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2009年08月投稿分

2009年08月31日

総選挙が終わり、9月議会始まる

 うつらうつらし、目を覚ましたら日本共産党の議席は9となっていました。自公政治への怒りが民主党への投票にという流れがつくられたなかで、よく踏みとどまったと思います。善戦と言ってよいでしょう。でも、もう1議席欲しかった。できれば、北陸信越ブロックの山口さんの議席を。人柄といい、論戦力といい、申し分のない人で、私たちの国政への願いをしっかりつないでくれる人でしたのに残念です。

 きょうから9月定例議会です。総選挙が終わった翌日から議会というのはつらいものがありますが、新潟県は国体がありますからしょうがありません。きょうは、市長の提案理由の説明のあと、総括質疑が行われました。08年度の決算を中心に、市の指定管理者に対するチェック機能、13区の地域振興事業の制度改正、病院の管理運営委託料に係る消費税問題などをとりあげました(画像)。いずれも質問3回という制約の中での追及でしたので、限界がありましたが、常任委員会での論戦につなげることができたものと思っています。この模様は明日、1日の夕方には上越市議会ホームページの議会中継でご覧いただけます。

 夜は地元党支部の会議に参加しました。みんな、選挙で頑張った人たちです。長丁場になった選挙戦を振り返りながら、感想を出し合いました。「支持拡大でもカンパ集めでもこれまでにない大きな取り組みができた。みんながよく頑張った」「大事なのはどんな情勢の変化があっても伸びることができる力をつけること。党勢と日常活動が大事だ」などの声が出ました。会議では、日本共産党中央委員会のホームページを開いて、選挙結果についての幹部会声明も読み合わせをしました。


2009年08月30日

政権交代確実に

 もうじき12時になります。総選挙の結果、民主党が大躍進し、政権交代が確実になりました。あとは、日本共産党がどこまでいくかです。いま5議席です。比例の北陸信越ブロックでの山口典久候補が当選できるかどうかも心配です。明日の総括質疑の準備をしなければなりませんが、テレビにくぎづけ状態です。本当は早く準備を完了し、少しは眠っておきたいのですが……。


2009年08月29日

明日は入れさせてもらいます

 行くところ、行くところ、「いよいよ明日だね。頑張ってくんない」と声をかけていただきました。一大政治戦を前にこれほど声をかけてもらったのは議員選以外では初めてです。70代のある女性は、「明日のことを考えるとワクワクしてくるわ」とも。事務所に戻ったら、また留守電が入っていました。こちらは80代の男性から。「ハガキいただきました。明日は入れさせてもらいます」。うれしいねぇ。残るはあともう一日、全力疾走です。

 市政レポート1412号、「春よ来い」107回「最後の手紙」を掲載しました。トップページからお入りください。


2009年08月28日

感動的だった兄と妹の握手

 久しぶりに議員団会議をやりました。9月議会の準備です。総選挙の投開票が行われる日の翌日から議会ですので、ぎりぎりのところで開催し、最低限必要なことだけ確認しました。決算議会なので、どういう視点で質疑をやっていくか、総括質疑を基本に説明し、話し合いました。わずか数時間の会議でしたが、4人の力を発揮するうえで役に立ったかなと思っています。

 午後からは地元に戻って後援会ニュース等の配布をやり、途中から街宣活動をやりました。今回も大勢の人たちが両手を振るなど応援してくれました。
 街宣をやっていて感動的だったのは、ある集落を走っていた時、ひとりの女性が道のそばまで飛び出してきて、旧三和村議と握手をした場面です。事情があって、生まれてまもなく別れ別れに暮らすことになった妹と兄です。妹の姿を目にした兄は、すぐに車から降りました。今度のたたかいでは、まだ一度も会っていなかったこともあって、ふたりの握手は力が入っていたように見えました。二人が交わした言葉は聞き取れませんでしたが、ほんの一分ほどの再会、この握手が兄をどれほど元気づけたことか。

 夕方は「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金、そして最後のお願いでした。「もう入れてきたよ」と言う人がふたりもいて、びっくりしました。期日前投票はいままで以上にたくさんの人たちがされたようです。家に戻ったのは7時過ぎ。留守電には激励電話があり、新潟県委員会経由で支持・応援カードもFAX送信されていました。すぐ、電話を入れてお礼を言いました。


2009年08月27日

頑張ってください。応援していますから

 こちらから声をかける前に相手から応援するよと言われるのはうれしいものです。

 後援会ニュースを配布していたら、元教員の方から、「頑張ってください。応援していますから」と言われました。この方の、いまの政治に対する一番の怒りは後期高齢者医療制度です。「年寄りをバカにしている政治はだめだ」「保険料が天引きされるたびにカチンとくる」。ぜひ支持を広げてくださいとお願いしました。

 夕方、市政レポート印刷用のコピー用紙を買いに出かけました。レジのところで、専業農家の人とバッタリ出会いました。久しぶりの再会でしたが、「たいへんだね。頑張ってくんない」と良い表情で声をかけてもらいました。まわりにいろんな人がいるにもかかわらず、遠慮なく、声をかけてくださる。これは本物です。農家の方々は日米FTAに関する民主党の対応に不安を持っていますね。

 ここ数日、こうした反応が続くのは、ハガキやビラなどが届いているからでしょう。このチャンスに支持のお願いを強めなくては!


2009年08月26日

反応びんびん、休憩時間をとるのも忘れた

 朝8時から半日、宣伝カーに乗り込みました。窓は全開です。流れ込んでくる風はじつにさわやか。そしてきょうは、市民の皆さんの反応も上々でした。

 予定は党地区委員会からスタートして大潟、柿崎、吉川、頸城の各区を回って街頭から訴えることになっていました。この地区は一昨日も回ったのですが、市民の皆さんの手の上げ方、目の表情が日増しに応援の意思を表すものになってきていることを感じました。

 後援会員の皆さんの中には、いつ自分たちのところに宣伝カーがやってくるのかと心待ちにしておられる方もあります。昨日、私の後援会事務局の人に「おらたり、いつ来るがだね」ときく人がいたというので、朝、その人の集落に立ち寄るおおよその時間を連絡しておきました。そしてほぼ予定した時間に行ったところ、驚きましたね。なんと、10数人の人たちが待っていてくれたのです。急遽、そこで予定外の街頭演説です。「どの党が政権につこうとも、良いことは良い、悪いことは悪いとがんばります。大企業などに気兼ねすることなく、国民こそ主人公の立場を貫いてまいります」と言うと、一斉に拍手がありました。きょうは、どこで訴えても反応がビンビンと返ってきて、休憩時間をとるのも忘れるほどでした。

