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2011年03月 アーカイブ

2011年03月01日

「ロープブリッジ救出訓練」のアクセス数が1万回突破

 私の動画、「ロープブリッジ救出訓練」のアクセス数が1万回を超えました。昨年の7月5日にブログに載せたものですが、よくここまで伸びたものです。上越地域消防事務組合の職員のみなさんも喜んでくださるでしょう。

3月定例議会スタート

 きょうから3月定例市議会がはじまりました。きょうは市長の提案理由の説明の後、飯塚議員など4人の議員が総括質疑を行いました。

 最初の飯塚議員の質疑で注目したのは、事務事業の総ざらいで「真に必要なサービスが低下する懸念はないのか」という部分です。村山市長は、「市民に影響はない」と言い切りました。これは今後、常任委員会で個別の事業についてどうなのかチェックしていく必要があります。また、同議員は、「(市役所職員だけではなく)市民を巻き込んだ総ざらいでないといけない」と指摘しました。まったく同感です。村山市長は、なぜ、最初から市民を入れなかったかについて、全国各地で行われた事業仕分けにふれながら、「そうすると混乱が出るだろう。まずは第一弾として(市役所職員だけで)やった」と答弁していました。総ざらいは、今後、毎年実施していくことが総合計画の基本計画などで明らかにされています。市民が加わった評価の仕組みにできるかどうかが問われます。

 事務事業の総ざらい、地域事業費制度の見直し問題で村山市長が繰り返し述べていたのは、「説得ではなく、理解していただくことが大事」ということでした。一般論としてはそうですが、市が示している見直し案にノーという強い声が多い場合は撤回する勇気も必要です。市長からは「しっかりとした情報公開と説明責任を果たすことによって上越市の将来がある」との発言もありました。この点は、まさしくその通りだと思います。きょうの市長答弁では、ずいぶん思い切った発言がされていましたね。例えば、保倉川放水路問題や廃棄物処分場建設問題では、「これまでの行政がとってきた不誠実な対応が問題だった」とのべています。これは反省を込めた発言かも知れませんが、交渉相手となる人たちへの率直なメッセージとなるでしょう。

 私の総括質疑は明日の2番です。時間は早ければ午前10時40分ごろから、遅くとも11時には私の番がくるはずです。地域事業費制度、国保税引き上げ、繰越明許費の設定などで質疑を行います。インターネット、上越ケーブルビジョンで見ることが出来ます。
 

2011年03月02日

国保税滞納額、過去最高水準の12億8000万円に

 きょうは総括質疑の2日目でした。私の登壇は2人目、地域事業費の配分額を意識して予算編成したかどうか、国保税の改定にあたって国保加入者の生活状況をどう捉えているか、繰越明許費の設定は地方自治法の定めに従い、しっかりと対応したかなどをただしました。私のきょうの総括質疑は、問題点を深く掘り下げる点で不十分だったものの、この後に続く常任委員会審議に役立つ視点をいくつか提供できたのではないかと思います。

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 新年度予算編成にあたり、主な廃止・見直しとした109事業のうち、92事業は「事務事業の総ざらい」の最終評価結果に基づいたものとのことでした。残りの17事業のなかには、平成2010年度をもって事業が終了するため総ざらいの対象としなかったものや、「継続実施」と評価した事業でも予算編成の過程で所管課が独自に見直したもの、さらに「廃止」と評価としたものの実施手法などの工夫によって、「見直し」をした上で実施することで事業効果が見込まれると判断したものがあることが初めて明らかになりました。

 国民健康保険税についての答弁では、2010年度決算見込みで、加入者の営業収入、給与や年金収入等の減収により、1人当たりの課税所得が前年度比6万8000円、12.0%の減となる見込みであることが明らかにされました。また、滞納額は、滞納繰越分を含めて過去10年間における最高水準の12億8千万円になると推計されるとの答弁がありました。国保加入者の生活がいっそう悪化していることを裏付けるものとなりました。

 2010年度一般会計補正予算では、繰越明許費の設定について原則的な対応がされたかどうかを問い、緊急経済対策として予算付けされたものが効果を発揮しているかどうかを確かめようとしました。時間があれば、現段階の発注率、3月末段階での発注率見込みなどを聞けばよかったなと思っています。これらについては常任委員会のなかで明らかにしていきたいと思います。

 きょうは本会議が早く終わったので、明るいうちに地元に戻り、「しんぶん赤旗」の集金などの仕事をしました。きょうの日中は久しぶりに雪がちらつきましたが、夕方は晴れ上がりました。米山や尾神岳が白く輝いていて、きれいでした。ホッとします。

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2011年03月03日

要援護世帯に対する除雪支援などで議論

 きょうから常任委員会審査です。審査のトップは厚生常任委員会でした。午前中の審査の一部を傍聴しました。メモを議員控室に置いてきてしまったので、一部、実際の発言と微妙にズレがあるかもしれませんが、注目した議論のひとつは要援護世帯に対する除雪支援についてです。平良木議員が、「他の災害と違って雪の場合は災害救助法の適用前と後で簡単に分けられない。直前であってもいくぶんの遡及ができる補完措置が必要ではないか」と訴えました。答弁した担当部長は、「法での遡り、要綱での飲み込みなど(の手立てが)あるかも知れないが、どこで線を引くかは難しい。(どうあれ)間違いなく検証してみたい」前向きでした。この問題は、石平議員がとり上げていた要援護世帯の認定、民生委員のかかわり方などとともに今後、しっかり検討していくべき課題だと思いました。

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 繰越明許費の設定の理由について、平良木議員が昨日の議論を具体的に展開してくれました。「それぞれの事情を説明してほしいものがある」として同議員が説明を求めたものは、吉川ゆったりの郷の源泉ポンプ、ひまわり荘の浴室の改修、健康スティ上越2010事業の3つ。ゆったりの郷のポンプについては、「ポンプは汎用品ではなく特注品であり、納品まで50日ほどかかる。契約は昨日できた」と回答していました。ひまわり荘の浴室の改修については、「一気にやるのではなく、順番にやるので間に合わない。今回12室改修する、いつまでとは申し上げられないが…」とのべていました。健康スティ上越2010事業に関しては、「財政上の技術として、県から光を注ぐ交付金での対応を指示されたもので、我々としては23年度にできるものであればということで振替させていただいたものだ」と部長が答弁しました。答弁でのべられた内容は、昨日、私が総括質疑で指摘したように、「繰越明許費の設定理由一覧」でコンパクトにまとめて書いておくべきものです。今後の市の対応に注目したいと思います。

 きょうは、冬に逆戻りでした。「しんぶん赤旗」日刊紙の配達をしていた時、何度か猛烈な地吹雪に遭い、車を止めました。夕方も朝ほどではなかったものの、地吹雪が発生していました。厚生常任委員会の傍聴後、生活相談、そしてデスクワークでしたが、ここのところまとまった休養をとっていないので、パソコンに向かうとコックリ、コックリ。なかなか仕事が前に出ませんでした。どんなに忙しくとも半日くらい、温泉でゆっくりした方が仕事の能率が上がるのかも知れません。

2011年03月04日

またブルが出動

 また雪が降って除雪車が出動しました。「35日ごとに天気は荒れる」という人がいて、これまであまり信じていなかったのですが、今回もどんぴしゃです。きょうは夕方、雷が近くに落ちたようです。私の地元町内会ではテレビなどの電気製品、電話をやられた家が数軒ありました。わが家は有線の告知端末がまたもやられてしまいました。1年間に2回は雷でダメになっています。

