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思わぬ展開

 中村睦男さんの葬儀が本日の午前、自宅にてしめやかに行われました。まだ62歳という若さです。大賀出身の人や同級生、友人、民生児童委員の仲間のみなさんなどが大勢参列、深い悲しみに包まれて葬儀が進められました。

 参列者が焼香を終え、弔辞も終わって次に進んだ瞬間、私の前方にいた参列者のひとりの方が軽く手をあげて、「弔辞、一個お願いしたいんですが」と司会者に申し出ました。式場は一瞬、何事が起きたのかと緊張した雰囲気になりました。司会者は落ち着いて声の主のところまで行くと、まず、「すいません、何も聞いてなかったもので…」と謝り、続けて、「では、弔電披露の後にお願いします」と言いました。私は突然の申し出をめぐってもめることなく進められたことにホッとするとともに、正直言って、どんな弔辞になるのかちょっぴり心配になりました。
 
 弔電披露が終わってから弔辞を読んだのは長野県警のWさん。心配は無用でした。ゆっくりと中村さんの遺影の前に進むと、それだけで感無量だったのでしょう。「中村さん、私があなたに初めてお会いしたのは〇〇事件の時でしたね」と震える声で語り始めました。Wさんは、最初に、長野県内で発生したある事件の応援に入った千葉県警在職中の中村さんの様子を紹介しました。敏腕刑事として評価の高かった中村さんなどの活躍により、その事件は1週間で犯人を逮捕でき解決したのですが、捜査が終わった段階で、中村さんはお連れ合いの手料理を持って捜査メンバーを慰労したということでした。それに感激して、Wさんと中村さんの交際が始まります。10数年前、父親を亡くした中村さんは帰郷を決意したのですが、そのとき、中村さんは「おれ、今度、かあちゃん面倒みるので故郷に帰ることにしたんだ」とWさんに言ったことも明らかにしました。そして、故郷に戻ってからの中村さんの数々の活躍、サルナシワインの製造のこと、大賀米(おおがまい)生産で頑張ったことなどをたたえました。

 Wさんの、いくつものエピソードを交えた弔辞が終わった瞬間、ひとりの参列者がヒザをたたいていました。それほど心を打つものだったからです。「ありがとう」という女性の声も聞こえてきました。これは、おそらく中村さんのお母さんの声だったのでしょう。きょうの葬儀の司会者は農協の20代の青年でした。葬儀で思わぬ展開となっても慌てず、瞬時に的確な対応をした能力はたいしたものです。お蔭で、私も温かい気持ちにひたりながら中村さんに別れを告げることができました。

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コメント (1)

山?知文:

 中村睦男君の訃報に接し、心よりお悔やみを申し上げます。昭和35年源小学校を卒業して以来会うことはありませんでしたが、大賀に帰っていたのでいつでも会えると思っていたのに残念でなりません。同級生の訃報は自分の健康にも自信を無くしますが、そう言う年齢であることを自覚して過ごしていきたいものです。御冥福をお祈りします。

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2009年11月05日 23:38に投稿されたエントリーのページです。

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