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2012年02月 アーカイブ

2012年02月01日

現に「除雪を行うことができないでいる世帯」を救助対象にすべきだ

 豪雪災害を未然に防止する立場から、現に「除雪を行うことができないでいる世帯」を救助対象にしてほしい。昨日、日本共産党上越市議団は、豪雪災害での救助対象をどう捉えるかという基本問題で、市長への要請を行いました。

 今冬の豪雪状況の中で、新潟県は県が借り上げた重機を貸し出す事業をすすめるにあたって基準を明らかにし、「集落内要援護世帯の除排雪に支障をきたしていること」「集落内の道路が、重機の通行に必要な幅員を満たしていること」など5つの条件をすべて満たすとともに、救助対象に世帯(場所)については、「自らの資力労力によって除雪を行うことができない要援護世帯の生活確保にかかわるもの」としました。上越市はこれをうけて、市内の町内会長にたいして「救助対象は要援護世帯に限る」と強調していました。

 要請書では、災害救助法の「自らの資力及び労力によっては除雪を行うことができない世帯」とは、豪雪の状況下で現に「除雪を行うことができないでいる世帯」であるとし、豪雪災害を未然に防止する立場から、対象世帯を抜本的に広げる措置をとっていただきたいと要請。そして、この内容を町内会長、市民に徹底するよう求めています。昨日は馬場危機管理監に要請文を手渡し、大至急検討し対応してほしいと訴えました。(下線部をクリックすると要請書全文をお読みいただけます)

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 日本共産党新潟県委員会から新潟県知事に対しても昨日、この要請文とほぼ同じ内容のものが提出されました。新潟県の担当者は厚生労働省に「資力及び労力」問題をどう捉えるべきか再確認するとともに、要請の趣旨は理解できるとして、関係市町村に伝えることを約束したといいます。

 

頭がボーッとしている

 朝から頑張りすぎたのでしょうか、頭がボーッとしています。きょうは朝から除雪作業を3時間ほどしました。それから、訪問活動、生活相談、会議と続きました。夜9時には家に戻って一眠り。いま起きたけれど、どうも頑張りがききません。風邪のひき始めかな。

 今朝の上越タイムスに4月の市議選に立候補を予定している人の名前が掲載され、激戦必至と報道されました。朝の挨拶をしていると、交通誘導をしているWさんが「いよいよはじまったね」と声をかけてこられました。2月に入り、みなさんの気持ちも選挙近しという感じになってきましたね。

 さて、これから市政レポートの作成です。締め切り間際にならないと文章を書けないという悪い癖はなかなかなおらない。加えて、頭がボーッ、書けるかどうか不安になってきました。

2012年02月02日

地吹雪で車が何台も立ち往生

 朝6時過ぎ、県道新井柿崎線を走行していたところ、吉川区の梶十文字から大潟区内雁子間で地吹雪による吹き溜まりが出来ていました。大型車や普通車数台がこの吹き溜まりに突っ込み、動けなくなっていました。私の車も一時、動けなかったのですが、4輪駆動のお陰で何とか脱出できました。市議会の新井柿崎線整備促進議員連盟でもこの付近に常設型防雪柵を早期に設置してほしいと運動していますが、まさか自分自身がこの吹き溜まりに突っ込むことになるとは……。早急に整備してほしいものです。写真は立ち往生している車です。

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夕方、地吹雪ため、板倉区行きを断念

 きょうは朝の「しんぶん赤旗」日刊紙配達、辻立ち以降、夕方までデスクワークでした。日本共産党県委員会と意見交換しながらビラを作成したり、市政レポートの原稿書きをしたりとフル回転。そうそう、豪雪対策で「しんぶん赤旗」記者からの取材もありました。原稿書きで一番悩んだのは随想「春よ来い」です。当初、冬の料理の話を書こうと思っていたのですが、災害救助法が適用されているなかでのんびりしたことを書くことに違和感があり、急きょ、雪を題材にした話に変更しました。

 市政レポートの印刷が終了したのは午後4時過ぎでした。それから板倉区まで何か所かでポスト下ろし(「しんぶん赤旗」日曜版配達の各区の元締め役をしている人のところへ持って行くこと)をする予定だったのですが、猛烈な地吹雪だったため、三和区まで行き、その先は断念しました。とても行けそうになかったからです。でも、三和区まで行けたのは、後援会事務局のTさんのお陰でした。「危ないから一緒に行こう」と声をかけていただき、カーナビを見ながら、ふだんあまり通らない道を進んでたどり着くことができたのです。

