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2011年08月 アーカイブ

2011年08月01日

豪雨の爪痕(3)

 日曜日の午前、浦川原区、大島区の被害状況を視察し、被災者と懇談してきました。どちらの区も吉川区とほぼ同じ時間帯に激しく雨が降りました。短時間に100ミリを越える土砂降りです。虫川商店街から国道253号線へとつながる道路は土砂崩れのため、交通止めとなっていました。

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 保倉川の水は暴れ、中猪子田と下猪子田の田畑は滅茶苦茶でした。次の写真は、そのうちの畑の被害です。

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 小谷島の田んぼもひどかった。写真の田んぼには酒米の五百万石が植えられていました。無残な姿になっていました。

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 カメラを構えて写真を撮っていたら、すぐ下で夫婦が泥で埋まった用水を掘っているじゃありませんか。びっくりして、「ごくろうさんです」と声をかけました。

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 大島区板山の不動尊近くの主要地方道上越安塚柏崎線です。道路の3分の1近くが崩落して、片側通行となっていました。

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 板山には山からの水が襲い、住宅が危険な状態となっている家がありました。Kさん宅です。前庭が崩落し、家の脇には土砂がぬけて押し寄せています。ここの家は吉川区尾神のYさん宅と親戚です。Kさんによると、「家の前の川で(岩や石が流れる)ガラガラという音がして怖かった」と言っておられました。

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 角間の方へ車を走らせたら、角間の一歩手前で道路が寸断されていました。農業施設災害の調査をしている総合事務所職員さんたちと、偶然、ここで会いました。

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 大島区では旭地区に大きな被害が集中しています。なかでも、足谷は田んぼ、用水路などの被害がひどかったです。足谷では農家の人たちと会い、被害状況などについて説明してもらいました。

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 「足谷の田んぼがひどい」という声を聞いていましたが、これほど深刻だとは思いませんでした。耕作者は私の従兄です。今年こそは儲けようと意気込んでいただけにがっかりしていました。従兄は「災害復旧は原型復旧が基本というが、こうした被害の構造的な原因はハッキリしているので改善してもらわないと困る」と言っていました。

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川谷地区を孤立させないでください

 今回の豪雨で吉川区の山間部、川谷地区は一時、孤立状態となりました。いまは大雨警報も解除となり、ひと安心していますが、大きな雨がこの次に来た時どうなるか、みんな心配しています。その最大の理由は、同地区へ入る4本の県道が大きな土砂崩れ、崩落などで傷みが激しく、いつ崩れ落ちるかわからない状況となっているからです。

 県道川谷十町歩線はまるたき温泉付近で大量の土砂にうまっています。さらに名木山地内でも雪崩止めなどと一緒に落ちてきた土砂に埋まりました。どちらも、簡単には復旧できそうもありません。次の写真は名木山地内の現場です。

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 主要地方道上越安塚柏崎線も板山集落内で崩落しただけでなく、角間への入り口付近でも泥流に流され、寸断されたところがあります。

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 さらに、上川谷には土石流危険個所もありますが、上越安塚柏崎線では沢水が道路に流れ出し、路盤を削っているところもあります。

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 地区内には県道大潟高柳線のような大きな崩落場所もあります。ここは、道路の土手が崩れ、ボロボロと土が落ち続けていました。

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 電話は携帯電話もNTTの普通の電話も使えなくなっています。このことも地区住民が不安をいだくことにつながっています。昨日は4つの町内会長宅に衛星電話が設置されました。

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 地区内にある世帯は26。高齢化が極度に進み、医療機関にかかっている人は少なくありません。また、学校や保育園に通っている子どもたちも3人います。いま、吉川区総合事務所を先頭に県道名木山浦川原線だけでなく、主要地方道上越安塚柏崎線も開通させ、同地区を孤立させないようがんばっていますが、関係機関には「絶対孤立させない」という構えで、ぜひとも早急な対応をしていただきたいと思います。

 ホームページに市政レポート1512号、「春よ来い」第164回「故郷」を掲載しました。

2011年08月02日

党市議団で浦川原、大島、吉川3区の現地調査

 昨日、日本共産党市議団がそろって今回大きな被害の出ている吉川、浦川原、大島の各区の被害の出ている現場を見て回りました。これには、上越地区委員会の橋本副委員長も一緒に動いてもらいました。

 集合は浦川原区総合事務所でした。私はそのまえに同区下柿野のIさん宅の土砂崩れの現場に行ってきました。「土砂に押されて車庫内の車が動かせない。早く取り除いてほしい」との訴えがあったからです。現場を確認してから総合事務所長に話をしたのですが、すでに業者に依頼済みで、午後から撤去作業をするということでした。よかったです。

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 党市議団では、浦川原区の道路災害、農地災害などを見ながら、小麦平から吉川区に入りました。写真は県道川谷十町歩線、名木山地内の土砂崩れ現場です。ここの現場を見て、今回の豪雨のすさまじさをみんなで再認識しました。上川谷地内の視察では林業事務所、総合事務所などの調査の人たちと一緒になりました。

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 大島区板山地内では、農家の人たちが災害現場で仕事をされていました。写真の夫婦は用水路に土砂、雑木がなだれ込み、前日から必死で仕事をしておられました。声をかけ、激励してきました。

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 板山地内では主要地方道上越安塚柏崎線の崩落現場、道路決壊現場を見てきました。直径120センチの管が流れてきた木などでふさがり、道路そのものを押し流してしまった角間入口付近の現場は、前日よりも崩れが広がっている気がしました。幅は約10メートルあります。私が立っている反対側には、K建設の社員さんがいて、状況説明を説明してくれました。川谷地区を冬期間を含め孤立させないためには、この決壊個所の復旧が不可欠です。

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 最後の写真は大島区足谷です。昨日の庁議の際、配布された資料によると、市内で一番、農業関連の被害が出ているのは大島区ということです。足谷では、昨日も大勢の人たちが田んぼなどで復旧作業をやっていました。写真は足谷の耕地で大きな被害が出た場所のひとつです。

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 市議団では、本日、昨日の調査を踏まえて対策を練り、関係機関に働きかけを行う予定です。

豪雨災害対策で市長に緊急要望書提出

 日本共産党市議団は7月30日以来、今回の豪雨による被害状況の把握や市民の要望確認などで動いてきました。きょうは午前10時からこれまでの活動のまとめを行い、正午前に市長宛の緊急要望書を提出しました。

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 緊急要望書は馬場和明危機管理監に手渡し、私と上野幹事長が要望について説明しました。この要望書に基づいて、関係課や総合事務所などは直ちに避難勧告の実態などの調査活動などを始めました。動きは機敏です。要望書に盛り込んだ主な内容は以下の通り。

1.早急に激甚災害の指定がされるよう、国に強く働きかけていただきたい。
2.土石流や地滑りなどの危険地域での災害を未然に防ぐため、緊急対策を強めていただきたい。
3.吉川区川谷地区住民の生活維持のため、主要地方道上越安塚柏崎線、県道川谷十町歩線、県道大潟高柳線における道路の災害復旧が早期に行われるよう、県に強く働きかけていただきたい。
4.市内の被災地においては、避難場所の指示などが二転三転し市民に混乱を招いた地域がある。また、大出口川沿い、保倉川沿いの関係町内会で、隣接していながら避難勧告が出たところと出なかったところがある。今後このようなことのないように、市民への情報提供のあり方を即刻整備していただきたい。
5.防災無線が聞こえなかったなど、運用に支障があったところがある。早急に状況を調査し対策を講じていただきたい。
6.農道等の災害に伴い、秋の収穫作業ができないおそれのある地域がある。今後の稲作などに支障が出ないよう、早急に対策を講じていただきたい。
7.農地・農業用施設の災害復旧にあたっては、現地の状況について詳しい関係者の意見を反映させて対策を進めていただきたい。
 以上

 

電話などの復旧工事進む

 午後から吉川区内の国田、まるたき温泉付近、川谷地域の災害現場を見て回りました。

 まるたき温泉近くの大規模地滑り現場では、電話工事の人たちが復旧作業に全力をあげていました。土砂とともに崩れ落ちていた大きな木は切られ、電話線の張り替え工事が行われていました。長さは約200メートルです。現在、川谷地区で不通となっているNTTの普通電話は早ければ明日、遅くとも明後日にはつながる予定だといいます。

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 工事現場に近づいたところで仕事をしていた一人の男性が、「橋爪さん」と声をかけてきてくださいました。「私がわかるんですか」と訊いたら、「Aだよ」と言われるのでびっくりしてしまいました。私が20代の前半の時、一緒に仕事をした先輩のAさんだったのです。38年ぶりの再会でした。うれしくて、手を取り合って喜びました。Aさんからは、「応援しているよ。がんばってくれ」と励ましてもらいました。

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 まるたきの地滑り現場を歩き、災害発生後、初めてまるたき温泉側に出てみました。崩落個所は長さが100メートルからあって、思っていた以上に規模が大きいなと思いました。6年前に川谷地内で発生し、復旧までに1年半を要した地滑り現場と比べて、勝るとも劣らない規模です。

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 国田地内では農災調査が始まっていました。

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 浦川原区経由で川谷地域にも行ってきました。上川谷では土砂で埋まり、沢水が道路にあふれ出ていた箇所の排水工事がスタートしました。明日には水がぬける見込みだということでした。

