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吉川区 アーカイブ

2009年10月15日

第5回吉川区敬老会

 また晴れました。きょうは吉川区の敬老会です。2005年から地元市議として毎回参加していますが、雨や風に泣かされたことは一度もありません。天気が良くて、アトラクションも盛りだくさん。歌あり、踊りあり、マジックありで、大いに盛り上がった敬老会となりました。

 式典では中川周一副市長が主催者を代表して、「きょうは、高沢入の92歳の山本しんさんをはじめ、300人近い人たちからご参加いただいた。皆さんは、戦前、戦中、戦後と郷土を築いてこられた。心から感謝申し上げる。これからも長生きしてください」と挨拶しました。また、山岸行則議長も、「NHKで『天地人』が放映されているが、これが採用されたのは、いまの世の中で義と愛の心が足りないからだと聞いている。上越の地で、この心を身につけている皆さんからぜひ若い人たちに伝えていただきたい」と訴えました。
 
 昨年に続いて今年度も参加対象者は75歳以上でした。区内の対象者は984人、このうち290人ほどの方が参加されました。会場はいつもと同じ長峰温泉ゆったりの郷ゲートボール場です。アトラクションの時間になり、酒も入って、会場内では、「久しぶりだね」「元気かね」と言葉を交し、握手する姿があちこちで見られました。

 アトラクションは、まず琴永会の皆さんが懐かしい曲を演奏。続いて、毎回駆けつけてくださる吉川踊りの会の皆さんが素敵な踊りを披露してくださいました(画像)。その後は、長岡市小国町出身の歌手、中山あかりさんや上越市高田のマジシャンクラブ代表、ジョーク峰さんの本格派マジック、ゆったりの郷従業員による「麦畑」の寸劇と続きました。

 中山あかりさんは歌と踊りだけでなく、林家こん平と同郷の人だけあって「しゃべり」も上手でした。「きょうの敬老会は50歳からなの?皆さん、お若いですね。そばに行ってみようかしら」と言って観客席に下り、「やっぱり若い、それなりの顔をしていらっしゃる」(画像)。『日本全国幸せに』という唄に合わせて「はー、よいしょ」と踊って、「暗くなっても私はあかりです」とやる、見事でした。

 見事と言えば、アトラクションを請け負った地元、ゆったりの郷従業員の皆さんによる寸劇も楽しさ満点でしたね。中村支配人ともう一人が歌うオヨネーズの「麦畑」に合わせて、お面をかぶった「かかし」「およね」「松っつあん」役などの皆さんが個性あふれる動きをみせ、会場は笑いの渦に(画像)。とくに、「松っつあん」が「およね」を抱き寄せ、腰をあやしげに動かす場面では爆笑でした。それにしても、「松っつあん」役の人が女性だとは気づきませんでした。

 敬老会が終わって参加者の皆さんから声をかけていただきました。「おら、おまんちのお父さんと酒屋もん、一緒だったがど。酒造り唄一緒に唄ったもんだ」「きょうはおもしかったでね。ありがとね」「吉川区、頼むよ」。私も楽しみ、元気をもらった敬老会でした。

2009年11月02日

吉川区芸能発表会

 昨夕より発熱し、ずっと寝ていました。体温は37.4度まで上昇しました。どうやら夕方の雨の中で動き回ったことがよくなかったようです。今朝は少し下がって36.8度となっています。きょうは議会基本条例策定検討委員会や議員団会議、糸魚川市、妙高市との三市議員交流会がありますので、体調を考えながら参加しようかと思っています。

 土日は行事がいくつもありました。その内、芸能発表会について書きます。土曜日の午前9時半からでした。ぎりぎりまで「しんぶん赤旗」日曜版の配達をして開始時間に滑り込みました。配達の途中、ある人から、「うちんのも行きました。何か、最前列に出て演奏することになったというので恥ずかしいと言っていました」と声をかけてもらいました。そのお連れ合いは、大正琴の演奏で出演、眼鏡をかけて一生懸命やっておられました。少し緊張気味ではありましたが、まとまりのある演奏でしたよ。

 今回の発表会では初めて見かけた人たちが何人もおられました。その内のひとりはKさん、駅伝など長距離ランナーとして頑張ってきたひとです。お連れ合いとともにオカリナの演奏グループに入って、おそらく初めての発表会なのではないでしょうか、「埴生の宿」「日本昔話」などの懐かしい曲を演奏してくださいました(画像)。演奏が終わってまもなく、舞台わきのスペースから軽い拍手をする音が聞こえました。「うまくいったね」と讃え合っていたのかも知れません。

 ギターサークルの演奏は初めてという紹介がありました。3人の女性がトキ色の素敵なシャツと黒いスカートをはいて「スワニー河」「涙そうそう」を演奏しました。3人の演奏する音のちょっとしたズレが緊張感を感じさせます。でも、ギターを弾けるなんてうらやましい。これから、練習してどんどんうまくなっていくのでしょうね。

 司会者が最後に、「ハラハラ、ドキドキも一緒にできるのは吉川ならではのものです」と励ましの言葉を言われましたが、まったくそのとおりです。来年の発表会がまた楽しみになってきました。

福井県から視察団

 上越市のまちづくりについて学びたいと福井県の日本共産党や民主団体の幹部だった人たちなどが31日、1日と吉川区などを訪問され、案内役を務めました。一行は組合活動や議会活動などで頑張っている人ばかりです。こちらの方が教えてもらうことが多いのでは、と思うくらい様々な活動をしてこられました。

 1日は外に出ての研修です。〝風のまち〟を知ってもらうには尾神岳が一番と思い、まずパラグライダーのティクオフへ案内しました。まだ朝の早い時間にもかかわらず、運よく、パラグライダーを楽しむ人たちと出会いました。それもこれから飛び立とうというところです。親子ふたり、若い父親と小学校に上がるかどうかといった年齢の男の子がスーッと飛び立ち、大空で飛行する様子を見て、「うまく風に乗るんだね」「子どもにとってはいい体験になるだろうね」などという声が出ていました。

 吉川区はここ数年、地震や水害などに見舞われました。災害対策についての関心も高く、中越沖地震の傷痕が残っている上川谷の現場や堤防のかさ上げなどの工事箇所も見てもらいました。上川谷の現場については地質に詳しい人から説明してもらいました(画像)。住民の命と安全にかかわる問題はどこでも最優先課題です。熱心に見てもらいました。

 最後は㈱杜氏の郷の訪問です。杜氏の郷についてはここ2、3年の動きについてもありのまま説明し、地域の特色を生かしたまちづくりについて意見交換しました。参加されたみなさんからはアイスクリームだけでなく、たくさんの酒を購入してもらいました。

寒波到来。中村睦男さん逝く

 あー、寒い、寒い。きょうは朝から気温が下降しました。午後2時頃には市役所の壁面をたたきつけるような音がしました。白いものが混じったのです。議員の中にはスノータイヤを履かなきゃとまで言う人もいました。

 私はおかげさまで何とか一日持ちました。議会基本条例の検討の時には少し頭がもやもやしていたものの、自分の考えをのべることができました。きょうの議論では基本条例の中で議員政治倫理条例の制定について触れるかどうかで時間がかかりました。私は制定派です。政治倫理について一般的な事項を盛り込むだけではたいして役に立たないからです。

 午後3時からは妙高市、上越市、糸魚川市の三市議会の交流会でした。『市町村議会の常識』(自治体研究社)の著者である加藤幸雄氏の歯に衣着せぬ物言いに会場は盛り上がりました。ちょうど議会基本条例の検討をしている最中ですので、対面方式での一般質問、首長の反問権、議会の議決責任などについての氏の見解は参考になりました。明後日、会津若松市での自治基本条例についての研修にも役立ちます。

 講演中、吉川区の人から連絡が入りました。吉川区大賀の中村睦男さんが亡くなったという知らせです。中村さんは警察官を退職して、故郷に戻り、地域づくりで大活躍してくださった方です。中村さんについては「春よ来い」の第29回「運動会にヤギを参加させた元刑事」で書いたことがあります。飼っているヤギは乳が出なくなってもずっと飼い続け、家族の一員として付き合うという心根のやさしい人でした。ご冥福をお祈りします。

2009年11月08日

東京吉川会

 きょうは第17回東京吉川会総会です。吉川区など新潟在住組はマイクロバスの乗せてもらい、朝5時半に出発しました。高速料金が安い日ですので混むことを予測していつもより30分早めたのです。でも、途中、たいした混雑もなく、会場の四ツ谷のスクワール麹町には午前10時過ぎに到着しました。

 総会は午前11時半から。関澤英世会長が一年間の活動報告をするとともに、会長職を退くことを明らかにしました。初代の平山会長に続いての会長職、6年間になるのだそうです。吉川の体育祭、酒祭りなどにも顔を出していただきました。ご苦労様でした。新会長は長峰出身の平山勇さん(画像)です。消防庁で活躍された方で、吉川会にはこれまで休まず参加していただきました。いつも参加者に喜ばれる吉川区の近況報告、八木辰正総合事務所長が来賓を代表して行いました。市長選の結果、吉川区出身の新教育長の誕生、吉川高校の校舎などを活用して高等特別支援学校ができることなどの報告は関心を呼びました。今回の総会には昨年を大きく上回る120人ほどの参加者がありました。何組か同級生の人たちが呼び掛けてくださったようです。

 懇親会は今回はいつも以上に賑やかでした。原之町の山田良一さん、下深沢の加藤昇さんが詩吟を披露したほか、大勢の人たちが演歌などを歌って盛り上げました。私はもっぱら会員さんたちとの交流です。初めて会った秋山田鶴子さん(尾神出身)、高野耕作さん(入河沢出身)やすっかり顔なじみとなった片桐功さん(国田出身)などとふるさとについての楽しい話をしました。うれしかったのは、私の『春よ来い』(同時代社)を持ってきた人がいたことです。同級生の間で回し読みをしていてくださるのだそうです。参加者は今年もたくさんの元気をもらいました。今年も最後は「吉川町音頭」の踊り(画像)で閉めました。

 マイクロバスの中で『サービスを超える瞬間』(かんき出版)を読了しました。著者は先日の長野市長選で現職と大接戦のたたかいをした高野登さんです。読み進むうちに、「これは企業活動に携わっているひとだけの本ではない。人との接し方、人の育て方、組織の動かし方の基本が書いてある」「人の心をとらえる感動的な本だ」と思いました。いろんな人に読んでほしい一冊です。

 

2009年11月25日

中山間地域振興条例素案作り進む

 午前は中山間地対策特別委員会でした。中山間地域振興条例(仮称)の素案づくりということで2つの分科会が用意した案をみんなで検討しました。10月に滋賀県や京都府で視察したことも踏まえて、条例の対象地域をどう規定するかとか、市の責任で事業実施計画を策定するようにするかどうかなど、意見交換をしました。私はこれまで、この条例は「です、ます調」の文体で作成したらどうかと提案してきましたが、次回までに「です、ます調」の文体と「である調」の文体の案文を作成し、比較検討することになりました。

 午後からは各派代表者会議でしたが、上野幹事長に代わってもらい、私は吉川区へ。県教育庁義務教育課のみなさんが吉川高等特別支援学校(仮称)について地元で説明会を開いてくださるというので参加してきました。同校については9月県議会で耐震診断と改修設計費用約3億6000万円が補正されていますが、義務教育課が地元に直接出向いて説明するのは初めてです。

 説明を聞いて、思った以上に高等部進学希望者が増え続けていることが分かりました。定員は1学年2学級20人程度となっていますが、最大で4学級40人となる可能性もあるといいます。同校の設置にあたって利用する建物は、吉川高校時代の普通教室棟、管理棟、第2体育館です。いうまでもなく、グランドも使います。管理棟はほとんど同じ使い方をする計画とか。何となくホッとします。高等部知的障害普通学級のみを有する高等特別支援学校を設置し、自力通学できる生徒を対象に、地域資源を活用しながら就労を目指すという計画は県内でも初めて。就労を目指し、働く意欲を持った生徒を育てる、豊な人間性と地域生活に進んで参加することができる生徒を育てるなどの学校の理念も明らかにされました。今後は定期的に地元住民との意見交換をやりながら、地域資源を生かした学校運営をしていきたいとのこと。これからが大事であることがよく分かりました。

 説明会に参加したのは町内会長、地域協議会委員など20人ほどでしたが、全体として同校の設置を歓迎する立場から、「教室の配置の構想はどうか」「体育館の使い方はどうなるか」「吉川高校時代の記念品を入れる部屋を確保してほしい」「醸造科が使った建物等を活用して職業科の高等特別支援学校としても発展させていく考えはないか」などの質問や要望が出されました。教室の配置はいま設計中で、工事は来年7月にはスタートさせ、雪が降るまでには終わりたいとのことでした。

 

2009年11月27日

豊かなむらづくり北陸農政局長賞受賞祝賀会

 吉川区の石谷町内会がこのほど「豊かなむらづくり全国表彰事業 北陸農政局長賞」を受賞し、きょう、スカイトピア遊ランドで受賞祝賀会が開催されました。町内会のみなさんが主催し、川谷地区の町内会長、行政、関係団体などの関係者が来賓として招かれました。

 曽根一志町内会長が受賞の喜びを語り、村山秀幸上越市長等3氏が祝辞をのべました。

 曽根町内会長はこれまでのむらづくりの経過を振り返りながら、「こんな名誉ある賞をいただいたことに驚いている」とのべ、今後の決意についても語りました(画像)。私は町内会の構成員全員の顔を思い浮かべながら話を聴きました。印象に残ったのは、「いくつになっても〝がんばろうの精神〟で地域の維持に努めていきたい」という言葉です。市議会の中山間地域振興のための条例にどんな名前をつけるべきかを考えていたので、元気な集落の代表の言葉としてしっかり記憶しておきたいと思います。

 来賓祝辞もよかったです。村山市長は、「きびしい農業農村の中で農事組合法人をつくり、山間地で圃場整備をし、都市との交流をすすめてきたみなさんの一つひとつの努力がこの賞につながった。みなさんの元気、がんばりから私自身も元気をもらい、勇気づけられた。この地域の力が外に広がっていくようにしたい。そして、この地域にもっと新しい光があたり、新しい芽が生まれてくるようにみなさんのお力をお貸しください」とのべました。
 上越地域振興局の桜井敬作農林振興部長は、「上越地域は米山山系からぐるっとU字型に山々が連なり平野部を抱きかかえている。山の恵みがあってこそ頸城野の平野が豊かになり、海が恩恵を受けている。みなさんの営みが続く限り、私たちはみなさんを見捨てることはありません。道が壊れればなおします。沢が崩れればなおします。私らができることは何でも支援します」と決意を込めて語りました。
 石谷町内会や川谷地区と長年交流を続け、過疎のムラを支えてきた法政大学人間環境学部の田中勉教授は講義風に挨拶されました。「〝おめでとう〟という以上にみなさんに感謝申し上げなければならない。環境を考える時に農業が重要で欠かせないが、2000年から吉川町(当時)で農業の現場で勉強の機会を与えてもらい、200人近い学生が学んだ。過疎化、高齢化が進んだところは元気がなくてダメという情報がある中で、この石谷は違った。驚いた。こんなに力強くて元気な方々がたくさんいる。学生たちはここへ来て元気をもらって帰り、また来たいという。いつもいろいろなものを与えてくださってありがとう」。

 懇親会ではいろいろな人と交流できました。石谷町内会には党議員団の上野幹事長と親戚筋の人がいます。その人からは上野家とのかかわりやおばあちゃんなどとの交流を楽しく聞かせてもらいました。私のすぐ隣の席におられた田中教授ともたくさん話ができました。「いま、富山和子の本を読んでいるんです」と話したら、『環境問題とは何か』(PHP新書)の話になり、「環境と書いてあるけど、中身は農業問題が中心です」と教えてもらいました。じつは、私の手元にこの本がすでにあるのです。人間環境学部がなぜ過疎のムラにやってきたのかも含めて、この本から大いに学びたいと思いました。

2009年11月30日

ケーブルテレビ問題などで地域協議会

 吉川区地域協議会の傍聴に出かけました。市内の地域協議会は10月から合併前上越市の区域でも設置され、地域協議会に対する関心が高まりつつありますが、会議室に入ってびっくりしました。直江津区と大潟区の地域協議会委員の4人の方が来ておられたからです。みなさん、新聞記者並みにメモをとっての傍聴です(画像)。なかなか意欲的ですね。

 今晩の地域協議会での議論の中心はケーブルテレビ問題です。平成23年7月の地上アナログ放送の終了に伴い、よしかわ2チャンネルのデジタル化に向け、来年度中に改修工事を計画していますが、吉川ケーブルテレビ事業の運営やサービス提供のあり方等を検討するためアンケート調査をすることになりました。

 アンケート(案)をめぐり、「1軒に1枚しか用紙を配布しないのなら、家族で話し合って記入してほしいと書いたらどうか」「告知端末の寿命がきている。そのことがアンケートに反映されていないのではないか」「民意を把握するためのアンケートであるべきだ」等の声が相次ぎました。アンケートは利用の実態を把握するのが目的だとの総合事務所の説明でしたが、今後、ケーブルテレビをめぐって開かれる予定の行政懇談会ではたくさんの意見が出そうな気がしました。

 防災無線についても報告がありました。市では、全市共通の防災無線を昨年度から4年がかりで整備しているところですが、吉川区では今年度と来年度に緊急情報の内容と伝達方法の充実に向けた整備が行われます。

 情報内容の充実という点では、これまでの区からの緊急放送に加え、市役所本庁や消防庁が発表する「緊急地震速報」などの緊急情報をケーブルテレビの告知端末で伝えます。伝達方法も充実されることになりました。これは来年度になりますが、区内19か所で屋外スピーカーが設置されます。また、ケーブルテレビの告知端末がない世帯や事業所を対象に戸別受信機が貸与されることになりました。

 夜遅く家に戻ったら、素敵なお便りが2通届いていました(画像)。ひとつは紅葉した桜の木の写真を貼ったハガキ、いまひとつは錦秋の米山と思われる絵が描かれたハガキです。発信者はいずれも吉川区出身で関東在住の女性です。東京吉川会などでお会いし、時々、お便りをくださる方たちですが、いつも励まされています。それにしてもお二人のハガキが同時に着くのは初めてです。偶然でしょうが、うれしい、うれしい。

2009年12月07日

建設企業常任委員会が早く終わって…

 きょうは建設企業常任委員会でした。ガス料金を来年2月から7.01%上げる案が示され、審議されました。市は関東経済産業局からの指導を受けて、総括原価の見直しと原料費調整制度を導入することにしたといいます。樋口議員が議会の審議を経ないでガス料金を決めていく仕組みに反発していましたが、当然です。

 同委員会に付託された案件は少なく、お昼を少し回った時間に審議終了。午後からは議員団で団ニュースの作成です。その作業も3時前に終わり解散しました。おかげで4時頃に吉川区に戻り、まったく予定していなかった3件ほどの用事をすませることができました。なんだか、もうけた気分です。

 夕方訪ねた家では美味しいものをいただきました。まずはクワイです(画像)。ちょっぴり苦味のあるこの食べものはお茶と合いますね。それから干し柿。八珍柿が小さくなって甘味十分、よくできていました。ここの家では、一家の大黒柱のお父さんが52年続けた出稼ぎをやめ、この冬から家におられます。ゆっくりされてもいいのにと思うのですが、雪が降らないので毎日のように山に出かけ、山林の手入れをしているそうです。農家の人はよく働きます。

2009年12月19日

どか雪

 雪が激しく降っています。下川谷では、今朝の段階で80センチありましたから、山間部はその後の降雪で軽く100センチを超えたはずです。わが家の周辺でも、50センチを超えました。雪はまだ降っています。降り方は細かい雪がさらさらといった感じで…、こういう時は明け方までにびっくりするほど積もります。

 久々のどか雪です。この雪できょう、明日の行動予定はすっかり狂ってしまいました。きょうの午後3時頃までに「しんぶん赤旗」日曜版の配達を終了させ、原稿書きをするつもりでいたのに、7時間配達しても終わりませんでした。源地区の村屋(画像)までが限界でした。まだ26部も未配達があります。それも山間部ですので、明日の午前いっぱいはかかりそうです。

 今回の雪は湿っていて重いので、杉の木の先が折れるなどの被害がでることは必至です。山間部では写真のような杉があちこちで見られました(画像は吉川区内稲古)。夜になっても降り続けていますから、もう1日続くと民家の屋根の雪下ろしも必要となるかも知れません。きょうの配達では、高齢のため、道つけもしてない家が何軒もありました。明日は1軒1軒声をかけて、心配や要望がないか確認しながら配達しようと思います。

 夕方、吉川区の旧役場前広場で行われたクリスマス・キラキラ大作戦の様子を見てきました(画像)。スタッフの人たちが一生懸命準備したにもかかわらず、大雪のため、参加者は少なく残念でした。私は帰りの車が動くかどうかが心配で、うどんを1杯食べ、吉川杜氏のワンカップを2個買って早めに帰宅しました。今年も午後8時から花火が打ち上げられました。わが家まで音が聞こえてきました。花火そのものは雪が降っていたためか見えませんでした。子どもたちが大勢見に行ってくれればいいのですが。

2010年01月10日

川谷冬まつりそして地元でサイの神

 午前は11時から川谷冬まつりでした。合併した2005年(平成17年)の2月に地元市議となって以降、2006年(平成18年)1月から5年連続で参加させていただいています。この祭りでは川谷地区4集落の住民が連携して餅つきや雪上運動会、サイの神などを行っています。石谷の曽根町内会長さんのお話ですと、今年で31回目だそうです。冬まつりでは毎回ドラマがあり、感動があります。

 今年の冬まつりでは市長が消防団の出初式に出席したことから、一番最初に挨拶を求められました。私は、「上越市内で中山間地再生に向けた取り組みをやっている地域はいくつかあるが、川谷地域は最も注目されている地域のひとつだ。集落を越えて連携し助け合い、さらには法政大学OBなど外部の応援をもらっての取り組みは貴重だ。これからもみんなで頑張って続けていきましょう」と訴えました。年末に集落連携の大切さを改めて感じていたので、そこにポイントを絞って話をさせてもらいました。地元の郵便局長さんが、「私どももこの地域をどうしようか考えています。話はしっかりと聞かせていただきました」と感想を寄せてくださいました。

 ここの餅つきは杵を3つ使った3本づき(画像)が特徴です。トントントンという連続した音の響きがよくて、とても気持ちがいい(餅つきの音はここから)。きょうはふた臼目で餅つきをさせてもらいました。3人のつき手の呼吸を合わせることも大事ですが、何よりも体力がないとつけません。地元のつき手として毎年杵を持つ山賀源市さんは70代後半、この人の元気エネルギーはどこからくるのかと改めて感心しました。つきあがった餅は黄粉餅や雑煮としてふるまわれました。「機械でついた餅では味わうことのできないね。美味しいね」という声が出ていました。本当にうまかった。

 グランドでのサイの神(画像)。昨年は燃え方がよくて、燃え上がったときの大きな炎が印象に残りました。今年は煙です。雪や雨でワラがぬれていたのか、なかなか燃えてくれませんでした。そのかわり、火山爆発と間違いそうな大きな噴煙ができました。かなり年配の参加者も、「これはいままで見たことがない煙だ。すごいもんだ」などと言っていました(画像)(音はここから)

 川谷冬まつりは今回も星山さん、山岸さん、堀内さんなど法政大学米米クラブや棚田オーナーのみなさんに支えられて取り組まれました。高齢化が進み、地元の参加者が毎年減り続けています。それでも、この祭りは地域の人たちが元気に頑張っていくうえで欠かせない行事です。また、私を含め地域外から参加した人たちにとっても、人間らしい温もりと楽しさを味わうことのできる貴重な機会となっています。みんなで頑張って続けたいものです。

 午後2時半過ぎに川谷を離れ、地元代石町内会のサイの神へ。3時の点火でしたので、到着したときにはカヤ(ススキ)が燃え落ち、参加したみなさんが餅やスルメなどを焼き始めたところでした(画像)。冷たい風が強く吹くなかで、酒をたっぷりと飲み、語り合いました。そして最後は恒例となったすみ塗りです(画像)。川谷ですでに黒くなっていた私の顔もアノラックも一段と黒くなりました。これで今年も健康でがんばることができます。

2010年01月26日

「地域活動資金の制度設計」「除雪体制」などで議論

 きょうも午前から原稿書きでした。お昼すぎ、吉川区から友人のSさんが議員控室に私を訪ねて来てくださいました。昨日、原稿の整理をしていて分からない点が出てきたので教えてほしいとこちらから電話をしたのですが、きょうはわざわざ写真や手紙など資料を持って出て来てくださったのです。うれしかったですね。

 午後4時半から高田のロジワールホテル前で日本共産党の街頭演説会を行ないました(画像)。弁士は参院選新潟選挙区予定候補の武田勝利さんと比例代表予定候補のかわえ明美さん。このうち、かわえさんは上越市内での初演説でした。まず、名護市長選で稲垣候補が勝利したことを喜び、トヨタの派遣切りなどをきびしく批判、大企業にものがいえる政治をと訴えました。私のきょうの役目は弁士の傘持ち、時おり吹き付ける雪と風に泣かされました。チョウ寒かった!

 夜は吉川区地域協議会を傍聴しました。今年初めての協議会です。二つのことに議論が集中しました。

 ひとつはこの4月から執行が予定されている地域活動資金についてです。委員の一人から、「吉川区には年間600万から700万円くらいくる。いまから何に使うか話し合わなくていいのか」と問題提起がありました。総合事務所側から、「いま、市で制度設計中。実施要領等が2月下旬に示され、議会で審議される。その後、(決まったら)協議していただくことになる」との説明があったのですが、なかなか納得してもらえませんでした。「行政のスケジュールとは別に、私たちの立場で話し合いませんか」という発言もありましたから、本当は、制度設計の中味についても意見や提案があったのかもしれません。やりとりを聞きながら、地域活動資金の制度設計にあたっては、市役所の職員だけでやるのではなく、地域協議会のみなさんなどの意見、アイデアを募ればいいのに、と思いました。

 もうひとつは除雪体制についてです。今回のどか雪でひどい目にあった人は大勢いますが、「吉川区から区外に出るのに30分、40分かかった。これでは勤務に支障が出るだけでなく火事や救急に対応できない」「雪も多かったが除雪が悪かった。市と県、国の連携が悪かったのではないか」「本部が設置されても緊急事態に機能するようでないと意味がない」などの発言が相次ぎました。すでに市長は、今回の除雪対応について検証するよう指示を出していますが、除雪計画そのものに問題がなかったかどうかも含めて掘り下げる必要があります。今晩の会議では、「(大雪の時に)どの路線もみな24時間除雪せよと言っても無理がある。まずは24時間除雪体制路線の延長を求めたらどうか」「どこの路線が何時頃どうであったかあげてほしい」などの声もありました。この際、吉川区内での除雪体制について独自に検証し、意見や提言をまとめてほしいですね。

2010年02月06日

豪雪対策本部設置を検討すべきだ

 すごい吹雪です。朝6時前、「しんぶん赤旗」日刊紙の配達に出ましたが、家に戻ってきたのは8時20分、吹雪に泣かされました。暗い時間帯はこんな感じです。
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 そして明るくなった時も
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 いずれの写真も前に進めなくなった時に車内から撮影したものです。ラジオ体操の時間に放送が一時中断され、大雪警報発令が報道されました。吹雪いて、さらに大雪が降る、たいへんなことになってきました。
 これから主要地方道新井柿崎線などを走り、道路状況を見てきますが、もう大雪警戒対策本部の段階から豪雪対策本部へと切り替えるべき時が来たと思います。防災計画では、①市域に大規模な被害が発生し、第一配備体制では対処できない場合、②市長が必要と認めたとき、という対策本部設置基準が定められてはいますが、市長の判断が重要です。

2010年02月11日

障害者福祉の基礎を学ぶ

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 きょうは午前中に「実践者に学ぼう…障がい者福祉の最初の一歩」と題した学習講演会がありました。講師は吉川区出身で、現在、特定非営利法人、「りとるらいふ」理事長の片桐公彦さん。主催は「まちづくり吉川」です。来年の4月に吉川高等特別支援学校が開校するので、それに合わせた企画でした。

 片桐さんは障がい者福祉の歴史や特別支援学校と最近の傾向、支援のポイントなどについて約1時間20分にわたって語りました。現場で苦労している人だけに、話す事例も豊富で、じつに分かりやすかった。今回の講演で、高等特別支援学校を地元としてどう支援していったらいいか少し見えてきたように思います。

 講演を聴いて印象に残ったことのひとつは、障がいのある人に対する見方です。最近、障がい者アートの世界が注目され、表現活動がたいへん評価されているといいます。考えてみれば、私たちの住むこの上越地方でも、ちぎり絵で大きな評価を受けている人がいますが、特殊の例ではなく、優れた表現活動をする人が大勢いるというのはすごいことですね。また、アジアの国々では、障がいを持った子どもが生まれると神の子が生まれたと歓迎されているという話は新鮮でした。障がい者をどう見るべきか改めて考えさせられました。

 障がい者支援はどうすればいいかについて片桐さんが語ったことのひとつは、何かの支援をすることによって障がいがあることがチャラになるようにすること。たとえば、海水パンツのヒモをびろーんと出しているのを嫌いだという、こだわりの強い子どもさんがプールに行く場合、場内放送で、「海水パンツからヒモを出している方はパンツに中にしっかり入れてください」とアナウンスされれば、問題は起きないという話、なるほどと思いました。

 片桐さんの講演は録音しましたので、復習のため、もう一度、聴いてみようと思います。

2010年02月26日

グッドタイミング

 午前は市政レポートの作成と総括質疑の質問取り、午後から中山間地対策特別委員会、財政勉強会、夜は吉川区地域協議会と続きました。これだけ続くと、疲れますね。

 総括質疑で登壇する議員は私を含めて9人になりました。通告書の内容を見たところ、行政組織条例や話題の地域活動支援事業などでだぶりがかなりあります。私は8番目ですから、だぶりの質疑項目については視点を替えたり、前に質疑した人の論戦を深めるなどの工夫をしないと、「早くやめろ」ということになりかねません。私の頭が即座に反応できるかどうか、それが問題です。

 いったん通告を出すと、おもしろいことに、その後の会議や勉強会などでは通告した事柄と関連付けて聞いたり、見たりすることが多くなります。きょうの財政勉強会、講師が過去5年間の市一般会計の歳入、歳出の動きを分析しながら、新年度予算について説明してくれました。総括質疑で新年度予算と財政フレームについて訊くことにしていましたので、まさにグッドタイミングです。これで私の質疑もイメージがふくらみました。

 今晩の吉川区地域協議会でもっとも賑やかだったのは地域活動支援事業についての議論でした。総合事務所から同事業の説明をうけた委員からは、「イメージしていたものと違った。この資金を使うにはこんなにもむずかしいのか」「何かモデルでもつくらないとわからない」「新聞報道ではパーッと輝いて見えたが、詳しい説明を聞いたらキューッと縮まった」などの声が続出しました。この事業のねらいとする「住民の自主的・主体的な地域活動を推進する」こと自体はいいことですので、使い勝手のいい事業にしたいものです。この問題も通告していますので、質問を深める上でとても参考になりました。これもグッドタイミング。

 きょうは雨。太陽さんの顔は見ることができませんでした。楽しみにしていたマンサクの開花は明日以降に持ち越しです。明日は晴れてほしいなぁ。

2010年03月25日

国際啄木学会前会長・近藤典彦氏が5月に吉川区で講演

 うれしいニュースです。国際啄木学会の前会長の近藤典彦氏が5月8日(土)に上越市吉川区に来られ、講演してくださることになったのです。近藤氏は群馬大学の元教授で、石川啄木のすぐれた研究者として知られています。著書に、『国家を撃つ者』(同時代社)『石川啄木と明治の日本』(吉川弘文館)『啄木短歌に時代を読む』(吉川弘文館)などがあります。

 今回、近藤氏が吉川区に来られるのは、同日の午後に予定している私の著書、「『5センチ』になった母」の出版記念会に参加するためですが、せっかくの機会ですので、講演をお願いしたところ、快く引き受けてくださったのです。吉川区で石川啄木研究者が講演するのは、数年前に講演された明治大学の池田功教授(吉川区吉井出身)に続いて二人目となります。

 近藤氏の講演テーマは、「石川啄木とふるさと」(仮題)。午前10時30分より約1時間半にわたる予定です。場所は吉川区坪野のスカイトピア遊ランド(尾神岳のふもとの体験交流施設。電話025-547-2221)。入場は無料で、どなたでも参加できます。主催は「『5センチ』になった母」出版記念会実行委員会。

2010年04月13日

高田会場も活発な意見相次ぐ

 来春開校する県立吉川高等特別支援学校(仮称)についての情報交換会が午前10時過ぎから吉川コミュニティプラザで行われました。これには吉川区総合事務所長、地域協議会正副会長、JAえちご上越吉川支店長、地元町内会長、県義務教育課の「開校準備室」の赤松参事など10数名が参加しました。

 このなかで県の担当者は、これまで準備室などで検討してきた経過や当面の方針について明らかにしました。説明の主な内容を列挙すると、
 ①耐震改修などの設計がまもなく終わるが、7月から工事を開始し、雪が降る前には完了させたい。②開校準備室は7月に上越市内に移転し、校舎の工事が終わり次第、そこに入る。③校名については5月に公募し、それを最大限尊重して決めていきたい。④学校そのものは今年の11月1日に設置の予定である。そうしないと開校に向け、生徒募集などの事務が進められない。⑤開校にあたっては、学校をつくる段階から、(吉川区の)の皆さんの知恵を貸していただきたい。そのため、5月に保護者ならびに地域を対象に説明会を開催するほか、月1回程度の運営協議会を開催していきたい。
 ということになります。

 県立吉川高等特別支援学校(仮称)は来年度(2011年度)以降、2学級20人ずつ募集し、2013年度には全校生徒数が60人となる予定です。配置予定の教職員数は、2011年度が校長、教頭、教諭5、養護教諭1、事務職など4、合計12人。その後、生徒数が増えるに従い教職員数も増え、2013年度には20人となる見込みです。受入対象生徒は主に軽度の知的障害者で、一般企業などへの就労をめざすものとされています。

 夕方からは、きょうも議会報告会でした。会場の福祉交流プラザには約20人の市民の方から参加していただきました。

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 昨日に続いて今晩も参加者が活発に発言されましたね。「議会に請願書を出したが、結果の通知書には不採択になったという結果だけで理由が書いてなかった。おかしいのではないかと議長に申し入れた」「議会に提出された議案に誰が賛成したか反対したかをはっきりと公表すべきだ。そうでないと有権者は(選挙で誰を選んでいいか)判断に困る」「学校給食の民営化に懸念と言われたが、懸念じゃなくて反対してもらいたい。学校給食で食べたものは子どもたちの体と心になる。教育の問題としてしっかりとらえていただきたい」「高田公園のお堀の水はいまはきれいだが、ハスが咲いた後が問題だ。なんとかならないか」などたくさんのご意見、ご要望が出されました。

 今回の直江津、高田の議会報告会ではパワーポイントを使って説明させていただきました。「わかりやすかった」という声とともに、「配布資料も用意してほしい」(直江津会場)、「もう少し前から宣伝すべきだ」などいくつかのご指摘もいただきました。これらについては議員団の検討し、今後に生かしていきたいと思います。参加された皆さん、ありがとうございました。

2010年04月17日

尾神しだれ桜

 上越市吉川区尾神にあるしだれ桜が五分咲きとなりました。近年、このサクラを撮ろうと多くのカメラマンが訪ねるようになり、すっかりサクラの名所となっています。きょうは地元の吉川区観光協会が主催して、初めて観桜会が開催されました。

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 観桜会は午後5時からでした。地元の尾神町内会や坪野町内会だけでなく、区内各地から50人ほどが参加しました。また、スカイトピア遊ランドの宿泊客もたくさん訪れました。今回の観桜会については、スカイトピア遊ランドの従業員が全面的にバックアップ、露店を出して無料で甘酒やおぼろ汁をふるまったほか、焼いたイワナ、てんぷらなどを販売して盛り上げました。

 私はこれまで、尾神しだれ桜は昼間しか見たことがありません。夕方から夜にかけて見た桜がこんなにも美しいとは思いませんでした。日が落ちる前に、参加者の一人が「ほら、ライトアップされたよ」と言ったので、サクラの木をみんなが見ました。しかし、しだれ桜はそれほどライトを浴びてはいませんでした。じつは、声を出した人がライトアップされたと言ったのは、蛍場の南に屏風のように連なる山々だったのです。夕陽を受けた山々の美しさ、私が蛍場で過ごした子ども時代に見たものと同じでした。懐かしくて、うれしくて、うれしくて……。感動でした。

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 すっかり暗くなってからのしだれ桜。きょう、観桜会に参加した理由のひとつはライトアップされたしだれ桜を新しいデジカメで撮影したかったからです。ストロボをたかないで撮る、夜景モードで撮るなどいろいろと試してみました。何枚か撮ったなかでまずまずの撮れ具合だったのは次の写真です。

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 いかがでしょうか。尾神のしだれ桜は市内のしだれ桜の中では一級です。多くの人たちから見ていただけるように大いに宣伝していきたいと思います。尾神しだれ桜は、ここ数日が見ごろです。22日頃までにお出かけください

2010年04月30日

川の手荒川祭り

 昨日の朝2時に吉川区を出て東京へ行き、本日の午後4時前に帰ってきました。吉川区と友好関係にある荒川区の「川の手荒川祭り」に初めて参加してきたのです。吉川区からはコメや山菜、チマキなどの特産品を大量に持ち込み、荒川区民の方々と交流してきました。

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 さすがは都会です、祭りの会場には数万人(ひょっとすると10万人を超えたかも)の人が繰り出しました。吉川区から参加したメンバーは東田中生産組合、杜氏の郷職員、JAえちご上越の職員など総勢15人。午前10時の開会から午後4時近くまでテントのひとつでひたすら物産の販売活動です。人気のトップは現地精米のコメ、人の列が出来てお昼頃には売り切れてしまいました。採れたてのウドも早かったですね。それに続いたのは笹団子、チマキかな。すごいなと思ったのは現地販売スタッフのパワーです。自分の持ち場の物産販売が終了すると、他の物産販売の応援です。大きな声でお客さんに声をかけ次々と売り込む姿は商売人に負けません。私は酒類の販売担当です。「よしかわ杜氏」の辛口、にごり酒などを持ち込みましたが、午後からは全員がこの販売で総力をあげました。立ちっぱなしだったので、終わったら、足がパンパンに張っていましたね。

 お客は荒川区の人たちだけではありません。東京吉川会の平山会長や高倉さん、小泉さん、布施さん、法政コメコメクラブの田中先生、安田さん、星山さん、小林さんなども駆けつけてくださって、懐かしい再会が実現できました。みんな、吉川区の応援に来てくださったのです。日暮里で商売をしている高倉さんは顔なじみの人が通ると声をかけ、吉川区の「特別販売員」として大活躍してくださいました。みなさん、ありがとうございました。

 橋めぐり、歌舞伎座

 今朝は朝5時15分に起床。宿泊した築地の厚生会館のそばにある勝鬨橋を渡り、西仲橋、佃大橋をまわってきました。最近はよそへ出かけても「橋」が気になります。どこの橋も個性があり、発見があります。勝鬨橋では車道と歩行者道の分離帯にこの橋ならではのデザインがありました。橋が開閉する一こまひとこまを数か所で紹介してあったのです。

 今朝は川沿いを歩いたのですが、ここは隅田川の河口から1キロ前後の上流です。流れの音は川というよりも海の波の音に近いと感じました。月島川水門付近ではソメイヨシノの花を数個見つけました。まだ、咲いていたのです。懐かしく、うれしかった。

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 西仲橋の上から水門方向を撮った写真です。勝鬨橋が出来るまでは、ここには「渡し」がありました。それらの案内板を一つひとつゆっくりと読みました。河口に近いとあって、この辺の災害対策では津波を想定した取り組みがあちこちでされていました。津波対策を考えたスーパー堤防、水門などは初めて見ました。みんな、勉強になります。朝食前の散歩は2時間15分もかけて楽しみました。

 朝食後は女性メンバーの人たちと築地市場、さらには歌舞伎座へと歩きました。市場にはなんでもありです。カタクリやタラの芽などもたくさん並んでいて、「ここへ持ってきて、この値段で売れれば大儲けだねや」などと言う声も出ました。ここでは、土産品として佃煮、海苔などを買い求めました。それにしても観光客の数がすごかった。

 歌舞伎座は60年ほど前に建てられて、きょうが最後というニュースが流れていました。歌舞伎座近くへ行くと、カメラを持った人たちが大勢見物に来ていました。偶然とはいえ、特別の日に訪ねることが出来て得をした気分になりました。

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2010年05月09日

「石川啄木を呼ぶ時代」

 昨日は吉川区坪野にあるスカイトピア遊ランドに泊まりました。「見てある記」はいま、家に戻って書いています。

 昨日の午前は講演会でした。国際啄木学会前会長の近藤典彦先生が「石川啄木を呼ぶ時代」というテーマで1時間30分ほど講演されました。

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 近藤さんの講演を聴くのは今回で2度目ですが、感動の連続でした。昨日の話を聴いたおかげで石川啄木のすごさを再認識しました。「短歌、詩、小説、評論だけでなく、時代を代表する思想家でもあった」として近藤さんは、啄木の「時代閉塞の現状」という小論を紹介しましたが、時代を鋭く分析したこれほどの名文を啄木が書いていたとは知りませんでした。また、坂本龍馬から中江兆民、幸徳秋水、そして石川啄木へと流れる思想の系譜についての説明も興味深いものでした。

 講演でもっともうれしかったのは「啄木短歌の魅力」を豊かに語ってくださり、教えてもらったことです。近藤先生と井上ひさし、平岡敏夫筑波大名誉教授、3人による座談会で井上ひさしが語った啄木短歌の分析についての紹介はぐいぐいひきつけられました。啄木は「日本語を望遠レンズにしたり、縄にしたり、瞬間固定剤にしたりして」日本語の可能性を示したということを聴いて、文章の書き方を学ぶためには啄木を深く学ばなければと思いました。

 近藤先生は「石川啄木著『一握の砂』を読む」というブログで啄木についての研究成果を発信し続けておられます。ぜひ訪問してみてください。

2010年05月22日

吉川小学校運動会

 きょうは吉川小学校の運動会に招かれ、朝8時半前に家を出て参加してきました。市役所吉川区総合事務所の懇談会が夕方までに3会場であるため、わずか1時間ほどの参加でしたが、従弟の子どもさんなどたくさんの人たちと会うことが出来て良かったです。

 今回から運動会には応援ボランティアが入ることになりました。吉川中学校の生徒が中心ですが、こうしたやり方は今後広がっていくかも知れませんね。応援の生徒たちの顔がとてもいいなと思いました。

 運動会では購入して間もないデジカメの機能をいろいろと試してみました。特に短距離走では、これまでいいタイミングで撮れないことが多かったので、連写モードにして、連写スピードに変化をつけて撮ってみました。また、すっかり恒例となった準備体操の代りのよさこいソーランも動画で撮ってみました。

2010年05月23日

地域活動支援事業は「もよーん」?

