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2005年11月投稿分

2005年11月30日

銀行ATM設置で注文

 月末です。午前は党の仲間になってほしい人を訪ね、対話を重ねてきました。午後からは市役所でした。厚生常任委員会主催で、さいがた病院の触法病棟問題講演会が開かれ、それに参加してきました。講師は松枝病院長。内容は前回聴いたものとほぼ同じ、地域住民の関心の高まりもあり、厚生常任委員以外の議員も大勢参加していました。講演後の質疑などを聞いていると、12月議会でも活発な論戦になりそうな気配になってきました。
 夜は34会場目の囲む会でした。下水管や水道管の埋めてある市道の陥没とその対応をめぐり、にぎやかな話し合いになりました。区内では春に一度直したものの、また陥没が各地ではじまっています。総合事務所では、本格的な冬を迎える前に対応するとしていますが、私がまだ知らなかった場所での陥没を聞き、区内での広がりが予想以上なのには驚きました。今晩の会場では、除雪、水害対策でも具体的な注文がいくつも出ました。
 新たな情報としては、総合事務所内に設置予定の第四銀行ATMについて、利用時間が午後5時までで、土日、祭日は利用できないことを参加者から教えてもらいました。これまで原之町にあった同銀行のATMは、利用時間帯も利用できる日も、もっと余裕がありました。農協のATMは同じ総合事務所にあっても、建物の外から利用でき、利用日、時間とも便利になっているので、不満の声が出るのは当然です。教えてもらった利用時間などがコミュミティプラザが整備されるまでの暫定的なものかどうかなど事実関係を調べてみたいと思います。
 また尾神岳が白くなりました。いつもの例だと、この次は平地でも雪になります。


2005年11月29日

臨時議会

 天気は荒れそうだ。その情報どおり、強い風が昨晩から吹きました。気温が下がらなかったからいいものの、下がれば確実に雪です。きょうは、朝のうちにタイヤ交換をしました。スノータイヤは6月の水害で水につかったので片付けたのですが、私の軽トラ用はあったものの、長女の乗用車用のタイヤがなかなか見つかりませんでした。それで時間がかかり、総合事務所に立ち寄ってから市役所本庁へ行く予定がくるいました。ともあれ、冬仕度はもう待ったなしです。囲いなど、いつ雪がやってきてもいいようにしておかないと……。
 きょうの午前は、臨時議会でした。人事院勧告に基づく職員給与の改定を実施するために、一般職の職員の給与に関する条例の一部を改正する条例や補正予算が提案されました。今回の条例改定は、行政職給料表を一律0.3%引き下げる、扶養手当を500円引き下げる、期末手当を0.05ヶ月引き上げるの3点です。最近の公務員攻撃の中でどう対応するか、昨日の議員団会議で議論したのですが、
組合との合意があることなどを考慮し、賛成しました。
 午後から、議運、さらに代表者会議と続き、その後は議員団で12月対策の会議を行いました。きょう配布された行政側の資料を見たら、先日、アスベスト対策の一環として議員団で提案していた、健康診断への助成が盛り込まれていました。また、3月議会で豪雪対策のひとつとして党議員団などが提起していた要援護世帯の除雪費補助の要綱改定もありました。市民の暮らしを守る課題で、このような施策の前進があるとうれしいです。
 夜は、激しい雨とカミナリの中、33会場目の囲む会を実施しました。運転免許証の更新、防犯灯設置などについて要望が出されました。先日の少女殺人事件以後、防犯に関する話が多く出るようになっているので、きょうの囲む会の前に小中学校での対応について調べておきました。部活などで遅くなった場合に、防犯ベルを持たせるなどの手立てがとられていることを知りましたが、保護者の皆さんの中には、このことを知らない人がいるようです。


2005年11月28日

無題

 朝、牛舎内の糞を一輪車に載せて外の堆肥舎に運んでいる間は、戸を開けています。この間、10分くらいでしょうか。最近、この時間帯に仔牛が外へ出るようになりました。最初は恐る恐る、外の様子を眺める程度でしたが、ここ数日は、外へ出て飛び跳ねて、また牛舎の中に入ります。とても楽しそうなので、遊ばせてあげています。こんなことができるのはもう少し先までです。その後は母牛と分離させなければなりませんので、ハッチに入れるか、つないでおくかの選択を迫られます。
 きょうは午前から夜まで、会議の連続でした。定例の議員団会議では、12月議会にむけて何をとりあげるか、党大会の成功を目指す大運動をどうすすめるか、などについて話し合いました。会議の後、3人で直江津港へ出かけ、遊魚船問題を考えるために調査をしました。漁船などをそばで見たのは初めてです。船底の構造などを見て、良くできているもんだと思いました。党地区委員会の拡大常任委員会では、大会決議案の読了と討議、党勢拡大を中心に議論しました。
 明日は臨時議会、12月議会は7日からです。市議会での4回目(議員としては通算107回目)の一般質問の準備もしなければなりません。忘年会は先週からはじまっていますが、議会の会期中は遠慮し、議会に集中したいと考えていますので、ご理解いただきたいと思います。囲む会も、議会がはじまれば休みます。まだ行っていない集落も必ず出かけます。よろしくお願いします。
 「私の好きな風景」に「雁行」を載せました。


2005年11月27日

パソコンがおもしろくなりそう

 この日曜日にやっておきたいと思ったことがいくつかありました。その1つは、スキャナを使えるようにすることでした。じつは、もう2週間ほど前に購入していながら設置していなかったのです。きょうは、午後から、この作業をやりました。これで普通のカメラで撮った写真や紙で作成された議会資料を取り込むことも可能となりました。どんどん使って、早く覚えようと思います。
 もう1つ、パワーポイントで作成した資料をもう少し加工して見やすくすることです。これも、前々からそう思いながら、なかなか実現できずにいました。きょうは何枚かのスライドにアニメーションを導入して見ました。他人がやっているのを見て、「いつかおれも」と思っていたのですが、意外と簡単なのにはびっくりでした。アニメーションは画面が動的になるので、見ている人を引きつけます。いろんな効果を試して楽しみました。
 予定したことを2つもできたことで気分は上々、152円の発泡酒もいつもより美味しく感じました。今週の囲む会では、きょうの成果を発揮できるはずです。出かけるのが楽しみになってきました。外はカミナリが鳴り、強い雨が降り続いています。冬の足音が近づいてきた、そんな気がします。風邪をひかぬよう気をつけてがんばりましょう。


