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2011年09月 アーカイブ

2011年09月01日

年間4万キロ突破へ

 「しんぶん赤旗」購読のお願い行動と市政レポート作成の一日でした。広い上越市ですので、車での移動時間は3時間にもなりました。市政レポートは週刊のものと月1回発行の広域版の作成です。先日の会議で、「もっと配布地域の話題を載せて」という注文が出て、それに少しでも応えようとしました。これからのレポート作成では、車で移動して取材する時間が増えそうです。今年になってからの私の軽乗用車の走行距離は約2万8000キロとなりました。このままのペースでいっても、4万キロ突破は確実。こりゃ、たいへんだぁー。

2011年09月02日

大量印刷でぐったり

 市政レポートの印刷は単純作業ですが、枚数が多いとなかなかきつい。きょうは8000枚、それも裏表両面印刷しました。終わったのは午後11時半過ぎ、ぐったりとしました。ということで、きょうはこれでお終い。明日は柳川月さんを囲む会が牧区深山荘で行われます。私にプロジェクターとスクリーンを持ってきて、という声もかかりました。どんな展開となるのか楽しみです。

2011年09月03日

板山と上川谷間の県道決壊箇所、復旧工事始まる

 主要地方道上越安塚柏崎線の大島区板山地内の道路決壊個所の工事がようやく始まりました。昨日、現場を訪れた時には、工事個所の草刈りが終わっていて、工事用のユンボも配備されていました。

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 この工事個所については、付近の稲作農家や吉川区川谷地区住民などから早期復旧を望む声が強く出ていました。

2011年09月05日

フィルモンなどたくさんの「であい」がありました

 3日、4日と上越市牧区の深山荘で行われた「柳川月さんを囲む会」に参加してきました。総勢23人。そのうち月さんとサトノさん、それと樋口さん、この3人の女性だけは会ったことがありましたが、あとは全員初対面の方でした。たくさんの人との出会いがあり、夜遅くまでいっぱいおしゃべりをしてとても楽しい会でした。

 会のメインは月さんの「90年の人生を語る」です。夫を亡くし手づくり新聞「ざ・むーん」を書き始めた頃の話、レッドパージにあった家族とその後、全国家族新聞交流会のみなさんとの様々な交流等、初めて知ることが多く、ひきつけられました。この日、月さんは、「ざ・むーん」の創刊号から100号まで(?)を1冊に製本したものを離さず、語り続けられました。「ざ・むーん」は月さんの「宝物」であり、語りの源泉でした。話のなかには苦い体験もあったはずなのに、なぜか、すべての話が輝いていましたね。

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 「月さんを囲む会」を提案してくださったのは全国で家族新聞を発行し交流しているみなさんです。脇山さん、清水さん、鈴木さん、市川さんなどは、長く家族新聞を発行し、頑張ってこられた人たちでした。参加者のなかには家族新聞や地域新聞を出していない人たちも何人かおられました。けれど、みんな、「ざ・むーん」を読み、月さんを好きな人ばかりでした。参加者全員が「ざ・むーん」との関わり、感想などを語り合いました。私もガリ版時代の月さんのチラシのこと、「ざ・むーん」を通じて励まされたことなどを語りました。みんな、話は尽きず、お風呂の中でも、ロビーでもおしゃべりが続きました。

 2日目の企画は牧区原の明願寺の訪問です。ご住職の池永文雄さんとは10数年前に直江津のイトーヨーカ堂で開催された「家族新聞展覧会」でお会いしています。明願寺では、法話をお聴きし、その後、このお寺から全国最初の有線放送を行った当時の思い出などを語っていただきました。それだけではありません。自宅の2階においてある当時の有線放送設備や昭和初期の蓄音機、フィルモンなどを公開してくださったのです。ずっと、ワクワクしっぱなしでした。

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 フィルモンは、上越タイムスによると、「大阪の工場経営者、小西正三が昭和初期にに開発した当時としては驚異的な36分の長時間プレイができる画期的な蓄音機」「統制をうけたセルロイドなどの材料不足のため、わずか4年で製造中止となった。我が国で今も動くフィルモンは5、6台といわれ、幻のオーディオだ」(1993年10月8日号)ということです。昨日は、このフィルモンで浪花節と思われるものを聴かせてもらいました。動画で記録しましたので、その感動をみなさんにお裾分けしましょう。

 市政レポート1517号、「春よ来い」の第168回「いとこ会」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。
 

9月議会スタート

 きょうから9月議会です。市長による提案理由の説明の後、総括質疑に入りました。通告を出した6議員のうち、4人が登壇して昨年度決算、一般会計補正予算などで質疑を行いました。

 注目したことのひとつは、高波議員の「総合事務所のブロック化」についての質問にたいする村山市長の答弁です。市長は、「現行体制の課題の検証をはじめ、求められる機能や組織の再編案について検討を進めてきた。具体的には、複数の総合事務所について、そのなかの基幹的な総合事務所に土木技師などの専門職を集約し、広域的に業務を行うことで効率化が図れないかとの考えから今年度にモデル地区を設定し、試行的に実施することをめざした。しかし、木田庁舎を含めた業務分担の精査や業務の集約化による影響等の検証を慎重に行うべきとの判断から引き続き詳細な業務分担の整理を行っている。できるだけ早い時期にその実施を考えている」と答えました。「特定の総合事務所の廃止は考えてはいない」とのことですが、「基幹的な総合事務所」という言い方がひっかかりました。

 もうひとつ注目したのは、信越本線移設事業費についてです。これは北陸新幹線新駅に現在の脇野田駅を併設するための事業費ですが、2005年度に専門のコンサルタントに委託して弾いた概算事業費は約30億円でした。ところが、今回、JR東日本が試算した数値は、それよりも12億円も多いものでした。市長は事業費が大きくふくらんだ理由について、路床改良、消雪設備、民間通信ケーブルの移設などが考慮されていなかったことをあげ、「当初の段階で、条件設定について精査されていなかった」とのべていました。市長の答弁を聞き、疑問がいくつも湧いてきました。疑問点はここでは具体的に書きません。明日の平良木議員の質疑でそのいくつかを訊いてもらう予定です。残りの疑問点は総務常任委員会で私が質問することになります。