 きょう、宣伝カーの乗員の皆さんが何度も繰り返し発した言葉は「反応、良いね」でした。良い反応を支持に固めていく活動を急がなければなりません。


2009年08月25日

おら、もうこんだ、共産党だわね

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 きょうの私の一日はなかなか予定通りにいきませんでした。「まずは党地区委員会に寄って選挙ハガキを出す」。ちょっと寄って、すぐに移動するつもりが1時間以上もかかってしまいました。ハガキの裏面に「私からもお願いします」という欄があって、そこが空欄だったのです。このままじゃ失礼だと、ボールペンでせっせと私の名前を書きました。

 市役所では総括質疑のヒアリング、いわゆる質問取りです。担当課などが答弁書を用意するために、通告者から通告内容の趣旨をきくというものです。これも午前で終わらせて地元へ帰る予定でしたが、そうはいきませんでした。今回の質疑では初めて代表監査委員に答弁者になってもらいます。監査の仕組みなどある程度分かっているつもりでしたが、まだまだ勉強不足で、こちらから質問することが多くなりました。その結果、ここだけで、1時間も費やしたのです。そして、直江津図書館・社会教育館整備問題では、質問の主たる相手を市長にするか教育長にするかでなかなか整理がつかず、これもかなり時間を要してしまいました。結局、ヒアリングが全て終わったのは午後1時半でした。

 地元に帰ってやりたかったのは後援会ニュース配布です。からっとした天気のなかで尾神岳や米山がとてもきれいでした。何枚かの写真を撮ってから、一年以上ご無沙汰している地域に入りました。何人かの人と久しぶりの対話です。話がはずんだのはいうまでもありません。あるお母さんは、いきなり、「あらまあ、おまさん、じきじきに来てくんなったがかね」「おら、この間、年金から1万円もひっこくられた。もうこんだ、共産党だわね」。それから医者通いの話から年金、福祉と切れ目なしでした。こちらの活動も予定よりもはるかに時間オーバーしましたが、うれしかったですね。

 上の写真は吉川区下町で撮ったもの。酒米、五百万石の収穫はもうすぐです。


2009年08月24日

新潟県民が燃えた一日

 日本文理はやはりすごかった。午後からの議会基本条例策定検討委員会の前にパソコンで生中継を観ていた時は2-1でした。委員会が終わってヤフーのニュースをドキドキして見ました。10-9で負けてはいましたが、取られたら取り返す粘りの連続。応援している人たちはものすごく興奮したのではないでしょうか。妻の勤務校では、教室にいた野球部員たちが日本文理のヒットのたびに太鼓を鳴らし、点をとると大歓声だったといいます。きょうは新潟県民が燃えた一日となりました。

 きょうは総括質疑通告を提出後、吉川区に戻り20分ほど街宣車と行動を共にしました。その後、すぐにまた市役所に戻り議会基本条例策定検討委員会の準備、検討委員会、総括質疑のヒアリングと続きました。

 総括質疑通告書には、決算認定と補正予算について、行財政運営の評価、地域振興事業費、冬期保安要員設置方針などの質疑項目を盛り込みました。朝の2時頃から委員会資料などを読み、質疑項目を決めたのであまり深みのない質疑にならなければいいがと心配しています。でも、まあ、ハードスケジュールのなかでの準備ですから割り切ってやるしかありません。
 
 夕方、車を走らせていて思ったのですが、窓を開けていると寒く感じました。明け方近くに大きな雨が降って、気温がガクンと下がりましたね。外で吹いている風はもう完全に秋の風です。明日も引き続き気温が低いそうです。こんなにも早く長袖がほしくなるとは思いませんでした。
 


2009年08月23日

山間部などで訪問活動

 ラストサンデー。地元支部の仲間たちとともに後援会ニュースの封筒入れ、ラベル貼り、配布活動など一日中忙しく動きました。外で動いていても、きょうは秋のような風が吹いていて気持ちが良かったです。

 お昼過ぎにパソコンを立ち上げたところ、新潟代表の日本文理が2-0でリードしています。夢のような話です。そして、ひと回りしてきて、もう一度パソコンで見たら、すでに決着がついて勝利していました。雪国、新潟の代表が決勝進出、これは快挙です。たいしたもんです。これで明日は午後1時から決勝に臨むことになりますが、この勢いからすると優勝する予感がします。

 きょうは山間部などで100軒ほど訪問、後援会ニュースの配布をしました。久しぶりに会った人も多く、父の最期の様子をたずねてくる人、「レポート、毎回楽しみに読んでます」と励ましてくださる人、ずばり「応援してますよ」と言ってくださる人などがいて、ずいぶん時間がかかりました。
 山間部は高齢化が進み、急に家の灯が消えてしまうこともあります。高沢入のYさん宅では、先日、Sさんが88歳で亡くなりましたが、その後、お連れ合いも体調を崩され入院、留守になってしまいました。150メートルほど離れた家に住んでいる人は、「いつも夜になるとトイレの豆電球の灯りが点いていたのに見えなくなって、こんなに寂しくなるとは思わなかった」と言います。一軒、また一軒と減っていく山村集落に温かな政治の光をあてたいものです。

 市政レポート1411号、掲載しました。トップページからお入りください。好評の「上越市内の橋」シリーズ、今回は大島区板山の不動尊の近くの木の橋をとりあげました。


2009年08月22日

山村交流で実った恋

 自公政権を退場させる日まであと8日。きょうは大勢の人たちがビラ折り、配布などの仕事に精を出しました。私も「しんぶん赤旗」日曜版の配達後はみんなと合流しました。大勢で賑やかにやるのは楽しく、いいものです。