2005年11月26日

今年もサケがやってきた

 後援会員のTさんから電話をもらったのは昨日のことでした。「橋爪さん、いま、どこ?」「どうしたの?」「いや、すごいものをみたよ。サケがいるんだ、こんなところに」こんな会話をしたのですが、その時、Tさんは囲む会の案内ビラを配布中でした。近くの用水路でバチャバチャと音をたてていたサケを発見し、びっくりしたらしい。私が発行する地域政治新聞に載せたらどうかと知らせてくれたのでした。私が吉川区にもサケが溯上することを知ったのは20数年前です。実際に溯上するところを見たのは隣の柿崎区の上小野という集落の近くの橋の上から。初めて見た人は、みんな、感動するんですね。Tさんは、きょう、お連れ合いを誘ってサケの溯上するところを見に行ったといいます。
 さて、きょうは、この時期にしてはめずらしく暖かい一日でした。14~15度はあったでしょう。車の暖房もいりませんでした。畑で採れた白菜、キャベツを親戚に運ぶ。「しんぶん赤旗」日曜版の配達集金をする。須坂市から持ってきてもらったりんごを配達するなど、忙しく動き回りました。夜の囲む会では、最近発生した少女殺人事件のことが話題になり、学校での防犯対策はどうなっているかなどの質問が出ました。一緒に行った後援会の人と、「集落に入ると、ほんとにいろんな話が出る。勉強になるね」と話ながら帰りました。


2005年11月25日

小川未明文学賞贈呈式

 忙しい金曜日でした。市政レポートの作成、「しんぶん赤旗」日曜版の仕分け、配達、集金、そして市役所本庁へ。朝から夕方までバタバタと過ごしました。ゆっくりできたのは夕方からの小川未明文学賞贈呈式でした。
 小川未明文学賞贈呈式は今回で14回目。郷土出身の児童文学者の名前がついた文学賞はすっかり定着しました。選考委員のひとり、砂田弘さんによると、今回の応募作品のレベルはこれまでになく高く、甲乙つけがたかったとのことです。うれしかったのは、最終選考に残った10編のなかに上越市在住の人がひとりいたということでした。杉みき子さんに続き、地元から児童文学作家がまた出てくるかもしれません。楽しみですね。
 受賞者の挨拶の中で、優秀賞を獲得した小川直美さんの言葉が心に残りました。昨年お産をしたばかりという小川さんは、「育児と書くことは似ている。書くことは地味で、コツコツと書いていかないと、後で『何だ、これは』という作品になりやすい」と語りました。最近の私の原稿の書き方を批判されているようで、いい勉強になりました。
 さて、受賞式の後にコンサートがありました。まず十日町市松代に20数年間住んでいるというボイコ・ストヤーノフさんがピアノ演奏をしました。そして、その後は井上昭子さんが『島の暮れ方の話』を朗読し、ボイコ・ストヤーノフさんが様々な楽器、音の出る小道具を使ってそれに合わせる、これがまた見事でした。市役所の文化振興課長に聞いたら、井上さんの朗読のテープをストヤーノフさんが聴いて、アレンジされたとのことでした。きょう、井上さんと会って、練習なし。それなのに、朗読された文のイメージとぴったりの演奏でした。もう一度聴いてみたいと思いました。


2005年11月24日

1800年前の世界

 きょうは午前中、文教経済常任委員会の管内視察でした。先日の全員協議会で説明のあった釜蓋遺跡の現地を見て認識を深めることが主要な目的でしたが、近くの吹上遺跡、斐太遺跡にも足を運びました。釜蓋遺跡については、まだ全容が分かっていませんが、敵から集落を守る環濠(かんごう)の半分以上が確認されています。各委員は生涯学習課小島副課長の説明を一言でも聞き漏らすまいと真剣に聞き入っていました。同遺跡はこの地方の物流の拠点だった可能性があるといわれています。すぐそばには川もあったらしく、それとのつながりの中でこの集落が当時、どんな役割を果たしていたのか、環濠がどんな形で広がりをみせているのか、興味深いですね。
 国指定となる見込みの吹上遺跡を訪れたのは二度目で、斐太遺跡は初めてでした。妙高市の北部にあるこの遺跡は、標高70~80メートルの小高いところにある集落跡で、ここにも環壕(かんごう)が掘られていました。もっとも、ここは水を溜めるほりではないので、同じ「かんごう」でもこちらは環壕と書くのだそうです。びっくりしたのは竪穴住居です。1800年くらい経っているというのに、ここの住居群の中の多くは、その跡が全部埋まりきっていないで、浅い窪みとして目で確認できるのです。ひとつの竪穴住居を見た時(写真)、長い年月を経ても、あまり形を変えないで残ってきたのはどうしてかと不思議でなりませんでした。現地は、どんぐりの実がたくさん落ちていました。春にはカタクリの花が咲き乱れるところといいます。1800年ほど前、それも50年ほどの短い期間だけ、ここに100軒ほどの集落があって、当時の頸城地方の権力者が住んでいたらしいのですが、どんな暮らしをしていたのか、なぜその集落が長く続かなかったのかなど、知りたいことが次々と出てきました。
 午後からは文教経済常任委員協議会でした。現在直江津港の岸壁に一時係留している遊魚船の行き場問題で説明があり、議論をしました。ただ担当課が示したのは一枚のペーパーだけで、これまでの経過説明は書かれていない、問題点の整理も十分されていないものでした。これでは何を話し合ってほしいのか分かりません。これまで上越市議会の審議では丁寧で、分かりやすい資料が出されていただけに、今回の資料の作り方、提示の仕方には疑問を感じました。
 夕方からは文教経済常任委員と教育委員会幹部職員との懇談会でした。遺跡の問題、これまでの委員会審議、合併後の学校教育などについて意見を交わすことができ、有意義な会となりました。


2005年11月23日

「時局と党を語るつどい」

 昨日に続いて、きょうもいい天気でした。休みの日に晴れるのは、今年中にあと何回あるでしょうか。あちこちで、冬囲いや畑仕事をしている姿を見ました。午前は囲む会の案内ビラなどを40枚ほど配布しました。1時間ちょっとあれば終わると思っていたのですが、終わってみれば、3時間近くかかっていました。配布中に、生活相談があったり、市政に関する質問をされたりするケースが3件ほどあって、時間がかかりました。うれしい悲鳴です。
 午後からは、三条市で開かれた日本共産党市田書記局長の「時局と党を語るつどい」に参加してきました。講演も良かったですが、質問に答えてのトークがものすごく良かった。真理は必ず多数になる、自己肯定感情を持つことが大切だ。羅針盤を持って生きれば、高級化粧品を使うよりも若返る。生きるヒントを次々とくりだされるので、一生懸命メモをとりました。お母さんについての話は今回初めて聞きました。これも良かった。市田さんのお母さん(故人)は、8人の子どもを産み、そのうち4人を戦争がらみで亡くしました。80歳の時に入党したといいますが、入党前の一時期、党の活動をなかなか理解しようとしなかったそうです。そのお母さんの遺品の中に、市田さんは京都の党組織の地域新聞の切抜きをいくつもみつけました。切り抜きには、当時、党地区委員長をやっていた息子(市田さん)の活躍ぶりが載っていたのです。ふだん、新聞を読まないのに、私の発行しているビラだけはよく読む父のことを思い浮かべ、胸が熱くなりました。
 「橋爪法一を囲む会」は今晩で31会場目になりました。総参加者数は、もうすぐ300人を突破します。きょうは参加者数は少なかったものの、質問や要望がたくさん出て有意義な会となりました。ガードレールなどの安全施設や市道の修繕は合併前の上越市の方が対応が早いのではないか、福寿荘でボヤが発生してから土日、祭日の使用ができなくなった、来年4月まで待ってくれと言われている、もっと早くしてほしい、などの質問、要望については早急に調査して区の総合事務所につなげたいと思います。
 尾神岳の写真入れ替えました。小さい写真なので見えないと思いますが、柿の木にはオレンジ色の数個の実がついています。きょう、初めて気付きました。