 昨日、吉川区内3会場で総合事務所主催の地区別懇談会が行われました。懇談会の目的は、吉川区内における上越市の新年度主要事業、社会福祉協議会の新年度主要事業の説明と意見交換です。

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 写真は源地区会場での様子。この日は小学校の運動会と重なったことなどから参加者は全体で36人にとどまりましたが、各会場とも閉会予定時間を大幅に遅らせざるを得ないほどたくさんの意見、要望などが相次ぎました。

 もっとも意見や注文が多かったのは、新年度新規事業である地域活動支援事業です。吉川区には650万円が配分されることになっていて、10日から来月14日までが募集期間となっているのですが、市民の間ではとまどいや疑問がまだまだ多いことがわかりました。Nさんは、「内容的に見てももよーんとしている。地域や団体で相談するにしても来月14日までというのは急ぎ過ぎだ」と発言しました。また、Kさんは、「団体で申請しても7割補助(吉川区では審査の評点により補助率が変わる仕組みを採用)と決定した場合、3割の金があるかどうかが問題となる」と悩みを語りました。Uさんは、「市の共通のサービスで上乗せ、横出しはできないものか」と質問しました。このほか、今年度取り組む予定の事業をあげて、対象となるかどうかとか、事業申請の様式はあるかなどの質問が出されました。

 このほか新年度主要事業では、「自主制作番組はどれくらいお金がかかるのか」「BSが入らなくなるというが本当か」などケーブルテレビ事業についての質問やゴミの不法投棄、市道の草刈り、県道側溝の掃除などについて注文が出されました。

 なお、吉川コミュニティプラザ会場で、「年々、懇談会参加者が減っている。もっと工夫を」という声がありました。地区別懇談会は吉川区が合併前の吉川町が行っていた懇談会の伝統を守って継続しているものです。ぜひ、大勢の人たちに参加してほしいですね。

 私は今回も3会場での懇談会に参加、市民の皆さんの要望把握などにつとめました。ただ旭会場での懇談会については、途中で退席して、高田で行われた日本共産党演説会に向かいました。

2010年05月25日

地域活動支援事業の審査をどうするかで議論

 おはようございます。また、朝になってしまいました。昨日の地域協議会の会議が夜10時頃までかかり、夕食を食べたら、パソコンに向かう意欲よりも布団に向かう「意欲」の方が強くなってしまったのです。これじゃ、やせられませんね。

 さて、昨日は午後から訪問活動でした。吉川区へ戻った時間、ちょうど、日が射して周りの景色がとても素敵でした。大急ぎで尾神岳の写真を撮りに行きました。

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“逆さ尾神岳”です。太陽光線のおかげで田んぼに植わった苗の色が何とも言えない美しさを生みだしています。この写真はホームページのトップにも使いました。

 夕方の6時からは吉川区地域協議会の管内視察に同行させてもらいました。有線放送農協の施設、機器を40分ほどかけて見させてもらいました。同農協では自主制作番組をやっていますが、「取材して編集をする時に、この画像を載せてもいいか」慎重にやっているとの話を聞いて、市政レポートを作成するときと同じような苦労があるんだなと思いました。

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 写真は収録してきた画像を編集する器械について説明を聞いているところです。私も初めて見せてもらいましたが、大掛かりな機器を使っているので驚きました。地域協議会のメンバーの最大の関心は、これらの機器が来年7月のアナログ放送停止に伴い、どうなるか、どうするかでした。

 さて、定例の地域協議会は午後7時からでした。

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熱の入った議論が展開されたのは地域活動支援事業の審査についてです。この事業の提案書の受け付けはすでに始まっていて、来月の14日までですが、その後、提案のあった事業一覧、採点票などとともに吉川区独自に作成した質問票などが協議会委員に配布されます。そして場合によっては応募者によるプレゼンテーションが実施され、地域協議会の審査へと流れていくスケジュールとなっています。これら一連の流れの説明を受けた後、委員からは、「ここまで細かに申請していただくとなると事務的な仕事に慣れている人でないと出せないのではないか。日程的にきびしい」「県のプレゼンテーションに参加したことがあるが、大概は日曜日に行われた。しかも一堂に会してやっている」など次々と意見や提案が出ました。

 最終的には6月19日(土)の午後2時までに、提案書に対する各委員の質問を締め切り、プレゼンテーションをやる場合は、6月27日の日曜日とすることに決まりました。これは時間は未定です。また、地域協議会の審査は6月29日(火)に行うこととなりました。

 総合事務所の担当者の話によると、昨日までに同事業の提案書の提出はゼロです。ただ、資料を持ち帰り、問い合わせが10数件あり、応募があるものと期待しているとのことでした。

2010年05月29日

小さな水車

 一体誰が作ったのか。「しんぶん赤旗」日曜版を配達中、十字路で車を停車したところ、すぐそばの用水路からパチャパチャという音が聞こえてきました。なんと、そこには小さな水車があったのです。パチャパチャ、パチャパチャ、いつまでも回り続ける姿に思わずほほ笑んでしまいました。おそらく、作った人は大人です。子どもの頃、水車遊びをして楽しい思いをしたことのある大人です。この遊び心がすばらしい。

 この小さな水車のある場所は、

上越市吉川区東田中地内の東田中集会所のすぐそばです。

2010年06月02日

いこいの里あさひ、盛大に竣工式

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 吉川区梶地内で昨年から建設工事が始まっていた複合福祉施設、「いこいの里あさひ」の竣工式・祝賀会がきょう行われました。同施設は上越市社会福祉協議会が初めて設置主体となって取り組んだものです。取り組みのスタートでぎこちなさがあったものの、無事竣工できてホッとしています。竣工式・祝賀会には稲荷副市長、岩崎副議長など行政、議会、地元町内会などから70人近くの人たちがお祝いに駆けつけました。

 式辞で市社会福祉協議会の橋本眞孝会長は、「市社会福祉協議会では地域福祉を重視し、市民一人一人が安心して、その人らしい自立した生活が出来るように努力してきた。この度、高齢化率の高い頸北地区で、同地区を対象としたディサービス、市内全域を対象としたショートスティなどの福祉複合施設を関係者のご協力により計画通り建設できた。これからがたいへんであり、地域の皆さんに支えられて発展していきたい」と喜びと抱負を語りました。式典では稲荷副市長、岩崎副議長がお祝いの言葉をのべました。

 同施設は鉄骨造で一部二階建、床面積は一階が859㎡、二階が261㎡あります。建設工事費は3億187万円、備品整備で2447万円かかっています。初めて中に入ってみて感じたのは、空間がゆったりとしていることと、木のぬくもりです。

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落ち着きと温かさがいいですね。建設にあたっては、新潟県の森林整備加速化・林業再生事業を活用したということでした。

 同施設にはディサービス(30人)、ショートスティ(14人)、緊急利用(1室)、それと地域交流室もあります。いまのところ、入所が決まっているのは約6割ということでした。「いこいの里あさひ」という名前は吉川区の上野康博さんの提案が採用されたといいますが、この名前のように地域の皆さんの憩いの場となればいいなと思います。

2010年06月09日

やまぎし農園のトマト、販売開始

 まずはお知らせから。3日ほど前から吉川区大乗寺のやまぎし農園のトマト販売が始まりました。今年は低温の影響で少し遅くなりましたが、重量感があって、甘味も十分、相変わらず美味しいトマトです。

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一袋に3個入って300円です。ぜひお求めください。売っている場所は地図をご覧ください。


大きな地図で見る

 さて、昨日は総括質疑の打ち合わせをした後、吉川区内にある2つの小規模水道施設を市役所職員とともに視察してきました。いずれも山間部にあり、水源で流れ出る水は冷たく美味しいものでした。水は山間部住民の暮らしに欠かせないもの、しっかりと守っていきたいものです。

 視察時に川の中にも入りました。その中州で見たことのない野の花と出合いました。ひとつはミゾホウズキです。

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黄色の花の形が個性的です。そして、いまひとつ、ミズタビラコです。

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 昨晩、ふたつの花の名前を探し出すのに苦労しました。もし、名前が違うのではないかと思われた方はぜひご指導ください。数日後に私のホームページの「野の花」に登載したいと思いますので、お願いします。

2010年06月20日

消防訓練

 きょうは朝7時半から上越市消防団吉川方面隊の消防訓練です。駆けつけ放水訓練は原之町の場々谷池で行われました。7時半にサイレンが鳴ると次々と消防車が現地に駆け付け、放水を始めました。この模様を動画でご覧ください。

 訓練の状況は方面隊の幹部、総合事務所の幹部のほか、近くに住む人たちも訓練の様子を見守りました。子どもたちも7~8人いて、すぐそばの笹川さんちのおばあちゃんは子どもたちにお菓子をプレゼント。子どもたちは大喜びでした。お菓子は訓練を見に来たご褒美です。私までお菓子をいただきました。

 午前9時からは会場を吉川中学校グランドに移し、機械器具の点検や規律訓練、小型ポンプ走法の訓練などが行われました。ズラリと並んだ消防車を見せていただいた時、最新型の消防車と古い型の消防車を比較することもできました。写真は機械器具の点検の様子です。

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2010年06月23日

鈴木寛一さん亡くなる

 いまは午前2時53分です。昨日の午後10時37分に鈴木寛一さん(81)が亡くなったとの知らせを受け、病院へ行き、その後、鈴木さん宅で葬儀などの打ち合わせを行って、先ほど帰ってきました。

 21日の午後、病院で会った時は話も出来ましたので、まだしばらくは大丈夫だと思っていたのですが、残念です。家族の人たちの話によると、昨日の午後から苦しみ出し、最後は静かに息を引き取ったということでした。でも、うらやましいなぁ。医者にもう一日くらいの命と言われてから、奇跡的に回復し、2日間ほどの間に、会いたい人とほとんど会って話も出来たというのは……。たぶん、本人も満足していることでしょう。

 私の議員活動は32年間になりますが、そのうち28年間、鈴木さんは地元の親戚として私を支え続けてくださいました。いつもやさしく、穏やかな人です。地元をまとめてもらうにはうってつけの人でした。心から感謝の言葉を贈りたいと思います。ありがとうございました。

2010年06月30日

吉川区地域協議会で地域活動支援事業の審査

 朝になってしまいました。昨日は午前がビラ配布、午後からは街頭演説会、そして夜は吉川区地域協議会と続きました。くたびれて、ワールドカップの方もうとうとしながらのテレビ観戦となりました。ただ、最後のPK戦だけは緊張し目を開けていました。日本代表はよくがんばってくれたと思います。

 吉川区地域協議会では、地域活動支援事業の申請(応募)についての審査が行われました。当初、17件の申請がありましたが、補助残が自己負担となることなどから3件の取り下げがあったということです。

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審査会場は吉川コミュニティプラザの大会議室でした。大勢の傍聴者があるかも知れないとの判断だったのでしょう。しかし、傍聴者はマスコミ関係をのぞくと、私を入れて4人だけでした。マイクを使わないで会議は進められたこともあり、委員によっては発言内容がよく聞きとれませんでした。

 昨日は申請された14件をすべて審査しました。14件の中には、文化財の保全と活用にかかわるものが2件、溜め池調査設計にかかわるもの3件、これまで地道に取り組まれてきた活動やイベントを発展させようというものなどが含まれています。審査は初めてにもかかわらず、各委員からは、「事業対象をもっと広げるべきではないか」「内容はすばらしいが、期間内にやるのは困難ではないか」「昨年の国体時に農地の荒廃が気になった。農地保全につなげてほしい」など活発な発言が相次ぎました。地域協議会委員が代表を務める団体からも申請が複数ありましたが、忌憚のない意見が出されていました。

 審査の結果、14件すべてを採択とすべきということになりました。申請額の100%を認められたのは「えちご吉川少年剣道練成大会」です。県内外から剣道の強豪校を招待し、少年剣士の技術の向上と交流を深める企画は大きな評価が与えられました。補助額は69万円です。
 この他、町田閻魔堂を活用したイベント事業、国田城跡整備事業など8件が90%補助、原之町町内会憩い施設整備事業と水源地域活性化計画作成事業の2件が80%補助となりました。また、3件出された溜め池調査設計事業については、「市の補助事業の補助率15/100を適用し、事業費の15/100とする」という条件が付きました。
 採択すべしとの結果が出た申請事業の事業費合計は641万6000円。吉川区への配分額(650万円)に近い金額となりました。残った金額は追加募集ではなく、次年度に繰り越すことを確認しました。

 昨日、審査された案件は総合事務所長の決済の後、補助金の交付申請・決定と続き、事業開始へと進みます。

2010年07月04日

第6回吉川区体育祭

 きょうは午前中、吉川区の体育祭でした。吉川町時代から通算で48回目。今回は中野教育長も来賓として挨拶してくださいました。教育長は吉川区米山の出身で、お連れ合いは吉川区内の小学校に19年間勤務されました。中学生の時に参加した体育祭のことなどにふれながらの、ふるさとへの思いを込めた挨拶には感動しました。体育祭は途中で雨が降り、プログラムの一部を中止せざるをえませんでしたが、それでも元気いっぱい、みんなが力を合わせ、盛り上げました。今回は玉入れ、輪投げ徒競争、保育園遊戯、綱引き、大玉・小玉送りなどを動画で記録しました。このうち、私が一番気に入ったのは、保育園児の入場行進です。行進に加わり、両手を振って歩いてみたくなりました。これはご覧いただきましょう。


 雨でグランドが濡れたため中止となった吉川小学校のマーチングバンドは、体育祭終了後、同校の体育館で演奏が行われました。これも動画で記録しました。ご覧ください。

 ところで、先日、柿崎区選出の武藤正信議員から、「今度、吉川区にも議会報告入れさせてもらうすけね」と話がありました。今朝、その報告ビラが新聞折り込みされました。吉川区内で私以外の市議のビラが配布されたのは初めてです。A3判両面に印刷されていて、とても見やすく編集されていました。私のものはいつもバタバタと編集しているので、文字だらけのビラになりがちです。負けないようにしないといけません。

 この議会報告の中で興味深く読んだのは、並行在来線会社への出資についての部分です。日本共産党議員団は、一般会計補正予算については、この出資金を削り、予備費に計上する修正案を出したのですが、武藤議員は修正案に反対し、原案に賛成した議員のひとりでした。その武藤議員が、ビラの中で、「並行在来線の第三セクター立ち上げにあたって、経営方針や資金計画がまったく示されていない中での出資には当然疑問が残ります」と書いているのです。私たちの修正案には反対したけれど、気持ちは同じだった。こういう人がいたことを知ってホッとしました。

 市政レポート1456号と「春よ来い」第115回をホームページに掲載しました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてお読みください。

2010年07月06日

76センチのナマズ

 きょうは市役所へ行かずに、一日中、吉川区、柿崎区にいました。一昨日、体育祭と消防訓練で長時間にわたってイスに座っていたことがまずかったのか、腰の痛みに悩まされています。それでいながら、家でじっとしてはいられなくて、ビラの配布や「しんぶん赤旗」の集金などで動き回りました。

 その際、大きなナマズを見せてもらいました。近くの吉川で釣ったという大物は76センチもあります。これまで30センチくらいのものしか見たことがなかったので、あまりにも大きいのでびっくりしました。このナマズを釣った人はスーさん、わが家の近くに住む鈴木芳隆さんです。鈴木さんは大きな鯉を釣ったことでこのブログでも紹介したことがあります。なお、今回の餌はミミズだということでした。

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2010年07月10日

地域医療を考える会

 柿崎病院主催の地域医療を考える会に参加してきました。といっても、基調講演を聞いてきただけですが。講師は自治医科大学地域医療学センターの梶井先生、「なぜ住民活動が必要なのか」をテーマに1時間近く講演されました。

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 講演のなかで先生は、「医療の流れ」づくりの基本についてわかりやすく展開されました。医療機関の機能分担・連携、かかりつけ医の定着、住民への啓発・普及、相互の信頼と理解・協力の4つが基本ですが、そのなかでも「かかりつけ医の定着」については大事だと思いました。会場でも「かかりつけ医」のいる人は半数以上でしたが、何でも相談できる医者となっているかどうかとなると1割くらいに落ちてしまいます。このギャップを埋めなければといけないと訴えておられました。このほか、「健康は自分で守るもの」「医師を育む地域活動が大切」などいくつも学ぶことが出来ました。

 考える会に参加できたのはほんの1時間ほど。その後は再び吉川区に戻り、「しんぶん赤旗」日曜版の配達などの活動をしました。私の故郷、尾神地内で畑に犬の置物を置いてあるので何か知りたくなりました。

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 これはイノシシ対策に違いないと思っていたのですが、あとから、畑の持ち主に尋ねたところ、カラスよけだということでした。でも効果はあまりないようです。尾神では最近、イノシシが出没、ジャガイモをごっそり食べられた等の被害が出ているそうです。こまったものです。

2010年07月13日

ひとみちゃん

 会うたびに優れた能力を感じる少女がいます。上越市立吉川小学校3年生の秋山ひとみちゃんです。きょうは茶の間でよさこいの踊り、天地人(あまちびと)を披露してくれました。

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 近いうちに動画でご覧いただきますが、体の柔らかさ、指先の細やかで豊かな表現力はすばらしい。どんな踊りでも踊ることができる能力を持っています。

 ひとみちゃんは絵も大好きです。「橋爪のおじさん、似顔絵描いてあげるね」と言って描いてくれたのは……。

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 頭の禿げ具合、顔の大きさ、何よりも私の特徴をよくとらえた見事な絵です。いやー、まいったなぁ。

2010年07月14日

蒸し暑い一日

 午前は市政レポートの号外配布でした。約70軒を訪問しましたが、きょうは湿度が高く、手に持っているビラが汗と湿気でくっついてしまうこともありました。選挙の結果や市政レポートのことで対話がはずみ、結構、時間がかかりました。3時間くらいかな。家に帰ってお昼を食べたら、睡魔に襲われ、1時間半くらい昼寝をしてしまいました。

 市役所へ向かう途中、竹島県議から連絡が入り、並行在来線開業準備協議会の第5回経営委員会資料を明日入手できること、脇野田駅移設に関するJRからの回答文書(新潟県、上越市に対する)が存在することなどが伝えられました。夕方、議会事務局から連絡がありました。21日の議員勉強会の後に、並行在来線運行会社の「経営計画案」「利用促進案」が示され、議員向けに説明会が行われるというのです。これまで見えなかったことがこれらの資料や説明で見えればいいのですが。

 訃報です。旧吉川町時代に議員仲間だった上野英夫さんが亡くなったということです。私よりも1級上でしたから、まだ60代の前半です。とても働き者で、自ら長芋栽培に取り組むなど地域農業振興にも貢献されてきました。病院で見舞ったときに、「まだ、もったいないよね。せめて65歳まで生きたい」と語っておられましたが、残念です。

 ずっと気になっていた合歓(ネム)の木の花の写真を撮りました。このところ、いい色を出しています。

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2010年08月08日

越後よしかわやったれ祭り2010

 昨日は越後よしかわやったれ祭りでした。酒を飲みすぎたのもありますが、動画のアップに時間がかかり朝の発信となりました。

 「越後よしかわ」というのは新潟県上越市吉川区をいいます。合併前は中頸城郡吉川町、尾瀬あきらの漫画『夏子の酒』で一躍有名になったコメと酒造りの郷です。この郷のシンボルは尾神岳です。ここから流れ出る水が田んぼをうるおしています。いま、田んぼでは酒米、五百万石がこの暑さの中で実り、穂が垂れ始めています。

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どうです。いい姿になってきたでしょう。たっぷりと夏の太陽光線を浴びたので今年のコメは美味しいですよ。今月の末から来月の上旬には刈り取りが始まります。

 越後よしかわやったれ祭りは吉川区に住む若者たちが手づくりではじめた祭りです。豊作を祈願し、みんなの幸せを祈るためにペットボトルで稲穂をつくり、神輿もつくる。祭りは「なんでも積極的にやろう」という人たちの力で続き、今回は12回目となりました。

 会場は上越市吉川区の中心部、原之町商店街です。今年も稲穂竿灯づくりは広がり、吉川小学校では総合学習の時間を活用して絵入りの竿灯をつくってくれました。昼間見た稲穂竿灯です。

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 祭りは午後からはじまりました。私はまずチェンソーカービングを見に出かけました。フクロウを彫っているのは吉川区在住の江村康成さん、チェンソーカービングを始めてからまだ3年足らずですが、どんどん腕を上げ、あちこちで引っ張りだこです。市内で木彫りのフクロウを見かけたら、江村さんの作品と思ってよいくらいです。

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 次はよさこいソーラン。吉川区では「百華踊乱」というグループが日々練習を重ね、特養ホームの祭り、酒祭りなどで活躍してくれています。

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 動画には最新作「天地人(あまちびと)」を載せました。このグループには今年も新たな子どもたちが加わっています。踊りもたいしたものだけれど、グループを育て、継続していく力もすごい。

 稲穂竿灯はロウソクに火がともると一段と美しくなります。

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 暗くなると祭りの中央舞台周辺はどんどん賑やかになります。写真はくじ引き、「さあ、今度は扇風機ですよ」司会が投げかける勢いのある言葉で会場は沸きます。

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 祭りがもっとも盛り上がるのはここも神輿です。子ども神輿、大人神輿と続きます。

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 右の方の神輿、よくご覧ください。「吉中 参上!」、そうです、吉川中学校の生徒の皆さんが神輿行列にも参加してくれたのです。うれしかったねぇ。神輿の雰囲気はやはり動画でないとね。こちらもご覧ください。

 今年の越後よしかわやったれ祭りにはマスコミ関係者の姿も何人か見えました。地元ケーブルテレビは建設機械を投入して3メートルくらいの高さから祭りを撮り続けたようです。こうなれば、こちらも熱が入ります。どこよりも早く動画も使って発信しました。来年はさらに大きな祭りになりますよ。ぜひお出かけください。

 最後になったけれど実行委員会のメンバーのみなさん、ボランティアのみなさん、ありがとうございました。みなさんのおかげですばらしい祭りになりました。みんな元気をもらいました。

農家組合の草刈り、その後は休み

 農家組合の草刈りでした。私は現在住んでいる集落では農家組合に加入していません。農家組合では年に3回草刈りを行います。そのうち、お盆前の草刈りには非農家扱いとなっている世帯も参加することになっているのです。きょうは朝8時から10時半頃まで約40人で草刈りをしました。草刈りをした場所は、いざというときには集落の防火用水ともなる代石池周辺、冬場は流雪溝になる用水路などです。

 きょうは太陽が比較的静かで、強い日差しは一時だけでした。それでずいぶん助かったのですが、それでも暑かった。ペットボトルに入れた水を時々飲みながら作業を進めました。休憩は2度ほど。1回目は道の両側に雑木が生い茂っているところ、木の葉がつくりだす木陰で休みました。休みに出た話はマツタケなどキノコ採りの情報など様々でした。それにしても、風がそっと通り、目の前の草の葉が揺れた時、「風って、こんなにもいいものか」と思いました。

 草刈りが終わって家に戻ると、次男が夫婦で金沢から戻っていました。暑いので、妻や母などとともに柿崎区の旭平にある名水、吟田川のそばでトコロテンや岩魚の塩焼きなどを食べてきました。

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 その後は尾神岳に登りました。例年だと、パラグライダー基地周辺ではツリガネニンジンが咲いているのですが、今年は開花までまだ数日はかかりそう。帰りはわが家の墓がある蛍場に寄って墓参りをしてきました。そういえば、きょうは父の月命日でした。大好きだった孫が顔を見せてくれて父も喜んでくれたと思います。

 市政レポート1461号、「春よ来い」の119回、「あねさかぶり」を昨日アップしました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてご覧ください。

2010年08月14日

十三夜

 お盆に入って2日目。市政レポート1462号を作成して新聞店に届けた後、スカイトピア遊ランドで飲んでいた中学生時代の同級生と家族に合流しました。ビールをたっぷり飲んで、最後はざるソバ。美味しかったです。同級生とは、めずらしく共産党のことが話題となりました。「いろんな党の主張を聞いていて、共産党の主張が一番いいと思っているが、なぜ伸びないのか」「日曜版には地方版がないのか」など次々質問が出ました。私の『「五センチ」になった母』(同時代社)をまだ読んでいないふたりの同級生からは本を買ってもらいました。

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 きょうは吉川区観光協会主催の納涼盆踊りがスカイトピア遊ランドで行われることになっていました。ところが雨が降って会場はぬかるんでいます。同級生の一人が整備の仕事をすることになっているというので、私たちも手伝いました。大型トラックに砂を運んでもらい、それをグランドに撒く仕事です。長靴を借り、スコップを持って頑張ったら汗だくになりました。

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 盆踊りは夕方から。いつ雨が降るかわからない状況の中でも120人ほどの人たちが集まりました。片桐観光協会会長の挨拶の後、佐渡おけさ、炭坑節と踊り、十三夜まで踊りがすすんだところで雨脚が強くなり、とうとう体育館へ移動することとなりました。今回の盆踊りで私は、久々に見る十三夜を記録したいと思っていました。雨が降ってもカメラを回し続けていたら、すっかり濡れてしまいました。踊りの輪は小さかったものの、収穫は長谷川和作さんの生の唄、それと長谷川勉さん、橋爪宏さんの太鼓です。どちらも良かったです。吉川区に伝わる十三夜はそう面倒な踊りではないので、しっかりと憶え、来年は踊りの輪を大きくしたいものです。動画で「十三夜」の唄と踊りをごらんください。


2010年08月15日

花ロード

 朝から夕方までお盆の挨拶回りでした。昨日の雨の影響か、湿度が高く、一日中蒸し暑い日となりました。回っていて改めて気がついたのは区内にはとても素敵な花ロードがいくつもあるということです。そのうちのふたつを紹介します。まずは蛍場です。

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 昨年、突然の事故でひと組の夫婦が亡くなって、花ロードはもうつくれないのではと思っていただけにカンナなどが今年も鮮やかに咲いている姿を見たらうれしくなりました。伯母夫婦などが今年も頑張って育てたということでした。もうひとつ、堂屋敷を望む県道に咲いているヒマワリです。

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 この花は未確認ですが、岩沢町内会のみなさんが育てられたものと思います。ヒマワリの花の団地が2か所ありました。車でサーッと通り過ぎた時、いい風景だなと思い、市之瀬橋まで行ってから引き返して撮影してきました。

2010年08月29日

川谷地区大運動会2010

 昨晩遅くまで飲んだので朝の発信です。
 
 恒例の川谷地区大運動会が昨日、行われました。今年も暑さを考慮して開始時間は午後3時から。地区住民、法政大学の米米クラブのみなさんなど50人ほどが旧川谷小中学校のグランドに集まり、ボード渡し競争、玉入れ、ビン釣り競争など楽しみました。ありがたいことに、午後のグランドには西側にある林から涼しい風が流れ込んできていました。

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 川谷地区の大運動会は年々地元参加者が減ってきています。参加したくなくて参加者が減ってきているわけではありません。これは亡くなったり、体が弱くなって参加できなくなった人が出ているということなのです。体を動かすことができなくても、杉の木の下で観戦している人も数人いました。そのなかには、「林のとうちゃん」「沢のかあちゃん」などがいました。

 地元参加者が減っても維持できるのは法政大学米米クラブのおかげです。みんな、ありがとう。今回は運動会の模様を動画で記録しました。まずは競技のトップに行われたボード渡し競争です。

 

 どうです。おもしろいでしょう。みなさんもやってみてください。次はビン釣り競争。

 昔の運動会ではおなじみの競技でしたが、いまもやっているところはあまり残っていないのではないでしょうか。私もこの競技に参加しました。釘をビンに入れるのに手間取っていたら、「これでも市会議員やれるがだなぁ」とヤジ。ビンを釣ったのは最後でしたが、全力で走り、ゴール手前で小学校6年生のなぎさちゃんを追い抜き、なんとかビリにならずにすみました。最後に紹介するのはパン食い競争です。

 これもやっているところは少ないでしょうね。昔はこのパンを食べたくてね。もう必死でした。

 さて、昨日も猛暑でした。気温は35度近くまで上昇したはずです。でも湿度は低く、いくぶん涼しくなってきたかなという感じがしました。こうしたなか、吉川区町田では酒米、五百万石の刈り取りがはじまりました。いよいよ、稲刈りです。午前に、稲刈りを前にした風景を下町で撮りました。

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2010年09月04日

稲刈り日和 運動会日和

 猛暑はきょうも続いています。稲刈りの方は、酒米の五百万石の刈り取りが進んでいます。毎年のことながら、稲刈りの風景はいいですね。

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 きょうは吉川中学校の運動会でした。開会式から午前11時過ぎまで見学させてもらいました。猛暑の中での運動会ですから、熱中症対策として生徒は帽子を着用し、水分補給をしながら競技が続けられました。

 吉中の生徒にとって運動会は年間行事の中でも音楽祭と並んで重要なイベントです。夏休み前からパネルづくりなどで頑張ってきました。開会式では、1つひとつの挨拶が心に残りました。実行委員長の松原春菜さんは、「吉川中の夏がやって来ました」と元気に挨拶、来賓や保護者席にも声をかける姿には好感を持ちました。長谷川PTA会長は「10年経っても思い出に残る運動会にしてほしい」と訴えました。

 競技は「借り人競争」から「棒倒し」まで4種目を見ました。みんな、力が入っていましたね。

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 これは「借り人競争」です。「2人3脚リレー」では手ぬぐいが締まりすぎてほどけなくなったり、二人の足がまったく揃わない組があって、観客席からも「がんばれ」の声が飛んでいました。競技のなかで私が初めて見たのは「紙オセロ」です。これは、説明を書くより、動画でご覧いただきましょう。

 午後からはリージョンプラザで開かれた「活かせ、在来線! 講演と文化の集い」に参加しました。

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 記念講演は青森県議の奈良岡克也氏が講師。「三セク会社ー青い森鉄道ー誕生後の地域経済・住民への影響」と題して50分間にわたって並行在来線「青い森鉄道」の経営の現状、並行在来線に対するJRの支援策などについて語りました。

 正直言うと、話がたんたんとした調子だったこともあって、最初は眠くてしょうがなかったのですが、「青い森鉄道」の経営実態が耳に入ってきてから目が覚めました。累積赤字がすでに2億円にもなっていること、線路使用料は県から毎年3億円減免してもらっていること、いまでさえ「経営の形をなしていない」(奈良岡氏)のに、新幹線が青森まで延伸した時には県財政より毎年16億円の繰り出し補てんが必要で、「乾いた雑巾をしぼりつづけなければならない」(同)という話は深刻でした。

 勉強になったのは、並行在来線に対するJRや国の支援策についての話です。JR東日本による具体的な支援策のなかには、中古車両リニューアルを無料で実施(28億円相当)、鉄道インフラを整備しての提供(約40億円相当)などが入っていました。総額で100億円を超えるということです。また、鉄道建設運輸施設整備機構利益剰余金の話は初めて聞きました。これらの話を聞いて、JR東日本が脇野田駅など信越線移設工事を引き受けるにあたって新潟県と上越市に示した、「信越線の直江津ー妙高高原間を在姿譲渡する」などの条件についてはよく分析する必要があると感じました。

 奈良岡氏は講演の最後に、「新潟県と新幹線沿線自治体が他県との連携なしで新会社を設立しようとしていることは問題」「JRからの経営分離の間違いを言い続け、それと同等の支援を求めていくことが重要」「問題解決のためには超党派で向かっていかないと解決しない」と訴えました。大事な指摘です。

2010年09月05日

一口メロン

 昨日、吉中運動会の席で原之町町内会長の小山正昭さんから、上越タイムスに載った「ミニメロン」のコピーを読ませてもらいました。吉川物産館脇の五差路の近くに、それもアスファルト舗装の割れ目からメロンの蔓が伸び、とうとう実をつけたというのです。

 きょう、現場へ行ってみました。

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 まぁ、よく生ったもんです。アスファルトの割れ目から出ていながら、水不足で枯れることなかった、その生命力だけでもすごい。それとカラスやタヌキに食べられずにいるのにも驚きました。わが家の周りでは、どこでも「食べられた」と嘆いています。昨日の新聞では「2個」とありましたが、私が行った時には1個となっていました。誰かが収穫したのでしょう。

 このメロンは、吉川区などで「一口(ひとくち)メロン」と呼んでいる伝統の品種です。小さいけれども糖度が高くてとても美味しいのが特徴です。わが家でも長年作っていました。簡単に作れて、手がかかりませんよ。畑ではなく、わが家の堆肥置き場で自然に生え、実をたくさんつけたこともあります。

 市政レポート1465号をアップしました。また、「私の好きな風景」に2枚追加しました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてご覧ください。


2010年09月09日

建設企業常任委員会審査傍聴、干ばつ被害調査

 市議会はきょうから建設企業常任委員会です。審査の中で注目したのは私道整備事業です。この事業は市と町内会など地元団体の協働事業で、地元団体が主体となって行う私道の舗装や側溝改良工事等にかかる費用の一部を市が補助するものです。

 とてもいい制度ではありますが、昨年度から新市建設計画の地域事業費扱いされることになったという話が広がって、樋口、内山、山崎の3議員がこの問題をとりあげました。当初、「地域事業費として扱われる」「合併当初から地域事業費扱いだった」と関係部課長は答弁していましたが、委員会では強い反発の声が出ました。調査の結果、「勘違いだった」(部長)と答弁して一件落着しました。

 13区の一部には、同事業が地域事業費扱いされるとなると、すでに決定している事業に影響を与えることなどから、申請をあきらめるケースもありました。道路課長は、「来年度の取り組みについては、まだ余裕があるので早めに要望を出してほしい」と答えていました。良かった。

 きょうは夕方、早めに地元に戻り、中山間地の干ばつ被害田の状況を視察してきました。

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 台風がらみの雨の影響もあって、地割れしていたところも水をもらい、少しは良くなったように見えました。でも、収量、品質とも猛暑の影響を受けることは確実な情勢です。

2010年09月18日

コシヒカリの刈り取り最盛期(18日その3)

 雨が上がって、稲作農家の人たちは大喜びでした。きょうはどこへ行ってもコンバインの姿がありました。

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 写真は原之町の場々谷池から見た稲刈り風景です。ここ数日、刈りたくても刈れなかったため、コンバインが総出動した感じでした。

 きょうは青空が広がりました。私はきれいな青空を見ると、尾神岳をバックにした風景写真を撮りたくなります。ブログや市政レポートなどにそうした写真を何回も掲載していますので、そのことを知っている市民の方から連絡が入ることもあります。きょうは原之町の小山正昭町内会長さんから、「(旧吉川高校の)工事のクレーンが伸びていて、尾神岳がまた、きれいですよ」と教えていただきました。

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 工事は来春開校予定の吉川高等特別支援学校管理棟の改修・補強建築工事です。管理棟の内部・外部の改修や耐震補強工事などを行っています。施工者は㈱サトウ産業。工期は来年の1月14日までとなっています。

2010年09月25日

平場の稲刈りは最終盤、杉みき子さんの講演聴く

 やはり、金曜日に会議があると土曜日は疲れます。というのは、一日フル回転で「しんぶん赤旗」の配達となるからです。きょうも早朝から午前10時半まで配達と集金、その後、インターネットで第2回中央委員会総会の模様を視聴。お昼を食べて、再び配達と集金。午後2時半から1時間半ほど高田の小川未明文学館での杉みき子さんの講演を聞き、終わってから吉川区に戻り午後6時過ぎまでまた配達でした。

 配達の途中でソバ畑の風景写真を撮りました。黄色い稲が残っていて、ソバの白い花も咲いている場所というのは、たくさんあるようでなかなかありません。もう少し、妙高山や火打などがきれいに見えてくれれば良かったのですが、まあ、天気のせいですからどうしようもありません。

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 平場では、きょうは稲刈り最終盤といった感じでした。コシヒカリの残った田の刈り取りが続けられていました。あと、残っているのは大規模農家のコシヒカリ、それと酒米、山田錦でしょうか。いつもの米山と尾神岳の双方が見えるポイントの写真をご覧いただきます。ここはすっかり終わっています。

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 児童文学作家の杉みき子さんの講演を聴くのは久しぶりでした。先日の新潟日報に載った作家・小川洋子のインタビューのなかで、「極端に言えば、私が書いているものはすべて盗作なんじゃないか、前世に読んだ本なんじゃないかと思うことがある」という件(くだり)がありました。きょうの講演は、小川未明の書いたものが影響しているとみられるご自身の作品をそれぞれ紹介していくというスタイルで進められました。子どもの頃に読んだものというのは、自分では記憶にないつもりなのに、書いているうちにいつか出てくるという指摘は興味深いものでした。

2010年10月03日

地震続報(3日その3)

 激しい揺れだと思ったのですが、総合事務所に行って確認したところ、吉川区総合事務所にある地震計の数値はそう高くはありませんでした。中越大震災、中越沖地震で体が敏感に反応するようになっているみたいです。

 6時37分の揺れ…震度3.1
 6時39分の揺れ…震度2.3
 6時52分の揺れ…震度3.0
 6時57分の揺れ…震度1.1
 9時26分の揺れ…震度3.2

 上越市は本日午前9時26分に災害警戒対策本部(本部長:稲荷副市長)を設置しました。同時刻に13区でも現地災害警戒対策本部を設置しました。なお、午後3時をもって警戒待機体制に移行しています。

 写真は吉川区総合事務所の警戒対策本部の様子です。
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 災害警戒対策本部へは平良木議員から出かけてもらいました。同本部のある木田庁舎からも遂次、市全体の様子が伝えられてきました。平良木議員からは、本部のある庁舎の正面玄関が開いていないことが報告されましたので、すぐに馬場危機管理監に開けるよう電話で求めました。

 上越市全体の災害発生状況は市のホームページに掲載されていますのでごらんください。

 午後2時過ぎ、吉川区現地災害警戒対策本部から区内の道之下地内で上水道の漏水が発生しているとの情報が入り、現地に向かいました。

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 夕方現在、今回の地震との関連はまだ確認されていませんが、復旧工事は続いています。
 

第13回越後よしかわ酒祭り(3日その4)

 きょうは酒祭りの日でした。ところが地震のため、こちらの予定はくるいました。会場へは防災服を着たまま出かけました。会場についたのは午前11時半過ぎです。よさこいなど当初予定していた写真は撮れませんでした。残念。会場に着いた時、吉川中学校吹奏楽部のみなさんの演奏が始まるところでした。同吹奏学部は3年生が抜けて1、2年生だけになって、きょうが初めての演奏だったようです。順調な滑り出しでしたね。


 酒祭りの会場には今回もたくさんのテントが並びました。

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 テント内で新たに販売活動を行ったのは区内では品和亭さん、区外からは東京吉川会のメンバーの皆さんです。東京吉川会はお菓子や東京スカイツリーのタオルなどの販売を行いました。また泉谷地域づくりのテント内では、竹を使った作品作りで話題になっている天林寺の橋爪宏さんや下小沢の「わんこ亭」も加わって一段と賑やかになりました。

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 地元出身の三島みどりさんも祭りを盛り上げてくれました。歌もしゃべりもとてもよかった。今回は休憩用テントの面積が広がりました。子ども席も大人席も満杯、三島さんに拍手をおくっていました。

