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2009年10月 アーカイブ

2009年10月08日

「見てある記2」へ移行

 台風が過ぎて静かになりました。そして寒くなりましたね。被災された皆さんには心からお見舞い申し上げます。私のところはたいした被害もなく通過しました。

 きょうは市民アンケートの印刷で苦しみました。印刷機は昨日と同じ機械なのに、きょうはご機嫌が悪く、午後3時頃までに終了させる予定が何と夜の9時近くまでかかってしまいました。また、トラブルです。修理屋さんに来ていただき、2回もドラムの分解をしてもらいました。私が修理するわけでもないのに疲れてしまいました。まだ、明日、市政レポートと議員団ニュースの印刷が残っていますので、どうなるか心配です。

 さて、このブログも8年目となりました。そろそろイメージ転換しようと考え、形を少し変えてみました。中身はこれまでと変わりません。「もっと主張を書いた方がいいのでは」という声もありますが、私の「日々の活動記録」というスタイルを続けていきたいと思います。思ったこと、頭に浮かんだことをそのまま書いていきます。今後ともよろしくお願いします。

 これまでの「ホーセの見てある記」は「見てある記1」としました。トップページからも入れます。

2009年10月09日

自衛隊が小銃持って農村部で訓練計画

 びっくりしました。陸上自衛隊の人たちが、小銃を持って農村部の道を走る訓練をやる計画を立てていたのです。それも朝の6時半から3時間です。学校へ行く子どもたちも農作業をしている人たちも何事が起きたかと驚くはずです。

 計画をしたのは陸上自衛隊高田駐屯地第2普通科連隊で、来週の14日、水曜日に市内の三郷地区で訓練をやろうとしていました。参加人員は約30名。高機動車1両、小型車両1両、救急車1両がつき、戦闘靴を履き、実弾を抜いた小銃を携行した隊員が走り回るという計画です。この情報は思わぬルートから入ってきました。自衛隊から訓練を実施しますという連絡を受けた上越市が、木浦市長の名前で関係町内会に「自衛隊による武装走訓練の実施について」という回覧文書を出したのです。この文書をみて住民が驚いたのは言うまでもありません。知り合いの市議に連絡した人がいました。それで情報は私たちに伝わってきたのです。

 私にこの情報が入ってきたのはきょうの午後でした。この時点では、すでに住民が自衛隊に抗議したのでしょう、14日の訓練は中止という情報も入りました。やれやれといったところですが、それにしてもおかしい。自衛隊が非核平和友好都市宣言をしている市の農村部でこういう訓練をやろうとする、市もそれに待ったをかけるのではなく、住民に訓練実施のお知らせをする。こういうことは、あってはなりません。

 自衛隊は最近も妙高市などでヘリコプターの編隊飛行をしたり、日米共同訓練を繰り返したりしています。来週は、こうした動きに抗議する日が続きます。

 

2009年10月10日

ムカゴ入りご飯

 秋に食べたい自然の味。私の場合は欲張りで、アケビ、シバグリ、ミヤマツ、山芋、ムカゴ、サルナシ、アマンダレ(キノコ)とたくさんあります。そうは言っても、口にできるかどうかは別問題です。ミヤマツはもう何十年も食べていません。

 きょうは、「しんぶん赤旗」日曜版と市政レポートの配達のついでにムカゴ(イモゴとも言う)とサルナシを採ってきました。台風18号の影響がなければいいがと心配していましたが、風にも負けずにムカゴもサルナシもちゃんとついていました。収量はムカゴ、サルナシとも一合マスで3つ分くらい、まずまずの収穫です。

 このうちムカゴは家に戻ってからすぐに洗って「ムカゴ入りご飯」をつくりました。まず、ムカゴをよく洗います。それを鍋に入れて少しゆでます。この時、ちょっぴり塩を入れています。米はあらかじめといでおき、そのなかに少しゆでたムカゴを入れて、あとは炊くだけ。今年もうまくできました。私のご飯茶わんに盛った炊きたての「ムカゴ入りご飯」(画像)です。

 食べたい人は吉川区の山間部に住んでください。いつでも食べることができますよ。

2009年10月13日

予備調査なしのぶらぶら歩き

 11日の午後から京都へ行き、今朝、というより深夜に帰ってきました。三日ぶりの書き込みです。京都では集落再生をテーマにした本の出版の打ち合わせです。集落はなぜ守らなければならないか、その理念を明確にし、いくつかの先進事例を紹介するとともに再生に向けた方向性、具体策を提示するという企画です。徳島大学の中島信教授が中心になって5人で執筆することになりました。5人のうち4人はすでに書く内容が定まっていて、一番遅れていたのは私でした。来年2月には出版という計画ですので、これからしばらく忙しくなりそうです。

 きょうの会議の前に京都の町を約2時間半ほど歩きました。うっかり革靴を履いて出かけてしまったので、足の裏が痛くなりました。予め行ってみたいと思っていたのは浄土真宗本願寺派の総本山本願寺(西本願寺)です。阿弥陀堂、御影堂をみて、書院に入ってびっくりしましたね。国内最古の能舞台や襖絵など、ここは建物も部屋もすべてトップクラスの美術品だらけ、まるごと美術館といった印象を持ちました。もうひとつ、感動ものだったのは飛雲閣です。これは1632年にあの聚楽第の一部を移築した建物と説明がありました。先日、上越市内で聚楽第にかかわる屏風が発見されて、それをみていたので、三階建ての楼閣を見た瞬間、くぎ付けになりました。

 本願寺を出てからは堀川通りを北の方向へ進み、途中から細い通りをぶらぶらと歩きました。京の町は歴史のある町ですから、どこへ行っても歴史的な建造物などにぶつかります。古典落語の「やかん」に「油小路のぶらこうじ、ぱいぽ、ぱいぽのしゅうりんがん…」というのがあります。まずはその油小路に入ってみました。素敵な町屋がたくさんあり、いいなあ、と思っていたら、右側に石碑があります。何だろうと思ったら、本能寺跡の碑(画像)でした。もう、気分は最高でした。その後は、室町通りに移行。そこでも町屋があり、和服姿で歩く人たちがいる。事前に調査をしないで歩くのがこんなにも面白いとは思いませんでした。