2005年11月22日

一枚の大きな紙

 党議員団が市役所幹部を講師に具体的なテーマで学習会をやる、前々から考えていたことがようやく実現できました。今回は、農地改革以来の大改革といわれている経営所得安定対策大綱にどう対応するか、介護保険制度改革をどうみるか、の2つがテーマです。担当課長、係長から協力してもらい、午前の部、午後の部に分けてやりました。党議員団としては初の試みでしたが、初歩的なことも学べる、市としての施策のあり方についての議論もできるとあって、とてもいい学習会になりました。
 経営所得安定対策大綱は先月に発表されたものです。水稲作付け面積が市レベルでは全国で2番目という上越市にとっては、これの対応次第では市農業、農村集落をとんでもない方向にもっていくことになる大問題です。小規模な兼業型稲作経営をつぶし、一部の大規模農家や農業組織に農地を集積しようとする農業分野での構造改革、郵政で「自信」をつけた小泉首相、今回は本気です。平々凡々としていると稲を作ってもカネにならないばかりか農地を手放すことになる。平場もたいへんですが、中山間地はなおたいへん、このまま一気に農地の荒廃、農業離れがすすむ可能性が大きいとあって、市の幹部が真剣に取り組んでいることがよく理解できました。どうしたらいいか、みんなで知恵を出さないといけません。
 介護保険制度もまた大きく変わろうとしています。これも制度の仕組みなどについてよく勉強していかないとついていけません。党発行の『議会と自治体』誌の最新号では特集を組んでいるくらいです。これまでと何がどう変わるのか、一目で分かるものがあればいいんだがな、と思っていたところ、介護保険課長が資料とともにプレゼン用に一枚の大きな紙を持ってきているので、驚きました。みんな同じことを考えているんですね。高齢者を「自立した生活ができる人」「要支援・要介護状態になるおそれのある人」「要支援者
( 現行の要支援者と軽度の要介護者)」「要介護者」に分け、どんなサービスを受けられるか、この紙に基づいて説明してもらいました。たった一枚の紙でしたが、おそらくここに到達するまでに何度も作り直したものと思います。それにしても分かりやすかった。


2005年11月21日

除雪ブル初出動

 たぶん、昨日のことだと思いますが、吉川区上川谷で積雪が15センチにもなり、ブルが初出動したそうです。きょうは朝、自動車のガラスが凍りました。この冬、一番の寒さだったのでしょう。その代わり、夕方まで青い空が広がりました。市役所の議員控え室からは、中越の駒ヶ岳、八海山等も見えました。山が好きな杉本議員から、白くなった山を一つひとつ教えてもらいましたが、市役所から中越の山々まで見えるということを初めて知りました。感動です。
 午後の建設企業常任委員協議会でのテーマのひとつは今冬の除雪計画でした。車道除雪は、原則として10センチ以上の積雪になった時に除雪車が出動することになっていますが、地形条件などにより柔軟に対応すると説明がありました。歩道の除雪は、これまで20センチ以上の降雪があった場合に出動でしたが、今冬からは、10~15センチ以上に達した時に出動すると変わりました。除雪計画は昨年より一歩前に出ました。委員協議会では、高齢者、障害者など要援護世帯の玄関前除雪、狭い道路における小型除雪機無償貸与などについて質問が集中しました。
 委員協議会が終わってから、党議員団の3人で、新幹線駅予定地周辺の現地を視察してきました。最初に現地の新幹線建設対策課に行って、まず目に入ったのは航空写真です。これまで何枚もの関係図面を見てきましたが、この写真のように全体像がハッキリと分かるものはありませんでした。その後、駅舎の予定地、周辺道路を視察、そして最後はJAえちご上越和田支店の屋上から東口、駅舎、西口広場予定地をながめました。今回の現地視察でやっと建設計画のイメージがつかめました。やはり、現地に入り、いろいろな角度から見る、これが大事ですね。
 夜は吉川区まちづくりトークでした。市役所の農林水産部長、健康福祉部長、企画・地域振興部長などが出席し、市の施策について説明し、討論するという企画です。6月の市長との対話集会よりライブ感があり、一味違いましたね。経営所得安定対策にどう対応するかやセダン特区の問題などは新鮮な情報、意見がいくつも出て参考になりました。
 各部長は、「私は吉川の孫」「子ども時代に吉川の親戚に来てよく遊んだ。その時の土の匂いは今も忘れない」などと吉川区との縁を語りながら、吉川町時代の優れた施策にも言及し、聴衆をひきつけました。これにプラスして、幼児医療費助成など合併によって後退した施策の復活のことが出れば申し分なしだったのですが、欲張りすぎかな。意見発表も、それぞれ味があって良かったです。山間部で農業生産法人の一員として頑張っている曽根さんは、「高齢化が一番の悩み。後継者が育ちにくいので、これで終わってしまうのかと心配だ」と率直に語りました。今年の越後よしかわやったれ祭りの実行委員長をやった松原さんの言葉、「地域づくりで大事なのは、住民の地域にたいする愛情だ」、には拍手を送りたくなりました。


2005年11月20日

アスベスト学習会

 やはり、昨日の寒さは本物でした。朝、尾神岳を見たら、上の方の半分くらいが白くなっていました。これで尾神岳は二回白くなったことになります。もう一回降ると、山も里も本格的な降雪になります。トップページの写真は、朝9時半ころのものです。全体に暗く、パッとしませんが、雪の降り具合はこれで分かっていただけると思い、掲載しました。きょうは平場でも軒下にアラレがたまっているところがありました。
 きょうは午後から、くびき野地域研究会主催のアスベストについての学習会でした。市役所の関係課の幹部の方たちが、「アスベストとは何か」から始めて、市のアスベスト対策体制、これまでの調査と今後の課題などについて丁寧に説明してくださいました。露出吹き付け材としてアスベストが使われていないことが分かった建物でも、アスベストが他の部分に使われているかどうか分からない、などいくつか勉強になる点がありました。きょうの学習会には、かつて職場でアスベストを扱ったことのある人たちが数人来ておられ、労働基準監督署の対応、健康診断への助成などについて真剣に訴えておられました。
 夜はNHKの大河ドラマ・義経をゆっくりと観ました。今回は「しずやしず」、義経への思いを込めての踊りは見事でした。おそらく、この踊りのために、石原さとみさんははげしく練習をやって撮影に臨んだにちがいありません。美しさの中に芯のつよさもある、石原さとみさんが演じた静のイメージはずっと心に残りそうです。それにしても、秋の静御前は紅葉が似合いますね。