2012年02月04日

上野弘さんの葬儀、平和労組会議の旗開き

 前日の猛吹雪は夢だったんではないか。昨日の天気はそう思わせるほど良い天気になりました。

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 午前は上野法子さん(上野市議のお連れ合い)のお父さん、弘さんの葬儀でした。受付でしたので開式の2時間前に大潟の虹のホールへ。通路にあった遺影のそばに、弘さんの若かりし頃の写真や家族と一緒の思い出写真がパネルに張り出されていて、話題になりました。いいもんですね。

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 葬儀が終了してから、事務所で印刷作業を1時間ほど行って高田へ行きました。上越平和労組会議の旗開きです。4月の市議選では社民党系の2人の現職を推すことを決めていますが、来賓で挨拶された社民党の小山芳元県議は「このふたり、そして共産党の橋爪さんを押し上げていただきたい」とのべました。この気配り、さすがだと思いました。

 ホームページに市政レポート1539号、「春よ来い」の第189回「小型除雪機」を掲載しました。

 

すぐに救助に乗りだすべき事例

 朝、区内の町内会長さんから電話がありました。ひとり暮らしをされているお宅の雪下ろしがまだ一度もされていない、このままではつぶれるから何人かで雪下ろしをするが支援してほしいという電話です。急いで行き、屋根に上ってみてびっくりしました。私の背丈くらいの雪がたまっていたからです。

 このお宅へ行く直前に区の災害対策本部に声をかけてきたのですが、先日示された「危険が生じているのに除排雪できない状況そのものが災害救助の対象になる」(厚生労働省災害救助専門官)という見解を思い出しました。資力や労力があるかないか調べる前に、すぐに救助に乗りだすべき事例です。どういう事情があるにせよ、なんとかしなければなりません。写真は、町内会長さんなど数人の人たちが雪下ろし、除雪の作業にあたっておられたところです。

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 家に戻ってから牛舎の除雪をしました。片側の屋根雪がつっかえてしまっているので、除雪機で作業をすすめたのですが、屋根から雪がドドッと落ちた瞬間、大きなガラスを1枚割ってしまいました。ひとりでは危ないので、途中でやめ、しばらく様子を見ることにしました。

2012年02月05日

落語も初登場、楽しかった新春のつどい

 おもしかった。楽しかった。元気が出た。きょうの新春のつどいを短く書けば、こうなります。第1部は衆議院の北陸信越ブロック比例候補の藤野やすふみさんの挨拶がメイン。私も活動報告と市議選に向けた決意表明をさせてもらいました。下の写真、私の隣が藤野さんです。

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 藤野さんは挨拶の中で、5メートルを超えた牧区の豪雪地帯を視察した状況を詳しく報告しました。積雪計は4㍍までしか測れないので、継ぎ足しているとの話に参加者はびっくりでしたね。国政の話では、どうしても許せないこととして、税金の使い方、集め方に言及、開発中のF35戦闘機等の購入に1.6兆円もかけていることなどを明らかにしました。また、注目の原発に関しては、先日の柏崎刈羽原発6号機の視察で自分の体に伝わったタービンの振動や自分の目で見た使用済み核燃料プールの状況などを実にリアルに紹介しました。

 第2部は懇親会です。女性後援会員のみなさんが美味しい手づくり料理をどっさり用意してくださり、何を食べていいか迷うくらいでした。

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 出し物は今回も盛りだくさんでした。小田順子さんの朗読は杉みき子さんの『小さな雪の町の物語』から「おばあちゃんの雪段」です。今の時期にぴったりの話ですが、子ども時代に尾神岳のふもとで雪段づくり、道つけをしてきた小田さんならではの朗読でした。

 仙田幸造さんの昔話、今回は衣装もきまっていました。今回の昔話は「猿地蔵」です。時々、言葉を間違えながらも体全体で語る姿に笑いの連続でした。これは動画でごらんください。

 今回初登場だったのは、レルヒ亭久美喜さんの落語です。演目は古典落語の「初天神」、凧を買ってくれとせがむ息子と父親の会話などは最近、落語を始めたばかりとは思えない上手さがありました。聴衆と一体となって話をすすめるところもすごかった。これも動画があります。ごらんください。

 懇親会の最後はじゃんけんゲームでした。後援会事務局の田子さんのリードで全員がジャンケンポン。笑いあり、溜息ありの楽しい時間が続きました。単純な遊びながら、誰でも参加できて、しかも楽しさいっぱい、じゃんけんの魅力を改めて知りました。

2012年02月07日

世間は狭いことを実感

 後援会ニュースを読んでくださる方を私たちはニュース読者と読んでいます。昨日は午後から夕方まで市内南部地域でニュース読者訪問活動でした。面積が佐渡島よりひとまわり広い上越市ではありますが、「世間は狭い」ということを実感する日となりました。