 

七人で五百歳弱アイス舐む

 毎週月曜日は新潟日報の読者文芸欄を読むのが楽しみです。ところが、昨日は京都でしたので読めませんでした。今朝は、市役所に着いてまずこれを読みました。

 昨日の文芸欄は第122回の日報歌俳壇賞の発表でした。この俳壇賞の中に妻の句が佳作で入っていました。前回に続く入選です。妻の句は「七人で五百歳弱アイス舐む」。柏崎市に住む妻の両親を訪ねた時、私を含めて7人でアイスを食べていた時の様子を句にしたものです。それぞれ、年相応に老い、7人がもくもくとというか、「集中して」アイスを食べている様子がよくわかります。選者の中原道夫さんからは、「数字のマジックに酔いしれる」という言葉をいただいていました。

 妻にはすぐにメールで祝いの言葉を送ったのですが、仕事で見る暇もなかったようです。返信があったのは夕方でした。妻を職場に迎えに行くと、同僚の方からも「載ってましたね」と声をかけてもらったそうです。よかった。

自衛隊の武装走訓練は関係部長も知らなかった

 今朝は9時から党議員団の4人と市民クラブの本城、小関両議員で総務部長、総務課長に会いました。今回の自衛隊の訓練に対する市の対応への抗議と経過説明を聞くことなどが目的です。

 本城議員が参加者を代表して「今回の訓練は非核平和友好都市宣言にふさわしくないものである」と抗議の意思を伝えた後、私も補足発言をしました。私からは、「今回の(訓練)情報を聞いて、びっくりしたのは2点だ。ひとつは、自衛隊が白昼、しかも子どもたちが通学する時間帯に武器を持って走り回るという計画の非常識。もうひとつは市の対応だ。自衛隊から連絡を受けたら、こんなことはやめてという申し入れをすべきなのに、関係町内会に『こういうことがあります』という連絡をした。これは問題だ。14日の訓練は中止となったが、おそらくまたやろうという計画が出てくるだろう。今後はやめていただきたいとはっきり申し入れてほしい」とのべました。

 約40分に及ぶ交渉のなかでハッキリしたことは、
①自衛隊はこれまでも市民の目に触れる場所で小銃などを持って訓練をしてきたこと、
②市としては自衛隊から訓練をするという連絡を受けて、時間帯等の変更を要請したこともあったこと、
③今回の訓練については総務部長も市長も知らなかったこと、
④市長名で関係町内会長(16町内会)に出した「お知らせ」は課長決裁だったこと、
などです。

 交渉の中で、市村総務部長は訓練そのものをやめるようには言えないが、市民や議員から抗議の声があったことを自衛隊側に伝えるとともに、市民への連絡にいたるまでの対応のあり方を検討すると約束しました。

2009年10月14日

中央委員会報告の視聴、その後は草刈

 昨日、党中央委員会が開かれ、幹部会報告の中で先の衆院選の総括、来年の参院選にむけた方針などが明らかにされました。衛星放送での中継を見ることができませんでしたので、きょうはインターネットの録画で見ました。

 注目したことの1つは、新政権の様々な動きをどう見るかです。官僚の国会答弁禁止が打ち出された時に、これで行政のチェックがちゃんとできるのかと疑問を感じました。志位委員長が国会権能の弱体化につながると批判したのは当然です。マニフェストをどう具体化していくかについても、国民の声を聞いていく、国会で審議を尽くすことの重要性が強調されていました。いま、上越市は市長選直前です。マニフェストについての言及は新市長への対応をどうすべきかを考えるうえでも参考になる指摘でした。この他、衆院選の総括で、持てる力を十分発揮したかとの分析と同時に「党の自力」そのものにもふれていることなどにも注目しました。

 お昼前からは草刈りです。しばらく牛舎周辺の草刈りをしてこなかったので、いつか時間をつくってやらなければと気にしていました。きょうは天気もよく、会議もなかったので思い切って草刈り機を出して頑張りました。約2時間、草刈りをしたら、すっきりしました。終わってまもなく、市長選の予定候補の一人の方がわざわざわが牛舎脇を通りました。私が何をしているか、様子を見にこられたのでしょう。それにしても、体を動かす仕事はいいですね。自分のやった仕事、がんばりをちゃんと確認できますから。

 

2009年10月15日

第5回吉川区敬老会

 また晴れました。きょうは吉川区の敬老会です。2005年から地元市議として毎回参加していますが、雨や風に泣かされたことは一度もありません。天気が良くて、アトラクションも盛りだくさん。歌あり、踊りあり、マジックありで、大いに盛り上がった敬老会となりました。

 式典では中川周一副市長が主催者を代表して、「きょうは、高沢入の92歳の山本しんさんをはじめ、300人近い人たちからご参加いただいた。皆さんは、戦前、戦中、戦後と郷土を築いてこられた。心から感謝申し上げる。これからも長生きしてください」と挨拶しました。また、山岸行則議長も、「NHKで『天地人』が放映されているが、これが採用されたのは、いまの世の中で義と愛の心が足りないからだと聞いている。上越の地で、この心を身につけている皆さんからぜひ若い人たちに伝えていただきたい」と訴えました。
 
 昨年に続いて今年度も参加対象者は75歳以上でした。区内の対象者は984人、このうち290人ほどの方が参加されました。会場はいつもと同じ長峰温泉ゆったりの郷ゲートボール場です。アトラクションの時間になり、酒も入って、会場内では、「久しぶりだね」「元気かね」と言葉を交し、握手する姿があちこちで見られました。