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 祭りの会場では、大潟区在住で中学校時代の同級生のTさんをはじめ何人もの懐かしい人たちと再会しました。

 市政レポートNO1469号、「春よ来い」の第122回「コインランドリーにて」をアップしました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてごらんください。

 


2010年10月09日

小雨降る中、えちごくびき野100キロマラソン

 えちごくびき野100キロマラソンの日。小雨がぱらついてちょっと寒い日となりました。でもランナーにとってはちょうどよかったのかも。午後1時半過ぎから3時半頃まで吉川コミュニティプラザ前広場で応援してきました。

 「ようこそ風の里 吉川区へ」というゲートをくぐって次々と走ってくる選手たちに拍手を送りつづけました。選手のゼッケン番号と名前が放送されると、ボランティアの中学生たちが声をそろえて応援していました。

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 顔を知っている選手が入ってくると応援にも力が入ります。「橋爪さん」と声をかけてきてくれたのは市役所職員の山岸さん(大島区出身)です。吉川区までの70数キロを走りました。よくがんばった。

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 今回のマラソン大会には吉川区から小池修さん、市村真理子さんなど6人の人たちが選手として参加しました。玄関前のテントのそばにいたら、ひとりの女性ランナーがほほ笑みながら軽く手をあげて走り抜けました。「感じのいい女性だな。誰だろう」そう思っていたら、なんと真理子さんでした。お連れ合いが迎える中、休憩所へ。

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 選手の中には上越市議会の近藤彰治議員もいます。私と同い年で、スポーツ分野を中心に頑張っている議員です。走る姿を見たらうれしくなって、20メートルほど一緒に走りました。

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 きょうは調子がいまひとつだったようで、「休ませてくれ」と言ってイスに座り、目をつむっていました。そのうち、「寒くなってきた。毛布頼むわ」と言います。保健センターまで行って保健師さんから毛布を借りてきて、彼の体を包み、抱きしめました。上野議員からの連絡によると、近藤議員は無事完走したそうです。よかった、よかった。

 私がいる間にもうひとり吉川区出身の選手が入ってきました。市村雅幸さんです。上越タイムスの記者をやっていることもあって、多くの人たちに知られています。テント前では、地元の原之町の人たちや吉川中学校の生徒のみなさんから激励を受けていました。

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 悲しいニュースです。市政レポートを商業紙に折り込んでもらうため、大潟区の新聞店へ行った時の帰り道、党支部の仲間から、「町田のKさんが亡くなっているのを父が発見した」との電話が入りました。大急ぎでKさん宅へ行きました。

 Kさんは独り暮らしでまだ48歳、糖尿病と闘っていました。彼のお母さんがわが家の隣の出身ということもあって、Kさんとは親しく付き合いをさせてもらっていました。お母さんは現在、特養ホームに入所しています。Kさんの早すぎる死を知ったらどんなに切ながることか。あまりにもかわいそうです。

2010年10月15日

2010年度吉川区敬老会

 吉川区敬老会でした。本年度の対象者は1010人、そのうち330人の人たちが参加しました。昨年の対象者数はわかりませんが、昨年度よりも45人ほど参加者が増えたといいます。きょうの参加者の中で最高齢の人は塚田キヨさん、94歳です。私の従妹の嫁ぎ先のおばあちゃんなので、よく知っています。「ばあちゃん、きょうの参加者の中でトップに載っていたよ」と言うとニコニコ顔でした。

 式典では主催者を代表して稲荷副市長が登壇、参加されたみなさんの戦前からの働きとご苦労に感謝するとともに、長寿を祝い、激励しました。稲荷副市長が吉川区のこうした行事で挨拶されたのは初めてです。まだ50歳前とは思えない貫禄を感じさせる挨拶でした。

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 来賓祝辞では岩崎副議長が挨拶、昨年亡くなられたお母さんのことにふれながら、健康を大切にしてくださいと訴えていました。私の出番は万歳三唱です。

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 いつも万歳の前に一言添えさせていただいていますが、きょうは、小さな子どもがまともに育つ上でじいちゃん、ばあちゃんとのつながりが大切だと訴えました。「ある発達相談員の方から聞いた話だが、子どもの言葉の発達がおかしくなっている。1歳半になっても2歳になっても口から出てくる言葉がとても少ない。また、感情のコントロールができない子どもが増えている。その背景には、子どもとお父さん、お母さんとのつながりが弱い。お父さん、お母さんがいなければ、昔だったら、じいちゃんやばあちゃんがいた。いまはバラバラになっている家庭が多い。じいちゃん、ばあちゃんがいないと子どもはまともに育たない、人間として成長しない。ぜひ健康に留意して力を貸してほしい」と訴えました。

 式典後のアトラクション。ゆったりの郷従業員のみなさんによる「ゆったりの郷歓迎太鼓」で開幕しました。初登場の太鼓でしたが結構力強く、まずまずの滑り出しでした。その後は踊りと演歌です。吉川区内の踊りの会のみなさんの踊りの中からひとつだけ写真で紹介します。

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 次は演歌歌手、華かおりさんのショーです。「孫」からはじまってオリジナルソングまで心に響く演歌を聴かせてもらいました。

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 最後は湯ったりの郷従業員のみなさんによるオリジナル舞踊。恒例となった「麦畑」に加え、今年は新たな曲と踊りを披露しました。踊りそのものは炭坑節の踊りだと思いますが、ま、とにかく、仮装が面白かったです。スケベ代表もいれば、オバマ大統領もいました。それと、中村支配人の歌いっぷりも見事でした。これは動画でごらんください。

 アトラクションが終わったのは午後1時過ぎでした。参加者のみなさん方が会場から出られる時、たくさんの人から声をかけていただきました。「おもしかったでね。ありがとね」「おまんの話は若いもんにも聞かせたい」「市政レポート、毎週楽しみにしているよ。がんばってね」「おらったりに来て、話してくんない」「ばちゃ、元気かね」。ずいぶん励ましていただきました。

2010年10月17日

大会新記録で旭ランナーズ連勝

 秋晴れ。暑くも寒くもなし、風もない。最高の駅伝日和でした。第6回吉川区駅伝大会(吉川町時代からの通算では第46回目)は11チームが参加しました。旧源農協前から旭生涯学習センターグランドまでの19.2㌔(9区間)のコース。序盤から早いペースでレースをひっぱった旭ランナーズが1時間5分55秒の大会新記録で優勝しました。

 今回の大会での最大の話題はリトルチャレンジャーズの参加です。吉川小学校5年生がチームをつくってがんばりました。また、親子や兄弟で走った人もいます。びっくりしたのは、竹内友幸さんや渡辺孝さんなどが選手として走り、その後、交通整理員の仕事もしていたことです。では、写真をご覧いただきましょう。旧源農協前でのスタートです。毎回、スタート写真はうまく撮れなかったので、今回初めて連写機能を使って撮ってみました。

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 中央保育所前の中継所でのタスキをつなぐ場面です。タスキをつなぐ写真も結構面倒です。この写真はうまくいった数少ない写真です。

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 今大会参加者のうち最高齢は原之町の木村富士男さんでした。大乗寺の山岸トマト前から竹直のライスセンター前中継所間を走りました。2㌔という短い区間ですが、7分53秒のタイムで区間新記録を達成しました。60歳を超えても若い人たちに負けない。相変わらずすごい選手です。

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 次の写真は優勝した旭ランナーズのアンカー、田中時弘さんのゴールです。2位の骨太チームに1分21秒差をつけました。ぶっちぎりの優勝と言っても良いでしょう。もっとも2位だった骨太チームのタイムも1時間7分16秒の大会新記録でした。大健闘です。

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 注目されたリトルチャレンジャー、アンカーを務めたのは吉藤琴音さんです。赤とんぼが舞い、大勢の選手や役員が見守る中、ゴールしました。記録は1時間27分15秒でした。

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 きょうは午後から2会場で「橋爪法一を囲む会」に取り組みました。除雪対策、米価などで質問、要望が相次ぎました。これらは、近いうちに整理して行政当局につなぎたいと思います。朝から声を出していたため、2会場目になったら声がかすれてしまいました。

 市政レポート1471号、「春よ来い」124回「焼いたカレイ」をアップしました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてご覧ください。

 

2010年10月18日

上越市も稲作農家に対する緊急金融支援実施

 午前中、直江津で議員団会議を行い、午後から地元の吉川区へ戻りました。市政レポートの号外配布のためです。

 私の牛舎と管理棟の広場の近くに柿の木があります。そろりともがなければならないなと思い、向かったら、たくさんの足跡があるのでびっくりしました。おそらく昨晩歩いたのでしょう。草の下にある砂利まで持ち上がっているところをみると、かなり体重のある動物です。イノシシである可能性が大きいと思いました。

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 きょう配布した号外の枚数は約50枚です。たまには1軒1軒手渡ししたいと意気込んで出かけたものの、老人会の旅行や大豆の収穫作業などで留守の家が多く、話ができたのは10軒ほどでした。「本人が配っていなるのかね」と言われた方が何人かおられましたが、時間があるならできるだけ自分で配布したいと思っています。ある専業農家の人から、「今年の稲作はたいへんだ。子どもに仕事がなければ、家で農業やってもらいたいと思っていたけど、これじゃ、田んぼやれとはいえない」と訴えられました。「春よ来い」を毎回楽しみにしているので、ぜひ続けてほしいと言ってくださる方もありました。次の写真は大豆の収穫作業です。

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 家に戻ったら、市役所からファックスが入っていました。干ばつや異常高温などにより苦境に立たされている稲作農家救済のために、市独自の利子補給などをこの20日から行うというお知らせです。

 具体的には新潟県農林水産振興資金への上乗せ利子補給と金融機関による緊急融資などの1年間無利子化です。申込期間は10月20日から来年3月いっぱいまで。これによって、稲作農家の人たちに来年の収穫期まで頑張ってもらおうというのです。関係農家のみなさんからは歓迎されることと思います。

2010年10月19日

新潟県立吉川高等特別支援学校、11月1日設置へ

 県立吉川高等特別支援学校の開校支援準備会(小山正昭会長)が夕方、吉川コミュニティプラザでありました。県教育庁義務教育課の特別支援教育推進室の赤松さんが報告しました。

 まず、学校の設置が10月15日の県議会で正式に決まりました。名称は新潟県立吉川高等特別支援学校です。地元からの提案を参考に決めたといいます。「吉川」という地名も入って呼びやすいとの説明でした。学校の設置は11月1日。この時点で学校長、事務長が決まります。ホームページも開設されるとのことです。

 来年度の募集は普通学級1学級、職業学級1学級、それぞれ10人程度を予定しているそうです。学級数については特別な支援が必要な生徒がどれくらいになっていくのかによって変わっていきます。学校の施設としては最大で12学級(3学年全体で)受け入れ可能とのことでした。職業学級は一般の会社に就職できることをめざす学級です。県では来年度、上中下越にそれぞれ1学級ずつモデル的に設置するとのことでした。入試は2月10日。今回は職員体制の問題もあり、県立高田養護学校で実施する予定です。

 生徒の制服も地元業者などの声も聞き、ほぼ決まりました。ご覧ください。

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 どうです、なかなかいいでしょう。赤松さんによると、近隣の久比岐高校などとの違いを意識して、紺系のブレザータイプにしたといいます。写真ではよく見えませんが、ズボン、スカートにはいろんな色が入っていて、チェックになっています。体操着、作業着などもほぼ決まったと報告がありました。

 学校は現在、耐震化等の工事が進められています。請負業者は管理棟がサトウ産業、教室棟が三牧建設工業、体育館が大島組、設備が山田商会、電気は信愛産業です。工事は1月14日に完了の予定。生まれ変わった学校の姿を早く見たいものです。写真は工事中の教室棟です。

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 市内でイノシシ出没のニュースが相次いでいますが、昨日もわが家の牛舎周辺で動き回っていたようです。新たな足跡で大きさを確認できるものを写真に撮りました。大きなものと小さなものがあるので、たぶん親子連れでしょう。写真は大きい足跡の方です。

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 きょうも午後から市政レポートの配布活動でした。約50軒を訪問、10数人の方と対話ができました。途中、オヤマボクチ(ヤマゴボウ)の花と出合いました。いつも感心するのは、この花の形です。正面から見ると見事な左右対称です。

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2010年10月25日

吉川小学校文化祭へ

 朝の発信となりました。おはようございます。昨日は吉川小学校文化祭に招かれ、音楽発表会が終わるまで同校にいました。その後、急いで家に帰って昼食をとり、午後からは2会場で「橋爪法一を囲む会」に参加しました。

 吉川小学校へは音楽発表会が始まる時間よりも40分ほど早く行きました。児童の絵画展を見るためです。3,4年生の作品があるところでゆっくりと鑑賞させてもらいました。どの作品も遊びや探検などで感じたことを楽しく描いていましたね。例えば次の作品をご覧ください。

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 川谷の川での探検の模様を描いています。真ん中の子ども、川の中で逆さに描いてあります。川の両岸には木が生い茂っているので、川から木や空を見ているのでしょうか。それとも川の中でひっくりかえって見ているのかな。いずれにしてもとても楽しそう。みんなの目は、「楽しくてたまらない」ことを表しています。もうひとつ、ご覧いただきます。弟が生まれた時の模様を描いた作品です。

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 病院のベッドの上でのパジャマ姿はお母さん。赤ちゃんを抱いてうれしそうです。「ほら、この子があなたの弟よ。かわいいでしょう」そう言っているいるのかな。描いた本人は赤ちゃんの小さな手にさわってこれまたうれしさいっぱい。お母さんのとなりにいるのはお兄ちゃんかな。手にしているのはカメラでしょうか。とてもいい絵です。

 音楽発表会。昨年は新型インフルエンザの発生で校内だけの取り組みでした。大勢の保護者、児童の家族が参加しての音楽祭は2年ぶりです。大きな体育館はいっぱいになりました。

 発表は各学年ごと。「リズムに乗って元気よく」とか「言葉一つひとつを大切に」などテーマを決めて歌ったり、合奏をしたりしました。それも、踊りをつける、プラカードを掲げるなどの工夫がしてありました。3年生のテーマは「探検の楽しさ」です。気合を入れ、歌を歌いながら舞台に上がりました。最初の曲は「バードウォッチング」でした。「あっ、タヌキがいた」「こっちにはリスがいる」という言葉も聞こえてきました。2曲目は「山の音楽祭」、「パチンコや弓矢もできるよ」「楽しいことを見つけてこれからも探検を続けよう!」「オーッ」。川谷の川などでの探検の様子がそのまま歌や演奏に出ていましたね。

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 音楽発表会は児童だけでなく、先生も保護者も一体となって取り組んでいます。招待された年は必ず参加するようにしていますが、今回もとてもすばらしかったです。
 

2010年10月31日

芸能発表会、囲む会などで大忙し

 きょうは楽しみにしていた吉川区生涯学習フェスティバルでした。まず吉川区体育館へ行き、絵や写真、工芸作品などを観賞しました。手づくりのすばらしい作品がたくさん展示してありました。全部紹介しきれませんので、今回、「これはいい」と思って写真を撮らせていただいたもののなかから2つだけ紹介します。ひとつは稲作農家の武田香さんの樹脂粘土を使った作品です。忙しい人なのにどこで制作の時間をつくったのかと思いました。

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 もうひとつは工藤貞夫さんの「輪廻」という作品。この作品は制作過程を見させていただいたこともあって、どんな作品に仕上がるのか楽しみにしてきました。予想以上に独創性のある作品になりましたね。

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 午前10時からは芸能発表会です。舞踊あり、コーラスあり、ダンスあり、オカリナや大正琴などの演奏がありました。いつもこの会では来賓として挨拶をしてきました。毎年のことなので、何を話そうかと迷います。今回は、家の周りに咲いた野の花を持ち込んで話をさせてもらいました。アキノキリンソウ、オヤマボクチ、リンドウの3つです。野の花も踊りなどの発表も観る場所や時間によって違ってきます。同じようでもひとつひとつにドラマがある。きょうはどんなことになるのか楽しみです、そんなことを話させてもらいました。

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 今年から会場は多目的集会場の大会議室になりました。まずはオープニング。百華踊乱よしかわの子どもメンバーが、「See the Rainbow」を踊ってくれました。このよさこいグループの子どもたちはあちこちのイベントで大活躍です。

 芸能発表会の会場はこれまでの体育館よりも狭いのですが、それがかえって良かったですね。踊っている人や演奏している人などの顔がよく見えます。歌声もよく聞こえます。狭い空間なので音がよく響きました。

 例えば竹直アカデミィー会の山岸登美子さんの踊り、「佐渡なさけ」をごらんください。

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 顔の表情がなんといったらいいのでしょうか、恋のひとつの表情、とてもいいですね。吉川琴永会の大正琴の演奏、「高原列車は行く」「恋のバカンス」「恋のフーガ」の3曲を久木崎和美先生のリードで12人が演奏しました。

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 Kさんは肩を左右にゆすりながら楽しく演奏していました。また、顔を動かしてリズムをとる人もいました。この人は「恋のバカンス」になったら顔の動きが大きくなりました。この曲が好きなんでしょうね。久木崎先生の表情も素敵でした。白いシューズを履き、白いズボンに紺のブレザー姿の先生は演奏が終わった瞬間、笑顔でした。

 午後0時半過ぎ、私は会場を離れました。1時過ぎから「橋爪法一を囲む会」があったからです。きょうの懇談会ででた話は、除雪の話、市道の草刈りの話が中心でした。市道の草刈りについては怒られるのかと思ったら、「2度刈ってもらって助かった、来年以降も続けてほしい」という要望でした。私の方からは、市道の管理基準をめぐって新たな動きが出ている話をしました。除雪計画の一部を見直してほしいという要望は明日の市議会に示される除雪計画案を見たうえで関係機関に要請する予定です。うれしかったのは80代のおばあちゃんの発言。私の報告で国の政治の異常ぶりを説明していたこともあったでしょうが、「今の政治はおかしいわね。もっと福祉など生活のもとになることに力を入れる政治に変えていかなくちゃ」。きょうは昼間に開催したことによって、高齢者の方が二人も参加してくれました。

 午後3時半からは地元町内会の収穫感謝祭。久々に地元の人たちとビールや酒を飲み、懇談することができました。県議選のことや河川改修などについて賑やかでしたね。こちらは飲み過ぎて、家に戻ったらすぐに横になってしまいました。


2010年11月04日

吉川区内で初のキャッチボールトーク

 うーん、まいった。市政レポートは昨日のうちに原稿がほぼ出来上がっていたのですが、印刷の前に読みなおしたところ一部を書き直したくなり、印刷完了となったのは午前10時半過ぎになってしまったのです。書き直したのは「春よ来い」の第127回、最後の3行を書き直すのにこんなにもかかるとは……。

 きょうの午前は素晴らしい天気でした。尾神岳、米山の景色はこの秋一番の美しさと言ってよいでしょう。私のホームページのトップページの写真を入れ替えました。米山もご覧いただきましょう。

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 「しんぶん赤旗」日曜版は通常、金曜日から配達をします。今回は土日に東京へ行くので、きょうから配達を始めました。午後からは雲も広がってきましたが、そばや豆、小豆などを干している人が随分いましたね。写真は吉川区町田地内で撮影したものです。豆の高さで写真を撮ると、こんなふうになります。

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 さて、きょうは吉川区内で初めてのキャッチボールトーク(市長と市民の対話集会)が午後7時から吉川コミュニティプラザで行われました。会場となった3階の大会議室には、吉川区内在住の市民や市役所職員など約80人が集まりました。

 きょうのトークの第1部は「農業と都市交流」についての意見交換でした。

 農業問題では、年配の人からだけでなく、若手からも良い発言が出ました。

 石谷の曽根さんは、山間地農業の担い手について、「集落にまったく後継者がいない。農業従事者の高齢化が進み、最高齢は大潟区から通勤農業をやっている83歳の人だ。ぜひ、若い新規就農者に入ってもらいたい。斡旋してもらえないか」と訴えました。

 梶の農業青年、大滝さんは、「新しい若い人材を確保するには早い方がいい。最近就農してくる若い人は、つなぎで農業生産法人などに勤める人しかいない。農業という仕事を意識した説明会をやってほしい。農業をやる人をどうやって増やしていくかという発想が必要だ」とのべました。

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 コメの販売に関して発言したのは泉の農業青年、中嶋さんと道之下の野呂さんです。中嶋さんは、「平成19年から、上越市や北陸研究センターなどと共同開発を行い、新品種を作った。コシヒカリよりも美味しいという評価をもらっている。市としてどう取り組むか」と質問。野呂さんは、品質のばらつきを解消し、農協と共同した販売の努力を求めました。

 村山市長は、「下から上がって行く地域連携、支援」を当面の担い手不足解消策のひとつとして考えていることを明らかにし、「出口(販売)でどうするかが一番の課題だ。米以外の園芸にもシフトしていく体質改善も必要」とのべました。大滝さんの提言には、「非常に参考になった。ヒントをもらえた」と答えていました。

 都市交流に関しても活発な意見交換が行われましたね。

 下川谷の松浦さんは、10周年を迎えた法政大学との交流の実態を紹介して市長に理解を求めました。学生たちの現地学習(フィールドスタディ)については、「学生たちが作る大根はいろんな品評会などで1等賞になる。管理している人が(野菜作りが)うまいんだと思うが…」とユーモアたっぷりに言い、硬くなっていた意見交換の雰囲気を和らげました。

 下小沢で喫茶店を営む大滝さん。越後田舎体験の受け入れについて提案を行い、注目されました。大滝さんは、「田舎体験をしに来た子どもたちはみんないい子だが、受入れの時期に問題がある。稲刈りなどいろんなことができる時期を提案していただきたい」「せっかく来てもらっても、吉川のことを知ってもらうネタがない。天明さんのブルーベリー、山岸さんのトマトなどいいものがあるのにどこへ行ったらいいかわからない。簡単なものでいいから観光マップを作成してもらえないか」と訴えました。

 村山市長は、「吉川の持っている情報をどう発信していくか頑張ってもらいたい。いろんなものを発信していくことが出口(販売)につながっていく。私は何回かトマトを買いに来ている。今度、機会があったら、(あなたのお店にも)寄せてもらいます」と答えていました。

 第2部はフリートーク。梶の田中さんをはじめとして5人の人たちが質問、意見、要望をのべました。

 「まちづくり吉川」の田中さんは、越後よしかわ酒まつりなど吉川区内のイベントに対する補助を減らさないこと、総合事務所職員を減員しないことを求めました。
 このうち、総合事務所職員に関して市長は、「いまの段階で31人体制はギリギリの体制だと思っている。事務所の職員は一人で4課、5課の仕事をしているが、どういう仕事のあり方がいいのか検討中だ」とのべました。
 区内の市民の間では、まだ減らされるのではないかという声も聞こえてきますが、ホッとしました。

 竹直の山岸さんは、話題となっている地域事業費について、「土地開発公社の問題は(地域事業の最終年度である)平成26年度までに整理すべきだ。地域事業については見直すべきではない」と主張しました。
 これに対して市長は、「合併前上越市の地域事業費の執行率は76%にもなっており、このままいくと、枠を超えてしまう。枠を超えたら執行できないということになると、新幹線新駅前の広場などができなくなってしまう。そういうことが起きてきますよと言ったのであって、他区の金を減らして旧上越市に持っていくなんて言っていない」「シュミレーションを含めて整理したい」とのべていました。
 市長の地域事業費見直し発言は、今後の議会で大きな議論となること必至です。

 下川谷の松浦さんは、地域バスの存続と改善について訴えました。「バスは4駆のマイクロバスのため、車高が高く、乗り降りがたいへん。現在、10人が利用しているが、床の低いワゴン車に替えてほしい」との訴えに、市長は、「約束できると思うのでがんばります」と答えていました。利用者の人たちは大喜びするでしょう。よかった。 

2010年11月10日

吉村勝先生の葬儀

 きょうも午前中は葬儀でした。それも、わが家とは付き合いのある人の葬儀です。吉川区大乗寺の吉村勝さん、91歳でした。若い教師時代はカメラに夢中になった人です。昭和20年代後半から30年代にかけての貴重な写真をたくさん残されています。わが家についても家の写真、私の兄弟の写真など何枚も撮っていただきました。お連れ合いと私の父はイトコ同士でした。

 葬儀は原之町の福正寺で行われました。教師だったこともあって、参列者の多くは元同僚でした。何人もの懐かしい先生と再会しました。わが家の子どもたちの担任だったH先生からも声をかけていただきました。私の中学時代の英語の先生だったK先生にも会うことができました。葬儀が終わって、出棺の準備が出来るまでの時間帯は、こうした人たちと、近況を語り合う貴重なひと時となりました。

 葬儀の最後の喪主の挨拶。退職後、畑仕事に精を出していたこと、急性肺炎であっという間に亡くなったことなどを御長男が挨拶の中でふれられていました。そして、一緒に立っていたお連れ合いがマイクを握り、子どもさんが教師になった時に語った言葉など、勝先生のエピソードを紹介され、参列者にお礼の言葉をのべられました。棺の中に入れるため、家族みんなで色紙にメッセージを書いたそうです。お連れ合いが書かれた言葉は、「いろいろ大事なことを教えてくれてありがとう」でした。

 家に戻ってから近くの道でおもしろいものを見つけました。背丈がわずか1メートルほどの木にドングリがついていたのです。

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 ドングリを見つけた時は、いつも大きな木を見上げていただけにとても新鮮でした。どんなふうに実がついているのかよくわかりました。そして落ちた後は……。

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 なるほど、なるほど。こうなっていたのか。最近、だんだん子どものようになってきたみたいです。

2010年12月14日

地域協議会で総ざらい結果などの説明スタート

 市幹部による地域協議会めぐりが始まりました。市が今年行った事務事業の総ざらい、中期財政見通し、地域事業の見直しについての説明と意見交換が主たる目的です。初日のきょうは三和区、安塚区、大島区、吉川区の地域協議会で行われました。このうち、大島区と吉川区の地域協議会を傍聴してきました。

 まず大島区地域協議会。3つの説明の前に、要援護世帯除雪費助成事業についての今冬の方針と同区地域協議会が7月に提出した要援護世帯除雪費助成事業の改善を求める意見書に対する回答についての説明がありました。

 市の今冬の方針では、議会での提案や大島区の意見書などをふまえていくつかの改善が図られました。①助成限度額は現行通り(多雪地域6万5600円、その他地域4万1000円)とするが、助成区域の区分けについて見直し、大島区と牧区の全域を多雪地域としたこと、②除雪費の助成の際には、これまで業者の領収書の確認が必要でしたが、請求書の確認でも請求できるようにしたこと、③合併前上越市の業者名簿を区の対象者にも配布するなど全市での協力体制を整えたことなどです。

 大島区の意見書では、①玄関前から県や市などの除雪路線に至るまでの取付道路についても助成対象とすること、②自然落雪式住宅で軒下の堆積した雪も助成対象にし、助成限度額を引き上げることなど4項目が掲げられていました。本日の口頭による回答では、①に関しては、「取付道路が除雪道路に面していない私道などであっても対象」と現行の同事業実施要綱で認めている、避難路であるかどうかは問わないとのことでした。また、②についても、「2階の窓をふさぐほど堆積し、危険な状態となる場合は対象としている」として認めました。これらは関係総合事務所などに通知を出して徹底するとのことです。

 さて、事務事業の総ざらい、中期財政見通し、地域事業の見直しについての説明と意見交換です。市の担当者がどんな説明をするか注目しました。率直に言って、議会での説明よりもわかりやすかった。特に財政課、政策調整課の副課長の説明がよかったですね。「臨時財政対策債は普通交付税のキョウダイです」「私には4人の子どもがいます。いまごろは、学校からの帰りの時間です」わかりやすさと親しみやすさを意識した説明でした。

 意見交換。「今回の説明に来られた趣旨は何ですか」と石塚会長に問われ、「今回は地域協議会のみなさんと話し合うスタート。問題提起として受け止めていただきたい」と土橋財政担当部長が答えました。委員からは、「地域事業と地域事業費は表裏一体だ。分離して考えろというのはおかしい。こういう論理は旧上越市に都合のよいもので、13区にとっては何でこういうことを持ち出されるのか理解できない」「何で新市建設計画の事業まで傷をつけなければならないのか。これだけの資料だけでは理解できない。当初の財政フレームはこうだった、こういう事情でこうなったというものを示してもらいたい」などの厳しい意見が出ていました。

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 吉川区地域協議会は夜の会議でした。夜の時間が遅くなりましたので、地域事業の見直しについてだけ書いておきます。委員からはここでも激しい意見が出ました。「地域事業は合併当初からの約束の事業だ。市民は合併した時に(地域事業に)期待してきた。あれも切る、これも削るとなると区民は良しとしない。誰のせいでこれらの事業が廃止となるのか」「人間は夢や希望を持って生きている。(市道整備で)1年間に100メートルしか進まないところがあった。でも、これから進むことに希望を持っていた。ここでピタッとやめたとなると何に希望を持てばいいのか」怒りの感情が前面に出た発言が相次ぎました。
 
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2010年12月17日

青空が美しい冬の一日

 早朝から午後1時まで休まず動きました。市政レポートなど1万1000枚を印刷、その後、「しんぶん赤旗」日曜版の配達です。時間がなかったので、集金の方は来週回しにしました。

 昨日同様、きょうもいい天気となりました。朝から時間が経つほどよくなりましたね。写真でごらんいただきましょう。まず吉川区の梶十文字付近からみた頸城三山です。焼山、火打がよく見えました。

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 次は米山です。

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 ある家でモクレンと思われる木の花のつぼみを見つけました。咲くのはまだまだ先なのに、青空の中で見ると、来週にも咲きそうな雰囲気があります。

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 最後は吉川区山直海(川袋地内)から見た尾神岳です。私の中学時代の友人だった吉村幸三さん(故人)の生家のすぐそばで撮りました。

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 午後からは吉川区地域協議会の勉強会でした。県の農業大学校の職員さんから来ていただいて、同校の概要や卒業後の動向などを紹介してもらい、その後、農業後継者をどう確保するかについて意見交換しました。

 夕方からは同地域協議会の忘年会です。今年から始まった地域活動資金の取り組みや福祉、農業アンケートの取り組みなど、忙しい1年でした。アルコールが入ってからの話題はもっぱら地域事業費見直し問題でした。「合併時の約束事を反故にするなんて絶対許せない」「今度、廃止対象となった事業の独自調査をやろう」「どうやって意見をまとめていくか」など次々と声が上りました。

2010年12月18日

高崎にて法事、夕方はキラキラ大作戦へ

 今朝の新潟は小雨が降り続き、しかも朝の7時でも車のライトを点けなければならないほど薄暗かったですね。ところが、トンネルを抜けると青空だった。新幹線で高崎まで出かけてきましたが、越後湯沢と上毛高原では大違いでした。

 高崎は従姉のお連れ合いの1周忌法要でした。高崎市では有名な長松寺でお経を上げてもらってから、近くの割烹でお斎をいただいてきました。このところ、ご馳走ばかりいただいているのでさらに体重が増えないか心配です。お斎では伊勢崎市の従兄夫婦と一緒だったこともあって、亡くなった伯母や伯父のこと、来春に予定している山菜採りなどの話をたくさんしました。

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 電車に乗って遠くへ出かける時の楽しみは本です。きょうは岩波新書の新刊、『本は、これから』を持ち込み読みました。読み始めたら、電子書籍も悪くないなと思うようになりました。拾い読みしていて面白かったのは、地域に根差した書店づくりと買書家の話。今後の地域文化を育てる上で参考になります。帰りは、まだこの新書を読み終えないというのに、文芸春秋の新年号を買いました。特別企画の「弔辞」を読みたかったからです。水前寺清子の星野哲郎への弔辞、それから「何も書かれていない白紙の弔辞文を読んだらしい」と話題になった、タモリの赤塚不二夫への弔辞などみんな個性があってとても勉強になりました。不破哲三の宮本顕治への弔辞も載っていましたよ。

 吉川区へ戻ってから、一休みして、それから原之町へ出かけてきました。第6回のキラキラ大作戦を見に行くためです。ねらいは冬の花火です。花火は午後8時から20分くらいだったでしょうか、とてもきれいでした。

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 花火はこれまでのキラキラ大作戦の中で一番多く上がったように思います。協賛者のなかには孫さんが誕生し、その子の成長をねがって、花火を上げた方もおられました。「それではソラ君が大きく羽ばたくことを願って花火が上がります」。このアナウンスを聞いて、今年観た映画、「お兄ちゃんの花火」を思い出しました。花火は動画も撮ってあります。ごらんください。


2010年12月26日

青空が広がって「もうけもんの日」

 昨日の荒れがうそのようです。今朝は青空が出ました。午前は区内で葬儀に出ました。式場となった居間も日が差し込んだところは暖かです、腰のまわりが寒かったので、日当たりに行きたくなりました。

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 午前10時頃の尾神岳です。いつもは午後にならないときれいに見えないのですが、雪のせいか、きょうは午前からよく見えました。

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 県立吉川高等特別支援学校の工事現場をのぞいてきました。耐震工事、外壁工事が終わったところは新築したばかりと見間違うほどきれいになっていました。工事は来月14日が工期です。きょうは日曜日だというのに、工事関係者のみなさんは仕事をされていました。

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 句会に出るというので、妻を高速バス停まで送りました。その時の米山と尾神岳です。柿崎インター付近の田んぼは稲の株が見えました。雪の量は奥地と比べると無いに等しい。

 午後からは生活相談2件。パソコンを使って文書をつくる仕事でした。インターネットで調べ、一つひとつ確認しながら作成しましたが、3時間近くもかかりました。

 市政レポート1481号、「春よ来い」第134回の「ヨシキュウさん」をアップしました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてごらんください。

 

 

2011年01月04日

「にいがた着…尾神岳の麓で」が話題に

 昨晩10時半頃、急に吐いてしまい、そのまま寝ました。私の胃はとても敏感なようで、どうも酢ダコとカレーうどんのカレー粉が胃の中で衝突したみたいです。戦いが収まるまでかなり時間がかかりました。今朝はもう大丈夫、新年会もオーケーです。

 さて、昨日は新年のあいさつ回りでした。親戚を中心に挨拶を交わすなかで話題に上ったことのひとつは県議選です。何人もの人から日本共産党はどうするのかと問われたので、はっきりと「候補を立ててたたかいます」と答えました。市民の期待に応えるために、今週からエンジン全開です。

 いまひとつ大きな話題となったのは、新潟日報の特集記事です。元旦号からスタートした「にいがた着…尾神岳の麓で」は吉川区坪野の通称「ドングリ村」の人たちを紹介しています。どんな経過でこのドングリ村に来たのか、どんな思いを抱きながらここで暮らしているのかについて知りたいというのもあるでしょうが、山里で暮らすことの意味を生き生きと書いていることに共感の声が広がっていますね。身近な記事は一番心に響きます。元旦号の20面、21面で尾神の深田の池の写真を見た時には、キャプションを見る前に「あっ、深田だ」と声を出してしまいました。

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 昨晩は妻と一緒に映画を観に行きました。「武士の家計簿」です。加賀藩を舞台にした映画ですが、親子の関係、地方財政のあり方などいろいろと考えさせられた映画でした。ロケに使われた金沢城の橋爪橋(はしづめばし)は昨年訪れています。この橋は歴史が大きく変わる時に渡る橋です。写真は昨年の金沢訪問の時に撮ったもの。私の姿が見えるでしょうか。

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商工会の新年懇談会

 上越市の賀詞交換会がリージョンプラザで行われました。オープニングは牧区の獅子神楽です。舞台から一番近い場所で観ることができました。

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 「健やかなまちづくり」を中心とした村山市長の年頭の挨拶を聞いた後、広い会場で名刺交換などが行われました。私は市議会議員のテーブルからほとんど動きませんでしたが、目立ったのは県議会議員と予定候補のみなさんの挨拶回りです。笑顔で「吉川のおれの票をとらんでくれ」と言ってきた現職、「おれは負ける選挙はしないよ」と自信たっぷりの新人などみんな一生懸命でした。

 午後からは市役所木田庁舎、教育プラザ、吉川区総合事務所で新年の挨拶回りをした後、地元吉川区内で吉川商工会の新年懇談会に参加しました。この懇談会には商工業者だけでなく、区内の様々な団体も集まります。吉川区の共通課題などをさぐり、意見交換できるのでとても有意義な会となっています。今回は40数人の参加でした。

 荻谷商工会長の挨拶の後、新年の挨拶を求められました。私からは、合併後7年目を迎えたなかでの中山間地対策の新たな展開と地域事業について話をさせてもらいました。新潟日報で「にいがた着…尾神岳の麓で」の連載が始まっていることもあって、中山間地域振興基本条例の制定をめざした動きについての報告には高い関心をもってもらえたと感じました。

 懇談の中では、「住宅リフォーム助成は外仕事ができる時期にやってほしい」「地域事業費は合併時の約束だ。がんばってもらいたい」「おまんの質問はテレビで見ている。同じ吉川の人間としてうれしくなる」などの声を寄せていただきました。地域事業費制度の見直しについては予想以上に関心が高く、今年の大きな課題の一つになると思いました。

2011年01月10日

第33回川谷冬まつり

 昨日は33回目の川谷冬まつりでした。地元の住民が中心に60人ほどが集まって餅つき、雪上運動会、サイの神等を楽しみました。この祭りは、地域住民が力を合わせて過疎地域で頑張っていくエネルギーを充電する場になっています。まずは威勢のいい餅つきからごらんください。

 つきあがったモチは雑煮にして参加者に配られました。この雑煮づくりは地元の女衆が今年もテキパキとやってくださいました。

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 この雑煮がまたうんまいんだよね。鶏肉、白菜、コンニャク、ゼンマイなどが入っています。

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 杵でつきたてのモチは味も伸びもいい。私の席のすぐそばの源地域づくり会長さん、源郵便局の局長さんの雑煮はほれ、この通り。

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 「わー、美味しそう、私も食べたい」そう思った方は来年の冬まつりにお出かけください。ご馳走は雑煮だけではありません。漬物、豆腐のおからを使った料理、ワラビなどたくさん出ました。もちろんお酒もあります。あっ、金治さん、こりゃ、どうもどうも。

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 体育館での食事を済ませてからはグランドに出て雪上運動会です。雪が降り続ける中での運動会でした。上川谷・下川谷チームと石谷・名木山チームに分かれての勝負はつくり上げた高さを競う「雪積み」、雪を投げてくす玉をいち早く割る「くす玉割り」、「宝さがし」などが行われました。次の写真は「くす玉割り」です。

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 私はすべての競技に参加しました。「宝さがし」では、運がよかったね、川谷味噌をゲットすることができました。

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 川谷冬まつりのフィナーレはサイの神です。今年は材料のカヤが濡れていて、燃え方がいまひとつでしたね。サイの神は動画でごらんいただきましょう。

 今回の祭りはBSN放送がずっとついていました。下川谷の若夫婦、天明さん一家を昨年から放映していますが、その一環です。

品和亭で「謙信勝負飯」を食べる会

 「謙信勝負飯」を食べる会がきょう、吉川区内の割烹品和亭で開かれました。義を重んじた武将で、「軍神」としても知られている上杉謙信公の勝負強さにあやかって高校受験、大学受験を乗り切ろうというのがねらい。主催は市内の飲食店などがつくった謙信勝負飯毘食協議会で、地元の吉川中学3年生とその保護者など約30人が集まりました。

 会では、まず新潟県文化財保護指導委員の小島幸雄さんから話をしてもらい、「上杉謙信公はどういう人か」について学びました。

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 小島さんは、「謙信が生きた時代の戦には『陣を張る』タイプと『城攻め』タイプの2つがあった。謙信は『城攻め』が得意の武将だったが、決して殺し合いを好む人ではなかった。戦績は69戦43勝24分2敗というが、実際にはあまり戦っていない。城を囲み、ドンパチをやるわけではなく、じっと降伏するのを待つ戦をした。自分に対してきびしい人だった」「謙信は殺し合いをするのではなく、己の欲望を抑え、己に克つことによって戦を終結させていった」「受験は人を蹴飛ばすものではなく、自分自身の問題。仲間を人間として尊重し、自分自身をきちんと鍛錬していくことが大切」などと語りました。

 その後、「えい、えい、おー」と気合を入れてから「謙信勝負飯」を味わいました。

 「謙信勝負飯」は上越青年会議所のメンバーが食による地域おこしをねらった料理で、「お茶漬け」もしくは、そのまま食べた後に出汁をかけて食べることが約束事になっています。ほかに、お米は上越産米を使うこと、食後、梅干しを食べることも約束事になっています。食材については上越産米の使用が必須、あとはどんな食材を使おうとかまわないそうです。今回は品和亭特製の鳥の唐揚げ、オニゴショウ、オータムポエム、みつ葉などが入っていました。出汁は、かつお出汁でした。

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 私は小島さんと同じテーブルで「謙信勝負飯」をいただきました。小島さんは、品和亭特製の甘辛の鳥唐揚げを初めて食べたとのことで、「これはいいね」とべた褒めでした。きょうの会は、NHKなどテレビ、新聞記者が大勢取材に来ていて、中学生のみなさんは緊張していました。