 市議会は厚生常任委員会2日目でした。午前だけ傍聴し、午後から山間部の「しんぶん赤旗」日曜版の配達に出かけました。集金もあるので、なかなか進まず、明日もフル回転しなければならないようです。きょうは、山間部も平場も20㌢ほどの降雪となりました。写真は早朝、ブルが出動した後の市道です。

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2011年03月05日

市政レポート1491号をHPに掲載

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達の途中、マンサクの花の写真を撮ってきました。吉川区内で一番大きな木ではないかと思われるものは、まだ咲き始めたばかり。満開までにはもう4、5日はかかるでしょう。

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 きょうは午後から党会議でした。家に戻る頃から頭の中が時々痛くなり、大事をとって横になりました。「休め」という信号かも知れません。

 市政レポート1491号、「春よ来い」第144回、「三宝柑ゼリー」をホームページに掲載しました。

2011年03月06日

休養

 予定していた街頭宣伝行動は支部の仲間などに任せて、休ませてもらいました。ゆっくり睡眠するだけで、ずいぶん体が楽になりました。起きてからは、ぶらぶらと歩きました。歩くだけでもいろいろな発見があります。きょうは、ヨモギが出ているのを初めて見ました。もう何日も前から出ていたようです。

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 お昼頃には長峰温泉「ゆったりの郷」へ行き、風呂に入ってきました。行き帰り、田んぼの中で一生懸命餌を探しているハクチョウたちに出合いました。車を止めて、かなり近くまで行っても黙々と食べています。列になって食べている姿は、まるで田んぼで草取りでもしているかのようです。写真は強い風が吹いて、一斉に体の位置を変えようとしていた時のものです。

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2011年03月07日

心に太陽を持て

 きょうは市立中学校の卒業式でした。地元の吉川中学校の卒業式に参列してきました。今年の3年生についての私の印象は、“地域行事に参加して盛り上げてくれた中学生”です。特に越後よしかわやったれ祭りで神輿を担ぐ彼らの姿は強烈でした。未来の吉川を担うのはおれたちだ、彼らがそう意識していたかどうかはわかりませんが、吉川区に生きている者にとってはものすごくうれしい出来事でした。

 今回の卒業生は43名です。青木校長のはなむけの言葉でも、「明るく楽しそうな雰囲気を持った学年で、今年は特に最上級生としてのたくましさを持っていた」「学校行事だけでなく、学習でも生徒会活動でも部活動でも主体的に取り組んできた。地域行事にも積極的に取り組んでいたことを忘れません」と評価されていました。

 青木校長は中学校の卒業というひとつの節目にあたって「心に太陽を持て」という詩を朗読されました。ツェーザル・フライシュレン作、山本有三訳の詩です。

心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て。
軽く、ほがらかに、
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。「勇気を失うな。
くちびるに歌を持て。
心に太陽を持て。」

 青木校長は、「いま世界は大きく変わろうとしています。皆さんは、うまくいかないことも悩むこともあるかも知れない。そんな時、この詩を思い出してほしい。いつも心に太陽を持ち、くちびるに歌を持って、正しく、強く、誇り高く生きていってほしい」と呼びかけました。とても素敵なはなむけの言葉でした。卒業生の心にずっと残ることと思います。

 送る言葉をのべたのは2年生の原佳実さんです。「仲間とともにひとつの目標に向かっていくことの素晴らしさ、目標を達成しなければならないという責任感、目標を達成した時の充実感、それらのすべてを教えてもらった」「先輩と活動できたことは大切な財産となっている」とのべ卒業生に感謝しました。そして、「これからは、私たちが吉中をリードしていかなければならない。学校の伝統をしっかりと守っていきます」と決意を表明しました。

 注目の「巣立ちの言葉」は松原春菜さんがのべました。体育祭や音楽発表会、尾神遠足などについて語りながら、「一緒になることで喜びを倍に、悲しみを半分にしてきた。この絆の思い出を胸に卒業していきます」とのべました。学校生活でお世話になった人たちに対する感謝の言葉では、先生だけでなく、用務員、給食調理員など生徒の学校生活を支えてくれたすべての人たちにお礼をのべていたのには感心しました。最後に、「これからは皆さんが吉中の新しい歴史をつくっていく番だ。皆さんはひとりではない。たくさんの人に支えられ、誰かを支えていることを忘れないでください。きょうまで吉中の一員であることは私たちの誇りです」と結びました。

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 卒業式では恒例となった卒業記念合唱、今回は山崎朋子の「旅立つ君へ」でした。「信じた道 まっすぐに歩くだけ 新しい景色に 未来を描いていく」いい言葉です。では、卒業生の皆さんの記念合唱をお聴きください。

2011年03月08日

上越市らしさの出た中山間地域振興基本条例にしたい

 朝早く、上越地域消防事務組合本部を訪ねました。今冬の豪雪時の救急対応がどうであったかなどを教えていただくためです。小池消防長と懇談する中で、救急だけでなく、停電時の対応などいろいろと教えてもらいました。小池消防長はまた、私の『五センチになった母』や『春よ来い』をよく読んでおられ、乳牛を飼っていた当時の思い出などを語ってくださいました。懇談を終えて帰り際に、同消防長から、「橋爪議員から激励に来ていただきました」と職員に紹介され、ひと言挨拶させてもらいました。職員のみなさんが全員起立され、聴いてくださったのには感激しました。

 市役所では建設企業常任委員会が開かれました。きょうは2日目です。(仮称)厚生産業会館をめぐる議論に注目しました。同会館の建設は村山市長の選挙公約のひとつですが、地域事業費の不足などが表面化する中で、建設するかどうかを含めて慎重な対応が求められています。塚田俊幸議員が、「普通に考えれば、無いよりもあった方がいい。しかし、事務事業の総ざらいをやり、廃止・見直しで市道など待ちに待っていたものを削ってきた経過がある。先に延ばしてもいいのではないか。13区のみなさんがやる事業も、また遅れてしまうのではないか」などとのべていましたが、多くの議員の共感を呼びました。また、樋口議員も、「どういう規模のものをつくってもらう気か。市役所職員だけで検討するには限界があるというなら、市民に知恵を借りてこの施設がいるかどうかを含めて検討すべきだ」と訴えていました。これも当然のことだと思います。

 建設企業常任委員会終了後、中山間地対策特別委員会が行われました。先日、2日間にわたって実施した、「中山間地域振興基本条例素案についての市民の意見を聴く会」で出された意見や提案、行政側から出された意見等などについて検討しました。このなかで委員会メンバーの見解が分かれたのは、前文を修正するかどうかです。「全体として現状について書かれた部分をもっとコンパクトにした方がバランスが良い」とする見解と、「現行案の方が心に響き、わかりやすい」との見解です。私は、「これまで委員会でワークショップなどをやり、上越市らしさ、分かりやすさを考えて現行案をまとめてきた。修正の必要はないのではないか」と訴えました。

 きょうの議論を踏まえ、中山間地特別委員会の作業部会を15日に開催し、前文をどうするか最終的な詰めをすることになりました。この種の文章は短くすればするほど、「四季折々の美しい風景」などといったありふれた、抽象的な表現になりがちです。そういうなかで、より短い文章で、上越市らしさの出た、生き生きした表現をする。これは簡単にできる仕事ではありません。いろいろと検討をしてみたいとは思いますが、中山間地域をかかえる市町村ならば、どこでも使えるような前文にはしたくないものです。議会で検討してきた条例素案は上越市議会のホームページでご覧いただけます。ご意見をお寄せ下さい。