 アトラクションは、まず琴永会の皆さんが懐かしい曲を演奏。続いて、毎回駆けつけてくださる吉川踊りの会の皆さんが素敵な踊りを披露してくださいました(画像)。その後は、長岡市小国町出身の歌手、中山あかりさんや上越市高田のマジシャンクラブ代表、ジョーク峰さんの本格派マジック、ゆったりの郷従業員による「麦畑」の寸劇と続きました。

 中山あかりさんは歌と踊りだけでなく、林家こん平と同郷の人だけあって「しゃべり」も上手でした。「きょうの敬老会は50歳からなの?皆さん、お若いですね。そばに行ってみようかしら」と言って観客席に下り、「やっぱり若い、それなりの顔をしていらっしゃる」(画像)。『日本全国幸せに』という唄に合わせて「はー、よいしょ」と踊って、「暗くなっても私はあかりです」とやる、見事でした。

 見事と言えば、アトラクションを請け負った地元、ゆったりの郷従業員の皆さんによる寸劇も楽しさ満点でしたね。中村支配人ともう一人が歌うオヨネーズの「麦畑」に合わせて、お面をかぶった「かかし」「およね」「松っつあん」役などの皆さんが個性あふれる動きをみせ、会場は笑いの渦に(画像)。とくに、「松っつあん」が「およね」を抱き寄せ、腰をあやしげに動かす場面では爆笑でした。それにしても、「松っつあん」役の人が女性だとは気づきませんでした。

 敬老会が終わって参加者の皆さんから声をかけていただきました。「おら、おまんちのお父さんと酒屋もん、一緒だったがど。酒造り唄一緒に唄ったもんだ」「きょうはおもしかったでね。ありがとね」「吉川区、頼むよ」。私も楽しみ、元気をもらった敬老会でした。

2009年10月16日

国内最大のナメコ生産施設視察

 まさか日本有数の豪雪地帯にこれほど巨大なナメコの生産施設があるとは……。きょうまで知りませんでした。場所は十日町市松之山、有名な美人林へ行く途中です。大きな建物は前から知っていましたが、倉庫だと思い込んでいました。

 きょうは市議会食料・農業・農村議員連盟の視察でした。松之山のナメコ栽培、松代のレタス栽培、安塚のシイタケ栽培の状況を見て学ぶことが目的です。7人の市議のひとりとして参加してきました。3か所の視察で共通して感じたのは、豪雪地帯でも通年で仕事をして稼ぐために農業分野で頑張っている人たちがいることの素晴らしさです。「雪がたくさん降るから農業はダメ」という先入観を吹き飛ばしてくれました。そしてもうひとつ、弱電工場などが相次ぎ撤退するなかで農業関係の生産施設が残っていて、そこが地元の大事な雇用の場となっている、これもたいしたことだと思いました。

 さて、話を前に戻しましょう。松之山のナメコ生産施設ですが、ゆきぐに森林組合、有限会社松之山きのこ、JA十日町がそれぞれ分担し、ナメコ生産を最先端の技術を駆使して行っているのです。それも国内では最大の施設といいます。培養、発生、パッケージのほとんどを機械でやり、年間364日稼働、年間1200トンものナメコをジャスコなどに出荷しているそうです。ボトルで育ったナメコをカットする機械(画像)は全国ではふたつしかないということでしたが、見事にカットしていましたね。人間はというと、コンベヤーで流れてくるナメコを選別(画像)したり、箱詰めされて出てくるものを運ぶ仕事などをやっていました。これは機械に追われてたいへんな作業に見えました。

 キノコの栽培は上越市内でも柿崎区や三和区など各地で行われているそうです。東京都の面積の半分もある市ですので、まだまだ、私の知らない農業の取り組みがあります。きょうは、もっと現場に出て勉強しなければと思いました。

2009年10月17日

日米共同訓練に反対する集会・デモ

 関山での自衛隊と米軍による日米共同訓練に反対する集会・デモに参加してきました。高田のスポーツセンター駐車場には県内外の平和団体などから300人ほどが参加していました。日米安保問題が政権交代が行われても自公政権の時と一番変わらない分野とも言われているだけに各団体代表の挨拶を注目して聴きました。

 主催者を代表して挨拶したのは社民党の県議で、地元の共闘会議議長の小山芳元氏です。同氏は、「オバマ米大統領のプラハ演説で核廃絶の動きが出始めたこと、新潟で国連の軍縮会議が行われたことなどに照らせば、今回の演習は時代に逆行する」「演習で住民の暮らしが脅かされる」と強調しました(画像)。日米共同訓練に反対する地域の会の嶋田五郎氏は、「このところ日米共同訓練が一日も休みなしに日本各地の演習場で行われている」「自衛隊の訓練は、関山のヘリコプターの編隊飛行訓練のように演習場の範囲を越えて住民の安全を脅かすようになってきている」ことなどをあげて反対行動を強めていかなければならないと訴えていました。この二人だけでなく、他の団体代表の発言も聴き、日米安保は住民運動の手を緩めると自公政権時代よりも強化される可能性があると感じました。

 きょうの集会には日本共産党新潟県委員会の県民運動部長の武田勝利氏も参加していました。この間の衆院選で新潟1区及び比例の候補者として頑張った人です。夕方、新潟県委員会からファックスが届いていました。武田氏が来年の参院選新潟選挙区で立候補するという内容です。日米安保の動向を考えた時、日本共産党など安保廃棄派の躍進が絶対必要です。武田氏には大いに頑張ってもらいたい。

 家に戻ってからは市政レポートの印刷でした。故障続きなので新たな印刷機を求めることにしていますが、まだ更新には至っていません。故障しないようにと祈るような気持で作業を進めました。片面の印刷は無事終了、これならもう片面も順調に行くかも知れないと思ったら、だめでした。上野議員のお店に持ち込み、印刷してもらいました。

2009年10月18日

全県活動者会議

 きょうは全県党活動者会議でした。上越市はきょうが市長選の告示日でもあります。長岡市の会場へ向かう途中、柿崎区内にあるナルス前で候補者のひとりがかすれた声で街頭演説をしている場面に遭遇しました。こちらで候補を擁立できなかったので、なんとなくさみしい思いで通り過ぎました。

