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伯母の葬儀、そして文化財調査

 伯母の葬儀でした。一番心配した天気は晴れ。この時期の天気としては最高でした。母を軽トラに乗せて、浦川原区まわりで大島へ行きましたが、大島区の大平付近は霧が立ちこめていて、伯母の家に近づくとまた晴れていました。板山に住む従弟によると、大平周辺で霧が低く広がっている時はいい天気になるということです。伯母の葬儀は順調でしたが、火葬場までの距離が長いと感じました。5年前の伯父の葬儀の時は、浦川原区に火葬場があり、20分もあれば着きました。今回は五智の上越斎場です。1時間もかかりました。
 葬儀などで話題となったことの1つは、葬儀で使った伯母の写真です。おだやかで、じつにいい表情をしています。この写真は写真屋さんが撮ったもの。旧大島村では、77歳の祝いの時に村で写真を撮ってくれたそうです。これなら、いざという時に、どの写真を使おうかとバタバタすることもありません。もっとも、従弟たちによると、6年前の写真だから使えたけれど、90歳代まで生きたケースでは、この写真では若すぎるということでした。それにしても、喜寿にこういうプレゼントがあるというのはいいですね。
 初七日は母にでてもらい、私は午後から吉川区に戻りました。旧町指定の文化財の調査に同行するためです。対象は、雪のため、前回調査できなかった尾神岳の報尽碑。そこに至る市道尾神北線は現在、改良工事中です。長靴を履いて参加しました。工事している区間は土だけの道です。ユンボなどで踏み固められていた道は弾力性があり、歩くと最高の気分でした。久しぶりに味わった「べと」の感触、こんなにもやさしいとは思いませんでした。私が報尽碑を訪ねたのは、今回で少なくとも5回目となります。今回の調査では、碑文、碑の位置、周辺の土質、景観など、様々な角度から調べが進められました。調査が終わり、報尽碑下の広場に下りた時、生涯学習課の小島副課長が声をあげました。「これはすごい、絶景だ」。親鸞聖人が799年前、越後の国に流された時に上陸した居多ヶ浜が太陽光線の影響なのか、くっきりと浮かび上がっていたのです。
 調査が終わってから懇談会をやりました。今回の調査での最大の収穫は、「報尽碑のある場所からは、親鸞聖人が上陸した場所、高田の浄興寺、ゑしんの里などが全部見渡せること」をみんなで確認できたことです。これで文化財としての報尽碑をどう活かすかが見えてきました。「報尽碑への道が舗装されても、歩ける人はできるだけ歩いてみてもらった方がいい」「雪崩発生箇所が大切なポイントとなる。ここでの解説が大事」などの意見も出されました。懇談会では、これまでの吉川区内文化財調査を振り返りましたが、顕法寺については追加調査をしようとの声が文化財調査審議会の植木委員長などから出ました。この調査によっては、新たな指定文化財候補が出てくる可能性もあります。


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2006年10月25日 00:00に投稿されたページです。

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