 午後3時からは川谷地区運動会、法政大学結い(ゆい)祭りです。曇り空で暑くなく、ちょうど良い天気。旧川谷小学校グランドには地元の住民、法政大学の学生とOBなどが集まり、すっかり定着したボードレース、ビン釣り、玉入れ、輪投げ、早くいっぱいレースなどを楽しみました。
 初めて参加した人たちが「どんな競技だろう」と関心を寄せる種目は、今年もビン釣り競争でした。きょうのビン釣り競争では山賀源市さんや松浦隆司さんなど地元の参加者が苦戦、初参加組が健闘しました(画像)。おもしろいものですね。来賓参加とはいえ、私も「補欠選手」、石谷・名木山チーム、岩野・川谷チームのメンバーが足りない時にはすぐ声がかかります。きょうは4種目に参加しました。

 運動会の反省会、そして法政大学結い祭はいつもと同じく楽しい交流の場となりました。主催者の人たちからは「一番忙しい時なのに悪いねぇ」と言われましたが、「こういう中山間地など一番困っている地域の人たちと心を一つにすることが大事。あっちの方(選挙)も頼むよ」とお願いしました。
 さて、きょうの結い祭でうれしい報告がありました。数年前に法政大学の学生として川谷地区にやってきて、大学を卒業してもずっと運動会やサイの神行事などに参加してくれた小林朋生さんと一恵さんが今年の5月に結婚したというのです。川谷地区との交流のなかで愛を育み、実らせたことから、きょうの結い祭では二人の結婚式の様子がスライドで紹介されました。それだけではありません。みんなの前で、大きなお盆に山盛りの赤飯をしゃもじカット(ケーキカットではなく)して(画像)、参加者にふるまわれました。さらに、祭りの終わりには結婚記念のタオルも(画像)。朋生さん、一恵さん、良かったね。

 もうひとつ、小林朋生さんは、毎回、結い祭でじゃんけんゲームを取り仕切っています。今回も法政大学の名前入りのバスタオルや湯飲みなどをゲットしようと全員が参加してのじゃんけんが彼の進行で繰り返されました。そして、2Lのシャツをじゃんけんゲームで入手したのはなんと、なんと、私でした。オレンジ色で、「HOSEI」という文字が入っています。「私もホーセです。似合うでしょう」とお礼の挨拶をしました。最後の記念撮影写真(画像)ではこのシャツを着て、写っています。


2009年08月21日

市職労の大会で

 祭りであろうが集会であろうが、参加すると、そこでは人との出会いがあります。きょうは市職労の大会に来賓として参加したのですが、十日町松之山、浦川原区、大島区出身の役員さんと話をする機会がありました。そのなかには日本共産党議員だった人の家の近くの集落に住んでいる人がいたり、私がよく知っている集落の出身者がいたり……。大島区の役員さんは、「『のうの』(母の実家)の文英さんにはいろいろと教えてもらいました」と話してくれ、親しみを感じました。世間は狭い。

 来賓席の隣に座っていたのは自治労県本部のSさん。現在は新潟市に住んでいるとのことですが、どこですかと聞いたら、何と渋谷明治市議のすぐそばでした。「雨の日も風の日も毎日街頭宣伝している。他人の面倒見がじつにいい」渋谷市議は党内でも有名人ですが、党外の人が身近な共産党議員をこんな風に見ていてくださるなんてうれしいですね。「この出会いをブログに書きましょう」と言ったら、「すぐに見ますよ」。これまたうれしい。

 大会後の役員さんたちとの懇談で注目したのは民主党の政策に対する不安でした。外交、平和の問題では、「自公政権よりも強引なことをやりはしないか」、憲法問題では「憲法改悪の動きが急速に進みはしないか」という声がいくつも聞かれました。それともうひとつ、衆院比例定数を80にするという公約、「こんなことをやったら少数政党はなくなってしまう。民主主義の危機だ」という声もありました。しっかり見ている人がいますね。


2009年08月20日

これは宝だ

 市民本位の市政実現めざして日本共産党上越地区委員会がいま取り組んでいる市民アンケート。14市町村が合併して5年目に入っているなかで、市民の皆さんが市政の課題、合併後の市民サービスをどうみているか、「新しい市政の最高責任者」に何を望むかなどを探るものとして注目されています。きょう、上越地区委員会へ行ったところ、すでに500通を超えたアンケートの回答が地区委員会事務所に届いていました。お盆もあって、たいへん忙しい時期なので、寄せられる回答は極端に少ないかも知れないと思っていただけにこれはうれしいことでした。担当者によると、お盆を過ぎた頃から毎日のように回答がきているとのことです。

 アンケートの魅力は何といっても市民の皆さんの生のご意見やご要望を見ることができること。今回のアンケートには、「合併後の市民サービスについてどう受け止めていますか」「あなたは市政の新しい最高責任者に何を望みますか」という問いがあります。また最後に、「お気付きのことや、日本共産党へのご意見・ご要望など自由にお書き下さい」という欄もあります。文章を書いて回答していただく部分ですが、これらは特に見たくなります。

 到着日ごとに束になったアンケート回答(画像)をめくってみると、「懇談会など、各集落に出向いての説明会など、市民との直接的な(懇談の)機会がなくなった」「今後の国を支える〝子供たち〟、その子供たちを〝産んでもよいかなー〟とママが思えるような環境にしてほしい」「住民が、その日の暮らしに不安がなく、先の暮らしに明るさを感じるよう、常に気を配ってくださる人(から市長になってもらいたい)」などいっぱい書いてあります。

 私のそばにいた人も一生懸命読んでいます。「アンケート、取りくんで良かったね。こんなにたくさんの声が見られて」「これは宝だ」「問題はこれをどう生かすかだね」などと二人で話をしました。すでにかなりの数の回答を読んでいる地区委員長もアンケートの回答にいろんな声が寄せられていることに注目して、ニコニコ顔でした。お寄せいただいたアンケートの回答は膨大なものとなります。まとめの作業は時間がかかるので、すぐにとはいきませんが、回答全文はホームページで公開する予定です。お楽しみに。


2009年08月19日

弱い者を苦しめて強い者を助ける政治なんかいらない

 きょうは日本共産党参院国対委員長の井上さとしさんが上越市にやってきて街頭演説を行いました(画像)。この人の話はいつ聴いてもわかりやすく、元気が出てきます。きょうの街頭演説会については上越市北部の党組織には参加要請はありませんでした。参加要請がなくても聴いてみたくなるのが井上演説です。聴衆の中には吉川区だけでなく、頸城区などから参加した人の姿もありましたね。

