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2009年12月 アーカイブ

2009年12月01日

一般質問の検討

 朝から党議員団で一般質問の検討会をやりました。今回は村山市長が当選して初の定例議会です。4年間という任期中に何をどのようにやっていくかの所信表明が事実上先送りされた中で、どういう質問にしていくかみんなで相談しました。

 昨日、議員団で行ったのは市長の「3つの約束と10の決意」の全体を見ながら、質問対象として緊急性、重要性をチェックしランク付けすることでした。二重丸、丸、三角の3つに分け、二重丸のついたものをだれがとりあげるか決めました。

 そしてきょう、各議員に割り振られた質問内容をどうするかで議論しました。おもしろいもので、議論を進める中で新たな質問項目が出てくることがあります。学校給食関係はそのひとつ、調理の民間委託を巡って上野議員が質問することになりました。私はというと、市長の政治姿勢、行政運営の基本を問うものが主体です。具体性をもたせにくい質問項目なので、よく準備をしないといけないと思っています。

 午後の時間帯は各議員で質問準備をすることに。でも、私は昨日からの疲れがとれず、ボォーッとする時間が多くなりました。途中、市役所を抜け出し、関川沿いの橋の撮影に出かけました。暖かい日差しを受けて散歩を楽しむ人が結構いましたね。どういう名前だかわかりませんが、川の流れに乗って群れている鳥たちもいました(画像は直江津橋)

2009年12月02日

新市長のもとで12月定例議会開会

 12月定例議会初日。注目は何と言っても新市長の答弁でした。総括質疑や一般質問では、これまでとちがってガチンコ勝負をやるということが新聞で報道されていたからです。答弁原稿を読むのは一回目の答弁だけ、二回目以降は原稿に頼ることなく、自分の言葉で答えていく。これはとてもいいことだと思います。「温かい市政」「選ばれるまち」についての吉田侃議員の質疑に対する答弁はぎこちなさがあったものの、質疑にまともに答えていこうという姿勢があり、好感が持てました。

 先の臨時議会の挨拶で市長は、「所信表明は12月議会で行う」とのべていました。しかし、のべられたのは前回の挨拶の中身とほぼ同じでした。上野議員がこの点について触れ、具体的な公約をどう実現していくかについて明らかにするよう迫りましたが、「今回は市政運営の最も基本的なことをのべた。具体的な政策については総合計画などとの整合性など十分な検討を行ったうえで明らかにしていく」と答えました。「十分な検討」はいうまでもないことですが、新市長のもとでの市政はすでに動き出しています。前の市長の時もそうでしたが、選挙が終わって4か月にもなる3月定例議会で明らかにしていくというのは遅すぎます。

 定例会初日はいつもたくさんの資料が配布されます。きょう、話題になったことのひとつは、「通学援助費、スクールバス等運行の新基準(案)について」の資料です。ここでは、鉄道、民間バス、スクールバス利用は保護者負担なし、自転車、自家用車などを利用せざるを得ない場合も条件付きで補助あり、の方針案が示されました。方針案は、一部に公平かどうかなど疑問な点が残っているものの、全体としては評価できるものです。議員のなかでは、「すごいね。タクシー利用についてまで載っている」「具体的な所信表明は3月だというけど、決めたのがあるじゃない」など様々な声が出ていました。

 いまひとつ、㈱杜氏の郷の経営状況についての資料も配布されました。明日の文教経済常任委員会で審議されますが、大口需要者の倒産などが響いて昨年度は四桁(1309万)の赤字となりました。赤字の具体的な原因、今後の再建策をめぐって活発な議論になること必至です。

2009年12月03日

中性脂肪が高い

 情けない。また忘れ物です。いつも家に持ち帰る取材ノートを議員控室に忘れてきてしまいました。きょうから常任委員会が始まったのですが、きょうの文教経済常任委員会審議の模様は後日お知らせします。

 きょうは半日人間ドックの日でした。午後から医師会館へ行きました。すでに胃カメラ検査、大腸内視鏡検査をしてもらってありますので、いくつかを省略しての検査となりました。体重は前年同様70キロ台後半を維持?しています。視力はまた落ちました。きょうの検査で一番問題となったのは中性脂肪の高さです。昨晩、宴会があったわけでもないのに、350を超える異常値を示していました。夕食の乱れなどが影響していると指摘されました。

2009年12月04日

新型インフルエンザ予防などで丁々発止の議論

 厚生常任委員会の日でした。委員会審議の模様を傍聴しようと、一般質問の質問取りについては朝9時からやって開会までには終了させるつもりでした。ところが、いったんしゃべりはじめるとなかなかとまらない。市長の公約実現プロセス、市のホームページにおける市長のページの役割などで話が弾んで予定時間を30分もオーバーさせてしまいました。でも、担当課長などとのやりとりで私の頭の中もかなり整理されてきましたから、良しとしなければなりません。もっとも、質問の本番では、その場の雰囲気などもあって、きょうのやりとりで描いた質問展開と同じになるとは限りませんが。

 さて、委員会審議ですが、扶助費や新型インフルエンザ予防接種事業などで活発な議論が行われました。同委員会は石平、平良木、柳沢委員など論客ぞろいです。野澤朗健康福祉部長などとの丁丁発止のやりとりに注目しました。特に新型インフルエンザワクチン予防接種問題、平良木委員は「どうして子育て支援に限ったのか」と切り出し、「そこが一番重症化する危険があるからだ。『限った』ということではなく、子育て支援で対象を広げたと理解してほしい」「とはいっても、基礎疾患をお持ちの人たちの死亡率が一番高いことも事実だ。なぜ、そこの人たちへの支援を上乗せしなかったのか」といった感じで互いに譲らぬ展開となりました。

 同委員会の委員協議会では市民センター病院の医師確保で一定の前進がみられ、通常の病院経営に戻ることができたことが報告されました。また、払わなくてもいい消費税を払ってしまった問題で、市は消費税法の基本通達に基づいて税務当局と交渉を続けていますが、法人税法の例外規定もこの交渉で役に立つことがわかったと報告がありました。

 もうひとつ、厚生常任委員会とは関係ない情報をお知らせします。きょう、村山市長は議長あてに「旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採について」という報告文書を提出しました。それによると、現在、旧西城スポーツ広場近くで新潟県が施工している電線共同溝設置工事に伴い、同広場及び広場脇の歩道上のヒマラヤスギ2本(この2本)、ヒノキ2本(これです)が、開閉器塔設置に支障となるので伐採したい(伐採個所の位置はここです)と県上越地域振興局から要請があった。市としては慎重な取り扱いを願いたいと申し入れをし、協議を行ってきた。その結果、同工事における開閉器塔の設置場所は動かすことができないことなどから伐採を認めることにしたというのです。知らせを聞いた議員の間では、なぜ、もっと前に知らせてくれなかったのか、等の声でいっぱいでした。

2009年12月05日

新印刷機は快調です

 昨日、新しい印刷機が入りました。これまで使っていた印刷機に比べて、音は静かで最高印刷スピードも早い。何よりもうれしいのは、印刷ミスが出ないこと。今朝も2000枚ほど印刷しましたが、一枚もミスは出ませんでした。問題は購入費をどうするかです。今回は印刷機が急にダメになったこともあって、カンパを集めてから購入するという順序で進めることができませんでした。いったん、何人かの仲間で立て替えて対応し、カンパを集めて返すということになります。ご協力、よろしくお願いします。