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2011年08月03日

豪雨の爪痕(4)

 今回の豪雨では農地、農業用施設にも大きな被害が出ました。私が現地調査したなかで最もひどい被害現場は大島区足谷です。ここは十日町市(旧松代町)寺田の西側にあります。これまで豪雨により大きな被害が出たのは今回で3回目だそうです。同地で稲作経営をしている2人の農業者から案内してもらいました。沢沿いにある棚田の、低い方から高い方へと歩いてみました。

 まず、足谷川にそそぐ水路の末端部です。木がつっかえ、水が流れなくなり、そばの田んぼに水が流れ込みました。そばの田んぼの耕作者は、「これでは水をのめない。農災の復旧工事は原型復旧が基本とはいうが、これまで設計を変えてくれと繰り返し言っても実現しなかった」と語っていました。

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 山から、沢から流れ出た水は鉄砲水となって水路を破壊し、田んぼの中に大量の岩や土を運びました。

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 すごい破壊力でしょう。6枚目の写真の真ん中で大きく割れているのは市道足谷入場線です。右側の水路では、はけきれず、道路本体も壊してしまいました。

 案内してくれた耕作者の方は、「水路の大きさが適当であったかどうかが、まず問題だ。また、水路の角度も問題だったのでは」と言っておられました。そうそう、水が下へ流れて行く時に水圧を下げる工夫も欲しいとも言っておられましたね。

 上の方から水路と田んぼを見た時の写真も2枚ごらんいただきましょう。ここの被害面積は写真だけではよくわかりませんが、約2町歩だということです。

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 さて、災害復旧をどうするかです。耕作者の方はいつもの災害査定のペースだと冬までに工事が終わらないのではないかと心配されていました。となると、応急本工事(査定前着工)ということも考えて対応しなければならないかも知れません。

地学研究者も視察

 地学研究者の方が本日、吉川区に入り、地滑りしたところや水害の出た箇所などを調査されました。お昼前にわが家にも立ち寄られ、話を少し聞かせていただきました。この方の話で興味深かったのは、地球温暖化時代にあっては、これまでの経験だけでは計り知れない異常降雨などが起こりやすくなっているので、防災対策ではこうしたことを考慮すべきだという点です。また、区内の浸水被害の状況にふれながら、内水対策をもっと考えるべきだとのアドバイスもいただきました。

 すでにツイッターでお知らせしましたが、本日の午前、不通となっていたNTTの電話回線が復旧しました。auの携帯の方も完全復旧したとのことです。これで、あとは道路です。主要地方道上越安塚柏崎線の柏崎と上川谷間は本日、一般車両も通れる見込みとお知らせしましたが、いまのところ、道路管理者からのお知らせはありません。どこかで復旧工事が手間取っているのでしょうか。

 先ほど、社民党県連代表の小山県議から電話がありました。本日、泉田知事と会い、吉川区川谷地区を孤立させないために、県道の災害復旧に全力を挙げるよう申し入れたとのことです。小山県議は昨日、私の案内で道路被害状況などを視察し、たくさんの写真を撮っていかれました。きょうはそれを使って話をされたそうです。ありがたい情報でした。

2011年08月04日

豪雨の爪痕(5)

 今回の豪雨で道路に影響を与えた最大の地滑りは吉川区の「まるたき温泉」に近い場所で発生しました。きょうの地元紙の報道によると、10日頃までに片側通行を確保すべく復旧工事が行われるとのことです。

 午前中に現地に行ってきました。現地では森林組合の作業員が木の伐採を行い、測量関係者がポールを持って仕事をしていました。地滑りの方は現在安定してきているので、きょうは、地滑りの状況をもっとしっかりとつかみたいと思い、カメラを持って現場を歩いてきました。危険ですので尾根づたいに歩きました。まずは、すべったところの最上部の写真①をごらんください。

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 この上から下の方を見て写真に撮りました(②の写真)。左上はまるたき公園です。すべったところをよく見ると、南東方向にすべっていることがわかります。

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 滑り落ちた土砂は、下の杉林や田んぼに流れ込みました。その田んぼがあったところから地滑り面を見た時の写真③です。

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 夕方、総合事務所で現地の航空写真を見せてもらいました。これは道路管理者である県の方で業者に撮影を依頼し、撮ったものだという話でした。パソコンに写っているものを撮ったので、ハッキリしていませんが、だいたいわかるでしょう。写真の上の方が南方向、下は北方向です。左上の白い建物が「まるたき温泉」。茶色になっているのが地滑り面です。

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2011年08月06日

印刷疲れ

 昨日は朝から市政レポートの作成、印刷で時間がかかりました。時間がかかった一つの理由は、各区によって裏面に掲載する写真を替えたからです。「災害状況は何よりも地元について知りたい」というのが読者の気持ちです。関係する区の写真を選び、並べるだけなのですが、これがけっこう手間取ったのです。

 いまひとつ、裏面に災害関連の写真をたくさん掲載したところ、印刷でも時間がかかりました。インクが広範囲につき、印刷した紙面が波打ち、ミスプリがかなり出ました。印刷スピードを落としてもこうした状況は変わらず、結局、通常分の印刷が終わったのは午前11時過ぎでした。単純作業ながら、こういうことがあると、気を使いくたびれます。

 夜も10時過ぎまで印刷でした。片面だけ刷って、残りはいま印刷中です。片面が乾くと印刷は順調です。時間的な余裕があれば、半分は後回しにする、これは今後のために忘れないでおきましょう。

 故障していたデジカメが夕方、修理を終えてかえってきました。購入して1年4か月で故障し、修理代は1万2500円ほどかかりました。1年間の保証期間が過ぎているとはいえ、少しはまけてほしかったなぁ。でも、きょうの越後よしかわやったれ祭りには使えます。どんな調子か、確認してみます。

 

まるたき温泉近くの地滑り現場、仮復旧間近?

 自民党の小林県議から「一緒に動いて案内してほしい」と要請され、朝から吉川区の道路の被災状況などを見てきました。

 驚いたのは、一昨日、見てきたばかりの「まるたき温泉」近くの地滑り現場が一変していたことです。わずか一日で、道路に落ち込んだ土石、木々などがほとんど片付けられていました。村屋と「まるたき温泉」間は本日の夕方には通行できるようになるかもしれません。

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 もっとも、「まるたき温泉」と名木山間は名木山集落より200メートルほど村屋側のところが大量の土砂に埋まっていますから、車は通れません。

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 きょうは、あちこちで用水路の普請や田畑に入った土砂の片付けなどが行われていました。写真は大島区足谷の田んぼです。被害にあった田んぼに再び土砂が流入しないようにと、緊急措置がとられていました。秋の稲刈り作業ができるように、コンバインが通れる道づくりも行われていました。問題は、これから先です。秋作業に支障が出ないように、来年の作付ができるようにするために行政側の早急な対応が必要です。

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 豪雨で被害の出た道路、農地、農業用施設は規模が大きく、関係者は国や県などに早急な支援を求めています。小林県議とは、こうした問題は超党派で、関係市議、県議全員が力を合わせることが大事だと確認してきました。

2011年08月07日

越後よしかわやったれ祭り2011

 いまも耳の中で太鼓の音が聞こえます。神輿を担ぐ若者たちの「ワッショイ、ワッショイ」の声も……。越後よしかわやったれ祭りは今回も盛り上がりました。感動的なドラマがいくつもありました。

 今春開校したばかりの県立吉川高等特別支援学校の生徒のみなさんが区体育祭に続いて祭りにも参加してくれました。原発事故で福島県から避難してきている人たちも初参加です。子ども神輿は今年も増えました。まだ増え続けるに違いありません。普段はあまり見かけないのに、祭りとなるとたくさんの子どもたちが祭りに参加してくれます。先日の豪雨でたいへんな目にあった人たちの顔も見えました。うれしいですね。

 私が祭りに参加したのは夕方からとなりました。地元吉川区のよさこいグループ「百華踊乱」は「ハレルヤ」などリズム感あふれた3つの踊りで集まった人たちを惹きつけました。

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 続いてストリートダンスです。こちらはリズムとスピード感が何とも言えない。見事でした。

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 祭りでは屋台があり、美味しい食べ物が並びました。地場産の野菜は初登場かな。私は一口メロンを買いました。ゲームコーナーもできました。大勢の人が寄って、語りあい、買い物も楽しむ。そして、みんなが集中するものがあります。早食い、くじ引き、それから、最大の盛り上がりをつくりだすのは神輿行列です。まずは、子ども神輿、子どもも若いお父さんもお母さんもみんなうれしそうでしたね。

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 子ども神輿はペットボトルで作られた稲穂竿灯の中を進みました。きれいでしょう。さて、大人神輿、今年は稲穂竿灯を県道柿崎牧線沿いに移動させてから、ダイナミックな動きで観衆を魅了しました。原之町十字路で電話工事用のトラックの高いところから大人神輿を「さあ、来い、来い」と指揮していたのは大滝健彦さん(上越市消防団吉川方面隊長)。乗りに乗っていました。大人神輿で張りぼてをつくって行進したのは、よさこいグループのみなさんでした。

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 昨年から登場した吉川中学校の生徒のみなさん。今年も「吉中参上」の旗を掲げての参加です。