2011年03月09日

マンサクに雪

 なかなか春になってくれませんね。今朝も3センチほど雪が降りました。朝日が出てからは、霞んでほわっとした風景が出現しました。

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 この雪でもうすぐ満開になろうとしていたマンサクも雪をかぶりました。とても冷たそうです。

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 きょうは一日中、市役所でデスクワークでした。一般質問の通告はきょうが締め切り、夕方、通告書を提出しました。私は26番目です。23日午前に登壇の予定です。質問テーマは、豪雪対策、地域協議会の役割と権限、新潟州構想の3つです。

 そうそう、昨晩、長野市内の合唱団のメンバーだった方から、メールが来ました。吉川中学校の卒業記念合唱の動画を見て、感想を寄せてくださったのです。「卒業生の歌を、今3回、続けて聞いてしまいました。受験を前に、よくレッスンを積んだなあ…と思いました。しかも変声期の子たちです。終わりになるほど、ステキに響いてきました。多少の技術の難点をはるかに乗り越えている、ひとつになった心が、ジンと伝わってきました。きっと、みんなの進路が決まったあとだったら、あの歌声に『明るさ』が大きくプラスされたのでは…と思って聞きました。指揮者も卒業生ですか?だとしたら、すばらしい。3回目は、指揮者に見とれていました。中学生であれだけの指揮が出来るなんて」と書いてあります。地元の中学校の卒業生のことをこんなにもほめていただき、私もうれしくなりました。

2011年03月10日

県立吉川高等特別支援学校の学校見学

 県立吉川高等特別支援学校の第7回開校支援準備会が今晩、行われました。準備会は初めて同校内で開催されました。きょうの会の目的は学校見学と今後のスケジュールの確認です。

 校舎・体育館などの工事はすでに1月中に完了しています。机や事務機器などの搬入も始まっていました。きょうは赤松校長の案内で学校見学をさせてもらいました。

 まず、きょうの会で集合したのが会議室です。旧吉川高等学校後援会を開催した時の部屋と同じです。耐震補強もされて、内部も新築と同じくらいきれいになっていました。テーブルも椅子も新品です。左奥のテレビは、作業などの映像記録などを生徒が見るためにあるとのことでした。

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 管理棟の1階でまず案内していただいた部屋は保健室でした。床や壁には木材が使われていました。木の香りがしてとてもリラックスできる空間です。シャワーもありました。

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 職員室。机の上にある電話機、高さを変えたり、回転させたり自由にできます。椅子や引き出しは簡単に移動でき、何人かで会議をやれるようにできているのには感心しました。事務機器はどんどん進化していますね。

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 次に見せていただいたのは作業室でした。接客の勉強をする部屋、福祉をイメージして学ぶ部屋、スーパー、ホームセンターなどでの仕事をイメージし、商品の出し入れ、値札貼りする部屋などがありました。校長の説明を興味深く聴いていたら写真を撮り忘れてしまいました。

 教室棟の2階は1学年全部と2学年の2クラスの教室が並んでいました。写真は1年1組の教室です。今年度の新入生の定員は20名、現段階ではすでに15名の入学が決まっています。3月16日に入学者選考検査2次募集が行われます。

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 最後に音楽室をごらんいただきましょう。ピアノ、バイオリン、電子ドラムなどがありました。みんな新品です。電子ドラムをじっと見ていたら、新聞記者に、「橋爪さんも買ったらどうですか」と言われてしまいました。一度たたいてみたい楽器です。

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 県立吉川高等特別支援学校の学校見学会(一般公開)は3月30日(水)午前10時から午後4時まで行われます。どなたでも見学できるそうです。その日は何回か赤松先生が案内役をやってくださるそうです。 

 きょうは朝から市役所でした。文教経済常任委員会の2日目でした。農業分野の予算では、米粉利用促進や上越野菜、中山間地等直接支払など、私も質問に立ちたくなるような予算がいくつもありました。後日、市政レポートなどできょうの質問を紹介したいと思います。

2011年03月11日

地震で市議会総務常任委員会もストップ

 地震が発生した時は市議会常任委員会の会議中でした。委員会室は市役所の5階にあります。ゆっくりした横揺れが次第に大きくなり、長い時間続きました。怖かったですね。恐怖感の程度は中越沖地震の時のものに匹敵するものだったと思います。もう会議どころではありません。いったん休憩した後、きょうの会議を閉じるために会議を再開し、午後3時過ぎには終わりました。続きは14日の午前10時からとなります。

 吉川区に戻り、総合事務所で被害状況を聞きました。吉川中学校で建物の壁にひび割れが発生したらしい(地震と関係があるか調査中)という程度の被害だったようです。ただ、「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしていた後援会幹部からの情報によると、「大きな揺れが続いたために、病気が起きたと思った人が数人いた」といいます。今回の地震で体調を崩した人がいるかも知れません。

 吉川区にある震度計のデータを教えていただきました。震度計は3.6を記録しています。

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 家に戻ってから、東京や千葉県など関東在住の親戚、友人の安否を確認しようとしました。いまのところ、東京のひとりと連絡をとれたのみです。

2011年03月12日

再び大きな揺れ

 4時前、再び大きな揺れがありました。今度は新潟県が震源地といいます。眠ったばかりなのに、この揺れで目が覚めました。いまも余震で揺れています。テレビによると震度5だったようですが、家具も食器もそのままでほとんど動きませんでした。吉川区の震度はもう少し小さかったのかも知れません。もう寝ていられません。

一時も早く除雪を、簡易水道の復旧を

 今朝の地震の吉川区の計測震度は4.3でした。午前11時頃まで吉川区総合事務所で情報収集に努めました。午後からはいとう誠地区委員長、上野議員とともに上越市内で一番被害の出ているという大島区菖蒲地区を訪れ、被災状況を視察するとともに、被災者を激励してきました。

 現地に入って、最初に目に入ったのは道路の地割れです。牛ヶ鼻付近で国道がやられていました。写真を撮ったところは、午後3時過ぎには業者が来て、補修工事を実施するとのことでした。

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 菖蒲地内に入ると道路わきの雪の壁に大きな割れ目があるのが気になりました。これだけひび割れがあると安心して通行できません。

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 この雪の壁だけで激しい揺れがあったことを理解できます。家の中はどうであったか。近くの酒屋さんで話を聞きました。酒屋さんのご主人は、「仏壇の周辺にあったものも、店の物もガサガサになってしまった。ここはひと山越えれば栄村だ。震度はここでは6くらいあったのではないか」と語っておられました。店内は被害にあった商品を片づけたばかりでしたが、まだ散らかったときの雰囲気が残っていました。

 菖蒲地区のセンター。ここは避難所になっていました。朝は40人ほどの方々が避難されたとのことでしたが、私たちが訪れた時には子どもも入れて10人ほどでした。72歳という町内会長さんは、「こんな揺れは生まれて初めてだ。もし屋根に雪が積もっていれば潰れていたのではないか。市職員が何人か来てくれたが、市の幹部もかけつけて来てほしい。現場を見て、すぐ対応してほしい。特に断水となっている水道の復旧と亀裂の入った雪壁の除去をすぐにやってほしい」と訴えていました。横になって寝ていた女性に声をかけたら、大島区田麦の出身の方でした。私が「竹平に親戚がある」と言うと、懐かしがってたくさんしゃべってもらえました。

 センターを出てからは、菖蒲東町内をゆっくり見て歩きました。住宅で半壊となった家では、家具類を運びだしていました。道を下って行く途中、市役所幹部と携帯電話で話をしていたところ、バックホーなどによる雪壁崩しがはじまりました。