 きょうは朝から「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達集金です。12月だというのに天気はよく、こちらも気分良く活動をしています。このところの天気続きで、近くのオータムポエムが満開状態となり、黄色い花でいっぱいになっているのを見つけ、写真に収めました(画像)。また、配達の途中、皇帝ダリアがとてもいい感じで咲いていたので、これも撮影しました(画像)。私が住んでいる町内会では、皇帝ダリアを植えている家が1軒、また1軒と増えています。青空にピンクの花、どうです、いいでしょう。

 さて、これから、再び配達、集金に出て、その足で高田に向かいます。きょうは高校時代の同級生のみなさんと「還暦を祝う会」をやることになっています。様々な分野の第一線で活躍している人たちばかりですので、どんな話が聞けるか楽しみです。

2009年12月06日

還暦祝賀忘年会

 昨晩、高校時代の同期会に参加してきました。市内仲町6丁目の同期生のIさん宅をお借りして20人ほどが集まって、楽しいひと時を過ごしました。Iさん宅は明治初期に建てられた建物とかで、屋根のこば、黒い梁などが見えます。割烹などを使うのもいいですが、こういう会場もいいもんです。ほんとにいい雰囲気の中での会になりました。Iさん、ありがとう。

 参加者の近況報告を聴いて、親思いの人、気持が優しい人が多いなと感じました。自分の親が要介護になったので、故郷に帰ってきたという人が何人もいたのです。なかには、自分だけ上越に戻り、お連れ合いと子どもさんは関東の方に残して生活しているという人もいました。障害者の職探しに手を貸してと訴えている人もいました。この人によると、障害者手帳がもらえない人でいろんな障害を持っている人も職がなくてたいへんだということです。

 同期生は同じころに生まれ、一緒に成長し、同じように老けていきます。気持の通じることがいっぱいあります。Sさんは信越線に乗って長野県のある町に通っている人ですが、「電車の窓から毎日、南葉山とか大毛無山、妙高山などを見ているんだけど、あきないんだよね」と言っていました。わかる、わかる。約40年ぶりに再会した人もいました。そのMさんはいま絵を描き、合唱もやっていて、とても輝いています。Mさんは「数学の時間に鼻歌歌っていたら、橋爪君に睨まれた」という思い出を語ってくれました。

 昨晩の唯一の失敗はアルコール類を普通に飲んでしまったこと。「アルコールは乾杯の時だけにして、あとはウーロン茶で」という予定でしたが、やはりアルコール類に手を出してしまいました。今朝になったら、お腹にちょっぴり痛みが……。

2009年12月07日

建設企業常任委員会が早く終わって…

 きょうは建設企業常任委員会でした。ガス料金を来年2月から7.01%上げる案が示され、審議されました。市は関東経済産業局からの指導を受けて、総括原価の見直しと原料費調整制度を導入することにしたといいます。樋口議員が議会の審議を経ないでガス料金を決めていく仕組みに反発していましたが、当然です。

 同委員会に付託された案件は少なく、お昼を少し回った時間に審議終了。午後からは議員団で団ニュースの作成です。その作業も3時前に終わり解散しました。おかげで4時頃に吉川区に戻り、まったく予定していなかった3件ほどの用事をすませることができました。なんだか、もうけた気分です。

 夕方訪ねた家では美味しいものをいただきました。まずはクワイです(画像)。ちょっぴり苦味のあるこの食べものはお茶と合いますね。それから干し柿。八珍柿が小さくなって甘味十分、よくできていました。ここの家では、一家の大黒柱のお父さんが52年続けた出稼ぎをやめ、この冬から家におられます。ゆっくりされてもいいのにと思うのですが、雪が降らないので毎日のように山に出かけ、山林の手入れをしているそうです。農家の人はよく働きます。

2009年12月08日

旧西城スポーツ広場脇の工事現場を見て

 きょうの総務常任委員会で旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採問題が審議される可能性があるので、朝、現地を見てきました。

 現地は県が発注した電線共同溝工事がほぼ終わっています。伐採が予定されている2本のヒマラヤスギの幹は太く、見事な木でした。何とか伐採を回避できればいいなと思います。一方、ヒノキの方は思っていたより細い木でした。伐採の理由は木の根を切ると枯木になり、倒れる可能性があるから危険ということでしたが、地中の根がどうなっているかは見ることができませんでした。

 現場写真を撮っていて気になったのはスポーツ広場の塀です(画像)。いまにも倒れそうな状態なのです。応急措置がしてあるものの、こちらの方が危険という気がしました。早く、きちんとした対応をすべきです。

続報・旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採問題

 総務常任委員会でした。旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採問題を訊いても資料ひとつ出るでもなくよくわかりませんでした。伐採の話が出てきたのはいつか。電線共同溝工事の工期はいつからいつまでか。工事ではどこをどんなふうにかまうことになるのか。伐採はさけることができないのか。私の疑問は2割くらいしか解けませんでした(画像は工事看板)

 担当の用地管財課長は答弁で、今年の5月に新潟県上越地域振興局から伐採の話があり、11月4日に「伐採したい旨の要請」があったことを明らかにしました。工事内容を示す図面がない中で、なぜ伐採しなければならないかの話は納得のいくものではありませんでした。ただ、きょうの質問で、直ちにヒマラヤスギ等を切るのではなく、まだ時間があることがわかりましたので、次の機会にもっと突っ込んでききたいと思います。

 会議が終わってから、道路課等を訪ねて、この問題の調査をしました。電線共同溝工事の当初の図面は3年前の9月にはできていて、そのなかに、埋設線設備の保守等に必要な開閉器塔の位置も書いてありました。開閉器塔は歩道上ではなく、塀の中側、広場の木のそばに設置されることになっていたのです。驚いたのは、道路課の幹部は4日に市長名で議会に報告された文書(ヒマラヤスギ等の伐採について)があることを知らなかったことです。この調子だと、市の部長クラスもほとんどの人が知らないのかもしれません。夕方、用地管財課長のところへ行き、工事の概要を示す図面があることを確認しました。また、電線共同溝工事では開閉器塔設置の工事は来年5月になる見通しだということもわかりました。課長は、議会にはこれまでの経緯を時系列で整理し、図面を添付して再度報告するとのべていました。これは急いでほしいものです。

 新潟県上越地域振興局の道路課にも電話を入れました。今回の電線共同溝工事についてもっと詳しく知りたいからです。とくに、委員会で私が提起した、電線共同溝の整備等に関する特別措置法に基づく指定などがどうなっているか、工事計画と今後の予定です。残念ながら担当は留守でしたので、これらの解明は明日以降となります。

2009年12月09日

新たな事実が判明

 朝、新潟県上越地域振興局の道路課に問い合わせたところ、旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採について新たな事実が判明しました。ヒマラヤスギ等の伐採については昨年、地域振興局の担当課が市役所用地管財課と事前打ち合わせをやっていたというのです。昨日の委員会での、「この点での引き継ぎがなかった」という用地管財課長答弁は信じられなくなりました。

 また、現在行われている工事についても説明してもらいました。それによると、いま行っている電線共同溝工事は今年度発注したもので、明日の10日をもって中断し、冬期、観桜会、ゴールデンウィークと休み、ゴールデンウィークが終わった時点で再開するということでした。したがって、昨日の日記で「今年度の工事はこれから始まる」というのは誤りでした。これは、私の聞き間違いでしょう。お詫びして訂正します。