 井上さんのきょうの演説は、2日ほど前に行われた党首討論の中身から入りました。これまでの党首討論は現在の政権を担っている党首に質問が集中するんですが、今回は違った。民主党の鳩山代表に次々と質問が出たと紹介しました。国民の関心も政権が交代した後の政治がどうなるかに関心が向いてきていることの表れです。そして、新しい政権のもとでどういう政治をつくっていくか、「ルールある経済社会」「憲法9条を生かした自主・自立の平和外交」の話、さらに日本共産党の役割・仕事へと展開させ、日本共産党の躍進の必要性を浮き彫りにする。いい話でした。

 演説の途中、そばにいた上野市議が持っていた紙袋の一部をちぎってもらいました。上野市議も私と同じことを考えていたようで、「いまのフレーズ、メモするんでしょ」。私がボールペンで紙に書いた言葉は、「医療に格差をつくってはなりません」「弱い者を苦しめて強い者を助ける政治なんかいらない」「日本共産党が国民の願い実現の推進力となる」です。ひとつの演説の中にメモをとりたくなるような言葉がいくつも出てくる。井上さんの演説のフアンが増えていくのもうなづけます。

 もうひとつ。井上さんは、きょうだけでも10数回は演説をしているのでしょうが、まったく疲れを感じさせませんでした。明日は私も宣伝カーに乗ります。しっかりと水分補給をして頑張らなくては。


2009年08月18日

御舘公園へ

 いよいよ総選挙の公示となりました。各社世論調査を見てわかるように政治の大きな転換が起きること必至です。この転換で、どういう政治の形ができるのか。アメリカの顔色を常に気にし、大企業・大資産家を優遇する政治はもうごめんです。何よりも若者がまともな形で仕事に就けるルールをつくってほしい。高速道路よりも医療や介護で苦しんでいる人たちを優先してもらいたい。日米貿易協定などで日本農業をぶっ壊すことがないように。公示日の各党首の第一声を聴きながら、改めて日本共産党の役割が大事だと感じました。

 朝早く市役所へ行き、それから御舘公園へ。天地人で紹介された「御舘の乱」の主要舞台のひとつです。ここで行われる第一声を聴きに行ったのです。じつを言うと、国政選挙での第一声を生で聴いたのは今回が初めて。いつも地元で一時も早くポスターを張ろうと頑張り、遠くまで出かけて第一声を聴くことはなかったのです。この場で日本共産党上越地区委員会の阿部正義委員長は、今度の選挙は、自公政治にさよならし、国民が主人公の政治をつくるたたかいだと訴えました。政権交代がほぼ確実となっている中で、大企業・大資産家優遇政治にメスを入れることができるかどうか、日米貿易協定推進や衆議院比例定数の大幅削減など誤った政策に待ったをかけることができるかどうか。これらは日本共産党が躍進できるかどうかにかかっています。

 きょうは猛烈に暑い日でした。ポスターの裏面にセメダインを塗り、掲示板には、念のため画鋲でとめたのですが、背中は汗びっしょりとなりました。事務所に戻ってからは、後援会ニュースを配布するための準備です。お盆の最中に壊れた印刷機も修理してもらいましたので、風が入るように窓を開け、扇風機も回して印刷作業をやりました。


2009年08月17日

ベクトルは上向きです

 きょうは新潟市で県党議員会議でした。明日の公示を前にしてみんなが心を一つにしてがんばろうと、急遽、開催されました。上越市議団は平良木議員の車に乗せてもらって、出かけてきました。お盆前から4人そろうことがなかなか難しく、団会議も開けなかったのですが、きょうは久しぶりに全員集合です。これまでのたたかいでのエピソードなどを出し合いながら楽しく行ってきました。

 会議では県委員長の報告、河邑幹部会員の発言のあと、諸橋長岡市議など6人の議員の先進的な活動報告を聴き、学びました。同じ党員でもみんな個性があって、話し方も様々です。小山新潟市議は、秋葉区のおけるたたかいでは事務局長として頑張っていますが、「みんなで活動する」「みんなで頑張る」ことを重視した結果、同区での活動は広がり、支持拡大の目標が見えるところまで前進してきたそうです。小山市議の言葉を借りれば、「ベクトルは上向きです」。そして事務局長としての任務は弁当の手配が中心となっているので、「私は弁当屋さん」だと言って笑わせていました。いつも決意をみんなの前で披露し、それを確実に行うことで評価の高い渋谷新潟市議は、今後、投票日まで毎日300軒を目標に歩きまわると宣言しました。相変わらず、すごい。

 明日、総選挙が公示されると、このホームページ、ブログでの選挙報道は公職選挙法で一定の制約があります。まわりくどい文章になったりするかも知れませんがお許しください。本当は、候補者同士の論戦の模様などを生々しくお伝えできればいいのですが。早く、公職選挙法を改正してほしいものです。


2009年08月16日

死んだ者に国境はない

 二日続けて心に残る法話をお聴きしました。

 きょうは江口議員のお母さんのお通夜でした。お経を終えて法話をされたのは市内春日新田にある真宗大谷派覚真寺のご住職、藤戸秀庸さんです。

 藤戸さんは、法話の中で、先先代のご住職についてのエピソードを紹介されました。私のじいさんは「悪い」エピソードがたくさんございました。しかし、ひとつだけ、みなさんにお伝えできる良いエピソードがございます。第二次世界大戦の末期、直江津に捕虜収容所がありましたが、そこに収容されていたオーストラリア兵が飢えや寒さなどで60人ほど亡くなりました。その人たちの遺骨を預かるところがなかなかない中で、じいさんは、「死んだ者に国境はない」と言って、本堂の一角に預かったのでございます。時には憲兵がやってきてサーベルをドンと突くことがありましたが、じいさんは動じなかったといいます。

 この話に出てきたおじいさんとはかの有名な藤戸円理さんです。覚真寺という名前を聞いた時、どこかで聞いたことある名前だと思ったのですが、円理さんの孫さんからお話をきかせていただくとは。とてもうれしく思いました。

 秀庸さんはまた、ご自身の娘さんとおばあさん(秀庸さんのお母さん)が一緒にお風呂に入った時の会話も紹介されました。娘さんが10歳、おばあさんが70歳の時といいますから、もう10数年も前のことなのでしょう。娘さんにとっておばあさんは60年も長く生きた大先輩です。背中をゴシゴシやってくれている孫から「おばあちゃん、これまでの人生で一番良かったことは何?」ときかれ、おばあさんは言葉が出てきませんでした。切なかった苦労はたくさんしていて、憶えているけれど、良いことをと言われても思い浮かばなかったというのです。逆に、おばあさんが娘さんに「これまでの人生で一番いかったことはなんだい」とききました。その答えは、「お父さんやお兄ちゃんに出会えたこと」でした。「いのちのつながり」というごく当たり前のことに価値を見出していることに秀庸さんは感動したといいます。この話も心に響くものがありました。