2011年01月23日

大雪災害警戒対策本部設置

 きょうの午後1時、上越市は木田庁舎及び各総合事務所に大雪災害警戒対策本部を設置しました。吉川区、名立区で災害救助条例の適用基準に近づいていて、今後も降雪が続きそうなので、設置することになったのです。

 吉川区では下川谷や尾神で積雪が3メートルを超えました。山間部住民の方からの情報では、朝、道がついていない老人世帯もあるといいます。また、「消防ポンプ小屋の前は除雪できたが、屋根の雪処理ができていない。若い者がちょっとしかいないなかで、その人たちに頼りたいが、自分の家を守るだけでも精一杯の状況だ」という声も聞きました。明日は豪雪地の住民の要望をもっとつかみ、対策本部につないでいきたいと思います。

 きょうは午後から妻の実家に行きました。葬儀後の後片づけ、整理などがたくさんあります。義母と3人のキョウダイと連れ合いでいろいろな仕事をしてきました。お通夜、告別式の受付名簿を整理していて、義父は生前、じつに広い分野の人と付き合いがあったことを改めて知りました。

2011年01月25日

雪を止めてくれ

 きょうも雪となりました。午後から党市議団と伊藤誠上越地区委員長で市内の山間豪雪地を視察してきました。訪ねたところは、23日、災害救助法の適用基準に10数センチと迫った吉川区の山間部と最高積雪を記録した(同日)大島区旭地区です。総合事務所で全体の状況を把握し、高齢者世帯、町内会長さん宅などで要望をお聞きし、激励してきました。

 最初に訪ねたのは吉川区の尾神です。夫婦だけで暮らしているあるお宅では、最初は市道から家まで50メートルほどの道を除雪機で開けていましたが、その道が沢のようになり除雪を断念、カンジキによる道踏みに切り替えたといいます。その家で除雪機用にと用意した越冬用軽油は200リットル。家の周りの雪処理などで時間がかかり、まだ1月なのに半分以上を使ったということでした。

 尾神では町内会長さんとも話をしました。同町内会の19世帯のうち高齢者世帯、一人暮らし世帯は10世帯を超えています。若い者がいても仕事に出ていて、消防ポンプ小屋などの屋根雪処理が思うようにできなくて困っているなどといった声を寄せてもらいました。

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 次に訪問したのは吉川区川谷地区です。ここでは県道の雪庇落とし作業が行われていました。作業は今月末までかかりそうだということです。

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 上川谷では作業中の冬期保安要員さんと懇談しました。毎日連続の除雪作業でくたびれ果てた様子で、何回も「まいった」という言葉を繰り返しておられました。一人暮らしのTさん宅も訪問しました。先日、電話で「元気かね」と声をかけたばかりですが、突然の訪問を喜んでもらいました。

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 大島区旭地区も豪雪地帯です。上川谷から板山間の県道は赤と白のポールがもう少しで見えなくなるほどの雪の壁ができています。ポールが見えなくなれば、どこが道かわからなくなります。竹平の町内会長は私の従兄です。市道から家までの道は除雪機で開けてありましたが、雪の壁はごらんのとおり。雪を飛ばすことがよくできたなと感心しました。竹平町内会の役員さんたちはきょう、共同車庫やお宮さんなどの雪掘りでした。

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 大島区の田麦地内で除雪車と合いました。すれ違う時にオペレーターと補助者の顔を見たら、二人とも従兄です。二人も私に気づいて、声をかけてくれました。朝は暗いうちから作業に当たっているとのことです。「おい、何とかしてくれや。ここは日本一積もっているど。3㍍80センチもある。雪を止めてくれ」と言っていました。オペレーターの疲れもピークに達しています。

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 きょうの視察で気になったのは明らかに屋根雪処理が遅れている民家があったことです。市内全体でこうした家がどれくらいあるのか、どんな支援が必要なのか。市の関係部局と話し合ってみようと思います。

2011年01月28日

積雪が4㍍を超えても「災害地」にならないとは

 午前10時頃に地元の支部事務所を出発して大島区、吉川区の山間部の40軒ほどをまわるのに6時間近くもかかりました。所要時間はもちろん休憩時間をのぞいてのものです。これだけの時間を要したのは、あちこちで雪庇落とし作業が行われていて交通規制があったこと、雪道を歩くことが多かったことによります。

 大島区旭地区へ行ったところ、雪庇落とし作業中の人が、「おらんとこ、積雪が4㍍50㌢にもなった。ひどいもんだ。この調子だと別荘はつぶれる」と嘆いておられました。この積雪は竹平の観測ですが、大島区旭地区の他の集落(板山、角間、田麦、藤尾)でも4㍍以上の積雪となっているだろうとのことでした。屋根や民家周囲の除雪が間に合わなくなりつつあり、空き家の中にはすでに倒壊したものもあります。道路はなんとか確保されていますが、雪崩の危険性が非常に高くなっています。どこの家でも雪とのたたかいでくたくたです。地区全体が4㍍を超える積雪になり、たいへんな状態になっていても県の災害救助条例や国の災害救助法の対象にならない。こんなことでいいのでしょうか。

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 午後3時頃、日本共産党の竹島県議から電話が入りました。31日の午後から県当局に豪雪対策について申し入れるのでぜひ参加して、実情を訴えてほしいということでした。土日はまた天気が荒れそうですが、なんとか都合をつけて参加したいと思います。

 市政レポート1486号、「春よ来い」第139回「不思議な夢」をアップしました。ごらんください。

2011年01月30日

吉川区でも県救助条例適用基準突破。大島区では4㍍40㌢

 きょうも雪が降り続いています。吉川区では午前9時現在の積雪が総合事務所で125㌢、坪野観測所で278㌢となりました。新潟県災害救助条例の適用基準は、この2つの指定観測所の平均積雪量200㌢となっていますので、ついに県条例基準を突破したことになります。この調子で降り続けると明日には災害救助法適用基準(204㌢)を超えるでしょう。

 私が知りえた積雪情報では、今朝の9時現在、吉川区の上川谷が400㌢、大島区竹平が440㌢、中ノ俣238㌢となっています。これからの降雪が怖くなってきました。きょうの冬将軍は降雪と地吹雪の二本立てで攻めてきています。下の写真は朝8時過ぎに柿崎区内の県道で撮影したものです。

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吉川区に災害救助法適用

 先ほど総合事務所から連絡が入りました。吉川区に本日、災害救助法が適用されたということです。今朝の段階では法適用まで3㌢と迫っていましたから、時間の問題だと思っていました。「一時も早く法適用を」と主張してきたのでよかったです。ただ、要援護世帯への支援、生活道路の確保、農業生産への支援など課題はたくさんあります。がんばらねば……。

 なお、安塚区、牧区、中郷区も昨日の大島区に続いて新潟県災害救助条例の適用を受けたとのことです。

 吉川区では今朝から各地で屋根の雪下ろし、家の周囲の除雪などが行われています。雪の方は断続的に激しい降り方をしています。

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2011年02月04日

気温上昇で雪崩の危険高まる

 一日中、「しんぶん赤旗」の配達と集金でした。きょうも晴れの天気となったので、先週よりは楽でしたが、途中で何か所も排雪作業、雪庇落とし作業があって時間がかかりました。明日は午後から会議があります。それまでに配達が終わってくれればいいのですが……。

 きょうは気温が5度を超えました。そのなかで雪もいろんな表情を見せていました。気温の上昇で雪崩の危険が高まりましたね。また、今回の豪雪対策で取り組まれている除雪作業も見ることができました。時間の早い順に写真で紹介します。まずは大島区板山の県道での雪庇落とし作業です。高いところから見下ろす感じで撮影しました。

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 次は雪崩が起きて、道路に落ちた雪です。小さな雪のコロも斜面を滑りながら大きな塊になって落ちてきます。県道上越安塚柏崎線です。

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 道路脇の雪も気温の上昇に伴い大きくふくらんできました。こちらは県道大潟高柳線です。

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 民家周囲の除雪作業もすすめられています。次の写真は作業が終わったばかりの家です。吉川区の山間部で撮りました。

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 次の写真も周りの雪どかし(除雪)が終わった家です。ここではバックホーを使い、2日がかりの作業となりました。写真を注意深くご覧いただきたいのですが、家の方が心配されていたのは電線のたるみです。電柱が押されたわけでもないのに何故こんなにたるんだのか。ここは地滑り地帯です。動いていなければいいのですが。

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 きょうも夕陽を見ることができました。吉川区の高沢入というところから見た夕陽です。きれいでした。

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2011年02月12日

いとう誠本部長、再び大島区を視察

 日本共産党上越地区豪雪対策本部のいとう誠本部長は本日午前、大島区を訪れ、雪と闘う人たちを励ましました。いとう本部長が豪雪視察で大島区を訪れるのは2度目です。今回は雪下ろし作業やブルドーザーやバックホーを使った排雪作業を「しんぶん赤旗」記者とともに視察しました。

 写真は竹平町内会長の内山文英さんから雪対策などについて話を聴くいとう本部長と私です。要援護世帯の除雪状況や共同施設の除雪などについて詳しく聴くことが出来ました。

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 人力による雪下ろしの様子、バックホーを使っての排雪作業は動画でごらんください。最初は雪下ろしです。

 いとう本部長はとても積極的です。自らも屋根に上って、雪下ろしをしている人たちの声を聴いていました。

 

2011年02月14日

吉川区内で街頭演説

 冬晴れの穏やかな一日でしたね。朝、高田方向へと車を走らせていると、前方に妙高、火打、焼の頸城三山がきれいに見えました。稲田橋の上流の堤防で撮った写真です。ここだと、残念ながら焼岳は見えません。

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 午前は党議員団会議。3月議会に向けて、国民健康保険財政の現状と値上げ報道、事務事業の総ざらい、地域事業費制度見直しにどう対応するかなどを議論しました。私からは上越市自治基本条例25条と総ざらい、地域事業費制度見直しなどについて問題を提起しました。

 午後からは吉川区内で街頭宣伝行動です。いとう誠地区委員長とともに訴えました。集落から集落へと次々と回り、その中心部で演説をしました。3時間ほどの間に15か所ほど行ったかと思います。きょうは昨日と違い、天気が良かったこともあって、近くの民家から人が出てきて、話を聴いていただきました。突然、集落へ入っても話を聴いてくださる方がある。これは演説するものにとってはうれしいものです。

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 平等寺という集落は元社会党町議、杉田惣平さんの家があるところです。90代の半ばのいまも新聞をよく読み、励ましてくださいます。

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 握手した後、「杉田さんは社会党吉川支部の幹部だった人。知事選で長崎明さんを擁立してたたかった際、高田の長崎屋前で不破哲三委員長(当時)とともに迫力満点の街頭演説をした人だよ」といとう地区委員長に紹介したら、びっくりしていました。

 尾神集落のしだれ桜のそばでも演説しました。ここはまだ3メートル前後の雪があります。雪の山の上から演説風景を写真に撮りました。

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 夜は吉川区地域協議会を傍聴しました。吉川地域バス(患者輸送用マイクロバス)を更新することについて市長から諮問があり、原案通り、答申することが決まりました。

 吉川地域バスは村屋を基点に上川谷と保育所・小中学校・診療所間を1日4往復しています。年間の運行日数は昨年度で296日でした。これまで26万キロ走行しています。現在の地域バスは乗降ステップが高いため、昨年秋の「市長と市民のキャッチボールトーク」で改善を求める声が出ていました。その際、市長は前向きの答弁をしていました。新車両は低ステップ型の15人乗りを予定しているとのことです。よかった、よかった。

2011年02月19日

ケーブルテレビの見直しで地区別懇談会

 きょう、明日と吉川区総合事務所の地区別懇談会です。テーマは市直営ケーブルテレビ事業の見直しと地域活動支援事業の2つ。今回は総合事務所の幹部、担当職員のほか、木田庁舎の文書法務課から小菅課長、石田係長が参加しました。

 市直営ケーブルテレビ事業については、吉川区、三和区、安塚区で行われていますが、平成27年度からの運営見通しが立たず、地域協議会などで勉強会や検討会が行われてきました。そして昨年は、事務事業の総ざらいの中で見直し方針が打ち出されました。具体的には、「施設や運営を民間に譲渡し、廃止する。今後、民間の譲渡先を検討するとともに、住民の理解を得られるよう、譲渡した場合のサービスや負担などの条件を整備する」としています。きょうは小菅課長が、こうした見直しの必要性などについて概要を説明、総合事務所の担当グループ長がさらに詳しい説明を行いました。

 小菅課長は、「吉川区などが取り組んだ事業は、最初は先進的なものであった。しかし、近年の急速な技術革新で他区に遅れをとるようになっている。私は今朝、朝ドラ『てっぱん』を見て泣いてしまった。どんどん技術が変わってきて、大河ドラマの上野樹里ちゃんの着物がきれいに見える。テレビでインターネットができるし、買い物もできる。立体テレビ、匂いの出るテレビまで出てきた。役所の硬い頭では技術の発展についていけない。規模が千戸単位では、なかなかやっていけない。専門的な技術を持っているところに任せた方がいいと思っている。これからはいろいろなノウハウを持っているところと相談していきたい。その際、形は変わってもサービスは受けられるようにするし、出来るだけ料金が上がらないようにしたい」とのべました。

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 同課長の概要説明は約10分でした。情報技術に詳しい人だとは聞いていましたが、感心したのは、説明の基本的な部分は変えないものの、会場ごとに話の中身を変えて説明していたことです。よく勉強しているなと思いました。

 参加者からは、「ケーブルテレビの運営が赤字になっていることを初めて知った。これまでなんで教えてくれなかったのか」「民間への施設の譲渡は有償となるのか、それとも無償か」「昔、難視聴対策で共同でアンテナ持っていた時は受益者負担が500円だった。今度、3000円くらいになると言われると切ない」などの質問や注文が出ました。

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 ケーブルテレビ事業についての懇談会は明日も吉川区内4会場で行われます。

2011年02月20日

地区別懇談会続く

 きょうも地区別懇談会が続いています。いま、2時までお昼休みなのでパソコンに向かっています。

 懇談会は会場によっていろんな意見が出てきます。最初の旭地区会場ではまだ30代(多分)の男性が、「長野県小谷村では、あんなに広い場所なのにインターネットも光で100メガが整備されている。吉川と同じインフォバレーだ。あそこのようにできないか」と質問していました。小菅課長は、「吉川は早くから手を付け、選択肢として30メガを選んだ。幹線部分は光だが線が細く、(整備するには)億単位の話になる。財源を考えるとむずかしい」と答えていました。

 竹直会場では、「平成27年3月まで、いまの料金で引っ張って行っていただけるということか」との質問があり、小菅課長が、「地域事業という形で補てんしている。そういうことも含めて(相手先が決まれば)相談になる」と答弁していました。また、「管理委託を受けている有線農協の考え方はどうなっているのか」という質問には、総合事務所の八木所長が、「有線農協とは正副組合長に報告し、協議してきている。役員会にも前年度から説明している。方向性などおおまかな点はやむを得ないのではないかという声もあるが、(本格的な協議は)これから」とのべていました。今後、詰めていくということでしょう。

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 ケーブルテレビ事業以外で昨日、きょうと懇談会で出された質問、要望のなかで一番多かったのは防災無線です。吉川区内19か所で設置されたものの、「よく聞こえない」という声が相次ぎました。総合事務所側は、「風向きだとか気象条件によって聞こえないことがある。有線の告知端末で、5月半ば頃には各家庭にも同じものを流すよう準備している」と答えていました。

2011年02月21日

情報格差是正の本格的な議論も

 昨日は夜遅く帰ってきました。選対関係の会議があったからです。おかげでここ1週間ほどは休みなし。そして、きょうからは事実上、3月議会対策で動かなければなりません。一つひとつ、無理をせずに頑張りたいものです。

 ケーブルテレビ事業についての地区別懇談会は昨日の午後も2会場で行われました。吉川コミプラ会場と泉谷会場です。いずれの会場でも、この事業の根本を問う質問や意見が出て有意義な会となりました。情報技術がどんどん進むなかで、「光ファイバーが入っていないところに企業が来るでしょうか。テレビも光で観る時代だ。テレビと有放を何とかしたいだけではダメだ」「いまはメガの時代ではなくギガの時代だ。総務省は全国に光の100メガを2025年までに広げる構想を10年早めたというニュースも聴いた。もっと先を見て対応を考えてほしい」などといった質問、意見はうなづけるものでした。

 泉谷会場では、「資料をいっぱいもらっても混乱する。何がどう変わるかもっとわかりやすく示してほしい」という声も出ました。吉川会場でわかりやすさについての指摘が出ると、次の会場での説明にすぐ改良を加えた課長ですが、全体的にどうわかりやすい説明にして、議論を発展させたらいいのか、さらに工夫が必要だということです。私としては8会場すべてで説明を聞き、参加者の意見を聴いたので自分の意見をかなり整理できました。これから大いに議論していきたいと思います。

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2011年03月04日

またブルが出動

 また雪が降って除雪車が出動しました。「35日ごとに天気は荒れる」という人がいて、これまであまり信じていなかったのですが、今回もどんぴしゃです。きょうは夕方、雷が近くに落ちたようです。私の地元町内会ではテレビなどの電気製品、電話をやられた家が数軒ありました。わが家は有線の告知端末がまたもやられてしまいました。1年間に2回は雷でダメになっています。

 市議会は厚生常任委員会2日目でした。午前だけ傍聴し、午後から山間部の「しんぶん赤旗」日曜版の配達に出かけました。集金もあるので、なかなか進まず、明日もフル回転しなければならないようです。きょうは、山間部も平場も20㌢ほどの降雪となりました。写真は早朝、ブルが出動した後の市道です。

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2011年03月07日

心に太陽を持て

 きょうは市立中学校の卒業式でした。地元の吉川中学校の卒業式に参列してきました。今年の3年生についての私の印象は、“地域行事に参加して盛り上げてくれた中学生”です。特に越後よしかわやったれ祭りで神輿を担ぐ彼らの姿は強烈でした。未来の吉川を担うのはおれたちだ、彼らがそう意識していたかどうかはわかりませんが、吉川区に生きている者にとってはものすごくうれしい出来事でした。

 今回の卒業生は43名です。青木校長のはなむけの言葉でも、「明るく楽しそうな雰囲気を持った学年で、今年は特に最上級生としてのたくましさを持っていた」「学校行事だけでなく、学習でも生徒会活動でも部活動でも主体的に取り組んできた。地域行事にも積極的に取り組んでいたことを忘れません」と評価されていました。

 青木校長は中学校の卒業というひとつの節目にあたって「心に太陽を持て」という詩を朗読されました。ツェーザル・フライシュレン作、山本有三訳の詩です。

心に太陽を持て。
あらしが ふこうと、
ふぶきが こようと、
天には黒くも、
地には争いが絶えなかろうと、
いつも、心に太陽を持て。

くちびるに歌を持て。
軽く、ほがらかに、
自分のつとめ、
自分のくらしに、
よしや苦労が絶えなかろうと、
いつも、くちびるに歌を持て。

苦しんでいる人、
なやんでいる人には、
こう、はげましてやろう。「勇気を失うな。
くちびるに歌を持て。
心に太陽を持て。」

 青木校長は、「いま世界は大きく変わろうとしています。皆さんは、うまくいかないことも悩むこともあるかも知れない。そんな時、この詩を思い出してほしい。いつも心に太陽を持ち、くちびるに歌を持って、正しく、強く、誇り高く生きていってほしい」と呼びかけました。とても素敵なはなむけの言葉でした。卒業生の心にずっと残ることと思います。

 送る言葉をのべたのは2年生の原佳実さんです。「仲間とともにひとつの目標に向かっていくことの素晴らしさ、目標を達成しなければならないという責任感、目標を達成した時の充実感、それらのすべてを教えてもらった」「先輩と活動できたことは大切な財産となっている」とのべ卒業生に感謝しました。そして、「これからは、私たちが吉中をリードしていかなければならない。学校の伝統をしっかりと守っていきます」と決意を表明しました。

 注目の「巣立ちの言葉」は松原春菜さんがのべました。体育祭や音楽発表会、尾神遠足などについて語りながら、「一緒になることで喜びを倍に、悲しみを半分にしてきた。この絆の思い出を胸に卒業していきます」とのべました。学校生活でお世話になった人たちに対する感謝の言葉では、先生だけでなく、用務員、給食調理員など生徒の学校生活を支えてくれたすべての人たちにお礼をのべていたのには感心しました。最後に、「これからは皆さんが吉中の新しい歴史をつくっていく番だ。皆さんはひとりではない。たくさんの人に支えられ、誰かを支えていることを忘れないでください。きょうまで吉中の一員であることは私たちの誇りです」と結びました。

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 卒業式では恒例となった卒業記念合唱、今回は山崎朋子の「旅立つ君へ」でした。「信じた道 まっすぐに歩くだけ 新しい景色に 未来を描いていく」いい言葉です。では、卒業生の皆さんの記念合唱をお聴きください。

2011年03月10日

県立吉川高等特別支援学校の学校見学

 県立吉川高等特別支援学校の第7回開校支援準備会が今晩、行われました。準備会は初めて同校内で開催されました。きょうの会の目的は学校見学と今後のスケジュールの確認です。

 校舎・体育館などの工事はすでに1月中に完了しています。机や事務機器などの搬入も始まっていました。きょうは赤松校長の案内で学校見学をさせてもらいました。

 まず、きょうの会で集合したのが会議室です。旧吉川高等学校後援会を開催した時の部屋と同じです。耐震補強もされて、内部も新築と同じくらいきれいになっていました。テーブルも椅子も新品です。左奥のテレビは、作業などの映像記録などを生徒が見るためにあるとのことでした。

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 管理棟の1階でまず案内していただいた部屋は保健室でした。床や壁には木材が使われていました。木の香りがしてとてもリラックスできる空間です。シャワーもありました。

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 職員室。机の上にある電話機、高さを変えたり、回転させたり自由にできます。椅子や引き出しは簡単に移動でき、何人かで会議をやれるようにできているのには感心しました。事務機器はどんどん進化していますね。

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 次に見せていただいたのは作業室でした。接客の勉強をする部屋、福祉をイメージして学ぶ部屋、スーパー、ホームセンターなどでの仕事をイメージし、商品の出し入れ、値札貼りする部屋などがありました。校長の説明を興味深く聴いていたら写真を撮り忘れてしまいました。

 教室棟の2階は1学年全部と2学年の2クラスの教室が並んでいました。写真は1年1組の教室です。今年度の新入生の定員は20名、現段階ではすでに15名の入学が決まっています。3月16日に入学者選考検査2次募集が行われます。

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 最後に音楽室をごらんいただきましょう。ピアノ、バイオリン、電子ドラムなどがありました。みんな新品です。電子ドラムをじっと見ていたら、新聞記者に、「橋爪さんも買ったらどうですか」と言われてしまいました。一度たたいてみたい楽器です。

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 県立吉川高等特別支援学校の学校見学会(一般公開)は3月30日(水)午前10時から午後4時まで行われます。どなたでも見学できるそうです。その日は何回か赤松先生が案内役をやってくださるそうです。 

 きょうは朝から市役所でした。文教経済常任委員会の2日目でした。農業分野の予算では、米粉利用促進や上越野菜、中山間地等直接支払など、私も質問に立ちたくなるような予算がいくつもありました。後日、市政レポートなどできょうの質問を紹介したいと思います。

2011年03月12日

再び大きな揺れ

 4時前、再び大きな揺れがありました。今度は新潟県が震源地といいます。眠ったばかりなのに、この揺れで目が覚めました。いまも余震で揺れています。テレビによると震度5だったようですが、家具も食器もそのままでほとんど動きませんでした。吉川区の震度はもう少し小さかったのかも知れません。もう寝ていられません。

一時も早く除雪を、簡易水道の復旧を

 今朝の地震の吉川区の計測震度は4.3でした。午前11時頃まで吉川区総合事務所で情報収集に努めました。午後からはいとう誠地区委員長、上野議員とともに上越市内で一番被害の出ているという大島区菖蒲地区を訪れ、被災状況を視察するとともに、被災者を激励してきました。

 現地に入って、最初に目に入ったのは道路の地割れです。牛ヶ鼻付近で国道がやられていました。写真を撮ったところは、午後3時過ぎには業者が来て、補修工事を実施するとのことでした。

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 菖蒲地内に入ると道路わきの雪の壁に大きな割れ目があるのが気になりました。これだけひび割れがあると安心して通行できません。

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 この雪の壁だけで激しい揺れがあったことを理解できます。家の中はどうであったか。近くの酒屋さんで話を聞きました。酒屋さんのご主人は、「仏壇の周辺にあったものも、店の物もガサガサになってしまった。ここはひと山越えれば栄村だ。震度はここでは6くらいあったのではないか」と語っておられました。店内は被害にあった商品を片づけたばかりでしたが、まだ散らかったときの雰囲気が残っていました。

 菖蒲地区のセンター。ここは避難所になっていました。朝は40人ほどの方々が避難されたとのことでしたが、私たちが訪れた時には子どもも入れて10人ほどでした。72歳という町内会長さんは、「こんな揺れは生まれて初めてだ。もし屋根に雪が積もっていれば潰れていたのではないか。市職員が何人か来てくれたが、市の幹部もかけつけて来てほしい。現場を見て、すぐ対応してほしい。特に断水となっている水道の復旧と亀裂の入った雪壁の除去をすぐにやってほしい」と訴えていました。横になって寝ていた女性に声をかけたら、大島区田麦の出身の方でした。私が「竹平に親戚がある」と言うと、懐かしがってたくさんしゃべってもらえました。

 センターを出てからは、菖蒲東町内をゆっくり見て歩きました。住宅で半壊となった家では、家具類を運びだしていました。道を下って行く途中、市役所幹部と携帯電話で話をしていたところ、バックホーなどによる雪壁崩しがはじまりました。

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 菖蒲西にも歩いて行ってきました。ここでは町内会長さんから、断水で困っていること、雪捨て場の確保に苦労していることなどを語ってもらいました。いとう誠地区委員長は町内会長さんのお母さんから要望を訊いていました。

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 きょう、大島区の菖蒲地区へ行って感じたのは、地割れは道路だけでなく、田畑などでも起きている可能性が高いということです。この地割れは地滑りにつながっていくのではないかと心配しています。  

2011年04月05日

30数年ぶりに大宮さんと再会

 おはようございます。昨晩、家に戻ったのは11時近くでした。パソコンに向かうエネルギーが無くなっていました。

 尾神町内会の80歳の方が一昨日から行方不明になっているというので、昨日の朝、尾神集落へ出かけました。ここは私の出身地です。行方不明の方がどんな方かもよく知っています。寒いなか、大丈夫かと心配しました。でも、消防団や警察の皆さんなどたくさんの皆さんからご心配いただき、協力していただいたお陰で、午前7時半過ぎ無事発見されました。ありがとうございました。

 行方不明の方が発見された場所は尾神から川谷に行く途中にあるトンネルのすぐ近くでした。ノコギリを持って山に入られたといいますが、昔を思い出し、「春木山」にでも行こうとされたのでしょうか。県警のヘリコプターで救出され、病院に運ばれた後の報告によりますと、病院で一晩過ごし、きょうには帰られるとのことでした。怪我もなく、ほんとうに良かった。

 午後からはポスター点検などで暗くなるまで動きました。途中、三和区で元村長の大宮さん宅を訪れました。大宮さんと初めて出会ったのは、私が20代前半の頃です。当時、大宮さんは村議会議長でした。私が三和牧場で働いていた関係で、一緒に車に乗って仕事をしたことがありました。

 家の玄関に入ろうとした時、茶の間のある部屋の戸を開けて、顔を出されました。「吉川の橋爪です」と言うと、すぐに「共産党の橋爪さんかね、懐かしい」という声が返ってきて、私の手をぎゅっと握ってくださいました。うれしかったですね、40年近くも会っていないというのに、憶えていて下さったのです。昔、一緒に車に乗った時に、空に飛行機雲が残っていて、それについて私が解説したとまで言われました。よくそんなことまで記憶しておられたものです。大宮さんは、私が書いた本も買って読んでくださったとのことでした。

 昨日はよく晴れました。米山も尾神岳も絵にしたくなるような美しさでした。写真は下中条の市道から撮った尾神岳です。

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2011年04月06日

吉川小学校1年生、3年ぶりに2クラスに

 きょうも青空が広がっています。上越市ではきょう、明日と小中学校の入学式です。午前は吉川小学校の入学式に参加してきました。今年度の新入生は54人。1年生のクラスが2クラスなのは今の4年生が入学した時以来です。

 今春から吉川小学校の校長は八島幹雄先生になりました。中嶋前校長と同じく地元吉川区出身です。式前に来賓控室で、八島校長は、「きょうはすばらしい晴れになりました。児童もハイテンションです。担任の先生の名前を告げられただけでも拍手が起きました。卒業式と違って、入学式はまったく練習なしですので、どんなハプニングがあるかわかりませんが、その時はお許し願います」と挨拶されました。行き届いた気配りをされるものだと感心してしまいました。

 さて、入学式本番。担任の先生が先導して新入生が体育館に入ってきました。新一年生がうれしいのはわかりますが、担任の先生も笑顔になって、うれしそうでしたね。

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 お祝いの挨拶にたった八島校長は、新入生に向かって、「おめでとうございます」と声をかけたあと、新1年生にたいして「2つのお願い」をしました。

 ひとつ目は、元気な挨拶をしてほしいということ。「朝起きた時、昼間人に会った時、家に帰った時などちゃんと挨拶をしてほしい。挨拶は人の心と心をつなぐ魔法の言葉です。挨拶で周りの人に元気を分けてあげてください」とのべました。
 二つ目は、学校でやったこと、あったこと、見たこと、家の人に話してほしいということです。「お家の人はみなさんが学校で何をしてきたか楽しみにしています。学校では、自分の気持ちを相手に伝えることがとても大事です。みなさんはもう一年生ですから、自分の口で言ってください」と呼びかけました。

 児童を代表して歓迎の言葉をのべたのは吉藤琴音さんです。昨年の駅伝などで、私は彼女の頑張っている姿を見てきました。きょうもいい挨拶をしていましたね。

 吉藤さんは、「私たちはみなさんが入学するのを楽しみに待っていました。小学校は冒険の森やわんぱく広場などがあります。そこでは、楽しく遊べるし、みんなと仲良くなれます。また、小学校には、運動会・文化祭など楽しいことがたくさんあります。2年生から6年生までやさしいお姉さん、お兄さんがたくさんいます。わからないことがあれば何でもきいてください。明日から楽しみに登校してください」と新1年生に声をかけていました。

 

2011年04月07日

ふたたびチャイムが聞こえてきた

 午前は「しんぶん赤旗」号外の配布活動で大島区へ行ってきました。私が配布した地域は幹線道路から離れた西沢、上達と棚岡の先にある中野という集落です。40数戸ながら、2時間以上かかりました。きょうは午前中、後援会員15人ほどが配布活動に参加、大島区の約670戸の家々に一気に配りました。

 私が配布した集落はいずれも初めて訪ねたところです。菖蒲西からさらに奥に入った西沢では、長野県北部地震の爪痕がまだ残っていました。亀裂ができたところを補修した道路があります。雪で覆われた田んぼや土手には亀裂が広がっています。ある農家の人は、「去年は干ばつでひどかった。そこへこの地震だろ、雪が消えた時、田んぼがどうなっているか心配だ」と語っていました。帰り道、雪原にできた亀裂の中でとても不気味な感じがしたものを掲載します。

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 配布する時に「上越市議会議員の橋爪です」と告げると、「おまんが橋爪さんかね」と言ってくださった方が3人ほどいました。そのうちの一人の方は「チラシを楽しみに読ませてもらっているでね。『のうの』の文英さんとは一緒に仕事をしたことがある」とも。うれしかったですね。

 西沢でも上達でも田んぼの除雪が行われていました。おそらく苗代にするのでしょう。残雪は多いところで2メートル近くもありました。来月の半ばには田植えをしたいといいますが、消えてくれるのでしょうか。写真は上達の田んぼです。

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 午後からは新潟県立吉川高等特別支援学校の入学式に参列してきました。旧吉川高等学校の校舎を活用してスタートした高等特別支援学校の記念すべき第1回の入学式です。改装された体育館には久しぶりに入りましたが、ここでまた入学式が行われたというのは感激でした。入学者は15名。教職員は17人体制です。今後、生徒数は数十名に増えていくでしょう。

 赤松校長は式辞の中で、「みなさんはこの学校が開校して記念すべき一回目の入学生。一という字はとても大切な字です。初めに1年生の1があって、次に2年生の2があり、その次に3年生の3になります。三という漢字は横から見ても一が三つ積み重なって三になります」「スタートにあたり、イチロー選手の言葉を贈ります。いままで生きてきてみなさんに言えることはひとつだけ、それは夢を持ち続けることです。夢を持つことは簡単ですが、持ち続けるということはとても大切。途中でいやになってあきらめたくなることもある。でもあきらめない限り夢は近付いてきます」と激励しました。

 来賓の祝辞は開校支援準備会の小山正昭会長です。「制服すばらしいですね。みなさんの制服姿を見たらほんとによかったなと思いました」からはじまり、「みなさんは初めての土地で、初めての学校ですね。ドキドキしておられるのではないでしょうか。私たちもそうです。3年間ありますので、みなさんと相談し合い、触れ合う機会を多くもって、理解を深めていきたいと思います。3年の間に、健やかに、たくましくなって卒業されることを願っています。保護者の皆さんと一緒に頑張っていきます」来賓控室では挨拶のメモを家に忘れてきてしまったと心配されていましたが、これまで地域の代表として頑張ってこられた思いがにじみ出た素敵な挨拶でした。

 15名の入学者を代表して「誓いの言葉」をのべたのは大平達也さんです。「きょう、待望の入学式を迎えました。新しい学校生活の一歩を踏み出し、希望で胸がいっぱいです。これから様々な行事や体験を通して将来の夢を見つけ、それに向かって精一杯努力していきたい。充実した3年間を送るため、仲間と助け合い、何事にも前向きに取り組んでいきたいと思います」とのべると、大きな拍手に包まれました。

 写真は入学式が終わって、教職員の紹介のときのものです。

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 きょう、初の入学式を挙行した吉川高等特別支援学校の校章や校歌について赤松校長から説明がありました。「吉川」という文字は旧吉川町の町章の一部で、背景の四つ葉のクローバーは、「保護者」「地域」「関係機関」「学校」が生徒のために力を合わせることをイメージしたということでした。校歌はまだ出来上がっていません。11月12日の開校記念式の時に発表予定といいます。ただ、作詞、作曲を担当される方はすでに決まっていて、作詞は吉井出身、国際啄木学会副会長の池田功さん、作曲は横山広一さんということです。どんな歌になるか楽しみです。

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 夕方の5時。わが家に戻ったら、原之町の方角から音楽が流れてきました。吉川高等特別支援学校のチャイムです。長男によると、数日前から聞こえてきているといいますが、私が聞いたのは初めて。旧吉川高等学校のチャイムを最後に聞いたのは3年前の3月でした。流れてくる曲は違いますが、いいもんですね、学校のチャイムが聞こえるって。 

2011年04月16日

子どもたちが中心になり観桜会盛り上げ

 午後からは吉川区総合事務所前広場での観桜会でした。ここのソメイヨシノは吉川区内では一番なのですが、まだ開花したばかり。来週の真ん中あたりまでいかないと満開にはならないでしょう。震災に伴う自粛ムードもあるなか、まちづくり団体の皆さんががんばって観桜会を開催してくださいました。

 今回も、子どもたちが観桜会を盛り上げてくれました。よさこいグループの踊りでは、子どもたちが元気に踊りまくり、最後は、「がんばろう 日本」。大きな拍手が送られました。

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 観桜会での人気は今年も餅つきです。子どもも参加しやすいように、ひと回り小さな臼と杵が用意されていました。私もつかせてもらいましたが、小さな杵でつくのはむずかしいもんですね。ついた餅は、黄粉などをつけて、参加者に無料でふるまわれました。餅はひと臼では間に合わず、ふた臼つきました。

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 餅を食べた人たちは「餅は杵でつくにかぎるね」と言ってました。昼飯を十分たべていた私は、市役所職員のみなさんのテーブルでうどんをご馳走になりました。寒かったのでとても美味しかったです。家へのお土産は佐々木食品のチマキと㈱杜氏の郷のにごり酒、「雪あかり」を購入しました。

 党議員団の上野市議が出身地である岩手県釜石市などの被災地訪問を終え、戻ってきました。生々しい現地報告が同議員の活動日記に書かれています。ぜひお読みください。

2011年04月23日

しだれ桜祭り2011

 吉川観光協会主催の第2回しだれ桜祭りが吉川区尾神をメイン会場にして行われました。あいにくの雨、寒いなかでの祭りとなりましたが、内容的には昨年よりも充実した取組だったと思います。

 昨年4月のブログでも紹介したように、吉川区の源地区には大きなしだれ桜の木が3本あります。きょうの祭りでは、マイクロバスで3本の桜の木を観てまわることができるように準備されていました。事前に、私が撮影した写真をごらんください。まず、報恩寺のしだれ桜です。

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 次は村屋の村松哲夫さん宅にあるしだれ桜です。

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 そしてメイン会場、尾神のしだれ桜です。

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 いずれのしだれ桜もバックが青空であればもっときれいなのにと思いますが、きょうの天気は曇のち雨でした。でも、曇っていても、雨が降っていても美しいです。

 今回の祭りでは、テントが並び、わんこカフェのコーヒーとケーキ、品和亭の「鳥の唐揚げ」、小浜屋の「花見だんご」「桜餅」などが販売されました。また、紫洲流日本明吟会新潟本部の皆さんが「尾神吹切りに風わたれ」と題した吟詠を披露、地元の太鼓愛好グループ、「鼓舞衆」の皆さんが賑やかな太鼓の演奏で祭りを盛り上げてくれました。

2011年04月25日

地域事業費制度に関する意見書に市長が回答書

 いっせい地方選後半戦、新潟県内の結果は現有議席維持でした。応援に入った長岡市議選では4人が当選し、4議席を回復しました。任期途中に事故で亡くなった石橋さんもホッとしておられることと思います。柏崎市議選は、残念ながら1議席の後退です。訴えていた政策は共感を呼んでいましたので、組織力がどうなっていたかの分析が必要です。新発田市議選、地元で立候補した他候補者への同情などがあって、「今回はいままでになく厳しいたたかいとなっている」と言っていた吉川区出身の佐藤真澄さんはなんとか滑り込みました。なにはともあれ、議席を確保できてよかったです。

 夕方から吉川区地域協議会でした。地域事業費制度の見直しに関して同協議会は2月に意見書を提出していましたが、きょうの会議で市長の回答書が示され、竹田総合政策部長が説明しました。きょうの説明はしっかりメモをとりましたので、次の総務常任委員会の論戦に生かせそうです。部長が旧吉川町時代の総合計画を持ち出し、「同計画で2010年の目標としての人口は5500人だったが、現実は4920人となっている」とのべていました。地域事業費制度の見直しと直接関係ないものの、14市町村が合併したことでどうなったかを検証するうえで、旧自治体の総合計画を参考資料のひとつとして分析する方法があることを学びました。

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 さて、吉川区地域協議会の意見書に対する市長の回答です。回答部分の全文(太字)を紹介します。

 地域事業費制度の見直しは、合併から6年が経過し、合併前上越市が、地域事業費制度を超えて事業を実施しなければならない状況となっていることを始め、事業費枠に起因する様々な課題が見えてきたことから、地域事業費枠の中だけで事業を考えるのではなく、地域にとって必要な事業を適時に実施できる仕組みを作っていきたいと提案しているものです。
 見直し案では、地域の皆さん自らが提案できるような仕組みを導入したいと考えており、これによって、それぞれの地域が輝き、そして市全体が輝くまちづくりを推進していきたいと考えています。
 制度の見直しに当たっては、現在、地域協議会や議会に対して説明し、議論を進めているところであり、様々なご意見をいただいていますが、今後も、これらの意見を整理しながら、一つひとつ丁寧に説明し、地域協議会の皆さんと議論を深める中で、より良い仕組みにしていきたいと考えています。
 また、この度の事務事業の総ざらいは、行政需要が高まる中で、真に必要な市民ニーズに応えながら、次代に引き継ぐべき様々な環境を整備するため、足腰の強い、かつ、柔軟な行財政運営の確立を今から進めていかなければならないという認識に立って、行政自らが行うセルフチェックとして実施したものです。
 このような考え方の下、過疎地域においても、地域の状況に照らし合わせて、真に必要なものであるかどうか、十分検証しながら事業の実施を判断していくことは必要であると考えています。
 

 きょうは午前中に党議員団会議をやり、午後から地元に戻りました。風が強かったものの、晴れていたので、久しぶりに母と一緒に山菜採りに出かけてきました。87歳だというのに、足が達者で、山をどんどん歩くのでびっくりでした。ウドはまだ早く、コゴミを採ってきました。