 全県党活動者会議は先日の第9回中央委員会決定を受けて、総選挙の教訓を学び、来年の参院選を勝利する土台づくりの会議です。

 冒頭、参院選の東海・北陸ブロックの比例候補として決まったばかりの名古屋市中村区の河江明美(かわえ・あけみ)さんが挨拶しました。リュックを背負って会場入りした河江さんは44歳、「元気のかたまり」といった女性で、明るく元気な訴えに「この人ならいける」と思いました。小日方新潟県委員長の話によると、河江さんの街頭演説を聴くと感動で胸がいっぱいになるそうです。昨日、参院新潟選挙区の候補として記者会見したばかりの武田勝利さんも挨拶しました。武田さんはもうベテラン、衆院選の疲れも見せず、県民の中に入り、政治の変化を肌に感じた体験と参院選勝利にむけた決意を語りました。こちらも元気あふれた、堂々とした挨拶でした。

 会議では中央委員会に出席した県委員長の報告と6人の発言を聴きました。県委員長は、中央委員会での委員の発言なども引用して幹部会報告のポイントの説明を行いました。日本医師会の人と一緒に医療シンポに参加した小池参院議員の発言の紹介などとても興味深いものがありました。6人の発言は衆院選後、県内で先進的に頑張ってきた人たちの発言です。持てる力を全面的に発揮した経験や自力をつけるために仲間や新聞を増やし続けてきた経験は学ぶところがたくさんありました。この6人のひとりは上越市議団の上野議員です。頸城支部の楽しく元気な活動はいまや全県組織を引っ張る役割をはたしています。こちらも頑張らないと取り残されそうです。

 会議でいつも声をかけてくださるのは県委員会勤務員の北村直吉さん。きょうも書籍販売のコーナーで、「橋爪さんにはこの本を読んでもらいたいんだけど」と呼び止めていただきました。その本とは『信念と不屈の画家 市村三男三』(なかむらみのる著、光陽出版社)です。新潟市(旧横越町)出身のプロレタリア美術運動の指導者、市村三男三(いちむら・みおぞう)がどういう人であるかを多喜二・百合子賞受賞者である作家のなかむらみのるさんと北村直吉さんが丹念に調べていく過程を書いた本です。これまで何冊かの評伝を読んだことがありますが、どういう人物であったかをこういう形で紹介していくものは初めてです。読みはじめたら面白い。深夜には読了してしまうでしょう。

2009年10月19日

「中学生従業員」

 議員団会議を正午前に終えたので平良木議員とともにあるラーメン屋さんへ行きました。入ったところはいつも行列ができるほど繁盛しているお店です。ただ、私たちが入った時間がお昼前とあって、客席には余裕がありました。食べたのはいうまでもなくラーメンですが、これから書くことはラーメンのことではなく、「中学生従業員」についてです。

 二人掛けのテーブルのところに座ると、背は高いものの、一見して子どもっぽい男性が30代の女性従業員とともに注文取りにきました。「ご注文を確認させていただきます。塩野菜ラーメン1つと味噌ラーメン1つ。これでよろしいでしょうか」。たどたどしい言葉でした。はて、この人はどういう人かと思って男性の姿をよく見ると、浦川原中学校の何なにという名札がついています。なるほど、これで理解できました。中学生の職場体験学習なのです。

 おそらくこの「中学生従業員」はきょうが初日なのでしょう。「従業員」としてお客に声をかけるのも、テーブルをふくのも、どんぶりなどの後片付けをするのも、みんな初めてのはずです。そばに付き添う30代の女性従業員が笑顔でアドバイスをしていました。厨房にいる人たちもこの「中学生従業員」にやさしく声をかけて教えていました。この光景がじつによかったです。

 そして、事情を知ったお客さんたちの態度も好感が持てるものでした。みんな、この「中学生従業員」の口から出るたどたどしい言葉をやさしく受け止め、「この子、大丈夫か」と見守っています。上越市の中学生の職場体験はたしか5日間だったと思います。どこの職場でも中学生は最初、緊張するけれども、体験学習の後半になるとぐんと成長して終わるといいます。木曜日あたり、もう一度この店を訪れてみたくなりました。

2009年10月20日

武装走訓練に関して、市が陸上自衛隊に要請

 陸上自衛隊高田駐屯地の武装走訓練については既報の通り、先日、上越市の市村輝幸総務部長にたいして、自衛隊に中止を働きかけることなどの申し入れを行いました。きょう、市村総務部長、塚田総務課長から自衛隊側に申し入れた内容が明らかにされました。

 陸上自衛隊には16日、市村総務部長が赴き、14日に予定されていた武装走訓練については市民や市議から「大きな不安を感じる」との懸念の声が寄せられたことを伝えました。そのうえで、今後の訓練実施にあたっては市民が不安の念を抱くことがないよう十分配慮してほしいとして、次の3点を要請したということです。

 その1つは、訓練の実施にあたっては、市民生活に影響を及ぼさないよう時間帯や場所等について十分配慮すること。2つ目は、訓練の実施に関する市への通知についてです。これについては、市民への周知を徹底するためにも十分な余裕をもって行うこと、また、通知文書は、実施主体の責任を明確にするため、実施部署の責任者名による市長あての公文書とすることなどを求めました。3つ目は、訓練の内容により、広く市民への周知が必要な場合には、実施主体の責任において報道機関への情報提供を行うなど、万全の措置を講じることです。

 市民の目に触れる場所での訓練中止を求めた立場から言うと、要請内容は不十分なものですが、それでも市民の安全な暮らしを考えた時、一歩前に出たと感じました。要請を受けた自衛官は、駐屯地司令に伝えるとのべたそうですが、今後、どういう対応になるか注視していく必要があります。なお、14日に予定していた武装走訓練は関山演習場内で行ったことが明らかになりました。