 法話は亡くなられた江口さんのお母さん、キクさんの話が最初と最後に入っていて、故人をしのびながら参列者が自らの人生を考える構成になっていました。こんな風に話が出来るようになりたいものです。

 


2009年08月15日

法要、菅井稔作品展

 心に残る何かいいことがありそう。きょうは、そんな予感がぴたりと当たりました。

 親戚・精米所のお父さんの35日法要が終わって墓へ納骨する時でした。お昼ちょっと前の時間帯。墓のある小高い広場には大きな杉が数十本の枝を大きく広げて立っています。ヤブハギの花がすぐそばで咲いています。アブラゼミが賑やかに鳴き、ツクツクボウシがリズミカルな鳴き声を聞かせてくれます。
 骨を入れ終わると、亡くなったお父さんのお連れ合いが「これ、入れなきゃ」と小さな孫さんから寄せられた1通の手紙を広げ、読んでくださいました。「おじいちゃん、病気とのたたかいたいへんだったね。(中略)ぼくは橋爪という名を未来につなぎます」納骨に参加できなかった孫さんがおじいちゃんに出した最後の手紙です。直前にお寺の坊さんから、命をつなぐことをテーマにした法話をお聴きしたばかりです。親から子へ。子から孫へと伝わっていく命を感じました。

 法要、納骨、お斎とすべてが終わったのが午後3時前。お酒もいただくので、その後はゆっくり休もうと決めていました。妻に頼んで妙高市新井まで連れて行ってもらいました。町議時代にたいへんお世話になった菅井稔さん(上越市在住)が流木などを使った作品展をやっているというので、そこへ出かけたのです。「黙々と 木の魂の 声をきく」がテーマ。重度のうつ病とのたたかいなかで出合った流木は彼に前向きに生きることを教えてくれたといいます。菅井さんは流木に「新しい命」を見つけ出し、本来もっているその木の美しさを引き出すために、毎日、削り続けました。「歩く時は下を向いて歩かない。しっかりと前を向いて人の顔を見ながら歩いています」。彼の言葉をきいてうれしくなりました。
 会場では流木を使った作品だけでなく、彫刻の世界に入った初期の作品も並んでいました(画像)。どの作品にも「いのち」があります。力強さがあります。作品展はJR新井駅から徒歩3分の「スタジオゼロ」で9月2日まで開かれています。時間は午後1時から6時まで。ただし、木、金曜日はお休みです。土日は作者もいるそうです。ぜひ訪ねてみてください。

 途中、1時間ほど歩いてきたので、家に戻ったのは午後7時半過ぎ。いい話を聴き、いい作品と出合い、いい汗をかきました。


2009年08月14日

わが家の印刷機はいよいよ限界か

 「あと80枚ほどで日曜版折り込み分の印刷は終わり」というところで、印刷機が突然止まってしまいました。どうもヒューズが飛んだらしい。このところ調子が悪いわが家の印刷機も使用限界かもしれません。こうもトラブルが続いたんではまいります。修理を頼むにもお盆休みで駄目。結局、市政レポート最新号の残りの印刷は上野議員のお店でやらせてもらいました。

 市政レポートの印刷が終わってからは、「しんぶん赤旗」日曜版のポストおろし、配達、盆礼まわりで夕方7時まで動きました。初盆だということで、お参りに来て下さる方の数はいつものお盆よりかなり多くなっています。父も喜んでいることでしょう。明日は親戚の法要です。次男が帰省していますが、この調子だと、一緒に食事もすることなくバタバタとお盆が終わってしまいそうです。

 市政レポート1410号を掲載しました。ごらんください。


2009年08月13日

もうススキの穂が

 青空は昨日一日だけだったのでしょうか。この夏はいい天気がなかなか続きません。

 きょうからお盆です。わが家は初盆ということもあって、2日ほど前からお客が続いています。しばらく会うことのなかった従弟も来てくれました。この春から橋爪一族は父を含めて4人が亡くなりました。家にいてお客を応対するのは母などにまかせ、私は親戚へ出かけお参りするようにしています。

 わが家のお墓は20数年前まで住んでいた尾神字蛍場にあります。車で10数分です。きょうは朝のうちに花たてやロウソクたてをもって墓場まで行き、花を入れ替えてきました。昨日、気がついたのですが、すでにススキが穂を出しています(画像)。それにミンミンゼミがとても賑やかでした。お盆にミンミンはよく似合いますね。

 今年のお盆は総選挙直前です。時間を作っては後援会ニュースの配布の準備などをしています。


2009年08月12日

真夏の火事にびっくり

 梅雨明け宣言後初めてと言ってよいでしょう、真夏の太陽が照りつけ、気温はぐんぐん上昇しました。

 朝8時過ぎ、そろりと家を出ようかという時間に原之町で火災発生という連絡が入って、現場に急行しました。火災はSさん宅の作業場です。わが家から2分ほどでしたので、到着した時は煙が高く上がり、その後、赤い炎がグワッと広がりました。すぐそばの住宅に移りはしないかとひやひやしましたが、頸北消防署、消防団がくい止めました。現場のそばのガードレールは熱風で熱くなり、一時、触れませんでした。放水を受け、作業場から市道へ流れ出た水は水というよりも熱湯でした。指を入れることができませんでした。

 お昼過ぎからは10日に亡くなったNさんの葬儀です。Nさんは元酪農家です。酪農組合のまとめ役としてよく仲間の面倒をみてくださった人でした。30年ほど前、私が牛舎で病気を出した時にはすぐに駆けつけ、仕事を手伝ってもらいました。妻が勤務先から戻ってきた時、Nさんは、「かあちゃんが来れば治る」と言って、布団に入って寝ていた私を励ましてくれたものです。この時の話は『幸せめっけた』(恒文社)にも書きました。酪農をやめても時々わが家の牛舎にやってきては牛たちの様子を見に来て下さいました。根っからの牛飼いでした。行年77歳。Nさん、父に会ったら、おまんちの家族はみんな元気だと伝えてくださいね。

