聞きました。すばらしい。

 直江津はどちらかというと雪があまり降らない地域です。ところが今冬は違いました。道路除雪が思うように進まないことがあったり、通学する児童生徒が車道を歩かざるを得ず、事故が起きないのが不思議なくらいでした。「歩道の除雪が間に合わないことがあった」「歩道が狭すぎて機械除雪できないところがある」「次の冬までに対策を考えないといけない」。こんなに雪対策で発言が相次ぐとは思いませんでした。

 地域協議会委員の人からは、「屋台会館の利用をめぐって地域協議会が市長に意見書を提出したがまだ回答がない。そういうなかで利用目的の変更の条例改正についての諮問の動きがある。これでいいのか」という発言があり、その後、地域協議会委員の活動について様々な情報を寄せていただきました。その中でも、ある身障者の委員さんが、新直江津図書館の駐車場対策に関連して、直江津駅の南口駐車場から新図書館まで歩いて調べ発言しているという話は感動的でした。新図書館の駐車場不足は思った以上に深刻な問題です。

 今晩の参加者の一人は足の不自由な方でした。この方は、「木田庁舎の障害者用の小さな駐車場から正面玄関までは少し坂になっている。ここに屋根をつけてほしい。また、2メートルくらいの幅の平らな道を整備してもらえないか」「高田図書館の玄関近くの坂はきつすぎる。車椅子の場合は手助けがないと上れない」「オールシーズンプールの車椅子は古くなっている」などと具体的に問題箇所をあげ、改善を求められました。議員団では早急に現地調査をするとともに、公共施設のバリアフリーがどうなっているかの調査をすると約束しました。

 市議会議員の政務調査費に関する今回の条例「改正」についても発言がありました。昨年度までは全議員に会派分、個人分、それぞれ年間、30万円ずつ支給されていました。今回の「改正」によって、一人会派の議員には会派分を支給しないこととなったことから、強い反発をされていましたね。今回、党議員団で反対してよかったと改めて思いました。

 最後に議会報告会とは関係のないことをひとつ書いておきます。会が終わってからの帰り道、市街地のあるセブンイレブンに入り、おにぎりを買いました。お金を払い終わったところで、店員さんから「橋爪さんですね」と声をかけていただきました。最初はわからなかったのですが、この店員さんは私が設計事務所に勤めていたときの事務員さんでした。35年ぶりの再会、手を握り合って喜びました。「私の顔がよくわかりましたね」と言ったら、ケーブルテレビで私の質問を見ていてくださるとのことでした。ありがとう、Kさん。

 

2010年04月13日

高田会場も活発な意見相次ぐ

 来春開校する県立吉川高等特別支援学校(仮称)についての情報交換会が午前10時過ぎから吉川コミュニティプラザで行われました。これには吉川区総合事務所長、地域協議会正副会長、JAえちご上越吉川支店長、地元町内会長、県義務教育課の「開校準備室」の赤松参事など10数名が参加しました。

 このなかで県の担当者は、これまで準備室などで検討してきた経過や当面の方針について明らかにしました。説明の主な内容を列挙すると、
 ①耐震改修などの設計がまもなく終わるが、7月から工事を開始し、雪が降る前には完了させたい。②開校準備室は7月に上越市内に移転し、校舎の工事が終わり次第、そこに入る。③校名については5月に公募し、それを最大限尊重して決めていきたい。④学校そのものは今年の11月1日に設置の予定である。そうしないと開校に向け、生徒募集などの事務が進められない。⑤開校にあたっては、学校をつくる段階から、(吉川区の)の皆さんの知恵を貸していただきたい。そのため、5月に保護者ならびに地域を対象に説明会を開催するほか、月1回程度の運営協議会を開催していきたい。
 ということになります。

 県立吉川高等特別支援学校(仮称)は来年度(2011年度)以降、2学級20人ずつ募集し、2013年度には全校生徒数が60人となる予定です。配置予定の教職員数は、2011年度が校長、教頭、教諭5、養護教諭1、事務職など4、合計12人。その後、生徒数が増えるに従い教職員数も増え、2013年度には20人となる見込みです。受入対象生徒は主に軽度の知的障害者で、一般企業などへの就労をめざすものとされています。

 夕方からは、きょうも議会報告会でした。会場の福祉交流プラザには約20人の市民の方から参加していただきました。

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 昨日に続いて今晩も参加者が活発に発言されましたね。「議会に請願書を出したが、結果の通知書には不採択になったという結果だけで理由が書いてなかった。おかしいのではないかと議長に申し入れた」「議会に提出された議案に誰が賛成したか反対したかをはっきりと公表すべきだ。そうでないと有権者は(選挙で誰を選んでいいか)判断に困る」「学校給食の民営化に懸念と言われたが、懸念じゃなくて反対してもらいたい。学校給食で食べたものは子どもたちの体と心になる。教育の問題としてしっかりとらえていただきたい」「高田公園のお堀の水はいまはきれいだが、ハスが咲いた後が問題だ。なんとかならないか」などたくさんのご意見、ご要望が出されました。