 旧西城スポーツ広場は3月議会で民間売却の話が出て、大問題となった場所です。高田地区住民にとってはシンボル的な場所で、そこにあるイチョウの大木とヒマラヤスギなどは広場と一体です。市民が大切にしたいという場所については、もっと情報をスピーディに、正確に提供していただきたい。そして、市民の声を十分聞いて対応していただきたいものです。

一般質問、様変わり

 きょうから一般質問が始まりました。市長選後の初の定例会なので大勢になると思ったのですが、通告を出したのは21人。このうち、きょうは武藤議員、近藤議員など5人の議員が登壇、市長が公約でかかげた地域自治区への2億円の地域活動費、新水族館建設の検討、厚生産業会館(仮称)の建設などについて市長の見解をただしました。

 村山新市長は一回目の答弁の時だけ答弁原稿を持ち登壇、2回目以降はメモも持たずにすぐに立って登壇して答えていました。これまで、再答弁については、市長と副市長、担当部長との調整がある場合が多く、時間がかかりましたが、きょうはスピーディに進みましたね。市長答弁は、時たま、わかりにくい言い回しがあったものの、全体として自分の言葉で短く行われていてよかったです。

 きょうの質問で一番多く質問が出たのは、「地域自治区に地域活動資金(市税の1%約2億円)と権限を委譲し、地域の自主活動を支援します」という公約についてです。市内には現在、28の地域自治区がありますが、配分については平等割、人口割などでの配分を検討しているということでした。使途については、地域の課題解決、活性化に役立てば柔軟に対応したいとしています。ただ、気になったことがあります。この活動資金の受け皿については地域協議会にし、すべてをここに任せるとの答弁がされた点です。これは地域協議会の性格にもかかわる大きな問題です。これで本当にいいのか、再検討してほしいですね。私は自治区の事務所に受け皿となってもらい、ここで方針を立て、地域協議会で十分審議してもらう仕組みにした方がいいと思います。

 もうひとつ、お知らせです。お昼に市役所の用地管財課長が私の議員控室に来て、ヒマラヤスギ等伐採の件で「事務引き継ぎはなかったというのは誤りだった。たしかに県上越地域振興局との事前打ち合わせが昨年行われていた。申し訳ない」と陳謝しました。課長は、事実関係を整理したうえで何らかの形で議会側に再度説明したいとのべていました。


母の干し柿づくりの写真

 母の干し柿づくりの写真を日本共産党文化後援会ホームページ管理者のところへ送ったところ、載せてもらいました。自分のホームページに載せるのとは違ったうれしさがあります。これで母も少しは知名度が上がるかな?「季節の風景」のところです。クリックしてごらんください。

 この写真の下に投稿した私の名前が記載されていて、その脇の「ホーセの見てある記」(これは「見てある記」の1)をクリックすると昨年の4月27日の日記につながるようになっています。一年以上も前の日記はめったに読まないのですが、今回、27日の「当選しました」、翌日の「父も万歳をしてくれた」と続けて読みました。

 昨日は父の月命日でした。「父も万歳をしてくれた」を読み、生前の父を懐かしく思い出しました。元気でいれば、「おい、とちゃ、いっくら忙しくたって冬囲いくらいしてくれや」と言われそうです。
 

2009年12月10日

メモをとらない議員ではダメだ

 市議会を傍聴していたある市民に言われました。「最近の議員はメモをとらない人が何人もいるね。メモをとらないようではまともに人の話を聞けない。質問もできない」と。ギクッとしました。私もあまり、と言った方がいいか、丁寧にメモをとる方ではないからです。自分の質問と同じテーマの質問、市政の重要課題と思っていて、かつ、市民の皆さんにお知らせした方がいいという質問はメモをとります。それ以外はほんのひとこと、二言くらいしかメモをとらないからです。

 きょうは一般質問2日目でした。波多野議員は直江津出身の議員として新・水族館の建設見込み、直江津屋台会館や旧直江津銀行の今後の利活用について市長に見解を求めました。現水族館は改修を重ねてもあと10年しか持たないことを明らかさせた上で建設を迫る質問の組み立てはよく考えてありました。南魚沼市の天地人博会場の来年以降の利活用計画が動き出している事実を調べておき、同じく天地人博会場となった直江津屋台会館の活用計画を早期にたてよと主張する。これもよかったと思います。

 行政刷新会議の事業仕分けとその影響について質問したのは滝沢いっせい議員です。多くの市民が関心を持っている問題ですが、今回の一般質問で、これをとり上げたのは滝沢議員だけでした。事業仕分けは大項目で217、小項目で420件にも上りましたが、上越市に影響が出るもの、あるいは出る可能性があるものは、国勢調査の実施、基地周辺対策事業、高齢者職業相談室など22件であることが初めて明らかにされました。

 きょうの質問者は6人でした。みんな個性豊かな質問をする人ばかりです。ベテランの佐藤敏議員は、上越市にゆかりのある梁塵秘抄巻2を活用して文化都市上越を全国に発信せよと提案しました。同議員は舞踊家で、落語など文化芸術分野に詳しいことで有名です。きょうも演壇で鼓をポンポンポンとやるしぐさなどを披露し、こちらは能の世界にいるのではと錯覚するくらいでした。全国広しといえども、本会議場壇上を「芸の場」にしてしまう議員はこの人以外にはいないでしょう。

 市長答弁は1回目も簡潔で、再質問に対する答弁もあっさりしていてどんどん進みます。明日も6人が登壇予定です。このままいくと、私の出番は来週月曜日のトップ、午前10時からとなる可能性が高くなってきました。

2009年12月11日

歯に衣着せぬ言い方で、ユーモアもまじえて

 昨晩は3時間ほどしか眠れませんでした。市政レポートの作成がほとんど手つかずで、しかも表だけでなく裏面も書こうとよくばったからです。ときどき、うとうとしながらも朝の6時過ぎには原稿が出来上がりました。それから、「しんぶん赤旗」日曜版の仕分けと議員団ニュース、市政レポートの印刷と進めました。最新印刷機は私の思うように動いてくれ、いつもの時間には市役所に向かうことができました。

 きょうは一般質問3日目。昨日同様、きょうも6人が登壇しました。それぞれ持ち味のある質問でしたが、最後に登壇した水澤弘行議員の質問が強く印象に残りました。同議員は、「私は親戚とは言え、市長選挙ではあなた以外の人を応援しました。失礼なことも言うかもしれないがご容赦いただきたい」と前置きしたうえで、市長が経済界から強い支持を受けたことによる市政運営への影響、有力企業の土地に廃棄物最終処分場を建設しようとしていることについてただしました。質問は再質問を含め、すべて原稿を読んでいます。しかし、歯に衣着せぬ言い方で、ユーモアもまじえての追及です。水澤節にひき込まれてしまいました。

 一般質問が終わったのは4時前でした。その後、総務部長、都市整備部長、財務部長、用地管財課長などが旧西城スポーツ広場のヒマラヤスギ等伐採問題で私に説明したいというので会いました。私が総務常任委員会で言った通り、電線共同溝工事の指定前の段階から県と市は接触があり、市は伐採を避けるために努力してきた経過がわかりました。図面も全体の工事がわかるようなものが用意され、開閉器塔工事の断面図も示してもらいました。あとは全委員が一連の経過をわかるように手配してほしいと思います。

 私の一般質問の時間が確定しました。14日、月曜日の午前10時からです。なるべく早く「しんぶん赤旗」日曜版の配達を終わらせて、そろそろ質問の準備にかからないと。東京の出版社からは25日までに『集落再生』の原稿の提出をと催促もありました。たいへんだぁー。

