GWは懐かしい出会いや思わぬ出会いが…
昨日からゴールデンウィークが始まっています。普段ここに住んでいない人で、ゴールデンウィークの何日かを吉川の地で過ごそうという人は結構います。お盆ほど多くはないものの、ふるさとへ戻ってくる人がその大半を占め、あとは親戚、友人を頼って山菜採りなどを楽しむ人たちになりましょうか。きょうは、新聞配達をしながら、そういう人たちとの会話を楽しみました。
このうち何人かは私のHPを見ていてくれる人でした。遠くから、選挙で力強い応援をしてくださったYさんのところではお茶をご馳走になり、「ふるさとの情報を知ることができてありがたい」「選挙、ほんとうに良かったね」「伯母さん、回復されたそうで安心しました」などと励ましの言葉を寄せていただきました。うれしかったですね。関東で働いているTさんからは、「冬場、役場のHPで尾神岳のライブを見て、自分の家がどうなっているかを判断していた。この春から見られなくなって残念でならない。何とかできないか」と要請されました。
まったく予想していなかった人との出会いもありました。東京は千代田区に住む女性(お名前を聞くのを忘れていました)は、日本共産党が非合法活動をしていた時代、小さな印刷所を営んでいた自分の家で、当時の新聞「アカハタ」を印刷していたと教えてくださいました。一時期、地区委員会と同じ屋根の下で暮らしていたともいいます。当時の思い出話を語っていただいたお礼に、市政レポートをあげました。近く開かれる新婦人の会合で、私との出会いを紹介してくださるとのこと、感謝です。


三和区の富永邸、頸城区の大池ビジターセンター、浦川原区の「月影の郷」、安塚区の六夜山荘などを一日かけて視察しました。どこも印象に残ることがいくつかあったのですが、すごい建造物だと思ったのは富永邸でした。杉林の中の大きな家はカヤ葺きで、中はケヤキ材がたくさん使ってありました。庭園もすばらしく、これぞ日本の住宅という感じがしましたね。もっともこれだけりっぱな家を管理するには、たいへんな労力と金がかかりそうです。
感動したのは浦川原区の宿泊体験交流施設、「月影の郷」でした。小学校を改造した建物ですが、「学校らしさを残す」ことを意識した造りになっているのが気に入りました。3階には閉校した時点の教室がそのまま残っていました。ここは、「時の流れがとまった空間」だと思いました。黒板には、「さようなら月影小学校」「ありがとう」の文字もあります。母校にたいする児童の熱い思いが伝わってきました。経営面を考えると、簡単ではないと思いますが、同じ体験交流施設でも一味違った発展をしそうな予感がします。
上記2つの施設のほか、板倉区の「ゑしんの里整備事業関連施設」「そば打ち体験交流施設」、柿崎区の柿崎第2学校給食センター、旧上越市内の「ヨーデル金谷」を訪ねました。このうち、「ゑしんの里」では、「こういう施設をつくって採算が取れるのか。お荷物にならないか」など厳しい意見が相次ぎました。
、スポッとうまってしまい、これでは通常の春先除雪対応では駄目だと思いました。豪雪の年の雪害対策として、特別の手立てを講じないと関係農家は救われない、その思いを強くしました。
今年は雪消えが遅かったので、咲いている野の花は、オオイヌノフグリ、ハコベなど、まだ10種類に満たないでしょう。きょうはそのうち、ヒメオドリコソウを見かけました。そばに近づいて見ると、小さな女の子がきれいな服を着て踊っているようにも見えます。このHPの「野の花」でも掲載してあるのですが、今年のヒメオドリコソウをデジカメにおさめました。どうです、かわいいでしょう。
成人者代表スピーチの一番手に吉川区の北井聡さんの名前があったのです。うれしくなりましたね、これには。私の知っている彼のキョウダイ、親戚の人たちは、なんでも積極的ですが、彼もそうでした。司会者の紹介によると、スピーチする人は公募した者のなかから選ばれたといいますから、彼もこれに応えて出てきたのでしょう。たいしたもんです。