 今回の直江津、高田の議会報告会ではパワーポイントを使って説明させていただきました。「わかりやすかった」という声とともに、「配布資料も用意してほしい」(直江津会場)、「もう少し前から宣伝すべきだ」などいくつかのご指摘もいただきました。これらについては議員団の検討し、今後に生かしていきたいと思います。参加された皆さん、ありがとうございました。

2010年04月14日

高田公園のサクラは満開

 朝、市役所へ行く途中、高田公園脇を通ってきました。サクラはすでに満開となっています。

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 強風が吹いていたためか、まだ早かったのか、露店が開いている様子は見られませんでした。

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高田城の三重櫓はサクラと合いますね。時間があれば、車から降りて撮りたかったのですが、残念でした。

素敵なハガキをもらいました

 『「五センチ」になった母』(同時代社)を読んでくださった方から毎日のようにメールやハガキをいただいています。きょうも素敵なハガキをいただきました。

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 絵手紙というのでしょうか、絵も文字もあまりにもきれいで、文章がまたいい。ひとりで見ているのはもったいない。そう思って紹介させていただきました。

2010年04月15日

使い慣れたデジカメとサヨナラ

 6年間にわたって使ってきたデジタルカメラをやめて、新しいデジカメを購入しました。これまでのデジカメは大潟区在住の後藤紀一旧大潟町議会議長さんからいただいたものです。

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こいつです。長年にわたって、本当によく活躍してくれました。私としては緑色を正確にとらえてくれるのでとても気に入っていたのですが、何回も落としているうちにテープを貼って使わなければならない状態になりました。このカメラで撮った最後の写真は

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 昨晩、テレビで放映された吉川区川谷の天明さん一家のひとこまです。記事は書かずに寝てしましましたが…。

 さて、新しいデジカメもソニーを選びました。使い慣れているからです。ただ、機能はとてもたくさんあり、おぼえるまでたいへんです。新しいカメラで撮影し、私の活動で最初に使うことになった画像は、高田の小姓人橋です。市政レポートの橋シリーズで使いました。記念の写真をご覧ください。

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議会の生き字引

 「生き字引」という言葉をご存じでしょうか。ヤフーの辞書で調べると、「博識の人。特に、会社・役所などで過去の出来事や規則などに通じている人」とあります。上越市議会の議会事務局に3月31日まで勤めていた白石行雄さんは、「議会の生き字引」と言われた人でした。議会の運営等でわからないことがあった時、議員も行政職員も彼のところへ行きました。「白石さんに聞けばなんでもわかる」からです。いうまでもなく、私も何度かこの「字引」をひかせてもらいました。

 きょうの夕方、高田で「白石さんを慰労する会」が開催されました。集まったのは現職の議員、元議員、元議会事務局長など約50人。元議長や山岸議長などが白石さんについての数々のエピソードを紹介しました。「県内の市町村議会でいち早く政務調査費の領収書添付を義務付けたのは上越市議会でしたが、それを主張したのはじつは白石さんだった。でも、そういう先進的なことをやっても決して『自分がやった』とは言わず、いつも前面に出ない人だった。議会事務局長に昇進するチャンスが何度もあったけれども、それを断って、次長に徹した。まさに議会職人ともいうべき人」そう紹介したのは山岸議長です。

 白石さんは高校を卒業して、昭和43年4月に当時の高田市役所に入りました。最初の職場となったのは議会事務局でしたが、それから42年間、ずっと議会にいた人でした。速記を学び、それをもとに議会運営の様々なことを知識として吸収しました。異動の話が出る頃には、議会になくてはならない存在となっていたということです。私は、2005年の2月から5年間、白石さんと付き合いをさせてもらいました。出会った時の第一印象はまじめで、かたそうな人。でも、近寄りがたいといった感じはまったくなく、なんでも話ができる人でした。すごいなと思ったのは、速記の能力です。私も長年にわたって議員活動をしていますが、議会での速記を見たのは上越市議になってからです。議員や市長等の発言をめぐってトラブルがあった時には速記をもとに見事に解決していました。そして、何よりもびっくりしたのは、議会運営等をめぐって議員間などで見解が分かれた時に、全員が白石次長がどういう見解をのべるかに注目していたことです。

 きょうの白石さんの挨拶は10分46秒にもわたりました。

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正直言って、こんなにもたくさんしゃべる人だとは知りませんでした。話は決して流暢だとはいえませんが、控えめに事実をたんたんとのべながら、人の心をとらえる。とてもいい話でした。それに、くそまじめかと思っていたら、結構、ユーモアも交えて話を展開し、笑いもしっかりととる人でした。「長年、議会事務局に勤めたお陰で、全国各地を視察できた。そこでは一緒に行った議員の人となりを知ることができた(笑)。たまに、よろしくないことも議員から教えてもらった(笑)。退職して2週間になるが、孫をいじくっている時が至福の時だ(笑)」。参加者のなかには、エピソードを共有している人が何人もいたようで、とても楽しい雰囲気でした。