2009年12月12日

暖冬で梅も開花寸前

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 今年の初雪はいつになるのでしょう。米山さんは2回白くなりましたが、3度目の雪はまだです。きょうも暖かく、当分、雪は降りそうもありません。

 写真はわが家の庭にある梅の木です。何とはなしに近づいてみたら、つぼみが大きくふくらんでいました。もう1日くらいで開花するものと思われます。この調子で咲いてしまうと肝心の梅の実はどうなるか、心配です。

 近所の人に聞いた話では、わが町内会のお宮さんの参道ではキクザキイチゲが咲き始めたそうです。「この花、咲いていることを橋爪さんに教えたら、じっとしていられないだろうね」という話が出たとか。まあ、私の好みまでよく知っているね、町内会の人たちは。明日にでも、大好きなこの花を撮りに行こうと思います。

 市政レポート1427号を載せました。また、「春よ来い」の第110回「安否確認」も掲載しました。ご笑覧ください。

2009年12月13日

キクザキイチゲが咲いている

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 いやー、すごいね。春の花、キクザキイチゲが12月の半ばに咲いているなんて。まさに、「シンジラレナーイ」。でも、うれしいです、春の野の花の中で私が一番好きな花に出合えるのは。これできょうは一日中、幸せ気分です。写真は昨日のブログで書いた代石神社参道に咲いているものです。いつものことながら、初めて見るときはドキドキします。この花、おそらく、咲き始めて数日は経っているでしょう。

 春の野の花が今頃咲くのは、いうまでもなく暖冬のせいです。ひょっとしたら、カタクリやスミレなども咲き始めているのかもしれません。わが家の近くの里山には、こうした花の群落がいつくもありますので、いつでもいけるのですが、明日の議会では私の出番もありますので、がまん、がまん。12月議会が終わり次第、調べてみようと思います。お楽しみに。

 「春よ来い」の第110回「安否確認」の最後のところ、「今度、温かい時にきないや」と書きました。また、変換ミスです。正しくは「今度、暖かい時にきないや」です。訂正しておきました。

牧区で集い

 牧区の日本共産党後援会の集いに呼ばれ、議会報告をしてきました。久しぶりにパワーポイントを使わずに市政レポートだけを資料に話をしました。介護保険事業の取り組み、スクールバスなど最近、市政で問題となったいくつかのことにふれながら、日本共産党の役割などを話してきましたが、言葉だけで伝えようとするのもいいものです。

 私からの報告の後、参加者の自己紹介が行われました。昔は石垣積み職人だった人、自動車の運転手を仕事にしている人、元郵便局員、農家の主婦など、いろんな人たちが集まってくださったことが紹介でわかりました。「年金84万円と田んぼ4反だけで食っている。自分でもよく食えるなと不思議に思っている」「一番好きなのは妻です。その次は酒です」などという紹介もありました。

 集いでは手づくりの料理(画像)を食べながら懇談も行われました。「合併して大きくなったら、情のこもった細やかなところが薄れてきている」「こんなにいい自然があるのにムラがさびれていくのは残念だ」「文化協会は高齢化が進んで道具を出すのも、人集めもダメになった」などという声が出され、どうしたらいいかという話になりました。約2時間、有意義な時間を過ごすことができました。それにしても、ソバといい、大根の煮つけといい、美味しかったです。

2009年12月14日

質問者全員が日本共産党議員団

 一般質問最終日でした。質問者は4人で、すべて日本共産党議員団のメンバーというめずらしい日になりました。一日全部の質問者が日本共産党議員というのは、おそらく、上越市議会の歴史の中でも初めてでしょう。打ち合わせでは、私が替わったばかりの市長の姿勢や選挙公約の基本的なことを問い、それを土台にして、他の3人が具体的な問題で質問を展開していくという連携プレーをしようということになっていました。

 全体としては4人の持ち味が出すことができ、議場は終始緊張感に包まれました。連携プレーも全面展開とはいきませんでしたが、できました。私は、「十分な検討」「上位計画との整合性」などを理由に市長の所信表明が3月定例会まで先延ばしされたことをとりあげ、政策実行の優先順位などは市長の公約、「3つの約束と10の決意」を発表する段階で決まっていたはずだと追及しました(画像)。これにたいする市長答弁を質問に生かして、子ども医療費の無料化や75歳以上の高齢者の医療費負担の軽減問題で頑張ったのは樋口議員です。論戦もかみ合い、いい質問となりました。

 きょうは私を知っている人が5人ほど傍聴にきてくれました。やはり、傍聴者がいると元気が出ますね。お昼休みに感想をきいてみたら、再質問に市長がメモも持たずに答弁している点を評価する声とともに、「答弁に味がない。もっと心を込めて語ってほしい」という声もありました。私の質問についての感想は、「わかりやすくてよかった。でも(行政は)なかなか動かないね」。いや、きびしい。行政をグイッーと動かすような質問か…。もっと勉強してがんばらないとね。

 最後にひとつお知らせです。私が毎日訪問している参議院長野選挙区候補の中野さなえさんの、きょうのブログに私が描いたカットを掲載していただきました。さなえさん、ありがとうございます。なお、カットは10数年前に描いたものです。

2009年12月15日

雪が降ってきた

 急に冷え込んで雪がパラパラと降ってきました。米山や尾神岳はもう真っ白です。これで3度目ですから、この次は間違いなく平場にも積もるでしょう。

 朝、吉川区の片田地内の農道を走っていたら、雁行に出合いました。カバンから大急ぎでカメラを取り出し、撮りました(画像)。尾神岳をバックに雁行の写真をとねらっていたので夢中でした。青空と白くなった尾神岳を背景に撮れれば最高なんですが、でも満足です。

討論、議員団ニュースを集団検討

 休会日でした。ここ1ヶ月間飲み続けてきた薬がなくなりかけているのでまずかかりつけの医院へ。半日くらい覚悟していたのですが、たいした時間がかからず助かりました。大腸の潰瘍と胆のうの治療を続けているので、酒は家ではまったく飲んでいません。それだけで体重は減ってもいいのだけれど、昨日の議場での写真を見たら、まだ全然だめ。美味しいりんごの食いすぎかなぁ。

 党議員団のメンバーは私のいない間に議員団ニュースの検討や討論原稿の準備をしていてくれました。議員団ニュースは昨日の4人の一般質問を平良木議員がコンパクトにまとめてくれました。同議員は人の話を聴いてメモを取るのが得意です。10行くらいの話を1行にまとめるよう努力しているとか。討論原稿は何回も直して練りました。

 午後からは市政レポートの準備を始めました。昨日の一般質問をインターネットで見て、質問と答えをメモを取りながら丹念に追うようにしました。正確な記事を書くためですが、これを何回か繰り返すと論戦をやるために大いに役立ちます。というのは、答弁者のクセを見抜くことができるからです。明日はきょうのメモを基に原稿書きに移ります。

2009年12月16日

除雪ブル、昨日初出動

 寒いと思ったら、外は白くなっていました。雪は平場まで降りてきて、屋根などを白くしました。道路こそ、まだアスファルトが出ていますが、木々も草もうっすらと雪をかぶりました(画像)。外に駐車しておいた私の車も初めて雪に覆われました。