2005年11月19日

路面が真っ白に

 寒い日が続いています。きょうは、一日中、ミゾレまじりの天気でした。日曜版の配達は山間部からやった方がいいと判断し、午前は源地区へ行きました。名木山では、道路に降ったミゾレがシャーベット状になっていて、軽トラをゆっくり走らせました。尾神では路面が真っ白でした。もう、そろそろ、スノータイヤにした方がいいのかもしれません。夕方、上川谷方面に行った人の話によれば、向こうは完全に雪だったそうです。みんな、どんな顔をされているか気になります。
 午後は平場で日曜版の配達を済ませてから、囲む会の案内ビラ配布をしました。冷たい雨の中で動いたら、靴はビチョビチョに濡れ、靴下までしみこんでいました。それでもうれしかったのは、何軒かの家から声をかけてもらったことです。冬の選挙以来、初めて会ったSさんは、私の方をたたき、「良かったね。貫禄がついたね。体に気をつけてがんばってくんないや」と笑顔でした。また、父や母のことを知っている人からは、「じちゃ、ばちゃ、どうしてるね。元気かね」と心配してもらいました。
 吉川区内では、寒くなってから、亡くなる人が相次いでいます。市達木工所のおじいちゃん、徳蔵寺(東田中)のおばあちゃん、そして、きょうは吉田金物屋のおばあちゃん、みんなよく知っている人たちですが、さみしいですね。季節の変わり目は、体もついていけないことが多いようです。お互い、注意しましょう。


2005年11月18日

柿崎病院の後援会設立準備会

 きょう、クリーンヒーターを入れました。これで厚着をし、体をギュッと引き締めてパソコンに向かうことはなくなります。まだ、使い初めなので、使い始め特有の機械の臭いが残ってはいますが、昨日ときょうでは天と地の差です。暖かいというのは、こんなにもいいものかと思います。
 
 さて、きょうは市政レポートを作成した後、「しんぶん赤旗」日曜版の配達に出ました。最近のレポートは吉川区の話題を意識して作成しています。私の選挙公約のひとつは、このレポートをひきつづき発行し、市議会や市政の動きを伝えるとともに、なくなる「広報よしかわ」の代わりに区内の話題を提供するということでした。このところ、芸能発表会、文化展、駅伝など大きなイベントが相次ぎましたので、市政レポートの紙面は政治的なことよりもこうした話題が中心になっています。
 午後からは柿崎区で県立柿崎病院の後援会設立準備会が開かれました。柿崎、吉川、大潟の3区の旧町長、市議会議員、町内会長代表など18人が集まり、後援会の会則案などを審議しました。これで、来春には、住民や団体が一定のお金を出し合い、運営する後援会として、出発できる見込みとなりました。市でも、柿崎区に事務局を置く等、一定の支援をしてくれることになっています。県立病院改革の動きはこれから本格化します。後援会は、柿崎病院を守る運動体として必ず力を発揮するでしょう。
 夜は囲む会でした。今週から年末の様々な行事、会議などが入ってきて、なかなか開催日を設けることが難しくなってきました。今週は3会場、来週は2会場がやっとです。そのあとは、もう12月定例会です。議会の準備もしなければなりません。ますます、忙しくなってきました。


2005年11月17日

おっちょこちょい

 どうもここ数日、失敗ばかりしています。昨日は新聞の誤配、きょうは忘れ物でした。夕方、コンビニへ行ったところ、財布がありません。あわてて市役所に戻り、きょう、動いたところを全部さがしてみました。それでも見つからないので、遺失物を扱うところに確認をしてもらいました。ここもなし。こうなれば、もう一度、軽トラの中をさがそう、そう思い、カバンの中を確認したら、一番奥にちゃんとあるではありませんか。ある課長さんに、館内放送してもらいましょうか、と言われましたが、しないでよかった。
 きょうはストーブ周辺の片付けをやってから、市役所本庁で仕事をしました。昨年、このパソコンのそばのストーブがこわれたので、安いストーブで代用させていました。でも、結露が心配、この冬は使わないでガマンしてきました。しかし、このところの冷え込みで、ガマンも限界を超えました。電気屋さんから新しいストーブを入れてもらうことにしました。あすには暖かい環境の中で、このパソコンに向かうことができるはずです。
 降雪期を前にして、梅雨前線豪雨で被災したところの復旧に向けた動きが出ています。上川谷の県道付近の崩落現場では、昨日、国による災害の現場査定が実施されました。また、堤防の決壊などにより人家や田んぼなどで大きな被害が出た国田集落ではきょう、県の担当者が来て、2級河川吉川の河床掘削、堤防嵩上げ工事についての地元住民説明会が行われました。どちらも早く、しっかりとした工事をやってもらいたいものです。


2005年11月16日

尾神岳が初冠雪

 急に冷え込んできました。朝寝坊して、あわてて「しんぶん赤旗」日刊紙の配達に出ました。もうすぐ終わりとなるころになって、大潟区の後藤さんから電話があり、「大潟の新聞がない。大潟の分も吉川が持って行ったのではないか」と言われ、ハッとしました。よく考えてみたら、きょうは私の配達当番ではありませんでした。私がまちがって配達した結果、1軒に2部ずつ配ってしまったのです。大潟と吉川の配達部数は同じですが、これには参りましたね。尾神岳がうっすらと白くなっていたので、デジカメに撮ったものの、のんびりした雰囲気はこれで吹っ飛んでしまいました。
 きょうは、新潟で党議員の会議がありました。日刊紙の誤配と回収で、牛の世話の時間がなくなり、大急ぎで議員団の仲間と合流しました。車の中では、今朝の日刊紙に掲載された党大会決議案を読み始めました。でも、楽しいおしゃべりが続き、読んだのは1ページがやっとでした。
 会議は党大会決議案についての報告と12月議会に向けた県自治体部の報告と討論でした。参加した議員の発言は、13日の新潟市議増員選挙で勝利した竹内さんをはじめとして、新発田市議の佐藤さん(吉川区出身)、十日町市の安保さんなどみんなユーモアたっぷりでした。「小泉首相にならい、何と言われようが、政策は1つしか言わなかった」「トイレで党員を増やした」などの発言には笑いました。また長岡市の竹島さんは、県議選出馬の決意を表明しましたが、「本当に困った時に役立つのは誰かを見てもらうしかない」との言葉には打たれました。
 党大会は2ヵ月後。これから決議案に基づく活動をすすめながら、決議案そのものを練り上げていく作業が待っています。早く、しっかり読んで、がんばりたいと思います。