 午後からは3時間ほどかけて選挙ハガキを出す対象者名簿の整理をしました。亡くなっている人、入院した人、介護施設に入った人などがたくさんいるのにはびっくりでした。整理が何とか終わって、夕方から宛名を書いてくださる人へハガキを渡す作業を始めました。お盆休みとはいえ、仕方がありません。「もう少しがんばればよかった。惜しい結果だった」ということにならないように、みんなで頑張りたいと思います。

 トップページの写真、入れ替えました。稲の穂がはっきりとわかるかと思います。ごらんください。


2009年08月11日

議会基本条例検討委員会など重要会議が連続

 朝から夜まで3つの重要な会議が続きました。中山間地対策特別委員会、議会基本条例検討委員会、総選挙決起集会です。

 中山間地対策特別委員会は条文案を持ち寄っての話し合いです。私の所属する分科会の担当は前文と目的、いまひとつの分科会は2条以下全部ということになっていました。これまで数回やってきた話し合いでのキーワードを思い浮かべながら、条例全体がどうなるかにも目を配りつつ、まとめていく。なかなかむずかしいですね。きょうの会議で前文については3つの案のいいところをとってひとつにしぼるよう求められました。なぜ中山間地振興条例(仮称)を制定するのか。よりわかりやすく、条例の全文を読んでみたくなるような前文に仕上げてほしい。この宿題は重い。

 議会基本条例検討委員会。きょうは各章の名前を決め、その中に盛り込む条項の検討作業を全員で行いました(画像)。約2時間にわたる会議の中で一番盛り上がったのは、「市民と議会の関係」という章のなかに「議決責任」を盛り込むかどうかでした。議会基本条例に「議決責任」を最初に書き込んだ会津若松市議会は行政に執行責任があるように議会には議決責任があるとしています。議決にあたっては、与党だから、野党だからと簡単に態度を決めない。市民にきちんと説明できるように責任を持つ。これは重要ですが、どういうかたちで、どこまで責任を持つのかという点はまだ検討が必要だということになりました。

 きょうの議会基本条例検討委員会では市民の傍聴もありました。2つの委員会を終えてから思ったのは、条例原案がまとまってから市民のみなさんの声を聴いて案をまとめることも大事だけれども、条例の制定過程を伝え、意見や注文をもらえるようにする工夫が必要だなということです。きょう、検討した条項で言えば、「広報広聴」という分野です。委員会に提出された資料や会議録を回ごとに市議会のホームページに載せていく。最低限、これはやるべきかと思います。

 夜の総選挙決起集会はお盆前にもかかわらず、大勢の人たちが参加してくださいました。志位委員長の報告をDVDで視聴し、地区常任委員が方針提起。選挙ハガキ大作戦、後援会ニュースの活用などたくさんの課題が出されました。ひとつひとつの課題に取り組むにしても、パソコンなどで行う実務をちゃんとやらないと前に進みません。がんばらないと。


2009年08月10日

議員定数32へ

 午前に各派代表者会議がありました。議題は懸案となっていた議員定数問題です。議会でとった市民アンケートの結果を尊重し、9月議会に定数32で提案したいがどうかというのが議長見解でした。この議長見解についての各派の最終態度表明がきょうの会議で行われました。創風クラブ、市政クラブ、市民クラブなど6会派が議長提案の32を支持、その結果、9月議会で定数を32とする条例改正案を提出することを確認しました。日本共産党議員団はこれまで通り38を、また会派「毘風」もこれまで通りの34を主張しました。

 上越市の議員定数は合併に伴う定数特例で現在48となっています。次期定例市議選では特例はなくなりますが、合併前の上越市の条例では定数30となっていました。合併により人口も面積も大きく増えた中で、新たな定数条例が求められていました。私たちの議員団では、合併により東京都の面積の半分にも匹敵する広大な市域となっていること、市民の多様な考えを反映できる定数が必要なことなどから法定数通りの38にするよう主張してきました。しかし、毘風と私たちの議員団を合わせても10人ですので、今回の代表者会議の確認により、議員定数は32となる公算が大きくなりました。


2009年08月09日

地元町内会で草刈り

 お盆前にきれいにしたいところは墓場だけではありません。家の中と外、神社境内、集落内の道路と水路もそうです。

 きょうは地元町内会の草刈りが行われました。朝は7時半から。町内会で都合のついた28人が草刈機を持って参加、ため池の土手、遊歩道、水路、集落内の字道などの草刈りをしました。あいにくの雨でしたが、草刈りの時はお天道様がカンカン照りするよりもありがたい。でも30分くらい仕事をしただけで汗びっしょりとなりました。遊歩道ではミソハギが咲いていました。秋になって咲くリンドウも沢山あります。なるべく切らないように気をつけながら草刈りを進めました。

 草刈りが終わったのは午前10時過ぎ。町内会の会館で懇親会がありましたが、きょうは午後から総選挙に向けた統一行動があるのでガマン、500ccの缶ビールを一本もらって帰りました。午後からは「しんぶん赤旗」の集金とビラ配布でした。久しぶりに訪ねた集落だったこともあって、「今年は初盆でいそがしいだろね」「(共産党の)みなさん、いつも一生懸命なので感心していますよ」などとたくさんの声をかけていただき、対話がはずみました。

 夜、「東本願寺の至宝」というタイトルのDVDを観ました。真宗大谷派のある寺院のご住職からいただいたものです。今春、初めて東本願寺を訪ねていたので、興味深く観させていただきました。この映像の中には明治16年3月12日に発生した尾神岳での遭難事故のことも入っていました。おそらく、今年の3月の報尽碑のお参りのときのものでしょう、知っている人が何人もいてとても身近に感じました。


2009年08月08日

久しぶりに墓掃除

 「お盆は13日からで、墓参りもその日から」そう思い込んでいたのが間違いだったようです。きょう、「しんぶん赤旗」日曜版の配達の途中、わが家の墓へ行ってみたら、すでに花がいけてありました。真新しいロウソクも2本ありました。どなたかがお参りに来て下さったのです。12日までに墓掃除をしておかねばならないと思っていましたから、あわてて家に戻り、草刈機を自動車に積んできて掃除をしました。

