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上越地方で初の原発反対大集会

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 おはようございます。今朝もいい天気になりました。わが家のスモモは食べ頃になりました。甘酸っぱい味は子ども時代から大好きです。今朝は木の下でもぎたてのスモモを3個食べました。スモモを食べながら、新潟日報を読んでいたら、私の随想集『あねさかぶり』(同時代社)が「売れている本」の5位に入っていました。ありがたいことです。

 さて、昨日は午後から「つなげようフクシマ!さようなら原発上越集会」でした。午前に選挙はがき書きや「しんぶん赤旗」日曜版の配達をし、急いで会場のリージョンプラザへ行きました。集会には原発に反対する様々な団体や個人、約420人が集まり、上越地方の脱原発の集会としては最大の集いとなりました。

 最初に主催者を代表して挨拶した馬場秀幸実行委員長は、「農業政策や原発問題は国の政治家に任せておけばいいと思ってきた。だけど、私たちは、本当はいやだ、いやだと言い続けていけばいくことが大事。政治家はこの気持ちをくんで新しいエネルギー政策をつくってほしい。3月11日の被害の実態、現実を私たちは忘れない。福島の人たちと連帯していこう。きょうは、あきらめずに、原発を稼働させないという気持ちを確認する場だ」とのべました。

 続いて登壇したのは郡山市の菅野正志さん。菅野さんは、「妻子を新潟市に避難させ、自分は郡山で仕事をしている。家族として当たり前にことができなくなっている。私は政府や東京電力から提供された情報にだけ頼っていたために娘を被ばくさせてしまった。悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。長女は震災3日後から鼻血を出しはじめた。東京電力が憎くてたまらない。親として涙が出るだけだ。次女は4月より幼稚園に行くようになった。郡山市に帰る時は、玄関の戸を閉めても、パパ、パパと叫んでいる。耐えられません。私は数分しか聞かないが、妻は毎週毎週ずっと聞いているのです。辛い」と語りました。原稿を手にたんたんと語る菅野さんでしたが、心を打つ話に会場は静まり返りました。下の写真は菅野さんです。

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 集会では、原発訴訟をしている松永仁弁護士から原発を巡るたくさんのトラブルや訴訟経過などについて報告してもらったほか、「つなげよう脱原発の輪 上越の会」、糸魚川市地区労連、新婦人の会が団体としてアピールを行いました。このうち新婦人の会のみなさんのリレートークが集会を大いに盛り上げました。
 「私の妹の連れ合いは福島県いわき市の生まれです。生まれた家は津波に流されました。漁業を営んでいた人たちは仕事を奪われました。原発は他人事ではありません。柏崎刈羽原発再稼働なんてとんでもありません。信じられません。原発は大嫌いです」「私は原発からわずか20数キロのところに住んでいます。放射能は目に見えません。毎日の暮らしが心配です。私も他人事ではないと思っています」「上越の山間部でヤギや鶏を飼って暮らしています。上越の子どもたちや自然を守りたい気持ちでいっぱいです」「わたしには二人の孫がいます。輝く笑顔を見ると、子どもたちの将来がどうなるんだろうと心配になります」「福島の事故もまだ収束していないのに、原発の輸出なんてとんでもありません。死の灰の商人はやめてください」「原発も核兵器も根っこは一緒です。原発を無くしたい、この思いはみなさんと一緒です」──スピーチには一つひとつ大きな拍手が起きました。そしてメンバーの人たちは壇上で横断幕を広げ、「命を産み出す母親は命を育て命を守ることを望みます」と唱和しました。素晴らしかった。

 最後に、「福島第一原発事故は、原発と人々の安穏なくらし、心をいやす美しい故郷の存続とは決して共存できないことを示しました」「安倍首相は、国民の声に反し、原発の再稼働だけではなく、新規の建設、さらには原発過酷事故を起こした国でありながら、原発輸出をもくろんでいますが、こうしたことは論外」「私たちはこれ以上日本を、また地球を汚し、子や孫たち将来世代のいのちをきけんにさらしてはなりません」として、柏崎刈羽原発の再稼働をやめ、廃炉を決断することなどを盛り込んだ集会アピールを採択しました。

 集会後はリージョンプラザ周辺をデモ行進、市民に柏崎刈羽原発の再稼働反対等を訴えました。陽射しが強く、私は青いタオルをあねさかぶりしながらデモ行進しました。

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 さて、きょうは午後から消防団の市長点検です。それまでに原稿書きなどをやり、会場である市役所駐車場へと向かいます。忙しい一日となりそうです。


 

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2013年06月30日 07:06に投稿されたエントリーのページです。

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