2005年11月15日

27年ぶりの再会

 先日の土曜日に思いがけない出会いをしたことがきっかけで、きょうは昔、職場の同僚だったHさんと27年ぶりの再会を果たしました。市役所本庁へ出かけた際に、その人のお店に寄ってみたのです。玄関を開けてくださった時に、にっこりと笑って「橋爪さん?」と言ってもらいました。すっかり髪も薄くなり、老けたにもかかわらず、どこかに昔の面影が残っていたのでしょう。30分ほどの間に、職場の同僚の近況を中心に語り合いました。Sさんについては、私と同じく、亡くなったことを最近になって知ったということでした。
 Hさんは、私が町議初挑戦の時に陣中見舞いに来てくれた人の一人でした。まだ改良前の町道半入沢線(当時)の曲がりくねった様子やわが家の長女の名前をよく覚えておられたのにはびっくりしましたね。「(わが家があった所は)山なので驚いたでしょう」と言うと、「いいところじゃないですか」との答えが返ってきました。ほめてもらったので、来春には山ウドをプレゼントする約束をしてきました。Hさんには吉川区出身の知り合いが多い。そのうち一人を除き、後は全部、私の知っている人でした。
 きょうの囲む会は26会場目、ようやく全集落の半分まできました。きょうの会では、市長選後の市長とどういう立場で論戦していくつもりかとか、国政の問題をとりあげるかどうか、などいままでにない質問が出ました。街灯設置についても、歩道がついている県道こそ先につけるべきではなかったか、という注文がありました。孫さんが学校に通っている女性からは、吉川型の通学バスを守り、子どもの医療費助成は吉川町時代並みにという要望がつよく出されました。懇談会はとても活発で、これまでで一番長くかかりました。


2005年11月14日

上川谷で打ち合わせ会

 市議会議員になって、役所からもらう資料はこれまで以上に多くなりました。広報の類だけでも10倍くらいはあるのではないでしょうか。資料はもらうたびにファイリングすべきものと、そうでないものを分けて机の周辺に山積みしていますが、きょうは、その整理だけで3時間近くかかりました。本も、買って「積ん読」だけのものも少なくありません。本格的に読む、あるいは調べるために読む、そういったものだけ残し、あとは別の部屋の本棚にしまうことにしました。この作業も30分くらいかかりました。
 午後からは、上川谷公会堂で冬場の生活についての打ち合わせ会がありました。火のもとの注意、地域バスの運行回数と時間変更、安否確認などについて、市役所防災安全課と総合事務所幹部が住民と話し合いをしました。6月末の水害から5ヶ月目になりますが、みんな元気そうなので安心しました。問題はこれからです。下川谷と上川谷間の県道は不通のまま、越冬することになりましたので、大島区板山と上川谷を結ぶ県道の除雪を完全にしてもらうことが生活の大前提となります。大雪にならなければいいのですが……。
 懇談会が終わってから吉川区総合事務所の皆さんとともに大島区総合事務所により、江口所長さんに、「いよいよ冬になりますが、ご協力よろしくお願いします」と挨拶してきました。災害が発生したり、病人が出た時にすぐお隣の大島区に世話になることが予想されるからです。大島区総合事務所では、2階の会議室、談話室などを見学させてもらいました。木造の良さが出ていて、温かい感じがする建物です。吉川のコミュニティプラザでもこの雰囲気を出せればいいな、と思いました。


2005年11月13日

涼しさや ホースでつくる 虹の色

 ずっと前の「見てある記」に「今年の駅伝がないとすればさみしい」と書きました。すぐ関係者から、「いつも10月10日にやっていたのですが、今年は前日が区の体育祭だったので、11月にずらしました」と連絡が来ました。そのずらした駅伝の日がきょうでした。吉川区第1回駅伝大会、この時期にしては、晴れて最高の駅伝日和でした。しかも、参加チームは16にもなりました。安塚区から2チームが参加してくれたのは大きかったですね。合併して従来の伝統が守られ、さらに発展の機運を作ってくれたというのは大げさでしょうか。ありがたい参加でした。開会式に行くと、選手だけでなく、走る仲間や家族も駆けつけていて、とても賑やかでした。長年駅伝ランナーだった者としては血が騒ぎます。でも、体重を15キロくらい落とさないとダメですが。全長19.2キロメートルのコースを一番で駆け抜けたのは常連の旭ランナーズでした。
 駅伝が終わってから妻と一緒に木田に出かけました。妻は文化会館へ、私は病院へと分かれました。再び妻と一緒になったのは3時半過ぎでした。そしたら、あんたも一緒にくれば良かったのにと言います。じつは上越市の市民俳句大会があって、そこでは吉川区の住民の作品がたくさん入賞したり、佳作に選ばれていたのです。中学生部門最優秀賞は吉川中学校1年生、涌井砂希さんの「涼しさや ホースでつくる 虹の色」でした。教育長賞には、吉川小学校6年生の片桐一真さんの「台風を 味方につけて さあ走れ」が入りました。吉川中学校は学校賞にも選ばれました。一般部門では、山崎文治郎さん、長谷川止美女さん、諏訪部正さん、上野喜八郎さん、風巻やす志さん、八木林次郎さん、太田哲夫さん、藤田八良さん、そして私の妻などの作品が佳作で入っていました。このほかにも、私が気付かないでいる名前があるかもしれません。たしかに、これはすごい。


2005年11月12日

思いがけない出会い

 午前は、しんぶん赤旗日曜版の配達と囲む会の案内ビラ配布で動きました。ビラを配った地域では、久しぶりに訪ねたこともあって、「(市議会は)いそがしいでしょう」「どんな調子だね」などと声をかけてくださる方が何人もありました。ちょうどいいところに来たとばかりに、生活相談をしてくる人もいました。この「見てある記」を読んでくださっている方とも出会いました。この間は川の調査をしてくんなったんだね、と言われた時には、うれしかったですね。
 午後からは「ボランティア輸送特区」についての講演会とトークセッションに参加してきました。NPO法人くびき野NPOサポートセンター、NPO法人よしかわたすけあいなどの共催です。上越市における「ボランティア輸送特区」については、なかなか進まないということを聞いていたので、さわやか福祉財団の米山孝平さんの講演やNPO法人りとるらいふ理事長の片桐公彦さんの話には学ぶところがたくさんありました。
 特区は上越市として認定されているのに、上越市内に適用区域とそうでない区域を設けることはできない。運営協議会は設立についてばかりでなく、その運営、最後のまとめまで行政が責任を持って対応すべきだ。福祉有償輸送対象者は、介護保険での要介護者、要支援者、障害者手帳を持っている人だけではない。そのほかに、いろんな障害などにより単独で移動が困難なもので、単独では公共交通機関を利用することが困難な者も入る。こういった点は、今後の市議会での論戦に役立つものです。
 ところで片桐さんは吉川区出身で、上越の市民福祉活動のリーダーとして活躍していますが、彼の話を聞くのは今回が初めてでした。初めて彼のことを知ったのは、彼がまだ学生の頃でした。当時から福祉の分野に興味を持ち、どんな人間になるのか楽しみにしていましたが、こんなにも活躍してくれるなんて……。まだ30代という若さですが、きょうのセッションでの、わかりやすく、楽しい討論を組み立てていく彼の技術と情熱はすごいと思いました。
 きょうの講演会とトークセッションにはスタッフの一人としてSさんが参加していました。30年ほど前、直江津の設計事務所に私が勤務していた時、同姓の人と一緒だったので、「同じ名前の人と一緒に仕事をさせてもらったことがあるんだけれど、知っていませんか」と聞いたら、何とその人は、Sさんの母親だったのです。私が28歳で町議に立候補した時には、わざわざ尾神まで来てくださった方でした。残念なことに、母親のSさんは57歳という若さで亡くなっていました。もう一度お会いしたい、と思っていたのに。
 橋爪法一を囲む会は、今晩で25会場目となりました。全集落の半分まであと1回です。1週間に4、5回のペースのハードスケジュールですが、後援会幹部の皆さんが同行してくださるので、気持ちはずいぶん楽です。また、会場では、参加者の方が準備や後片付けを手伝ってくださることも多く、この点でも助かっています。12月定例議会までに、もう10回の開催が目標です。
 このページの尾神岳の写真入れ替えました。