 明日も総括質疑が行われます。まず、山岸前議長が久々に登壇し、その後、党議員団の平良木議員の番となります。

 

2011年09月06日

総括質疑2日目、熱い論戦続く

 総括質疑2日目。トップは6~7年ぶりに総括質疑に立ったという山岸行則議員でした。昨年度の決算については、全体としては一定の評価をしつつも、疑問や問題点があるとして重量感のある質問を繰り広げました。いくつかの財政指標の数値が改善したことについては、「国や県からの金が増えたから改善したのであって、自主努力によるものではない」と断定、行政改革についても「行革の努力はまだまだ」と厳しい評価を下しました。財政調整基金への積み立てについて、同議員が、「(経済対策などに)使うべきであり、使わなければならない財源だったのではないか。いま一歩、政策的に詰めていなかったのではないか」とのべた時、市幹部の顔が険しく見えました。

 二番手は日本共産党議員団の平良木哲也議員。事務事業の総ざらい、(仮称)厚生産業会館建設問題、信越本線移設事業、原子力防災などについて質疑を行いました。時間の制約があるなかで、今後の常任委員会審査の基調を定めるものとなったと思います。

 事務事業の総ざらいの評価に関して、平良木議員は、地域自治区が自主的に定めて取り組んできた地域事業まで行政側から先に評価を下し、その後、地域協議会の意見を聴くという手順はおかしいと指摘しましたが、市長は、「どちらが先か後かという形式的なことではない。実際にその事業が必要かどうかが問題だ」と答弁していました。しかし、これは都市内分権を重視するかどうかという本質的な問題です。「最終的には地域協議会に諮問する」手続きをとり同意を得たとしても、分権を尊重することとは相容れないものです。

 (仮称)厚生産業会館建設問題で市は、この施設の建設の実施を前提に、整備検討委員会を設置するとして、今回、関連経費を一般会計補正予算に計上しました。しかし、3月議会では、「(仮称)厚生産業会館の建設については、現在実施する環境には至っておりません」と市長がのべ、担当部長(当時)も「今後実施するしないも含めて今後のまた課題だとは思っております」と答弁していました。平良木議員は、「いつの間にか、建設実施が前提になっているのはどういうことか。あらためて市民に問うこともなく、建設実施が決められたのか」と追及しました。これに対して市長は、「市長選の公約であり、市民からは建設に期待する声がある。建設を前提に提案した」とのべました。確かに市長選の公約のひとつでしたし、その実現への期待もあるでしょう。しかし、学校耐震化など緊急課題が他にもある中で、現時点で建設を具体化するのは正しいかどうか。市民の声をしっかりと聴いたうえで対応すべきだと思います。

 さて、注目の信越本線移設事業です。2005年度に試算した事業費よりも10億円も増えた経緯と内容について平良木議員は、「地域事業費の見直し、枠の撤廃など、市の財政運営に関わって市民ぐるみで議論が行われ、力を合わせていくべきときに、これだけの財政支出が新たに発生することはたいへんなこと」「こうした事態になった経緯、何が原因でこうした超過が発生したのか、このことがいつわかって、それに対して市としてどういうリアクションを起こしたのか」と問いました。市側は、8月10日に具体的な数字が出たが、「内容的に個々の施設が必要かどうかの検討も進めた。出てきた数字を前回のコンサルの内容と比較作業にずいぶん時間を要した(ので24日開催の特別委員会に示さなかった)」(市長)「事業費をもう少し圧縮できないか、他にも技術的に詰められないか検討してきた」(総合政策部長)とのべるにとどまりました。詳細は総務常任委員会の場で、一問一答で詰めていくことになります。

2011年09月07日

(仮称)厚生産業会館の建設問題で活発な議論

 午前はOさんの葬儀でした。出稼ぎ先が父と一緒だったこともあり、わが家とは親しく付き合いをしてくださった方です。父が死んでからも何回か来て、思い出話をしてくださいました。遺影はふだんの姿そのまま、突然の死だったこともあって、亡くなったことが信じられませんでした。

 市議会の方はきょうから常任委員会審査です。今定例会では建設企業常任委員会がトップで、文教経済、厚生、総務の順です。

 きょうの注目は、(仮称)厚生産業会館の建設問題です。昨日も書いたように、3月議会で市長は、「(仮称)厚生産業会館の建設については、現在実施する環境には至っておりません」とのべていました。当時の担当部長も「今後実施するしないも含めて今後のまた課題だとは思っております」と答弁していました。樋口議員が、こうした発言と今回設置するとしている整備検討委員会との関連を追及しました。部長や副市長とのやりとりのメモを控室に忘れてきたので、正確さに欠けるかもしれませんが、副市長の答弁は、「地域事業費制度の見直しで建設を実施に移す環境が整った」という趣旨だったかと思います。確かに、制度の見直し前のままでは、合併前上越市の事業費枠をはみ出すので建設は公約だったけれども実施に踏み切れない。枠を撤廃する見直しを決めた段階では動き始めることを言いだすことは可能です。答弁を聴きながら、地域事業費制度の見直しの本質が見えたと思いました。

 きょうの委員会では、「選挙公約なんだから粛々と進めるべきだ」という発言がある一方で、「(市民の声を聞いて)もっと慎重に進めるべき」との発言がありました。現段階では、総事業費がいくらになるか概算も示さない、建設場所の候補地もいくつか上がっているが言わない、これが市側の対応です。市側は、「議会に示すところまで固まっていない」としていますが、自治基本条例では「市長等は、政策の立案、実施、評価及び見直しに至るまでの過程及び内容を市民に分かりやすく説明しなければならない」(第18条)とあります。市民を代表する議員、議会に対しては、もっと踏み込んで現在進行形の「過程」を示すべきではないでしょうか。