 会は8時半頃終わり、夜桜見物でにぎわう高田公園のそばを通って家に帰りました。ご覧いただくのは、上越地域振興局の近くのお堀のそばで撮った写真です。池に映った夜桜、きれいでしょう。この写真は新しいデジカメで撮ってみました。

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2010年04月16日

春日山城へ

 上越市の地域自治組織に対する関心が再び大きくなってきています。きょうは自治体問題研究所(東京)とにいがた自治体研究所から3人の人たちがやって来て、今年の8月28日(土)、29日(土)と開催される第2回地域自治セミナー(メイン会場は春日山駅のすぐそばの春日謙信交流館)の打ち合わせをしました。このセミナーは数年前に大潟区の鵜の浜温泉で実施したセミナーに続くもので、自治体問題研究所、にいがた自治体研究所、くびき野地域研究所の共催です。

 東京からやってきたFさんは、『集落再生と日本の未来』(自治体問題研究所)の出版でもお世話になった人です。初めて上越市を訪れたFさんは、少しでも上越市がどんなところか知りたいと積極的です。午前11時37分直江津駅到着のはくたか号でこられました。打ち合わせまでの時間は私が案内役を買って出ることにしました。

 この時期、わずか2時間ほどの時間帯の中で上越市を知ってもらうにはどこがいいか、ふたつの場所を選びました。ひとつは春日山城です。ここの山頂に登ってもらえば、まず、上越市の広さ、地形をある程度つかんでもらえます。また、歴史の一端も知っていただくことができると考えました。きょうはかなり寒かったですが、雨は落ちなかったので、山頂までゆっくりとしゃべりながら登りました。

 駐車場から歩き始めて、まず目に入ったのはトキワイカリソウです。

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 今年初めて見ました。よくもまあ、船の錨とそっくりの花を咲かせるものだといつも思います。そして何種類ものスミレに出合いました。

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そのなかで写真に撮ったナガハシスミレです。これも大好きな花です。Fさんには春日山城の歴史よりも野の花の説明をしながら、山頂まで登りました。というわけで、野の花をたっぷりと楽しませてもらいました。

 山頂からは米山、尾神岳、東頸城丘陵がよく見えました。また、春日山の西側の奥地も見えます。ここでは謙信亡き後の争いについて語りました。『天地人』では富山の魚津城や妙高市の鮫ヶ尾城などがこの春日山とともに登場しましたが、戦国の兵士たちはよく歩いて移動したものだと話になりました。春日山城は数年前に登った時よりも見晴らしがずいぶんよくなりましたね。写真は下山する時に撮ったものです。

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 もうひとつの場所は高田公園です。こちらは打ち合わせが終わってから、30分ほど見ていただきました。いま、高田公園はソメイヨシノが満開です。平日だというのに大勢の人たちが繰り出していました。Fさんは、これまでいろんなところへサクラを見に出かけているけど、「ここの規模は違う。すごい」と感激した様子でした。

2010年04月17日

尾神しだれ桜

 上越市吉川区尾神にあるしだれ桜が五分咲きとなりました。近年、このサクラを撮ろうと多くのカメラマンが訪ねるようになり、すっかりサクラの名所となっています。きょうは地元の吉川区観光協会が主催して、初めて観桜会が開催されました。

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 観桜会は午後5時からでした。地元の尾神町内会や坪野町内会だけでなく、区内各地から50人ほどが参加しました。また、スカイトピア遊ランドの宿泊客もたくさん訪れました。今回の観桜会については、スカイトピア遊ランドの従業員が全面的にバックアップ、露店を出して無料で甘酒やおぼろ汁をふるまったほか、焼いたイワナ、てんぷらなどを販売して盛り上げました。

 私はこれまで、尾神しだれ桜は昼間しか見たことがありません。夕方から夜にかけて見た桜がこんなにも美しいとは思いませんでした。日が落ちる前に、参加者の一人が「ほら、ライトアップされたよ」と言ったので、サクラの木をみんなが見ました。しかし、しだれ桜はそれほどライトを浴びてはいませんでした。じつは、声を出した人がライトアップされたと言ったのは、蛍場の南に屏風のように連なる山々だったのです。夕陽を受けた山々の美しさ、私が蛍場で過ごした子ども時代に見たものと同じでした。懐かしくて、うれしくて、うれしくて……。感動でした。

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 すっかり暗くなってからのしだれ桜。きょう、観桜会に参加した理由のひとつはライトアップされたしだれ桜を新しいデジカメで撮影したかったからです。ストロボをたかないで撮る、夜景モードで撮るなどいろいろと試してみました。何枚か撮ったなかでまずまずの撮れ具合だったのは次の写真です。