2005年11月11日

初の全員協議会

 忙しい一日でした。午前中は臨時議会、全員協議会、消防事務組合の会議と連続しました。このうち、全員協議会は増員選挙後初めてでした。最近になって新幹線駅地区土地区画整理事業区域内で遺跡が見つかりましたが、それについての説明と今後の見通しについて報告がありました。遺跡名は釜蓋(かまぶた)遺跡といいます。弥生時代後期から古墳時代前期にかけて存続したとみられる環濠(かんごう)集落の遺跡で、国指定に値する貴重なものだとのことでした。
 この場所については昨日、須坂市からの帰り道に見学してきました。南方を望むと、すぐそばに吹上遺跡があり、その南西には斐太遺跡もあります。山があって、谷に流れる川が扇状地を形成し、その場やさらに下った平地に、農地やいまの集落があります。重要な遺跡が次々と出たことになりますが、きょうの説明を聞いて、いまから約2000年前、この地に人たちがどんな暮らしをしていたのか知りたくなりました。
 午後からは市政レポートを作成し、日曜版配達に出ました。レポートには、2年前に民主商工会などの働きかけでスタートした小規模修繕契約登録制度について書きました。市が発注する50万以下の小さな工事を中小業者の皆さんからもやってもらういい制度です。吉川区内の登録は今年からですが、登録者名を見ると、登録していない大工さんなどの職人さんの顔が浮かびました。この制度の周知が十分なされていないのか、関心がないのか、あるいは、改善すべき点があるのか気になります。
 夜の囲む会では、「吉川だけでなく、大出口川も増水し、堤防越えすれすれまでいった、河川内の泥上げをしっかりやってほしい」という発言があり、この問題をどう解決したらいいのか、活発な意見交換をしました。「災害が発生しないと行政は動かないのではないか」という不信の声もありました。小苗代と下中条間の街灯設置についても、強く要望されました。子どもだけでなく、大人でも不審者に声をかけられた事例がある危険ヶ所だ、との指摘がありました。朝の私からのメールで、この場所については総合事務所の担当がすでに動き始めていますので、今後の動きに注目したいと思います。


2005年11月10日

街灯はまだ足りない

 昨日の荒れがウソのような素晴らしい天気になりました。きょうは、昼間、須坂市まで出かけてきました。昨年、持ってきてもらったりんご箱を返すためです。片道約2時間かかりますが、紅葉などが美しく、時間のことは全く気になりませんでした。りんご農家のYさんの所では、ふじのとり入れがこれからといいます。夏場、あたたかったことの影響から、みつの入りが少し遅くなっているとかで、「あいか」という糖度の高いりんごをもらってきました。ミツが入っていて、とてもおいしいりんごでした。
 きょうの囲む会では、街灯のことが話題のひとつになりました。小苗代と下中条間がとても暗く、子どもがかわいそうだ、なんとかしようよ、と言われました。赤沢に住む中学生のSさんが先日の夕方、大声で歌を歌いながら自転車に乗って帰る姿を見た人たちからの発言です。音楽祭の練習だったかもしれないが、あれだけ暗ければ、大声を出さないと怖くて帰れないとも。集落間の街灯設置では、吉川区の設置が13区内では一番多く、安心していただけにショックでした。
 囲む会が終了してから、後援会の人たちとともに、指摘された道路をゆっくり走り、暗さを点検してみました。確かに、この間は、街灯が足りませんでした。明日、総合事務所の担当グループに連絡しようと思います。囲む会で出された要望は、きょうから、メールでも市役所の担当責任者などに送信することにしました。各会場で出された要望は、区切りのいいところでまとめ、市長への要請書として提出する予定でいましたが、これだと間に合わないものがいくつも出てきたからです。長野へ向かう途中、さっそく、総合事務所の担当者から電話がありました。行政との連携がうまくいけば、関係住民からも喜んでもらえるでしょう。


2005年11月09日

注目される「さいがた病院」の動き

 ぐんと寒くなりました。午前に2時間ほど家で仕事をした後、総合事務所、市役所などへ出かけましたが、午後3時過ぎには、この冬初のみぞれを謙信大橋近くで体験しました。軽トラの正面ガラスがバチバチという音がして、白いものが見えたときは、また来たな、と感じました。友人の中には早々とスノータイヤに履き替えた人もいます。間違いなく、冬が近づいています。
 午後1時半から大潟区総合事務所に出かけました。「さいがた病院」が医療観察法に基づく入院医療機関としての指定を受けたい、そのために新病棟を建設したいということで、その件について、厚労省や病院側が区の地域協議会委員などを対象にして説明を行うと聞いたからです。医療観察法は、正式には「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」と呼ばれているもので、国会では賛否が分かれました。新しい制度に基づく医療等が、真に触法心神喪失者の治療と社会復帰に役立つのか、それとも基本的人権を侵害する「保安処分」の強化になってしまうのかなど、十分な審議ができずに可決されたという経過があります。
 厚労省や病院側の説明は正に立て板に水でした。自信たっぷり、スライドも使って、病院経営の建て直しについてまで言及していました。プレゼンテーション力満点の説明に圧倒された感じでしたが、説明会が終わってから、協議会委員などの感想を聞くと、「説明はすごかったけれど、信じていいのか、かえって不安になった」などの声も聞かれました。私も、この問題については全くの素人なので、よく勉強して慎重に対応したいと思っています。
 今週の囲む会は、研修旅行があったので、きょうから4日間連続です。開催時間はちょうど激しく、冷たい雨になりましたが、それでも参加して熱心に聴いてくださいました。ありがたいことです。「早朝除雪の時間が遅かったことがある」などといった話はこれまでの会場でも出ていましたが、今回初めて話になったのは農業教育でした。農業政策が大きく変わろうとしているなかで、構造政策だけでなく、こうしたところにも目を向けていく必要があることを再認識しました。
 「春よ来い」の第59回「記念写真」を掲載しました。ごらんください。