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 菖蒲西にも歩いて行ってきました。ここでは町内会長さんから、断水で困っていること、雪捨て場の確保に苦労していることなどを語ってもらいました。いとう誠地区委員長は町内会長さんのお母さんから要望を訊いていました。

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 きょう、大島区の菖蒲地区へ行って感じたのは、地割れは道路だけでなく、田畑などでも起きている可能性が高いということです。この地割れは地滑りにつながっていくのではないかと心配しています。  

2011年03月13日

安塚区和田・須川地区でもひどい被害

 昨日に続いて被災地の調査を行いました。きょうは安塚区和田地区と須川地区です。和田地区では介護複合施設、安塚やすらぎ荘を訪問してきました。ここは耐震診断を2010年度で実施し、これから耐震補強工事を進めていく計画になっていました。昨日の早朝、長野県北部で発生した地震によって、床や壁などに亀裂が入り、安心して使えなくなりました。注目したのは最初に建設した建物とその後増築した建物の接合部分です。大きくずれていました。

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 案内してくださった社会福祉協議会の職員のひとりの方は、「地震はドーンと来た。一時停電して、不安が広がった。宿直の人は生きた心地がしなかったと思う。こんなに大きな地震は見たことがない。現在、ショートの人たちをどうするか話が進んでいるが、今後、ディサービスがどうなるか心配だ」とのべておられました。

 やすらぎ荘のショートスティなどで入所していた人たちは、現在、隣接のほのぼの荘に移っていますが、今後、吉川ほほ笑みの里など市内の介護施設で受け入れてもらうよう準備が進められています。安塚やすらぎ荘は元学校です。体育館では、入所していた人たちの荷物などをそれぞれの部屋から運び入れ、他の施設に運ぶための整理作業が行われていました。

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 次に訪問したのは須川地区にあるキューピットバレースキー場です。ここでは渡辺社長から被害状況などを説明していただきました。被害の中心は、センターハウスとレストランです。スプリンクラーと暖房などの配管が悪い動き方をして天井などに被害が出たようだと語っておられました。

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 キューピットバレイの今シーズンのスキー場営業は今回の地震被害のため昨日、12日で終了しました。現在、リフトの支柱がずれていないか測量会社に測量してもらって調べているとのことでした。今冬は3月に新雪が何度も降り、雪質は上々、今後、例年を上回る2万人の客を見込んでいたといいます。関係者のみなさんはさぞかし残念だったことと思います。同施設ではきょうも断水が続いており、渡辺社長は、「早期に復旧させて、ゆきだるま温泉と宿泊施設だけでも15日までに再開したい」と希望をのべておられました。

 これまで、市役所などから被害状況などの情報を伝えてもらってきましたが、現地調査をしてみて感じたのは、報告を聞いたり、読んだりするのと現場を見るのでは、実態把握にずいぶん差が出るということです。まず現場を見なければと改めて思いました。

2011年03月14日

不気味な積雪層の亀裂

 一昨日、昨日の視察で書き忘れたことがあります。それは雪原で見ることのできた地震による亀裂です。その多くは急傾斜地の山や田んぼなどにありました。

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 これらの亀裂の下にはいうまでもなく大地があります。私の直感ですが、この大地にも亀裂が出来ているケースがあるのではないでしょうか。今後、雪崩や地滑りに対する警戒を強めないといけません。

 市政レポート1492号をホームページに掲載しました。また、「春よ来い」の第145回「雪解けの頃」も掲載しました。これらは地震発生前に書いたものです。

2011年03月15日

震災対策で緊急申し入れ

 日本共産党上越地区委員会と日本共産党上越市議会議員団は15日、村山秀幸上越市長に対して東北太平洋沖地震及び長野県北部地震による震災対策について緊急申し入れを行いました。申し入れには、伊藤誠地区委員長と文教常任委員会で審議中の上野議員をのぞく市議団全員が参加しました。市役所側は馬場和明危機管理監が応対しました。

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 緊急申し入れは大島区や安塚区での現地調査を踏まえまとめたもので、二次災害の防止、被災者の心のケア、東北太平洋沖地震被災者への総力をあげた支援など15項目。私から馬場危機管理監に対して、「要望事項は被災地調査を踏まえて書かせてもらいました。緊急事態のなかでの要請ですので、文書での回答はいりません。参考にして被災者支援、災害復旧に全力をあげてください」と要請しました。

 申し入れの全文はここをクリックしてごらんください。

3月議会の一般質問は中止へ

 東日本大震災での被害が拡大する中で、上越市議会は明日からの一般質問を中止する見通しとなりました。被災地から上越市に避難してくる人たちの受け入れ準備や計画停電によって事実上本会議を開けなくなることなどが理由です。

 滝澤議長によると、本日の文教経済常任委員会後、市役所幹部から議長に対して情報提供があったといいます。その内容は、「福島県知事から新潟県知事に対して約7万人(推定)の被災者を受け入れてほしいと要請があった。泉田知事はその要請を受諾している。すでに新発田市などで受入れが始まっているが、当市でもその準備を直ちに行いたい」というものです。こうした事態を受けて、議長は、明日からの一般質問をやめる方向で動きました。

 一般質問は明日から23日まで5日間の日程で行われ、28人の議員が登壇する予定でした。本日、午後3時頃、滝澤議長から各派代表者に、「一般質問を中止することに同意してもらえるかどうか、質問予定者に確認をとってほしい」と要請がありました。これをうけて、午後5時から緊急各派代表者会議が開かれました。各派代表はいずれも「緊急事態だから、やむを得ない」「何よりも被災者救済だ」などとのべ、同意しました。

 私たち議員団では、4人全員が質問に立つ予定でしたが、本日午前、震災対策について協議するなかで、一般質問の延期や中止もやむを得ない緊急事態だと確認していました。今後、議会運営委員会が開催されますが、そこで一般質問中止を正式に決めれば上越市議会史上初めてのこととなります。

2011年03月16日

放射線の体への影響

 新潟県は16日、ホームページ上に「放射線の体への影響」を掲載しました。東京電力福島第一原発の事故に伴う放射線放出で、放射線についての関心が高まっているだけにタイムリーな掲載です。

 この「放射線の体への影響」は新潟県防災局が作成した「原子力防災のしおり」に載っているものです。放射線の量について、テレビなどで「3号機付近で1時間当たり400ミリシーベルト」などと使われていますが、この図を見れば放射線量の程度がどれくらいのレベルかわかります。

一斉地方選挙は全国で延期すべき

 きょうは、午前に議員団会議を開き、各常任委員会での議論を踏まえ、3月議会に提案された議案に対する討論の準備をしました。18日にも最終的な詰めをする予定です。

 会議の最中、マスコミから取材があり、20日に予定していた演説会の対応、一斉地方選挙の延期問題につてきかれました。県議選の選対本部長としての見解を求められたのです。

 党演説会については、長野県北部地震により上越市に災害救助法が適用されていること、東日本大震災があったなかで、震災対策が最優先課題なので中止したと伝えました。また、一斉地方選挙については、「現在は被災者支援など震災対策に全国の自治体が傾注すべき時で選挙を行うべきではない。東北の被災地はもちろんのこと、全国的に延期すべきだ。いま、有権者は落ち着いて選挙をできる状況ではない」とのべました。明後日の成立を目指している特例法案では、東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島各県内の自治体などを対象にしています。

 東京電力福島第一原発での重大事故報道が続くなかで、ここ3日程の間に市民からヨウ素剤についての問い合わせが2件ありました。上越市はヨウ素剤をどれくらい保管しているのか、配布・服用にあたってのマニュアルはできているか、との内容です。いずれもメルトダウン(炉心溶融)という最悪の事態になった時のことを心配しての問い合わせです。