 かたい話ばかり書きました。最後にきょうの爽やかな風景をごらんいただきましょう。JAえちご上越吉川支店前から撮影しました。

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2011年09月08日

(仮称)厚生産業会館の建設スケジュール表、示される

 あー、情けない、情けない。2日連続で委員会資料、メモを控室に忘れてきてしまいました。きょうの建設企業常任委員会では、(仮称)厚生産業会館の建設スケジュール表が配布され、若干の質疑が行われた後、一般会計補正予算についての採決が行われました。スケジュール表には昨日の議論を反映させ、議会に報告する月、高田区地域協議会に諮問する時期などが入っていました。明日の午前、市役所に行きますので、具体的な日程は画像データなどで紹介します。

 採決の直前、党議員団の樋口議員が発言を求め、「(仮称)厚生産業会館は市長公約だが、公約と言えども建設の是非を市民に聴くべきだ。一方的に決めるのはおかしい」とのべました。当然のことです。採決の結果は、樋口議員だけが反対で、他は賛成でした。ただ、この問題では、他会派の何人かの議員が一般質問する予定だとも聞いています。私たちと同じ問題意識を持った議員もいますので、市民の間でも活発な議論が起きるよう期待したいと思います。

 昨晩は市政レポート作成で手間取り、3時間ほどしか眠りませんでした。午前中は何とか持ったのですが、午後はぜんぜん頭が回転しません。市政レポートのポスト下ろしを終え家に着いた時には、車を降りる力すらなく、車内で1時間ほど寝てしまいました。でも、この睡眠のお陰で夕方、大島区まで行ってくることができました。

2011年09月09日

副市長発言が波紋

 一昨日の建設企業常任委員会における稲荷副市長の発言が市役所職員や議員の間で話題となっています。その発言というのは、「地域事業費の見直しにつて一定のご理解をいただいたことで(仮称)厚生産業会館の建設を進める環境が整った」というものです。

 話題の発言は樋口議員の質問に対する答弁のなかで飛び出したものです。すでに、詳細な発言メモを持っている議員もいたので、見せていただきました。そのメモと私のメモとで稲荷発言を再現してみました。

 市長の公約である以上は任期中に(仮称)厚生産業会館を建設するということは基本的方針としては決まっていた。ただ、3月時点で市長が言われた「環境が整っていない」ということに関していえば、皆さんご案内の通り、地域事業費の関係が大きな課題だった。すでに合併前上越市の地域事業費が枠を確実にオーバーしてしまうことがわかっている中で厚生産業会館をやりますというのはあまりにも環境にマッチしたスタンスではない。それを踏まえたなかで、地域事業費の見直しを丁寧に議会のみなさん、地域のみなさんに説明してきた。(地域事業費の見直しについて)一定の理解が得られたというなかで、元々、市長としては公約に掲げていたので、環境が一定整ったという判断をし、今回、補正予算を出した。

 稲荷副市長は誠実な人なので、市の考えを素直にのべただけのことですが、波紋の広がりによっては今後の市政運営に大きな影響を与えることになるかも知れません。

2011年09月10日

メタカラコウと再び出合う

 数年前に初めて出合った花と再び出合いました。その花はメタカラコウ、キク科の大きな花です。

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 きょうはこの花に出合えただけで大満足、疲れが吹っ飛びます。

2011年09月12日

妙高市へ

 東日本大震災から6カ月ということで昨日の新聞、テレビは特集を組んでいました。新聞ではお連れ合いが依然として行方不明で、どうしてもあきらめきれず、死亡届を出さないでいる人の記事を切なく読みました。

 昨日は午前中に常任委員会資料を読み、午後からは妙高市へ行ってきました。わが家から県道新井柿崎線に出るまで田んぼをずっと見て、車を走らせました。早生品種の刈り取りをほぼ終え、いよいよコシヒカリの番です。30度を超える暑さの中、稲姿はとてもいい感じがしました。

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 妙高市では、前市議の望月さんからスピーカーを譲り受けてきました。また、長野県須坂市の農家の友人と会う約束をし、おしゃべりを楽しんできました。今年のりんごの出来具合、農政のことなどをたっぷり話し合うことができました。お土産にもらったのは友人が栽培しているモモとブドウです。もぎたてだけあってとてもうまかった。

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 私からの土産は山岸トマトと『自選ミニ随想集春よ来い』でした。

 市政レポート1518号、「春よ来い」の第169回、「有線放送」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

長野県北部地震の爪痕いまも

 長野県北部地震が発生した3月12日からちょうど半年、朝早く大島区の林道牛ヶ鼻浦田線、被災した田んぼを見てきました。まずは、林道のなかで最も大きな陥没があった場所です。仮復旧工事が行われ、車も通れるようにはなっていましたが、本格復旧はまだこれからといった状態でした。

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 この先の田んぼ、畦がスポッと抜けおち、液状化現象が起きていたところは、耕作ができず、荒れていました。来年度は新たな畦を内側につくろうというのでしょうか、ユンボによる工事の跡が見られました。

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 この上の大きな田んぼはごらんのとおりです。畦元も田んぼも機械が入って、水がためてありました。ここまでやってもらえれれば、来年の耕作は大丈夫でしょう。

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 帰り道、この林道周辺の風景を写真に撮りました。ちょっと見ただけですので簡単に評価はできませんが、農地の災害復旧に比べて、道路工事が遅れているという感じがしました。地元の人のなかには、「来年の春までに工事が終わるか心配だ」という声もありました。このブログの6月1日の日記、6月5日の日記に6月段階の被災状況写真を掲載してありますので比較してみてください。

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 きょうは文教経済常任委員会の2日目。「教育の日」の制定を求める陳情の審査が行われ、陳情者が意見陳述を行いました。上越市議会で、請願者や陳情者が委員会に出席して意見をのべるのは初めてです。議会基本条例が制定され、今回の意見陳述があり、議会改革はまた一歩前に出ました。なお、意見陳述は16日(午後4時から)も行われます。今度は、「地域事業費制度の見直しに関する請願」を提出した請願者代表の陳述です。

2011年09月13日

刮目すべき新しい変化

 先日の「しんぶん赤旗」に「刮目」という言葉が載っていました。辞書で調べてみると、「目をこすって、よく見ること」「注意して見ること」とあります。きょうの「しんぶん赤旗」日刊紙1面には、日本共産党が岩手県議選で初の複数議席獲得し、陸前高田市議選では党候補が2位、3位、4位で当選したことが報じられていました。まさに「刮目すべき新しい変化」と言ってよいでしょう。