 あるお宅へ入ると、おばあちゃんたちがどうやらお茶飲み会をやっているようです。お茶やっていきないと誘われ、居間に上げさせてもらうと近所のおばあちゃんがふたりおられました。話の中で、そこのお宅の娘婿さんは吉川区からやってきたことであることがわかりました。それも私の友人です。それまで、ばあちゃんたちとの会話では少し緊張感があったのですが、それを契機に一挙に打ち解けて、「おまさん、まだ牛、飼っていなるがかね」といった調子で会話がはずみました。

 次にある会社でのこと。会社の事務室の入り口で声をかけたところ、会長さんから上がるように勧められ、応接室へ。そこへお茶を持ってきた事務員さんが、「橋爪さんですね、いつもお世話になりまして…」と言われてびっくり。そのかたは以前、事務機器を扱う会社の従業員さんで、私の声をしっかりと憶えていてくださったのです。お連れ合いはいまもわが家の事務機器の修理などで来られます。

 南部地域での訪問活動はきょうも続きます。きょうはどんな人と会えるか楽しみになってきました。

上越市南部の豪雪地帯へ

 後援会ニュース読者の訪問と豪雪地帯の視察の一日でした。牧区で一番最初に訪ねたお宅は稲作農家です。屋根に上って除雪作業をしていたお父さんと話をしてうれしくなりました。私が高校時代、わが家へ牛のエサを運んでいたというのです。父のことも、私のことも知っておられました。雨が降ると、わが家への道はベト道だったため、スリップしてたいへんだったと教えてもらいました。

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 77歳と78歳の夫婦だけで暮らしているお宅では、除雪作業のたいへんさをよく知ることができました。長年住んでいるが、雪の多さはこれまでで一番だ。雪を捨てる場所がなくて困っていると訴えられました。ここではお茶をご馳走になりました。外へ出て、改めてこの家のまわりを見たら、屋根雪がつかえていました。どかしきれないのでしょう。

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 午後からは板倉区です。あちこちで屋根の雪下ろしている人がいました。ここでは1階から入ることができなくて、2階から出入りしている方にも会いました。屋根が滑るので、出入りのためにロープまで用意してあり、試しに私もロープで登ってみました。要援護世帯での除排雪の実情についても聴けてよかったです。地域の人たちからは、「災害救助法が適用されたといっても、道路除雪がよくなるわけでなし、共同除雪作業への支援もないのはおかしい」と訴えられました。

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2012年02月08日

杉田惣平さん逝く

 どうもおかしいと思っていました。朝の挨拶をしている時、決まった時間に必ず姿を見せていたお孫さんの車が2日連続で見られなかったからです。

 旧吉川町議だった杉田惣平さんが昨日、病気のため亡くなられました。96歳でした。杉田さんは吉川の革新勢力の代表的人物の一人で、農民運動でも、議会でもエネルギッシュな活動を展開されてきました。私に影響を与えた指導者の一人でもあります。

 私は町議時代、ご一緒させていただきましたが、一番の思い出は長崎明元新潟大学学長を県知事候補として擁立した時の知事選です。当時、社会党に在籍されていた杉田さんは、私とともに公然と長崎明を応援する選挙活動を行い、吉川町での得票率は40数%で上越地方の市町村ではトップでした。その後も、一緒に活動する機会が多くなり、合併後は私に対して強力な応援をしてくださいました。

 知事選の際、不破委員長(当時)が高田で街頭演説された時、杉田さんも迫力満点の応援演説をされました。その時の写真が残っていますので、ここに掲載し、ご冥福をお祈りします。杉田惣平さん、ご苦労様でした。ありがとうございました。

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新しい毛糸の帽子届く

 大雪で午後からの予定が狂いました。後援会読者訪問は午前の計画だけはなんとかできましたが、異常な雪の降り方で午後の予定は断念しました。きょうは朝から2回も除雪しました。

 夕方、除雪機がトラブルを起こしている時に、妻からメールです。電車で柿崎駅まで着いたもののバスがないというのです。はいよ、と返事はしたのですが、強烈な地吹雪でまいりました。

 きょうはひと月ほど前、ある方にお願いしていた毛糸の帽子が届きました。既製品ではなく、手編みのものです。これまで、朝の挨拶で使っていた帽子は耳がかぶらず、寒い思いをしてきました。今度は大丈夫です。この方からはチョコレートもいただきました。新しい帽子はかぶると王様のようだと妻は言います。明日からは私の顔がこれまでと違って見えるかも知れません。