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 原之町十文字では神輿に乗った人たちが餅撒きもやってくれました。これもまたいいもんですね。

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 閉会式は太鼓と神輿のリズムのなかで行われました。私の担当は閉会の挨拶です。ビールを5杯もいただきましたが、子どもたちの元気な声に後押しされて、感動いっぱいの気持ちを語らせてもらいました。

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 越後よしかわやったれ祭りは今年も大成功でした。何か月も前から準備をし、祭りを成功させる原動力となったのはいうまでもなく実行委員会のみなさんたちです。ありがとうございました。

2011年08月08日

草刈り、平和展

 私の地元町内会では毎年、お盆前に総出で草刈りをします。昨日がその日となりました。例年と違ったのは豪雨災害直後だということです。私と何人かは豪雨で傷んだ字道の復旧作業を担当しました。雨によって削られ、砂利がなくなっているところに一輪車で砂利を運び、均す。単純作業ではありますが、普段あまりスコップを使わないので難儀しました。

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 道普請が終わってから、私たちも草刈りに合流しました。こちらは約1時間、大勢で草刈りをする時は仕事がどんどん進み、気分がいいですね。

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 何人かの友人が平和展(5日~7日、高田図書館にて開催)に出品しているというので、時間をつくって少しだけ観てきました。今年の平和展はやはり福島原発事故が大きなテーマになっています。たくさんの作品の中から2つだけ紹介します。

 「牛の怒り…あなたたちの世代は一体なにをしたのですか」奈良場山人さんの作品です。福島原発事故により「警戒区域」20キロ圏内でうち捨てられた家畜の数は牛3400頭、豚3万1500頭、鶏63万羽といいます。この作品から牛たちの叫び声が聞こえてくるようでした。牛を飼っていた者として、切ない。

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 吉田洋子さんの絵手紙もすごかった。彼女の細い体の中のなかのどこに宿っているのでしょうか、この鋭い批判精神は。下線部をクリックしてごらんください。

 市政レポート1513号をホームページに掲載しました。今号の裏面は豪雨災害特集です。配布地域によって、掲載した写真は違っています。

 お知らせです。県道川谷十町歩線は大きな地滑りが2箇所で発生し、通行止めとなっておりましたが、復旧作業が急ピッチですすめられた結果、昨日午後3時半開通しました

吉川区などの被災地を県議と市議が共同視察へ

 党派を越えて上越市選出県議と関係区選出市議が力を合わせる、今回の豪雨災害対策でごく当たり前のことが実現することになりました。当たり前のことでありながら、なかなか実現しないのが政治の世界です。それだけにうれしい。

 小林県議の呼びかけで12日、柿崎区、吉川区、大島区、浦川原区の道路被害、農地、農業用施設を上越市の県議と4区選出の市議が一緒になって視察することになりました。視察場所は吉川区国田の床上浸水地域、同区まるたき温泉近くの地滑り現場、大島区足谷の農地、用水路被害地などで、朝9時から夕方まで4区内を駆け巡ります。視察にあたっては、新潟県上越地域振興局の幹部職員なども参加します。

 今回の視察では、地元選出市議が説明し、関係町内会のみなさんから要望などをお聴きする予定です。いうまでもなく、行政当局にも働きかけを行います。今回の視察を契機に災害復旧のスピードアップが図られることを期待しています。

 きょうの夕方、昨日開通したばかりの県道川谷十町歩線を車で走ってみました。まるたき温泉近くの土砂の山は片付けられて、二車線が確保されていました。1週間ぶりに通る道がとても懐かしく感じられました。

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 丸滝橋と名木山間の地滑り現場もきれいになっていました。

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 名木山まで行ったついでに主要地方道上越安塚柏崎線の様子を見てきました。吉川区内の上川谷から大島区内に入ったのは豪雨災害以降初めてです。このブログでたびたび紹介してきた道路の決壊現場より100メートルほど上川谷寄りの道路でも同じような決壊が起きていたことがわかりました。ここは、すでに1トンパックと鉄板で応急措置がとられていました。

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 道路決壊現場から思い切って角間の農道に入ってみました。私のところに入ってきた情報では、ここをう回路にして大島区藤尾に出られるとのことでした。かなり遠回りになりますが、道幅はあり、舗装もされています。無事、藤尾に出ることができました。でも、地形からいって、雪の降る冬期に通れる道ではありません。早期に主要地方道上越安塚柏崎線を復旧させてほしいですね。

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2011年08月09日

越後よしかわやったれ祭りの動画投稿しました

 6日に行われた越後よしかわやったれ祭りの動画をユーチューブに投稿しました。関係者のみなさんには同日投稿するよと約束していましたが、デジカメの修理に伴い、ファイル形式が変更されていたことに気づかず、アップロードできないでいました。もう大丈夫です。

 ひとつ目は吉川区のよさこいグループ「百華踊乱」にみなさんによる「ハレルヤ」です。

 いまひとつは祭りの最終盤、大きな盛り上がりをつくった神輿です。

市議会と市民のみなさんとの意見交換会

 市議会主催の「市議会と市民との意見交換会」が清里区で開催されました。参加された市民は12人、議員の参加者は傍聴者を含めて12人です。お盆前ということもあったのでしょうか、なかなか人は集まりませんでした。

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 意見交換で市民側から多くの意見がだされたのは地域事業費制度の見直し問題です。「13区は、みんな計画的に予算執行をしてきた。旧上越市はリストアップもしないできた。なぜそうなったかという原因を明らかにすべきだ。20%カットした時に議会は追及していくべきだった。そんなことも何もしないで、議会は何をしてきたか」「市議会として地域事業費制度の見直しについて県の見解を求めたことがあるか」などの声が寄せられました。地域事業費制度の見直し問題はまだ終わっていないと感じました。

 行政に対する要望も出ました。「地滑りとかで田んぼや用水がぬけている。山地の用水路など実費で田んぼを直すわけにはいかない。山地にも目を向けていただきたい」「配布物をもっと少なくしてほしい」「行政側もこういう会を(細かく)開催していただきたい」などです。

 市議会は今回、清里会場のほかにもこうした会を開催しています。寄せられた意見や提案などを整理し、積極的に対応すべき課題については、検討を重ねていくことにしています。

2011年08月11日

お盆を前に

 いまほど朝の新聞配達から帰ってきました。途中、先日の災害で冠水した田畑がどうなっているか見てきました。吉川区の赤川流域では稲だけでなく、転作大豆も水の被害を受けました。関係者の話では、4日間ほど水がたまっていたそうです。ここにきてその影響がハッキリ出てきました。大豆が枯れ始めたのです。

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 上越市内で今回の豪雨によって被災した農作物の面積は、水稲については、冠水68㌶、浸水1616㌶、土砂流入0.4㌶。大豆については冠水が48㌶、浸水140㌶となっています。大豆の冠水は柿崎区が最も多く、39㌶にもなっています。ちなみに吉川区は3㌶です。

 お盆が近づいてきました。すでに墓掃除を済ませたところがほとんどですが、わが家はきょうの午後に予定しています。墓参りを前にお盆用の花の出荷が最盛期を迎えています。吉川区旭地区のある園芸農家では、おばあちゃんが朝早くから出荷の準備をしていました。

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県農地部長と交渉

 昨日、新潟県庁に出向いて今回の豪雨による災害対策について要請してきました。午前は農林水産部、午後から農地部との交渉がありましたが、上越市議団は午後の農地部長交渉に参加してきました。農地部長交渉に参加したのは、竹島県議、武田党県副委員長、上越市議団全員、諸橋長岡市議、亀山加茂市議です。

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 農地部長に緊急要請した主な事項と部長発言の概要は以下の通りです。

 ①早急に激甚指定されるよう国に働きかけていただきたい。  (部長)気持ちはまったく同じ。激甚指定されると国庫補助率のかさ上げもあるが、市町村が単独事業をやる時に起債がきくようになる。その分、細やかな事業ができるようになるので、私どもとしても実現させたい。
 ②出穂期を迎える水田の灌水などに支障が生じないよう迅速な農地災害復旧を行っていただきたい。査定前にも応急的な仮復旧を柔軟に行い、査定後に遡及して対応していただきたい。
(部長)査定前着工という仕組みもあるので、それも活用しながらやっていきたい。実際やっているし、スピード感を持って対応していきたい。仮復旧工事については仕組み自体が、査定申請の時に遡及も含めて申請できる仕組みになっているので活用していく。
 ③水田、畑、養鯉池に通ずる農道の崩落、陥没、土砂流出による通行不能の現状を解決しなければ新たな耕作放棄地が生まれることになる。農道の早期復旧に全力で取り組んでいただきたい。
(部長)農道早期復旧については我々もとしても一生懸命やっていく。一般の県市町村道が相当やられていて、農道はその先にあるのでなかなかそこまでいっていない。市町村の手がまわらないところは県職員を出して被害確認など協力してやっている。
 ④県単水害農地等復旧事業について、中越地震の際の「手づくり田直し事業」と同様に小規模農地復旧補助率4分の3以内の県支援をおこなっていただきたい。また、「事業費15万円以上では小規模の復旧工事に対応できない」という声をふまえて、規模要件をなくしていただきたい。
(部長)県単事業、県は35%出しますよと言っているが、仕組みからいうと、土木部サイドの事業と違って、もともと市町村がやる事業があるのが前提となっている。なければ、つくってくださいねとなっている。市町村の事業をやるにはたいへんだから、最大限活用すれば、実際には少なくとも70%になる。(15万円以下の規模であっても)仕組み上は、150メートル以内でつなげば、まとめて対応できるようになっている。
 ⑤農地、水路などの農業用施設の災害復旧にあたっては、現地の状況に詳しい関係者の意見を反映させて対策を進めていただきたい。
(部長)基本的には市町村が事業主体でやることになっている事業なので、よもや関係者の意見を聞かないでやることはないと思っているが、県としてもお手伝いしていく。