 きょうの日中は、岐阜大学の自治体研究者の方の視察受け入れ準備、一般質問通告書の準備でほとんど終わりました。厚生常任委員会の傍聴はほんの1時間ほどしかできませんでした。視察受け入れ準備で一番困ったことは、数十年前の資料探しです。昭和30年代の公民館活動を伝える写真があったはずだと一生懸命探しましたが、やはり見つかりませんでした。こういうものは出合った時に、すぐ保存しておかないとまた行方不明になりますね。

 夜も会議でした。こちらは党関係の会議です。ここでも「刮目すべき新しい変化」について話をさせてもらいました。東北での中間地方選における日本共産党の躍進だけでなく、福島県復興ビジョンなどにみられるような政策的な変化もとりあげて説明しました。この変化はいうまでもなく日本各地に出てきています。上越であげれば、原子力災害対策でしょうか。

2011年09月14日

コミュニティ政策学会の地域自治区調査

 きょうは岐阜大学の2人の研究者の方が木田庁舎に来られました。地域科学部の山崎仁朗先生と院生の東善朗さんです。お二人は昨日から吉川区などに入られ、上越市における地域自治区、地域協議会の活動について調査を進めておられます。吉川区については、地域協議会が独自に住民アンケートを実施したことや、7つの「地域づくり会議」をベースにして「まちづくり吉川」が活発な活動を展開していることなどに大きな関心を寄せておられ、今回の調査となったということです。

 きょうは、市議としての立場で、地域協議会が1期目と2期目でどう変化しているかとか、上越市が昨年から取り組んでいる「地域活動支援事業」、「地域事業費の見直し」などについてどう見ているかなど質問を受けました。約1時間半ほどではありましたが、研究者のみなさんの考えも聴くことができて、とても勉強になりました。そうそう、昨日からさがしていた旧吉川町公民館水源分館の活動の写真は今朝、市役所で見つけることができました。この写真のお陰で、かつて、学校が地域活動の拠点であったことを実感してもらえたのではないかと思います。

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 調査の合間に私の市政レポートのことやホームページ、ブログ、本などについても話題となりました。調査の準備としてだとは思いますが、ブログや本を丁寧に読んでいてくださったのはうれしかったですね。私が学生時代、えちご亭円志という芸名で落語をやっていたことを話したところ、全日本学生落語選手権大会の話になりました。今年の2月の大会では岐阜大学の三流亭今壱(さんりゅうてい・いまいち)さんが「二番煎じ」を演じ、最優秀賞を獲得したということです。岐阜大学が急に身近に感じられるようになりました。

2011年09月16日

信越本線(脇野田駅)移設事業で質問

 昨日、帰宅したのは午後9時過ぎでした。早朝から市政レポートの作成、印刷、総務常任委員会、党務と動きました。体も頭も動く限界があります。とうとう日記は書けませんでした。

 昨日の委員会では、北陸新幹線開業に伴う信越本線(脇野田駅)移設事業についての質問に集中することにしていました。先日明らかにされた総事業費は約42億円で、2005年度(平成17年度)に専門的なコンサルタントがはじき出した約30億円を大きく上回るものでした。昨日の質問ではそもそも5年前に出された数字はいくらだったのか、なぜ今回の総事業費と大きな差が生まれたのかなどについて説明を求めました。

 その結果、5年前の数値には設計費が入っていなく、設計費を含めるとその段階での総事業費は約32億円だったことが明らかになりました。また、雪処理など雪国では欠かせぬ対策など重要項目がいくつも抜けおちていることが改めて明らかにされました。大きな差がどこでどんな積算の中で発生したかについては、総合政策部長に、近く詳細なデータを議会に示すことを約束してもらいましたので注目していきたいと思います。

 今朝の新潟日報「窓」欄に吉川区の石野武安さんの投稿、「献体に協力 医学の進歩願う」が掲載されています。難病に長年苦しみ、たたかってきたお連れ合いは今年、亡くなりましたが、連れ合いへの手紙というかたちで献体に協力したことの思いを綴ってあります。長年、夫婦一体となって病気とたたかってこられた姿を見てきただけに涙が流れました。

貴重な一歩、しかし課題も浮き彫り

 総務委員会審査2日目。注目の地域事業費制度の見直しに関する請願が審査されました。この請願は、住民自治と合併問題を考える会(佐藤忠治代表)が7月22日に提出したもので、地域事業費制度見直しについての市主催の説明会を市民を対象に早急に開催することを求めています。

 請願審査に先立ち、請願者の佐藤忠治さんがこの請願を提出した趣旨説明を行いました。冒頭、佐藤さんは、「意見陳述の機会を設けていただき、感謝すると同時に上越市議会の見識に敬意を表する」とのべました。じつは、上越市議会において、請願者が自ら申し出て意見陳述するのは今回が初めてなのです。昨年制定した議会基本条例のなかに請願者の意見陳述に関する条文が盛り込まれたことで実現の道が開かれました。市民が議会に直接参加していく仕組みのひとつが動き始めたことは議会改革の貴重な一歩と言ってよいでしょう。

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 佐藤さんは説明の中で、「地域事業費制度の見直しは合併協議で合意した内容を根底からひっくり返す大転換。当然、そこには説明責任が発生する。しかし、行政側は、本来、対象とすべき一般市民への説明を一切行わず、専ら地域協議会を相手に説明してきた」「なぜ廃止しなければならないのか。その理由と責任の所在はどこにあるのかなど説明責任を果たしてもらいたい」とのべました。

 この後、委員からの質問が出来ることになっていましたが、質問は「なぜ説明の対象者を13区市民にしたのか」のひとつだけでした。これには補助者まで用意していた請願者も拍子抜けだったようです。