 朝、山間部に住むMさんに電話をすると、「きょうも、ブル来たよ」。昨日、事務機器メーカーのTさんから、牧区の田島で除雪車が出たと聞いていたのですが、吉川区でもすでに除雪ブルが初出動していたのです。Mさんは、「やだねかの、またコタツにうづくまっていねきゃならん」と言います。「心配しねくていいよ、雪はたいして降らんわね」と言ったのですが、またお茶飲みに行こうと思います。

 市役所に来たら、樋口議員が、「雪いっぱい降った?やだね」。市役所の中は暖房がきいているのですが、こういう言葉を聞くと、ちょっぴり寒いような気もします。

160円の万年筆を購入して

 市役所の地下に生協の売店があります。そこへボールペンを買いに行ったところ、おもしろいものを見つけました。万年筆です。それも1本160円という安さ。あまりにも安いので、「オモチャじゃないよね」と店員さんに確かめて1本購入してきました。

 万年筆は中学時代、欲しくてたまらず祖父に買ってくれと頼んだことがあります。「そんな高価なもん、買ってなにするがだ」と怒られた記憶があります。最後はパイロットの一番安いものを買ってもらったのですが、その万年筆の書きごこちの良さとインクの匂いはいまでも忘れられません。

 いつの間にかまったく使わなくなった万年筆ですが、きょう、衝動買いしたら、何か書いてみたくなりました。返信すべきハガキを2枚書いて、それから、調子に乗って似顔絵を久しぶりに描いてみました。先日、中野さなえさんにほめてもらったおかげで、描く意欲が少しでてきたのです。似顔絵のその1(画像)、その2(画像)、その3(画像)、いずれも現職の市議です。さて、誰かな。

 きょうは市政レポートを作成し、いよいよ、「集落再生」の原稿書きの準備に入りました。もう1日、構想を練って、その後は一気に書きまくる、といきたいね。

2009年12月17日

本格的に降ってきた

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 いよいよ来ましたね。雪がどんどん降っています。議員控室から見える外は真冬並みの雪降り風景となりました。さて、これから議会最終日です。がんばります。

採択までもう一歩

 いやー、おしかった。きょうの議会で採決された「後期高齢者医療制度のすみやかな廃止を求める請願」のことです。賛成17人。私たち議員団(4人)のほか、市民ネット改革(6人)、毘風(5人)、そして無所属議員の2人が賛成してくれたのです。全議員の数が48人ですから、もうちょっとでした。

 今回の請願は新潟県社会保障推進協議会が提出した請願です。後期高齢者医療制度をすみやかなに廃止すること、高齢者・国民が安心して医療を受ける新しい医療制度をつくることを求めた内容ですが、これまでの議会なら、私たちのほか数人どまりだったでしょう。自民党の衆院候補を推した人たちも賛成してくれたのは初めてです。

 日本共産党第25回大会決議案には、「自公政権退場という新しい政治情勢のもとで、地方政治でも激変が起こりつつある。旧来の自民党支配の重しがとれ、地方議会で住民の利益にたった意見書・決議が次々と採択されている」と書いてありますが、「ここ上越でも変わりつつある」の実感です。

副市長人事で質疑も…12月議会終わる

 2日から始まった12月議会が先ほど終わりました。採決で私たち日本共産党議員団は、上越市ガス供給条例及び、上越市液化石油ガス供給条例の一部改正についての議案と今年度上越市ガス事業会計補正予算(第4号)についてだけ反対し、残りの案件はすべて賛成しました。

 理由はガス料金決めるしくみの中に原料費調整制度を導入する中身となっているからです。同制度は、原料価格の変動をそのまま市民のガス料金に反映させる仕組みで、経済変動に対応して料金にいち早く反映できるとガス水道局は説明していますが、議会の議決なしにガス料金を設定できるようになっています。議会がチェックできない仕組みなんて、とんでもないことです。

 きょうの議会では副市長人事の同意案件も審議されました。この案件ではめずらしく質疑が行われました。登壇したのは滝沢いっせい議員。同議員は、「心に一点の曇りもなく迎えるためにききたい」と前置きしたうえで、「今回の人事は割愛人事。一応(県職を)退職するけれどもまた県に戻れることになっているが、退路を断ってくるべき。どう考えているか」「各自治体の独立性が問われているなかで、いつか県と対立することがあるかもしれない。その時も市のことを考えて行動してくれるのか」などと質疑しました。
 答弁に立った村山市長は、「彼の人物、人となりを十分承知している。県職を退職してこようと、しないでこようと、このことで彼の上越市への思いは変わらないと信じている」「彼は私の持ち合わせていない部分をカバーしてくれる。国や県との関係を整理しながら、市のためにやってくれると信じているし、発言もしてくれる。いささかも不安はもっていない」と答えました。
 採決の結果、全会一致で同意しました。

 議会終了後、村山市長と新たに副市長として就任することになった稲荷善之(いなり・よしゆき)さんが各議員控室を訪ね、挨拶しました。市長は部屋に入るなり、「鍛えていただきました」と挨拶。ホッとしたのでしょう、先日の一般質問の時のような緊張した表情は消え、笑顔いっぱいでした。稲荷さんは48歳。年齢よりも落ち着いていて、気さくな人柄だと感じました。

2009年12月18日

思い込みで記事を書いてはいけない

 今朝の新聞を見て驚きました。ある新聞社の記事に村山市長の議会答弁についての私の感想が掲載してあり、その中で、「(市長の)発言からは気持ちが伝わる」と書いてあったからです。

 村山市長の答弁についてはこのブログでも紹介したように議会傍聴者などからいろいろな声が寄せられています。「メモもなしに簡潔に答弁していていい」「質問を受けてから答えるまでにスピード感がある」などの評価の声の一方で、「味もそっけもない答弁が多い」「もっと心が伝わるようにしたらどうか」などの声があるのです。

 私は取材に来た記者にこうした声があることを紹介したうえで、「村山さんの文章をたくさん読んでいるが、心のこもったいい文章だ。ところが、議会答弁ではこういういいところが発揮されていない。心が伝わってこない」とのべたのです。それが記事ではまったく逆の評価になっていたのです。

 おそらく、取材しにきた記者は自分なりの評価と記事の骨組みをすでに考えていて、「村山答弁は及第点」に沿った言葉を取材の中で拾おうとしたのでしょう。新聞記事の書き方については私は素人ですが、こういう姿勢での取材はいけないと思うのです。

『お米は生きている』は必読文献

 すごく荒れた天気となりました。ブルも初めてやってきました。わが家と市役所の間を往復した際、田んぼに落ちたり、歩道のブロックに乗り上げたりした車が5台もありました。路面に雪がある時はいつもそうですが、急ブレーキは禁物です。スピードを落とし、40キロくらいの速さで走るよう努めていますが、どうしても雪がない時の感覚で走りがちですね。お互い気をつけましょう。

 市役所では小論を書く準備作業です。じつは、昨日までの段階で考えていた構想は一晩寝て読み直したところ、納得できなくなり、もう一度組み立てなおすことにしました。原稿もそうですが、一晩寝るだけで構想が違って見える。それまで気づいていなかったことにも気づくことがあります。不思議なものです。書こうとするテーマは変わらないのだけれど、集めた資料も見直し、構想を練り直すことにしました。おかげでいまもって、原稿は一行も書けないでいます。

 夜は気分転換も兼ねて富山和子の『お米は生きている』(講談社)を読み始めました。話題となった書き出し、「わたしたち日本人はお米と大のなかよしです」から始まって、「お米はまた、すがたをかえて、いつもわたしたちといっしょです」とやる。流れが自然です。忙しいのに、おもしろくてどんどん読み進めてしまいました。