 市のホームページには「安定ヨウ素剤(ヨウ化カリウム丸)の保管状況」というのが掲載されていましたので、ごらんください。これは2009年2月現在のものです。現在は、まだ正確なものをつかんでいませんが、錠剤だけでなく、シロップ状のものなどもあるようです。配布・服用にあたってのマニュアル(使用説明書、取扱説明書)はすでに県が作成して上越市にもありますが、現在、市役所では最悪の事態となった時に対応できるよう準備をしているということでした。

 上越市がヨウ素剤を保管しているのは、合併協議に基づくものです。合併前の14市町村のなかでは、吉川町だけが保管していましたが、この取り組みが全市適用されたのです。吉川町時代は、これを配布も、使用することもなくすみました。今回もそうあってほしいものです。

 なお、私は、町議会議員としてこの問題をとりあげた際に、福井県の薬局からヨウ素剤を入手しました。すでに使用期限を過ぎたもので、使いものになりません。でも、どんなものか見てもらうには、これで十分です。きょうも、何人かの人に見てもらい、対話しました。

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2011年03月17日

上野議員、釜石市の実家とようやく連絡取れる

 いまほど党議員団の上野公悦議員からうれしいニュースが伝えられました。岩手県釜石市にある彼の実家とようやく連絡がとれたというのです。話を聞いてうれし涙がでました。

 上野議員によると、実家の弟さんから連絡があったのは今朝の6時半でした。実家には弟さん夫婦など5人が暮らしていたといいますが、全員無事だそうです。上野議員は、「これまでテレビを見て涙を流していた。これで半分くらいホッとした。電話では嫁さんも泣いていた。実家はボロボロになったというが、みんなそこに住んでいる。電気もガスもダメだが、無事でよかった。ただ、親戚は依然として安否を確認できていない。心配だ」とのべていました。

 上野議員は東日本大震災後、長野県北部地震が連続して発生する中で、被災地である上越市の大島区や安塚区などの現地調査などに全力をあげてくれました。自分のふるさとへ一時も早く帰りたいという気持ちを持ちながらも、議員としての任務を全うする姿勢と行動は、同僚議員として誇りに思います。

地質研究者からのメール

 注目していたいっせい地方選挙は、「全国的規模で延期すべきだ」というわが党の主張が自民、公明などの反対で通りませんでした。いっせい地方選の一部延期法案の閣議決定がされたのです。明日にはこの法案が成立するといいます。こうなれば、救出・救援・復興活動と、いっせい地方選挙の双方に全力をあげて取り組むしかありません。

 きょうは県議選に向けたビラ作りで集団的な検討を何度も繰り返しました。ビラの文章も一定の時間を過ぎてから読み直すと、表現の不十分さなどが見えてきます。また、事実関係で再調査が必要なものも出てくることがあります。作業が夕方までかかったので、当初予定していた市政レポートの原稿書きはできませんでした。これは明日の早朝の仕事になりそうです。

 夜遅くなって新潟市在住の地学団体研究会メンバーの方からメールが来ました。これは、私だけでなく、全国の地質研究者のみなさんのところへも出されたものです。今回の東日本大震災のことや長野県北部地震についてコメントされていますので、主なところを紹介します。

「それにしても腹立たしいのは福島原発(第一・第二)の事故です。手のつけられない深刻な事態になっているにもかかわらず、東電は本当のことをいわず、原子力安全・保安院は東電をかばうような幼稚な説明にあけくれています。数十万人の住民を寒空に追い出しながら、十分なケアを怠っています。国民の生命・財産を全く無視した原子力行政がいかに危険なものであるかが如実に現れています。制御不能に陥っている原子炉のうち、3号機はプルトニューム混合酸化物(MOX)燃料を使用しています。世界中が最も注目しているのは、原発の事故です。アメリカは多くの米軍艦船を災害派遣しながら、福島第一原発の半径80キロ圏内からの避難を勧告し、立ち入り禁止(3/17)にしています」

 「かつて柏崎刈羽原発の建設に関して、東電や国と散々議論したときのことが思い浮かんできます。地盤の問題については、いかに軟弱地盤であろうと、活断層が近くにあろうとも、建築学的工学的に耐震設計基準を十分にクリアしているので絶対安全である、ということの一点張りであった。新潟県中越沖地震で原発が被害にあっているにもかかわらず、国や事業者は安全神話を一段と強化し、不安定な原発設置を加速させ、さらにはMOX燃料の導入を一段と推し進めています。原発は巨大なシステムなのであるから、配管やバルブなどの1つにでも不具合がでると深刻な事故につながるのだということを指摘しても、何重にもバックアップシステムがあるので、絶対に安全であるとの繰り返しであった。炉心に万一の事故があっても,ECCS(緊急炉心冷却システム)が作動するので炉心の事故は絶対に起こらない、をお題目のようにくり返すばかりであった。今回の重大事故は、起こるべきして起こったのもである」

 「3月12日午前4時ごろ、新潟県中越地方を震源地とする地震(M6.6)があり、長野県北部で震度6強などを観測しました。また、新潟県中越で震度6弱、群馬県北部や新潟県上越で震度5強を記録。長野県北部地震は被害を出している大きな地震であるにもかかわらず、前日の東北地方太平洋沖地震があまりにも被害が甚大なため、詳細な報道がかき消されています。しかし、地域の自然研究に取り組む者として、この地震の全貌を明らかにし今後の対策に役立てることが使命であると思います」

 このメールでは、㈱パスコが3月13日に撮った航空写真の画像、それと私の最近のブログも紹介されていました。㈱パスコの撮った画像を見て、ハッとしたのは大島区へ調査に入った時の写真です。菖蒲地区の東側の標高400メートル級の山々で表層雪崩が起きていたのです。この写真も撮っておいてよかった。長野県北部地震を分析していく上で参考材料の一つになるかも知れません。掲載しますので、ごらんください。いずれも写真も12日の午後1時20分頃に撮影したものです。

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2011年03月18日

トラブル続いて

 朝からトラブル続きでした。市政レポートの印刷では、白紙が何枚も出て、予定よりも1時間ほどオーバーしてしまいました。午前9時から党議員団会議を招集していたのに、これでは間に合いません。上野幹事長に任せて会議を進めてもらいました。

 午後1時半過ぎに地元に戻りました。商業新聞に折り込む市政レポート、約7000枚を印刷するためです。今度はスムーズに印刷できたのですが、約3000枚を印刷したところでメールを見てびっくり。地震救援募金の振込先のひとつ、日本共産党新潟県委員会の郵便振替の口座番号が違っていたというのです。正しい口座番号は「00600-2-20777」です。党支部の仲間に連絡をとり、手書きで修正作業を行いました。このトラブルで、午後2時頃から予定していた「しんぶん赤旗」日曜版の配達のスタートは午後4時過ぎになってしまいました。

 夕方、家に戻ったのは午後6時40分過ぎでした。昨日まで気づかなかったのですが、NHKの朝のドラマ「てっぱん」はBSハイビジョンで放映していたんですね。きょうは午後6時45分からの再放送を観ました。この1週間、震災報道をずっと見てきましたが、たまにはこういう番組を観るのもいいもんです。

 気分転換に写真を一枚ごらんください。吉川区と浦川原区の境にある朔日峠に咲いていたマンサクの花です。

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2011年03月19日

キクザキイチゲが咲いた

 朝からずっと「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしています。配達先での話題はいうまでもなく先週の2日連続の地震です。ある一人暮らしの方は、私の顔を見るなり、「おっかなかった。おまんの顔を見て安心した」と言ってくださいました。ここ数年の間に大きな地震は中越地震、中越沖地震と2度ありましたが、この人にとって、「家の中で、一人で地震に耐えた」のは今回が初めてでした。声をかけることの大切さを改めて感じました。