 明日は予定を変更して杉田惣平さんの葬儀に参列してきます。

2012年02月10日

父親への尊敬の思いあふれた挨拶

 昨晩、夜10時まで除雪機につかまっていたら疲れてふらふら状態となりました。というより、ダウンしてしまいました。昨日も激しい降雪でした。わが家も牛舎も屋根の雪が下とつながり、危険な状態です。家に戻った午後8時前から除雪作業を開始したものの、簡単に安全ピンが飛んでしまいます。また、我流で修理した部分も再び具合が悪くなりました。きょうの朝には修理屋さんにSOSを出す覚悟を決めました。

 当初予定していた母の定期検査は葬儀に参列するため、弟に代わってもらいました。検査結果はまずまずだったようです。杉田惣平さんの葬儀には旧吉川町の幹部だった人やかつての農民運動の仲間などが参列しました。喪主の傳八郎さんは、最後のお礼の挨拶で、「父は昭和24年にシベリヤから帰ってきて、母とともに迎えに行ったことを憶えています」とのべ、涙を流しました。そして、「こうだと思ったらまっすぐにそれを貫く人間でした」とも。時おり、遺影に目をやりながら、静かに父の思い出を語る姿の中には、亡くなったお父さんへの限りない尊敬の思いがあふれていました。

 昨日の朝の挨拶からかぶり始めた毛糸の帽子です。長くかぶっていた毛糸の帽子は耳をかくすには短く、時々、手で直すクセがついています。新しい帽子はゆったりとしていていて、耳もすっぽりとおおってくれます。にもかかわらず、クセというものはおもしろいもので、時々、帽子に手を当ててしまいます。写真は毎朝、ひと言二言言葉を交わす中学生から撮ってもらいました。

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 きょうは井上さとし参院議員が上越市の豪雪状況を視察する予定です。私が案内役を務めることになっています。板倉区の寺野地区、大島区の菖蒲地区へ行く予定です。機織には午前11時過ぎに、菖蒲には午後1時過ぎに到着したいと思っていますが、問題は道路状況です。昨日の夕方の段階では、国道253号線の浦川原地内の道路がめちゃくちゃでした。時速10キロで走れれば良い方でしたね。

2012年02月11日

パソコン壊れました

 しばらく更新できません

2012年02月17日

やっと新しいパソコンで送信できます

 おはようございます。今朝、やっと新しいパソコンで送信できるようになりました。パソコンが壊れてから1週間、いろいろとご迷惑をおかけしたことと思います。お許しください。一昨日、新しいパソコンをネットで購入し、現段階では、ブログとメールができるところまできました。まだ、ワード、パブリッシャー、ホームページビルダーなどのソフトのインストールができていません。ホームページを更新できるようになるまでにはいましばらく時間がかかりますが、よろしくお願いします。

 それにしてもこの1週間、豪雪でもっとも情報を発信しなければならないときにパソコンが壊れ、ほんとうに切ない思いがしました。こちらから発信できない生活がこんなにも不自由だとは思いませんでした。友人に、「妻は数日いなくてもそう気にならないが、パソコンがないとこんなにも困るとは」と話したら、例えが悪いと批判されました。どうあれ、パソコン、ネットなしだと、私の活動は大きく制約されるという貴重な、かつ深刻な体験をしました。

 これまで使っていたパソコンはこれから修理に出します。友人の力を借りて、データを取り出すこともできました。それから、毎週発行していた市政レポートは同僚議員から借りたパソコンで作成することができました。これで、1985年から毎週発行していたレポートは今週も休むことなく発行できます。ご心配をおかけしました。

春を呼ぶカット絵

 市政レポートの印刷で3時間、「しんぶん赤旗」日曜版の配達で4時間、動きました。きょうは「雪がたくさん降る」という天気予報がはずれ、日中は大降りしませんでした。ずいぶんもうけた気分になります。

 配達での楽しみの一つは、市政レポートを読んだ感想を聞けること。あるお宅でお茶をご馳走になったところ、その家のお母さんが、「このあいだの『雪椿』を読んだら、たいへんな大雪であっても、もう少しがんばろうという気持ちになった」とうれしい感想を寄せてくださいました。先週の「春よ来い」です。ほかにも、豪雪地の視察について、「あちこちに出かけてがんばっていてくんなるね」と声をかけてくださった方もあります。

 家に戻ったら6時を回っていました。仕事場の机の上をみると、弟が描いたカット絵を表紙に使った「おおがたスポーツクラブ通信」が置いてありました。妙高山と父の大好きな「べにこぶし」が描いてあります。「桜の前に咲く 春が待ち遠しい」という言葉に共感をおぼえます。春よ来い、早く来い。

