春よ来い(26)
 

第613回 夏のコタツ

 心臓の具合が悪く、入退院を繰り返した母。先週の土曜日、19日ぶりにわが家に戻ってきました。

 病院の看護師さんの話では、母の体調は入院前に戻ったとのことでした、でも、食事ひとつ見ても、以前より食欲が落ちています。顔もいくぶん痩せたと感じました。

 状態がいいときは出されたものの8割は食べる。でも状態の悪いときは3割しか食べない……。看護師さんからそう聞いたのは今回の退院の数日前でした。だから、母の食べ具合が一番気になっていました。

 退院した日、家に戻った母はまずサイダーを飲み、ベッドの上で横になりました。そこまではいままで通りです。

 母の食欲がいままでとは明らかに違っていることを意識したのは、その日の午後からのことです。

 買い物に行くことにしていましたので、母に「何かほしんもん、ねかね」と聞いたら、「アイスクリーム!」という言葉が返ってきました。

 母に食べてもらうにはバニラの棒アイスがいいかなと思っていましたが、お店には、残念ながらバニラの棒はなく、「PINO」(ぴの)という箱入りのアイスクリームを買ってきました。コーヒーのミルク入れくらいの小さな入れ物にチョコやバニラなどのアイスがいくつも入っているものです。

 買い物から家に戻ると、母はベッドから居間の電動イスに移動していました。「はい、アイスクリームだよ」そう言って差し出すと、母はバニラが入ったものを1個口に入れました。

 いままでだったら、すぐに「まあ、うんめがど」と言ったのですが、この日は、口の中にアイスを入れたあと、しばらく目をつむりながら、口をもぐもぐさせて、飲みこみました。そして、こう言ったのです、「もう、いらん 」。

 アイスが思っていた以上に冷たく、それでもう食べられないという意味だったのかも知れません。でも、私は、母の体がアイスそのものを受け付けなくなってきているのだと思いました。

 実際、「いらない」という言葉を発したときに、母は右手でも「もういらない」という仕草をしていました。「こんがにうんめもん、なして」と、私が言おうとして言わなかったのは、母の手を振る姿を見たからです。

 母の体調の変化を意識したことがもうひとつあります。それは、退院して4日目でした。この日は、半日、母と一緒に居間で過ごしたのですが、母は電気ゴタツの中をのぞいてから、スイッチを入れるよう求めてきたのです。

 この日は夏日、気温は25度以上でした。家の中は外に比べて低いものの、寒さを感じるような気温ではありません。
「寒いがか」
 と尋ねると、
「なして……。コタツはあったかい方がいいこて」
 そう言って、母はちょっぴりさみしそうにしました。私からは、
「こんがにあっつい日にコタツはいらんこてね」
 と言って、その場はコタツに電気は入れなかったのですが、夕方、母の手を触ってみたら、手が冷たかったのです。

 ひょっとすると、母は居間で寒さを感じていたのではないか、そう思ったら、申し訳ない気持ちになりました。

 母は96歳。一般的に、高齢になるにつれ、皮膚の温度感受性がにぶくなると言われています。母もそうなっているのかも知れません。でも、アイスとコタツでそれだけではない変化を感じています。

  (2020年7月5日)

 

 

第612回 黄色いサボテンの花

 何でもそうですが、思ってもみなかった良い展開となると心を揺さぶられます。Yさんの場合、サボテンの花がそうだったようです。

 6月の下旬、Yさん宅へ行くと、「橋爪さん、ちょっと見ていってください」と誘われました。Yさん宅の屋敷の前庭から少し歩いたところへ行って、「うわっ」と声をあげそうになりました。杉の木の根っこのところでサボテンの黄色い花がいっぱい咲いていたからです。花の数を数えると、少なくとも70個は咲いていました。

 花には日の当たり具合などで早く咲くものもあれば、遅いものもあります。これから咲く蕾も数十個ありましたから、しばらく人の目を楽しませてくれそうです。

 サボテンはウチワサボテン、サボテンの代表選手と言っていいでしょう。一個だけで見ると、縦12a、横10aほどの大きさです。咲いている黄色の花は直径5aもありました。敵から身を守るためでしょうか、たくさんのトゲもあります。古いサボテンほどトゲは硬く、とがっています。

 ウチワサボテンは横に増えるだけではありません。体の上部から芽が出て、上の方にも増殖していきます。ですから下の方にあるものは古く、上の方にあるものは新しいサボテンということになります。

 Yさんの話だと、このサボテンは最初、家の玄関近くのプランターの中において育てていたとのことです。それを7、8年前、Yさんのお連れ合いが杉の木の下に移したとのことでした。サボテンを移植した場所でトラクターにくっついた土を落としたといいますから、その土に含まれていた栄養が効いたのでしょうか、その後、縦にも横にも広がり、サボテンの数はどんどん増え続けました。まだ畳1枚分には届きませんが、それに迫る勢いがあります。冬囲いをしないで増え続けたというのも驚きでした。

 このサボテンの花、最初はピンクのものがいくつか咲いたそうです。それがいつのまにか黄色い花にかわり、いまは完全に黄色の花となりました。スイカズラのように白から黄色に変化する花もありますが、この花は同じ花の色が変化するのではなく、年度をまたいでの話ですから、なぜこういうことになるのか調べてみたいものです。

 この日は、このサボテンを見る30分ほど前に、別の家でアジサイの花の不思議な咲き方について教えてもらっていました。そこの家の脇には、アジサイの木がありました。毎年、青色の花を咲かせます。そのアジサイから1bほど離れた場所に挿し木をしたところ、赤っぽい紫色の花が咲いたということでした。土質、日当たりなども花の色に影響を与えるのでしょうか。

 Yさん宅のサボテンについては、最初に見た日の次の日にもおじゃまし、2度も見せてもらいました。もう一度ウチワサボテンを見て、細かいところも丁寧に観察したいと思ったのです。

 2回目の訪問の時も青空が広がり、気温は25度を超えて、夏日となりました。前日咲いていた花はいくつもしぼみ、花の数は減っていましたが、花が醸し出す全体の雰囲気はそのままでした。

 カメラを向けると、ハチが1匹やってきて、花の中心部に顔を突っ込み、蜜を吸い始めました。雌しべの柱頭の一番上から脇、さらにその下へと顔を押しつけ、蜜を盛んに吸っています。そして次から次へと飛び回るなかで、体中、花粉だらけになっていました。ハチも必死です。

 私が再度、サボテンを見に出かけた日、Yさん夫婦の娘さんの家では祝い事があったとのことでした。黄色い花は幸せをもたらすと言われています。今年はウチワサボテンの花に願いを託しましょう。

  (2020年6月28日)


 
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