 続いて行われた各委員の意見表明。請願に賛成の委員は、紹介議員の私と吉田委員のみでした。これまで議会で繰り返し、地域事業費制度の維持を主張してきた委員まで「請願の提出は時期的には遅すぎる。いま、市民に説明すると逆に混乱が生まれる」「すでに市長は政治決断し、厚生産業会館の関係予算が提出されていて、いまとなっては遅すぎる」とのべたのにはびっくりしました。佐藤さんが、請願書での記述が13区の市民を説明の対象となってしまったことを陳謝し、「説明の対象者はあくまで全市民」と意見陳述の中でのべているのに、「説明を求める対象が13区市民だけだから賛成しかねる」というのも理解できませんでした。さらに、「地域協議会が説明してこなかったということであれば、いまさら何を住民に求めるのか。合併そのものが賛成か反対かさえもキチンと訊いてもらっていない住民たちが、今度こうなりますと突然のように説明を受けてもちっともわからないし、意味もない、そのことに答えるつもりもないというのが多くの住民の気持ちだ」という発言までありました。これには傍聴席からブーイングが出ました。

 委員会の終了後、何人かの傍聴者に感想を聞いたところ、「これが議会だとは情けない。ちゃんと討論してもらいたい」「核心にふれる発言が無い」「質問は受けるが、こちらからは議員に質問できないというのはおかしい」など厳しい声が相次ぎました。委員長が「他に発言はありませんか」と聞いた時に、さっと手をあげて委員間討議を求めるべきだったと反省しています。

2011年09月18日

ミンミンゼミの鳴き声、わずか

 今朝は晴れ。いま、窓の外ではツクツクボウシが盛んに鳴いています。6時ごろ、ミンミンゼミの鳴き声をちょっとだけ聞きました。ひょっとすると、最後の鳴き声だったのかも知れません。
 
 吉川区の平場の田んぼでは先週、稲刈りが進み、もう少しで終わりというところまできました。それだけに昨日の雨は、稲作農家にとってはいやな雨だったと思います。きょうは、もう2時間も経てば、コンバインの音があちこちから聞こえてくるはずです。

 きょうはこれから生活相談で動きます。市政レポート1519号、「春よ来い」の第169回、「月さんを囲んで」を私のホームページにアップしました。

シロバナサクラタデ咲く

 朝から生活相談、宣伝カーの整備、訪問活動とフル回転でした。秋晴れといっても、夏の暑さを伴った晴れ、汗をふきふき動き回りました。途中、美しい景色や野の花を撮りました。

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 写真は、上から、吉川区大賀から見た尾神岳、吉川区小苗代に咲くシロバナサクラタデ、柿崎区高寺から見た米山です。

2011年09月19日

津南町議会が原発からの撤退求める意見書

 新潟県津南町議会が13日、「自然エネルギーの開発と普及、プログラムを決めた原発からの撤退を求める意見書」を衆参議長や内閣総理大臣などに提出することを決めました。新潟県内では、上越市議会が6月議会に「原子力発電所の段階的縮小と再生可能エネルギーへの転換・促進を求める意見書」の提出を決めていますが、「原発からの撤退」を求めた意見書提出は津南町議会が初めてです。

 同議会が提出を決めた意見書では、原発事故について、「事態はいまだ収束の目処が立っていないとともに、放射線物質による被害が続いて(いる)」とし、「世界では既に原発から太陽光をはじめ風力、波力、バイオマスなど自然エネルギーへの転換が図られていますが、日本のエネルギー政策は大きく立ち遅れている。原発事故から国民の命と暮らしを守り、未来に向かって希望が持てる国にしていくために、政府は自然エネルギーの開発を進め、プログラムを決めて原発から撤退すべき」と訴えています。

 津南町議会の意見書提出情報を知り、その後、14日、15日の各紙を読んでみましたが、どういうわけか、この記事は掲載されていませんでした。こういう重要情報をなぜ伝えないのでしょうか。全文をファックスにて入手しましたので、以下にその全文を掲載します。

 自然エネルギーの開発と普及、プログラムを決めた原発からの撤退を求める意見書

 去る3月11日に発生した東日本大震災によって福島第一原発が重大な事故を起こしてから半年になりますが、事態はいまだ収束の目処が立っていないとともに、放射線物質による被害が続いています。また、原発周辺で生活する10万人以上の住民が避難を余儀なくされ、農水産物の生産や出荷など地域経済に重大な被害を与えています。
 世界では既に原発から太陽光をはじめ風力、波力、バイオマスなど自然エネルギーへの転換が図られていますが、日本のエネルギー政策は大きく立ち遅れています。原発事故から国民の命と暮らしを守り、未来に向かって希望が持てる国にしていくために、政府は自然エネルギーの開発を進め、プログラムを決めて原発から撤退すべきです。
 世界有数の地震国日本は、原発立地の条件が悪く、また、原発技術は未完成で危険であり、放射性物質の処理方法を確立していないなど問題点が多いため、政府は現状を厳粛に受け止め原発から撤退を決断し、自然エネルギーの開発と普及、促進、低エネルギー社会への移行に全力を挙げるよう求めます。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出します。

 平成23年9月13日
                     新潟県中魚沼郡津南町議会

                       議長 吉野 徹

2011年09月20日

「新しいふれあい社会」の実現めざすシンポ

 とても勉強になりました。昨日、新潟県立看護大学で行われた「東日本大震災ふれあい・きずな応援団inくびき野」のシンポジウムのことです。テーマは、「自助から共助をめざして、いま、私のできること」。東日本大震災を経験して、地域の防災はどうあるべきか、これからの地域社会をどうつくっていったらいいのか、これまで頭の中でモヤモヤしていたものをかなり整理できました。

 パネラーはNPO法人新潟県災害救援機構の梅澤園了さん、新潟県立病院看護師の秋山公子さん、上越市健康福祉部長の野澤朗さん(発言順)、そしてコーディネーターはさわやか福祉財団の堀田力さんです。梅澤さんと秋山さんは被災地へ出かけて救援活動をしてきた経験から、野澤さんは被災者を受け入れた経験から得たものを語り、堀田さんが3人の話のポイントを整理してまとめていく。2時間ほどのシンポでしたが、久しぶりに掘り下げのうまくいった議論を聴かせていただきました。