 私からは、「今回の豪雨では吉川区、大島区を中心に大きな被害が出た。農地、農業施設災害については中山間地に集中しているのでぜひ支援していただきたい。大島区足谷など被災した農民からは、同じ災害が繰り返されているので自分たちの意見も取り入れてとの声や降雪期までに工事を終了させてほしいなどの声が寄せられている。関係者の間では不安が広がっているので、しっかりと対応してほしい」と要請しました。これに対して米田農地部長は、「おっしゃる通りで、頑張っていきます」と答えました。

訃報相次ぐ

 ここ数日、悲しいニュースが続いています。まず最初に伝えられたのは、小さな時からお世話になってきた「大東のおとっちゃ」、Hさんです。メガネの奥の目は細く、いつもやさしい言葉をかけてもらいました。私の最初の随想集、『幸せめっけた』のなかでは、「ナシ泥棒」で登場してもらいました。49日法要の際、吉川区に遺族が来られるということなのでお別れに行ってこようと思います。

 きょうは、朝からお二人の訃報が入ってきました。そのうちの一人はSさん、白髪のおばあちゃんで、市議選の時には後援会ニュースにも登場し、私への投票を訴えてくださいました。Sさんの玄関には、裸電球が1個ぶら下がっていて、そこには小さな鈴も一緒に下がっていました。訪問した時は、その鈴をチリンチリンと鳴らすと、居間から出てこられ、「なんだ、おまさんか、アハハハ」とやっていました。先月、久しぶりに娘さんのところから帰ってこられたので、トマトを持って顔を見に行ってきました。それが最後になりました。

 いまひとりはTさん、長年にわたってわが家とは付き合いがありました。父とは酒屋もんの仲間でした。私の方は、旧吉川町農業委員をたしか2期ほどご一緒させてもらいました。まじめに農業を考えている人で、私のチラシを丁寧に読んでいてくださいました。体調を壊されているというので、どうされているかと心配していたところです。Tさんのお父さんも長生きだったので、まだ、亡くなるなんてことを考えたことがなかったのですが、残念です。

2011年08月12日

同じ災害を繰り返すな

 初めてです。上越市選出県議と市議が党派を越えて一体となって災害現場を視察したのは。視察メンバーは、4人の県議(小山県議は都合がつかず欠席)と柿崎区、吉川区、浦川原区、大島区選出の市議5人(武藤市議は入院中につき欠席)。この視察には、新潟県上越地域振興局幹部、上越市役所の幹部なども同行しました。

 視察したところは柿崎、吉川、大島、浦川原の4区内の河川の増水によって引き起こされた冠水、浸水被害現場、地滑りによって交通止めとなった場所、農地・農業用施設被災現場、道路決壊現場など14箇所。午前9時から午後3時過ぎまでマイクロバスに乗って移動し視察、最後に吉川区総合事務所で意見交換しました。

 吉川区内の視察ではすべての視察地で町内会の人たちが立ち会ってくださり、私とともに災害発生時の状況、今後の対策への要望などをのべました。写真は大野団地の農協の農機具修理工場脇で被害状況を説明する私と小山正昭原之町町内会長です。

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 被災地の町内会の人たちの発言はどこでもリアルで説得力のあるものでした。このうち国田町内会の会長さんは、町内会のみなさんが橋のそばの水道管を必死で外そうとしたことや床上浸水した家の家財道具の移動などを切ない思いで行ったことなどを報告し、災害対策の強化を求めました。

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 今回の視察では地元市議が先導役を務めました。マイクロバスの最前列の席で車内の県議や県地域振興局幹部などに視察地の事前説明などを行うとともに、視察地でも最初に被害状況などを説明しました。写真は浦川原区上猪子田の県道で、説明する浦川原区選出の山崎市議です。

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 今回の視察で参加者が驚きの声をあげたところが数か所ありました。吉川区の県道崩落箇所、大島区の農業用水路がズタズタに壊されたところ、道路決壊箇所です。次の写真は大島区足谷で地元町内会の内山町内会長(私の従兄)から説明を受ける人たちです。内山町内会長は、「ここでの災害はこれで3回目だ。災害復旧は原形復旧が基本というが二度と同じことが繰り返されないよう支援してほしい」「冬を前に早期に災害復旧工事をやっていただきたい」と訴えました。

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 山からの大量の水が市道を壊し、田んぼを土石で埋め、農業用水路を滅茶苦茶にした現場は、初めて見た人にショックを与えたようです。ある市議は、「これはひどい、これこそ災害だ」と言っていました。

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 最後の写真は、主要地方道上越安塚柏崎線の道路決壊現場です。被害状況の説明をした上越地域振興局地域整備部上越東維持管理事務所の幹部は、道路下にある水路管の大きさについて、そばにある川の流量を考慮し、これまでの100㌢から180㌢にする方向で検討していることを明らかにしました。また、角間から藤尾につながる農道を正式に迂回路とすることも明らかにしました。大島区板山、藤尾などに明日中に案内看板が出ることと思います。

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 視察後の意見交換会では、最後まで参加した市議、県議全員が発言しました。私からは、「河川改修が下流から順次行われているから上流の人たちはしばらく我慢をというのではまた被災することになる。治水予算をもっと増やすべきだ。角間入口の県道決壊個所で典型的に表れているが、道路下に埋めてある水路管の口径は小さすぎる。改良しないと再びやられることになるので意識的な取組をしてほしい」と訴えました。矢野県議は、大島区板山の住宅被害を例にあげ、「ほったらかしておけば二次災害が起きてしまう。金がないからやらないではなく、もっとスピード感を持ってやってほしい」と要請。今回の視察で世話人代表を務めた小林県議は、「同じ災害が繰り返されている。原形復旧をやって同じ災害にあっているようでは税金の無駄遣いだ。抜本的な対応策を」とのべました。

 上越市選出の全県議と関係市議は、きょうの視察と意見交換会での意見を踏まえて、連名で新潟県知事に要請書を提出することになりました。

2011年08月13日

墓参り

 お盆の13日。暑い日が続いています。田んぼの稲の色もだいぶ黄色になってきました。私の好きな稲の匂いが漂い始めるのもまもなくです。

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 きょうは、朝からお昼まで「しんぶん赤旗」の配達・集金をし、昼食後はわが家と妻の実家の墓参りをしました。昼食は金沢から戻ってきた次男夫婦と一緒です。87歳の母が若夫婦のために赤飯を炊き、手づくりの漬物をご馳走しました。

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 母はときたま、昔のことを思い出して私たちに話してくれます。きょうは次男の連れ合いがどこの病院で生まれたかという話から私を出産したときのことを話してくれました。私をとりあげてくれたのは大島区竹平のお医者さんのところで働いていた女性で、現在は柏崎市で住んでおられるそうです。その人にとって私は産婆として赤ちゃんをとり上げた第1号だったのです。何となくうれしくなりました。

 柏崎での墓参りは、義父が死んでから初めてのお盆の墓参りです。夕方の5時頃の時間帯、風がピタリと止み、ロウソクも長い時間灯り続けました。妻の実家の墓のそばにある百日紅が美しく咲いていました。親族間の語らいがあり、きょうしか見られない場面も。墓参りをめぐって何か書きたくなりました。

2011年08月14日

天辺の咲いてつまらぬ立葵

 今朝の新潟日報読者文芸に妻の俳句が載りました。久しぶりです。

 天辺の咲いてつまらぬ立葵

 梅雨時に曇り空を指すような感じで咲いていた立葵も姿がまったく見られなくなりました。妻の句を読んで、そういえば、立葵の花が終わっていたなと気づきました。確かに下の方の花が咲き終わって、上の方にちょぼちょぼと咲いているのは、つまらぬというか、さみしい。

 立葵にかわって、いま、私たちの目を楽しませてくれるのは同じアオイ科のフヨウ(芙蓉)です。この花もいいですね。
 

盆礼、Tさんの葬儀、そして同級生と尾神岳へ

 午前は原稿書きを少しやって、その後、盆礼で親戚をまわりました。明日、大潟、直江津方面をまわれば終わりです。

 お昼過ぎからはTさんの葬儀でした。猛暑なのでご自宅での葬儀はさぞかし暑かろうと思っていましたが、家の中ではずっと風が通り抜けていて、あまり暑さを感じませんでした。参列者は市役所関係者、地域の人たちなどで大勢でした。

 喪主を務めた息子さんは最後のお礼の挨拶の中で、「10月にはひ孫が生まれる予定で、父に見てもらいたかったのですが、かないませんでした。天国からしっかり見守っていてくれるものと思います」とのべました。Tさんは自宅で療養していて、10日ほど前に体調を崩し、最後は眠るようにして亡くなったとのことです。心のこもった挨拶でした。