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2011年04月28日

上川谷でも地滑り発生

 大島区菖蒲へ行っている間に吉川区でも地滑りが発生していました。場所は、県道大潟高柳線の上川谷地内です。というよりも、2007年(平成17年)6月27日の豪雨災害で地滑りを起こしたところと言った方がいいかも知れません。最初に発見したのは患者輸送バスの運転手さんです。ちょうどお昼ごろのバスを運転していて、濁った水が道路に流れていたことから気づいたといいます。

 私がこの地滑りを知ったのは午後5時半頃でした。大島区経由で現場へ行ってきました。現場では、業者のみなさんがトンパックを使い、滑りを止める作業をやっている最中でした。6年前の地滑りでは復旧まで1年半ほどかかって、関係住民の皆さん方は大変な苦労をさせられました。今回はこれでストップしてくれればいいのですが、まだ、雪が多いので心配です。

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 きょうは、県立吉川高等特別支援学校へ行く予定でした。生徒の皆さんと顔合わせができると楽しみにしていたのですが、災害とあってはやむをえません。次回の公開実習には出たいと思います。

2011年04月29日

伯父が緊急入院

 朝から市政レポートの作成、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、集金と続け、夕方までがんばりました。午後の配達の際、70代の女性の方が駆け寄ってきて、「共産党の人が国会でとてもいい質問をしていたよ」と教えてくれました。高橋ちづ子議員の質問です。どんな質問だったのか、インターネットで見ようと思います。

 きょうはよく晴れていて、気持ち良かったですね。私はこの時期の「芽吹く木々と青空」の組み合わせが大好きで、何枚も写真を撮りました。そのうち、大島区板山で撮ったものを掲載します。

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 上川谷の地滑り(というよりも崩落と言った方がいいかも)の現場も見てきました。現場にいた作業員さんの話によると、昨晩は夜7時半までかかって、トンパックを積み、崩落したところをブルーシートで覆ったとのことでした。いまのところ、これ以上に大きく崩れることはないようで安心しました。

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 夕方、吉川区内の従妹の家に寄ったところ、「蛍場の父ちゃんが救急車で病院へ運ばれた」と聞き、びっくりしました。伯父は一時、意識不明状態だったそうですが、点滴してもらう中で回復したということでした。私が病院に着いた時は、話すこともでき、トイレへも歩いて行かれるほどになっていました。私は夜9時過ぎに家に戻ってきました。

2011年05月05日

楽しさいっぱいの山菜料理を楽しむ会

 五月晴れでした。青空をバックにした新緑がとてもきれい。吉川区では田植えが始まりました。

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 午後からは党支部と後援会共催の山菜料理を楽しむ会です。

 冒頭、私から活動報告をさせてもらいました。東日本大震災、長野県北部地震をうけての報告です。住民の命と暮らしをまもるために何をしてきたか、これからどうしていくか、防災対策を中心にした話です。地域防災計画の見直し、ヨウ素剤保管などについてふれました。伊藤誠党上越地区委員長、上野議員が挨拶、今の情勢と来年の市議選勝利への協力を訴えました。

 山菜料理を楽しむ会は2005年の春にスタートし、今回が6回目となりました。会の楽しみのひとつは、新鮮な山菜をたっぷり味わえることです。今回も女性後援会員のみなさんががんばってくださり、ウド、タラの芽、コシアブラ、コゴミ、フキノトウの天ぷら、和え物などを味わうことができました。

 会の楽しみは山菜料理だけではありません。小田順子さんは大門高子作、『むらさき花だいこん』を朗読、平和の尊さを訴えました。涙が出てきそうになりました。

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 友人の重野昌平さんが3年ぶりに参加、オカリナ演奏をやってくださいました。「北国の春」「ふるさと」「コンドルは飛んでいく」など、牛舎脇の広場に素敵な音が響きました。

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 このほか、仙田幸造さんの民話、漫談も大受けでした。きょうは「屁っこき嫁さん」とエロチックな話のふたつ。笑い疲れました。

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 たっぷりと美味しい山菜料理を食べ、大いに笑い、参加された方といろいろな話ができました。さあ、明日からがんばるぞ。

2011年05月06日

吉川区大賀で田が崩落

 昨日の朝、吉川区山直海(大賀)地内の田んぼが崩落し、すぐ下の市道が土砂に覆われました。田んぼに地震、または干ばつによる地割れがあったらしく、水を入れたことによりくずれ落ちたようです。現場は昨日のうちに土砂が取り除かれ、市道も通れるようになりました。写真は、最初のものが市道から田んぼを撮ったもの、その下は田んぼの畦から市道を見下ろす角度で撮ったものです。

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 2枚目の写真を見て、「あれ、ここは…」と思われた方もあるでしょう。現場は、数年前、私のホームページのトップページに掲載してきた場所のすぐそばなのです。尾神岳の手前の山の白い部分は数年前に地滑りがあったところです。

 きょうの夕方には市内の平場で、溜め池の近くの山にヒビがあり、最近の地震で広がったようだとの情報も入ってきました。地震による地滑りなどの危険は大島区や安塚区だけでなく、かなり広範囲であるようです。注意しなくてはなりません。

2011年05月21日

吉川小学校運動会に高等特別支援学校の生徒も

 地元吉川小学校の運動会に参加してきました。開会式の時は曇り空でしたが、次第に雲がなくなって、まさに運動会日和となりました。児童、職員、保護者だけでなく、地域の人たちも大勢参加した運動会でした。

 今回で吉川小学校の運動会は9回目となります。スローガンは“優勝めざして全力で”。開会の挨拶で八島校長は、「同じ2位でも、1位と差があってあきらめて走って2位になるのと、全力を上げて差を縮めようと頑張って2位になるのとは違う。最後まであきらめないで全力を尽くして」と訴えました。

 今回の運動会でみんなが注目したのは、この春開校したばかりの県立吉川高等特別支援学校の1年生全員が参加して挨拶し、競技にも出たことです。1年生を代表して生徒の一人が、「吉川小学校のみなさん、地域のみなさん、私たちは吉川高等支援学校の生徒です。15名で活動しています。3年後に充実した人生を送れるように頑張っています。ご指導、よろしくお願いします」と元気な声で挨拶すると、グランドの観客席などから大きな拍手が起こりました。感動しましたね。

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 競技の方も白熱したものとなりました。徒競走、親子大玉送りなどいずれも全力を上げたレースとなり、カメラを持って写真を撮る人、応援の声を上げる人、ほんとうに賑やかでした。

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2011年05月26日

スマイルカフェ

 いやー、びっくりしました。思った以上に賑やかで、楽しそうなのには……。県立吉川高等特別支援学校で行われたスマイルカフェのことです。きょうの午前、学校へ行き、スマイルカフェを体験してきました。

 「スマイルカフェ」というのは「笑顔の喫茶店」という意味でしょうか。特別支援学校の生徒のみなさんが取り組む実習のひとつです。お客さんを迎え、飲み物の注文をとる。実際にコーヒー、紅茶を入れて、テーブル席まで持って行く。帰るお客さんにお礼を言う。この流れのなかで、しっかり挨拶することはもちろんのこと、お客さんに注文された飲み物を美味しく飲んでもらい、楽しい時間を過ごしていただけるよう接客の仕方を学ぶのです。

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 お客さん役は、地域のみなさん。私も10時半頃、学校へ行ってお客さんになりました。学校の3階にある作業室が「喫茶店」です。たくさんの人たちが入りきれなくて、廊下で待っていました。生徒たちは大勢のお客さんがきて、緊張した人もいたようです。私のそばに来た生徒の表情はやや硬く、大きく息をしていました。でも、みんな、自分に与えられた仕事をちゃんとやれました。これで自信を持てたでしょう。

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 スマイルカフェは今回が2回目。わずかな時間ですが、生徒のみなさんと地域のみなさんとで交流ができました。それだけではありません、地域のみなさんが学校に出かけることによって、日頃、なかなか交流できない地域の人たちともおしゃべりなどを楽しむことができたのです。もちろん、私もそのなかの一人です。

 きょう、学校へ出かけ、スマイルカフェに入った人たちは約80人になります。おそらく、「喫茶店」が開いている時間帯、3階の作業室とその周辺の空間は「吉川区で一番人口密度の高い」(赤松先生)空間だったに違いありません。吉川高等特別支援学校は小さな学校ですが、15人の生徒がいて、学ぶだけで、こんなにも明るく賑やかになるなんてすごいことです。きょうはとてもうれしくなりました。

 写真は県立吉川高等特別支援学校から提供していただきました。

2011年05月29日

2011年度地区別懇談会

 吉川区総合事務所主催の地区別懇談会に参加してきました。懇談会では、新年度市予算の内、吉川区に係わる主なものについて説明があり、懇談しました。

 懇談会では様々な質問や意見が出ます。きょうも、「狭い市道を自力で除雪しているが、限界が見えてきた。消防、救急のことを考えると除雪は必ずやってもらわなければならない。今後、どうしたらいいか」「火災報知器については設置期限が迫っている。設置されている家にはシールを貼るというが、どこがその作業をやっていくのか」「防災緊急放送は外のスピーカーで流れるものと家の中のものが少しずれるので、スピーカーの近くの家から聞き取りにくいと苦情が出ている。なんとかならないか」「ごみヘルパー制度が変わった。集落対象のものはいらなくなったということか」など私が記録したものだけでも11件に上りました。こういう質問や意見に丁寧に答えていくというのはとても行政と市民の信頼関係をつくっていくうえでとても大事です。

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 私にとっても勉強になります。いま、行政では、総ざらいの最終評価結果にもとづく説明を町内会など関係団体に説明し、意見を聞いていますが、「集落で聴取したあと、どういう流れになっていくのか。こういう経過があって、こうなりましたと返してほしい」といった質問、注文が出ていました。また、山間部で生活していく上で生活用水の確保は重要問題です。こういうものこそ市の事業で整備していく必要があると思いました。

 もうひとつ、勉強になったことがあります。今回も社会福祉協議会吉川支所の代表者が総合事務所幹部とともに懇談会に参加し、新年度の事業内容の説明をしました。そのなかで、吉川支所の職員数が総数106名になっていると報告があり、注目しました。この数は、かつての吉川町役場職員総数に匹敵するものです。区内の会社関係でもこれだけの規模のところは現在ありません。そして同支所が取り組む事業の総予算は4億4000万円にもなっていることが明らかにされました。社会福祉協議会の役割、存在感、大きくなってきましたね。

 地区別懇談会は2月に「吉川区ケーブルテレビ事業をどうするか」をめぐり開催したばかり、そこでも市政に関して質問できたこともあって、今回の参加者は全体で30人ほどにとどまりました。でも、合併まえからの地区別懇談会の伝統を守り続けて、市民の声を丹念に拾い上げていく、この取り組みはたいしたものです。継続は力なり。がんばってほしい。

2011年06月05日

吉川区内で絵手紙展

 吉川区原之町の平野さんの絵手紙展を観てきました。絵手紙は2つに分けると「絵」と「手紙」になります。ハガキなどに絵を描いて、郵便で送る。この2つをいろんな形で楽しむことができるのですね。例えば、ハガキにこんな絵を書いて送ります。

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 次の日、今度はこのハガキを送ります。

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 2枚のハガキをつなげると、ほら、こんな絵になります。

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 なあーんだ、と思われるでしょうが、こんなふうにして楽しんでいる人たちがいることを知りました。絵手紙展には数十枚の作品が飾られていました。私が作成している市政レポートに絵手紙のカットを入れてみたくなりました。挑戦してみようかな。

 さて、きょうは昼ごろ、大島区牛ヶ鼻へ行ってきました。一昨日、総合事務所から長野県北部地震のために作付できなくなった田んぼの写真を送っていただいたのですが、写真を見たら、どうしても現地を確認したくなったのです。林道牛ヶ鼻浦田線の一番大きな被害の出ている箇所から歩いて5分ほどのところの田んぼです。大きな田んぼが3枚ほどあり、全部で1町歩ほどの田んぼが田植えできない状態となっていました。びっくりしたのは田そのものも被害を受けていたことです。改めて地震被害の大きさを知りました。

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 市政レポート1504号をホームページに掲載しました。「春よ来い」の第156回は「最後の同級会」です。これも掲載しました。

2011年06月13日

梅原司平コンサート、うたのちからを信じて

 昨日は午前が党会議、午後から地元のまちづくり組織、「夢をかなえる会」のコンサートでした。

 今回のコンサートに登場したのは梅原司平さん。優しさあふれる歌と軽妙なスピーチをたっぷり楽しみました。梅原さんのコンサートを聴くのは昨年に続いて2度目です。昨日は会場が吉川コミュニティプラザの多目的ホール(元吉川町議会議場)ということもあって、舞台から10m以内の距離で聴くことができました。

 100人ほどのお客を前にして自作の歌を歌い、家族、教育、子育て、平和、原発などについて語る。歌もスピーチも感動でした。生きる元気がなくなりつつある人はこの人の歌を聴いてみてください。元気がでてくるはずです。3月11日に作ったという「うたのちから」も初めて聴きました。被災者だけでなく、被災しなかった人たちの心も揺さぶります。私も昨日のコンサートで一般質問の仕方についてのヒントをもらいました。私のスピーチも梅原さんの影響を受けて少し変わるかも知れません。

 市政レポート1505号、「春よ来い」の第157回、「簡単にはまいらない顔」をホームページに掲載しました。ご覧ください。

2011年06月16日

コシジシモツケソウ咲く

 この時期、最も華麗で美しい野の花といえば、コシジシモツケソウです。今朝、吉川区吉井地内で咲き始めて間もない花を撮影してきました。この花の近くにはキオンも咲き始めています。これからしばらく、キオンの黄色とコシジシモツケソウのピンクのコラボレーションを楽しむことができます。

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 きょうは県立吉川高等特別支援学校で第3回スマイルカフェが行われます。午前10時から11時半までです。時間がある方はぜひ訪れてみてください。今回は3階の作業室ではなく、玄関前広場が会場です。ホットコーヒー、アイスコーヒー、ジュースなどが用意されています。今朝の吉川高等特別支援学校の写真です。スマイルカフェの準備ができていました。

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 私は午前10時から市議会本会議です。参加できないのが残念です。


2011年06月19日

駆け付け放水訓練

 きょうは朝から上越市消防団吉川方面隊の訓練です。朝の7時半からは原之町の場々谷地で駆け付け放水訓練が行われました。この訓練は消防団の各種訓練のなかでもきわめて実践的なものです。すぐに役立つ訓練として注目しています。場々谷地にはフナや鯉もいますが、今朝は突然の放水でびっくりしたことでしょう。訓練の様子を昨年に続き動画におさめました。ごらんください。

吉川方面隊2011年度演習

 上越市消防団吉川方面隊の演習が午前9時から吉川中学校グランドで行われました。演習は、機械器具の点検、部隊訓練、ポンプ操法など4項目。天気に恵まれ、午前11時前には終わりました。

 演習の開始にあたっての挨拶の中で大滝健彦吉川方面隊長は、「日頃の訓練の成果を発表するとともに、来月3日の市長点検の度胸も身に付けて欲しい。3月11日の東日本大震災、12日の長野県北部地震を経験したいま、災害は(必ず)やってくるものと認識し、住民のみなさんと一致団結して住民の命と財産を守っていくことが大切」と訴えました。頚北消防署副署長も、「3月の震災では多くの人命と貴重な財産が失われた。まさに自然災害の脅威を見せつけられた。われわれ防災機関は今後、この震災を教訓に検証、検討を重ね、市民の安全安心の確保を図らねばならない」と挨拶しました。写真は小型ポンプ操法の訓練です。

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 機械器具の点検で注目したのは最新型の消防車です。今春、吉川方面隊に配置された車は3台。2900ccの四輪駆動車で、冷暖房が完備していて力もあります。この消防車は合併直前の2004年に配置された小型四輪駆動車がよりも、さらに性能が向上しているということでした。

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2011年06月26日

雨が気になります

 吉川の水位が気になります。昨日からなんども川を見てきました。いまも見てきました。また上昇してきています。これで雨が降らなければいいのですが……。雨がたっぷり降ったことで、地震にやられた大島区や安塚区など、それから吉川区などの地すべり地帯も心配です。23日に見てきた県道大潟高柳線の災害復旧現場はすでに地すべりがはじまっています。総合事務所に連絡済みですが、いま、ここが一番心配です。

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 市政レポート1507号、並びに「春よ来い」第159回「緊急避難」をホームページに載せました。ご覧ください。

2011年06月30日

原発に高い関心

 東日本大震災被災地支援活動と6月議会についての報告会を吉川区内4会場で開催しました。午前10時から午後9時前までフル回転となりました。忙しい中にもかかわらず31人の皆さんから参加していただきました。ありがとうございました。

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 報告会で出された質問や要望は会場ごとに違い、多様でした。「地域事業の見直しで市道について説明があったが、ブルが楽々入って、事故が起きない道にしてもらいたい」「防災無線のスピーカーの設置はどういう基準で行われたのか。私らのところではまったく聞こえない」「公民館(町内会館)を利用するには階段がきつく、高齢者はたいへんだ。エレベーター設置の補助はないか」「総合事務所の職員が次々替わってしまい、親しみを持って話ができない」「中山間地域振興基本条例で何が変わるか」などたくさん出ましたね。

 全体として共通だったのは原発について関心の度合いです。東電福島第1原発から約250キロ、柏崎刈羽原発から20数キロという距離をスライドで示したこともあって、「こんなに近いとは思わなかった」「ヨウ素剤はどうやったら入手できるのか」などの声が次々と出されました。予想以上に関心が高かったです。

 きょうの報告会では、私の手記、「被災地に鯉のぼりたなびく」も配布しました。 

2011年07月01日

カキラン咲く

 きょうもいろいろな出合いがありました。最初に、この時期、一番の野の花、カキランが開花しました。柿の実の色がとても気に入っています。

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 2つ目。夕方の4時頃、ある家の庭先で大きな釜と出合いました。チマキを茹でているのだそうです。木を燃やして、こんなふうに茹でているとは知りませんでした。木をくべていたお母さんによると、明日、同級会があるので、旅からやってきた人たちに食べてもらうのだとか。残念だったのは、この家にお邪魔するのが1時間ほど早すぎたので、チマキをご馳走になれなかったことです。

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 きょうは市政レポートを印刷し終わった午前9時頃から夜の9時までずっと出っぱなしでした。「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金、中山間地対策特別委員会の反省会と続きました。

2011年07月10日

第7回吉川区体育祭で熱戦

 梅雨が明けて真夏の空になってきました。青い空、もくもくした白い雲、そして伸びゆくイネ、暑いけどいいですね。

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 きょうは朝から吉川区体育祭、住民自治と合併問題を考える会との意見交換会、上越民主商工会の総会と続きました。

 吉川区体育祭は第7回目。合併前から通算すると49回目の体育祭です。参加者は700人くらいだったでしょうか。中野教育長とともに挨拶をさせてもらいました。開会式と閉会式の時はかんかん照り、その合間は、雲に覆われ、時々いい風が吹きました。輪投げ徒競争、綱引き、大玉・小玉おくり、障害物リレーなどの種目で熱戦が繰り広げられました。

 私はテント席で観戦させてもらいました。テント席だからこそよく見えた場面がいくつもありました。小学生による輪投げ徒競争、スタートしてすぐに足を滑らして転倒した児童がいました。しかし、この児童はその後、起き上って力走、輪投げではいの一番に成功させ、トップでゴールしました。テント前にバッタが跳んできましたが、そのバッタを2人の子どもが追いかけていました。テント席の大人たちはその様子に注目、ひとりの子どもがバッタを捕まえるとホッとしました。転んで足をすりむいた子どももいました。足を出し、保健師さんから消毒してもらう時の子どもの顔を見つめました。痛そうな顔をするのではないかと「期待」していたら、なんともない表情でした。

 いつもと同じく、地域対抗種目は応援にも力が入ります。大玉・小玉おくりで注目は泉谷地域づくりチームが連勝記録をどこまで伸ばすかです。チームワークの良さとスピードは他チームを寄せ付けず、連勝記録を6に伸ばしました。障害物リレーは最後の種目、みんな燃えましたね。女子と男子のゴール写真です。

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 住民自治と合併問題を考える会(佐藤忠治代表)が6月議会一般質問で地域事業費制度見直し問題をとりあげた議員と意見交換会を行いたいというので参加してきました。会場となった希望館第2会議室には20人ほどの人たちが集まりました。きょうはいろいろな行事があったようです。一般質問でこの問題をとりあげた6議員のうち、参加したのは私と吉田議員の2人だけでした。

 吉田議員と私の方で自分の質問概要と思いを語った後、意見交換。参加者からは、「市は、合併特例法に基づき新市建設計画を誠実に実行する責任がある。見直し、打ち切りなどを行う場合、議決が必要ではないか」「地域事業費制度がなかったならば、14市町村の合併はできなかった。今回の事業費削減、見直しは地域の軽視と横暴さの現れだ」「合併の根幹にかかわる今回の見直しは、地域協議会や議会だけでなく、もっと市民の中に入り、広く議論していくべきだ。市長自ら13区に出向いて説明していくべきではないか」などの声が出され、質問には、私と吉田議員が答えました。有意義な会だったと思います。

 この会は午後4時まででしたが、私は高田へ移動するため、15分ほど早く退席させてもらいました。上越民商の総会では役員の改選も行われ、20年務めた宮崎会長が勇退、「新富」の佐藤さんが新会長になりました。懇親会ではひとこと挨拶させてもらい、いろいろな業者会員さんと話ができました。きょうは車の運転のため、酒は飲まず、ウーロン茶で頑張りました。

 市政レポート1509号、随想「春よ来い」の第161回、「長峰池」をホームページに掲載しました。

 

2011年07月16日

上川谷の郵便ポスト、30日に廃止

 いまほど「しんぶん赤旗」日曜版の配達を終えて家に戻ってきました。きょうも猛暑で、気温は35度前後になったようです。配達の途中、清水の出ているところが2か所あります。そこでは、車を止めて、顔を洗い、両腕を洗いました。水は思った以上に冷たく、5秒ほど水をかけただけでしびれがきます。みなさんから涼んでもらうために写真をごらんいただきましょう。まずは、吉川区高沢入の清水です。ドコモの電波塔の近くに出ています。奥にお地蔵さんがあるのがわかりますか。

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 もう1か所は大島区板山の清水です。こちらは不動尊公園の入り口付近で出ています。水量、冷たさとも高沢入の清水とほぼ同じです。

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 どうです、飲みたくなったでしょう。

 さて、残念なお知らせをひとつしなければなりません。吉川区上川谷にあった郵便ポストが今月の30日の午前10時で廃止されることが決まりました。上川谷は吉川区の最も東側の集落ですが、過疎化が一気に進み、現在住んでいるのは5世帯8人となってしまいました。確かに、人が少ないのでポストを利用する人は以前よりも少なくなっています。でも、高齢化がどんどん進むなかで、近くにポストがなければますます不自由になります。ポストの郵便物を集める最後は30日の午前10時。30日は土曜日ですので、「しんぶん赤旗」の配達をしながら最後を見届けたいと思います。

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2011年07月28日

集落全員で記念写真

 市議になって初めてです。というよりも、町議時代を含め、議員になって初めてと言った方が良いかも知れません。集落に住むすべてのみなさんが「橋爪法一を囲む会」に集まってくださったのです。もちろん、大きな集落ではありません。吉川区の上川谷です。現在、5世帯8人が住んでいます。きょうは、そろって町内会長さん宅に集まり、私の議会報告に耳を傾け、防災対策などで意見や要望を出してくださいました。

 同集落では、6年前に梅雨前線豪雨で近くの県道が崩れた土砂にうまり、1年半も交通不能になったという苦難を経験しています。また、4年前の中越沖地震でも半壊などの大きな被害が出ました。それだけに、私の、東日本大震災被災地支援の活動、長野県北部地震対策などについての報告は、真剣に聴いてもらえました。

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 懇談会では、「防災無線がよく聞えない。(時報の)音楽はまだいい方だ」「県道の小麦平付近の道路脇の草刈りがそそうだ。今年は特に目立つ」「県道上越安塚柏崎線は冬も開けてもらってずいぶん助かっている」「雪の降る時は一時にたくさん降るので、除雪対策はしっかりとお願いしたい」などの声が次々と寄せられました。

 会が終わって、スライド上映の機器の後片付けしていた時、白いスクリーンが最後になりました。「このスクリーンを使って写真を撮るかね」と声をかけたら、「ほさ、撮ってもらおう」「こんな恰好じゃ、はずかしいこて」と反応がありました。そして、Mさんが最後に、「この際、みんなで撮ってもらわんかい。しばらく、みんなで撮ったことがないし……」と発言して決まりました。集合写真を撮ることになったのです。その写真の1枚がこれです。

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 どうです。いい笑顔でしょう。この集落には最盛期には67戸、約400人も住んでいたといいます。さみしくはなりましたが、こうして集まると笑顔が生まれます。しっかりと支援していきたいと思います。

2011年07月29日

時おり激しい雨

 後援会員のUさんが亡くなり、葬儀に参列してきました。まだ、70代前半、早すぎます。Uさんとは30数年前からの付き合いです。毛筆で書く字はきれいで力強く、メーデーでは垂れ幕などを書いておられました。市議選の時には、まちをかけめぐり、後援会ニュース配布、私の票集めなどで、それこそ大きな力を発揮してくださいました。心から感謝し、ご冥福をお祈りします。

 きょうは時おり激しい雨が降って、思うように動けない一日となりました。「雨降ってちゃ、濡れるねかね、入っていきない」と誘われ、「しんぶん赤旗」日曜版の配達の途中、何軒かでお茶をご馳走になりました。お茶を飲みながら、話に出てきたのは、雨と選挙です。すでに来春の市議選を意識した活動が始まっていて、「誰誰が後援会の入会の挨拶に来た」「どこどこで集会あったそうだ」などの話を聞きました。私の場合、日常活動が忙しく選挙準備は遅れがちですので、がんばらないと……。

 夜は「橋爪法一を囲む会」でした。原発に替わる発電の話が賑やかで、「農業用水を活用した水車発電ができないものか」「太陽光発電でパネルはどれくらい持つか」などの質問が相次ぎました。また、豪雪時に県が貸し出すバックホーとダンプの活用をする場合、オペレーターの確保に難儀するという話がきっかけとなって、「市の補助制度は高齢化が進んでいることを意識して、活用実態を調査し、改善してほしい」という要請もありました。

2011年07月30日

悪夢を見ているようです

 また大規模水害が発生しました。1時間に50ミリを越える激しい雨が降って、吉川や大出口川などで越水し、床上浸水、床下浸水、田畑の冠水などの被害が出ています。また、土砂崩れなどが各地で発生し、県道川谷十町歩線のまるたき温泉付近、主要地方道上越安塚柏崎線の上川谷と板山間などが交通止めとなっています。わが家も大きな被害をこうむりました。牛舎には吉川の水が流入し、50センチほど浸水しました。また、私の実質的な仕事場となっている牛舎管理棟も床下浸水してしまいました。午前に撮った写真で被害状況をお知らせします。まずは、吉川区河沢と山口を結ぶ八幡橋付近です。

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 次は国田地内の越水箇所。国田神社の近くです。田んぼが台無しです。

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 今度は国田から大下へ行く途中の土砂崩れです。ここは午後に片側だけ開通しました。

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 次は大野団地。吉川流域で水が上がりやすい場所のひとつです。午前は交通止めでした。

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 きょうの午前は平良木議員も駆けつけてくれました。一緒に柿崎方面も見てきました。写真は上金原地内の浸水状況とハウス被害です。ハウスにはキクが植わっていたといいます。

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 午後4時半現在、吉川区内の建物の被害状況は床上浸水3件、床下浸水33件。いま、水が引いて、総合事務所から戻ってきたら、牛舎周辺は大量のごみだらけになっていました。明日からまた片づけをしなければなりません。太陽が照り、ヒグラシが鳴いています。なんだか、きょうは悪夢を見ているようです。

 夜には、午後に確認した被害写真をアップします。

豪雨の爪痕(1)

 午前に引き続いて、午後からも吉川区内の被害状況を視察し、被災者を激励してきました。

 今回の豪雨は水かさが一気に増え、川の流れもこれまで見た中では一番早いと感じました。でも、水位が下がるのも早かった。写真は小苗代地内のOさんの農業ハウスです。栽培していたユリが出荷時期を迎えていただけに、Oさんは、「もうたくさん、吉川に住んでいたくなくなった」と嘆いていました。

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 山間部は県道も市道もあちこちで土砂崩れが発生し、交通止めになりました。次の写真は市道古戦場線の土砂崩れです。

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 次は山直海(村屋)の県道に土砂を伴って流れ込む山からの水です。村屋の郵便局前です。

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 県道川谷十町歩線の村屋から「まるたき」までの間で、春先に大きな地滑りが発生し、地滑り防止工事をしているところがあります。そこの道路状況です。

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 最後にご覧いただくのは、まるたき温泉の100メートルほど手前の土砂崩れ現場です。大きな石がいくつもあり、しかもまだ崩れそうなことから、復旧工事は簡単にはいかないとのことでした。困ったものです。現在、川谷地区へ行くには、浦川原区の小谷島の中保倉小学校のところから上猪子田、小麦平を通って名木山に抜ける道しかありません。ただし、通れるのは普通車だけということです。

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2011年07月31日

豪雨の爪痕(2)

 朝、吉川区、柿崎区をまわってきました。昨日、写真にとれなかった場所でも撮影してきました。また、地域の方から私の気付かなかったことを教えてもらいました。

 わが家と牛舎間は約500メートルほど離れています。この市道は水に使っていたのですが、水が引いても泥が残っています。多いところは厚さが10センチにはなっているでしょう。地域の方から、泥を排除してほしいと要望されました。

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 川の土手が6年前の豪雨時と同じくあちこちでやられています。そのうちの1か所、国田地内の崩れです。

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 東田中地内では今回も田んぼが被害に遭いました。泥水が流入した田んぼの、今朝の写真です。

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 河川内の雑木がどうなっていたか。水が引けて、よくわかるようになりました。この写真は上の田んぼの近くです。

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 今回の豪雨、昨日の午前6時から3時間の間に川谷で118ミリ、尾神で105ミリという激しい降り方をしました。田畑、道路だけでなく、山林でも大きな被害が出ています。写真は河沢地内の森林です。

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 まわっていて、ある市民から、「隣接する町内会の人たちは避難勧告を受けたのに、私らのところには何もなかった、どうなっているのか」という声が寄せられました。さっそく調査してみたいと思います。

2011年08月01日

川谷地区を孤立させないでください

 今回の豪雨で吉川区の山間部、川谷地区は一時、孤立状態となりました。いまは大雨警報も解除となり、ひと安心していますが、大きな雨がこの次に来た時どうなるか、みんな心配しています。その最大の理由は、同地区へ入る4本の県道が大きな土砂崩れ、崩落などで傷みが激しく、いつ崩れ落ちるかわからない状況となっているからです。

 県道川谷十町歩線はまるたき温泉付近で大量の土砂にうまっています。さらに名木山地内でも雪崩止めなどと一緒に落ちてきた土砂に埋まりました。どちらも、簡単には復旧できそうもありません。次の写真は名木山地内の現場です。

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 主要地方道上越安塚柏崎線も板山集落内で崩落しただけでなく、角間への入り口付近でも泥流に流され、寸断されたところがあります。

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 さらに、上川谷には土石流危険個所もありますが、上越安塚柏崎線では沢水が道路に流れ出し、路盤を削っているところもあります。

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 地区内には県道大潟高柳線のような大きな崩落場所もあります。ここは、道路の土手が崩れ、ボロボロと土が落ち続けていました。

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 電話は携帯電話もNTTの普通の電話も使えなくなっています。このことも地区住民が不安をいだくことにつながっています。昨日は4つの町内会長宅に衛星電話が設置されました。

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 地区内にある世帯は26。高齢化が極度に進み、医療機関にかかっている人は少なくありません。また、学校や保育園に通っている子どもたちも3人います。いま、吉川区総合事務所を先頭に県道名木山浦川原線だけでなく、主要地方道上越安塚柏崎線も開通させ、同地区を孤立させないようがんばっていますが、関係機関には「絶対孤立させない」という構えで、ぜひとも早急な対応をしていただきたいと思います。

 ホームページに市政レポート1512号、「春よ来い」第164回「故郷」を掲載しました。

2011年08月02日

電話などの復旧工事進む

 午後から吉川区内の国田、まるたき温泉付近、川谷地域の災害現場を見て回りました。

 まるたき温泉近くの大規模地滑り現場では、電話工事の人たちが復旧作業に全力をあげていました。土砂とともに崩れ落ちていた大きな木は切られ、電話線の張り替え工事が行われていました。長さは約200メートルです。現在、川谷地区で不通となっているNTTの普通電話は早ければ明日、遅くとも明後日にはつながる予定だといいます。

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 工事現場に近づいたところで仕事をしていた一人の男性が、「橋爪さん」と声をかけてきてくださいました。「私がわかるんですか」と訊いたら、「Aだよ」と言われるのでびっくりしてしまいました。私が20代の前半の時、一緒に仕事をした先輩のAさんだったのです。38年ぶりの再会でした。うれしくて、手を取り合って喜びました。Aさんからは、「応援しているよ。がんばってくれ」と励ましてもらいました。

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 まるたきの地滑り現場を歩き、災害発生後、初めてまるたき温泉側に出てみました。崩落個所は長さが100メートルからあって、思っていた以上に規模が大きいなと思いました。6年前に川谷地内で発生し、復旧までに1年半を要した地滑り現場と比べて、勝るとも劣らない規模です。

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 国田地内では農災調査が始まっていました。

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 浦川原区経由で川谷地域にも行ってきました。上川谷では土砂で埋まり、沢水が道路にあふれ出ていた箇所の排水工事がスタートしました。明日には水がぬける見込みだということでした。

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2011年08月03日

地学研究者も視察

 地学研究者の方が本日、吉川区に入り、地滑りしたところや水害の出た箇所などを調査されました。お昼前にわが家にも立ち寄られ、話を少し聞かせていただきました。この方の話で興味深かったのは、地球温暖化時代にあっては、これまでの経験だけでは計り知れない異常降雨などが起こりやすくなっているので、防災対策ではこうしたことを考慮すべきだという点です。また、区内の浸水被害の状況にふれながら、内水対策をもっと考えるべきだとのアドバイスもいただきました。

 すでにツイッターでお知らせしましたが、本日の午前、不通となっていたNTTの電話回線が復旧しました。auの携帯の方も完全復旧したとのことです。これで、あとは道路です。主要地方道上越安塚柏崎線の柏崎と上川谷間は本日、一般車両も通れる見込みとお知らせしましたが、いまのところ、道路管理者からのお知らせはありません。どこかで復旧工事が手間取っているのでしょうか。

 先ほど、社民党県連代表の小山県議から電話がありました。本日、泉田知事と会い、吉川区川谷地区を孤立させないために、県道の災害復旧に全力を挙げるよう申し入れたとのことです。小山県議は昨日、私の案内で道路被害状況などを視察し、たくさんの写真を撮っていかれました。きょうはそれを使って話をされたそうです。ありがたい情報でした。

2011年08月04日

豪雨の爪痕(5)

 今回の豪雨で道路に影響を与えた最大の地滑りは吉川区の「まるたき温泉」に近い場所で発生しました。きょうの地元紙の報道によると、10日頃までに片側通行を確保すべく復旧工事が行われるとのことです。

 午前中に現地に行ってきました。現地では森林組合の作業員が木の伐採を行い、測量関係者がポールを持って仕事をしていました。地滑りの方は現在安定してきているので、きょうは、地滑りの状況をもっとしっかりとつかみたいと思い、カメラを持って現場を歩いてきました。危険ですので尾根づたいに歩きました。まずは、すべったところの最上部の写真①をごらんください。

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 この上から下の方を見て写真に撮りました(②の写真)。左上はまるたき公園です。すべったところをよく見ると、南東方向にすべっていることがわかります。

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 滑り落ちた土砂は、下の杉林や田んぼに流れ込みました。その田んぼがあったところから地滑り面を見た時の写真③です。

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 夕方、総合事務所で現地の航空写真を見せてもらいました。これは道路管理者である県の方で業者に撮影を依頼し、撮ったものだという話でした。パソコンに写っているものを撮ったので、ハッキリしていませんが、だいたいわかるでしょう。写真の上の方が南方向、下は北方向です。左上の白い建物が「まるたき温泉」。茶色になっているのが地滑り面です。

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2011年08月06日

まるたき温泉近くの地滑り現場、仮復旧間近?