2005年11月08日

市議会県外視察

 福島市、新庄市への二日間の市議会研修旅行から帰ってきました。昨日と違って天気は荒れ模様となっていて、一気に冬が近づいてきた、そんな気がします。強風で特急電車が遅れ、予定時間通りには帰れないのではと心配したものの、最終的には予定時間より数分遅くなった程度ですみました。市議会に出てからの研修旅行は、これで二度目、今回は電車に乗っている時間がとても長かったせいか、疲れました。家に戻ってからは、二日分の新聞を読み、ゆっくりとしました。
 二日間の研修テーマは中心市街地活性化対策とバイオマス利活用事業。このうち、新庄市のバイオマス事業の取り組みは興味深いものでした。生活系のごみと牛糞、間伐材などでバイオマス堆肥を作る。それを土壌改良剤として活用する。そして安全安心な地域農業の展開に結び付けていく。循環型農業は長井市でも学んだことがありますが、新庄市の取り組みもすばらしいものでした。ここではまた、エネルギー作物としてソルガムの栽培にも取り組み、エタノールを製造していましたが、二〇数年前にソルガムを栽培したことがあったので、説明にはひきつけられました。
 研修旅行のおもしろいことの1つは、あらかじめ決めた研修以外で勉強になることもあることです。今回は新庄ふるさと歴史センターがとてもよかった。これまで民俗資料館をいくつも訪ねていますが、このセンターで収集した民俗資料が膨大なのには圧倒されました。俵編みの道具、炭焼きの写真、アルミの弁当箱など、もう一度自分の目で見て確認したいと思っていたものがいくつもあったので、感激しました。もうひとつ、バイオマス利活用事業の取り組みを説明した職員は、パワーポイントで作成した資料を使っていました。どういうふうに資料を作ったらいいか、勉強になりました。
 旅先でいい本をさがすのも楽しみ。昨日、福島駅の中の書店で、松田解子著『乳を売る 朝の霧』を見つけました。講談社文芸文庫の新刊です。解説には、松田解子さんの年譜や生涯の作品の目録も付いていました。これだけでも買う価値があります。昨年の暮れに亡くなった松田さんには学生時代に一度だけ、ご自宅で会ったことがあります。久しぶりに松田さんに会う、そんな気持ちで読んでみようと思います。


2005年11月06日

文化展

 昨日からきょうまで文化展でしたので、会場の吉川体育館へ出かけてきました。当初、30分くらいで回れるかと思っていたのですが、じっくり観たら、1時間半かかりました。写真、書道、俳句、短歌、竹細工、ひょうたん、菊、ランなど力作ぞろいでした。いつ、こんな趣味を身につけたのかと感心させられた作品も結構あります。例えばY子さん、おじゃましたときは、必ずといってよいほど仕事をしている人ですが、自宅付近で撮影した朝焼け、初雪などの風景写真と短歌をだしておられました。たいしたもんです。
 野の花に興味があるものですから、文化展では、どうしても押し花の作品が気になります。きょうは近くに住むNさんや元牛飼い仲間のNさんから、押し花の作り方、それぞれの作品の作成過程についていろいろ教えてもらいました。勉強すればするほど奥が深いと感じるそうです。私の場合、日常生活のなかでは、あまり余裕は無いけれど、手紙を書くときやメッセージを渡すときに、押し花をそえたら素敵だろうなと思うことがあります。きょうの二人の話を聞いて、一度、押し花教室に参加させてもらい、ちょっとした押し花くらいはできるようになりたいと思いました。
 昼前から約1時間半かけて河川の調査をしました。場所は福平から国田の上流まで。6月28日の水害時には、堤防の決壊ヶ所、越水ヶ所を数ヶ所、見て歩きましたが、きょうは堤防沿いを両岸とも全部歩いてみました。本当は川の中を歩けばもっとわかるのでしょうが、それだけの準備が出来ていませんでした。でも、ぐるっと歩いただけでも、これまで以上に河川内の泥の堆積状況や堤防の低さなどがわかりました。地元から堤防の嵩上げとともに、河床掘削の要望が強く出されていることがうなづけました。
 「私の好きな風景」に「尾神岳を下りる紅葉」を掲載しました。ご覧ください。明日と明後日は議会の地域産業対策特別委員会の研修視察で、福島市と新庄市を訪ねます。そのため、明日の見てある記は休みます。


2005年11月05日

さすがはおじいちゃん

 案の定、仔牛は母牛のそばへ行かず、おっぱいを飲めませんでした。母牛から離れたところにぺたっとねまりこんで、じっとしている姿は弱弱しい感じがしました。半年前に酪農家からヨーグルトを分けてもらい、仔牛を育てた経験があるので、今回もその手で何とかしようと思いました。朝早く、酪農家のところへ行くと、残念ながらヨーグルトの在庫はなく、普通の牛乳を分けてもらいってきました。ところが、わが家の牛舎へ戻ったら、びっくりしましたね。父が仔牛を母牛のところに連れて行き、おっぱいを飲ませているではありませんか。
 母牛のそばまで行けば、あとは本能的におっぱいをさがして飲む。そのことを知っていて、仔牛をひっぱって来た父。私は前回の失敗が頭にこびりついていて、母乳の代用となるものをもらいに出かけた。この対応の差を妻に話したら、「さすがはおじいちゃんだ」と感心していました。牛飼いの基本的なことをわかって対応していたからです。80歳近くになっても、牛のことになると、しっかりと頭が回転する父、「ほら、(仔牛が)飲んでいるど」と言って笑う父の姿が大きく見えました。
 さて、きょうは、午前中に市政レポートの裏面に「春よ来い」の第59回目を書き、印刷しました。先日の「兜巾山での記念写真」をめぐるエピソードをまとめたものです。午後からは日曜版の配達、そして夜は囲む会でした。ハードスケジュールだったせいか、パソコンに向かっても頭がうまく回転しません。この原稿はひと眠りしてから書いています。おもしろいもので、午前に書いた「春よ来い」を読み直してみると、何ヶ所も間違いやおかしな表現がありました。やはり原稿は一晩寝かせて書き直さないと駄目です。