 最終章のなかで著者は言います。「じぶんたちの食糧は、できるだけじぶんの国で責任をもつ」ことは「地球を守るうえでのエチケット」。「ゆたかな土をうしなったり、農業のにない手をうしなったとき、文明はその地から、すがたを消したのです」。読みながら、先月清里区でお会いした小山文男さんの言葉を思い出しました。主張がほぼ同じだからです。この本は大人も子どもも必読文献だという気がしてきました。

2009年12月19日

どか雪

 雪が激しく降っています。下川谷では、今朝の段階で80センチありましたから、山間部はその後の降雪で軽く100センチを超えたはずです。わが家の周辺でも、50センチを超えました。雪はまだ降っています。降り方は細かい雪がさらさらといった感じで…、こういう時は明け方までにびっくりするほど積もります。

 久々のどか雪です。この雪できょう、明日の行動予定はすっかり狂ってしまいました。きょうの午後3時頃までに「しんぶん赤旗」日曜版の配達を終了させ、原稿書きをするつもりでいたのに、7時間配達しても終わりませんでした。源地区の村屋(画像)までが限界でした。まだ26部も未配達があります。それも山間部ですので、明日の午前いっぱいはかかりそうです。

 今回の雪は湿っていて重いので、杉の木の先が折れるなどの被害がでることは必至です。山間部では写真のような杉があちこちで見られました(画像は吉川区内稲古)。夜になっても降り続けていますから、もう1日続くと民家の屋根の雪下ろしも必要となるかも知れません。きょうの配達では、高齢のため、道つけもしてない家が何軒もありました。明日は1軒1軒声をかけて、心配や要望がないか確認しながら配達しようと思います。

 夕方、吉川区の旧役場前広場で行われたクリスマス・キラキラ大作戦の様子を見てきました(画像)。スタッフの人たちが一生懸命準備したにもかかわらず、大雪のため、参加者は少なく残念でした。私は帰りの車が動くかどうかが心配で、うどんを1杯食べ、吉川杜氏のワンカップを2個買って早めに帰宅しました。今年も午後8時から花火が打ち上げられました。わが家まで音が聞こえてきました。花火そのものは雪が降っていたためか見えませんでした。子どもたちが大勢見に行ってくれればいいのですが。

2009年12月20日

新潟市の「北光社」が閉鎖へ

 朝、新潟日報を読んで、思わず「ええっ」と声を出してしまいました。一面のトップに古町にある本屋さん、「北光社」が経営難から来年1月で閉じるという記事が掲載されていたからです。ショックでしたね。「北光社」は「第一書店」、「文信堂」と並んで私の学生時代の大切な本屋さんでした。毎日のように顔を出し、棚の本を端から端まで目で追ったものです。特に文庫本、新書はここでよく買いました。今回の閉鎖は、私にとって、営所通りにあった第一書店に続くもの、青春時代の思い出の空間がまたひとつ消えてしまいます。

 今回の報道で思ったのは本屋さんとの付き合いです。現在は仕事場のひとつである市役所に近い本屋さんを一番使っていますが、自己形成に深くかかわってきた本屋さんはもっと大切にしなければいけないなと感じました。私が高校時代に通い続けた、高田の本町4丁目にある「春陽館」もそういう本屋さんのひとつです。岩波書店の本が充実しているので、いまも時々訪れてはいるのですが、市役所から遠いのでご無沙汰しがちです。でも、考えてみれば、ここは昔も今も高田本町街の文化の砦です。市役所には配達もしておられるようなのでもっと利用するように心がけたいと思います。

 さて、雪の方ですが、予想通りたくさん降りました。積雪はわが家の牛舎周辺で55センチとなりました。今朝は6時過ぎに起床。明るくなるのを待って小型除雪機を動かし、除雪作業を1時間半以上やりました。55センチというのは、わが家の23馬力の除雪機で一度に飛ばすにはぎりぎりの積雪です。高速(除雪機の走行スピード)の1速か低速の3速で作業をしたのですが、昨日よりは雪は軽く、遠くに飛ばすことができました。朝食後、昨日行けなかった地域へ「しんぶん赤旗」日曜版を配達しました。雪が多く、道も狭いので、仲間から手伝ってもらいましたが、それでも約3時間かかりました。

2009年12月21日

どか雪は柿崎、吉川区が中心だった

 言われてみれば「そうだ」と納得するのですが、19日のドカ雪は上越市内全域ではなく、旧頸北中心だったのです。市の雪対策室の積雪量を見てみると、20日の朝の段階で一番多かったのは吉川区坪野で140センチ、次が柿崎区黒岩で135センチでした。ところが、大島区菖蒲では78センチ、清里区青柳でも80センチどまり、そして「雪の高田」はなんと31センチしかなかったのです。

 上越市の面積は973平方キロメートル。東京都の面積の約半分にもなります。旧吉川町の範囲だけで降雪状況を見て、「上越市は多かった」と判断してしまうと、判断を誤ります。「上越市は多いところもあれば、少ないところもある。上越市の吉川区、柿崎区はドカ雪でした」が正しい。今回の降雪状況を見て、災害対策は旧市町村単位で見ていかないといけないことを再確認させられました。

 それにしても19日の雪はひどかったですね。20日の除雪作業では県道上で除雪車やロータリー除雪車が故障して混乱が起きました。代石と伯母ヶ沢間など一部の県道では、市の協力の中で除雪作業が進められたそうです。大雪の時であろうが、普通の降雪であろうが、除雪車などの故障の時に、市と県、場合によっては国との連携をどうしているのか、今度、調べておかねばと思いました。

2009年12月22日

携帯電話を忘れて

 きょうは寒さがきつく、道路が危険状態と判断し、いつもよりも20分も早く家を出ました。急いで出たら、携帯電話を持参するのを忘れてしまいました。こういう時に限って市民から急ぎの相談があります。締め切りが迫った原稿書きの仕事をしはじめましたが落ち着きません。夕方まで市役所で頑張る予定を変更して、午後3時過ぎには吉川区に戻りました。

 家ですぐに携帯電話を確認したところ、不在扱いとなった電話が4件もあり、家の電話にも留守電が記録されていました。実は朝から、私を探していた人がいたのです。それも、私と相談したくて会社を休んでいたのです。申し訳ないことをしました。昔は携帯電話なしで活動できましたが、いまは、これを忘れただけでも迷惑がかかります。これからは気をつけないと。

 毎年、年末には切羽詰まった相談が寄せられます。きょうの相談は違いましたが、たいがいは仕事と借金返済の相談です。今年もあと1週間余り。相談はいくらあってもかまいません。ただ、私の力で解決できるレベルのものであってほしいと思います。

2009年12月23日

「風が強く吹くと、飛びにくいですよね」とコメントが…

 ブログというのは書いた当日、あるいは翌日がもっとも読まれ、あとは数日分か、1週間分ほどまとめて読まれることが多いものと思っています。なかにはキーワード検索してある人のブログのある日の日記に出合う、という人もいるようですが。

 昨晩、コメントを寄せてくださった方もそういう一人なのでしょう、10月4日に書いた「秋晴れのなかでパラ・ハング競技」という文章にたいして「風が強く吹くと、飛びにくいですよね!」という短文のコメントを寄せてくださいました。文面から推測すると、パラかなんかで空を飛んでいる人のような気がします。ひょっとすると、私も空を飛ぶ仲間としてみてくださったのかも。だとするならば、うれしい。