 葬儀が終わってからは中学時代の同級生と一緒に遊びました。尾神岳の麓でビールを飲み、イワナ、ニジマスを食べ、おしゃべりを楽しみました。また、尾神岳にも登り、野の花を見てきました。雪解けが遅かったので、まだ、咲き始めたばかりでしたが、ツリガネニンジンの花を今年初めて見ました。いつ見てもきれいです。

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 市政レポート1514号、「春よ来い」第165回「盆参」をホームページに掲載しました。ご笑覧ください。

2011年08月15日

情報伝達の遅れ、総合事務所の体制などで質問相次ぐ

 今回の新潟・福島豪雨についての対応をめぐって総務常任委員協議会が開かれました。直前に災害が発生したのであれば理解できますが、お盆の最中に委員会を開催するのは異例というより異常です。災害発生は先月30日。本来なら災害が発生してから速やかに現地調査をし、他のスケジュールを変更してでも議会としての対応を協議すべきでした。

 市役所の今回の水害対応については、マスコミなどから情報伝達が遅すぎるなどと厳しい批判の声がありました。委員協議会の冒頭、馬場和明危機管理監は、「この度の災害対応については、市民のみなさんにたいする避難情報の周知、伝達が遅れたことをはじめ、避難所の開設が不徹底であったことなど、市民の安全を確保するうえで、あってはならない不手際があった。対応に遅れが生じたこと、また、それ以上に水害に対する危険性の認識が十分とはいえなかったことを心から反省している。課題と原因をしっかりと整理しながら、今後このようなことがないよういっそう危機管理の意識を高め、対応を徹底していく。心からお詫びを申し上げる」と陳謝しました。

 新潟・福島豪雨のよって上越市においては、床上・床下浸水、道路の決壊、地滑り、田畑への土砂の流入など甚大な被害が発生しました。馬場危機管理監の報告によると、被害額は概算で、約9億9800万円(12日現在)に上るといいます。このうち、農地、農業用施設の被害が最も多く1254件、約6億3039万円になります。次に多いのは市道です。こちらは115件で、約2億5280万円。このほかに林道など林業施設の被害が約40件、2960万円ありますが、これは今後の調査によっては大きく膨らむ可能性があります。

 行政側の報告の後、質問が行われました。私がとりあげたのは、避難勧告にもとづく避難率の低さ、床上浸水被害者への支援の強化、治水予算の増大を求める働きかけの必要性などについてです。他の委員からは、災害時の情報伝達のあり方、地元在住の総合事務所職員が少なくなりすぎて、災害対応がまともにできないなどの問題がとりあげられました。総合事務所の災害対応については、6月議会一般質問で指摘しましたが、私と同じ主張を2人の議員がしてくれました。参考までに、7月3日発行の市政レポートに載せた各総合事務所職員の実態について掲載しておきます。

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 今回の豪雨で避難勧告が出た対象は、37町内会の1万8609人(委員協議会ではうっかり避難準備情報の対象者数を言ってしまいました)。このうち実際に避難した人の数は295人でした。私からは、「実際の避難者数は極めて少ない。増水して、堤防を越えるかもしれないという時にどうしてこういうことになるのか。過去の水害と比較しても低いのでは」と質問しました。馬場危機管理監は、「今回の避難勧告、出来るだけ早めにお知らせをというスタンスは変わらないが、避難の実態を含めて整理、検証していきたい」と答えました。

 三条市では床上浸水した家については、調査の上ですが、基本的には半壊扱いにして独自の支援をしているとのことです。上越市の場合は1万円の見舞金と新潟県の被災者生活再建支援制度の適用による30万円(最高で)を支給するだけです。少なくとも三条市並みの支援をとの私の訴えに、稲荷副市長は、「今後、今の水準が妥当なのか検討したい」とのべました。期待したいと思います。

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 河川の災害現場を歩くと、治水関係の予算の少なさからくる改修のスピードの遅さを強く感じます。「県の治水予算は大幅に減っている。このままでは、また被災する。関係機関に増額を働き掛けるべきだ」との主張に、稲荷副市長は「(治水関係)予算の確保が必要というのは県内市町村が共通して問題意識を持っている。いろんな立場、機会をとらえて予算確保に取り組んでまいりたい」と答えました。

 

2011年08月16日

お盆最後の日

 きょうはお盆最後の日です。午後から、妻や子どもたちと墓参りに出かけました。13日と違って、風が無く、ロウソクも消えずに燃え続けていました。わが家の墓のすぐ脇にある親戚の墓でお参りした時、裏側にきれいな花が咲き始めていることに気づきました。花はツリガネニンジンです。この花は一昨年、農作業事故で亡くなったHさんが植えたものだと思います。春には雪割草、夏はツリガネニンジン、秋にはリンドウが咲きます。野の花好きのHさんらしいと感心しました。

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 夕方、旧三和村議の橋本さんから、豪雨による三和区地内の農地災害を見てほしいと要請があり、出かけてきました。場所は私が20代の時に仕事をしていた牧場のすぐ下の田んぼです。現地には耕作者の方もおられ、豪雨時の状況などをお聴きしました。写真の田んぼは耕作者の方が自力で圃場整備し、守り続けてきたものだといいます。総合事務所の担当は吉川区出身です。耕作者の方がよくがんばっていてくれるという話を聞いて、うれしくなりました。

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 明日は新潟です。午前11時半からは、県庁で豪雨災害に関して上越市選出の県議のみなさんなどともに県副知事に会い、被災地の人たちの要望を伝えてきます。その後は、日本共産党の全県議員会議に参加します。明日も大事な一日となりそうです。

2011年08月17日

県議と市議が一緒に県知事要望書提出

 先日の上越市における豪雨災害被災地視察に基づいて、きょうの午前、上越市選出の全県議と大島区、浦川原区などの被災地選出市議がそろって県庁に出向き、県知事への要望書(下線のついたところをクリックすると全文が読めます)を提出しました。要望書は森邦雄副知事に手渡し、被災地の復旧、復興への支援を訴えました。

 要望書には、激甚災害の早期指定へのいっそうの努力、主要地方道上越安塚柏崎線、県道川谷十町歩線などの早期復旧、田麦川と保倉川の合流地点の改修、吉川、大出口川の河積の拡大と草木除去、農地、農業用施設の査定前復旧も含めた早急な対応など7項目が盛り込まれています。参加者は、「川谷地域は孤立化の危険性をもっている。早期復旧を」(小山県議、橋爪)「雪が降る前に農地などの災害復旧を行っていただきたい」(橋爪)「大島区総合事務所は大島区の災害対策の拠点施設なので、田麦川と保倉川の合流点の改修を急いでほしい」(橋爪、岩野市議)などと要請しました。森副知事は、一つひとつじっくりと要望を聞き、田麦川と保倉川の合流点の改修については、すでに土木部に話をしたことを明らかにしました。そして最後は、「わかりました。関係部局、知事に伝えます」と答えました。

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 上越市選出県議全員と関係市議が災害対策で一緒になって県へ要望するのは、私の知る限り、今回が初めてです。市民の暮らしを守り、安全を確保するために超党派で行動することは当然のことです。今後も、こうした活動をいろんな分野に広げていけたらいいなと思いました。

 きょうは、新潟市で、日本共産党議員の研修会もありました。福島富元県議が、「人民的議会主義に立った議会活動と論戦力」と題して講演されました。「決算審査は議会論戦のベースをつくる」「新潟県内の議員定数削減は全国一の規模。昨年末現在での議員数は691人で、10年前の67%だ」などの指摘は新鮮で、参考になりました。福島元県議は満80歳とのことですが、じつに若々しいしゃべりなので、びっくりしました。

 明日は東京です。地域科学研究会で災害対策の経験について話してきます。天気予報は、明日の午前は雨、それも強い雨らしい。ひどい降りにならなければいいのですが。

2011年08月18日

「災害と議員活動」講演会

 災害時の議員活動、議会の活動はどうあるべきか。きょうは明治薬科大学剛堂会館で講演会がありました。主催は地域科学研究会です。日本自治創造学会理事長の穂坂邦夫さんや浦安市議の末益隆志市議らとともに講演してきました。

 私は今年、上越市で発生した豪雪災害、地震災害、水害のなかでどういう活動を進めてきたか、災害時の議員の果たすべき役割などについて話をさせてもらいました。大合併の中で災害対応はどうなったか、党派を越えた活動、二元代表制のもとで議会も災害対策本部をつくって災害対策を進めていくことが求められているのではないかなどについての発言は注目してもらえたのではないかと思います。

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 穂坂さんなどの講演から学んだことは、「行政は制度内で考える癖がある。それを変えていくのは議会の仕事だ」「議会による住民主導の復旧・復興計画の取りまとめが求められている」ことです。市議会としての活動が住民に見えない、議会は何をしているのかという声が多くある中で、きょうの講演会は、今後の活動の方向性を示すことができたのではないでしょうか。

 会場の参加者との意見交換会では、「行政は上級官庁に弱い。議会がまとまって、国や県に対してピシッとものを言うことが必要だ」「災害時、マスコミは読者受けする記事を書きたがる」「議員の姿は見えても、議会としての動きが見えない」「災害情報をどう発信していくべきか」「押しつけではない住民主導の計画づくりが求められている」などの発言が続き、活発なものとなりました。

