納棺、そして通夜式

季節の風景

おはようございます。今朝は6時前に起きました。葬儀は午後からですが、午前11時には葬儀場入りしなければなりませんので。その前に、活動レポートの印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達などやることはいくつもありました。下の画像は配達中、柿崎区の百木にて撮ったヤナギバヒマワリです。

昨日は朝7時半過ぎには家を出て、活動レポートのポスト下ろしや「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしました。これは毎週のことですが、代わってもらうことは簡単にできないので、スタートをいつもよりも1時間半ほど早くしました。

昨日の朝刊の「お悔やみ欄」には、弟の名前が載ったので、「たいへんですね。どうしたんですか」などと声をかけてくださる方たちが何人もおられました。なかには、弟と100キロマラソンの仕事を一緒にしたとか、いろいろな思い出を語ってくださる方もありました。ありがたかったです。配達の途中、小苗代池にも寄りました。オニバスが気になっていたからです。いま咲いているのは閉鎖花だと思いますので、これが最大限に開いた状態かと思います。

午後1時からは弟の家で、納棺師の方たちが弟の体を洗い、きれいにしてくださいました。その後、弟を棺に入れ、思い出の品々、あちらの世界に行ったら必要と思えるものを入れました。感動したのは弟の孫たちの絵です。日頃から描いているのでしょうね。とてもうまいのです。そして弟の家族のメッセージも素晴らしかった。みんな良かったのですが、長男のものだけ紹介します。長男は、弟に「賞状」を用意し、「世界一の父の部」で優勝したとし、「あなたは67年の生涯において妻、加代子と出会い、3人のわがままな子どもたちを育て上げ、家族のために、毎日汗をかき、持ち前の笑顔でみんなを照らしてくれたことを表します。本当にありがとうございました」と書きました。

私は活動レポートの最新号を棺に入れました。実は最新号に書いた「春よ来い」の「電気スタンド」は8日、兄弟で飲んだときに、「これ記事になると思うよ」と事実上、私に書くようにと催促していたのです。このエッセイは弟が救急車で運ばれるまでに3分の2以上書いていました。

夕方からは通夜式でした。まだ若いということ、弟の仕事や趣味の関係でのつながりの広さもあって、100人を超える人たちが駆けつけてくださいました。心から感謝申し上げます。

きょうは午前9時過ぎに三八市での宣伝をし、その後、葬儀場に向かいます。

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