 きょうの説明では、市の内部的な対応についての検討状況も明らかにされました。先日の6市議の抗議と要請行動では、訓練実施の通知文書を総務部長も知らなかったのはおかしいとのべてきましたが、①今後、自衛隊の訓練関連の通知文書は部長まで上げるようにしたこと、②訓練内容によっては、副市長、市長の判断を仰ぐこと、③市民生活にかかわる訓練については議会にも伝える、こととしたとのことです。

2009年10月21日

コトコト喜ぶ

 18日付「しんぶん赤旗」日刊紙の「読者の広場」に上越市在住の柳川月さんの投稿が掲載されています。「幸せを導いた『潮流』に感謝」というタイトルがついた文章です。そこでは、赤旗一面のコラム、「潮流」(9月20日付)に月さんが詠まれた短歌が紹介されたこと、及び掲載後の読者の反響に感動したことが書かれているのですが、文中に「一人コトコト喜びました」というのがありました。

 「コトコト」というのは軽く物をたたいたとき、または軽い物が触れ合うときの音を表す語で「風が吹いて戸がことことと鳴る」等といった使い方をします。今回、月さんの文章で初めて「コトコト喜ぶ」という使い方を見ました。おそらく、月さんのことですから、ご自身の短歌が「潮流」に紹介されたのを見て、体をキュッと引き締め、手を叩いて喜ばれたのではないかと思います。「一人コトコト喜びました」からはその時の様子が目に浮かびます。

 月さんは毎月、「ざ、むーん」という通信を発行されていて、わが家にも郵送されてきています。随想、短歌、行動記録などが満載された通信です。そこでも、言葉の使い方は正確かつ丁寧ですので、今度お会いした時は、「コトコト喜ぶ」をどんなお気持で使われたか、ひと声掛けて確かめてみようと思います。

宝物が次々と

 たまには片づけ仕事もいいものです。中越沖地震でバラバラになった本や資料は段ボールに入れるか、本棚にかさねておいのですが、昨日から時間をつくって片づけを始めました。昨日は2時間、きょうは3時間ほど集中してやりました。うれしかったのは、30数年前の資料や写真がいくつも見つかったことです。

 まず、吉川町酪農組合の資料です。1977年(昭和52年)の11月11日に取り組んだ30周年記念大会の資料(画像)が牧草のパンフレットの中からぱらりと落ちました。大会の次第や吉川での酪農の歩み、1957年(昭和32年)から1976年(昭和51年)までの組合員数と乳牛の飼養頭数、表彰者名簿などが書かれていました。当日は私も参加していたのですが、資料を改めて読んで、びっくりすることだらけでした。1947年に北海道から11頭の乳牛を導入し、翌年には直江津駅前の山崎屋(いまのハイマートかな?)に売ったとあります。いまは吉川区に酪農家は2人だけですが、1962年(昭和37年)には何と80人もいたのです。大会では記念講演の講師として茨城県協和町の鈴木茂さんに来ていただきました。鈴木さんは私から要請したのですが、この講演を聴いてから、酪農仲間の飼養管理方法は二本立て給与法にかわったのでした。

 歌集も出てきました。これは柏崎市や小国町などの青年たちが吉川区の長峰池近くでキャンプをやった時のものです。1974年とありますから、昭和49年のことです。8月17日から18日にキャンプをやり、火も燃やし、歌声を響かせたことを記憶しています。キャンプ場付近はいま、柿崎区の住宅地になっています。歌集のトップに載っていたのは「戦車は動けない」です。歌詞のほとんどは忘れたものの、「戦争は通さない、戦車は動けない」という繰り返しの部分だけはよく憶えています。この歌集はガリ版刷りですが、よく見たら、見覚えのある字体です。これは私の妻が書いたものでした。

 そしてもうひとつ、新潟市古町13番町の紙芝居屋さん、西村徳治さん(故人)宅を訪ねた時の写真(歌集も一緒です)が出てきました。私は学生時代の3年間、西村さん宅の離れで暮らしていたのですが、卒業後も時々訪ね、お世話になってきました。写真はおそらく、妻が作成した絵本、「おとうさんのしごと」を紙芝居にしていただいた頃、おじゃした時のものだと思います。まだ、私の体重は58キロ、青年団では駅伝のランナーでした。シンジラレナイ。

 こうした資料や写真は私にとって宝物です。今度はきちんと保存して、大切にしたいと思います。

2009年10月22日

「中学生従業員」のその後

 あの「中学生従業員」はその後どうしているだろうかと気になって、月曜日に行ったラーメン屋へ行ってきました。さがしたら、ブルーの体操ズボンをはいた中学生がちゃんといました。ああ、よかった。「中学生従業員」にとって仕事はきょうで4日目です。予想していた通り、わずか4日間でもぐんぐん成長している様子を確認できて、うれしくなりました。

 月曜日は初日だったこともあって、30代の女性従業員が付きっきりでした。きょうはちがいましたね。カウンター脇から店内を見渡し、お客があれば、注文取りに出る。お客が席をたてば、すぐにそのテーブルまで行き、後片付けをする。テーブルを拭く。自分で自分のやるべき仕事を見つけ、仕事をするようになったのです。ただ、まだ声が小さい。それに緊張感があるのか、笑顔がまだ出ませんでした。でもすごいことです、4日間でこれほど変わるなんて。

 お金を払う時に女性従業員に「中学生、なかなかいい子ですね」と声をかけました。「はい、ありがとうございます。明日までなんですよ」という言葉が返ってきました。きょうは厨房にいた職員から、女性従業員を通じてアドバイスもあったようです。今回、ラーメン屋さんで職場体験学習をした生徒は、来週からは学校の授業です。実際に仕事をしたことで、大人たちの仕事も学校の授業もこれまでと違って見えるかも知れません。

陸上自衛隊が明日行進訓練

 いったいどういうつもりなのでしょう。先日、市役所幹部が「訓練実施の通知については、市民への周知を徹底できるよう十分な余裕をもって行うように」と申し入れたばかりなのに、昨日、陸上自衛隊高田駐屯地第2普通科連隊が23日に行進訓練を実施すると通知してきました。