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2011年08月19日

野菜をもらう立場に

 昨日は午後10時過ぎにわが家に到着しました。木曜日は市政レポート作成日なので、パソコンに向かったものの、日記を書くのが精いっぱいでした。それで、今朝は早起きして市政レポートを作成、印刷を終えたのは午前10時頃になりました。それから夕方まで、市政レポートのポスト下ろしと「しんぶん赤旗」日曜版の配達でした。

 7月30日の豪雨災害から3週間です。きょうは2人の方から野菜をいただきました。わが家の畑は先日の豪雨で1㍍ほど冠水し、台無しです。大雨が降るまではキュウリもナスもとれすぎて、よその人にくれていたのに、今度はもらう立場になりました。きょう、もらったのは、キュウリ、オクラ、トマトなどです。ありがとうございました。来週もよろしくお願いします。

 豪雨災害の時、自分の生まれ育ったふるさとがどうなっているか心配された人がたくさんいました。きょう、川谷で久しぶりに会ったMさんは上越市の春日地区在住ですが、全国各地の知人から電話をもらったといいます。その際、私のHP、ブログを見て災害状況を確認している人が何人もいたと教えてもらいました。役に立てたことを確認できてうれしかったです。

 ところで、楽しみにしていた一口メロンも水害で完全にやられてしまいました。どうしても食べたくて、きょうは、市政レポートのポスト下ろしの途中、あるるん畑(農協の農産物直売所)に寄って、まくわ瓜とともに一袋買ってきました。まくわ瓜の実は白く、さっぱりしていて、甘味もあります。一口メロンは小さいながらも糖度が抜群です。高級メロンよりもはるかに安くて、味は最高級。2、3日は楽しめそうです。

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 名木山からまるたき温泉付近に下りた時、ススキの穂が出ているのを見つけました。今年初めてです。お盆が過ぎ、ようやく涼しくなってきました。

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2011年08月21日

顕法寺城址で17回目の烽火上げ

 朝は雨がパラパラと落ちてきてどうなるかと思いました。烽火上げのことです。吉川区内にある山城、顕法寺城址で昨日、烽火上げが行われました。謙信公祭のイベントのひとつですが、顕法寺城址での烽火上げは伝統があって、今回が17回目でした。

 標高182メートルの本丸跡に登った時には雨もすっかりやみました。晴天ではないものの、日本海も米山もよく見えます。妙高、火打の方も見えます。そして春日山城は……、こちらもよく見えました。絶好の烽火上げ日和です。

 イベントの開始は午前8時45分から。鼓舞衆のみなさんの威勢のいい太鼓の音がよく響きます。「霜は軍営に満ちて秋気清し」詩吟も披露されました。9時ちょっと前、「おい、もう上がっているど」誰かが春日山城の方を見て言い、顕法寺城址も慌ただしくなりました。竹直の小田喜一さんが法螺を吹き、烽火を上げる会の野呂和男会長が口上をのべ、この日が誕生日だというIさんなどが点火しました。

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 煙は最初、斜めに上がり、その後はまっすぐに上がりました。柿崎区の小野城址での烽火が見えます。春日山の方では3箇所から烽火が上がっています。私もこれまで数回、烽火上げに参加していますが、遠くの烽火がこれほどハッキリと見えたのは初めてです。感動しましたね。

 烽火上げの会場では元吉川小学校校長の加藤大助さんが、吉川町史や頸城村史などにもとづいて顕法寺城について解説してくださいました。1578年に上杉謙信公が亡くなって、その後、景勝と景虎の間で跡目争いが起き、1年ほど争いが続きました。「1579年の春には町田城が落城。その際、顕法寺城も廃城となったようだ」「しかし、顕法寺という寺はその後も続いていて、その後の歴史を記した数々の文書が残っている」ことなどを加藤さんは語りました。興味深かったのは、頸城区の大蒲生田にも顕法寺という名の寺があったという話です。今度、頸城村史を読んでみようと思います。

 この日の烽火上げには地元顕法寺、道之下町内会や観光協会の人たち、顕法寺城を学んできた小学生たち、山城愛好家など、50人以上の人たちが参加しました。今回の烽火上げについては、市の地域活動支援事業も活用し、林道から上がる道などが整備され、烽火上げ会場からの見晴らしもぐんとよくなりました。参加されたみなさんは、上越市の北から南まで眺めることができて満足されたのではないでしょうか。記念写真も撮りました。

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吉川区第1回福祉祭り

 昨日は社会福祉協議会吉川支所主催の福祉祭りも行われました。こちらは第1回です。よしかわほほ笑の里、うぐいすの里、あじさいの里などの福祉施設を利用している人たち、家族などが参加して歌や踊りなどを楽しみました。

 オープニングでは烽火上げで盛り上げてきたばかりの太鼓集団、鼓舞衆のみなさんがここでも演奏し、大活躍でした。

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 開会式が終わってから、参加者の皆さんとしばらく交流しました。福祉施設利用者のみなさんと顔を合わせるのは久しぶりでした。このうちSさんとは、Sさんの子どもさんに最近会ったことを伝えると喜んでくださいました。昨年、息子さんを亡くされたばかりのKさんにも会いました。「おっかちゃ、おれだでね、わかるかね」と言うと首をしっかり縦に振りましたが、なんとなくさみしそうでした。千葉県に住んでおられたお兄さんが先日亡くなられたことを伝え、お悔やみを言おうと思いましたが、「ひょっとしたら、わざと伝えてないかも」とも思い、やめました。

 会場では輪投げやスカットボールも行われていました。私も参加しました。輪投げは意外と難しかったですね。5個投げてひっかかったのはわずかに1個でした。スカットボールは、恐る恐るコチンとやったのがよかったようです。こちらは、5個のうち4個も穴に入りました。周りの人たちからは「オーッ」という声が上がりました。

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リスもイタチも

 気温が下がってきたので気持ちがいいのでしょうか、昨日、きょうと道で動物たちと出合いました。昨日は細い体つきの動物が道路を猛スピードで横断、道路脇のクルミの木にするすると登りました。カメラを向けると、今度は頭を下にしてするすると下りてきて、草の中へ。自信はないのですが、ニホンイタチかと思います。写真のほぼ中央部、木の幹と並行で下向きになっているのがそれです。

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 今朝はリス。こちらは道路を横断ではなく、私の前をぴょんぴょんと走っていきました。時々、停まって、こちらを見たので、最初は小さなウサギかと思いました。でも、こちらは間違いなくリスでした。写真は撮れずじまいでした。

2011年08月22日

被災したユリ栽培農家に支援の手を

 今回の豪雨ではハウス農家も大きな被害をこうむりました。一昨日、被災した2軒の花栽培農家を訪ね、その後、どうどうされているかお聴きしてきました。そのうちの1軒、吉川区のOさんのハウスを見てきました。

 Oさんのハウスは2棟のハウスがやられました。いずれも吉川沿いにあります。上流側にある1棟の中に入ってびっくりしました。ハウスのパイプはグニャリと曲がっていて、作り土をごっそり流されただけでなく、暗渠までまくられていたのです。これはいままでの水害ではなかったことです。いかに流れが激しかったかがわかります。

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 説明してくれたOさんは、「こんなひどい被害は初めて。前回の災害時には9割補助をもらい、なんとか復旧させることができた。今回は暗渠までやられていてどうなるか不安だ」と訴えます。ハウスには2000本のユリが出荷直前でした。今年の収穫はゼロです。帰り際、ハウスの反対側の入り口に、1本だけ黄色い花をつけているのがあることに気づきました。

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 「なんで、この1本だけ花を咲かせたのかね。いじらしくて、いじらしくて……」というOさん。花を愛するOさんの不安、願いに応える支援の手をすぐに打ってほしいものです。

自選ミニ随想集『春よ来い』出来上がる

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 私が書き続けている随想シリーズ「春よ来い」をより多くの人から読んでもらおうという声が仲間たちから上がったのはひと月ほど前のことでした。すでに160回を超え、170回にもなろうとしているシリーズの中から5話を選び終わったのがお盆前です。それから2回の校正を経て、きょう、出版にこぎつけました。

 自選ミニ随想集『春よ来い』はわずか16ページの小冊子です。掲載したのは、「父の『小旅行』」、「手をつなぐ」、「どんぐりの『あてっこ』」、「ばあちゃん料理」、「スマイルカフェ」の5話。10分ほどの時間で読むことができます。発行は文化印刷㈱、頒布価格は100円です。ぜひ、あなたもご一読ください。お申込みは電話かメールにてお願いします。電話は090-5392-1961、メールアドレスはhasiznyg@ruby.ocn.ne.jpです。市内のいくつかの書店でも販売していただく予定です。

 市政レポート1515号、「春よ来い」第166回、「百日紅(2)」をホームページに掲載しました。

2011年08月24日

田舎暮らし座談会

 都会から上越市内山間部に移住した人たちの生の声を聴いてみたい。できれば、そこから中山間地域振興のためのヒントを得たい。そんなことから、市議会中山間地対策特別委員会が移住者の人たちが頑張っている地域に出かけて田舎暮らし座談会を昨日、吉川区坪野と板倉区猿供養寺の2箇所で開催しました。