 配達の途中、道路脇の土手にキクザキイチゲが咲いているのを見つけました。数日前には開花していたものと思います。この花は私の大好きな春の花のひとつですが、今年は地震の影響で、開花を待つ気持ちがどこかへ行っていました。でも、見つけた時はいつものようにとてもうれしかったですね。春の日差しを浴びて、輝いて見えました。

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 さて、これから、また配達です。

農畜産物から放射性物質が検出されたことで

 とうとう農畜産物から放射性物質が検出されました。きょうのニュースによると、福島県産の生乳、茨城県産のほうれん草から食品衛生法の暫定規制値を超える放射性ヨウ素などの放射性物質が検出されたというのです。今後、放射性物質による農畜産物汚染はさらに拡大される可能性があります。

 午後からの「しんぶん赤旗」配達では、このニュースを聞いた農家の人たちが今後の農業生産についてとても心配されていました。放射性物質による汚染は、風向き次第では関東、東北、そして北信越にも広がるかも知れない。そうなると、野菜だけでなく、果樹、米などにも影響が出てきて、まず品不足になるというのです。「汚染されたものを食べたくないなら、野菜作りはハウスでやったほうがいい」と言う人までいました。

 米は主食です。米なしには暮らせません。今回の原発事故により、以前経験したことのある長粒種の輸入もあるのではないか。今年の米作りはもうすぐ始まるから、生産調整も直ちに見直ししないとたいへんなことになるかも知れない、そんな声もありました。どうしても、悪い方、悪い方へと考えがちですが、汚染はこれから始まるのではなく、すでに始まっていますから汚染拡大阻止は緊急課題です。政府・関係機関は総力をあげて対策に乗り出してほしいものです。

2011年03月21日

49日法要でも話題は地震

 昨日は柏崎の父の49日法要でした。ここ1週間ほどのなかでは一番穏やかでいい日だったと思います。

 柏崎の家に着いてまもなく、防災無線で市の広報課からのお知らせが聞こえてきました。市内にあるモニタリングポストにおける午前9時現在の放射線測定数値を発表していたのです。柏崎・刈羽原発のある地域とはいえ、福島原発事故による放射線データを防災無線で伝えているのには感心しました。

 法要が終わってすぐに近くの共同墓地へ行きました。わが家と宗派が違うこともあるのでしょうが、納骨の仕方が違っているのにはびっくりでした。参列者がそれぞれ1回、手づかみで骨を墓の中に入れ、残ったものはザッと入れるのです。墓のある場所は南向きの斜面でした。陽射しが背中に当たり、とても暖かかったです。

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 お斎の場所は海の見えるところでした。海を見ていると、どうしても東日本大震災のテレビ報道を思い出してしまいます。ご住職が「ここなら高さは十分あるから津波が来ても大丈夫でしょう」と言われ、その後は中越沖地震のことなどが次々と話されました。お斎の会場となったところも中越沖地震では大きな被害が出たところでした。

 柏崎の家に戻ってから、義兄が裏山を案内してくれました。義父が植えたという雪割草を見せてくれるというのです。今年は植木鉢に咲くものは見ていますが、路地に咲くものは初めてでした。白や薄紫の花が見事に咲いていました。選挙と震災対策があるので、今年はわが家の山へ行くことはかなわないでしょう。その分、義父が植えた雪割草を楽しんできました。

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再び菖蒲、須川地区へ

 東北地方太平洋沖地震から10日目、長野県北部地震から9日目となりました。午前10時過ぎから平良木議員とともに、大島区菖蒲地区、安塚区須川地区の現地調査を行いました。今回の目的は、雪崩など二次災害発生の可能性の確認と水道などの復旧状況を見ることにありました。

 菖蒲地区の牛ヶ鼻。ここでは、積雪のため水道管の破損個所を特定できず、黒いパイプを使った仮復旧となりました。雪の上を這わせての配管ですので、凍らなければいいがなと心配になりました。でも、当面はこれしかないでしょう。ガス水道局の職員の皆さん、ご苦労様でした。

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 牛ヶ鼻では、県道菖蒲棚岡線脇の山に雪崩の危険が依然としてあることを確認してきました。写真の上部には大きなクラック(裂け目)があります。今後、気温が上昇したり、雨が降ったりする中で動く可能性がありますので、しっかり監視することが大切です。雪崩の危険を感じたか所は菖蒲西から安塚へと向かう国道405号線でもありました。

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 菖蒲のセンター脇では、家財道具など地震により壊れたものが運び出されていました。明日までこの作業は続くとのことでした。菖蒲東、西の町内会長さんとも会うことができ、苗代除雪の補助などに力を貸してほしいと要望されました。

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 牛ヶ鼻で視察している時にキューピットバレイの渡辺社長から電話があり、今後の復旧見通しなどについて報告がありました。安塚区須川のキューピットバレイでは白倉アウトドア事業部長さんの案内で復旧作業現場を見せてもらいました。パイプが天井まで見事に組まれているのには驚きました。連休までには営業開始したいとの説明でした。

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 作業現場の視察が終わって、帰る時、案内してくださった白倉さんから「橋爪さんは私と高校の同級生なんですよね」と声をかけてもらいました。名刺をもらって、名前を見ると私の知っている同級生と同じ名前でした。「ひょっとするとクラスも一緒だったんじゃないですか」と言い、1学年から3学年までの担任の先生の名前をあげてみたら、何と3年4組の白倉さんだったのです。やはり、私と同じクラスだったのです。白倉さんは私が議員になった時から注目してくれていました。「いやー、きょうはここへ来てよかった」と大喜びしました。

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 さて、時間です。これから希望館の避難所へ行き、その後、直江津にて党会議です。

2011年03月22日

多様な支援広がる

 昨日の夕方、頸城区希望館に設置された避難所を訪問してきました。ここでは福島県南相馬市から180人余りの人たちが避難してきています。

 訪問した時はちょうど夕食の時間でした。地元中柳町の女性の皆さんがトン汁をつくって提供しているところでした。弁当とおかずが配られても、汁っけがほしいのでは、との判断で用意されたものですが、たいへん喜ばれていました。

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 館内では避難者のための連絡板も用意されていて、様々な連絡事項、バスの時刻表などが記入されていました。どなたが作成されたのか、希望館周辺の主な施設の地図も出来上がっていました。私の目に留まったのは散髪の案内です。区内にある2つの理髪屋さんがボランティアでやってくださるという中身でした。支援の輪が徐々に広がっているなと感じました。

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 希望館の避難所は党議員団の上野議員の地元です。上野議員が毎日、訪問して要望の聞き取りなどをやってくれています。大島区、安塚区の震災対応が一段落したら、私も合流する予定です。

涙の討論

 3月定例議会が予定より3日早く終わりました。これは今回の大地震で一般質問を中止したことによります。きょう、参考資料として、「一般質問通告一覧表」が配布されましたが、このなかには「6月議会でもとり上げられることなく終わる質問」もあることでしょう。率直に言って、私の質問項目もそうです。「幻の質問」となるかも知れません。

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 きょうの本会議では、まず、東日本大震災で亡くなった人たちに1分間の黙祷を捧げました。その後、常任委員長報告、討論、採決と続きました。