 訓練は明日の午後2時から午後10時まで。25人の隊員が鉄帽をかぶり、小銃等をもって歩きます。場所は市内の下綱子から中ノ俣を経て上湯谷まで。高機動車及び救急車両がそれぞれ1台つきます。先日、三郷地区で行おうとした武装走訓練とは違いますが、計画を知らない人たちが行進に出合えば、「何事が起きたか」とびっくりするに違いありません。

 それにしても通知して2日後に訓練実施とはひどすぎます。市では、これでは周知期間が短すぎると訓練の延期を要請したといいますが、自衛隊側は「前からの計画なので延期できない」と答えたといいます。これでは、市民から信頼される自衛隊にはなれませんね。直ちに中止すべきです。

秋も深まり静かな夜

 セミの時はいつまで鳴くかずっと気にかけていたのに、アオマツムシの「リー、リー、リー」という鳴き声やコオロギの仲間たちのことはすっかり忘れていました。夕飯を食べて、外に出て初めて気がつきました。いまはもう、ほんのわずかな虫たちしか鳴いていないのですね。秋は深まり、夜はぐんと冷えて、いま鳴いているのはおそらくキリギリスの仲間、オナガササキリでしょう。クリックしてみてください。鳴き声が聞こえるはずです。

 すでにお気づきの方もあるでしょうが、一日分の日記をまとめて書くのをやめました。きょうのように、一日に何回も書き込み(投稿)することがあります。いままで同様、お付き合いくださいますようお願いします。

2009年10月24日

休日・夜間診療所へ

 まいりました。午後2時頃から腹がふくれて、パンパンになり、夕方になったら、痛くてがまんできなくなりました。どうもポテトフライを食べたのがいけなかったようです。夜の6時半過ぎに家を出て、上越休日・夜間診療所で治療してもらってきました。

 担当医からは「張っていますね」と言われ、点滴をしてもらいました。自分以外の点滴は何度も見てきましたが、自分が点滴されるのは初めてです。液体がポツッ、ポツッと減るのをじっと見ているのもつらいものですね。おかげで痛みは和らぎましたが、明日、今晩の担当医の経営する医院に来なさいとのこと。単なる一過性のものなのか、それとも内臓のどこかに異変が起きているのか、調べてもらうことになりそうです。

 休日・夜間診療所は発熱した人などが30人ほどいて、にぎわっていました。なかには吉川区から駆けつけた人もいて、子どもさんの具合を心配しておられました。9月議会で休日・夜間診療所の運営経費が増額補正されたので一度は診療所の状況を見ておきたいと思っていましたが、まさか、自分がかかることになるとは……。

2009年10月25日

紅葉真っ盛り

 朝早くから「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしました。昨日の午後から体調をくずしたので、わがままさせてもらいました。通常、配達は土曜日までにやっているので、読者のみなさんには何かあったのかと心配をおかけしました。

 午前8時過ぎには配達完了。医者の所へ行く前に終わらせたかったので一安心しました。それに、もうかったことがあります。朝早く出かけたおかげで、朝日を浴びた紅葉を見ることができたのです。場所は吉川区内尾神の通称、ナナトリ(正式名は国造山と国造山外)、私の祖父が炭焼きをした山です。赤と黄色がいいですね(画像)

 写真も撮ってきました。一昨日の晴れた日にはソバを干す場面に何回もあったのですが、きょうは小豆を干そうとしていた人がいて、すぐデジカメにおさめさせていただきました(画像)。この女性のお話では、今年は小豆の出来は上々だそうです。

胆石が原因か

 ご心配をおかけしました。きょう、腹痛の関係で、午前11時より約2時間半にわたって医師からいろいろな検査をしてもらいました。憶えているものは……腹部エコー、レントゲン、胃カメラかな。結果は胆のうにある胆石が問題だということです。どうもこれが昨日からの痛みの原因のようです。

 肝臓に肝のう胞と脂肪肝があることもわかりました。このうち、肝のう胞は以前からあって大きくなっていないので問題はないということでした。胃カメラの検査では胃がかなり荒れていて、一部に生検する必要がある部分があるということで、新潟で分析してもらう手はずをとってもらいました。10日後に結果が出ます。

 検査後、医院を出て、バス停めざして30分ほど歩きました。そうしたら、お尻から次々とガスが出て「大爆発」。これでお腹の張りはほとんどなくなりました。今晩は酒は飲まないように、という医師の指示でしたのでがまんしています。食事は軽いものはなんでも食べられます。

市長選結果を見て

 大激戦となった上越市の市長選。きょうが投票日でした。結果は、副市長だった村山ひでゆき氏(61歳)が53071票(得票率49.4%、絶対得票率31.9%)を獲得し、当選しました。上越タイムス社の前社長の大島まこと氏(49歳)は30400票(得票率28.3%、絶対得票率18.2%)、元市長の宮越かおる氏(68歳)は24020票(得票率22.3%、絶対得票率14.4%)で及びませんでした。

 投票結果を市役所のHPで見て、まずびっくりしたのは投票率の低さです。今回の投票率は65.09%。4年前の市長選の投票率は67.01%でしたが、まさか、今回、それを下回るとは思いませんでした。今回の選挙が盛り上がりを欠いたのは、率直に言って、民主政治の本道を行く選択肢が示されなかったからだと思います。結果として、地元経済界や組織に頼る従来型の選挙を大きく変えることはできませんでした。この点では、候補を擁立できなかった私どもにも大きな責任があります。また、選挙戦のなかでは、新幹線問題など市政の重要課題での論戦が不十分だったことに加えて、怪文書が飛び交ったりした宣伝戦に市民が嫌気をさした点も否定できないと思います。

