越後・謙信SAKEまつりへ

その他

おはようございます。今朝は3時過ぎから起きています。というよりも、朝6時には家を出なければならないこともあって、緊張して眠れないのです。寝不足になりますが、寝坊するわけにはいかないので、やむを得ないです。

昨日は妻を高速バス停まで送り、いったん家に戻ってから、大潟区の弟の家まで行きました。弟が亡くなってまもなく2週間になりますが、塗装業をやっていたこともあり、いろいろと用事があります。それらのことが片付くまではまだ時間がかかりそうです。

大潟からは高田本町通りで開催中の越後・謙信SAKEまつりの様子を見てきました。午後から天気が回復したこともあって、まともに歩けないほど、すごい人出でした。テントの写真を何枚か撮りました。親父がお世話になったことのある千代の光酒造、能鷹酒造、そして地元の杜氏の郷のみなさんの頑張りを撮りました。まつりのメインは酒ですが、私は飲めないし、どうしても食べ物のところへ目が行きます。サメ料理で有名な井部真理さんのところで、「サメナーゲット」(?)とかいうものを食べました。美味しかったです。また、栗を焼くところも見せてもらいました。イラストのトップ画像は杜氏の郷のみなさんの販売の様子です。下は栗焼きの様子です。

SAKEまつりの会場を離れてから食堂にてラーメンを食べました。そこのお店に行く途中、愛知県に住む弟から電話がありました。前日、近くの川で水が少ないために生きるか死ぬかという危機に陥っている鯉を見つけた。(大潟の)勇を助けることが出来なかったが、きょうは、その鯉を助け、水がたっぷりある川に放した。放したとき、その鯉はオレの顔を見て、お礼を言っているように見えた。うれしかった、というのです。いい話で、私も感動しました。

昼食後、活動レポートを待っていてくださる2軒を訪問しました。そのうちの1軒ではお茶をご馳走になってきました。弟のことや母のことが話題となりました。うれしかったのは帰り際、90代半ばのお母さんが、「玄関まで送るわ」と言って、車椅子で移動してさよならしてくださったことです。「ここまで回復したところを見てもらいたくてさ」という言葉は前向きでした。

訪問活動後、かつて風力発電が行われていた三の輪台まで登り、その周辺で野の花撮影を楽しみました。夕方の会議開始まで時間があったのです。最初に目に入ったのはノコンギクです。今年見たノコンギクの中では一番色が鮮明でした。それと、ミゾソバの色が落ちたものか、それともシロバナミゾソバのどちらかだと思うのですが、見かけました。さらにヤマトリカブトの花も。野にある実としては、ツルウメモドキとマユミも見かけました。いずれもきれいでした。

家に帰ったら、「第23回新潟県解放運動戦士追悼会記録集」が届いていました。このなかで感動的だったのは、元新潟県議会議員だった林弘二さんの娘さんの遺族代表としての挨拶です。父親である弘二さんが入院していた病院から緊急電話が入り、「どうしたらいいんだろうと震える思いで越後線の電車に何度も乗った」。亡くなって1年経ったいまでも、「踏切で越後線の車両を見ると、胸が苦しくなります」とありました。親を亡くされた人は同じ思いなんだなと改めて思った次第です。

さて、そろりと時間です。これから上越妙高駅に向かいます。きょう、明日と宮城県女川町で原発などの視察です。明日のブログを書くのは明日の夜になりますので、よろしくお願いします。

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