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大島区まつり、映画・「アラヤシキの住人たち」

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 おはようございます。昨日は一日、あちこちと動き回ったせいか、疲れ、5時半過ぎまでゆっくりと眠りました。きょうも暑くなりそうですね。

 昨日の午前、久しぶりに尾神のトンネル(上の写真)を通って大島区へ行ってきました。吉川区にある唯一のトンネルで、通るたびに子ども時代のことをたくさん思い出します。ある意味、私のこころのタイムトンネルです。

 大島区へ行ったのは大島まつりを見るためです。人口減少が進んだ小さな地域自治区ではありますが、こういうまつりではとても元気です。久しぶりに再会する人が多く、「元気かね」「がんばってね」などとたくさんの方から声をかけていただきました。「いまの政治、どう見たっておかしいよ。もっと下々の人の意見を聴くべきだよ」と言って来た自民党員だという人もいました。スイカやうどんなど美味しかったです。

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 午後からドキュメンタリー映画、「アラヤシキの住人たち」を観てきました。映画の宣伝文句は、「世界はたくさん、人間はみな他人」。長野県小谷村の真木という車も行かない山奥の集落での様々な人たちの共同生活は、私のふるさと、尾神での昭和30年代の暮らしと何となく似ていましたね。

 ヤギがいて、ニワトリがいて、もちろん人間たちもいる暮らし。稲の脱穀作業を見つめるヤギの目がやさしくてよかったし、ヤギの仔が生まれるときに、ニワトリが鳴くなんて涙が出そうになるほど懐かしくて、素敵でした。刈り取った稲束をハサにかけるとき、「シュワッチ」とか言って投げたのは私のときもそうでした。

 「アラヤシキの住人たち」の暮らしのなかには必死に生きる人間の姿があり、音楽もありました。不便な暮らしのように見えるけれど、人間も自然も大切にする本当の人間らしい暮らしがあると思いました。実際の暮らしでは、宮嶋信さんがおっしゃっていたように、毎日のように争いがあり、葛藤もあるのでしょう。でも、一緒に住む人たちの中では、争っても支え合いがあります。一人ひとりが人間として生きているのがよく見えました。

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 上映後のトークはアラヤシキの住人として5日間暮らしたことがあるという「森のようちえんてくてく」の小菅江美さんが聞き役でした。とてもいい感じで、宮嶋さんの言葉を引き出すことができたのは、森のようちえんと共通項があるからかなと思いました。

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 きょうは母の通院、会議等があります。
 ひとつだけ気になったことがあります。稲の出来です。株が小さくて、稲穂も小さめでした。たぶん、化学肥料も農薬も使わない栽培方法なんでしょうが、1反当たり4俵獲れたかどうか。食料はどこまで自給できたのか、心配になりました。
 映画は高田世界館にて来月16日まで上映されます。ぜひご覧ください。

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2015年07月27日 06:44に投稿されたエントリーのページです。

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