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 いかがでしょうか。尾神のしだれ桜は市内のしだれ桜の中では一級です。多くの人たちから見ていただけるように大いに宣伝していきたいと思います。尾神しだれ桜は、ここ数日が見ごろです。22日頃までにお出かけください

2010年04月18日

源地区の三大しだれ桜

 青空の広がった素晴らしい天気となりました。お昼前には市田書記局長を迎えた日本共産党演説会参加のため新潟市に行かなければなりませんが、その前に吉川区内の山間部、源地区にあるしだれ桜の撮影に出かけてきました。源地区では昨日紹介した「尾神のしだれ桜」とともに、村屋の「村松家のしだれ桜」、稲古の「報恩寺のしだれ桜」が大きいしだれ桜として有名です。同じ日のほぼ同じ時間帯に源地区の三大しだれ桜を撮影するのは今回が初めてです。
 それでは、早速ご覧いただきましょう。まずは「村松家のしだれ桜」です。

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 朝の陽光を受けて花の色がとても良かったです。木のバランスもいいですね。次は「報恩寺のしだれ桜」です。

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 住職が亡くなられ、いまはだれも住んでいませんが、参道がきれいに掃除されていました。おそらく、しだれ桜の見学客が訪れることを想定して檀家か地元の人たちが掃除をされたのでしょう。雪が残っていて、白と青、ピンクの組み合わせがいいですね。3本の木の中では一番、木の傷みが気になります。最後は「尾神のしだれ桜」です。昨日とは違った角度からの写真をご覧ください。

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ユーモアたっぷり、そして聴衆の心を揺さぶる市田演説

 新潟市へ行ってきました。市田書記局長を迎えての日本共産党演説会です。満開の桜に囲まれた県民会館が会場です。演説会が行われた大ホールは満席で、第2会場もつくられるほどの盛況ぶりでした。

 市田さんの話はいつものことながらゆったりと語り始め、後半の、というよりも最終盤でぐんと盛り上がります。前半の演説で印象に残ったことのひとつは、派遣労働など今日の諸問題を解決するうえで大企業に対してどういう態度をとるかどうかが核心だとのべた点です。「日本共産党は大企業を敵視をするものではない。主張しているのは、国際的なルールを守って社会的な責任を果たしてもらいたいということだ。ぼろ儲けの『ぼろ』を社会に還元しなさいと言いたい」「いまある最大の埋蔵金は大企業の内部留保だ。大企業・大資産家に対する優遇税制を改めることが重要だ」こういう話をどんどんしていけば、行き詰まった政治を変えていく展望が見えてくると思います。

 最終盤の演説はユーモアたっぷり、そして聴衆の心を揺さぶるものでした。

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「自民党や大企業から愛されるようになったら終わり。右手で企業献金、左手で政党助成金をもらっているから、民主党には個人献金を『手』がない。こういう演説をすると募金が集まることになっている。よろしくお願いします」には爆笑でした。89歳で亡くなったお母さんについての話は感動的でした。「どんなことをしてもいいが、間違ってもアカだけにはなるな」と言っていたお母さんは、自分が産み育てた8人の子どものうち4人を戦争などで亡くし、命がけで戦争に反対した日本共産党の歩みを知って、80歳で「アカ」になります。「わずか9年間だったけれども母にとっては最高の9年間だったのではないか」との話はジーンときました。

 きょうの演説で7月の参院選は政治を変える絶好の機会だと感じました。市田さんは奈良県の演説会に出席して「参院選で勝利され活躍されることを祈念します」と挨拶された奈良県医師会長の塩見さんのことについてふれました。演説会後に行われた奈良県医師会会長選挙での争点は「共産党の演説会で支持を表明するような人でいいのか」だったそうですが、塩見さんは「政策で一致する政党や団体と共同しなければ医療危機は打開できない」と訴え、圧勝したといいます。これまで保守的な団体と思われてきたところも大きく変わりつつありますね。

わが家のベニコブシが咲きました

 書き忘れました。ベニコブシについてです。演説会の会場で、高田在住の人から「橋爪さんちのベニコブシ、咲きましたか」と訊かれました。私の『「五センチ」になった母』を読んでくださったのでしょう。

 そう言われたので、家に戻ってすぐベニコブシを見てみました。1週間ほど前からずっとつぼみの状態であった花が、きょうは開きました。

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 昨年は父が亡くなった4月8日が満開でしたから、10日遅れです。異常気象ですね。8日の納骨の際、わが家の墓の前にもベニコブシの一枝を挿してきましたので、それも咲いたはずです。

 もうひとつ、『「五センチ」になった母』がようやく新潟日報の「売れている本」のベストテン入りしました。読まれた方が広げてくださると順位は上がります。よろしくお願いします。