画像の確認

2012年02月18日

長峰雄二さんのお母さんの葬儀

 午前は旧板倉町議、長峰雄二さんのお母さんの葬儀でした。今朝は猛烈な地吹雪で、葬儀会場まで1時間半もかかりました。通常なら40分ほどで着くのですが。亡くなったお母さんは92歳。市政レポート届をしたときに何度かお会いしていますが、とてもやさしそうな方でした。喪主を務めた雄二さんの挨拶、久しぶりに聞きました。落ち着いていて、現職時代の力強さが残っていました。

 さて、パソコンの方ですが、どういうわけかツイッターの送信がいまだにできません。また、このブログへの写真の貼り付けもいままでのようにはいかず、困っています。

2012年02月19日

市民の声を尊重しない意見交換会では開く価値なし

 「総合事務所のあり方についての市長と市民との意見交換会」が安塚区、浦川原区、大島区で開催されました。このうち、大島区で開催された意見交換会を傍聴してきました。午後4時に開会、終わったのは6時半近くでしたから、長時間の意見交換となりました。でも、市民の声は聞いても、総合事務所産業建設グループの集約化についての大浦安(大島、浦川原、安塚)での試行は予定通り4月から行うというのです。これには、「聞いただけで押しつけだ」などと反発の声が相次ぎました。市長選のときのキャッチフレーズ、「市民がど真ん中」はすっかり遠くに行ってしまいましたね。

 今回の意見交換会を前に行政側は、総合事務所のあり方の見直しの意義を3つにまとめました。1つは、災害対応です。総合事務所間の連携の強化だけでは対応できないから、技術職などの集約による復旧作業の迅速化、多人数で対応する機動力の向上が必要だというのです。2つは、一業務を複数の職員で担任する体制を構築し、職員同士の情報交換などによる資質の向上をはかること。そして3つ目は、広域的な政策や新たな地域振興策を展開していくことにあるとしました。これらは、議会や地域協議会、町内会長連絡協議会などから出された意見を踏まえて整理されたのでしょう。

 説明の中で行政側は、なぜ大浦安で試行するのかについて、①昨年の豪雪・地震・豪雨における実情や経験を踏まえた検証が必要である、②他の区域で試行・検証した場合に、その結果にもとづくサービスの提供方法や災害対応が、中山間地域にも適用できるのか、の2点にまとめました。そして、試行・検証の重点課題は、①高齢者世帯の多い中山間地域での行政サービスの円滑な提供、②先の災害を教訓とした災害への「初動対応」から「復旧作業」までの体制、③共通の地域課題を持つ区域における広域的な施策・事業の展開、の3つであることを明らかにしました。これらの整理と公表は初めてだと思います。説明を聞きながら感じたのは、試行に反発する動きを強く意識して整理したのではないかということです。

 市民からの発言はすべて大浦安での試行に反対でした。「浦川原に行ってどうしてよくなるのか。遠くなってサービスがよくなることはない」「(行政側が)自分の都合のいいように考えてまとめただけだ」「合併して殆どいいことがない。敬老会一つとってもサービスが低下した」「モデル地区という言葉を使っているが、良いことをするときに使ってもらいたい」「地域自治区にかかわる重要事項は地域協議会に諮問してほしい」「これだけのことをやるなら市長の考えている分権の絵をしっかりと見せてください」などの発言の根底には、行政に対する不信と反発が渦巻いていました。これらのもとは、合併による地域の衰退です。また、村山市長が取り組んできた事務事業の総ざらい、地域事業費制度の見直しに続いて、今回の総合事務所のあり方の見直しについても行政主導で行われてきたことも大きい。

 意見交換会で行政側に対して激しいブーイングが起きたのは午後6時ころです。Mさんが、「(4月から即実施ということではなく)意見交換の場で出された私たちの気持ちを持ち帰って改めて検討してもらえるのか」と質問したことに対して、市長が、「私としては取り組むという方向の中で私の思いを伝えてさせてもらった」と述べ、再検討の意思はないことを明らかにしたときでした。会場からは、「一方的な説明じゃないか」「聞いてもらえないのであれば、これ以上言う必要はない」などといった声が相次ぎました。

 

2012年02月20日

新年度予算発表される

 朝の辻立ちはいつもよりも15分早くやめて市役所へ行きました。市の新年度予算の発表、市長による説明があるからです。朝の道路はツルツル状態で、ノロノロ運転をせざるをえませんでした。市役所到着は9時5分前、会議開始ぎりぎりでした。

 新年度予算については市長が約30分間で概要を説明しました。市がかかげた重点テーマは、①北陸新幹線開業に向けたまちづくり、②災害に強いまちづくり、③中山間地域の振興の3つです。一般会計の予算規模は1241億2555万円ですが、土地開発公社債務整理事業補償金などを除いた実質予算額は925億5515万円となります。これは昨年度よりも2.3%低い数字です。