 自民党の小林県議から「一緒に動いて案内してほしい」と要請され、朝から吉川区の道路の被災状況などを見てきました。

 驚いたのは、一昨日、見てきたばかりの「まるたき温泉」近くの地滑り現場が一変していたことです。わずか一日で、道路に落ち込んだ土石、木々などがほとんど片付けられていました。村屋と「まるたき温泉」間は本日の夕方には通行できるようになるかもしれません。

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 もっとも、「まるたき温泉」と名木山間は名木山集落より200メートルほど村屋側のところが大量の土砂に埋まっていますから、車は通れません。

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 きょうは、あちこちで用水路の普請や田畑に入った土砂の片付けなどが行われていました。写真は大島区足谷の田んぼです。被害にあった田んぼに再び土砂が流入しないようにと、緊急措置がとられていました。秋の稲刈り作業ができるように、コンバインが通れる道づくりも行われていました。問題は、これから先です。秋作業に支障が出ないように、来年の作付ができるようにするために行政側の早急な対応が必要です。

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 豪雨で被害の出た道路、農地、農業用施設は規模が大きく、関係者は国や県などに早急な支援を求めています。小林県議とは、こうした問題は超党派で、関係市議、県議全員が力を合わせることが大事だと確認してきました。

2011年08月07日

越後よしかわやったれ祭り2011

 いまも耳の中で太鼓の音が聞こえます。神輿を担ぐ若者たちの「ワッショイ、ワッショイ」の声も……。越後よしかわやったれ祭りは今回も盛り上がりました。感動的なドラマがいくつもありました。

 今春開校したばかりの県立吉川高等特別支援学校の生徒のみなさんが区体育祭に続いて祭りにも参加してくれました。原発事故で福島県から避難してきている人たちも初参加です。子ども神輿は今年も増えました。まだ増え続けるに違いありません。普段はあまり見かけないのに、祭りとなるとたくさんの子どもたちが祭りに参加してくれます。先日の豪雨でたいへんな目にあった人たちの顔も見えました。うれしいですね。

 私が祭りに参加したのは夕方からとなりました。地元吉川区のよさこいグループ「百華踊乱」は「ハレルヤ」などリズム感あふれた3つの踊りで集まった人たちを惹きつけました。

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 続いてストリートダンスです。こちらはリズムとスピード感が何とも言えない。見事でした。

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 祭りでは屋台があり、美味しい食べ物が並びました。地場産の野菜は初登場かな。私は一口メロンを買いました。ゲームコーナーもできました。大勢の人が寄って、語りあい、買い物も楽しむ。そして、みんなが集中するものがあります。早食い、くじ引き、それから、最大の盛り上がりをつくりだすのは神輿行列です。まずは、子ども神輿、子どもも若いお父さんもお母さんもみんなうれしそうでしたね。

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 子ども神輿はペットボトルで作られた稲穂竿灯の中を進みました。きれいでしょう。さて、大人神輿、今年は稲穂竿灯を県道柿崎牧線沿いに移動させてから、ダイナミックな動きで観衆を魅了しました。原之町十字路で電話工事用のトラックの高いところから大人神輿を「さあ、来い、来い」と指揮していたのは大滝健彦さん(上越市消防団吉川方面隊長)。乗りに乗っていました。大人神輿で張りぼてをつくって行進したのは、よさこいグループのみなさんでした。

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 昨年から登場した吉川中学校の生徒のみなさん。今年も「吉中参上」の旗を掲げての参加です。

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 原之町十文字では神輿に乗った人たちが餅撒きもやってくれました。これもまたいいもんですね。

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 閉会式は太鼓と神輿のリズムのなかで行われました。私の担当は閉会の挨拶です。ビールを5杯もいただきましたが、子どもたちの元気な声に後押しされて、感動いっぱいの気持ちを語らせてもらいました。

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 越後よしかわやったれ祭りは今年も大成功でした。何か月も前から準備をし、祭りを成功させる原動力となったのはいうまでもなく実行委員会のみなさんたちです。ありがとうございました。

2011年08月08日

草刈り、平和展

 私の地元町内会では毎年、お盆前に総出で草刈りをします。昨日がその日となりました。例年と違ったのは豪雨災害直後だということです。私と何人かは豪雨で傷んだ字道の復旧作業を担当しました。雨によって削られ、砂利がなくなっているところに一輪車で砂利を運び、均す。単純作業ではありますが、普段あまりスコップを使わないので難儀しました。

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 道普請が終わってから、私たちも草刈りに合流しました。こちらは約1時間、大勢で草刈りをする時は仕事がどんどん進み、気分がいいですね。

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 何人かの友人が平和展(5日~7日、高田図書館にて開催)に出品しているというので、時間をつくって少しだけ観てきました。今年の平和展はやはり福島原発事故が大きなテーマになっています。たくさんの作品の中から2つだけ紹介します。

 「牛の怒り…あなたたちの世代は一体なにをしたのですか」奈良場山人さんの作品です。福島原発事故により「警戒区域」20キロ圏内でうち捨てられた家畜の数は牛3400頭、豚3万1500頭、鶏63万羽といいます。この作品から牛たちの叫び声が聞こえてくるようでした。牛を飼っていた者として、切ない。

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 吉田洋子さんの絵手紙もすごかった。彼女の細い体の中のなかのどこに宿っているのでしょうか、この鋭い批判精神は。下線部をクリックしてごらんください。

 市政レポート1513号をホームページに掲載しました。今号の裏面は豪雨災害特集です。配布地域によって、掲載した写真は違っています。

 お知らせです。県道川谷十町歩線は大きな地滑りが2箇所で発生し、通行止めとなっておりましたが、復旧作業が急ピッチですすめられた結果、昨日午後3時半開通しました

吉川区などの被災地を県議と市議が共同視察へ

 党派を越えて上越市選出県議と関係区選出市議が力を合わせる、今回の豪雨災害対策でごく当たり前のことが実現することになりました。当たり前のことでありながら、なかなか実現しないのが政治の世界です。それだけにうれしい。

 小林県議の呼びかけで12日、柿崎区、吉川区、大島区、浦川原区の道路被害、農地、農業用施設を上越市の県議と4区選出の市議が一緒になって視察することになりました。視察場所は吉川区国田の床上浸水地域、同区まるたき温泉近くの地滑り現場、大島区足谷の農地、用水路被害地などで、朝9時から夕方まで4区内を駆け巡ります。視察にあたっては、新潟県上越地域振興局の幹部職員なども参加します。

 今回の視察では、地元選出市議が説明し、関係町内会のみなさんから要望などをお聴きする予定です。いうまでもなく、行政当局にも働きかけを行います。今回の視察を契機に災害復旧のスピードアップが図られることを期待しています。

 きょうの夕方、昨日開通したばかりの県道川谷十町歩線を車で走ってみました。まるたき温泉近くの土砂の山は片付けられて、二車線が確保されていました。1週間ぶりに通る道がとても懐かしく感じられました。

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 丸滝橋と名木山間の地滑り現場もきれいになっていました。

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 名木山まで行ったついでに主要地方道上越安塚柏崎線の様子を見てきました。吉川区内の上川谷から大島区内に入ったのは豪雨災害以降初めてです。このブログでたびたび紹介してきた道路の決壊現場より100メートルほど上川谷寄りの道路でも同じような決壊が起きていたことがわかりました。ここは、すでに1トンパックと鉄板で応急措置がとられていました。

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 道路決壊現場から思い切って角間の農道に入ってみました。私のところに入ってきた情報では、ここをう回路にして大島区藤尾に出られるとのことでした。かなり遠回りになりますが、道幅はあり、舗装もされています。無事、藤尾に出ることができました。でも、地形からいって、雪の降る冬期に通れる道ではありません。早期に主要地方道上越安塚柏崎線を復旧させてほしいですね。

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2011年08月09日

越後よしかわやったれ祭りの動画投稿しました

 6日に行われた越後よしかわやったれ祭りの動画をユーチューブに投稿しました。関係者のみなさんには同日投稿するよと約束していましたが、デジカメの修理に伴い、ファイル形式が変更されていたことに気づかず、アップロードできないでいました。もう大丈夫です。

 ひとつ目は吉川区のよさこいグループ「百華踊乱」にみなさんによる「ハレルヤ」です。

 いまひとつは祭りの最終盤、大きな盛り上がりをつくった神輿です。

2011年08月11日

お盆を前に

 いまほど朝の新聞配達から帰ってきました。途中、先日の災害で冠水した田畑がどうなっているか見てきました。吉川区の赤川流域では稲だけでなく、転作大豆も水の被害を受けました。関係者の話では、4日間ほど水がたまっていたそうです。ここにきてその影響がハッキリ出てきました。大豆が枯れ始めたのです。

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 上越市内で今回の豪雨によって被災した農作物の面積は、水稲については、冠水68㌶、浸水1616㌶、土砂流入0.4㌶。大豆については冠水が48㌶、浸水140㌶となっています。大豆の冠水は柿崎区が最も多く、39㌶にもなっています。ちなみに吉川区は3㌶です。

 お盆が近づいてきました。すでに墓掃除を済ませたところがほとんどですが、わが家はきょうの午後に予定しています。墓参りを前にお盆用の花の出荷が最盛期を迎えています。吉川区旭地区のある園芸農家では、おばあちゃんが朝早くから出荷の準備をしていました。

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2011年08月12日

同じ災害を繰り返すな

 初めてです。上越市選出県議と市議が党派を越えて一体となって災害現場を視察したのは。視察メンバーは、4人の県議(小山県議は都合がつかず欠席)と柿崎区、吉川区、浦川原区、大島区選出の市議5人(武藤市議は入院中につき欠席)。この視察には、新潟県上越地域振興局幹部、上越市役所の幹部なども同行しました。

 視察したところは柿崎、吉川、大島、浦川原の4区内の河川の増水によって引き起こされた冠水、浸水被害現場、地滑りによって交通止めとなった場所、農地・農業用施設被災現場、道路決壊現場など14箇所。午前9時から午後3時過ぎまでマイクロバスに乗って移動し視察、最後に吉川区総合事務所で意見交換しました。

 吉川区内の視察ではすべての視察地で町内会の人たちが立ち会ってくださり、私とともに災害発生時の状況、今後の対策への要望などをのべました。写真は大野団地の農協の農機具修理工場脇で被害状況を説明する私と小山正昭原之町町内会長です。

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 被災地の町内会の人たちの発言はどこでもリアルで説得力のあるものでした。このうち国田町内会の会長さんは、町内会のみなさんが橋のそばの水道管を必死で外そうとしたことや床上浸水した家の家財道具の移動などを切ない思いで行ったことなどを報告し、災害対策の強化を求めました。

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 今回の視察では地元市議が先導役を務めました。マイクロバスの最前列の席で車内の県議や県地域振興局幹部などに視察地の事前説明などを行うとともに、視察地でも最初に被害状況などを説明しました。写真は浦川原区上猪子田の県道で、説明する浦川原区選出の山崎市議です。

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 今回の視察で参加者が驚きの声をあげたところが数か所ありました。吉川区の県道崩落箇所、大島区の農業用水路がズタズタに壊されたところ、道路決壊箇所です。次の写真は大島区足谷で地元町内会の内山町内会長(私の従兄)から説明を受ける人たちです。内山町内会長は、「ここでの災害はこれで3回目だ。災害復旧は原形復旧が基本というが二度と同じことが繰り返されないよう支援してほしい」「冬を前に早期に災害復旧工事をやっていただきたい」と訴えました。

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 山からの大量の水が市道を壊し、田んぼを土石で埋め、農業用水路を滅茶苦茶にした現場は、初めて見た人にショックを与えたようです。ある市議は、「これはひどい、これこそ災害だ」と言っていました。

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 最後の写真は、主要地方道上越安塚柏崎線の道路決壊現場です。被害状況の説明をした上越地域振興局地域整備部上越東維持管理事務所の幹部は、道路下にある水路管の大きさについて、そばにある川の流量を考慮し、これまでの100㌢から180㌢にする方向で検討していることを明らかにしました。また、角間から藤尾につながる農道を正式に迂回路とすることも明らかにしました。大島区板山、藤尾などに明日中に案内看板が出ることと思います。

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 視察後の意見交換会では、最後まで参加した市議、県議全員が発言しました。私からは、「河川改修が下流から順次行われているから上流の人たちはしばらく我慢をというのではまた被災することになる。治水予算をもっと増やすべきだ。角間入口の県道決壊個所で典型的に表れているが、道路下に埋めてある水路管の口径は小さすぎる。改良しないと再びやられることになるので意識的な取組をしてほしい」と訴えました。矢野県議は、大島区板山の住宅被害を例にあげ、「ほったらかしておけば二次災害が起きてしまう。金がないからやらないではなく、もっとスピード感を持ってやってほしい」と要請。今回の視察で世話人代表を務めた小林県議は、「同じ災害が繰り返されている。原形復旧をやって同じ災害にあっているようでは税金の無駄遣いだ。抜本的な対応策を」とのべました。

 上越市選出の全県議と関係市議は、きょうの視察と意見交換会での意見を踏まえて、連名で新潟県知事に要請書を提出することになりました。

2011年08月16日

お盆最後の日

 きょうはお盆最後の日です。午後から、妻や子どもたちと墓参りに出かけました。13日と違って、風が無く、ロウソクも消えずに燃え続けていました。わが家の墓のすぐ脇にある親戚の墓でお参りした時、裏側にきれいな花が咲き始めていることに気づきました。花はツリガネニンジンです。この花は一昨年、農作業事故で亡くなったHさんが植えたものだと思います。春には雪割草、夏はツリガネニンジン、秋にはリンドウが咲きます。野の花好きのHさんらしいと感心しました。

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 夕方、旧三和村議の橋本さんから、豪雨による三和区地内の農地災害を見てほしいと要請があり、出かけてきました。場所は私が20代の時に仕事をしていた牧場のすぐ下の田んぼです。現地には耕作者の方もおられ、豪雨時の状況などをお聴きしました。写真の田んぼは耕作者の方が自力で圃場整備し、守り続けてきたものだといいます。総合事務所の担当は吉川区出身です。耕作者の方がよくがんばっていてくれるという話を聞いて、うれしくなりました。

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 明日は新潟です。午前11時半からは、県庁で豪雨災害に関して上越市選出の県議のみなさんなどともに県副知事に会い、被災地の人たちの要望を伝えてきます。その後は、日本共産党の全県議員会議に参加します。明日も大事な一日となりそうです。

2011年08月21日

顕法寺城址で17回目の烽火上げ

 朝は雨がパラパラと落ちてきてどうなるかと思いました。烽火上げのことです。吉川区内にある山城、顕法寺城址で昨日、烽火上げが行われました。謙信公祭のイベントのひとつですが、顕法寺城址での烽火上げは伝統があって、今回が17回目でした。

 標高182メートルの本丸跡に登った時には雨もすっかりやみました。晴天ではないものの、日本海も米山もよく見えます。妙高、火打の方も見えます。そして春日山城は……、こちらもよく見えました。絶好の烽火上げ日和です。

 イベントの開始は午前8時45分から。鼓舞衆のみなさんの威勢のいい太鼓の音がよく響きます。「霜は軍営に満ちて秋気清し」詩吟も披露されました。9時ちょっと前、「おい、もう上がっているど」誰かが春日山城の方を見て言い、顕法寺城址も慌ただしくなりました。竹直の小田喜一さんが法螺を吹き、烽火を上げる会の野呂和男会長が口上をのべ、この日が誕生日だというIさんなどが点火しました。

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 煙は最初、斜めに上がり、その後はまっすぐに上がりました。柿崎区の小野城址での烽火が見えます。春日山の方では3箇所から烽火が上がっています。私もこれまで数回、烽火上げに参加していますが、遠くの烽火がこれほどハッキリと見えたのは初めてです。感動しましたね。

 烽火上げの会場では元吉川小学校校長の加藤大助さんが、吉川町史や頸城村史などにもとづいて顕法寺城について解説してくださいました。1578年に上杉謙信公が亡くなって、その後、景勝と景虎の間で跡目争いが起き、1年ほど争いが続きました。「1579年の春には町田城が落城。その際、顕法寺城も廃城となったようだ」「しかし、顕法寺という寺はその後も続いていて、その後の歴史を記した数々の文書が残っている」ことなどを加藤さんは語りました。興味深かったのは、頸城区の大蒲生田にも顕法寺という名の寺があったという話です。今度、頸城村史を読んでみようと思います。

 この日の烽火上げには地元顕法寺、道之下町内会や観光協会の人たち、顕法寺城を学んできた小学生たち、山城愛好家など、50人以上の人たちが参加しました。今回の烽火上げについては、市の地域活動支援事業も活用し、林道から上がる道などが整備され、烽火上げ会場からの見晴らしもぐんとよくなりました。参加されたみなさんは、上越市の北から南まで眺めることができて満足されたのではないでしょうか。記念写真も撮りました。

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吉川区第1回福祉祭り

 昨日は社会福祉協議会吉川支所主催の福祉祭りも行われました。こちらは第1回です。よしかわほほ笑の里、うぐいすの里、あじさいの里などの福祉施設を利用している人たち、家族などが参加して歌や踊りなどを楽しみました。

 オープニングでは烽火上げで盛り上げてきたばかりの太鼓集団、鼓舞衆のみなさんがここでも演奏し、大活躍でした。

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 開会式が終わってから、参加者の皆さんとしばらく交流しました。福祉施設利用者のみなさんと顔を合わせるのは久しぶりでした。このうちSさんとは、Sさんの子どもさんに最近会ったことを伝えると喜んでくださいました。昨年、息子さんを亡くされたばかりのKさんにも会いました。「おっかちゃ、おれだでね、わかるかね」と言うと首をしっかり縦に振りましたが、なんとなくさみしそうでした。千葉県に住んでおられたお兄さんが先日亡くなられたことを伝え、お悔やみを言おうと思いましたが、「ひょっとしたら、わざと伝えてないかも」とも思い、やめました。

 会場では輪投げやスカットボールも行われていました。私も参加しました。輪投げは意外と難しかったですね。5個投げてひっかかったのはわずかに1個でした。スカットボールは、恐る恐るコチンとやったのがよかったようです。こちらは、5個のうち4個も穴に入りました。周りの人たちからは「オーッ」という声が上がりました。

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2011年08月22日

被災したユリ栽培農家に支援の手を

 今回の豪雨ではハウス農家も大きな被害をこうむりました。一昨日、被災した2軒の花栽培農家を訪ね、その後、どうどうされているかお聴きしてきました。そのうちの1軒、吉川区のOさんのハウスを見てきました。

 Oさんのハウスは2棟のハウスがやられました。いずれも吉川沿いにあります。上流側にある1棟の中に入ってびっくりしました。ハウスのパイプはグニャリと曲がっていて、作り土をごっそり流されただけでなく、暗渠までまくられていたのです。これはいままでの水害ではなかったことです。いかに流れが激しかったかがわかります。

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 説明してくれたOさんは、「こんなひどい被害は初めて。前回の災害時には9割補助をもらい、なんとか復旧させることができた。今回は暗渠までやられていてどうなるか不安だ」と訴えます。ハウスには2000本のユリが出荷直前でした。今年の収穫はゼロです。帰り際、ハウスの反対側の入り口に、1本だけ黄色い花をつけているのがあることに気づきました。

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 「なんで、この1本だけ花を咲かせたのかね。いじらしくて、いじらしくて……」というOさん。花を愛するOさんの不安、願いに応える支援の手をすぐに打ってほしいものです。

2011年08月28日

川谷地区大運動会、法政ゆい祭、いとこ会

 昨日は恒例となった川谷地区大運動会でした。今年は大雪で苦しみ、7月30日の豪雨の際には一時孤立状態となった同地区ですが、同地区のみなさんを励まし、ともに楽しもうと法政大学コメコメクラブのみなさんや総合事務所の幹部などが駆けつけました。私も今回で連続7回目の参加です。

 開会は午後3時から。今回は雨の影響でグランド状態が悪く、久しぶりに体育館の中での競技となりました。すっかりおなじみとなったボード渡し競争、ビン釣りレース、玉入れ、輪投げ競争、一気飲み競争、パン食い競争などでは、思いがけない展開等があって、たびたび歓声が上がったり、大笑いがおきたりしました。

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 私はボード渡し、ビン釣り、一気飲み、玉入れに出場。玉入れは複数の玉を入れ、チームに貢献しました。しかし、個人種目のビン釣り、一気飲みはまったくダメでした。特に、ビン釣りは釘をビンの中まで入れるのは早かったものの、なかなか釣り上げることができずビリになってしまいました。

 運動会が終わってからは懇親会が行われ、その後、法政大学コメコメクラブのみなさんによるゆい祭が実施されました。今回の注目は、太鼓演奏でした。吉川区の太鼓グループ、鼓舞衆のみなさんと大潟区、柿崎区の太鼓グループが連携し、それに法政大学の学生のみなさんも加わって演奏したので、会場はこれまで以上に大きく盛り上がりました。

 ゆい祭の最後はじゃんけんゲーム。今回のリーダーは小林さんではなく、女装が似合う学生さんでした。私はじゃんけんの最後のゲームで勝ち抜いて、この日、一番高価だという東京スカイツリーの手ぬぐいを手に入れました。

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 昨日は旧川谷校体育館を午後7時頃に出て、その後、大島区板山へ行きました。10日前に東京駅で一緒に飲んだ千葉の従弟と一緒に呼び掛けて、「いとこ会」を民宿「伊作」でやることになっていたからです。急な呼びかけにもかかわらず、6人が集まり、楽しいひと時を過ごすことができました。文章が長くなるので、記念写真を一枚掲載します。

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2011年08月29日

稲の匂いがする

 朝、車を走らせていたら窓からいい匂いが入ってきました。稲の香りです。熟してきた稲ならではの匂い、この匂いがするようになると稲刈りが始まります。きょうは、吉川区下町、浦川原区六日町で稲刈りをしたようです。刈ったばかりのあとを確認できました。品種はいずれも五百万石かと思います。なお、吉川区では町田が一昨日から始まっています。

 きょうは議員団会議でした。9月議会に提出される議案について検討し、総括質疑の質問項目を決めていく作業をしました。限られた時間の中で、すべての資料を読むことはまず不可能です。そういうなかで4人の議員がそれぞれ気付いた問題点を出し合い、みんなで検討する。いつものことながら、集団の力っていいなと思います。おそらく、一人で読んでいただけでは気づかないことを教え合うことになるんですから。議員団会議は明日も続けます。

 会議の最中に、私の活動地域の仲間から電話が入ってきました。私の自選ミニ随想集「春よ来い」を50冊も買ってくださるという人がいたという連絡です。先週は、70代の女性の方が10冊まとめ買いして、広げてくださるという知らせもありました。うれしいですね。

2011年09月14日

コミュニティ政策学会の地域自治区調査

 きょうは岐阜大学の2人の研究者の方が木田庁舎に来られました。地域科学部の山崎仁朗先生と院生の東善朗さんです。お二人は昨日から吉川区などに入られ、上越市における地域自治区、地域協議会の活動について調査を進めておられます。吉川区については、地域協議会が独自に住民アンケートを実施したことや、7つの「地域づくり会議」をベースにして「まちづくり吉川」が活発な活動を展開していることなどに大きな関心を寄せておられ、今回の調査となったということです。

 きょうは、市議としての立場で、地域協議会が1期目と2期目でどう変化しているかとか、上越市が昨年から取り組んでいる「地域活動支援事業」、「地域事業費の見直し」などについてどう見ているかなど質問を受けました。約1時間半ほどではありましたが、研究者のみなさんの考えも聴くことができて、とても勉強になりました。そうそう、昨日からさがしていた旧吉川町公民館水源分館の活動の写真は今朝、市役所で見つけることができました。この写真のお陰で、かつて、学校が地域活動の拠点であったことを実感してもらえたのではないかと思います。

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 調査の合間に私の市政レポートのことやホームページ、ブログ、本などについても話題となりました。調査の準備としてだとは思いますが、ブログや本を丁寧に読んでいてくださったのはうれしかったですね。私が学生時代、えちご亭円志という芸名で落語をやっていたことを話したところ、全日本学生落語選手権大会の話になりました。今年の2月の大会では岐阜大学の三流亭今壱(さんりゅうてい・いまいち)さんが「二番煎じ」を演じ、最優秀賞を獲得したということです。岐阜大学が急に身近に感じられるようになりました。

2011年09月23日

わが家のすぐそばの堤防崩れる

 台風被害、こちらでは稲の倒伏被害のほかには見当たりませんでした。ところが、わが家のすぐそばを流れる吉川の堤防が崩れていることを今朝知りました。先ほど撮った写真です。

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 吉川区においては7月30日の豪雨で、土砂が緩んでいます。そこへ今回の雨が降ったわけですので、こういう被害は大なり小なり発生しているのかも知れません。それにしても、油断は禁物です。山間部での土砂崩れなどにはご注意を。

2011年10月12日

もっと身近に感じて、原発を考えるべきだとの訴えも

 先日から9月議会報告会を開催しています。一般質問でとりあげた災害対策を中心に報告しているのですが、今晩の会場では、今議会で注目されたほとんどの問題について私の見解を求められました。「地域事業費制度の見直しはほんとうに決まったのか。合併の約束事をこんなに簡単に破っていいのか」「一部で専門職を集めて基幹的な総合事務所とする動きがあるようだが、総合事務所の統廃合につながらないか」などです。真剣な議論が続き、とてもいい会になりました。

 原発問題では福島県に子どもさん夫婦とお孫さんのいる方が、そこでの暮らしぶりを私や参加者に訴えられました。「行ってみると、一番かわいそうなのは子どもたちだ。運動会に行ったが、グランドにホコリが舞っていて心配した。洗面器でも靴でも外には置けない。新潟に戻ってきた時には、ここは別世界だと言って喜んでいた。何も考えないで生活できることはどれだけすばらしいことか」と。この方はまた、「柏崎・刈羽原発はどれくらいの規模かみんな知らないでいる。福島よりもはるかに大きい。事故が起きた時にどういうことになるかなどすべてのことが目に見えていない。もっと身近に感じて、考えないといけない」とも言われました。

 きょうの日中は市役所で原稿書きをした後、柿崎区や吉川区で亡くなられた方のご遺族のところへお悔やみの挨拶に行ってきました。いずれの人も父や私がお世話になった人です。季節の変わり目なのか、先週から今週にかけて亡くなる人が多くなっています。

 

2011年10月13日

吉川区敬老会

 吉川区敬老会の日でした。市政レポートのポスト下ろしの日でもありましたので大忙しでした。朝は4時過ぎに起きて、約1時間かけて市政レポートの原稿を書き、途中で「しんぶん赤旗」日刊紙の配達に出ました。1時間ちょっとで戻り、再びレポートの原稿書きです。レポート原稿は通常号の原稿を書くだけでなく、配布地域によっ内容を変えるという編集作業も行いました。そのため、市政レポートの印刷が終了したのは午前10時5分前、大急ぎで敬老会の会場(ゆったりの郷ゲートボール場)へと向かいました。

 敬老会の式典には稲荷副市長、滝澤議長、八木総合事務所長とともに参加しました。今回は320人ほどの人が参加していました。ほぼ昨年なみです。参加者のうち最高齢は昨年に続いて大岩の塚田キヨさん(95歳)でした。式典後のアトラクション、地元の踊りのグループだけでなく、睦会や妙高市の声友会のみなさんが民謡や日本舞踊などを披露してくださいました。盛り上がったのは、ゆったりの郷従業員による寸劇です。今回は水戸黄門などに扮して、従業員とお客さんのトラブルを黄門様が解決するという「ゆったりの郷騒動」を演じました。脚本は中村支配人、ちょっぴりエッチなセリフもあって、聴衆の間ではたびたび笑いがおきていました。

 敬老会は午後1時過ぎに終了。その後、家に戻り、「しんぶん赤旗」日曜版の配達とビラ配布に出ました。町田まで行ったら、敬老会参加者の人たちが二次会をやっている最中でした。二次会といってもお茶飲みです。敬老会のことや認知症のこと、町田城の話などが次々と出て、とても楽しいひと時を過ごさせてもらいました。

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 ここの「二次会」ではテーブルの上においしいものがいくつも並んでいました。そのなかでめずらしかったのは、緑色のトマトの酢漬けです。おいしかったので、全部いただきました。これは写真をごらんください。

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2011年10月15日

コーラスゆりかご20周年記念コンサート

 旧吉川町時代に誕生したコーラスグループ、「ゆりかご」が結成20周年を迎え、きょう、記念コンサートがありました。会場となった吉川コミュニティプラザ多目的ホールには区内外から大勢の人たちが集まりました。

 歌を歌ってみたいという人たちが週に1回集まり、2時間ほど練習する。それを20年も積み重ねてきました。ゆりかごを代表して挨拶した常山ミサ子さんは、「練習に参加する時は、(心が冷静な日ばかりではなく)面白くないことがあったり、ストレスがたまっていることがあったりした日もあった。でも、みんなで歌うと心が晴れた」といいます。言われてみれば、歌を歌っている時のメンバーの顔は明るいし、目も輝いていましたね。

 コンサートの第1部は沖縄の唄。「島人ぬ宝」「芭蕉布」など4曲を歌いました。第1部でメンバーが身につけていたドレスは沖縄の海をイメージして作ったといいます。みんなが明るく、一段と若々しく見えました。

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 第2部は会場の人たちと一緒に歌って体を動かす時間です。「おお シャンゼリゼ」に始まって、「いつでも夢を」「上越市民歌」などを歌いました。第2部の進行役は吉田薫さん、しゃべりもリードもよかったです。みんなで楽しんだのは、ドレミファ体操です。足を軽くたたく、ファイトのポーズをとるなどドレミファソラシドを体で表しながら歌を歌うのですが、スピードを速くすると間違えることもあって、笑いも。太っている私は、この体操をしただけで汗をかきました。写真は「ラ」です。

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 第3部は美しいハーモニーを聴かせてもらいました。詩人、国見修二さん作詞の「光」、金子みすず作詞の「草山」「私と小鳥と鈴と」など4曲を見事に歌い上げました。ゆりかごのみなさん、これからもずっとずっと歌い続けてくださいね。

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2011年10月16日

第7回吉川区駅伝

 午前は第7回吉川区駅伝でした。心配していた雨は朝には上がって、まずまずの駅伝日和となりました。風がちょっときつかったかな。昨年より3チーム少ない7チームが参加。旧源農協前をスタートし、旧旭小学校グランドまでの9区間(全長19.2㎞)を走り、旭ランナーズが1時間11分10秒で3連勝しました。

 レースは3区まで源パイレーツが1位でタスキをつなぎ、4区で旭ランナーズと競り合いました。4区で逆転した旭ランナーズは5区で圧倒的なスピードで走り抜けた小森選手が2位以下に大きく差をつけて60代ランナー、木村選手にタスキを渡し、そのまま最終区まで1位を維持しました。

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 今回の駅伝では高齢ランナーの奮闘、親子、兄弟選手の活躍が目立ちました。そのなかで原之町・大乗寺チームの塚田選手は初出場、強風の中、頑張って完走しました。竹直ライスセンター前の中継所では大きな拍手で迎えられました。塚田選手は62歳の女性ランナー、吉川区の駅伝では初めての60代女性ランナーとなりました。

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 午後からは街頭宣伝でした。最初の2回ほどマイクの音がなかなか上がらず、力んでしまいました。おかしいなと思ったら、マイクの差し込み口を間違え、なんとトーンのところに差し込んでいたのです。これにはまいった。でも、その後は徐々に調子を取り戻しました。久しぶりの宣伝カーでの演説、気持ちよくしゃべることができました。

 夕方、家に戻ってから山芋のむかご採りに出かけました。先日の「むかご入りご飯」がいまいちだったので、もう一度、炊いてみたかったのです。今回は、水加減もちょうどよく、ご飯の炊け具合はバッチリでした。下の写真は、そのうまく炊けたご飯です。コメが一粒一粒輝いていて、むかごもいい色になっているのがわかるでしょうか。

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 市政レポート1523号、「春よ来い」の174回、「似顔絵」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年10月17日

看取り介護同意書を初めて見た

 午前は葬儀でした。この間、おじいちゃんが亡くなったばかりの家で、今度はおばあちゃんが亡くなりました。1週間の間に夫婦とも亡くなったのです。おじいちゃんがおばあちゃんを迎えに来た、いや、おばあちゃんがおじいちゃんのところに手を伸ばしたのだ、などとみんなが話していました。葬儀が始まって間もなく、式場でひとりの方が倒れ、救急車で運ばれました。これもびっくりしました。

 夜の会議でHさんが一枚の紙を見せてくれました。看取り介護同意書です。Hさんは親を福祉施設であずかってもらっています。入所者の寿命の終わりが近づいたと福祉施設が判断した段階で、家族にそのことを説明して、救命治療はしない、危篤状態になっても病院へは搬送しないということを家族等に示して同意を求めるものです。家族が了承すれば、この入所者を施設で最後まで看取りをすることになります。初めて見ました。Hさんによると、こういう同意書を出していても、土壇場で病院へ運んだりするケースもあるということでした。勉強になりました。

 今週は市議会の会議開催日は少なく、地元で動けそうです。きょうはカメムシの異常発生で困っている人の相談で動きました。明日は早めに市政レポートの原稿書きをできればと思っています。生活相談がなければの話ですが。

2011年10月23日

吉川小学校音楽発表会

 区内の文化行事の中でみんなが楽しみにしているもののひとつに吉川小学校の音楽発表会があります。きょうはその音楽発表会の日でした。会場は吉川小学校体育館。午前9時45分からの開場となっていますが、9時半過ぎから入口には長い列ができました。

 「さあ、はじまるよ、みんなおいで」と歌で開会の言葉をのべたのは1年生たち。「おいで、大きな音がする」と歌ったあと、「ようこそおいでくださいました。最後までごゆっくりお聴きください」と呼びかけました。そして開会直後に歌と踊りで楽しませてくれました。「メリーさんのひつじ」で2つのひつじの張りぼてが登場すると会場は沸きました。体をいっぱい動かして、元気いっぱいの1年生でした。

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 朗読と歌で「かさじぞう」をやったのは3年生、おじいさん役の児童がおじぞうさんに傘をかけてやるところはなかなかの演技でした。クラスみんなで物語の感じを出そうとしていたのはよかったと思います。2年生は、「かくれんぼ」「あえてよかった」の合唱をしました。「もういいかい、まあだだよ」「あきこちゃん、見つけた。ごろうくん見つけた」。「かくれんぼ」は何度聴いても遊びながら歌えるいい歌です。

 4年生は初めて二部合唱に挑戦しました。「次は4年生の発表です」というアナウンスが流れるといっせいに「はい」、とても元気のよい学年です。体を大きく振って、歌ったのは「レッツゴーいいことあるさ」。ラララ……、飛び出そう。リズム感があって、迫力もありました。

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 5年生、6年生の歌や合奏は貫禄充分でした。5年生が歌った歌の歌詞、「喜びも悲しみも分ちあえたらいいのに 世界中の友だちがひとつになって この願いとどけたい」は災害の多かった年にふさわしい歌詞だと受けとめました。6年生は担任の先生に、「小学校最後の音楽祭だよ。がんばって」と朝、気合を入れられたとか。さすが6年生と言われるだけの力強さとやさしさのある合唱でした。これは動画でごらんください。

 吉川小学校の音楽発表会は平成13年度からはじまり、今回で11回目。八島校長は、挨拶の中で、「吉川の子どもたちは素晴らしい吉川の自然と人情の中ですくすくと育っている。文化祭は絵と音楽のふたつで構成されているが、絵では、子どもたちはテーマを決めてがんばっている。上手、下手ではなく、児童の『ぼくはここでがんばったんです』というところに注目してほめてやってほしい。歌と演奏は一人ひとりの協力なくしてできません。明るく元気な歌声をお聴きください」とのべておられました。音楽発表会は約2時間、感動の連続でした。

 市政レポート1524号、「春よ来い」の175回、「二次会」を私のホームページに掲載しました。

2011年10月24日

県道新井柿崎線の現場視察は熱が入った

 上越市の南北を縦貫する主要地方道新井柿崎線は市内で最も重要な県道です。かつては国道への昇格を視野に入れた運動もありました。ところが旧規格のところが多く残っていて、路肩が狭い、歩道もないところがあります。大型ダンプなど大型車の利用が多いのも特徴です。そして冬になれば、猛吹雪にさらされる。きょうは、県道新井柿崎線整備促進議員連盟の現地調査と新潟県上越地域振興局に対する要望書提出の日で、関係区の13人の市議と4人の県議が参加しました。

 現場視察は板倉区内の歩道設置要望個所からはじまって、柿崎区内の消雪パイプ設置要望個所まで21箇所。マイクロバスで移動しながら、8箇所で車から降りて現地を見ました。そのうち、ほとんどの場所で地元町内会の人たちが日頃、目にしている交通事故、地吹雪による車の転落など危険な実態をリアルに訴えました。大潟区高橋新田、吉川区梶地内などでの現場視察では、関係住民と県地域振興局の道路維持課長とのやりとりもあり、充実した視察となりました。

 野尻の交差点付近での視察では、歩道設置の要望が出されました。県の担当者と関係住民、議員が話し合っている間にも大型車がひっきりなしに通ります。ここは小学生の通学路でありながら、歩道のない場所です。旧規格なので路肩も狭く、歩くのが怖い。冬になれば、除雪により雪の壁もできるといいます。現地を見て、子どもたちがいつ車の犠牲になってもおかしくないと感じました。

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 私の地元、吉川区梶地内での現場視察では、6つの町内会から9人もの人たちが実情を訴えるために参加してくださいました。総合事務所次長の説明に続いて訴えたのは、梶町内会長の山岸一男さんです。山岸さんは、「地吹雪によって車が雪に突っ込んだり、田んぼへ転落する場所がほぼ決まっている。防雪柵は昨年仮設型のものを設置してもらったが、もう少し高く、固定的な柵にしてほしい」と訴えました。山岸さんは、要望を伝えるために、きょうの朝、梶十文字付近に立って調べた交通量についても報告しました。午前7時から7時半までは232台、7時半から8時までは469台、合計701台が走っていたというのです。これにはみんなびっくりしました。

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 現場視察が終了してから、議員連盟の宮崎政国会長が新潟県上越地域振興局の新保弘地域整備部長等に対して要望書を提出しました。宮崎会長は、「きょうの視察では地域の熱がだんだん高まってきて、時間がかかった。毎年、取り組んでいる視察だが、きょうは新たな発見もあったのではないか。地域のみなさんの切なる願いをくみあげて、ひとつでもふたつでも実現してほしい」と訴えました。新保部長は、「平成8年度をピークに予算は3分の1くらいまで落ち込んでいる。現地視察では、歩道(の未整備箇所)が強く印象に残った。みなさんの要望で100点は採れないが、少しでも改善できるよう努力していきたい」とのべていました。

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2011年10月29日

文化展出品作品から

 「器用な人がいっぱいいるねぇ」吉川区の文化展を観に出かけた人が言っていました。ひょうたん細工、竹細工、押し花、陶器など個性あふれる作品がたくさんでています。文化展は吉川体育館が会場で、明日の午後3時まで。お近くの方はぜひ訪れてみてください。

 私が気に入った作品はすべて紹介したいのですが、そのうちの3つを掲載します。まずは、「尾神のしだれ桜」を押し花を使って描いた作品です。

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 次は絵手紙です。やまぼうしを描いた作品は初めて観ました。左右ふたつとも同じ人の作品でしょう。

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 3番目は……。最初、古い本かと思って、めくろうとしてしまいました。陶芸作品なのです。いいでしょう。

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 今回の文化展では亡くなった人の作品も展示されていました。展示されていたのは昨年亡くなった大乗寺の平野久子さんの歌集と竹直の小田正男さんのひょうたん作品「無病息災」です。おふたりともよく知っていた人なのでとても懐かしくなりました。私の記憶では遺作が展示されたのは吉川区の文化展としては初めてです。亡くなった人の作品を展示しようと企画された方々に感謝します。

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 きょうは昨日に続いてすばらしい天気でした。日中は22度くらいまで上がったようです。伯母の家に行ったら、柿の皮や小豆が干してありました。

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2011年10月31日

吉川区芸能発表会2011

 毎年楽しみにしている芸能発表会。昨日、吉川多目的集会場で行われました。今年は吉川中学校吹奏楽部の演奏で始まりました。同校吹奏学部は上越大会で金賞を獲得するなど最近めきめきと力をつけています。演奏したのは、「出航の時」、「栄光の架け橋」、「ベビーローテーション」の3曲でした。自信に満ちた演奏をお聴きください。

 今回の芸能発表会には、よさこいの「百華踊乱よしかわ」、コーラスゆりかご、吉川マロハウクレレサークル、舞踊の「吉川あゆみ会」、レクダンスグループのTHE・HIPS、大正琴の吉川琴永会、雪椿おはなし会新潟明吟会などが参加、演奏、合唱、朗読、詩吟などが披露されました。休みなしで、約3時間半の発表でしたが、みんな舞台に集中していました。発表が終わったグループは会場の中央の通路から戻るなど進行にはこれまでとは違った工夫がありました。「しょうしいね」などと言いながらも、聴衆から、「いかったよ」などと声をかけられ、笑顔でしたね。

 今年、結成20周年を迎えたコーラスゆりかご。先日、記念コンサートを行ったばかりです。今回、私は舞台に至近距離のところにいましたので、沖縄をイメージして作ったというブルーの衣装がまぶしかったです。「島人ぬ宝」を動画で撮影しましたのでごらんください。

 今回初登場は朗読サークル「雪椿おはなし会」です。「笠じぞう」を6人の会員が持ち味を生かし朗読しました。会員のひとりがニワトリの朝のコケコッコーを本物のニワトリそっくりにやったら会場は沸きました。

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 オカリナグループのみなさんは、東日本大震災で被災されたみなさんをはじめ、日本全国のみなさんに、「いつも・何度でも」「上を向いて歩こう」など3曲を素敵に演奏して、「がんばれ日本」とエールを送りました。指導にあたっておられる久木崎和美先生の笑顔が演奏者に安心感を与えていて、印象に残りました。

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 琴のみやび会のみなさんの演奏はこの時期にぴったりの曲目でした。「通りゃんせ」「夕やけ小やけ変奏曲」。いつもなら4人の演奏となるはずでしたが、一人の方は退院直後ということもあって今回は参加されませんでした。でも手術は成功したそうです。来年は4人の演奏が復活するでしょう。

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 昨日はまずまずの天気。柿が大豊作なので、母も大忙しです。母の干し柿づくりがはじまりました。

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 私は芸能発表会が終わってから1時間ほど山歩きをしました。今年、なかなか見つけることができなかったセンブリの花をとうとう見つけることができました。

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 市政レポート1525号、「春よ来い」176回、「柿と大根菜と」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年11月06日

第19回東京吉川会総会

 旧吉川町出身者などが集まる東京吉川会が四ツ谷で開かれ、吉川区からマイクロバスに乗って参加してきました。こちら側から出かけたのは八木総合事務所長、まちづくり吉川の田中代表など17人。今回は同級会などと重なったこともあって全体の参加者は約80人にとどまりました。でも、初めて吉川会に参加した人も数人ありました。会はいつもと同じく、ふるさとの情報交換などで盛り上がりました。

 総会では平山会長の挨拶の後、来賓の挨拶が続きました。このなかで稲荷副市長は今年の豪雪、地震、豪雨と続いた災害の状況、北陸新幹線開業めざした動きなどを伝えるとともに、㈱杜氏の郷社長として、同社で造られているお酒、天恵楽などを宣伝しました。合併後、上越市の最高幹部クラスが吉川会に参加したのは稲荷副市長が初めてです。八木総合事務所長は吉川区内の農家の状況、今年のコメの作況、吉川高等特別支援学校開校などについて情報提供し、喜ばれました。

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 総会後の懇親会。同じ町内会出身者や中学の同窓生などがあちこちで記念撮影をし、語り合いました。私は合併後の東京吉川会に7回連続して参加しています。顔なじみの人も増え、尾神出身の「あっちにし」の杉田さん、町田出身の布施さん、代石出身の森口さんなどが次々と声をかけてくださいました。なかには私のホームページを毎日見ていてくださる方も何人かおられ、トップページの尾神岳の写真の撮影月日まで知っておられる方もあり、感激しました。

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 交流会の後半では梶出身の細金さんを先頭にして踊りの輪もできました。

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 東京吉川会は今回で19回目。来年はいよいよ結成20周年を迎えます。今回の会では40代、50代の初参加者もありましたが、こうした流れを大きくして、さらに大きな交流の輪をつくりたいものです。

2011年11月11日

吉川区の豪雨災害、山間部での復旧状況

 きょうは大島区から吉川区に入り、山間部で豪雨で被災した道路や田んぼの復旧工事の進み具合を見てきました。県道大潟高柳線川谷地内の道路崩落現場は、山際に迂回する形で工事が進められていました。これなら、冬は乗り切れるでしょう。

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 次は県道川谷十町歩線のまるたき温泉近くの地滑り現場です。一時、構造物が道に落ちそうになっていましたが、もう大丈夫です。

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 倉下橋から大賀へと登っていく途中にある田んぼは豪雨でズタズタになりました。最近、工事が終わって、きれいになっています。

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 最後に、災害とは直接関係ない写真を一枚掲載します。ツツジの狂い咲きです。野田首相はTPP参加に向けて協議を開始すると決断、亡国の道を歩み出しました。これも狂い咲きです。

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2011年11月12日

3つのイベントが響き合って

 きょうは午前が県立吉川高等特別支援学校の開校式でした。これについては、データの処理に時間がかかるので、夜に書きます。午後からは同校の学習発表会があり、原之町では「憩いの広場」(元吉川町役場所在地)で「いきいきふれあい市」、すぐそばの福正寺でコンサートがありました。午後からのこの3つのイベントは時間帯では重なるところもあって、たいへんだと思ったのですが、どうしてどうして、それぞれが響き合い、人の流れもできて盛り上がりました。