 コメントをいただいたおかげで他のブログとの出合いにつながることもあります。19日の匿名さんのコメントがそうでした。出合ったブログ、「軽薄短笑~新潟県上越・妙高発~」は私が持っていない視点からも書かれていてとても新鮮でした。12月13日の「鵜の浜温泉と吉川区のイルミネーション」などは、地元の人間でも知らないことが書かれていました。すごいなぁ。

弁当

 日中は来月の党大会を目指した会議でした。昼食を持参してきてください、との案内があったので、朝早く、妻に「おにぎり握ってくれないか」と頼んだところ、「私は起きて握る力がない。ばあちゃんに頼んでちょうだい。そうでなければ、ご飯、何かに入れたらどう」と言います。この時、ご飯の方は私がとぎ、あわ、黒ごま、ひえなど16種の穀類を30グラムほど入れて、すでに炊き上がっていました。

 「それなら、これにでも入れるか」と私が市販のおこわが入っていた使用済みパックを使おうとすると、「そんなの、適当に洗ってあるからダメよ。ちゃんとしたものに入れなさい」などと言いながら妻は起きてきて、最後には「わかった、わかった。弁当作ってあげるわよ」。その後、たいした時間もかけずに、弁当を用意してくれました。

 会議は順調に進み、11時50分からお昼休みとなりました。ハンカチに包まれた弁当は朝からずっと机の上に置いておきました。いよいよ、待ちに待った昼食の時間です。まず、カバンからデジカメを取り出し、二段重ねの弁当を広げました。下段には16穀入りのご飯、上段にはおかずです。おかずはミニトマト、キウイフルーツ、カブの漬物、ばあちゃんが作ってくれた粕和え筋子など5品でしたが、カラフルでとてもきれいでした。

 隣に座っていたTさんが私の行動を不思議そうに見ていましたが、写真に収めるとき、Tさんが持参したみかんを1個くださいました。色の組み合わせを考えたら、その方が美味しそうに見えると判断されたのでしょう。写真は3枚撮りました。ご飯、おかず、みかんという組み合わせで、誰が見ても食べたくなるような写真となりました。じつは、この弁当、私にとっては、妻から30数年ぶりに作ってもらったものだったのです(画像)

 30数年ぶりに妻が作ってくれた弁当は、冷蔵庫に入っているもののなかから、すぐにおかずにできるものだけを入れた単純なものでした。でも、とても美味かったですよ。ご飯もおかずもきれいに食べました。母さん、ありがとう。

2009年12月24日

分かりやすい言葉、表現を用いる

 議会基本条例策定検討委員会が午後から開かれました。きょうで14回目になります。今回から、いよいよ条例の素案作成に向けた検討に入りました。正副委員長などが作成した各条項の例文をもとにメンバーで意見を出し合い、まとめていく作業です。

 事前に配布されていた例文を一通り読んだ時、一番気に入ったところは、議会運営について、「議会は、議員間における討議を通じて合意形成を図るとともに、公平、公正かつ効率的な議会運営を行わなければならない」とともに、「議会は、市民にとって分かりやすい言葉、表現を用いた議会運営に努める」というのが入ったことです。これは市民の目線で見た時、とても重要なことだと思います。このことがちゃんと行われるようになれば、市民にとって議会はこれまでよりもぐんと身近になるはずです。

 さて、「分かりやすい言葉、表現を用いた議会運営」を目指すなら、この基本条例そのものも、「分かりやすい言葉、表現を用いた」条文で作られなければなりません。その視点で、事前に配布された例文を見ると、「多様な媒体」などふだんほとんど使わない難しい言葉がいくつかありました。また、こういうものもありました。「議会は、この条例施行後、常に市民の意見、社会情勢の変化等を勘案、必要があると認めるときは、この条例の規定について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」。「勘案」とか「所要の措置を講ずる」という言葉も難しいが、何よりも、長文で、読むだけで疲れてしまうのです。さらに、自治基本条例との整合性を持たせるということから、自治基本条例の文言をつけたして難しくしてしまったものもありました。

 きょうの検討委員会では、こうしたことを頭に置きながら発言しました。私以外の各委員からも分かりやすさを意識した発言がいくつもありました。全体としてとても活発な会議となりましたね。

 このところ、睡眠不足が続いています。きょうの会議でも前の委員会で私が主張していたことと正反対のことを言うへまをやりました。そうそう、このブログでは、昨日の「弁当」のところで、最後の数行を張り付けないで発信してしまいました。弁当を食べて、どうだったかという肝心なところがすっぽりと抜けていたのです。気をつけなければ…。

2009年12月25日

一日中、議員控室でデスクワーク

 朝から夕方まで市役所の議員控室で仕事をしました。午前中は議員団の4人で新年度予算に関する要望書の取りまとめです。一つひとつ読み上げながら、政策面での検討をしたほか、表現上の間違いがあるかないかの確認をしました。あとは党上越地区委員会の阿部委員長に目を通してもらえばオーケーとなります。上越市長への予算要望書の提出は28日の午前10時です。

 午後からは「集落再生」第二弾の原稿書きです。といっても、きょうやったのはインタビューの整理。約30分のインタビューの録音を文字に変え、それを読めるようにする。録音したものはすでに何日かかけて文字にしてありましたが、これを読めるように編集するのが思った以上に大変でした。こういう編集作業はなれないため、時間がかかりました。

 きょうも携帯電話を家に忘れてしまいました。幸いにも相談ごとはなかったので、良かったです。今年もあと6日だけとなりました。この間にやらなければならないことは、5000字にも及ぶ原稿書き、市政レポート1月3日号の編集、「しんぶん赤旗」の配達と集金、生活相談の対応などです。ゆっくりできる日は新年にならないとやってきそうもありません。

2009年12月26日

足跡

 雪が降ると雪の上の様々な足跡が目に入ります。きょう、山間部で市政レポートを配布していたときのことでした。たくさんのウサギの足跡があり、その近くに、直径10センチくらいはあるでしょうか、ウサギよりもかなり大きい動物の足跡(画像)を見つけました。雪国で育った私が雪上で初めてみる足跡でした。ひょっとするとカモシカ? でも、これは違う。なんだろう。

 山間部では、かんじきなどで踏み固められた雪道を歩かないとたどり着かない家が何軒もあります。そのうちの1軒は、除雪された道路から約150メートル離れたところにあります。誰かは分かりませんが、一人だけ歩いた足跡が残っていました。雪の中にうまらないようにと、その足跡を頼りにゆっくりと歩きました。先に歩いた人がつくった雪道をあとから歩く。この有難さは歩いてみないと分かりません。助かりました。

 前の冬には人の足跡があったのに、この冬はまったく人の足跡が見られない家が何軒かありました。1軒はSさん宅です。冬の暮らしを心配して、娘さんがSさんを関東の自分の家に連れて行ったとか。市政レポートを届けると、いつも、「申し訳ないね。おら、この新聞、楽しみにしているがど」と言って笑顔を見せてくれるSさんでしたが、家の近くにはウサギの足跡しかありませんでした(画像)。どうしているかなぁー。

2009年12月27日

原稿書きに集中

 400字詰原稿用紙で13枚分。きょうになって書いた原稿です。これまで集めておいた集落連携についての資料を基に書きました。午前に2つの生活相談をやりました。夜は「ゆったりの郷」の温泉につかり、その後、韓国のドラマ、イ・サンを観て、そのほかの時間でこれだけの長さの文章を書いたのですから、まあ、頑張った方です。残りはあと800字くらい。無理をせず、明日の朝に書いて、全体の文章をチェックしたいと思っています。