2010年04月20日

直江津区地域協議会を初めて傍聴

 会議が1日のうちに4つ、5つとあると、日記は書けません。疲れがピークに達し、昨晩も寝てしまいました。

 さて、何から書き始めたらよいか。まず、議員団の現地調査について書きましょう。昨日は、午後から市役所木田庁舎の駐車場、高田図書館の玄関前広場などを見てきました。これらは先日の議会報告会で障がい者の方から改善を求められていた一部です。

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写真は木田庁舎の障がい者用駐車場です。穴ができていますが、このような間に合わせ的な対応でいいのかと思いました。木田庁舎については毎日のように行っているにもかかわらず、目に入らないこともあるんですね。障がい者の方からは「正面玄関まで屋根付きの通路にしてもらえないか」との要望がありましたが、かなり大掛かりな工事をしないと実現できないことがわかりました。

 次は高田図書館です。

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 昨日は休館日でしたが、観桜会に来られた方々がトイレを利用するので一部だけ開いていました。私たちが視察したのは玄関前の坂です。車椅子を自力で動かしている人から、この坂がきついと指摘されていました。ちょうど福祉団体の人たちがトイレを利用されていたのでどうですかと質問したら、「自力ではきついでしょうね。誰かの補助がないと…」という答えが返ってきました。

 昨日は夕方からふたつの地域協議会の審議の模様を傍聴してきました。ひとつは直江津区地域協議会です。先般、屋台会館の利用目的の変更をめぐって厳しい意見が相次いだという情報が入っていたのですが、今回は、「直江の津学びの交流館」(仮称?新しい直江津図書館・社会教育館)の名称をめぐって議論沸騰しました。

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 委員からは、「『直江の津』といっても、どこのことをいっているかわからないのではないか。対外的に通用するのは鉄道の直江津だ」「素直に直江津図書館にすればいい。これでは(図書館機能がない)謙信交流館のようなイメージを持ってしまう」「(名前が)新しくなって、不便になって、わかりにくくなったということにならないように」など批判的な意見が次々と出されました。

 これに対して市教委当局は、「(この施設は)直江津の中心、拠点になってほしいとおもっている。(名称は)歴史を感じさせるものとして決めた。最終的には6月議会で決めていただくことになるが、直江津図書館という名称は残るし、電話帳からも消えない。ただ、社会教育館の機能も加味して『直江の津学びの交流館』としたのでご理解願いたい」「後世の人たちから誇りを持ってもらえるようにと思ってこういう名前を選択した。応募された方は基本計画をしっかり読みこんで応募されたものだ」などと答えていました。

 初めて直江津区地域協議会の傍聴をしましたが、高田区地域協議会を傍聴した時と同じくとても新鮮でした。何よりも、自分たちはここに住んでいる市民の代表として審議に臨んでいるんだという姿勢が気に入りました。今回の審議では、「ここで出た意見は反発するのではなく尊重してほしい」という声もありました。それと真剣さです。ある委員は次の会議もあるので途中で退席すると事前に会長に申し入れていましたが、予定の時間が来て、会議資料をいったんカバンにしまいこんだものの、審議にはまり込んですぐには退席しませんでした。

 昨晩の審議では、この件は一件落着とはならず、継続審議となりました。審議の流れからいうと、答申にあたって付帯意見をつけることがあるかもしれません。次回も傍聴したくなりなりました。

 直江津区地域協議会については、結局、最後まで傍聴してしまいました。途中で退席して吉川区地域協議会へと思っていたのですが、議論の行方が気になって帰れなかったのです。吉川区地域協議会はそのため、最後の15分ほど傍聴しただけとなりました。

カエルの鳴き声が聞こえた

 雨が降っています。家の中ではまったく聞こえなかったのですが、たまたま外に出てみたらカエルがもう鳴いていました。鳴き始めたのはいつからなのでしょうか、私が聞いたのは今晩が初めてでした。急いで家の中に入り、ボイスレコーダーを持ち出しました。これが録音した鳴き声です。

 きょうは朝から生活相談が相次ぎました。それと「橋爪法一を囲む会」の案内ビラの作成、配布活動もありました。ビラ配布をした地域は久しぶりの訪問となりました。留守が多かったのですが、留守でない家では、しばらくぶりの再会となった人たちと話がはずみました。いまの民主党政権の評価、私の本、サクラ、寒い天候など話は尽きません。

 明日は北信越の統一宣伝行動日です。午前中はポスター貼りと囲む会の案内ビラ等の配布を行います。そして午後からは市役所へと向かいます。月例懇談会、学習会、議会基本条例たたき台についての議員全員の会議など盛りだくさんです。頭が回転すればいいのですが。