 墓掃除は10年、いやもっとしていなかったかも知れません。わが家が平場へ引っ越してから、ほとんど蛍場の親戚、井戸尻のお父さん、お母さんがやっていてくださったのです。その二人が5月に不慮の事故でなくなり、墓掃除は私がしなければならなくなりました。わが家の分と井戸尻の分、30分ほどかけて掃除をしました。今年はわが家も井戸尻も初盆です。親戚などの人たちがお参りに来られると思いますが、これで一安心です。

 きょうは日中、「しんぶん赤旗」の配達と集金活動に精を出しました。昨日のうちに帰省された人もおられ、なかには毎日、私のホームページを訪問していてくださる方もありました。尾神岳の写真を見るのが何より楽しみだとか。初盆なので、「これ、お父さんのとこにあげて」とユリの花をくださる方、果物をくださる方が何軒もありました。ある家では懐かしいシソジュース(画像)をいただきながら、母の体調のこと、選挙のことなどたくさん話をしました。


前文(案)の検討

 また、朝の発信となりました。深夜に頑張って原稿を書くことがなかなかできなくなってきています。

 昨日の午前は中山間地対策特別委員会の打ち合わせでした。中山間地振興条例(仮称)の前文と目的の(案)を作成することを要請された委員、3人でそれぞれ案文を持ち寄り検討しました。条例制定の趣旨や目的をわかりやすくまとめようと思っていたのですが、3案とも持ち味があって捨てがたく、他の委員に意見を聞くことになりました。中味をちょっぴり紹介しようと思っていたのですが、資料を市役所に置いてきてしまいました。

 午後からは「しんぶん赤旗」日曜版の配達と市民アンケートなどの配布です。雨が降っていて、はかどりませんでした。一昨日が広島への原爆投下の日だったこともあって、二人の人から1945年5月の直江津空襲の日の出来事を教えてもらいました。原之町に住んでいた一人の方は、爆撃機は尾神岳の方までいったん行き、そこから直江津に戻って爆撃したといいます。その日のことをよく憶えておられるのでびっくりでした。

 夕方、雨が上がって尾神岳の姿がきれいに見えました(画像)



2009年08月07日

総選挙本番前の打ち合わせ

 市役所からの発信です。昨日は新潟6区内の日本共産党議員、代表者が集まっての打ち合わせでした。上越市、糸魚川市、妙高市、十日町市、津南町のメンバーが一堂に会しての活動報告、意見交換、そして総選挙本番に向けての方針の確認です。いずれのメンバーも地方選で躍進し、これまでになく勢いがあります。これまで入会してもらった後援会員数は得票目標を越えています。これに自信を持って、みんなで頑張れば躍進できると思いました。それにしても十日町市の村山市議の話、いつも心に響きます。6区内の他地域の組織に負けないでがんばらなくては。

 休憩時間にはいろいろな情報交換ができました。十日町市松之山の仲間の情報によると、同地区内の田んぼは標高400から500メートルくらいのところが相当あるといいます。冷夏の影響、とくに先日の低温が響かなければいいがと心配しておられました。梅雨が明けたといってもパッとしない天気が続いていますので、早くスカッと晴れた日が続いてほしいものです。

 ところで、5日の街頭演説会で弁士を務めた衆院比例北陸・信越ブロックの中野さなえさんにメールを送ったら、さっそく返信をもらいました。そのなかで、上越のみなさんから温かく迎えてもらったと感謝の言葉がありました。そして、もうひとつ、私のHPに掲載している野の花の写真をときどき見ていてくださるということも書いてありました。うれしいですね。じつは、この中野さん、花の絵がとてもお上手なのです。中野さんのHPにはギャラリーもありますので訪問してみてください。

 


2009年08月05日

街頭演説会と囲む会と

 梅雨が明けたというのに、どんよりとした雲。きょうは一日中、むし暑い日となりました。午前は地区委員会から急遽依頼された文書の印刷で約3時間汗をかきました。お陰様で印刷機は何とか復旧できたのですが、いつこわれるか心配しながらも無事印刷を終えることができました。私の事務所の印刷機は購入してから6年目、これまで220万枚を超える印刷をしてくれています。

 さて、午後からがたいへんでした。2会場で「橋爪法一を囲む会」を開催しましたが、この間に直江津での街頭演説会をはさんでいます。最初の会が終わって車を走らせ、直江津へ。かに池公園前の街頭演説で車の上にのぼったのは初めてです(画像)。夕方ということもありますが、すごい車の数でした。今回の弁士は橋本正幸さんとのっぴきならない用ができた山口のりひささんに代わって比例代表の中野さなえさんが務めました。中野さんは国政選挙は何回か立候補されています。「自公政治のお年寄りいじめには義も愛もありません」との訴えには優しさとともに力強さを感じました。街頭演説会後、再び車で移動、二つ目の囲む会の会場へ行きました。夕食は車中でのおにぎり3個。終わって家に戻ったら、9時前になっていました。

 囲む会は、総選挙が近い中での開催です。市政と国政の関係に触れながら話をさせていただきました。そのせいか、懇談のなかでは、「身近な公共事業の中にもこれでいいのかと疑問に思うケースがある。無駄をなくして介護や医療にカネを回してほしい」「国保税が昨年より倍になって、びっくりして市役所に連絡した。もし下がらないようだったら助けてもらいたい」などといった発言が相次ぎました。

 今回、囲む会でスライドに採用した野の花は3日に撮影したばかりのツリガネジンジンです。「これって、何の花?」と訊かれたので「ノノバですよ」と答えたら、「こんなにきれいな花があるんだ」とみんなびっくりした様子でした。今回も、野の花は好評でした。


2009年08月04日

5日午後5時半から街頭演説会

 ようやく本格的な夏になりました。こちら新潟も梅雨が明けたそうです。午前中は首にタオルを巻いてビラ配布、午後からは会議の連続でした。行動中、介護問題などで生活相談が2件寄せられ、その件でも動きました。

 お知らせを二つ。

 明日(5日)は午後5時半から、上越市のジャスコ近くのかに池公園前日本共産党の街頭演説会です。新潟6区の橋本正幸氏と比例北陸信越ブロックの山口のりひさ氏が訴えます。お近くの方はぜひお出かけくださいますようお願いします。