 きょうの市長の説明のなかで、注目したことがいくつかあります。ひとつは、子ども医療費助成が通院も中学3年生まで拡大されたことです(一部負担金あり)。ふたつは、保育料です。県内の市で一番高かった保育料は、階層区分を13段階から20段階へと細分化し、全階層で引き下げられました。3つ目は住宅リフォーム促進事業が継続されたことです。これらはいずれも関係団体や日本共産党議員団などの提案と運動が実ったものです。こうした前進面と同時に、学校給食の民間委託の流れがさらに強められたこと、関係住民の声を無視して総合事務所の見直しが進められようとしていることなどにも注目しました。

 3月定例議会の会期は今月28日から来月23日までの25日間。新年度予算などの審議が行われます。4人の党議員が力を合わせることはもちろんのこと、他会派議員とも一致できることは共同して市民の命とくらしを守るために頑張りたいと思います。

2012年02月22日

上越地域消防事務組合で可搬型放射能測定器8台購入する計画

 上越地域消防事務組合は新年度一般会計予算で可搬型の放射能測定器を8台購入し、管内の6消防署2分遣所に配備し、上越市、妙高市へ情報提供する計画であることがこのほど明らかになりました。

 関係者によると、これは上越、妙高両市から要請されたもので、各消防署などで観測する風向、降雨量などの気象データとともに消防事務組合のホームページで測定データで公表する予定とのことです。データは上越、妙高両市のホームページでもリンクをはって見られるようにするそうです。予算額は400~500万円ほどといいます。

 これまで、上越市内には上越地域振興局健康福祉環境部に1箇所しか設置してありませんでした。同組合の定例議会が24日に開催されますが、そこで同予算案が可決されれば本決まりとなります。これまで市議会などで柏崎に隣接する柿崎区などに放射能測定器を整備すべきと主張してきただけに、実現すればうれしい。

開花までもう少し

 うれしい、うれしい。牛舎の近くの山にあるマンサクが黄色くなってきました。暖かい日がもう2、3日続けば開花するはずです。ここのマンサクは昨年は2月26日、一昨年は27日に開花しました。今年は例年以上に寒さが厳しいのでかなり遅れるのではと思ったのですが、見てよかった。ほぼ例年通り咲きそうです。

 我が家の庭にある梅の木の花もふくらみはじめました。こちらは大雪で枝が何か所も折れ、満身創痍状態ですが、花のつぼみは丸くなり、開花までいま一歩というところまで来ました。春はもうすぐです。


2012年02月23日

議員団で質問準備、その後、大島、安塚区へ

 朝は雨。雪の上の風景はかすんでいました。一時期、5メートル近くまでなっていた大島区の竹平の積雪は3メートル80センチまで減りました。

 きょうは午前中、総括質疑の打ち合わせを行い、質問通告の準備を集団的にしました。今回は樋口議員が登壇します。行政組織、一般会計の当初予算編成の考え方などをただします。

 夕方、市政レポートの印刷をし、大島、安塚区へ。安塚区では今朝、防災無線で、「総合事務所産業建設グループの集約化についての試行に反対する署名は中止します」という放送が流されたという情報が入りました。一体、何があったのか。明日、探ってみようと思います。

 きょうは時々、激しい睡魔に襲われました。昨晩の原稿書きで睡眠時間が少なかったからでしょう。というわけで、これから寝ます。

2012年02月24日

消防事務組合も原発事故を視野に入れた活動へ

 上越地域消防事務組合の定例議会が開かれました。今回の議会は新年度一般会計予算案の審議が中心です。私は原子力防災のことを中心に据え、村山秀幸管理者や小池義徳消防長に質問をしました。このなかで、村山管理者は、今後、原子力防災も消防組合の活動のひとつになっていくことを認めました。

 新年度予算には管内の6消防署と2分遣所に放射線測定器を配備する予算、約500万円が計上されています。私はまず、「昨年の福島第一原発の大規模な事故があって、予算計上されているのだと思うが、上越地域消防事務組合のこれからの活動の在り方の問題として、原子力防災についても視野を入れた活動展開をしていくのか」と質問しました。これに対して村山管理者は、「(原子力災害に)どういう形で対応していかなければならないか大きな問題として議論してきた。防災の一番の前線にいる消防署の果たす役割はこれから大きくなっていく。そこと行政の連携の中での対応が必要になってくる。今後、消防活動の中でのこのような形の対応をしていくということが当然考えられるし、取り組んでいかなければならない。24時間体制の中での消防の力を発揮してもらう」と答えました。