 このうち吉川区坪野では、冒頭、宮崎政国委員長が「中山間地域があるから平場、街場がある。私たちは3年かけて中山間地域振興基本条例をつくった。まずは柱をつくり、これから枝葉をつくって中山間地域を振興させていきたい。みなさんから、こんなことに困っている、こんなことができないだろうかなど、忌憚のない意見を聴かせていただきたい」と挨拶しました。

 続いて、徃住昭平町内会長が、「挨拶といっても大したことをしゃべれないので町内会の実情をお話しさせていただく」と挨拶。その中身がリアルで、よく整理されているのでびっくりでした。長くなりますが、その概要を紹介しましょう。

 同町内会長は、「昔は36戸あったが、いま、町内会戸数は22戸。そのうち5戸の方がたが移住されてこられた。人口は49人。ほとんどが65歳以上で、いわゆる限界集落だ。一人暮らしが5、お二人だけの世帯は13、3人以上は4世帯で、18世帯が年金生活世帯となっている。農家世帯は5で、町内会の外から耕作に入っておられる人が3人いる。耕作面積は10町歩。町内会のみなさんからは毎月1回集まっていただき、常会を開いている。農道普請などは年4回。市が取り組むクリーン作戦のほか、道路に花を植えることもやっていて、昨年はチューリップを植えた。主な行事としては、年始会、祭礼を春と秋に2回、冬はサイの神にも取り組んでいる。水源地域としては体育祭や雪上運動会もやっている。いま、何が心配かといえば、(柿崎)病院までのバス代が片道700円もかかることだ。車を持っていない世帯は7世帯ある。高齢化が進み、普請など町内会の義務を果たせない世帯も出てきている。それと、各種負担金が重い。学校後援会費などの負担金総額は1年間で1世帯当たり8866円にもなる」と紹介されました。

 座談会の前には自己紹介もありました。市議会の特別委員に続いて、町内会からの参加者の一人ひとりの自己紹介は個性あふれるものでした。「雪だけが苦になる。あとは苦にならない」「すごい緑に誘われて来た。泣き泣きの妻を連れてきた。(すぐ隣のお連れ合いが、すかさず、いまも泣いています、と発言)。山の中なので、灯りが恋しくてたまらない」「雪が降ったら引きこもっている」「当初、やぶだらけで、こんなとこに誰が住むかと思った。道も水道もなく苦労した。でも、いろんな出会いがあり、楽しんでいる」「田舎育ちだけど慣れるまで苦労した」みなさん、これまでの苦労やいまの思いをにじませた紹介をされましたね。

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 座談会の中では町内会の参加者から次々と発言が出ました。「県道、市道はまったく問題ないが、そこから木戸先までの除雪が大変だ」「雪が一番多くなったところで除雪機が壊れたがすぐには直してもらえなかった。部品が無いというので、メーカーの本社まで電話をかけた」「いまのデマンドバスは運転側のデマンドであって、利用者側のデマンドとなっていない」「いざという時に、消防署と警察の見解が違うのでまいった」「この間の大雨で宅地が滑った。でも災害で拾ってもらえない」「かなしいのは子どもの姿が見えないことだ」「ものをつくる楽しさをアピールすべきだ。売っている人参と自分で作っている人参とでは甘さが違う」などの発言は、特別委員会の今後の議論に役立つものばかりでした。

 板倉区猿供養寺での座談会は午後からでした。宮崎委員長の挨拶の後、猿供養寺の石曽根浩町内会長が、「もう5年、10年経てばどうなるか気にしながら生活している。今回の懇談会を契機によりよい町内会にできればと」と挨拶されました。また、寺野地区連絡協議会の丸山公星会長も挨拶、「ここは黒倉山があり自然が豊富で、歴史もある。たいへんな豪雪地帯で、最盛期には寺野地区で360戸あったが、いまは160余りになってしまった。山菜まつり、盆祭りなどいろんな取り組みをしているが、若い人からお年寄りまで安心して住めるところにしていきたい」とのべました。

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 寺野地区には「寺野の自然と暮らそうサポートセンター」という組織が昨年の5月にできました。同センターの三浦栄一代表から活動を細かく紹介していただきました。

 三浦代表は、「この地域の人口をいかに減らさないようにするかが課題だ。ここ数年、都会からの人が増えてきている。最初から定住をと言っても無理がある。入った人の状況をお聴きすると、都会と生活環境が違う。地域としても集落としてもいいとこ取りでは困る。同じ地域の中でもサポートしないとトラブルが発生して暮らしていけない。来られた方に快く住んでもらい、1戸でも増やしていきたい」「大震災後、都会からの脱出が増えてきている。それに応じた受け入れ体制をとっていく必要がある。議会にはいろいろな制度をクリアーできる体制を整備していただきたい。例えば、農地取得は50アール以上にならないとダメということでは自給自足の生活をやりたくてもやれない」「春先になって4戸の方が急に農業やめたいといってやめられた。やめると田畑は草ぼうぼうになる。外から来られた方にも協力してもらいたい。原発も心配だが、食料も心配だ」と報告されました。サポートセンターは、「農家の自給自足に係る作業への協力」、「日常生活で困っている人への協力」、「住まいの補修作業への協力、住まいの片付け、清掃、除雪など維持保全に係る作業への協力」が主たる活動だということでした。板倉区でこうした取り組みがあることを初めて知りました。

 座談会の中では、都会から移住して3年目の方が、ブログを開設して田舎暮らしの良さをアピールしていることが紹介されました。北折佳司さんという方です。北折さんは、「都会では選択肢がありすぎて身につかない。コメをつくる時の『手を動かして得る喜び』がいい。都会の人たちにアピールできればと思っている」とのべました。

 議会側との話し合いテーマとなったのは農地の取得制限についてでした。自給自足を希望して移住してきた人たちが少ない面積でも耕作できる仕組みづくりを考えていく点で一致しましたので、これは委員会の大きなテーマの一つになっていくでしょう。このほか、参加者からは、「お年寄りが病院へ行くにも厳しくなっているので、手当(支援)していただきたい」「引き受け手がいるかどうかが問題だが、冬期保安要員をここにも欲しい」「旧寺野小学校の空きスペースの活用を考えられないものか」「過疎地に住むメリットを条例を運用する中で考えていただきたい」などの声が寄せられました。

 今回の座談会は市議会が中山間地域振興基本条例を制定して初めての取り組みです。同条例を活かすも殺すも具体的な施策がきちっと打ち出されるかどうかにかかっています。その点から見た時、昨日の座談会はとても有意義でした。

 最後にお知らせです。先日の顕法寺城での烽火上げの時の太鼓集団、鼓舞衆のみなさんの太鼓を動画でアップしましたのでごらんください。

上越民商、年金者組合が市に要請書提出

 朝から生活相談、民主団体の申し入れと続きました。申し入れは民主商工会と年金者組合の2つです。

 このうち、民主商工会の申し入れは、住宅リフォーム促進事業に関してです。市内経済の活性化に一層弾みをつけられるよう、同事業の追加予算の措置をし、早期に実施してほしいということが1点、いまひとつは、同一敷地内にある車庫や塀、門、柵及び庭園の造成等も対象工事に含めてほしいということです。同会の藤縄事務局長が申し入れ、私と上野議員が同席しました。
 応対した小林都市整備部長は、「足らないということで実施していったら際限がなくなる。やるとすれば、経済対策としてやることになる」とのべていました。6月議会で村山市長は、追加実施に含みのある答弁をしていましたが、一両日中に結論が出そうです。

 年金者組合の申し入れは、高齢者問題についての要請でした。長谷川正委員長をはじめ、5人の組合員が参加し、私と上野議員が同席しました。シニアパスポート事業については、①介護保険特別会計ではなく、一般財源で事業存続をはかること、②シニアパスポート事業の対象年齢を「65歳以上」とすることなどについて要請。また、上越地域医療センター病院南側一帯の保険・医療・福祉ゾーンにおける民設民営による温浴施設の問題について、現在の状況を明らかにするよう求めました。さらに、高田地区の中心地で交通の便のよいところに、高齢者の溜まり場的な場所を用意することも要請しました。
 応対した野澤健康福祉部長は、参加者からの発言を丁寧に聴き、検討し、回答させていただきますとのべていました。

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2011年08月25日

病院のつき添い、そして市政レポート作成

 母は3か月に1回、病院で診てもらっています。担当科は脳外科と眼科。きょうは診療日でした。きょうはどういうわけか月曜日並みの混みようで、たっぷり3時間かかりました。いまのところ、頭の中の動脈瘤も落ち着いているようなので安心しています。ただ、念のため次回はMRI検査をするといいます。

 家に戻ってからは市政レポートの作成、印刷、ポスト下ろしと続きました。先日、党内の会議をやったところ、年配の党員から「橋爪さんのビラは文字が多すぎる。もっと写真やカットを入れて短くするように」「わたしらの地元の記事も書いてもらわないと読む人は少ない」と注文をつけられました。まったくその通りなのですが、いざ、パソコンに向かってみるとこれがまた難しい。地元記事に関しては、私の体はひとつなので、「橋爪レポート記者」になってもらわないと……。