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 梅澤さんは救援活動の第一線で活動してきた人です。「最近は忘れる前に災害が次々とやってくる。阪神大震災の震源地となった淡路市北淡町では、地域の中での助け合いによって死亡率が低くなっている。(今回の災害でも)地域の中で助け合うことの大切さを学んだ」と話されました。「私を助ける人は隣の人」という言葉が印象に残りました。梅田さんはまた、上越市の避難所対応について、被災者が自力で立ち直っていけるよう改善が必要だったと問題提起しました。

 秋山さんは中央病院の災害医療派遣チームの一員として福島県に2回入った経験を語りました。救命活動は72時間以内が勝負です。1回目は3月12日に出動、みんなの気持ちを一つにして助けられる命を救いたいと頑張ってきました。秋山さんは話のなかで、「死亡者の中にエプロンをつけた人が何人もいたが、これは地震の後、片づけをしようとしていたのではないか。少しでも危険がある限り、避難情報が出される。たいしたことないと甘く見ず、半信半疑であっても避難する事が大切」とのべました。最後に、小学校で講演した内容も紹介してくれました。これは画像でごらんいただきましょう。

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 野澤さんは、被災者受け入れの活動から学んだことをリアルに報告しました。ある日、「何かご不満、ご要望はありませんか」とたずねたところ、ひとりのおばあちゃんから「ご飯を減らして」と言われ、ショックを受けたといいます。この一言で「ご支援させてもらう側の論理」があったこと知ったというのです。絆が切れてしまうとなかなかつながらない。福島から入院患者を受け入れた時、名前がわからない人が2人もおられたことにもショックを受けたとのことでした。野澤さんは、「今回、災害時の対応だけでなく、ふだん、人を支えていく基本を学んだ」「役所というのは意外ともろい。災害の発生する前に起きた時の準備をしていく(ことが重要)。起きたら共助しかない」とも語りました。

 4人の発言メモは私のノートで5ページにもなりました。全部書きたいくらいですが、主催者の話ですと、昨日のシンポなどはDVDにまとめられるそうです。出来上がった段階で紹介させてもらいます。

地域事業の審議で苦悩にじむ発言相次ぐ

 柿崎区地域協議会を傍聴してきました。同区の地域事業として計画されている柿崎川ダム周辺地域開発振興事業(展望広場の整備)は上越市の事務事業の総ざらいで「廃止」という方針が示されていますが、前回の地域協議会での意向確認では「保留」扱いされたと聞き、今晩の会議でどう審議されるか注目したのです。

 6人の委員が次々とマイクを握りました。各委員は、「どこでどう変更されたのか、あとから言い訳が付いてくる行政の進め方はいかがなものか。展望広場をやめるとなると腑に落ちない。中山間地振興の話もあるので、この予算でもう少し役立つものを」(長井委員)「ガンバ米山という地元組織が頑張っている。減らすのはやむを得ないのかも知れないが、そこをなんとかしてほしい」(宮澤委員)「ダム周辺は小学生が植樹をしてきれいになっているが、合併浄化槽の整備が完全にできていない。浄化槽に補助して(整備を)100%にしてほしい。植樹に力を入れて、その他は自然の公園でいい」(神岡委員)「地元団体の気持ちがなえてしまわないように。このまま通してゼロにしてしまってはいけない」(中嶋委員)などと発言をしていました。

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 今晩の意向確認では、最終的に、小池会長が、「この事業は廃止やむなしということで結論とさせていただく」とまとめました。まとめに至るまでの発言の多くは、苦悩がにじみ出たものでしたね。

 出席した委員の中には私のブログ(または市政レポート)を読んでいてくださる方もありました。予定された議論が終わって、「その他」のところで、一人の委員が、「いま市議会が行われていると思うが、ある委員会で副市長が、『地域事業費制度の見直しで高田の厚生産業会館建設の環境が整った』と発言されたというが事実か」と質問されていました。地域事業費制度見直しの議論をしてきた人たちに、副市長発言が重く受け止められることがよくわかりました。

2011年09月22日

忘れっぽくて……

 昨日の一般質問の様子をお知らせしようと思ったら、記録ノートが見当たりません。どうやら、またしても、市役所に忘れてきたようです。昨日の質問では、(仮称)厚生産業会館建設について慎重に対応するよう求める発言が相次ぎました。具体的なやりとりの言葉をメモしてありますので、あとでお知らせしたいと思います。
 今週の勤務は通常よりも一日遅く始まり、一日早く終わります。それで、市政レポートも1日早く作成することに。いま、バタバタと作成しています。さて、会議開始時間までに間に合えば良いのですが。

2011年09月23日

わが家のすぐそばの堤防崩れる

 台風被害、こちらでは稲の倒伏被害のほかには見当たりませんでした。ところが、わが家のすぐそばを流れる吉川の堤防が崩れていることを今朝知りました。先ほど撮った写真です。

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 吉川区においては7月30日の豪雨で、土砂が緩んでいます。そこへ今回の雨が降ったわけですので、こういう被害は大なり小なり発生しているのかも知れません。それにしても、油断は禁物です。山間部での土砂崩れなどにはご注意を。

個性あふれる質問

 昨日は一般質問2日目。柳沢周治、宮崎政国議員等6人が登壇し、質問を繰り広げました。6人ともそれぞれ個性があって、おそらく傍聴していた人は、「議員というのは一人ひとりこんなにも違うものか」と思ったのではないでしょうか。

 このうちトップに質問した柳沢議員は、原子力災害対策についての質問が光りました。東電柏崎刈羽原子力発電所の対応についての実態が見えてこない、敷地内の断層評価の見直しなどがどこまで進んだか。放射線の測定値の公表にあたっては、見解を付けて数値を公表することなど、一つひとつ丹念に訊いていく質問のやり方はこの人ならではのものです。

 宮崎議員の質問は公の施設の統廃合についてと第三セクターの今後の方向性についてでした。マスコミは公の施設の統廃合の質問に注目したようでしたが、私はどちらかといえば第三セクターに関連した持ち株会社の質問に引き込まれました。まあ、とにかく、三セクの社長などから事前によく聴いて、調べて質問を組み立てていたのはすごかった。特に、9月30日までに持ち株会社に参加するか否かについて各三セクが答を求められている、しかも参加しない場合は契約をどうするこうするという裏事情まで調べての質問には迫力がありました。