 原子力災害対策も活動のひとつにしていくとなると、当然、どういう活動をしていくのかの方針を持つ必要が出てきます。「今後は、総合的な対策が求めらる。原発事故が起きた時の活動を考えた整備計画も必要になってくる。どうするのか」との私の質問に、小池消防長は、「国、県の方針と整合を取りながら対応していく」とのべました。

 今回消防署、分遣所に配備する予定の放射線測定器は携帯型です。「どれくらいの頻度で測定していくのか」との問いには、「毎日、午前9時の気象観測に合わせて測定していく」という答えでした。それで、「一日に1回の測定だと住民の不安は解消できない。携帯型の測定器を使うならば、常設型の測定器に近づけるよう、なるべく測定の間隔をせばめて放射線量を測定すべきだ」と注文を付けました。小池消防長は、「今回の予算が成立した段階で、妙高、上越市と観測時間などについて詳細に打ち合わせをしていきたい」と答えました。検討結果を注視していきたいと思います。

 

2012年02月25日

モチ焼きは忙しかったが、楽しかった

 恒例となった大島区旭地区の「あさひ雪あそび」に参加してきました。「あさひ雪あそび」は今回で15回目といいます。雪像あり、カラオケあり、寸劇あり、ゲームあり、花火あり。そして、うどんやモチなどを販売する屋台村もできました。写真は寸劇です。

 私は今回、モチ焼きの手伝いでした。炭火を使ってモチを焼くのですが、お客さんがあって、モチをほしいときに焼けていない。その逆にお客さんがない時にはいくつも焼けているのです。「おい、まだか」などと催促されながら、炭火をおこしたり、モチをかえしたりしながら結構忙しかったです。

 屋台テントにはいろんな人がやってきます。私がいたところには私の地元の市役所職員、Nさん夫婦、市政レポートの読者の方、なじみの地域協議会委員さんなどが来て、おしゃべりを楽しみました。小さな子どもさんとも仲良しになりました。なかには、市議選に立候補する他陣営の運動員さんも来て、私のそばで支持を頼んでいました。帽子をかぶっていましたので、私がだれかわからなかったようです。

 帰りには大山温泉で風呂につかり、その後、ほくほく線の「ほくほく大島駅」に寄ってきました。元総合事務所長のYさんが、「あれは、すごいよ」とべた褒めしていた「雪ほたる」の風景を見たかったからです。たしかに見事な風景でした。先日までの激しい降雪のあと、こうした雪とあそぶイベントに取り組む姿勢、エネルギーはすばらしい。

2012年02月26日

ビラ印刷、集金、懇談会と続く

 またしても雪。でも、きょうの雪はびしゃびしゃしていて、春が近づいてきた感じの雪でした。牛舎近くのマンサクの木の開花はまだです。これで、昨年よりも早い開花はなくなりました。明日、晴れて暖かい日になれば咲くのですが、どうでしょうか。

 きょうは朝からビラの印刷、「しんぶん赤旗」の集金、懇談会と続きました。集金の方は、1月末に集金できずに残っていたものを優先しました。しばらくぶりに会う人が多く、今冬の豪雪の異常さについて語ってくださる方が何人もいました。今冬の雪は短期間にドッと降り、しかも降雪期間の長いことが特徴です。何人もの人たちから、「まいったよ」という声を聞きました。

 家に戻ってからは、ホームページ更新のための準備をしました。新しいパソコンになってから、いまだに更新できずにいますが、市政レポートは毎週発行していますし、随想「春よ来い」も書き続けています。ご心配をおかけして申し訳ございません。

2012年02月27日

マンサク開花

 マンサクの花がとうとう咲きました。市役所から午後4時前に戻って、まっすぐマンサクの木のところへ行きました。高いところの枝にわずか1個、咲いていました。黄色のビラビラを見た瞬間、ものすごくうれしくなりました。きょうは朝から吹雪いたり、晴れたりといった荒れ模様の天気でしたが、日中のお天道様の力でしょうね、開花したのは。

2012年02月28日

資力、住民票のあるなし関係なく、必要な世帯は救助対象

 日本共産党の井上さとし参院議員は27日、災害対策特別委員会で質問に立ち、上越市や十日町市などで行った豪雪調査に基づいて、災害救助法での救助対象について質問しました。政府側は答弁のなかで、同法による除雪は、資力や同一市内に身内が居住するかどうかにかかわりなく、必要な世帯は救済の対象であると認めました。