 県立吉川高等特別支援学校の学習発表会は午後1時から。原之町のイベントと開始時間がまったく同じで参加も少ないと思ったら、保護者や地域の人たちが100人以上集まって賑やかになりました。学習発表会は「吉川ドリームフェスタ2011」という名前です。きょうの同校の取組は開校式も学習発表会もすべて、「夢を求めて」が共通テーマでした。15人の生徒と教職員の気持ちが一つになって、バンド演奏もダンスも迫力があるものになりました。すばらしかったです。

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 「ふれあい市」は地域活動支援事業を活用した取組です。小山原之町町内会長さんから「ぜひおいで下さい」と誘われ、出かけてきました。地元の農産物が売られ、餅つきがあり、トン汁のサービスもありました。私が注目したのは、小浜屋さんのちんころ作りの実演と指導です。大勢の子どもたちが関心を持ってちんころ作りに挑戦していました。子どもたちから、伝統的なものにこうしたイベントの中でふれてもらうのはとてもいいと思いました。

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 福正寺でのコンサートは「旅の音楽家丸山祐一郎とこやまはるこの世界」。音の出る様々なものを使って、聴衆にも参加してもらうなかで音楽を楽しむ。こういうコンサートは初めてでした。私もホースを振り回し、風の音を出して演奏に参加しました。紙飛行機を飛ばす中で「風」をテーマにした演奏を聴くというのも初めて、子どもたちはほんとうに楽しそうでした。写真は雷の音、雨の音、カエルの鳴き声を聴衆に受け持ってもらい、「カエルの歌」を演奏しているところです。

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 コンサートから離れて原之町商店街に出たら、高等特別支援学校の生徒のみなさんが原之町の「いきいきふれあい市」に合流しようとしているところでした。学校の行事と地域の行事がうまくつながったいい日でした。

2011年11月13日

県立吉川高等特別支援学校開校式

 昨日、新潟県立吉川高等特別支援学校の開校式が同校体育館で行われました。式典には生徒、教職員、保護者が出席したほか、上越地域選出の7人の県議会議員、創設を考える会の藤田会長、学校評議員、後援会準備会委員などが来賓として招かれました。

 県教育委員会の武藤教育長は式辞の中で(草間教育次長が代理として出席し、式辞を代読)、「本校は上越地域では初の高等特別支援学校です。地域で育ち、地域に愛され、地域とともに歩む学校として期待されています。上越地域の福祉、医療、労働など関係者との連携は欠かせませんが、校章の四つ葉のクローバーのように心を合わせ、ご支援くださいますようお願いします。生徒のみなさんは、教育目標の『夢を持ち続け、みんな輝く』のように、希望を持ち続けて輝いてください」と呼びかけました。

 赤松校長が経過報告をした後、校旗樹立式が行われました。校旗はステージの緞帳ととほぼ同じ茶系統の色が中心で出来ています。これは、県教育庁の早川義務教育課長から赤松校長に手渡されました。

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 生徒の「喜びの言葉」は生徒全員がバンド演奏を行って表現しました。曲目は教育目標とマッチしている「夢をあきらめないで」(岡村孝子作詞・作曲)。生徒たちはいつ練習したのでしょうか、力強く素敵な演奏を披露してくれました。

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 校歌も披露されました。作詞は吉川区吉井出身で明治大学教授の池田功さん、作詞は直江津出身で、県内の特別支援学校などで音楽を教えておられた横山広一さんです。校歌を合唱する前にお二人が校歌への思いを語りました。

 池田さんは、「吉川小学校6年生が明治大学を訪ねてくれた時、私の出身校である泉谷小学校校歌を合唱してくれて感激しました。学校は無くなっても校歌は心にしっかりと残ります。この校歌には、緑豊かな吉川の自然の中で学べる喜び、生徒のみなさんが持っている夢と希望、そして、社会に出れば、うれしいことも悲しいこともあるが、どんなにつらい時でもあきらめないで夢を求め続けてほしいという願いを込めました」と語りました。

 作曲の横山さんは、4月、5月と2回にわたり、吉川高等特別支援学校を訪問。学校周辺の自然や校舎内での生徒の様子などを取材し、作曲したといいます。作曲にあたってイメージしたのは、「吉川の緑豊かな自然の中で、一人ひとりが夢に向かって輝きながら走りぬけていく姿」だということでした。

 校歌の歌詞を紹介します。

 1 緑あふれる吉川の
   大地の力いただきて
   踏みしめてゆくどこまでも
   未来を開けはつらつと
   おおわが母校輝けり

 2 夢にあふれた道を行く
   山河を仰ぎ明日を見る
   前を見つめていつまでも
   希望を胸に歩こうよ
   おおわが母校栄えあれ

 3 いのちの力燃やしつつ
   共に分かちて進み行く
   どんなときにもあきらめぬ
   ともしびとなり光りゆく
   おおわが母校とわにあれ

 式典で生徒と教職員のみなさんが一緒になって披露した校歌です。「校歌」のところをクリックしてお聴きください。なお、音声はWindows Media オーディオ ファイルです。

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2011年11月23日

きょうは晴れ

 きょうは素晴らしい天気になりました。晴れ渡って、青い空が見えるとうれしくなります。昨日撮ることができなかった尾神岳と米山の初冠雪、米山の高い部分はまだ消えずに残っていました。尾神岳は午後にならないとハッキリ見えません。先ほど吉川区下町地内で撮った写真です。

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 吉川区山方地内を通った時、敬徳寺のイチョウの木と頸城三山の組み合わせがきれいに見えました。

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 ところで、昨日、わが家のすぐそばの吉川の堤防が崩落しました。はっきりとしたことはわかりませんが、工事関係者の話によると、崩落したところの川は水深がかなりあって、堤防の下部を水がえぐりとったのではないかということでした。きょうは、朝から業者のみなさんが復旧作業をしています。

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2011年11月28日

小春日和に

 昨日は朝から良い天気になりました。こういうのを小春日和と言うんでしょうね。朝8時頃、車で移動中、雁の鳴き声に気づき、大急ぎで車を降りて雁行を撮りました。青空をバックに雁行の写真を撮ることができたのは運が良かったです。

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 午前10時過ぎ、市政レポートの配布に向かう途中、吉川区中谷内の農道上に30台ほどの車があり、田んぼの中に50人ほどの人たちが何かをやっている光景が目に入りました。降りてみると、長イモ掘りオーナーの人たちでした。ほとんどは市内の人たちですが、新潟市など遠くからの参加者もありました。

 オーナーの人たちはの楽しみは自分たちで植えた芋がどんな芋に生長したかを確認できることにあります。今年はまったく収穫できなかった人が4人ほどあったそうですが、その一方で、一人で10キロも収穫できた人もいたそうです。一口1万円でオーナーになると、自分が植えたものが仮にゼロであっても最低5キログラムの芋をもらえるということです。

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 午後からは7月末の豪雨で被災した道路や農地の災害復旧状況などを視察してきました。先日、小林県議から視察したいので案内をしてもらえないかと声がかかり、きょう、一緒に、県道大潟高柳線の川谷地内や大島区足谷地内の農地、農業用施設などを見てきました。降雪前に終わるかどうか心配されている主要地方道上越安塚柏崎線板山地内の復旧工事も12月半ばには終わる見通しとのことで安心しました。足谷地内の農業用水路の復旧はあと2、3日で終わりそうです。板山のKさん宅の玄関前の崩落、自宅脇の土砂崩れ、いずれも工事は完了し、数日前に避難先から自宅へ戻っておられました。Kさんは、「正月を自宅で迎えられるのはうれしい」とのべておられました。写真は川谷地内で撮ったものです。

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 市政レポート1529号、「春よ来い」の第180回「紅葉舞う中で」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年12月11日

百華踊乱よしかわ10周年祭

 吉川区のイベントでは必ずと言ってよいほど盛り上げ役を果たしてきたのがよさこいソーラングループの「百華踊乱よしかわ」です。よさこいがあるから賑やかになり、元気が出ました。きょうは、このグループの結成10周年記念の演舞が多目的集会場で行われました。

 演舞は全部で10曲。このブログでも紹介したことのある天地人(あまちびと)、ハレルヤなどが次々と披露されました。踊る人たちは笑顔を見せ、観客は手拍子。きょうは踊る人も観る人も気持ちがひとつになりました。

 きょうの演舞で強く印象に残ったもののひとつは「酒や唄」です。吉川中学校の先生だった鈴木栄太郎さんが関わって作られた、杜氏の里よしかわの地場産の踊りです。越後よしかわ酒まつりなどで何度か観てきましたが、きょうは初めて動画で撮りました。

 17人の子どもたちが色とりどりの衣装で踊った「See tha Rainbow」、これもよかった。ユーモアたっぷりの司会で会場を沸かせた竹田敏夫さんの説明で踊りだけでなく、歌詞にも注目して観たのですが、「違いを認め合って信じあおう」という言葉が心に響きました。写真はメンバー全員で演じた「よっちょれ」です。

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 百華踊乱よしかわのスタートは10年前の「越後よしかわやったれ祭り」でした。会長の山岸実さんは挨拶の中で、「正直、ここまで出来るとは思っていなかった。皆さんのおかげです。これからもお客さんを主体に頑張っていきたい」とのべていました。ぜひこれからも頑張ってほしい。

 きょうは、この10周年記念に来賓として参加した後、直江津に行き、2つの会議に出席してきました。

 市政レポート1531号、「春よ来い」の第182回、「ぼたもち」をホームページに掲載しました。時間がありましたら、ごらんください。

2011年12月18日

雪景色とキラキラ大作戦の花火にうっとり

 昨日は一日中、ぐずついた天気だったのですが、短時間、晴れ間もありました。山間部では30㌢から40㌢の積雪があり、雪化粧した山々はじつに美しかったです。吉川区石谷と名木山で撮影した風景を2枚ごらんいただきましょう。山は国造山といいます。2枚目の写真にはわが家の昔の畑も写っています。

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 昨日はブルが出動しました。山間部ではすでに先日の雪で出動しています。平場においては初出動です。写真は村屋地内です。ここも初出動でした。

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 夜は原之町で恒例のキラキラ大作戦が行われました。私が行った時はゲームの真っ盛り、子どもたちの楽しそうな声がたくさん聞こえてきました。やったれ祭りもそうだけど、子どもたちが大勢集まるイベントは気持ちがいいですね。昨晩、一番盛り上がったのは、やはり花火でした。これは動画でどうぞ。

2012年01月08日

川谷冬まつり

 恒例となった川谷冬まつりでした。今回は法政大学学生、OB、米米クラブから大勢参加があり、昨年よりも賑やかな祭りとなりました。まず、体育館で餅つきと懇親会です。三本の杵でついた餅の味は最高です。雑煮、黄粉モチともおいしく、おかわりをしました。

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 懇親会では地元の人たちや学生さんたちと話が弾みました。7月30日の豪雨の際、川谷地区の被害状況を知りたくて私のブログを読んだという人が何人もいて、うれしかったです。

 グランドではサイの神の前で記念撮影。今年は「法政米米クラブ」と「川谷冬まつり」の旗が作成され、とてもにぎやかな感じとなりました。「法政米米クラブ」の字は高倉さんという学生さんが書いたといいます。旗の色が白い雪と合いますね。

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 続いて、雪積み競争、宝探し、玉わり競争、じゃんけんゲームなどが行われました。雪の中から宝を探すゲームでは、チョコやビールの缶、などのほか「金一封」があるといううわさが流れ、執念を持ってさがしていた人がたくさんいました。楽しさいっぱいのまつりでした。写真はじゃんけんゲームです。

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 サイの神は午後2時過ぎに点火しました。風もなく、煙は上へとのぼっていきました。私は点火後10分ほどでさよならし、地元町内会のサイの神に合流しました。こちらは午後3時が点火です。ちょうどうまい時間帯に到着しました。カヤは十分乾いていたし、竹はポンポンはね、音が響きました。

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 下火になってからは恒例のスミ塗りでした。逃げる人をつかまえ、強引にスミを塗る。「わー」とか「ぎゃー」とか言いながらみんな楽しそうでした。私も塗られてしまいました。

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2012年01月09日

雪模様

 雪原は太陽光線によって様々な模様を見せてくれます。きょうの午後、柿崎区を訪れた時もそうでした。美しい雪模様のいくつかをごらんください。

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 きょうは、私が少年時代からお世話になってきた元源郵便局長の山崎文治郎さんの葬儀があり、品和亭での謙信勝負飯もありました。その後は街宣、党会議と続きました。

 会議が終了してからは、NHKスペシャル、「日本復興のために」を見ました。大震災後の復旧の遅れ、アンバランスと大企業の利益など学ぶことの多い番組でした。とくに、京都大学の岡田知弘教授の視点と分析がよかったです。

2012年02月02日

地吹雪で車が何台も立ち往生

 朝6時過ぎ、県道新井柿崎線を走行していたところ、吉川区の梶十文字から大潟区内雁子間で地吹雪による吹き溜まりが出来ていました。大型車や普通車数台がこの吹き溜まりに突っ込み、動けなくなっていました。私の車も一時、動けなかったのですが、4輪駆動のお陰で何とか脱出できました。市議会の新井柿崎線整備促進議員連盟でもこの付近に常設型防雪柵を早期に設置してほしいと運動していますが、まさか自分自身がこの吹き溜まりに突っ込むことになるとは……。早急に整備してほしいものです。写真は立ち往生している車です。

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夕方、地吹雪ため、板倉区行きを断念

 きょうは朝の「しんぶん赤旗」日刊紙配達、辻立ち以降、夕方までデスクワークでした。日本共産党県委員会と意見交換しながらビラを作成したり、市政レポートの原稿書きをしたりとフル回転。そうそう、豪雪対策で「しんぶん赤旗」記者からの取材もありました。原稿書きで一番悩んだのは随想「春よ来い」です。当初、冬の料理の話を書こうと思っていたのですが、災害救助法が適用されているなかでのんびりしたことを書くことに違和感があり、急きょ、雪を題材にした話に変更しました。

 市政レポートの印刷が終了したのは午後4時過ぎでした。それから板倉区まで何か所かでポスト下ろし(「しんぶん赤旗」日曜版配達の各区の元締め役をしている人のところへ持って行くこと)をする予定だったのですが、猛烈な地吹雪だったため、三和区まで行き、その先は断念しました。とても行けそうになかったからです。でも、三和区まで行けたのは、後援会事務局のTさんのお陰でした。「危ないから一緒に行こう」と声をかけていただき、カーナビを見ながら、ふだんあまり通らない道を進んでたどり着くことができたのです。

2012年02月08日

杉田惣平さん逝く

 どうもおかしいと思っていました。朝の挨拶をしている時、決まった時間に必ず姿を見せていたお孫さんの車が2日連続で見られなかったからです。

 旧吉川町議だった杉田惣平さんが昨日、病気のため亡くなられました。96歳でした。杉田さんは吉川の革新勢力の代表的人物の一人で、農民運動でも、議会でもエネルギッシュな活動を展開されてきました。私に影響を与えた指導者の一人でもあります。

 私は町議時代、ご一緒させていただきましたが、一番の思い出は長崎明元新潟大学学長を県知事候補として擁立した時の知事選です。当時、社会党に在籍されていた杉田さんは、私とともに公然と長崎明を応援する選挙活動を行い、吉川町での得票率は40数%で上越地方の市町村ではトップでした。その後も、一緒に活動する機会が多くなり、合併後は私に対して強力な応援をしてくださいました。

 知事選の際、不破委員長(当時)が高田で街頭演説された時、杉田さんも迫力満点の応援演説をされました。その時の写真が残っていますので、ここに掲載し、ご冥福をお祈りします。杉田惣平さん、ご苦労様でした。ありがとうございました。

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2012年02月10日

父親への尊敬の思いあふれた挨拶

 昨晩、夜10時まで除雪機につかまっていたら疲れてふらふら状態となりました。というより、ダウンしてしまいました。昨日も激しい降雪でした。わが家も牛舎も屋根の雪が下とつながり、危険な状態です。家に戻った午後8時前から除雪作業を開始したものの、簡単に安全ピンが飛んでしまいます。また、我流で修理した部分も再び具合が悪くなりました。きょうの朝には修理屋さんにSOSを出す覚悟を決めました。

 当初予定していた母の定期検査は葬儀に参列するため、弟に代わってもらいました。検査結果はまずまずだったようです。杉田惣平さんの葬儀には旧吉川町の幹部だった人やかつての農民運動の仲間などが参列しました。喪主の傳八郎さんは、最後のお礼の挨拶で、「父は昭和24年にシベリヤから帰ってきて、母とともに迎えに行ったことを憶えています」とのべ、涙を流しました。そして、「こうだと思ったらまっすぐにそれを貫く人間でした」とも。時おり、遺影に目をやりながら、静かに父の思い出を語る姿の中には、亡くなったお父さんへの限りない尊敬の思いがあふれていました。

 昨日の朝の挨拶からかぶり始めた毛糸の帽子です。長くかぶっていた毛糸の帽子は耳をかくすには短く、時々、手で直すクセがついています。新しい帽子はゆったりとしていていて、耳もすっぽりとおおってくれます。にもかかわらず、クセというものはおもしろいもので、時々、帽子に手を当ててしまいます。写真は毎朝、ひと言二言言葉を交わす中学生から撮ってもらいました。

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 きょうは井上さとし参院議員が上越市の豪雪状況を視察する予定です。私が案内役を務めることになっています。板倉区の寺野地区、大島区の菖蒲地区へ行く予定です。機織には午前11時過ぎに、菖蒲には午後1時過ぎに到着したいと思っていますが、問題は道路状況です。昨日の夕方の段階では、国道253号線の浦川原地内の道路がめちゃくちゃでした。時速10キロで走れれば良い方でしたね。

2012年03月01日

辻立ちは3か月目に

 朝の辻立ちではいろいろなことがあります。今朝は近くに住む70代の女性がゴミ出しからの帰り道に声をかけてくださいました。「あら、素敵な帽子だね。奥さんが編んでくんなったの」と訊かれたので、「いや、ちがいます。30代の女性です」と答えました。そうしたら、「じゃあ、愛情がこもっているんだ」と質問され、「愛情がこもっているかどうかはわからんけど、温かい気持ちがこもっています」と返しました。その後は、二人ともニコニコ顔になりました。

 きょうから3月です。辻立ちは3カ月目に入りました。1月の最初の時点では、朝の7時50分にならないと朝日が見えなかったのですが、今朝は7時前に陽が差し始めました。数日前の吹雪はもうどこかへ行ったのでしょうか、とても暖かく感じます。今朝も7時半から20分間ほど中学生のY君が私のそばにいてくれました。彼は同級生の女子生徒の姿が見えるまでの間、学校の先生の車のことなどを教えてくれます。

 午前10時からは吉川高等特別支援学校の後援会設立準備会でした。柿崎、大潟、頸城からも委員が加わって、今春の設立に向けて大きく前進しました。会が始まる前に、元吉川高校校長の小林先生から学校の庭にあったカマクラヒバの木の輪切りを見せていただき、そのうちの1枚を分けていただきました。車に入れておくと、車内は木の素敵な匂いでいっぱいになります。おかげで車の運転は快適です。私がいただいたのは写真の右側のもの、樹齢は約70年です。

2012年03月05日

吉川中学校で第33回卒業式

 今朝の辻立ちでうれしかったこと、ふたつありました。ひとつは小学校へ通う子どもたちの数が元に戻ったことです。ここ10日間ほど風邪が流行して休む子どもがひとり、またひとりと増えていたのが終わり、全員の姿が見られるようになりました。もうひとつ、旧吉川町の幹部だったHさんがそばを通り、手をあげてくださったことです。明日は、まだ回復していない中学2年生の生徒の姿が見られるかな。

 さて、きょうは吉川中学校の第33回卒業式でした。卒業生は39名。青木孝史校長は3年前に着任し、卒業生とともに3年間過ごしてこられました。はなむけの言葉では、「困難に積極的に立ち向かっていき、周りの人たちにたいする思いやりを持つ人間になってほしい。みなさんの成長を心から期待している」とのべられました。

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 卒業生を代表して巣立ちの言葉をのべたのは原佳実さんです。「39名が卒業の日を迎えられたことをうれしく思います」という言葉で始め、3年間の歩みを振り返り、「絆と思い出を胸に自分の道を進んでいきます」と決意を表明しました。感心したのは、「先生方は学校での親のような存在だった」とのべた後、用務員さん、栄養士さん、調理員さんなどの名をあげながら、感謝の言葉を送ったことです。もちろん、地域の人たちへのお礼も忘れませんでした。たいしたものです。

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 卒業式終了後の恒例となった卒業生による記念合唱、今回は山崎朋子の「道」でした。「前を向いて 顔をあげて くじけないで歩いていく 希望という 明るい未来へ続く道を」。歌も歌詞も素敵でした。この記念合唱は昨年に続いて動画で撮りました。ごらんください。

 なお、パソコンの故障で私の動画集に掲載できないでいた「小型除雪機のよる除雪風景」も同時にアップしました。これもごらんください。

2012年03月23日

最後の交通誘導

 いま、朝の挨拶(辻立ち)から戻ってきたところです。いつも7時25分ころから数分間、一緒になるのは交通誘導をしているWさんです。きょうは小学校の卒業式で、「今年度もきょうが最後ですね」と声をかけたら、「おれも、きょうが最後だ」と言われ、びっくりしました。すでに原之町町内会長さんに辞意を伝えてあるということで、4月からは新しい交通誘導員が配置されるようです。

 Wさんは、児童の姿が見えると、横断歩道を大股で渡り、「おはようございます」と言って児童を迎えました。きょうは風邪でもひいたのでしょうか、歩いてきた児童はわずかひとりでした。Wさんは、児童を誘導した後、中学生のY君とともに歩いて自宅へ帰るのが日課になっていました。ところが、そのY君はきょうは遅くやってきて、一緒に歩くことができませんでした。私からは、「ご苦労さんでした」と声をかけたのですが、一人で歩いて帰る姿はさみしそうでした。

 Y君がやってきたとき、「Wさん、きょうが最後なんだって」と言うと彼も初めて知ったようです。「おまん、来なくて、とてもさみしそうだったぞ。早く行って、声をかけてやってくれや」と頼んだところ、Y君は急ぎ足でWさん宅の方へ行きました。そのまま、戻ってこなかったところをみると、一緒になって、話し込んでいたのかも知れません。そうであれば、いいのですが。

 昨日は午前中がビラ配布、午後からTPP反対集会、その後、議員団会議と続き、疲れて、日記は書けませんでした。TPP反対集会での講演はパワーポイントをフルに活用してじつにわかりやすいものでした。日本の自立のためにはTPPに参加してはいけない、マスコミがこぞって賛成を言っている中で、みんなが反対の声を発信しないと、郵政民営化の時と同じようにやられてしまうという指摘など、いくつも学ぶことがありました。

2012年04月04日

市内各地で強風被害

 昨日からきょうにかけての強風により各地で被害が出ています。今朝の6時半現在で、軽傷者6人、建物被害130件となっていましたが、その後、建物被害は増えている模様です。私は午前8時過ぎから吉川区、柿崎区、大潟区、大島区、浦川原区の被害状況を視察してきました。

 まず、吉川区ですが、住宅の屋根がはがされたケースを2件ほど見てきました。いずれも原之町地内ですが、そのうち1件はトタンだけでなく、板までやられていました。

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 農業用ハウスは小苗代、六万部、田尻、西野島などで大きな被害が出ました。甘くておいしいトマトで有名な山岸トマトさんのハウスも被害を受けました。写真は田尻のハウスです。

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 私の地元、代石は風が強いところです。住宅の外壁がはぎとられたところもありました。選挙ポスター掲示場も吹き飛ばされました。わが家は牛舎の堆肥置場の屋根がはがされました。

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 次は柿崎区、大潟区、浦川原区の被害です。立木や工作物が電線、光ケーブルなどを切断するケースがいくつかありました。柿崎区ではセーブオンの工作物が電線にのっかかりました。大潟区の内雁子では大きなポプラが倒れ、電柱も折れました。

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 大島区や浦川原区は内陸部なので比較的被害は少なかったのですが、それでも屋根がはがされたり、車庫が倒れそうになるなどの被害が出ていました。写真は浦川原区桜島の車庫被害です。

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2012年04月06日

旧上越北部、大潟、柿崎区に暴風被害集中

 暴風による市内の被害状況が市役所防災危機管理課から伝えられてきています。昨日の10時現在の地域別被害状況が入ってきていますのでお知らせします。旧上越市北部、大潟区、柿崎区に被害が集中しています。

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吉川小学校入学式

 地元の吉川小学校の入学式に参加してきました。きょう、入学式を迎えたのは男子16名、女子13名で合計29人です。朝から冷え込みましたが、子どもたちは元気ですね、担任の先生から名前を呼ばれた新入生は大きな声で返事をしていました。写真は1年生が入場しているところです。

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 新入生を前にお祝いの挨拶に立った八島校長は、担任に呼ばれ、元気にこたえた児童を前に、「みなさんはきちんと返事ができたし、動かなかった。すごいと思います」とほめたうえで、新入生に対して3つのお願いの言葉をのべました。その中身は以下の通りです。

 1つは、元気な挨拶をしてほしいことです。挨拶は人と人を結ぶ魔法の言葉です。周りの人たちに元気のパワーを与えます。2つ目は、自分のやるべきことは自分でやるようにしてほしいことです。着替えや翌日の学校の準備などです。3つ目は、学校であった事は家族にたくさん伝えてください。外で仕事をしているお父さんやお母さんは、みなさんが勉強したことや遊んだことを聞くのを楽しみにしています。

 在校児童を代表して歓迎の言葉を述べたのは関沢さん、6年生かな、関沢さんは、「入学おめでとうございます。吉小には楽しく遊べる場所や遊具がたくさんあります。行事は1年生から6年生まで協力して盛り上げます。わからないことはなんでも聞いてください」と呼びかけました。


2012年04月07日

吉川中学校でも入学式

 昨日の午後、吉川中学校でも入学式が行われました。新入生は40名。午前に小学校で新1年生の入場行進の様子を見たせいか、新中学1年生の落ち着いていて、堂々とした入場が心に残りました。6年間に子どもたちは大きく成長するもんだと思いました。

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 歓迎の挨拶に立った裏田道夫校長はまず、緊張した新入生を前に、「みなさんの入学を心から待っていました。小学校と環境が違うので心配しているかもしれないが心配はいりません。先輩と先生方が教えてくれますから。夢や目標に向かってがんばってください」と激励しました。その後、「みなさんの生まれ、育った吉川の先人、家族に感謝し、地域に誇りを持ってほしい。学校は人生の道場です。自分からすすんで頭と心と体を鍛えてほしい」と訴えました。

 新入生を代表して「入学の言葉」を述べたのは高野柊仁さんです。高野さんは、「大きな期待でいっぱいだ。小学校と違う学校生活を送るので不安もあるが小学校で学んだことを生かしていきたい。まだ入ったばかりで分からないことだらけだが、様々なことに積極的に挑戦していきたい。吉川中学校の良き伝統を引き継いでがんばります」と決意をのべました。しっかりした挨拶でした。

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2012年04月09日

吉川高等特別支援学校第2回入学式

 午後から県立吉川高等特別支援学校の第2回入学式があり、参加してきました。空は青く、まさに入学式日和でした。新1年生は14人、柿崎、大潟、板倉、浦川原などの中学校を出た生徒です。新1年生は素敵な音楽が流れる中、入場しました。

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 赤松校長は式辞の中で、「入学された14名のみなさん、おめでとうございます。みなさんは開校して2年目の入学生です。きょうの日を楽しみに待っていました。スタートに当たって、みなさんに大切にしてほしいことをひとつお話したいと思います。一日一日を大切にしてほしいということです。大リーグのイチロー選手は 一日の中で決まった時刻の中で練習するということです。小さい毎日が積み重なって大きな成功につながります。まずは規則正しい生活をしてほしい。毎日を大切に生きようとがんばれば、夢中になれることが見つかります。夢を見つけて自分だけのオンリーワンの花を咲かせてください」とやさしく訴えました。

 式辞はわかりやすく、心のこもったものでした。しかも新入生だけでなく、在校生にたいする励ましも含まれていました。赤松校長は、新2年生にたいして、「みなさんの顔はとてもきらきら輝いて見えます。昨年度のみなさんの活躍はとてもりっぱでした。入学した後輩と仲良くして、わからないことは教えてあげて、楽しい学校にしてください。みなさんの歩く道が学校の伝統になります」と呼びかけたのです。この言葉で、新2年生もまた頑張ってくれることと思います。

 誓いの言葉を述べたのは米田和司さんです。米田さんが、「きょう、待望の入学式を迎えました。希望で胸がいっぱいです。これから様々な行事や体験を通して将来の夢や目標を見つけ、それにむかって精一杯努力したいと思います。充実した3年間を送るために、仲間とともに助け合い、何事にも前向きに取り組んでいくことを誓います」とのべると、大きな拍手に包まれました。

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 式が始まる前、赤松校長から、新2年生は編入した生徒を含め16人となり、生徒総数はちょうど30人になると報告がありました。新1年生だけでなく、2年生も1人増えてとてもよかったと思います。それともう一つ書いておきたいと思います。式典の最後で校歌を全員で合唱しました。昨年の開校記念式典で初めて聴いたとき以上に、きょうはいいなと思いました。生徒も先生も歌いなれたこともありましょうが、昨年度の1年の頑張りが頭の中に入力されていて、歌詞が生き生きと響いてきたのです。この歌はぜひ覚えたいものです。

2012年04月28日

川谷ふるさと会に初参加

 青空が広がって、すばらしい天気になりました。山間部のソメイヨシノは満開、ヤマザクラも花どきを迎えています。「しんぶん赤旗」日曜版の配達や市政レポートの新聞屋さんへの届けをするために車を走らせたとき、目にする景色があまりにも美しく、何度も車をとめました。もちろん、写真に撮りました。その内、安塚区のリバーサイドの桜、米山の写真をご覧ください。

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 夕方からは吉川区内のスカイトピア遊ランドで開催された郷人会、「川谷ふるさと会」に参加してきました。旧川谷小中学校の卒業生35人が集い、山菜料理を楽しみ、交流を深めました。この会は昭和56年ごろから毎年集まってきたそうです。私は、同校出身ではありませんが、幹事役の鳥越守さんからご案内をいただき、地元市議として初めて参加させてもらいました。

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 参加者のなかには現在吉川区在住の人、柿崎区、浦川原区、合併前上越市内に住んでおられる人が10数人おられ、「当選おめでとう」と声をかけていただきました。関東方面から来られた人たちのなかには東京吉川会で顔なじみの人も数人おられました。ふるさと会もこの会のように狭い範囲になると、家族的な雰囲気があって良いものです。なつかしい思い出話、ふるさとの近況などの話で盛り上がりました。写真は石谷出身の山田健次郎さんです。会場でスナップ写真を撮り、すぐプリントして渡しておられました。こういうすごい人もいるんですね。

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2012年04月30日

尾神しだれ桜祭り2012

 回を重ねる毎に参加者が増えていく。主催者にとってはこれほどうれしいことはありません。昨日行われた吉川観光協会主催の尾神しだれ桜祭りがまさにそうなってきました。この祭りは今回で3回目。太鼓の演奏、吟詠、よさこいソーラン踊りのほかに、今回から野点も加わって、午前からにぎわいました。

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 祭りには妻と一緒に参加してきました。開会の前に、「源の三大しだれ桜」のうち、報恩寺、村松家の桜を見てきましたが、いずれも花時を過ぎていました。村松哲夫さんの話によると、25日頃が一番よかったということです。写真は報恩寺の桜です。

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 祭りの会場では屋台も出て、桜モチなどの食べ物、土産品が並んでいました。このなかで目を引いたのはそば饅頭です。一昨日発売されたばかりという新しい土産品です。吉川区原之町の小浜屋さんで作られています。さっぱりした甘さで、美味しかったですよ。これは土産品として使えます。ひと箱500円。どうぞ食べてみてください。

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2012年05月01日

農作業も急ピッチ

 連休に入り、田んぼも畑もトラクターの音が響き、とても賑やかです。田んぼでは代かき作業も始まりました。わが家では母が畑仕事で動き始めています。

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 昨日はビラを持ち、あちこちを回りました。柿崎区の山間部、東横山へ行ったら、ちょうど野焼きが終わるころでした。もう少し、早く行けば、良い写真が撮れたのに残念でした。

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2012年05月20日

感動的だった入場行進

 朝早くから大忙しでした。市政レポート最新号の裏面の印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、県立吉川高等特別支援学校の第1回運動会、友人の葬儀、在来線と地域のあり方を考える直江津・頸城の会総会、中央大学の学生さんからのインタビューと続きました。夜はきょうの「88歳を祝う会」のスライドの準備をしましたが、左の背中に時々痛みが走り、早々と眠りました。先日から頭のしびれがあり、今度は背中に痛み、体のどこかに異変が起きていなければいいのですが。

 県立吉川高等特別支援学校の運動会は感動的でした。時間の関係で最初の入場行進と最後のダンスしか見ることができませんでしたが、生徒たちが手を抜かず、一生懸命にがんばる姿は胸を打ちます。一昨日は雨でグランドでの予行演習はできませんでした。体育館の中とグランドでは勝手が違います。入場行進はトラックを2周するというハプニングがありました。どこでグランド中央に曲がったらいいか迷ったのでしょう。でも2周目、先頭の生徒が開会式の場所となるグランド中央へと90度曲がった時には職員や保護者、地域の人たちから大きな拍手が送られました。最後のダンス、全校生徒30人がひとつになって踊る姿は、みんなが力を合わせることの大切さを教えてくれます。アンコールの声がかかり、拍手が起きました。

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 昨日は五月晴れでした。田んぼでは田植え作業をする姿があちこちで見られました。田植えが終わったところの風景もきれいでした。写真は吉川中学校の近く田んぼです。

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 昨日の夕方、わが家にやってきた学生さんは社会学を学んでいる青年です。人間が生きていくうえでふるさとの持つ意味、役割などについて約1時間半ほどインタビューされました。ふるさとで若い人が都市部へと流失して行く中で、真剣に地域問題を考えている姿はとても好感が持てました。中山間地対策、TPP参加問題などでも訊かれましたが、こういう青年がいることをうれしく思いました。

2012年05月25日

春ゼミが鳴く中で

 もうこんな時期になったのかと、時の流れの速さを伝えてくれるものがあります。蝉の鳴き声もその一つです。昨日の午前10時半ころでした。吉川区の小苗代地内の市道を車で通過中に春ゼミの鳴き声を耳にしました。気温が高く、気持ちがよかったのでしょうか、いくつものセミの大合唱でした。

 昨日の午前は、県立吉川高等特別支援学校の今年度最初のスマイルカフェでした。友人を誘い、午前11時前にコーヒーを飲みに出かけてきました。カフェのスタッフは4月に入学したばかりの1年生です。応援の先生方もおられました。この日もお客さんは大勢で、「待合室」で30分ほど待ちました。

 今回のカフェの会場は、3階の実習室(?)。オレンジ色のエプロンとバンダナを身に付けた生徒は大きな声でお客を迎えていました。でも、みんな初めてです。緊張しているのがよくわかりました。私たちのテーブルへコーヒーを運んできてくれた生徒はコーヒーをテーブルの上に置く時、カップが斜めになり、コーヒーがこぼれるのではないかとハラハラしました。でも、こぼれず、うまくいきました。窓際にいた先生も心配でたまらなかったのでしょう、笑顔はありませんでした。昨日の経験は生徒にとっていい社会勉強になったと思います。

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 午後からは市政レポートのポストおろしでした。「しんぶん赤旗」日曜版に折り込んでもらうために新聞配布のステーションまで運んだのです。この仕事のついでに大島区板山の伯母のところへも行ってきました。一昨日、退院したというので様子を見に行ったのです。とても元気になったので安心しました。足腰が弱りましたが、気力は十分です。トイレには「はいはい」して行っているということでした。

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2012年05月26日

親戚の法事

 3年前のきょう、私が32歳の時まで住んでいた吉川区尾神で運搬車ごと川に転落し、夫婦とも亡くなるという事故が起きました。亡くなったHさん夫婦はわが家の大親戚でした。その夫婦の法要が自宅で行われました。お経を読んでもらった後、みんなで墓参りに出かけました。

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 墓は事故現場に近く、きょうの天気が事故当日と同じだったこともあって、当日のことが次々と思い浮かびます。涙を浮かべながら話をする人もありました。お斎の会場はスカイトピア遊ランドの広間です。きょうはパラグライダーの大会があり、広間からパラグライダーが着地する様子がよく見えます。着地するたびに、「よし、うまくいった」「ああ、だめだ」などの声が出ました。

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 Hさんはお酒が好きで、仕事も好きな人でした。お斎が終わって、Hさん宅に戻ってもみんなの話題の中心はHさん夫婦のことでした。私の最初の随想集、『幸せめっけた』(恒文社)の出版記念会をやった時、Hさんはわが家の近くで行われた「サイの神」行事について楽しく語ってくれたことも思い出しました。昔話も上手な人だったので、記録をとっておけばよかったと思います。

2012年06月03日

吉川産のトマトと野の花と

 日曜日にと思っていた「しんぶん赤旗」の集金を午前中に行い、午後からは昼寝をしたり、散歩をしたりしました。日曜日は半日くらいはゆっくり休みたいものです。

 朝早く、吉川区大乗寺にあるやまぎし農園の直売所へ行ってきました。昨日、ギターを弾き、歌を歌ってくれた山岸さんです。文化企画への協力参加のお礼とトマトを買うのが目的でした。お連れ合いの話によると、昨日の会場には協慈さんのお父さんである糸魚川市の山岸秀雄さんも参加されていたとのことで、突然、自分の息子が出てきたのでびっくりされたと言います。山岸さんのトマトは今年初めて買いました。いつものことながら、甘くて美味しいトマトに仕上がっていました。

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 文化企画で、山岸さんと一緒に歌った朝日池総合農場の平澤栄一さんのところへもお礼に行ってきました。出番が終わって楽屋に戻った後、新潟市の青年がやってきて、とても楽しい音楽対談をやったとのことでした。この青年はバイオリンを弾く人で、今度、新潟で一緒にやろうということになったそうです。平澤さんたちの音楽活動は昨日の参加をきっかけに大きく広がりそうな感じになってきました。地元で誰もが歌える歌をつくろうという話も盛り上がりつつあります。この活動には私も作詞に挑戦してみようと思っています。

 きょうはいろんな野の花と出合いました。タツナミソウ(花言葉は「私の命を捧げます」)、キンラン(花言葉は「控えめな心」)、ササユリ(花言葉は「清浄、上品」)の順に掲載します。ササユリは吉川区が北限だと聞いていますが、これまで撮影していた場所よりもさらに北へ1キロほど行ったところで出合いました。

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 市政レポート1555号、「春よ来い」の第205回、「シャワー」を私のホームページに掲載しました。

2012年06月09日

県立吉川高等特別支援学校後援会設立

 県立吉川高等特別支援学校が開校してから2年目。同校の創立に向けて頑張ってきた人たちを中心にして同校の後援会が立ち上げられました。昨日午前のことです。後援会総会には柿崎、大潟、頸城、吉川区の町内会長連絡協議会長、まちづくり団体代表など約20人が集まりました。

 挨拶に立った小山正昭会長は、「先日、学校評議員として生徒の学校生活の様子を見させてもらったが、生徒のみなさんは明るく元気に活動している。顔の表情が生き生きしていていい。ちょうど窓ふきの作業をやっていたが、1時間の間、休むことなく作業をすすめ、終わった途端に『フーッ』と息をはいていた。とにかく一生懸命やっている。そんな生徒たちを私たちは応援していきたい。後援会は吉川だけでなく、全体で支えていただきたい」とのべました。

 総会では会長、副会長などの役員、平成24年度の事業計画、予算などを決めました。会長はまちづくり吉川の会長である小山正昭さん、副会長には旧吉川高校同窓会長の小林昭三さんが選出されました。後援会では、学校行事の助成、職業指導の助成、会報の発行などを行っていくことが確認されました。後援会をスタートさせるに当たり、旧吉川高校同窓会から50万円余りの寄付が寄せられました。ありがたいことです。

 写真は総会の前に、昨年、NSTスーパーニュースで放映された県立吉川高等特別支援学校の活動のビデオを見ているところです。

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地区別懇談会始まる

 午前は「しんぶん赤旗」日曜版の配達でした。ある読者のところでお茶をご馳走になった際、面白い話を聞きました。私の父がその人に、「タケノコが伸びすぎたから、揺さぶって先の方をほしょった。先の方は柔らかいから食べてくんない」と言って、タケノコの先の部分をあげたというのです。もちろん、その人の話は夢です。父はすでにこの世にいませんから。この話を聞いてから、わが家の竹林へ行ってみたところ、竹は伸び放題になっていました。今年は一本も採らなかったので、竹林をもっと大事にしろと言いたかったのかも知れません。