 きょうは大島区に住む従兄からこのブログにたいしてコメントを寄せてもらいました。市役所を退職してからは、自宅ではインターネットを見れないということでしたが、同区でブロードバンドが整備されて自宅でもインターネットができるようになったのでしょう。ひょっとすると、お連れ合いと一緒にコタツの上で、「おい、法がこんなこと書いているでや」なんてやっているのかも知れません。うれしいね。初コメントを寄せてくれた従兄に感謝の気持ちを込めて1枚の写真(画像)を掲載します。

2009年12月28日

予算要望書を提出

 午前10時から、2010年度予算についての要望書を村山市長に提出しました。党上越地区委員会の伊藤誠副委員長と4人の市議団が一緒になっての行動です。年末の仕事納めの日ということもあり、15分間だけでしたが、私から簡単に説明した後、市長と懇談しました(画像)

 市長からは「合併後5年経ったこともあるので、新市建設計画や第5次総合計画の進み具合を検証していきたい」「地域事業については合併前上越市の区域の市民のみなさんにもよく知ってもらい、対応していきたい」などという発言がありました。

 私は、「新年度予算の編成にあたっては、たいへんな経済状態が続いているので、市民の暮らしの状況をしっかりみつめ、どこに重点を置くか、どこを優先すべきかを(この要望書を参考に)考えてほしい」と訴えました。注目されている子ども医療費無料化について市長は、3年かけて中学校卒業までを実現していく考えであることを明らかにしました。

 提出した要望書は、中小業者を守る緊急対策、市民が安全、安心に暮らせる医療、福祉の充実などを柱に76項目が盛り込まれています。全文は近く、私のホームページで公表します。

2009年12月29日

「しんぶん赤旗」の配達・集金でフル回転

 朝から夕方まで「しんぶん赤旗」の配達と集金でした。例年、この時期は1週間ほどかけて集金作業をやっていますが、今年は論文執筆などの仕事があったこともあり、あまり進んでいません。関係者の皆さんにはご迷惑をおかけしてすみません。この調子だと31日、午前くらいまではかかるかもしれません。きょうは天気予報とは違い、午後から晴れました。米山(画像)、尾神岳(画像)がきれいでしたね。

 昨日のブログに論文執筆がどうなったかを書かないでいたら、ある人から「執筆の方は無事終わったのか」ときかれました。ブログを毎日のように読んでいて下さる方は、「前の書き込みとの連続性」のなかで読んでいて下さるんですね。とてもうれしく思います。おかげさまで論文の方は無事提出できました。編集にあたっている徳島大学の中嶋信先生からはすでに着信の連絡が入っています。これで一安心です。

 一昨日のブログに母の兄弟などの集合写真を載せたところ、習志野市に住む従弟から、左側の方の二人が欠けているとの指摘がありました。じつはわが家にあった写真は保存状態が悪く、左側の二人のところはボロボロ状態だったのです。それでトリミングして掲載したというわけです。きょう、従弟から完全保存された写真を送ってもらいましたので、写真を入れ替えました。これで、写真には東京大空襲で亡くなったアヤノ伯母さんをのぞくキョウダイ全員がそろいました。

 今晩から市政レポート1月3日号の作成にかかりました。すでに「しんぶん赤旗」日曜版の合併号は配布が終わったので、作成しても一般紙に折り込むことになるのですが、それでも作成するのは休みたくないからです。不思議なことに1回でも休むと、そのあとの号の作成がいやになってしまうのです。来年も順調に作成を続けることができれば、再来年の6月には市政レポートは1500号に到達します。

2009年12月30日

市政レポート作成作業も終わる

 いよいよ追い込みです。新聞屋さんの正月用のチラシ折り込み作業は確かきょうが最終日のはずです。朝3時に起床し、市政レポートの1430号(1月3日号)の原稿書きで精を出しました。ほんの数時間で一枚のビラ、それも表、裏と両面のあるビラを作ろうというのですから、ちょっと無茶ですね。でも、時間ぎりぎりにならないと原稿書きが進まないのも事実。途中で新聞代の集金に出て、気分転換する時間を作りましたが、あとは集中して書き、何とか午前中に仕上げました。

 午後1時過ぎまでかかって市政レポートの印刷も完了しました。片面を印刷して、あまり時間をおかないでもう片方の面を印刷する。この作業でミスプリントはわずか1枚でした。最新の印刷機ならではの働きです。その後は、午前に引き続き、新聞代の集金です。久しぶりに会う人も少なくありません。「ばあちゃんは元気でいなさったかね」と父がいなくなってからの母の様子をきいてくる人や12議会での一般質問をテレビで見たと、その感想を寄せてくださる人などがいました。

 明日も午前中は新聞代の集金をさせてもらいます。その後は、例年と同じく、車を洗浄したり、買い物、片付けをして過ごす予定です。今年4月に父が死亡したことから、新年の挨拶まわりはしません。正月の三が日は自宅で静かにしているか、風呂のある安宿で休養をとるか、迷っています。問題は明日からの天気です。荒れて、たくさんの雪が降るようであれば、休養どころでなくなりますから。

2009年12月31日

またどか雪か?

 また雪が激しくなってきました(画像は吉川区川袋地内)。午前中は山間部で集金をと思って出かけたのですが、どんどん降り積もる雪で、坂道を上る車もやっと走る状態です。雪質は重くて、すべりやすい。こわくなって戻ってきました。これから故郷へ車で戻られる方もあるでしょうが、どうか気をつけて。

ウシからトラへ

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 ※写真は吉川区在住の江村康成さんがチェンソーで制作したウシとトラです。

 一年の最後の日。今年もあと数時間になりました。雪の降り方がひどくなったので新聞代の集金を途中であきらめて帰ってきたら、なんと二人の読者の方がわざわざお金を持ってきて下さいました。本当に申し訳ない。心から感謝します。

 今年は次男の結婚というめでたいことがありました。自分の子どもが独り立ちし、所帯を持つというのはさみしいけれども、親としてホッとします。この調子で残りの子どもたちも自立してくれれば最高ですが、いつになることか。早くその時がやってくることをじっと待っているしかありません。

 今年は悲しい別れが続きました。4月に父が急性呼吸不全で旅立ち、5月には分家のお父さんとお母さんが農作業事故で二人揃って亡くなりました。さらに7月には原之町の親戚のお父さんが病気で亡くなりました。このほか、何人もの大事な友人、後援会員とも別れなければなりませんでした。みんな、私のこれまでの人生でお世話になった人たちばかりです。残念でなりません。

 きょうは秋に亡くなった友人、中村睦男さんのお連れ合いのA子さんがわが家にみえました。誰かにヤギさんを預かってもらいたいと言っていた方です。最終的にはA子さんが飼うことになったのですが、私の留守に小さな手紙が置いてありました。「(前略)また主人のこともとても気遣って下さりありがとうございました。主人の無念の死を思い、歌を詠みました。ただ一人 死と向かい合い何を思うか 若き命 あきらめざらんや」。手紙の下の方には、「お父さん!淋しかったね。ごめんね。旅立ちて知る苦悩の深さよ!」とも書いてありました。急に切ない別れを思い出し、涙がこぼれてしまいました。

 遅くなりました。この「ホーセの見てある記」を読み続けてくださいましたみなさん、1年間ありがとうございました。もう数時間でウシからトラへと替わります。来年もどうぞよろしくお願いします。
 

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