 村山氏が他の2候補をこれほど引き離したのもびっくりでした。もっと接戦になるかも知れないと思っていたからです。いまの時点で振り返ってみると、公約のトップに小・中学校卒業までの医療費無料化や
通園・通学バス利用者負担の無料化など暮らしの問題を据えたことが大きかったと思います。また、自らを知ってもらうために、自己紹介パンフで「小さな庭に花を植え、楽しんでいます。今年はアサガオの種をまきました」と書くなど自己ピーアールのうまさもありましたね。ただ、その一方でいくつもの箱物施設の検討をかかげました。市財政の厳しさを考えれば簡単には進められないだけに、慎重な対応を求めたいと思います。

 さて、今後どうするかです。私たちは8月に、市民の皆さんから市政に関するアンケートをとらせていただきました。これを十分吟味して市政に活かしていきたいと思います。そして、新市長に対しては、暮らしの問題などで市民に喜ばれることについては大いに応援していきたい。もちろん、問題があることについてはただし、厳しく対応してまいります。新市長の座右の銘は、「大を誇らず、小を悔らず」だそうです。ぜひそうあってほしいものです。

2009年10月26日

もうひとつの市長選

 長野県選挙区の党参院選候補、中野さなえさんのホームページを見て驚きました。告示前のわずか1か月前に長野市長選に立候補を表明した高野登氏が大健闘し、現職の候補と僅差とあったからです。高野氏については「しんぶん赤旗」でわが党も推す候補であることを知っていましたから、きょうは市役所へ行き、まず信濃毎日新聞で長野市長選の結果を確認しました。上越市と同じく三つ巴戦となり、高野氏が現職にあと651票差まで迫ったとありました。これはすごいことです。午後から行った党市議団会議でも話題となりましたが、上越市長選と対比しながら教訓を得たいものです。

 明日から3日間、京都府綾部市などへ行ってきます。市議会の中山間地対策特別委員会の視察です。ホテルでパソコンが使えれば発信しますが、そうでない場合は書き込みを休みます。
 

2009年10月27日

「水源の里まいばら元気みらい条例」に学ぶ

 滋賀県彦根市からの発信です。きょうから3日間、市議会中山間地対策特別委員会の視察です。初日のきょうは米原市での視察でした。同市は2005年(平成17年)に米原町、山東町など4町が合併してできた自治体です。人口は約4万1000人。日本百名山のひとつ、伊吹山があります。

 米原市では、「水源の里まいばら元気みらい条例」について学びました。この条例は、過疎、高齢化が進んでいる集落の持続的な発展をめざした条例です。同市の高齢化率は23.3%ですが、市内の半数以上の自治会で55歳以上人口が40%を占めています。そこで同市では、集落の高齢化率がおおむね40%以上で、2以上の集落が連携及び協力する市民自治組織を結成しているところを対象に定住対策などの支援をすることにしました。

 説明を聞いて印象に残ったのは、高齢化が進みすぎる一歩手前で手を打つことが大事という発想です。各種施策の対象集落の条件のひとつに「おおむね高齢化率40%以上」としたのはこういう発想に基づくものだったのです。いまひとつ、これは学ばなければと思ったのは、条例制定後、「水源の里まいばら元気みらいづくりプロジェクト」推進の作業に入っていることでした。水源の里の、①新しい価値の創造、②指定地域支援、③人づくり、の事業を体系だてて検討しているのは参考になりました。

 最後にうれしいことをひとつ書きます。同市では、いま、職員総がかりで集落点検をやっていますが、これは上越市の取り組みをモデルにしているということでした。市役所職員のすべてがかかわって高齢化の進んだ集落対策に乗り出しているというのはすばらしいですね。

2009年10月29日

40年ぶりに赤ちゃんの泣き声が

 先ほど視察から戻ってきました。まず昨日の視察報告をします。ホテルに使えるパソコンがなく発信できなかったものです。

 京都は綾部市からの発信です。綾部市は京都駅から山陰線の特急で約1時間のところにあります。初めて知りましたが、室町幕府を開いた足利尊氏の生まれた地、肌着メーカー・グンゼの創業の地だそうです。

 この地にここ数年、自治体関係者の視察が相次いでいます。2006年(平成18年)12月、同市が制定した水源の里条例を学ぼうというのです。きょうも上越市議会だけでなく、山口市議会、岡山県高梁市議会が訪れていました。

 同市の水源の里条例は、過疎、高齢化のすすんだ集落の再生、機能維持を目的にした条例としては全国で最初の条例です。①市役所から25キロメートル以上、②高齢化比率60%以上、③世帯数20未満の条件を満たした水源地域の集落を対象に定住対策や都市との交流促進などを盛り込んでいます。

 市役所の水源の里振興課長から、いまなぜ水源の里なのか、これまでの取り組み、条例の主な内容などを説明してもらいましたが、私が今回の視察で知りたかったのは、対象となった5集落のその後の動き、そして、5集落以外の高齢化のすすんでいる集落の対策をどうしているかでした。

 まずは条例施行後の5集落の変化です。振興課長の口からうれしい報告を聞きました。5集落のひとつ、市志(いちし)という集落で40年ぶりに赤ちゃんの泣き声が聞こえることとなったといいます。また、市茅野(いちがや)という集落では子連れの若い夫婦世帯が入ってきて、人口は3年前の12人(2006年4月時点)から18人(2009年4月時点)に増えたとか。当然、高齢化率にも影響を与えます。高齢化率は100%だったのが、何と55.6%に急降下しました。

 きょうの視察ではマイクロバスに乗せてもらい、若夫婦が入ったという市茅野集落へ行ってきました。世帯数は14、谷間にある集落でした。いいなぁと思ったのは川の流れです。水がものすごくきれいで、おそらく小さなハヤでしょう、泳ぎ回っていました。農道から同集落の畑のある場所へ行ってびっくりでした。フキを中心にして、サンショウ、ギンナンなどを栽培し、農業所得を得ようと懸命に働いている人たちがいたからです(フキ栽培の畑のそばで)。市役所の課長の説明ですと、フキだけで1反あたり30万円ほど収入を得ているとのことでした。畑には都会からボランティアで援農にきている若いカップルの姿もありました。一目で良い方向に動いているなと感じた次第です。