 先日の越後よしかわやったれ祭りの写真、数枚と若干の説明文を日本共産党文化後援会に送ったところ、文化後援会のホームページの「季節の風景」に掲載していただきました。写真はスライドショーでご覧いただけます。訪問してみてください。
 
 


2009年08月03日

橋本さんと街頭から訴え

 久しぶりに青い空を見ました。空気もじつにさわやかです。きょうは午後から衆院新潟6区予定候補の橋本正幸さんの宣伝カーに旧大潟町議会議長の後藤紀一さんと乗り込み、街頭宣伝に出ました。

 宣伝箇所は吉川区、柿崎区、大潟区。選挙になれば時間に追われてなかなか入れない山間部を中心にまわりました。月曜日は病院通いの人が多く、外には人はいないのではと思ったのですが、みんな働き者ばかり、畑仕事、田んぼの草刈に精を出す人がたくさんいました。柿崎区の山間部では共産党の宣伝カーが入ったのは県議選以来です(画像)。手をあげてくださる方が何人もいてうれしかったですね。橋本さんもこうした激励に気を良くして、演説にも力が入っていました。写真は黒岩で撮ったもの。雲がかかっている山は米山です。

 柿崎区の旧下黒川農協前の空き地での街頭演説。橋本さんは、いま話題となっている日米自由貿易協定(FTA)に言及。民主党のいうFTAによって米国の安い農産物が日本の市場に流入すれば、米や牛肉などの価格の暴落は避けられず、農業に壊滅的な打撃を与えることは必至と訴えました。そしてこの問題で自民党が批判をしていることについてもふれ、「そもそも今の食料自給率を40%まで引き下げた根本原因は農産物自由化方針をとってきた自公政治にある」とのべました。

 事前連絡なしの演説にもかかわらず近所の人たちが聴き入り、通行中の人たちが手を振ってくれます。後藤さんは「車を運転している人の2人に1人は手をふってくれた。この反応の良さはなんだろう」と言っていました。演説を聞いていたお母さんが最後に言った言葉は、「もう自民党じゃ駄目さね」でした。


2009年08月02日

ツリガネニンジン咲く中、選挙準備

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 午前中、党支部のみなさん、後援会のみなさんと市民アンケート配布の準備作業に精を出しました。アンケート用紙と返信用封筒をホッチキスで閉じる単純作業でしたが、2時間ほどかけて、総選挙の動き、市長選の動きなどを語り合いながら楽しくやりました。

 午後からは「しんぶん赤旗」の集金、後援会員のところへの訪問活動でした。総選挙が近づいてきて、皆さんの関心もかなり高まってきた感じがします。「おまんたに頑張ってもらわんと、これからは暮らしていかんねくなる。市長選も衆議院も頑張ってくんない」と励まされました。山間部では、私が大好きな夏の花、ツリガネニンジン(上の写真)とソバナ(画像)が咲いていました。


2009年08月01日

越後よしかわやったれ祭り、今年も大成功

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 たいしたものです。わがふるさとの人たちの力はすごい。第11回越後よしかわやったれ祭りは今回も大成功でした。心配した雨雲もどこかへ行き、会場である原之町商店街には山から里から祭り好きの人たちがどっと繰り出しました。人口5000人ほどの町で千数百人の人たちが集まったのです。間違いなく、やったれ祭り史上最大の人出となりました。

 この祭りのシンボルとなっているのは稲穂竿灯です。透明のペットボトルとロウソクと竹竿を使って稲穂を表現したこの竿灯、今年は実行委員会のメンバーのみなさんだけでなく、吉川小学校の児童も参加して400本を作製しました。商店街の電灯が消された時、稲穂竿灯の2000個のロウソクが見事な光の風景をつくりだしました。今年は冷夏で、戦後もっとも日照が少ないと言われています。豊作を祈念したこの祭りを契機に、ギラギラした真夏の太陽が稲に、野菜に、果樹に降り注いでくれればうれしい。

 祭りの盛り上がりは自分たちが住んでいるふるさとを良くしたいという思いが束ねられるかどうかで決まります。2か月も前からコツコツと稲穂竿灯づくりをしてきた人たちがいて、それを物心両面で支えた人たちがいました。こうした頑張りがあるから、全国で唯一の稲穂竿灯祭りができます。そして、今年も全町内会から家内安全と豊作祈願の火が集められました。秋のトキめき新潟国体の炬火も祭りの会場で灯されました(画像)。子どもたちの神輿や竿灯神輿はまた増えました。毎回増え続けています。さらに、河沢町内会の江村康成さんがチェンソーカービングで参加してくれました(画像)。チェンソーで丸太を彫刻し、作られた熊とフクロウは中央ステージ前に飾られ、これも盛り上げに貢献しましたね。

 今晩の祭りで再認識したことがあります。元気のいい祭りには音があります。生き生きした人間の声がある。ドドンガドンドン、ドドンガドン。会場では太鼓の音が参加者の心を揺さぶり続けました(画像)。子どもたちの歓声や若者たちの威勢のいい声が胸に響きました(画像)。そうそう、レコーダーを持って行けばよかったなあ。文章では伝えきれない、素晴らしい音や声をみなさんにも聴いてほしかった。


また、印刷機トラブル

 また、朝の発信となりました。昨日は予定が次々と狂い、パニック状態になってしまいました。

 最大のきっかけは印刷機のトラブルです。まず、市政レポートの印刷で思うように印刷できなくなり、「しんぶん赤旗」日曜版の配達のスタートが1時間以上も遅れました。印刷機のトラブルはこの時だけではありませんでした。午後、市長選の対応で動いて、私の事務所に戻って別のチラシの印刷を始めました。1万枚印刷予定のところ、6000枚ほど印刷したところでまたトラブルが発生、まったく印刷できなくなりました。業者と連絡がとれたのは午後6時過ぎ、器械が元に戻るのは早くて来週の月曜日とのことです。

 というわけで、印刷できずじまいとなった市政レポートは上野市議のお店まで出かけ、午後7時15分頃までかけて印刷しました。地区委員会から頼まれた印刷物の残り約4000枚は月曜日以降の印刷となります。

 昨日は総選挙関係の会議も夜遅くまで行われました。新潟6区の予定候補の橋本正幸さんもフル回転です。きょうから、街宣、ビラ配布、会議といままで以上にハードなスケジュールとなります。

 きょうは「越後よしかわやったれ祭り」の日です。このまま雨が降らないでいてくれればいいのですが。


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