2010年04月21日

二人の若い郵便局職員

 午前の宣伝行動の際、ひとりの郵便局職員に会いました。まだ20代か30代前半の青年です。前にも一度会っていて、その時の笑顔がとても印象に残っていました。きょうは、その彼の自宅で再会しました。そこの家の人だとはまったく知らなかったので、「あら、ここの家の人だったの?」と尋ねると、「そうです。いつも読ませてもらっています」という言葉が笑顔とともに返ってきました。私の市政レポートかこのブログかはわかりませんが、若い人が読んでいてくれるというのはとてもうれしいです。

 もうひとりは昨日出会った郵便局職員。この人も若く、20代かな、こちらは女性です。市内のある郵便局で80円切手を買いました。この時、窓口で対応してくれた人です。「何か素敵な切手、ありませんか」ときいたら、「きょう発売の切手がありますよ」とトラと花の絵柄の切手シートを薦められました。「いいね、これにしましょう」と言って、3枚買い求め、その場で封筒に切手を貼りました。そばにいたこの女性が、「この切手を貼られる姿、初めて見ました」とニコニコして語りかけてきました。その人懐こさが気に入って、「残りの7枚も買いますよ」と言って買い求めました。

 この二人の郵便局職員、おそらく臨時職員だと思います。少なくともひとりはそうでしょう。いま再び郵政改革が叫ばれていますが、郵便局も大事なのは人です。こんな感じのいい青年が正規職員として郵便局に定着すれば、いい郵便局になると思うのですが…。

 きょうは午前の宣伝行動の後、月例議員会議、議員勉強会、議会基本条例に関する議員の全体会、食料・農業・農村議員連盟総会、各派代表者会議、党支部会議と6つ会議が続きました。疲れました。

2010年04月22日

高田公園のソメイヨシノ、どんどん散る

 寒い一日でした。市役所からの帰り道、高田公園に寄ってきました。ソメイヨシノはいま、どんどん散り始めています。その散りゆく姿も悪くはありません。お堀に浮かぶ花びらも道路を埋め尽くす花びらも写真に撮りたくなります。撮った写真の一枚です。

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路面が濡れていて、花びらは一枚も動くことがありません。本当は青空の下で撮れればと期待していたのですが、そうはいきませんでした。上越観光コンベンション協会はきょう、今年の高田城観桜会の入り込み数が110万人を超えたと発表しました。すごいですね。

 夜は吉川区の山間部で「橋爪法一を囲む会」でした。10世帯、人口18人という小さな集落ですが、11人の方が集まってくださいました。

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 高齢化が進むなかで要望はいずれも切実なものばかり。集落内のある橋の除雪の話に始まって、冬期保安要員の配置、水道水源の確保、ケーブルテレビの放送サービス、身近な買い物の場の確保などについて声を寄せていただきました。

 囲む会が終わったのは午後8時45分頃。それから片づけをして、車を走らせると、ライトアップされている村松家のしだれ桜が目に入りました。このまま通り過ぎるのはもったいないので、車から降りて、何枚か写真を撮らせてもらいました。

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写真ではうまく表現できませんが、木の下で見上げた時の迫力は満点でした。この花はきょうのような寒さが続く限り、今週いっぱいは楽しめるでしょう。

2010年04月23日

「囲む会」では国政のことが中心話題に

 寒かったですね、きょうは。午前はブレザーだけでなんとか頑張ったのですが、午後からはがまんできず、アノラックを着て「しんぶん赤旗」日曜版の配達・集金で動きまわりました。

 いつものことながら、「しんぶん赤旗」の配達活動では貴重な情報が入ってきます。きょうも新年度の新規事業である中山間地での移動販売車について、「取組としてはいいことなのだが、商工会との事前の話し合いが不十分だ。議会で、市はこの点についてどう説明したのか」という質問がありました。また、雪消えが遅く、春の農作業がどうなるか心配だ、という声も寄せられました。

 夕方の6時過ぎまで配達活動をし、その後、「橋爪法一を囲む会」の会場へ。今晩の会は中学校の歓送迎会と重なり、集まりが悪いのではと心配したのですが、それでも7人の人が参加してくださいました。会では『「五センチ」になった母』が3冊も売れました。

 今晩の囲む会では国政のことで盛り上がりました。おもしろいものですね。会が始まる前から民主党政権の迷走ぶりが話題になっていて、私の議会報告が終わって、最初に出された質問が現政権の支持率低下、自民党の相変わらずの不人気をどう思うかでした。参加者の中からは「まだ政権が代わってまもない。もっとがまんして見つめることも必要ではないか」等の声も出て、参加者同士の議論に発展。最後は、「公約を実現できない背景には財源問題がある。軍事費などの無駄をなくし、大企業・大資産家優遇税制をあらためなければならない、頑張ってくれ」ということになりました。

 昨晩の「囲む会」では顎関節炎が悪化してしゃべりにくくなってしまいました。きょうは、「長くしゃべらず、簡潔に」を心がけました。そのおかげで何とかもちました。何よりもうれしかったのは、「共産党を伸ばさないと政治は変わらない」ということで気持ちがひとつになったこと。これで明後日の囲む会でも張り切って話ができそうです。