 質問のユニークさでいうなら佐藤敏議員の右に出る人はいないでしょう。日本舞踊、落語をこなす佐藤議員が質問を始めると議場は「演芸場」かと錯覚しそうになるほど笑いが起きます。直江津駅自由通路に小学生や老人クラブなどが絵画などを展示するギャラリーを常設して活性化をと訴えた質問では、NHKの夕方の番組の「児童画廊」でのアナウンサーを「実演」し、設置を迫りました。そして質問の最後の締めくくりは、徒然草第52段の朗読です。仁和寺に、ある法師、年寄るまで、石清水を拝まざりければ、心うく覚えて……。自分の得技を活かして、市民の願い実現を迫る姿は見事でした。

句集『よねやまさん』

 句集『よねやまさん』を県道新井柿崎線沿いにある朝日池総合農場の直売所、「むら市場」で入手しました。手にした途端、「こりゃ、いい本だ」と思いました。まず、装丁がいい。農家の主婦がはいていたモンペの柄と米山さんの雄姿が気に入りました。

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 句集の著者は大潟区内雁子の平澤トメ子(本名はトメ)さん、発行は息子さんで、朝日池総合農場社長の栄一さんです。句集は家族の力を結集して作られています。表紙の写真はトメさんのお孫さん、中扉のカットは栄一さん、栄一さんのお連れ合いは、「トメおばあさん」という一文を寄せています。

 じつは、本の印刷を受けた「いんさつ たきざわ」の滝澤昭子さんから、昨日、手紙をいただきました。その中に、「何より心あたたまったのは奥さん(あさ子さん)の『トメおばあさん』の文章です」と書かれていたのです。どうしてもその文章を読みたくて、「むら市場」へ行ってきました。

 「いつも平らな人、くよくよしないで前向きな人。ちょうど米山さんから昇るお天とうさんのような、それが我が家のトメおばあさんです」で始まる文章は、「実は畑こそおばあさんの俳句の宝島」、これからも俳句作りに励んでと結んであります。短いながらも心のこもった素敵な文章でした。

 トメさんについては40年ほど前から私も付き合いをさせていただいています。若い時から短歌をやっておられ、新潟日報へも時々投稿されていました。普通の農家のお母さんでありながら、昔から、なんとなく知的な雰囲気が漂っている人でした。

 句集はお昼休みに全部読ませてもらいました。亡くなったお連れ合いに対する想いがつよく出ている作品が思っていた以上にたくさんありました。農家の主婦としての生活感あふれる句もいくつもありました。私が気に入った句のなかから5句を紹介します。

 三ヶ日 朝風呂に夫(つま) 上機嫌
 屋根に干す 布団ふっとび 春一番 
 慰めて 介護の日々や 梅は実に
 虹の橋 二人で渡り 夢はさめ
 器量よし悪しと言いて大根引く

 この本の中には短歌も15首掲載されています。その中で一番良かった歌、

 杜氏として 夫出てゆきし 夜はさびし 時計の音と 吾子の寝息と

 いかがでしたでしょうか。この句集をほしい方は、朝日池総合農場の直売所、「むら市場」(電話は025-534-5955)まで。 

2011年09月24日

初めて句会に参加

 新潟日報の俳句選者で、「21世紀の風狂の俳諧師」と言われている中原道夫さんの句碑建立5周年を記念した句会があるというので、昨晩からきょうの昼過ぎまで旧岩室村へ行ってきました。句会があった場所は新潟市西蒲区福井(旧岩室村)の旧庄屋佐藤家です。

 佐藤家の中原さんの句碑は、庭の一角にありました。句碑を真ん中にして中原さんと一緒に撮らせてもらった写真です。句碑にある俳句は、

 山独活がいっぽん笊にあるけしき

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 独活(ウド)は私の大好物です。きょうの句会ではこの独活の漬物が小昼に出され、お土産にも使われました。
 
 私が句会に参加するのは今回が初めてです。したがって、記念すべき日ではあるのですが、これから句作をはじめるためというより、よりよい文章を書きたいので勉強のために参加したといった方がいいかも知れません。

 選句、披講、選評のなかで言葉についていろいろと学ぶことができました。言葉を選ぶ、どういう助詞を使うか練る、漢字にするか「ひらがな」にするかなど、限られた時間の中で言葉と真剣にかつ丁寧に向き合っている点はすごいと感じました。

 中原さんの話の中できょう一番印象に残った言葉は、「どこでキュッとウエストをつくるか。私はウエスト(の位置)が高い方が好き」。日頃、じっくり考えないで思いつくままに文章を書いていることが恥かしくなりました。それにしても、中原さんの話はユーモアたっぷりでおもしろかった。「最近、シーベルトが流行って、作曲家のシューベルトが追いやられている」といった調子です。

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 句会の合間に佐藤家のなかにある民俗資料館にも入ってきました。米俵編み機などいろいろな道具、田の草取り、稲運び、脱穀作業などの写真、懐かしいものがたくさんありました。

 

2011年09月25日

久しぶりに草刈り

 昨日に続いてきょうもよく晴れました。午前は11時頃まで市政レポートの原稿書きです。次号は議会の質問の準備と重なるので、早めに書き始めました。

 11時過ぎからは牛舎周辺の草刈りをしました。今年はさぼっていて、今回でまだ3回目です。草は伸び放題、あまりにもみっともないので、約1時間ほど頑張りました。草刈りの途中、友人がやってきて、「橋爪さんの草刈り姿は似合うなぁ」と言われました。まあ、草刈りが商売だったようなものですから、似合うと言われれば、そうかも知れません。ただ、休みなしで機械を使ったのはまずかった。お昼の時、箸を持っても手が震えるのです。草刈りはたまにドンとやるのではなく、毎日少しずつやるようにしないと……。

 午後からは高田まで妻を送り、その後、原発問題学習会に参加しました。活発に発言される女性が何人かおられ、とてもいい勉強になりました。

 市政レポート1520号、「春よ来い」の第121回、「心の故郷」を私のホームページに掲載しました。「春よ来い」は新聞に折り込んだものに事実と違う点があることが判明し、タイトルも原稿もだいぶ直しました。ごらんください。