 討論で、ジーンときたのは上野議員の討論でした。日本共産党議員団を代表して新年度一般会計予算に関する討論をしたのですが、前段で、「私の実家は岩手県釜石市にあります。また親戚や友人・知人が多数被災地に居住しています。そんなことからたくさんの市民の皆さん方からご心配や励ましをいただきました。17日早朝、実家家族の無事を確認しホッとしていますが、親戚の家屋は津波で流され……せめて無事を祈る毎日であります」とのべました。この時、急に感情が高ぶったのでしょう、上野議員の言葉は涙声になりました。後で本人に確認したら、「どういうわけか突然涙が流れ、原稿を読めなくなった」とのことでした。

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 震災対策は超党派ですすめていく必要があります。きょうの議会では、今回の東日本大震災、長野県北部地震にどう対応するかが話し合われました。各派代表者会議においては、滝澤議長が議会としてどう動いたらいいのか意見をきかせてほしいとのべました。当面、議会図書室に「地震対策室」を設け、情報を共有していくことを確認しました。来週には具体的な行動について議論されるものと思います。また、総務常任委員会では、早い時期に長野県北部地震で大きな被害が出た大島区や安塚区を視察することになりました。

2011年03月23日

被災者支援・いっせい地方選挙勝利全国決起集会

 明日からのいっせい地方選挙を前に「被災者支援・いっせい地方選挙勝利全国決起集会」が東京の日本共産党中央委員会で開催されました。この模様はインターネットで中継されるというので、近くに住む仲間たちが私の事務所に集まり、大きなスクリーンで視聴しました。

 この中継を見て何よりも感動したのは被災地でがんばる党員たちの献身的な活動です。自分の家が目の前で流され、親戚の人たちも津波にさらわれるという事態の中で市長を支えて奮闘する陸前高田の市議、間一髪のところで子どもたちを救い、避難所で保育所を開設して子どもたちを守っている党員などの話に心を揺さぶられました。上越市には現在、南相馬市から多くの市民が避難されていますが、そこの党議員が、燃料補給のためにタンクローリーの運転手を確保し、燃料を届ける手配をしたという話も紹介されました。

 いっせい地方選挙をどうたたかうかについても注目しました。戦後未曽有の災害からの復興に、国の総力をあげてとりくむ、住民の命と暮らしをまもる「福祉・防災のまちづくり」をすすめていくなどの政策は大いに語り、広げていかなければなりません。選挙については自粛ムードがありますが、「有権者の気分・感情を考慮しながら、堂々と政見を訴え抜く」点は重要だと思いました。一人ひとりの結びつきを生かし、集いを開催し、住民とともに活動に取り組むのが基本。一せい地方選挙では、東日本大震災被災者の支援とともに、4年間の自治体をどうするかの公約を堂々と訴えて審判を仰ごうという方針は当然のことと受け止めました。三重県だったと思いますが、有権者の冷静で正確な選択を妨げる「小手先の人気取り策」を批判する新聞もあることも知りました。マスコミには良識ある記事をどんどん書いてほしいものです。

 福島原発の放射能汚染は拡大の一途をたどっています。きょう、私のところに来たメールの中に、「放射能拡散シミュレーションは気象庁も行っており,すでにIAEAにも送っているとのことです。知らぬは国民ばかりです」というのがありました。そして、そこでは仏放射線防護原子力安全研究所(IRSN)放射能拡散シミュレーションが紹介されています。この調子だと、風向き次第では日本列島全域が放射能でおおわれます。日本政府も早く、正確な情報を国民に伝えるべきです。

2011年03月24日

誕生日は生活相談デー

 きょうは誕生日です。誰にも言わないでいましたが、一人だけ、「おめでとうございます」というメールをくれた女性がいました。毎日一緒にバタバタと暮らしているので忘れているだろうと思ったら、憶えていてくれました。妻の誕生日は私と少し離れているだけです。選挙に夢中となり忘れるのではないかと心配です。忘れないように、忘れないように。

 きょうは生活相談デーとなりました。議会があって時間がなかなかつくれず、先送りしていた相談に加え、飛び入りもあって4件にもなりました。このうち、すんなりと解決したのはわずか1件、あとはしばらく時間がかかりそうです。交通事故で相手方との話し合いがつかず、医療機関から数十万円の医療費を請求されて困っている人がいました。何とかしてあげたいものです。

 夜は選対会議でした。昨日の「被災者支援・地方選勝利全国決起集会」の志位委員長報告をみんなで視聴したのち、目前に迫った県議選勝利に向けた諸課題について話し合いました。来月実施される県内の議員選挙のうち、いくつかでは街宣車を出さないように「自粛」する動きがあるという報道がありました。大災害のあったこんな時こそ、どうしたら災害に強いまちづくりができるかなど、マイクを使い、自らの考え・政策を堂々とのべて、有権者の審判をあおぐべきではないでしょうか。

2011年03月25日

総務常任委員会も大島区、安塚区を視察

 午前は「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金、午後からは総務常任委員会による長野県北部地震被災地の視察でした。訪れたところは、私たちの党議員団が訪れたところと同じく、大島区菖蒲と安塚区和田の安塚やすらぎ荘と須川のキューピットバレイです。

 最初に訪問した大島区菖蒲では、総合事務所の幹部と地元町内会長さんから被害状況を説明してもらいました。最新の大島区被害データでは、全壊6(うち非住家5)、大規模半壊1、半壊1、一部損壊125(うち非住家9、その他6)。被災建築物応急危険度判定結果は、赤は9、黄29、緑6、となっていました。総合事務所で用意された資料には写真がたくさん掲載されていました。全戸を調査したなかで作成されたものだけにとても参考になります。

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 町内会長さんは、「地震の時にはこのセンターに4時10分には来た。余震も下からどんと来た。(雪が崩れ落ちて)道を歩くのも危険な状態だった。とにかく震度計を設置してほしい。田んぼは亀裂が入っているのではないだろうか。雪解け後が心配だ。いま水道は仮設(仮復旧)だ。雪が消えたら早めに本格的な復旧に尽力願いたい」とのべておられました。

 きょう、調査に参加したのは総務常任委員会のメンバーですが、ほとんどの人が震災後初めてだったようです。予想以上の被害と雪の多さにびっくりしたようです。これまで党議員団の調査では個人住宅の被災写真は遠慮してきましたが、きょうは住宅の所有者の方からお許しをいただきましたので、1枚だけ掲載します。ここの家でも水道は仮設です。パイプが外に出ているので、昨晩は凍って水が出なくなったといいます。

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 安塚区の調査内容はこれまでの党議員団調査とほぼ同じですので、省略します。

 夜、家に戻って27日付け「しんぶん赤旗」日曜版をゆっくりと読みました。26面の「読者のページ」を読んでいたら、私が知っている女性が投稿したらしい記事が掲載されていました。新潟の地で感じた東日本大震災被災地への想いが短く、素直に表現されていて、とても気持ちのいい文章です。明日にでも確認してみようと思います。

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2011年03月26日

いとう候補の事務所開き

 寒い一日でした。雪もちらちらと降りました。「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金をしていて、「寒いね」と言うと、「でも、地震に遭って寒いめをしている人たちに比べれば…」という言葉が返ってきます。いま対話をすると必ず地震のことが話題になります。みんな被災者のことを心配しているんですね。

 配達の途中、ハクチョウたちと出合いました。先日は吉川区の竹直というところの田んぼで見かけたのですが、きょうは片田の田んぼです。農道を車で走っていて見つけたので、尾神岳をバックにして撮りました。朝日池に近い竹直だけでなく、吉川区の中心部までやってきてエサを食べている姿は初めて見ました。雪消えが進むともっと奥の田んぼで見かけることができるかも知れません。