2005年11月04日

半年ぶりに仔牛誕生

 今回も父に「親牛、鳴いてたぞ。そろそろ危ないぞ(お産が近いぞ)」と言われ、牛舎へ何回も足を運びました。出産の予定日はとっくに過ぎています。いつ産んでも不思議ではありませんでした。夜の7時過ぎ、何となく賑やかになっているなと思ったら、お産が終わったばかりでした。ワラで少し体をこすってやりましたが、親子関係がうまくいかなくなれば困るので、あとは母牛にまかせました。母牛は仔牛の体の隅々までなめて、きれいにしてくれました。写真は、生まれて初めて歩こうとする仔牛の姿です。
 ひとつ気になるのは、親子だけの部屋を用意してないので、うまく親子関係を築くことができるかどうかです。すぐ近くには、自分が産んだ仔牛をまったく近づけなかった暴れ牛がいます。生まれたばかりの仔牛に危害を加えないかも心配です。それでも、産後、まもなく歩き始め、母牛の周辺をふらふらしながら歩き始めました。いまのところ、暴れ牛も足をあげてはみるものの、本気で蹴飛ばすことはなさそうです。あとは、仔牛が母牛のおっぱいをうまく飲んでくれればいいのですが。
 きょうは市政レポートを作成した後、日曜版の配達・集金に出ました。いい天気だったので、冬囲いをしていたり、家の周りを片付けている人が何人もいて、対話をすることができました。このうち、ある家では、相談があるというのでお茶をご馳走になりました。その時、出てきたのが、ナスの漬物、ミョウガの酢漬け、それに私の大好物、村屋柿です。ミョウガの酢漬けは初めて食べました。歯ざわりも良く、とても美味しくいただきました。


2005年11月03日

芸能発表会

 吉川区の第1回生涯学習フェスティバルが開かれました。きょうから6日まで芸能発表、文化展などが開かれますが、きょうは吉川体育館で芸能発表会が行われました。この発表会は吉川町時代から通算で25回目になります。寒いなか、13団体が舞踊、詩吟、剣詩舞、レクダンス、コーラス、よさこいなどを披露しました。観客は150人くらいで、ちょっと少なめでしたが、それぞれの団体が日頃の練習の成果を一生懸命発表する姿はとてもいいものでした。
 きょうの参加団体のうち、舞踊やよさこいなどいくつかの団体はいろんなイベントに登場しているので、これまで何回も観てきました。どの団体もみんなに観てもらい、自分たちも楽しむ、その雰囲気がありました。河沢あすなろ会のように、地域ぐるみで応援してところもあります。そうしたなかで初めて実際の演技をみせていただいたものがあります。レクダンスのなかのマツケンサンバと剣詩舞です。マツケンサンバはテレビで何度も観ているのですが、予想以上に楽しい踊りでした。見ているだけで心が躍りだしてしまいます。
 実行委員会のスタッフのほとんどは吉川文化協会のみなさんです。会場の準備から受付、司会、接待などテキパキとこなし、自分の番になれば舞台に上がる。当然、その逆もあります。こういうことに慣れておられるのでしょうか、ちょっと前まで舞台で踊っていた人が、いつの間にか司会席に座っていて、「ただいまは、昔のお姉さま方から、花よりも美しく踊っていただきました。ありがとうございました」とやる、切り換えも見事でした。
 10月中旬の吉川小学校の文化祭にはじまり、先週の吉川中学校の音楽祭、そしてきょうの芸能発表会、全部参加させていただきましたが、いずれにも共通したものを見つけました。それは、人間としての輝きです。自分を磨き、豊に表現することで輝く。チームで演じる時にはチームならではの一体感を味わいながら、みんなで輝く、文化活動にはこれがあるから人が集まるのだと思います。観るだけでなく自分でもやってください、と誰かが言いましたが、総合事務所次長の山田さんと教育・文化グループ長の江村さんが詩吟と剣詩舞に登場していました。この姿勢には学ばなくてはなりません。


2005年11月02日

昼間もスライドを活用

 昨日に続いて、きょうもいい天気になりました。米山、尾神岳の紅葉もはっきりと見えました。米山はだいぶ赤くなりましたね。きょうは午前中に市議団ニュースを作成した後、総合事務所などで仕事をしました。午後からは囲む会を3会場で開催しました。日中に開催した2ヵ所は、いずれもお年寄りが多い集落です。夜の開催では参加できないとの声もあることから日中開催にしました。腰の曲がった方や杖を使って歩く人まで参加してくださる姿を見ると気が引き締まります。
 囲む会では、昼間の開催でもスライドを使っています。スライドのトップには必ず開催集落の写真を採用していますが、こんなささやかな工夫でも、「これは俺だ」「どこどこの家だ」などと賑やかになります。参加者からは、「いいもんだね」という声もあがりました。さて、きょうの囲む会では、河川管理、除雪体制(特に早朝除雪について)、布団洗いサービス、バイクの免許証更新などでたくさんの質問や注文がありました。たくさんあるので、整理しないと……。
 夕方、区内のスーパーで買物をしていたらスカイトピア遊ランドに勤めるM男さんに声をかけてもらいました。「橋爪さん、ありがとね。いい写真、橋爪レポートに載せてもらって…」と言われたのです。M男さんは、先日紹介した「兜巾山での記念写真」に写っている「児童」の一人でした。同級生の間でこの写真が話題になり、M男さんは「今度、この写真を使って同級会の呼びかけをやりたい」と言います。一枚の写真の波紋はどんどん広がっていきます。


2005年11月01日

アスベスト対策で市に申入れ

 素晴らしい秋晴れになりました。こんな時にはデジカメを持って出かけ、いい写真を撮りたいですね。きょうは、写真に専念できませんでしたが、囲む会の案内ビラ配布をやりながら、30枚ほど写真を撮ることができました。今回は囲む会に使う関係集落の写真が中心でした。ビラ配布が終わってからは、久々に尾神岳に登って、紅葉の写真を撮り、そのまま大島区に抜け、市役所本庁へと進みました。尾神岳の紅葉はもう終盤です。それでもブナ林の中のヤマウルシなどの低木の紅葉は見事でした。それにいいなぁと思ったのは、兜巾山から見た尾神岳です。標高の高いところから低いところへと紅葉が下りていく様子がよくわかるのです。この写真は近いうちに「私の好きな風景」に掲載します。
 さて、市役所では、アスベスト対策で市に対して申入れをしました。党市議団で参加したのは、市議会常任委員会の公務のため県外へ出かけている樋口議員をのぞく3人です。申入れ書では、市役所のこれまでの取り組みについては一定の評価をしながら、健診への助成、民間レベルでの調査の推進、国県への働きかけなどを盛り込みました。応対したのは田村健康福祉部長など3人です。市側は、これまで公共施設を中心に先進的に取り組んできた内容を説明し、今後、総合的な対策を進めていくには国県の助成が不可欠だとの認識を示しました。きょうの申入れには報道関係者が何人も来ていました。
 きょうの「橋爪法一を囲む会」は18会場目です。市道の陥没対策、敬老会のあり方、公民館活動の拠点となっている旧東田中小学校体育館の管理などで意見や注文がいくつも出ました。このうち、福平地内の市道は今春、一度補修してありますが、その後、再び陥没し、総合事務所に働きかけてきたとのことでした。雪が降れば除雪にも影響が出る、早急に手直しをやって欲しいと強く要望されました。9月定例議会では、管工事をした箇所の陥没がなぜ起きたかが問題になっていましたが、地震の影響をもろに受けたところとそうでないところでは工法(というより埋め戻し材の質と言った方がいいのかな)に違いがあったことが明らかにされています。抜本的な対策が必要になるかもしれません。
 このページの尾神岳の写真、入れ替えました。


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