 質問のなかで井上議員は、板倉区の78歳の女性宅について、「一階がすっぽり屋根まで埋まっていて、二階の窓からロープを伝って出入りをしているが、息子が市内に住んでいるという理由で救助法による除雪支援の対象になっていない」と紹介、「豪雪の中で、まさに生命、身体に危険を、危害を受けるおそれが生じているということで、現に救助を必要としているのに、あなたは市内に息子がいるからとか、あなたは市民税の課税世帯だからといって救助はできませんというのは、これは災害救助法の趣旨と私は違うと思う。危険が生じているのに除排雪できない状況でいる世帯は災害救助法による救助の対象だと考えますけれども、そういうことでよろしいか」と質問しました。これに対して、厚生労働省の西藤公司審議官は、「今回の記録的な大雪におきましては、除雪を行う人員の確保が難しい状況でもございますので、資力の有無にかかわらず、真に救助の必要がある方に対しましては災害救助法による住宅の除雪を行うことができる取扱いといたしております」と答えました。また、「同一自治体に親族がいるいない、これもなしで、関係ないということでよろしいですね」という確認に対しても、「時間的な問題でありますとかそういうことも含めまして、緊急性を勘案した上で、真に必要があれば、救助の必要があれば適用ということで考えております」と答えています。

 井上議員は大島区菖蒲で住民から訴えのあった住民票がないケースの民家についてもとりあげました。同議員は、「二メートルもの屋根雪が積もって潰れる危険のある家で、もう雪庇が屋根から大きくはみ出しているという家」を紹介、「住民票がない場合であっても、必要な場合には当然この救助法に基づく救助の対象になるということでよろしいか」と質問しました。西藤審議官は、「災害救助法が適用された自治体におきましては、住民票の有無にかかわらず、災害に遭われた方に対し必要な救助を実施することといたしております」と明快に答弁しました。

 今回の質問は今月10日、井上議員が日本共産党市議団とともに板倉区や大島区で調査を行った際、「息子さんが市内にいるということで救助の対象になっていない。なんとかしてほしい」(板倉区)、「おらも独り暮らしだが、助けてもらわんない。要援護世帯の3分の1でも助けてもらえないものか」(大島区)、「お金がかかるので、まだ1.5回しか屋根の雪を下ろしていない」(大島区)など市民のみなさんからお寄せいただいた願いをとりあげたものです。今回の政府答弁は今後の豪雪対策をすすめるうえで極めて重要なものとなりました。

基幹的総合事務所の試行、4月実施を断念

 上越市はこの4月から安塚区、大島区総合事務所の産業建設グループを浦川原区総合事務所に集約して災害対策などをを進める方針でしたが、今日から始まった市議会定例会において村山市長は4月当初からの実施を断念することを表明しました。これは市民クラブの本城議員の総括質疑のなかでのことです。

 本城議員の質疑は、「総合事務所のあり方の見直しについて、市民の意見を聴きながら着実に取り組むとはどのように理解したらいいのか。市民の意見で当初の方針を断念することがありうるのか」というもので、どちらかというと、市長の方針を支持する立場から行われました。市議会のホームページで市長の答弁を繰り返し聴き、答弁をまとめてみました。

 先日、安塚、大島、浦川原の3区での「市長と市民の意見交換会」の様子にふれながら、村山市長は、次のようにのべています。「『どうしてこの地域が先なのか』『合併後はあまりいいことがなかった』などご意見が相次ぎ、対話の糸口を見いだせないまま、13区いっせいで実施すべきとの強い御意向を確認するにとどまった。現時点においては、住民の皆さんと行政との認識に隔たりが大きく、安塚区、大島区、浦川原区の皆さんの拒否感が根強い状況において、このまま4月から実施することは、何よりも大切にしなければならない地域の皆さんと行政との信頼関係を大きく損なうものになると危惧した。こうした状況を考え、まずは13区全体のブロック割やそれぞれ基幹的な事務所の設置場所などについて13区の皆さんとも一定の道付けをつけることを先行させる必要があると考えている。そのとりまとめの後、改めて具体的な実施について3区の皆さんと協議させてもらいたいと思っている。この状況の中では4月当初からの実施は難しいと考えている」。再質問でも同趣旨の発言を繰り返しました。

 村山市長は断念という言葉を使ってはいないものの、答弁は事実上、断念したものとなっています。答弁にもあるように、今回の断念は、直接的には意見交換会で関係区の市民から理解してもらえなかったことにありますが、これまで安塚、大島区地域協議会や町内会長連絡協議会などが強く反発し、運動を進めてきたこと、意見交換会後、反対署名運動が始まったことなどが大きな影響を与えました。今後については、「13区全体のブロック割やそれぞれ基幹的な事務所の設置場所などについて13区の皆さんとも一定の道付けをつけることを先行させる」とのことですが、これも簡単なことではありません。総合事務所の見直しは、その区に暮らす人たちへのサービスがいまよりも良くなり、地域の活性化につながるものでない限り、常に反対の渦に巻き込まれることでしょう。

 

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