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 きょうはある読者のところでおもしろいものを見せてもらいました。70前後のお母さんが、私に、「ねえ、橋爪さんて、前にどんぐりのこと書きなったよね。孫がね、どんぐりを育てているんだでね。見なる?」と声をかけてくださいました。私が書いたドングリの話というのは「春よ来い」の第125回「ドングリのあてっこ」です。この話を憶えていて下さったのもうれしかったですが、空き缶の中で根を生やし、葉をつけているドングリにはびっくりしました。こんなふうにして芽を出すんですね。

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 夜は、県議候補のいとう誠事務所開きでした。事務所は狭いので、事務所に近い市民プラザの2階の大会議室が会場です。100人近い人たちが寒いなか集まってくださいました。まずは、先日の東京の決起集会のビデオを見て、その後、いとう候補の決意表明、私からの訴えなどが続きました。

 いとう候補の挨拶は磨きがかかってきて中身もよく準備されていました。防災のまちづくりに関連して、今晩、彼が新たに指摘したのは新潟県内の消防職員数が基準の6割程度にとどまっているという問題です。早期に世論を盛り上げ、職員数を増やす流れをつくりたいものです。きょうはいとう候補の両親も駆けつけられたので、一言挨拶していただきました。子どもさんの名前について、「兄が誠(まこと)で弟は実(みのる)とつけました。ふたりを合わせると誠実となります」と紹介されると会場からは拍手が起きました。お母さんは、いとう候補が挨拶している時、途中までは下を向いておられましたが、そのうち顔を上げ、息子さんの姿をじっとごらんになっていました。うれしかったのでしょう、息子さんが大きく成長して頑張っている姿を見て。

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 事務所開きの最後は団結ガンバローでした。音頭をとったのは上野公悦議員です。司会者から「上野議員は釜石市の出身です」と紹介されたことから、同議員は今回の大地震についてのべました。「地震発生から毎日、夜遅くまで電話をかけ続け、ようやく実家と連絡がとれたのは17日早朝でした。親戚とはまだ連絡がとれていません。長野県北部地震ではいち早く大島区に駆けつけ、いまは、毎日のように希望館に避難してきた福島県の人たちの声を聞きながらがんばっています。早く実家へ帰りたいが選挙が終わってから行ってきたいと思います」この決意表明にみんな、涙を流しました。上野議員の挨拶で、みんなの心が一つになりました。がんばらなくっちゃ。

 明日は午前中に旧吉川町農業委員だったIさんの葬儀です。3期ほど農業委員の仕事を一緒にさせてもらい、ずっと親しく付き合いをさせてもらってきた人だけにとても残念です。いつも農民の立場に立って発言し、行動していたIさん、お疲れ様でした。

2011年03月27日

今年のコメづくりが心配

 寒い朝で、雪が降りました。Iさんの葬儀の場は海に近い大潟区でしたが、駐車場も真っ白になりました。故人の生前の付き合いが幅広かったことを改めて確認しました。参列者は大勢でした。

 午後からは県議選の準備で事務所に行きました。その途中、直江津の中華料理店に入ったところ、市内のある農業生産法人の幹部の方とバッタリ。一緒に食事をしながら、震災のことや今後の農業について語り合いました。この人がいま一番心配していたのは今年のコメ作りです。「被災地でのコメ生産は今年は厳しくなることは必至。このままだとコメは足らなくなる可能性が大きい。危機管理は食料に関してもある。種まきが始まる前に今年の稲作について政府は方針を出すべき。上越市も特別の対策をとらないといけない」うなずきながら話を聴きました。

 夕方、家に戻ったところ、また訃報が入りました。私の幼友達で、元吉川郵便局長だったTさんが亡くなったというのです。まだ60歳、信じることができませんでした。明後日の各派代表者会議は誰かに代わってもらい、葬儀に参列してきたいと思います。

 市政レポート1494号「春よ来い」の146回「四十九日」をホームページに掲載しました。ご笑覧ください。

2011年03月28日

上越からも緊急消防援助隊が出動し頑張っています

 夕方、上越地域消防事務組合本部を訪問しました。今回の大震災では、いろんな団体の人たちが被災地で活動していますが、上越地域消防事務組合から派遣された緊急消防援助隊員の皆さんも被災地で頑張っていることを知りました。

 第1次派遣隊が出発したのは、11日の午後6時59分。消火部隊5名と救助部隊5名という構成でした。新潟県内からは30隊、141名が派遣されたといいます。活動地域は宮城県石巻市、女川町及び周辺地域です。12日から14日までの3日間の間に、火災出動、人命検索、救出、被害状況調査などの活動をしてきました。救出した住民数は新潟県隊全体で556人にのぼっています。

 これまで上越地域消防事務組合から派遣された職員は第1次派遣隊から第6次派遣隊まで合わせて64名です。第2次派遣隊からは救出数がぐんと減り、救急、遺体搬送の仕事がほとんどですが、命を救うために懸命の活動をしているとのことでした。人命検索などの活動では、水に浸かることも度々とか。野営テントの中で濡れた衣類を乾かし頑張っています。

 きょうは被災地の写真や隊員の活動状況を撮った写真を見せていただきました。県内から派遣された隊員の皆さんの活動についてはマスコミではほとんど報道されていませんので、若干紹介します。

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2011年03月29日

「細井よしお物語」をもう一度

 昨日、横浜在住の菊池さんという方から「ホーセの見てある記」(現在は「ホーセの見てある記2」)にコメントがありました。菊池さんが読まれた記事は、6年前の3月29日の日記です。この記事を読まれた菊池さんは、そこに書かれたパンフレット「細井よしお物語」をぜひ読みたいとのことでした。私の手元にはパンフレットはありませんでしたが、私が以前、ホームページに載せた時のデータが残っていました。

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 細井さんは私の友人であり、党議員のすばらしい仲間でもあります。再読してみて、もう一度紹介したくなりました。今回、残っていたデータをもとにPDFファイルを作成しました。長い文章ですが、こちらをクリックして
ご一読ください。なお、彼はいま、長岡市議選での再選を目指して奮闘中です。長岡市内に親戚、知人、友人などがおられましたら、ぜひとも応援してくださいますようお願いします。

2011年03月30日

被災者の隣に行く

 選挙準備の一日でした。選挙事務所で名簿の整理をしたり、車の運行計画をねったりとバタバタ動きました。遅れていたポスターもようやく到着、明後日の張り出しを待つばかりとなりました。

 マスコミ関係者の動きも激しくなってきました。新聞記者が午前と午後に一人ずつ取材にやってきました。午後からは新聞記者による候補者インタビューです。約1時間にわたって、県政の評価、北陸新幹線、農政の課題などについて、いとう誠予定候補に聞いていました。記者は市議会と県議会のどちらも見ていて、県議会の改革の必要性を痛切に感じている人です。県民の願い実現めざし、県議会の場で執行部に迫って行く「直球力」が県議に求められているという指摘は同感でした。

 いとう誠予定候補の語る言葉の中で、いいなと思ったのがありました。「被災者の隣に行く」という言葉です。今冬の豪雪でも、今回の長野県北部地震でもすぐに現場に入り、被災者の声を聴いてきた人だけに、言葉の重みを感じます。上から目線ではなく、被災者に寄り添う姿勢が見えるいい言葉ですね。

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 明日は早めに市政レポートの作成を終わらねばなりません。さもないと、金曜日と土曜日の「しんぶん赤旗」日曜版の配達が選挙の関係でできなくなります。がんばらないと。

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