2011年09月27日

私の質問は27日夕方の可能性大

 いまほど起床しました。昨日は朝5時過ぎから夜8時半くらいまで、新聞配達、議会本会議、さらに地元での会議と連続し、すぐに寝てしまいました。できれば、もう1時間ほど眠りたいのですが、一般質問の準備を急がなければならないので起きました。

 私の質問は普通のペースなら明日、28日の午前なのですが、昨日は7人も登壇することになって、きょう27日の夕方になる可能性が大きくなってきたのです。早ければ、午後4時前後になるかも知れません。

 質問テーマは7月30日の豪雨と長野県北部地震、原子力防災対策の2つです。いずれも他の議員が質問したテーマなので、これまでのやりとりを整理して、質問の組み立てを考えないと「それはもう誰かが訊いた。はやくやめろ」という雰囲気になってしまいます。というわけで、これから記録ノートのチェックです。

難しい時間配分

 私の一般質問が終わりました。今回の出来は70点といったところでしょうか。テーマを2つに絞ったから1回目の質問は12~13分にして、その後の一問一答でじっくりと質問しようという作戦はうまくいきませんでした。1回目の質問で17分もかかってしまったので、再質問では原発問題に触れることができなかったのです。ここ数年、原稿を書いて読み上げる型の質問をやめていますが、原稿は書いた方がいいのかなと心は揺れています。

 今回の私の一般質問は、7.30豪雨災害と3.12長野県北部地震、原子力防災対策がテーマでした。このうち、豪雨災害に力点を置き、質問を繰り広げました。「同じ場所で同じ災害を繰り返すな」「情報を甘く見てはいけない」などという主張は、被災現場を何度も訪れ、関係者の声を聞いたうえでのものです。今後の行政に活かされるものと確信します。どういう切り口で質問するかについては、先日のさわやか福祉財団のシンポジウムがとても参考になりました。

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 一般質問は私が最後でした。したがって、明日の本会議はありません。明日は午前に市政レポートの原稿書きをし、午後から党議員団会議です。最終日の討論内容などについて議論し、まとめていきたいと思っています。

 

2011年09月29日

脚本家たちのトーク

 やっと起きて仕事をしようと思ったのにテレビを観てしまいました。NHKの「ディープピープル」の再放送です。今回はNHKの連続テレビ小説「おひさま」を執筆している岡田惠和など3人の脚本家が登場、連続ドラマの脚本をどう書いているかを語り合っていました。取材をどうしているか、書けなくなった時にどうするか、実際の執筆場所はどこかなど、まあ、興味深いことが次々と語られ、ハマってしまいました。

 脚本が書けなくなった時に脚本家のひとりは喫茶店へ行く等、「場所を変えて書く」と言っていました。私の場合は、近くの山に行って、野の花を見る、シャワーを浴びる、寝る、この3つのうちのひとつを実行していますが、これはヒントになります。今度、図書館にでも行って書いてみようかな。ドラマの1話を書くにしても、全体をどうするかB4サイズの紙に書いて練る人もいれば、ワンシーンを書いて流れにまかせてしまうタイプの人もいる。これも参考になりました。

 さて、仕事、仕事。これから、市政レポート裏面の「春よ来い」の執筆です。書き始めて3分の2くらいまで一気に書いたものの、ピタッと止まってしまっています。あと、1時間ほどで書き上げないと、一般質問の記事のところまで進めません。こちらは、インターネットでもう一度、市長等とのやりとりを見て、答弁の内容を確かめる必要があります。もう、こんな時間か。急がないと。

2011年09月30日

単独で修正案提出へ

 9月議会はきょうが最終日です。一昨日の午後、そして昨日の午前と連続して党議員団会議を開催し、最終日の議案対応で議論してきました。中心は今年度の一般会計補正予算です。建設すべきかどうか市民の声を聞くべきだと主張してきた(仮称)厚生産業会館検討委員会経費や私たちが反対してきたオラレ開設関連経費などが含まれていることから、他会派議員とも接触してきましたが共同歩調をとるに至らず、結局、日本共産党議員団が単独で修正案を出すことになりました。私たちが単独で修正案を出すのは今回が初めてです。修正案、提案理由の説明文の作成などでいままで経験したことのない苦労をしました。でも、反対なら対案を出すというのは当たり前のこと、がんばりたいと思います。

 昨日は正午前にいったん地元に帰り、午後2時半から上越地域消防事務組合議会の全員協議会でした。第1次総合計画案の説明、東日本大震災に係る緊急消防援助隊の派遣状況などが報告されました。

9月議会終わる

 9月議会がきょうで終わりました。4人の常任委員長報告に続いて、平良木議員が今年度上越市一般会計補正予算の修正案について説明し、討論、採決へとすすみました。修正案が提出されたのは、私が市議になってからでは、市総合計画と杜氏の郷への税金投入問題の時の2回だけ。ですから、今回で3回目となりますが、今度は日本共産党議員団単独での提出となりました。平良木議員が読み上げた提案理由は、4人で練ったものです。

 修正案の内容は、舟券売り場設置関連経費、くるみ家族園の指定管理者選定委員会経費、(仮称)厚生産業会館検討委員会経費の削除です。このうち、くるみ家族園については、指定管理者の指定を取り消し、当面直営とすることを主張しました。また、(仮称)厚生産業会館は市民の声を聴いてからにすべきで、時期尚早だと訴えました。提案理由の説明全文は明日、掲載する予定です。

 請願は、消費税の増税反対の意見書提出を求めたものと上越市の地域事業費制度の見直しに関して市主催の市民説明会開催を求めるものの2つでした。前者に賛成したのは、日本共産党議員団だけでした。また、後者についても、私たちと他会派の2人(中川幹太、水澤弘行議員)だけであり、不採択となってしまいました。今後、議会報告会などでとりあげられることと思います。

 きょうは議会終了後、「しんぶん赤旗」日曜版を一部地域で配達し、その後、柏崎へ行ってきました。柏崎の義母の顔を見に行ってきたのです。妻は20日に行ってきましたが、私の方は行くことができず、ようやく出かけることができました。足が不自由であまり外に出ていないとのことでしたが、それでも元気なので安心しました。

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