 また、雨が降り始めました。大雨警報も出ています。稲の五百万石も倒伏しはじめていますので、これ以上降るとさらに倒れてしまいます。それに先月の大雨で被害が出たところが心配です。被害が広がらないことを祈るばかりです。

2011年08月26日

住宅リフォーム助成、追加募集へ

 朗報です。上越市はきょう、追加経済対策を発表し、そのなかで住宅リフォーム促進事業については、9月議会で3300万円補正し、追加募集を行うことを明らかにしました。

 上越市はこれまで2回にわたって同事業を実施してきました。担当課によると、「事業の実施で一定の経済効果があったが、小規模事業者への波及は十分ではない」とし、「もう一段の効果を生みだすよう追加募集」を行うとしています。

 追加募集の申請応募額は、今回の補正額3300万円に、震災特別枠分の残額を加え、5000万円。補助額は10万円を限度とし、補助率は対象工事費の20%。受付期間は10月17日から10月31日まで。ただし、予算額を超えた場合は、抽選で交付者を決定することにしています。

 住宅リフォーム促進事業の追加募集につては、日本共産党議員団が民主商工会などとともに求めていました。関係業者のみなさんは喜んでくださることでしょう。

2011年08月27日

小苗代の池に今年もオニバス

 朝から「しんぶん赤旗」日曜版の配達・集金です。吉川区内の小苗代へ行ったら、若いお母さんと二人の子どもさんが用水路で遊んでいました。ザリガニを探してるんだそうです。小苗代の池の近くでした。

 きょうは青空が広がっていたので、池の写真を撮ろうとしていたところ、平山正樹先生がそばにこられ、「オニバスが出ていますよ」と教えてくださいました。これまでみたオニバスは市道の近くだったのに、今年は池の奥の方です。なかなかうまい写真がとれませんでした。写真中央部の丸い葉がオニバスです。

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 稲も急速に黄色くなってきました。これだけ黄色くなると、来週には刈り取りが始まるでしょう。写真は吉川区下町地内で撮ったものです。

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2011年08月28日

川谷地区大運動会、法政ゆい祭、いとこ会

 昨日は恒例となった川谷地区大運動会でした。今年は大雪で苦しみ、7月30日の豪雨の際には一時孤立状態となった同地区ですが、同地区のみなさんを励まし、ともに楽しもうと法政大学コメコメクラブのみなさんや総合事務所の幹部などが駆けつけました。私も今回で連続7回目の参加です。

 開会は午後3時から。今回は雨の影響でグランド状態が悪く、久しぶりに体育館の中での競技となりました。すっかりおなじみとなったボード渡し競争、ビン釣りレース、玉入れ、輪投げ競争、一気飲み競争、パン食い競争などでは、思いがけない展開等があって、たびたび歓声が上がったり、大笑いがおきたりしました。

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 私はボード渡し、ビン釣り、一気飲み、玉入れに出場。玉入れは複数の玉を入れ、チームに貢献しました。しかし、個人種目のビン釣り、一気飲みはまったくダメでした。特に、ビン釣りは釘をビンの中まで入れるのは早かったものの、なかなか釣り上げることができずビリになってしまいました。

 運動会が終わってからは懇親会が行われ、その後、法政大学コメコメクラブのみなさんによるゆい祭が実施されました。今回の注目は、太鼓演奏でした。吉川区の太鼓グループ、鼓舞衆のみなさんと大潟区、柿崎区の太鼓グループが連携し、それに法政大学の学生のみなさんも加わって演奏したので、会場はこれまで以上に大きく盛り上がりました。

 ゆい祭の最後はじゃんけんゲーム。今回のリーダーは小林さんではなく、女装が似合う学生さんでした。私はじゃんけんの最後のゲームで勝ち抜いて、この日、一番高価だという東京スカイツリーの手ぬぐいを手に入れました。

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 昨日は旧川谷校体育館を午後7時頃に出て、その後、大島区板山へ行きました。10日前に東京駅で一緒に飲んだ千葉の従弟と一緒に呼び掛けて、「いとこ会」を民宿「伊作」でやることになっていたからです。急な呼びかけにもかかわらず、6人が集まり、楽しいひと時を過ごすことができました。文章が長くなるので、記念写真を一枚掲載します。

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焼肉とビールのつどい、今年も賑やか

 日本共産党の上野公悦地域後援会主催の「焼肉とビールのつどい」に参加してきました。残暑の厳しいなかでしたが、100人を超える大勢の人たちが参加してくださり、とても賑やかなつどいとなりました。

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 つどいは、上野市議の自宅前広場で開催。樋渡県委員長が冒頭、県委員会を代表して挨拶しました。日本共産党の県委員長がこういうつどいに参加して後援会員と交流するというのは、上越地域ではめったにありません。後援会活動では全国のトップレベルをいく実績を持つ組織だけに、委員長も参加して学びたかったのでしょう。樋口市議が挨拶した後、上野市議がこれまで3年間の市議活動と市民の暮らしについて報告するとともに、来春に行われる市議選に向けて決意を表明しました。初めての参加者も多く見られ、上野市議の挨拶には力強さがありましたね。

 私は乾杯の音頭をとってから参加者のみなさんと懇談しました。私に寄せられた声のなかには、「合併後、頸城区は元気がなくなっている。総合事務所の職員は知らない人が多くなって話にくい。上野さんに頑張ってもらいたい」「地域活動支援事業は市がやるべき分野にも広がりつつある。本来の趣旨を考えた対応をしてほしい」「東日本大震災の被災地でボランティア活動をしてきた。上越の子どもたちにも経験してもらいたい」「高田方面へ子どもを通学させているが電車が強風などで何度も動かなくなってみんな困っている」などです。参考になりました。

 市政レポート1516号、「春よ来い」第167回、「もぎ時」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年08月29日

稲の匂いがする

 朝、車を走らせていたら窓からいい匂いが入ってきました。稲の香りです。熟してきた稲ならではの匂い、この匂いがするようになると稲刈りが始まります。きょうは、吉川区下町、浦川原区六日町で稲刈りをしたようです。刈ったばかりのあとを確認できました。品種はいずれも五百万石かと思います。なお、吉川区では町田が一昨日から始まっています。

 きょうは議員団会議でした。9月議会に提出される議案について検討し、総括質疑の質問項目を決めていく作業をしました。限られた時間の中で、すべての資料を読むことはまず不可能です。そういうなかで4人の議員がそれぞれ気付いた問題点を出し合い、みんなで検討する。いつものことながら、集団の力っていいなと思います。おそらく、一人で読んでいただけでは気づかないことを教え合うことになるんですから。議員団会議は明日も続けます。

 会議の最中に、私の活動地域の仲間から電話が入ってきました。私の自選ミニ随想集「春よ来い」を50冊も買ってくださるという人がいたという連絡です。先週は、70代の女性の方が10冊まとめ買いして、広げてくださるという知らせもありました。うれしいですね。

2011年08月30日

広いまちだから

 973平方キロメートル。上越市の面積です。よく言われるのは、「東京都の半分」「佐渡よりも大きい」。この広さですから、偶然の出会いをとてもうれしく感じます。きょうは、午後から地元に帰りました。その途中、ホームセンターに立ち寄ったところ、大島区の従兄に出会いました。「おおっ」土曜日に会ったばかりなのに、とてもなつかしく感じるから不思議です。昨日も市役所の第一庁舎と第二庁舎の間を歩いていたところ、「橋爪さーん」という声が聞こえたので振り返ってみたら、車の中からある保健師さんが手を振ってくれました。この時もなぜかなつかしくなりました。

 昨日に続いてきょうも議員団会議でした。4人の間で問題を検討する時、いろいろ調査を要することがあります。特に過去の委員会などでの会議録、「あの時、部課長はどういう答弁をしていたのか」という疑問が出てきた場合は、事実に基づいて発言をしっかりおさえておく必要があります。ある施設の検討委員会立ち上げをめぐって議論した時がそうでした。きょうは、昨年、市が取り組んだ「事務事業の総ざらい」、新幹線新駅と移設問題などについて時間をかけて議論しました。

 やはり、今週から稲刈りが本格化しました。きょうは、明るいうちに地元に戻りましたので、稲刈り風景を撮ることができました。

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2011年08月31日

請願者が初めて意見陳述の申し出

 上越市議会が議会基本条例を制定したのは昨年11月のことでした。この条例が出来ていま、市民も議会も変わろうとしています。そうしたなかで、昨日、議会に請願を出した市民が9月議会で意見陳述をさせてほしいと申し出たのです。

 この人は大潟区の佐藤忠治さん、「住民自治と合併問題を考える会」の代表です。先月、議長にたいして、「13区住民を対象にした地域事業費制度見直しについての市主催の説明会を早急に開催すること」を求める請願書を提出していました。

 上越市議会基本条例には、「議会は、前項の規定にかかわらず、当該請願者又は陳情者が市民の場合で申出があるときは、当該請願者又は陳情者の意見を聴く機会を設けるものとする」(第8条第4項)という条項があります。これは、市民参画の機会の保障のひとつです。

 請願者が意見陳述する例は、私が市議になってから、まだ一度もありません。今回、実現すれば、初めてとなります。請願の趣旨からいって、請願を審査するのは総務常任委員会です。日程的には16日の午後の時間帯に意見陳述してもらうことになるでしょう。どんな展開となるか注目です。

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