 ところで、5集落以外の高齢化のすすんでいる集落対策ですが、やはり、手を打ってありました。同市にある195集落のうち高齢化比率50%以上の集落は45にものぼりますが、関係集落の代表を集め要望を聞いたり、空き家体験ツアーなどの取り組みをしていました。こうした取り組みの中で、これまで19世帯49人の定住者が生まれたといいますから立派です。

「日本一の田舎づくり」をしている美山町

 きょうの視察地は京都府南丹市の美山町でした。先日、京都市内で地域再生に関する本の出版企画会議をした際に、美山町から参加された方があり、同町の地域づくりの紹介もあったので、大きな関心を持って訪ねてきました。

 南丹市美山町(旧美山町)は人口4500人ほどの町です。土地の96%が山林で、谷間の平地に田畑がある、そんな感じのところです。いま、「日本一の田舎づくり」をしている町として全国から注目されています。

 山も川もみんなきれい
 マイクロバスで美山町に入ってまずびっくりしたのは、町全体が名前の通り、とてもきれいだということです。由良川の流れ、杉林、道路、各種公共的な施設など、何から何までよく手入れされていて、ゴミひとつ落ちていないのです。平日にもかかわらず、きょうも大型バスが十数台(私たちがいた時間帯に)も美山町に入っていましたが、これだけきれいにしてあると、うっかり、ゴミを落とすわけにはいきません。

 あったかい感じのかやぶき民家
 この地域のかやぶき民家の形は独特です。バスの中から初めてこの地方のかやぶき民家を見つけたとき、「昔話に出てくるような家だね」と私が言うと、S議員は「カチカチ山とかが出てきそう」と言っていました。形はかわいくて、安定感がある。そして、何となくあったかい感じがするのです。こうしたいい雰囲気を生かして地域づくりをしている代表が美山町北村にある「かやぶきの里」(画像)です。

 誇りを持って生きている
 きょう、私たちを案内してくれたのは、市役所のNさん。美山町北村のかやぶきの里に住む30代の男性です。データをたくさん持っていて、地域を知り尽くしているといってよいほどよく勉強していました。話は感じの良いテンポですすめられ、喜びと自信に満ちていました。でも、自分の住んでいる家のことや家族についてまで語ってくれるとは思いませんでしたね。屋根のふき替えは父親の代ではしなかったが、自分の代では2回することになりそうだとか、小学校にバスで通っている子どもがいるなどです。こういう話までできるのは、自分の住んでいるところに誇りを感じているからなのでしょう。

 自力で地域経済を回している
 山間部の町の住民が生きていくためには仕事がなければなりません。肝心の林業の方はというと、いま、切り出してもとても採算はとれないそうです。そういうなかで自分たちの地域のある景観や食べ物などを生かして都市住民と交流をし、農産物や加工品などの特産物を売っていく。休憩所などの施設では大勢の女性が働いている。公共事業に頼らないで自分たちで地域経済を回しているのはすばらしいことです。観光協会事務所のそばの「ふらっと広場」では、「トチの実羊かん」「美山牛乳サブレ」「よもぎハッカ」を土産に買ってきました。

 きょうの視察で惜しかったのは、小さな集落に焦点を当てて、機能維持や再生への努力をしているところを見れなかったことです。美山町での地域振興会の活動なども見たり聞いたりしたかったのですが、今回は時間が少なすぎました。もう一度、一日くらいかけてゆっくり美山町に入りたいと思いました。

2009年10月30日

新型インフルエンザ対策で申し入れ

 新型インフルエンザが急速に広がっています。私の住んでいる吉川区でも小学校が次々と学級閉鎖に追い込まれています。そうしたなか、きょうの午後、ワクチンの優先接種対象者に対する補助や国に対する働きかけを求めて市に対して党市議団が申し入れを行いました(画像)。市側からは野澤朗健康福祉部長が応対しました。以下はきょう提出した要望書の全文です。

                           記

                                            2009年10月30日
 上越市長 木浦 正幸 様

                        日本共産党上越市議会議員団
                            団長 橋爪 法一

 新型インフルエンザのワクチン接種に関する要望書

 日頃から市民のいのちと健康についての施策にご尽力されていることに敬意を表します。
 新型インフルエンザは、秋冬の本格的な流行期に入り、今後、感染がさらに増えると想定されており、感染予防と重症化防止に向けた対策が急務となっております。
 国の「新型インフルエンザワクチン接種の基本方針」では、接種費用については原則自己負担とし、市町村が国と県の財政支援のもと必要に応じ低所得者の負担軽減措置を講ずるとしております。当市においても、その基本方針に基づき、市長の専決による予算措置が講じられたことは承知しております。
 今回の新型インフルエンザは弱毒性とはいえ、大多数の人が免疫を持たない新型であることに変わりはなく、感染の拡大を防ぎ、重症化などによる健康被害を最小限に抑えることは、個人の責任にゆだねる問題ではなく、社会全体の要請として考えるべきです。
 全国各自治体ではさまざまな手だてで接種費用の補助制度が始まっており、千葉県浦安市、静岡市、東京都港区などでは優先接種対象者に対して費用の全額を助成するとしているほか、妙高市においても、子育て支援を目的として、妊婦・1歳未満の小児の保護者等・1歳から小学校6年生までの幼児・児童に接種費用の半額を助成する取り組みが進められています。
 当上越市としましても、市民の健康を守り、新型インフルエンザによる死亡者・重症者を一人も出さないために、最善の策を講じることが求められています。
 つきましては、下記の事項について要望いたします。

                          記

1.新型インフルエンザワクチンの優先接種対象者(①妊婦、②基礎疾患のある人、③1~6歳の幼児と小学校1~3年生、④1歳未満児などの保護者、⑤小学校4~6年生と中学生、高校生、⑥65歳以上の高齢者)の接種費用を全額補助すること。

2.優先接種対象者のワクチン接種費用を無料にするよう国に求めること。

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