2010年04月24日

寒くても春

 朝から「しんぶん赤旗」の配達・集金です。きょうは昨日と違って、青空が広がりました。少々、寒くても春です。

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ぜんまいやシイタケを干している家が何軒もありました。ゆでたばかりのぜんまいは匂いもいいですね。

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 私が生まれ育った蛍場の山々です。先週よりも緑色が増えてきました。ウドも出てきた、そんな色になりました。

2010年04月25日

「直江津・頸城の会」総会

 当面する市政の重要課題のひとつは北陸新幹線開業後の並行在来線をどう守るかです。きょうは、「在来線と地域のあり方を考える直江津・頸城の会」の総会でした。連休を前して忙しい日にもかかわらず60人ほどの人たちが集まりました。

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 新年度の活動で私が注目したのは国や県に対する署名運動です。新幹線が金沢まで延びた時でも信越線、北陸本線はJRの責任で運行してほしいという基本的要求だけでなく、快速くびき野号の増発、柏崎と直江津間の強風常襲地域の安全運行のために防風柵設置やトンネル掘削などを盛り込んでいることです。最近、強風のよる遅れや運休で泣かされている者のひとりとして、もっと地域に根差し、広がりをもった活動をと願っていただけに、こうした身近な要求をとりあげることは大歓迎です。

 夕方、妻とともに柏崎へ。義父が88歳を迎えるので、その祝いを兼ねて兄妹とその連れ合いでささやかに食事会をやろうという話が持ち上がっています。「できれば、海の見える部屋でゆっくりした時間を」という提案があり、その下見に出かけてきました。きょうは海が穏やかで夕陽も最高でした。駐車場まで歩いていた時、空を見上げるとお月さんも出ていました。桜の枝のそばのお月さん、わかるでしょうか。

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2010年04月26日

80代後半の方から読後感想

 本を出した後の楽しみのひとつは読んでくださった方が寄せてくださる感想です。心に何か残った時、お便りや電話などで感想を伝えてくださいます。きょうも80代の男性からお便りをいただきました。

 「老眼と乱視が重なって、その上老いの為か手が冷たくて一日中手袋のはなせない日が続いていますので、頁をめくるのに苦労しての読書で、頁が進みません。『五センチになった母』という変わった書名に惹かれて読み進み、やっと五センチの母上にお会いすることが出来ました。ご家族のこと、友人、知人の方々のことがいきいきと活写されている見事さに感心しながら読ませていただきました」これは便りの一部ですが、1ページ1ページを丁寧に読んでくださった様子が目に浮かびます。うれしいですね。

 きょうは議員団会議の途中、くびき野森林組合、JAえちご上越、上越地域職業訓練センターを議員団全員と党地区委員会の橋本正幸副委員長の5人で訪問、前回の懇談会についてのお礼と3月議会の報告をしてきました。これは懇談で寄せられた要望を議会でどうとりあげたかを知っていただくためです。

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JAえちご上越では市橋理事長さんと再度懇談出来ました。今後ともこうした団体とできるだけ連携して活動を進めていきたいと思います。

 夜は「橋爪法一を囲む会」でした。春の農作業が忙しい時期に突入しましたので、集まりはいま一つでしたが、地域を走るバス運行路線、ダイヤなどでご意見、ご要望を寄せていただきました。

2010年04月27日

市役所障がい者用駐車場、修繕完了

 朝、市役所の障がい者用駐車場をみたら、穴の修繕が終わっていました。

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先日お知らせしたように、これまで、穴は砂利を入れてふさがれていました。今回の修繕はあらかじめ予定されていたのかも知れませんが、これで車椅子も安心して通れるでしょう。

 党議員団では昨日の会議で、来月6日の午後、第2回目の調査を行うことにしました。この日の調査では上越市社会福祉協議会のお力もお借りして市役所、文化会館、オールシーズンプール、リージョンプラザなどを調査します。車椅子やアイマスクなど着用しての調査となりますが、どんな体験となるか。

2010年04月28日

山菜料理を楽しむ会

 山々が次第に色づいてきました。こうなると、楽しみは山菜採りです。先週はあちこちでゼンマイを干している光景を目にしましたが、わが家の近くの山々ではコシアブラの芽が食べ頃になってきました。

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 このコシアブラの芽を食べるには天ぷらが一番です。きょうのような雨が続くと、どんどん大きくなってしまいますから、早めに採らないといけません。連休に入ったら、少しだけ時間をいただいて、ウドや「ののば」(ツリガネニンジン)などを採りに出かけてきます。

 私どもの地元後援会では、恒例となった山菜料理を楽しむ会を開きます。日時は5月5日の午後4時から。場所はわが家の牛舎前広場です。事前の申し込みは不要ですが、参加費として500円いただきます。どうぞ、遠慮なくお出かけください。お酒などの持ち込みは大歓迎です。なお、お酒を飲まれる方は車に乗ってお出かけにならないように。

代表者会議、そして市政レポートづくりと

 午前は各派代表者会議でした。議員は任期は4年です。来月20日の臨時議会を前に常任委員会や特別委員会などをどうするか話し合いました。このうち、特別委員会については設置目的があり、それに基づいた活動がどうであったかの検証が必要です。現在ある4つの特別委員会のなかで、中山間地対策特別委員会は昨日それをやりましたよ、と紹介したところ、正副議長も各派の代表もうなずいていました。当たり前のことがようやく取り組まれ始めました。

 午後は4時頃まで細々とした用事をこなし、4時過ぎからは市政レポートの作成と各種ビラの印刷をやりました。市政レポートを水曜日に作成したのは久々です。急いだのは、今晩の夜中に東京へと出発するからです。夜の8時過ぎまでに何とか原稿を書いたのですが、印刷機の調子があまりよくありません。印刷された紙が歪んで出てきたり、一回転したりと、思うように働いてくれないのです。30日、東京から戻った時にうまく印刷できればいいのですが、心配です。

 さて、そろそろ出発の用意をしなければなりません。金曜日にまたお会いしましょう。

2010年04月30日

川の手荒川祭り

 昨日の朝2時に吉川区を出て東京へ行き、本日の午後4時前に帰ってきました。吉川区と友好関係にある荒川区の「川の手荒川祭り」に初めて参加してきたのです。吉川区からはコメや山菜、チマキなどの特産品を大量に持ち込み、荒川区民の方々と交流してきました。

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 さすがは都会です、祭りの会場には数万人(ひょっとすると10万人を超えたかも)の人が繰り出しました。吉川区から参加したメンバーは東田中生産組合、杜氏の郷職員、JAえちご上越の職員など総勢15人。午前10時の開会から午後4時近くまでテントのひとつでひたすら物産の販売活動です。人気のトップは現地精米のコメ、人の列が出来てお昼頃には売り切れてしまいました。採れたてのウドも早かったですね。それに続いたのは笹団子、チマキかな。すごいなと思ったのは現地販売スタッフのパワーです。自分の持ち場の物産販売が終了すると、他の物産販売の応援です。大きな声でお客さんに声をかけ次々と売り込む姿は商売人に負けません。私は酒類の販売担当です。「よしかわ杜氏」の辛口、にごり酒などを持ち込みましたが、午後からは全員がこの販売で総力をあげました。立ちっぱなしだったので、終わったら、足がパンパンに張っていましたね。

 お客は荒川区の人たちだけではありません。東京吉川会の平山会長や高倉さん、小泉さん、布施さん、法政コメコメクラブの田中先生、安田さん、星山さん、小林さんなども駆けつけてくださって、懐かしい再会が実現できました。みんな、吉川区の応援に来てくださったのです。日暮里で商売をしている高倉さんは顔なじみの人が通ると声をかけ、吉川区の「特別販売員」として大活躍してくださいました。みなさん、ありがとうございました。

 橋めぐり、歌舞伎座

 今朝は朝5時15分に起床。宿泊した築地の厚生会館のそばにある勝鬨橋を渡り、西仲橋、佃大橋をまわってきました。最近はよそへ出かけても「橋」が気になります。どこの橋も個性があり、発見があります。勝鬨橋では車道と歩行者道の分離帯にこの橋ならではのデザインがありました。橋が開閉する一こまひとこまを数か所で紹介してあったのです。

 今朝は川沿いを歩いたのですが、ここは隅田川の河口から1キロ前後の上流です。流れの音は川というよりも海の波の音に近いと感じました。月島川水門付近ではソメイヨシノの花を数個見つけました。まだ、咲いていたのです。懐かしく、うれしかった。

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 西仲橋の上から水門方向を撮った写真です。勝鬨橋が出来るまでは、ここには「渡し」がありました。それらの案内板を一つひとつゆっくりと読みました。河口に近いとあって、この辺の災害対策では津波を想定した取り組みがあちこちでされていました。津波対策を考えたスーパー堤防、水門などは初めて見ました。みんな、勉強になります。朝食前の散歩は2時間15分もかけて楽しみました。

 朝食後は女性メンバーの人たちと築地市場、さらには歌舞伎座へと歩きました。市場にはなんでもありです。カタクリやタラの芽などもたくさん並んでいて、「ここへ持ってきて、この値段で売れれば大儲けだねや」などと言う声も出ました。ここでは、土産品として佃煮、海苔などを買い求めました。それにしても観光客の数がすごかった。

 歌舞伎座は60年ほど前に建てられて、きょうが最後というニュースが流れていました。歌舞伎座近くへ行くと、カメラを持った人たちが大勢見物に来ていました。偶然とはいえ、特別の日に訪ねることが出来て得をした気分になりました。

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