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 午後からは吉川区総合事務所の地区別懇談会に参加してきました。きょうの会場は旭地区です。地元の町内会長など10人ほどが出席されました。総務・地域振興グループ長などから吉川区内の今年度の分野ごとの予算について説明があり、その後、質問や要望が出されました。びっくりしたのは、津波対策について関心が高かったことです。大潟海岸から数キロのところにあるからでしょうか、「標高表示をしてほしい」「避難所は大丈夫か」などの声が出ました。冬期除雪についても発言が相次ぎ、「平場の狭い道にロータリー車を入れてもらいたい」などの要望が出されました。

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 地区別懇談会は明日も続きます。吉川区では合併前からこうした懇談会が続いています。市の行政が身近なところでどうなっているかを知ることができますし、行政への要望を出すこともできます。ぜひ、多くの人から参加してほしいものです。

2012年06月10日

源、吉川会場でも地域別懇談会

 きょうも吉川区総合事務所主催の地区別懇談会を傍聴してきました。会場は山間部の源地区公民館と平場の吉川コミュニティプラザです。運動会や草刈りなどがあって、参加者は少なめでしたが、意見や要望はたくさん出ました。

 源会場では、「公民館を利用するための手続きが厄介になった。もう少し簡単にできないか」「うぐいすの里でのディサービスの利用状況はどうなっているか」「集落内の道路の草刈りは町内会でやっている。問題は集落間だ。年に2回は刈ってほしい。また、業者が草刈りした時、側溝に落としておかないよう指導を」「道路除雪のため、5月20日近くになっても田んぼに雪が残っているところがあった。県にも伝え、早めにお願いしたい」などの要望、質問が出ました。

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 吉川会場でも要望が相次ぎました。「市道除雪で舗装のはげたところがある。また水害で農道の崩落したところが2か所そのままだ。何とかしてほしい」「東田中分館の建物は老朽化している。地域住民が寄る拠点施設だ。地域振興のため手を打ってもらいたい」「市営住宅付近から狭い市道を通って子どもたちが通学している。交通安全のため毎日、ボランティアで子どもたちを守っているが、冬場だけでもバスに乗せてもらえないものか」などです。要望には後日回答するというのもありましたが、全体として、丁寧に答えていましたね。

 懇談会では、参加者がどんな質問、要望を出されるか、関心があります。それぞれの会場ならではの質問があったり、地域性を感じる質問があったりします。それと、総合事務所や社会福祉協議会の説明で初めて知る事業もあります。たとえば、判断能力が低下している人を対象にして、金銭管理や書類預かりなどを行う日常生活自立支援事業。社会福祉協議会が2年ほど前から取り組んでいることを知りませんでした。勉強になりました。

 市政レポート1556号、「春よ来い」の第206回、「八十八の祝い」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2012年06月16日

新人頑張る

 昨日は一般質問の3日目でした。新人議員が次々と登壇して初質問しました。これまで活動してきた分野の問題を取り上げた石田議員、さわやかで新鮮な質問でした。これからもスポーツ分野を中心にいい質問をしてくれそうです。地元の問題を取り上げ、これまでの議会でのやり取りまで調べたうえで質問した小林議員、堂々としていて、新人離れしたところがありました。堂々としていたといえば、桜庭議員もそう、これまでの活動でしゃべりの訓練がしっかりできていて、すごいなと思いました。議員経験の一番長い本城議員が、「新人に負けるな」と後から登壇した議員に激励の野次を飛ばしていたほどです。

 私の場合、初議会は農業問題を取り上げました。それは自分の仕事で、ある程度わかっていたからです。でも、あがりましたね。登壇した時は足が震え、手が震えました。質問回数は登壇した時を含め3回と聞いていたのに、うっかりしていて、2回目で質問を終えてしまいました。先輩議員から、「橋爪さん、もう1回できるんだよ」と言われるまで気付かなかったくらいです。いまから34年前のことです。私は、いまでもときどきあがります。頑張らなくてはと思いました。

 夕方からは吉川区地域協議会を傍聴してきました。こちらも、多数の新人が登場していて、これまで以上に活発な審議をしていました。昨晩は、地域活動支援事業の審査です。コミュニティプラザの多目的ホールを活用して文化活動をやり、地域活性化を図ろうという事業など14件を採択しましたが、特定企業の申請をどうみるか、吉川分として配分された額を下回ったので、それをどうするか真剣な議論が続きました。新人ががんばり、経験のある委員もがんばって発言する、良い雰囲気でした。写真は、昨晩の協議会の様子です。

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2012年06月17日

平成24年度吉川方面隊演習

 上越市消防団吉川方面隊の演習が吉川中学校グランドなどで行われました。朝7時半からの駆けつけ放水訓練では、1台のポンプで放水できないハプニングがありましたが、あとは順調でした。動画で撮影しましたのでご覧ください。

 吉川中学校グランドでの演習は、昨晩からの雨もあがって、予定通りグランドで実施。機械器具の点検、部隊訓練、ポンプ操法などの訓練が行われました。時々、強風が吹き、来賓席のテントが危険状態になったため、途中でテントを撤去しました。

 機械器具の点検で気になったのは防火服です。長期間使って、そうとうくたびれた感じのものが数着ありました。毎年、一定数の防火服を更新しているということですが、足りているかどうかチェックが必要だと思いました。

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 来月1日に実施される市長点検で小型ポンプ操法に参加するのは旭分団南部西野島班のチーム、きびきびとしてスピード感がありました。今年は上位入賞が期待できそうです。

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2012年07月03日

七夕飾り

 朝からずっと吉川区内で動いています。普段は朝に家を出て、夕方家に戻る生活を続けているので、何か落ち着いた気分で区内の風景を見ることができます。そのひとつは原之町商店街の七夕飾り、数日前から飾られたものと思います。雨風にやられることもなく、とてもきれいです。通りはいつもと同じく少ないのですが、飾っただけでずいぶん賑やかになりました。

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 先日から撮りたいと思っていた野の花も何枚か撮ることができました。そのうちのトリアシショウマです。地元町内の山すそでいくつも咲いていました。

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 これからは市政レポートの原稿書きです。議員団ニュースとなるべくダブらないように記事をさがし、書かねばなりません。

2012年07月08日

第8回吉川区体育祭、そして原発ゼロ集会へ

 吉川町時代から通算で50回目の体育祭(吉川区としては8回目)が吉川体育館などで開かれました。あいにくの雨でしたので、グランドではできませんでした。グランドよりも狭い体育館内での競技は迫力があります。大玉・小玉おくり、9色つなひきなど白熱したたたかいとなりました。応援にも力が入りましたね。記念の体育祭に特別出演した吉川小学校5、6年生によるマーチングバンドと綱引きは動画で撮りましたのでご覧ください。

 ところで、開会式で来賓として挨拶した中野敏明教育長は源中学時代に体育祭に参加してリレー種目に出た思い出などを語り、参加者に感動を与えました。よく細かいことまで憶えているものだと感心しました。私の記憶は大学を卒業後の体育祭のことしか残っていません。マラソン種目だか駅伝だかどちらかで走ったように思います。その頃の写真を見つけましたので掲載します。私は右側の黒メガネ男です。

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 最終種目の途中で私は仲間とともに新潟へ向かいました。原発ゼロを目指す県民集会に参加するためです。着いた時は閉会挨拶よりも少し前でした。主催者発表によると2700人からの人たちが集会に参加したといいます。長野県からの代表団や福島県浪江町の町長も挨拶されたということでしたが、残念なことにそれらは聴くことができませんでした。その代わり、集会後のパレードは始めから終わりまで参加できました。原発反対のパレードは昨年の明治公園での集会以来でした。

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 この集会では第一書店という本屋さんに勤めておられたイチコさんと数十年ぶりに再会しました。私は学生時代、そこでアルバイトをしていたのです。懐かしかったですね。また、パレードからの帰り道、寺尾に住んでいるという女性の人たちと話をする機会がありました。話をしてみたら、私ら夫婦の仲人をしてくださった古厩忠夫さん(故人)のお連れ合いと仲良しだと聞きました。世間は全くせまい。うれしかったです。

2012年07月12日

副市長のいどばた懇談会、大島区地域協議会

 わずか35分でしたが、山岸副市長の「いどばた懇談会」源会場に参加してきました。どんな様子なのか見てみたかったからです。集まったのは吉川区の山間部の町内会長さんたち12人ほどでした。

 挨拶の中で山岸副市長は、厳しい財政状況について説明し、「高度成長期の夢を求めても難しい。これからは、お互いが厳しさを分かち合い、連携していくことが大事だ。心の豊かさ、生きがいを求めていくことがまちづくりの課題となる」と訴えました。

 意見交換の中では、公の施設の廃止問題や雪対策などで意見や要望が出されました。今冬の豪雪では、県の重機の貸出制度を活用するにもオペレーターを確保するのが難しいことが出されました。これは他地域でも同じ状況があったようで、副市長はよく理解していました。懇談の中で、県に働き掛けて、救助法の適用前から貸し出すことができないものかという副市長の提起には注目しました。

 副市長は議員時代からよく知っている人です。「ま、端的に言って」という口癖はこれまでと変わらず、話はちょっと長いところがありますが、落ち着いてゆっくり、論理だてて話をされるのでわかりやすかったですね。今後、この懇談会がどういう役割を果たしていくのか、しっかり見ていきたいと思います。

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 大島区地域協議会では「あさひ荘」問題がどう議論されるか、そして9日の総合事務所の在り方問題がどう報告されるのかに関心を持って傍聴しました。

 「あさひ荘」に関する動きについては6月議会でどうとり上げられたかを中心に総合事務所から説明がありましたが、総括質疑と一般質問だけの報告にとどまりました。文教経済常任委員会での「本来市が所有すべき財産を三セクから買い戻すべき」などの議論の報告はありませんでした。

 委員からの意見は活発でした。「利用者が落ち込んでいるとはいえ、市内の他の施設と比べてもやっていけない数字ではない。早く再開してほしい」「利用者数が落ちた時には落ちた時の経営が求められる。利用者数7万人の時代に10万人の経営をやっていたのではダメだ」「数字よりも世論、評判だ」「週に3回行ったことがあるが、いつも同じ料理だった」「エキスパートからアドバイスを受けて再開を」などという声が出されました。

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 総合事務所の在り方問題ではこれまでの経過だけの報告となりました。行政当局は9日の総務常任委員会での議論を受けて、常任委員会で配布した資料を手直しする覚悟を決めたようです。どんなものになってくるのか、注目していきたいと思います。

2012年07月21日

「しんぶん赤旗」日曜版の配達、地域協議会傍聴

 1週間のうち、月曜日と金曜日の2日間しか上越市にいないという週はめったにありません。今週がそういう週でした。市政レポートを普段よりも早く作成し、「しんぶん赤旗」日曜版を金曜日までに一気に配達する。これをやらなければなりませんでした。

 今回の「しんぶん赤旗」日曜版は一面と最終面を開くと一枚の写真でつながっています。16日の反原発17万人集会に参加した人が、新聞を広げ、「おれはここらへんにいた」と指差したところは、紙面から50センチ以上も離れた場所でした。大勢集まって、すごい集会だったことをあらためて確認できました。
 
 夜は吉川区の地域協議会でした。公の施設の再配置計画では、吉川区の物産館が来年3月までに廃止する計画になっています。「物産館の設置条例を廃止すること」と「現在の施設を物産館以外の用途で活用すること」、「建物の取り壊し」の区別が難しく、いろんな質問が相次ぎました。総合事務所の産業建設グループの集約化についても活発な議論が行われました。27日の総務常任委員会での質疑にヒントとなる視点もありました。

 さて、これから浜松市へ向かいます。「自治体学校」に参加するためです。原発問題を中心に学んできます。帰りは明日の深夜となるでしょう。 

2012年07月31日

餅まき

 おそらく50数年ぶりだと思います。上棟式後の餅まきを見たのは。昨日の夕方、吉川区大乗寺のコミュニティセンター(集会所)の上棟式に参加してきました。大乗寺町内会の小さな子どもたちから高齢者まで参加していて、まさに総出でした。

 大工の棟梁の祈願の後、町内会長さんが祭壇前で二礼二拍一礼で祈願。お神酒と塩を建物の四隅の柱のところにまき、棟札をひとりの大工さんが玄関口の高いところに打ち付けると、いよいよ餅まきです。3人の職人さんが屋根に上がり、大きな丸い餅、紅白の四角い餅などをまきました。

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 大事な記録にと思い、動画でも撮りました。時間のあるときにごらんください。

 私の記憶に残っているのは、昭和30年のわが家の上棟式と餅まきです。と言っても、競争して餅を拾ったことぐらいしか憶えていませんが。昨日の餅まきでは、「懐かしいねぇ」という言葉を何回も耳にしました。大人の人たちの声です。そして昨日は、子どもたちも大勢来ていました。餅を拾った子どもたちには、今回の餅まきがしっかりと記憶されるでしょう。

 私はカメラを回していたので、拾うチャンスはありませんでした。でも、町内会の役員さんがまいた餅と同じものをくださいました。どうです、いいでしょう、この餅は。

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2012年08月05日

越後よしかわやったれ祭り2012

 どこまで進化していくのか、どこまで広がっていくのか。昨日行われた越後よしかわやったれ祭りを観てそう思いました。手作りの稲穂竿灯はペットボトルを再利用して作ったものですが、ろうそくで焼け落ちてしまわないように氷が入れられています。子ども神輿は年々広がっている。若者たちはますます熱くなっています。神輿を担いだ人たちの中には福島からの避難者もいます。そして昨日は中郷区からゆるキャラもやってきました。

 まずは夕方の祭り会場の写真をご覧ください。夕陽を浴びた稲穂竿灯と人出。原之町商店街にこれだけの人出があると景色がガラリと変わりますね。

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 私が祭りに参加したのは午後5時過ぎから。屋台で売っていた尾神そばで腹ごしらえをし、生ビールを飲みながら、マジックやよさこいソーランなどを楽しみました。よさこいグループ、百華踊乱のみなさんの踊りがとても楽しそうでした。

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 さあ、陽が落ちてからの稲穂竿灯です。いつもと違った角度から写真におさめてみました。今年の夏のように日中は猛暑で朝晩、気温が低くなるときは豊作です。稲穂が力強く見えませんか。

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 祭りが最高潮になるのは神輿行列です。今年も熱く、熱くなりました。太鼓の音が響き、元気なわっしょい、わっしょいが繰り返される。神輿を担ぐ人たちに水が掛けられても、熱くなるばかりでした。たくさんの写真の中から吉川中学校の生徒のみなさんの神輿を紹介しましょう。

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 そうそう、ひとつニュースを。来年の祭りには吉川中学校の生徒たちが新しいことをやってくれそうです。というのは、現在、吉川中学校でゆるキャラづくりが進行しているからです。どんなものが登場してくるか楽しみです。

 腰が痛いのでなるべく椅子に座っている時間を短くと思い、来賓席周辺をぶらぶらする時間を長くとりました。そこで見つけたものがあります。祭りに寄せられたコメントの中には、「私と周りの人たちが明日も幸せにいられますように」「こげぱんを食べて、こびとを見つけられますように。おねがいします」など優しさと素直な希望が書かれているもがいくつもありました。また奉納された米俵の脇の、大きなろうそく、溶けだして細くなっているのを見ました。もっとも、これは小さな子どもが発見し、私のところに細くなったろうそくの棒を持ってきてくれたので初めて知ったのですが。

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 「豊作じゃ」の三唱をして祭りが終わったのは午後9時ころでした。日頃、なかなか会えない人とも会うことができました。また、筒井代議士とは来賓席が隣同士だったこともあり、農業関係の話をたくさんしました。いまの季節、どこの農家でもきゅうり、なすなどの農産物が余っています。これを都市部に持ち込めないか、などいろいろと意見交換させてもらいました。

2012年08月08日

議会と市民の意見交換会、笑いも出て活発に

 今晩の「議会と市民の意見交換会」は牧区と吉川区で開催されました。私は吉川コミュニティプラザ会場での意見交換会に参加しました。市民のみなさんの参加は20人ほどでしたが、時々、笑いも生まれるなどリラックスした雰囲気の中で市民側も議会側も率直な意見を出し合い、充実した意見交換会となりました。

 意見交換会で市民の側から最も多く出た意見は総合事務所の職員体制に関してです。「昨年7月30日の水害でひどい目にあった。担当職員さんは夜中まで一生懸命やってくださったが、赴任してくださったばかりで集落も家庭もわからない状態だった。もう少し地元になじみのある方、理解のある人がおられた方がありがたかった。とにかく右往左往させられた。何とかならないか」(道之下、Nさん)、「総合事務所の職員が少なくなっているが、これで災害時に対応できるのか。議会の考えを聞きたい」(大乗寺、Sさん)、「大雪や大雨などの災害を経験してきたが60%くらいは区出身者にいてもらいたい」(長峰、Tさん)など、災害対策とからめた発言が相次ぎました。また、「市は総合事務所職員を(平成32年までに)50人削減する計画だというが、どういう職種の人をどういう割合で減らすのか。合併前は保健師さんが3人も4人もおられた。各地域を回って保健集会をして、血圧測ってもらったり、保健指導してもらったりして、参加した地域の人たちは安心して帰ってきた。いまは一人、過酷なスケジュールで仕事をしている。こういう人がどんどん減らされていくのは問題だ」(山直海、Mさん)のように、保健、福祉の角度から現在、市役所がすすめているやり方に疑問を投げかける発言もありました。

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 人口減を憂い、地域の将来を心配しての質問もありました。二ヶ字のKさんです。Kさんは、「集落は一軒二軒と減っている。いまの子どもが大人になった時、周りに誰もいなくなるのではと心配している。まず何よりも地元に職があるということ、将来、発展性があることが大事だ。自治体が補助金で生きているところを改善しないと私たちの将来はないのではないか。少子高齢化対策と地域の発展を意識した議会の取組はどうなっているか」とのべました。議会ではこれまでこうした角度からの質問や提言は少なかっただけに重く受け止める必要があります。

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 このほか、「介護保険料は年金生活者の場合、年金から天引きされている。30%値上げは全国第3位だ。(負担増は)年間数万円になる。消費税増税が言われているなかで、負担が増えて生活できるのかと思っている。冠婚葬祭の付き合いができなくなってきている。ぜひ対応してほしい」(長峰、Tさん)、「原発の問題は一生懸命やっておられると思うが、廃止の方向で力を発揮していただきたい」(竹直、Oさん)、「中山間地についてのアンケート結果で課題と現状が示されているが、買い物支援についてはハードの部分だけでなくソフトの部分も大事だ。議会として地域に寄り添ったものを支援してもらいたい」(二ヶ字、Kさん)など、暮らしに係わる重要な注文、要請がありました。

 今晩の意見交換会では、市民の暮らしに根ざした切実な問題を具体的に取り上げたものがいくつもありました。また、答弁者もよく勉強してきているなと思いました。私もしっかりデータを踏まえた答弁ができるようにがんばりたいと思います。上越市議会の意見交換会はスタートしてからまだ3年ほどですが、今後、どんどん進化、発展していきそうな感じになってきました。

2012年08月14日

三夜祭り

 お盆の雨は近畿や東海などの各地で大きな被害を出しています。被災された皆さんには心からお見舞い申し上げます。

 きょうは午前中に中学生時代の友人と同級会の案内文書の作成、発送の作業をしました。同級会は11月10日(土)午後1時から、吉川区坪野にあるスカイトピア遊ランドで開催します。前回の開催は2001年の8月でしたので、久々の開催となります。同級生のみなさん、いまから予定しておいてください。よろしく。

 夕方からは吉川観光協会主催の三夜祭りに参加してきました。この祭りは3年前から始まったもので、今年は12日から3日連続で開かれています。今晩はスカイトピア遊ランド前広場で行われました。区内だけでなく、旧上越市などからも参加があり、にぎわいました。

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 踊りのメインは「十三夜」です。吉川区の盆踊りではどこでも踊られていたものですが、集落の盆踊りの衰退とともに消える寸前になっていました。この三夜祭りで踊り手が増えれば、この踊りは生き残っていきます。今晩は、「十三夜」のほか、「平成音頭」「炭坑節」「吉川町音頭」「佐渡おけさ」などが踊られました。私は踊りは苦手ですが、「十三夜」「炭坑節」などで踊りの輪に加わりました。踊りの上手い人のそばで踊ったものの、手と足はバラバラ、やはり練習しないとだめですね。

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2012年08月22日

五百万石は刈り取り目前

 私の住んでいる上越市吉川区は県内有数の酒米・五百万石の生産地です。この五百万石の穂が色づき、刈り取り目前のところまで来ました。このまま順調にいくと、早ければ次の土日あたりから稲刈りが始まりそうです。写真は本日午前、吉川区下町の圃場で撮影したものです。

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 日本共産党議員団が昨晩、取り組んだ「市民のみなさんの意見をお聴きする会」の様子が上越のニュースサイト、上越タウンジャーナルで紹介されました。「場所よりも必要性の議論を」というタイトルで紹介されていますのでごらんください。

2012年08月25日

稲刈り始まる

 吉川区で稲刈りが始まりました。先日お伝えしたように、酒米・五百万石はすでに刈り取ってもいいほど実っていました。きょう、刈り取りが行われたのは吉川区下町です。

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 きょうの刈り取りで、吉川区での刈り取りは次々と始まることでしょう。

2012年09月02日

稲刈り本格化

 予想した通り、この土日は稲刈りがにぎやかになりました。酒米・五百万石を中心に刈り取りが急ピッチで行われています。昨日、雨が降ったこともあって、きょうは遠くまできれいに見えました。こんな日はめったにありません。

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 きょうは午前中、生活相談で安塚区などで動きました。途中、うれしいニュースが入ってきました。市内の朗読グループのみなさんが、来月、再来月、私の最初の著書、『幸せめっけた』の中の「ワラ布団」という文章を群読してくださるというのです。ひとつの文章を複数の人が朗読するとどんなふうになるのか、楽しみです。

 市政レポート1568号を私のホームページに掲載しました。今回は記事がいっぱいで、「春よ来い」を掲載できませんでした。次週には載せます。

 

2012年09月08日

ゆるキャラづくり、中郷区に続いて大島区、吉川区でも

 上越市内のゆるキャラと言えば、「レルヒさん」が有名ですが、昨年から中郷区がゆるキャラを作りをはじめて、すでに各地のイベントに出場して活躍中です。これに続いて、大島区や吉川区でもゆるキャラづくりが進んでいます。

 このうち、大島区では、ふるさと越後・温かい音楽の会が大島区の地域活動支援事業を活用して進めています。原案は大島小学校の子どもたちが10案ほど作成しました、そして、この6日には大島区のまちづくり懇談会の場において、原案の中から4案に候補を絞り込みました。その4候補の写真です。

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 この4候補のうち、どれにするかは来月27、28日に行われる大島区生涯学習フェスティバルの会場において人気投票を行うということです。大島区と言えば、私のイメージでは「雪」と「米」と「ホタル」です。4候補ともよくできていますが、着ぐるみをつくるということになるとどれがいいかな。ま、投票結果を待ちましょう。

 

2012年09月22日

今年初めてシロバナサクラタデと出合う

 この時期、毎年楽しみにしていることのひとつはシロバナサクラタデの花を見ることです。数年前まではわが家の牛舎近くにも咲いていたのですが、他の草に圧倒されて姿を消してしまいました。私の地元、吉川区では、これまで3か所くらいで確認できたのですが、いまは1か所だけです。きょうはその花と1年ぶりに再会しました。あいかわらず美しい。花びらの一つひとつがキラキラと光っていました。

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 きょうは午前中、ずっと「しんぶん赤旗」日曜版の配達でした。好天なので稲刈りは最後の追い込みです。ある集落では飼料用稲の刈り取りも始まりました。

 午後からは吉川剣道教室40周年記念大会の開会式に出席し、これから懇親会に出ることになっています。ひょっとすると、懐かしい中学校の先生などとお会いできるかも。では、出かけてきます。

2012年10月06日

吉川高等特別支援学校学習発表会

 夢を追い続ける生徒たちはどうしているだろうか。どれだけ成長しただろうか。昨年開校したばかりのの新潟県立吉川高等特別支援学校の学習発表会を見に出かけてきました。学習発表会は昨年に続いて2回目、越後くびき野100キロマラソンと重なりましたが、昨年以上に大勢の人たちが同校に集まりました。

 10時から始まるスマイルカフェの前に校長の赤松先生から会場を案内していただき、今年のスマイルカフェやハッピィカフェの取組、ビル清掃などの各種検定のことなどを教えてもらいました。「接客を身につけることは、どんな仕事にも役に立ちます」「生徒が目標を持って取り組むためにもいろんな検定に積極的に取り組んでいます」という先生の言葉が印象に残りました。

 さてスマイルカフェは今年2回目の参加です。今回はカプチーノを注文しました。ふんわかした泡がたっているコーヒーと言えばいいのでしょうか。美味しかったです。「喫茶店」には生徒の親や兄弟、それに地域の人たちが次々と入ってきました。私のすぐそばに立っていた背の高い生徒はじつに落ち着いて接客していましたが、生徒の中にはマニュアルから抜け出せず、明らかに一人で参加している人にも「何人ですか」と訊く生徒もいました。でもこれも成長過程です。そう遅くない時期に応用動作が出来るようになるはずです。

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 スマイルカフェをやっていた管理棟3階の北側にある教室棟3階では2年生による「レストラン接客実演」が行われていました。昨年、スマイルカフェで緊張したところを見せていた生徒が笑顔で落ち着いて接客している姿を見てびっくりしました。1年間という時間は短いように思えますが、生徒はぐんと成長するんですね。「レストラン」からはスマイルカフェの様子も見えました。

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 生徒たちが清掃検定を受けていることをきょう、初めて知りました。「ビル清掃実演」では1級、3級の検定合格の生徒が実演していました。モップなどは音をたてないようにと、動かし方にもルールがあるんですね。写真の生徒は1級の生徒です。ごみがきれいに一列になって真ん中に集まっていく様子を見て、これはたいしたもんだと思いました。

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 午後の「ステージ発表」、昨年よりも大きく増えて30人になった生徒たちが繰り広げてくれた演奏やダンスにうっとりしました。会場には旧吉川高校時代の先生も数人来ておられました。みんな、生徒たちがしっかり学んでいるか心配なのでしょうね。

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2012年10月07日

えちご・くびき野100キロマラソンを吉川区総合事務所前で応援

 県立吉川高等特別支援学校の学習発表会午前の部から離れて吉川区総合事務所へ向かったら、運よく、ちょうど第1位の選手が通過するところでした。時間は午前11時14分です。スタートは午前5時30分でしたから、5時間46分で吉川区総合事務所前(距離はスタートから約78キロ)に来てくれたことになります。昨日のえちご・くびき野100キロマラソンの私の応援はこの人から始まって夕方の最終ランナーまで続きました。もっとも、途中で吉川高等特別支援学校のステージ発表を見るために一時抜けましたが。写真は1位の選手です。

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 次は第3位で通過した選手です。上越市在住の選手の中では一番早く吉川区に来てくれました。樋口航さんです。

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 吉川区実行委員会の本部テントで待ち続けた選手は、吉川区出身の人、市役所職員、議員などです。そのなかで最初にテント前で見つけたのは市役所職員の山岸秀一さん、大島区田麦の出身です。午後3時過ぎでした。今年は2年前よりも余力がありそうでした。

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 山岸さんを追ってエイド近くまで行ったところ、議会事務局の新井和人さんにばったり。彼も選手です。この日のために走り続け、とてもスマートになりました。彼とのツーショットです。

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 この午後3時から4時までの時間は、選手が次々と入ってきて、一番忙しい時間帯となりました。ガレージの中では休息をとる選手、マッサージをしてもらっている選手たちがいました。

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 議会からの参加者の一人、近藤彰治議員がやってきたのは午後3時34分でした。彼は本当に頑張り屋です。たぶん、完走してくれたでしょう。

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 吉川のエイドでの人気は尾神そばとうどん、それにサイダーで作ったゼリーです。女性のボランティアの人たちががんばってくれました。

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 吉川区出身の人で100キロの部に参加したのは、小池修さん、市村雅幸さん、中村学さん、布施智之さんなどでした。このうち上越タイムス勤務の市村さんが入ってきたのは午後3時45分でした。同じ吉川区出身の煤田英樹さんと一緒の写真です。

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 実行委員会本部前やエイドなどでは今回もいろいろなドラマがありました。親に内緒でレースに参加した息子をずっと待ち続けている父親がいました。若いお父さんの到着を喜び、本部前で一緒に走り始める子どもたちがいました。このように書いている私に関してもそうです。三和区のIさん、大潟区のSさんなどから声をかけてもらい感激でした。ミンミンゼミは昨日も鳴いていました。写真は父親と一緒に走る子どもたち。

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2012年10月08日

越後よしかわ酒まつり

 よしかわの酒まつりは15回目になりました。今回も含め、これまで祭りを準備し、盛り上げてきてくださいましたみなさん、ありがとうございました。また、あいにくの雨にもかかわらず、参加してくださいましたみなさんに心から御礼申し上げます。

 昨日は知事選の仕事などもあって、2時間ほどしか参加できませんでしたが、楽しいひと時を過ごすことができました。特産品などのテントを回っていて、ずいぶんいろんな人から声をかけていただきました。春の市議選時に世話になった人、東京吉川会の役員さんたちなどうれしい再会がありました。また、「橋爪さんですよね」と初めて声をかけてくださった方もありました。昨日は地元吉川以外からも大勢参加してくださったんですね。

 今回の祭りの実行委員長さんは小山正昭さんでした。壇上での挨拶の中で、東京からはるばる会場までやってきて、祭りを盛り上げてがんばっている荒川区のみなさんや東京吉川会の人たちに、「ありがとうございます」と声をかけておられました。声をかけられた人たちが、これに応えて、「はーい」とか手を振っておられました。わたしもこういう挨拶ができるようになりたいものです。

 写真は東京吉川会のテント、餅つき風景、吉川中学校の生徒たちの演奏です。

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 市政レポート1573号、「春よ来い」の第221回、「母が語る昔の話」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2012年10月11日

吉川区敬老会

 吉川区敬老会の日でした。75歳以上の高齢者のうち320人が参加されました。場所はゆったりの郷の体育館です。

 式典では村山市長と佐藤副議長が味のある挨拶をされ、好評でした。市長は自分の家族のことにも触れながら、人をほめ、人からほめてもらい、楽しく元気に暮らすことの大切さを訴えていました。方言丸出しの話に参加者からは度々拍手が起きました。佐藤副議長は8年前に同じ会場で挨拶したことから入り、「越後の三大名刹のうち残っているのは赤沢の雲門寺だけだ」などと吉川区の魅力を語りました。

 私の役目は万歳三唱の音頭とりです。万歳をする前に少し話をさせてもらうのが恒例となっていますが、きょうは先日亡くなった俳優・大滝秀治さんの話をさせてもらいました。大滝さんのお母さんは吉川区の出身で、お父さんも頸城区の出身らしいと紹介すると、驚きの声があがりました。休憩時間には大滝さんの情報をいくつか寄せていただきましたが、戦争中には吉川区の米山に1カ月ほど疎開されたことがあったといいます。

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 第二部は㈱ゆったりの郷が受けて、民謡あり、舞踊あり、そして歌謡曲あり、楽しい会となりました。このうち、キングレコード専属歌手の葉月みなみさんの見事な歌いっぷりには拍手喝さいでした。持ち歌も良かったですが、最後の三波春夫の「俵星玄蕃」が聴衆に強い印象を与えたようです。歌は力強く、何人もの参加者が「ばかいかった」と言っていました。

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 恒例となった「ゆったりの郷中村一座」の芝居は今回も大好評でした。今回は従業員以外からも舞踊でがんばった老川さんなど数人が加わり、何と何と、温浴施設の持ち株会社をテーマにして、ゆったりの郷への支援を訴えました。芝居を観た人からは、「この芝居のお陰で第三セクターの持ち株会社問題がわかった」という声が出るほどリアルで、しかも面白い内容でした。その一部を動画で撮りましたのでご覧ください。

 第二部の最後は金婚夫婦へのプレゼントの贈呈でした。これは新企画でした。プレゼント贈呈の前に金婚夫婦のひと組である宮野入政雄さん夫婦にゆったりの郷の中村支配人がインタビューしました。「どうして結婚することになったのか」との問いに、政雄さんは、「おヨネさんみたいなおせっかいな人がいて、その人の世話で一緒になった。おれは誰でもよかった」と答え、会場は爆笑に包まれました。また、今後どうしたいかと問われ、「一時間でいいから長生きしたい」。これにも大きな拍手でした。

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2012年10月15日

第8回吉川区駅伝大会

 がんばって最後は笑顔になる。吉川区駅伝大会で審判車に乗り、各中継所で見た選手たちの表情のことです。「がんば」「頼むよ」そんな声を出しながらタスキを渡す選手たち、一生懸命走り切ったあとの満足感なのでしょうか、素敵な笑顔がいくつも見られました。

 スタートは旧JA源支店前。今回の駅伝に参加した7チームの第1区走者や家族、役員が1時間も前から集まりました。そのなかには高校生の伊藤毅さんがいました。スマイルカフェなどで会ったことのある生徒さんです。スタート前にお父さんが一緒に走りウオーミングアップしている姿が印象に残りました。午前9時半に7人の選手がきれいにスタート。伊藤さんは1.5キロ付近で先頭に立ち、2.2キロの区間をトップで走りぬきました。

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 2区から3区へは上越地域消防事務組合勤務の竹内友幸さんが見事な走りでトップを奪いましたが、その後は、このところ3連勝中の旭ランナーズが圧倒的な強さを発揮し、約20キロを1時間13分10秒で走り、4連勝しました。写真はハイツ桜咲前の中継所です。旭ランナーズの渡辺孝さんから渡辺敬子さんへタスキをつないだところです。

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 9区間の駅伝大会を成功させるためには、競技役員を一定数確保しなければなりません。山岸晃一会長の話ですと約30人は必要ということでした。でも参加チームが少ないために、この確保が難しい。このため、一人の役員が掛け持ちしたり、選手が交通整理員を務めるなどして頑張りました。ランナーの田中裕紀夫さん、田中時弘さんなどがそうです。このうち、田中時弘さんは旭ランナーズのアンカーとしてテープを切りました。

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 選手のみなさんはそれぞれがんばりましたが、そのなかでも気になった選手が何人かいました。その一人は野呂貴大さん、「森と緑の感謝祭」で一緒に記念植樹した中学生です。頑張り屋の生徒だろうと予想はしていましたが、2区でトップの竹内さんに続き、2番目の早さで走ってくれました。そしてEnjoyランナーズの吉藤嘉彦さんもそうです。いつも子どもさんたちがこの大会を盛り上げてくれていたのですが、今回は子どもさんたちに代わって父親の嘉彦さんが参戦、チームを3位に導きました。写真は吉藤さん。

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 チームとして今回話題となったのは初参加の総合事務所プラスαチームです。参加チームが少ないということで急遽チームを結成し、頑張りました。市役所職員が地域に溶け込んでがんばってくれるのはとてもうれしいですね。監督は佐藤正明次長です。アンカーを務めた渡辺美樹さんは、さすがに疲れた様子で旭地域生涯学習センターグランドへ入ってきました。ゴールした美樹さんは、「来年は走れる人を探してください。私は仕事で頑張ります」と言っていましたが、今回の頑張りを評価され、来年も走ってくれることでしょう。写真は美樹さんを迎えた佐藤監督と武藤和美総合事務所長です。

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 駅伝大会は旧吉川町時代から通算で48回目でした。再来年は50回目になります。記念大会には、私も体重を落として参加する予定です。まあ、せいぜい2キロを走るのがやっとでしょうが。

 

 

2012年10月22日

発表、展示の一つひとつに心をこめて

 合唱と演奏の発表、絵画の展示、いずれもすばらしかった。昨日の上越市立吉川小学校の文化祭のことです。私は音楽発表会の最初から終わりまで鑑賞し、その後、絵画の展示作品もみさせてもらいました。

 音楽発表会の会場は小学校の体育館。児童、先生、保護者だけでなく地域の人たちの姿もあって、ほぼ満員状態でした。「きょうは吉川区で一番人口密度が高い場所ですね」と言ったのは来賓で出席されていた吉川高等特別支援学校校長の赤松先生でした。小学校の行事のなかでも音楽発表会は最も関心が高く、人気があります。大勢の人たちが楽しみにして参加される行事なんですね。

 音楽発表会ではクラスがひとつになり、全校がひとつになります。最初に登場したのは1年生、みんな外遊びが大好きな子どもばかりです。♪歩こう、歩こう、私は元気…「さんぽ」では大きく手を振り、足を上げて歌いました。「やまびこ」を歌うときには、両手を口のそばに寄せて山に向かって声を送る仕草をしながら歌いました。合奏は「外はすてき」です。大太鼓を担当した男子児童は、左手で力強く太鼓をたたいて、がんばっていました。司会の児童が、「初めてとは思えない、大きな発表でした」と言っていましたが、クラスが一つになった素敵な合唱と演奏でした。

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 僕のねがい、わたしの夢をさわやかな風にのせて届けます。あっ、南風が吹いてきた!そういって会場を引きつけて歌を歌ったのは5年生のクラスです。♪どこまでも どこまでも 追いかけてみたいよね いつだって忘れない 君と感じた南風…楽しくて元気がわいてくる歌でした。合奏曲は「キリマンジャロ」、私の近くにいた児童は緊張した表情で木琴をたたいていましたが、うまくいきました。全体として迫力満点の演奏になりました。記録係の先生がデジカメを持つ時、左手の小指をぴんと立てて撮影している姿も印象に残りました。

 学年ごとの発表が終わって最後は全校合唱でした。ステージの上や下には児童がひとつまとまり歌を歌いました。演奏は先生がたが担当しました。歌は「一人の手」です。♪ひとりの小さな手 何もできないけど それでも みんなの手と手をあわせれば 何かできる 何かできる…いつ聴いても素敵な歌ですが、全校児童と先生方がひとつになっての曲は格別の魅力がありました。

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 絵画は学年ごとに成長していくのがよくわかり、興味深い作品がいくつもありました。誰の作品か私のデジカメに写っていませんでしたが、川探検の絵もそのひとつです。人間のような形をした木、きれいな野の花、空飛ぶトンボやチョウ、とてもいい絵でした。

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 市政レポート1575号、「春よ来い」の第223回、「もらい乳」をホームページに掲載しました。ごらんください。なお、市政レポートは配布する地域によって記事が違っています。

2012年11月04日

様々な工夫もあって楽しい芸能発表会でした

 会が始まる前、武藤総合事務所長から「きょうは何か面白いことをやるようですよ」と言われました。昨日、多目的集会場で行われた芸能発表会のことです。その面白いことはいきなりやってきました。オープニングで吉川中学校の吹奏楽部のみなさんが演奏した2曲目は「北酒場」、そして前へ出て行って歌ったのは下深沢の加藤昇さんだったのです。びっくりしましたね。加藤さんは、「いつもは夜、それもミラーボールが回っている中で歌っています」と言ったので笑いの渦に。でも昼間でも歌はうまかった。

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 昨日の会では踊りやコーラス、詩吟など9つのグループが日頃の練習の成果を発表しました。「オカリナアンサンブルうぐいす」のみなさんのメンバーを見ていたら、夫婦して参加している人が2組もおられました。家でも一緒に練習されているのでしょうね。このグループの3曲目は「夜明けのスキャット」、学生時代、失恋して新潟市の古町通りを歩いていた時に流れてきたのがこの曲でした。いつ聴いてもいいですね。

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 朗読サークル、「雪椿おはなしの会」のみなさんは、4人の群読です。私の『幸せめっけた』の中から「ワラ布団」を読んでくださいました。アドリブで「のりかず、出来たぞ」と頸城区の村松さんが私の方を向いて声を出されたのには驚きました。このグループは「モチモチの木」も群読されましたが、会場のお客さんたちはシーンとして聴き入っていました。ものすごく聴衆を引きつける朗読でした。朗読が終わった時、花束が贈呈されました。これまでの発表会では見られなかったことです。「ワラ布団」は動画で撮りましたのでご覧ください。

 コーラスゆりかごのみなさんは3曲でした。このうち、杉みき子さん作詞の「だれかが呼んでいる」は初めて聴きました。くびき野の大地で生まれた曲です。これから、広めていきたい曲でした。

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 会が終わってから、「雪椿おはなしの会」のみなさんに誘われて昼食会に参加しました。私の文章については、頸城区の会でも読んでくださったとのこと、また老人福祉施設などでも読んでいてくださることが分かり、とてもうれしかったです。

2012年11月09日

衆院解散・総選挙間近のなかで高橋みきこ候補とともに

 報道によると、衆院解散・総選挙が年内に行われる可能性が高まってきました。こうした情勢の中、きょうは日本共産党の衆院新潟6区予定候補の高橋みきこさんとともに挨拶回りをしました。まわったところは主に吉川、安塚、大島の3区です。高橋候補の名前はほとんど知られていませんが、親しく挨拶し、手をにぎると、どこでも「頑張ってください。応援しますよ」という声が返ってきました。

 途中、休憩を兼ねて喫茶店や食堂に寄りました。10時の休みに寄ったのは、吉川区下小沢にあるドッグカフェ、「わんこ亭」です。ここでは県立吉川高等特別支援学校の2年生のRさんが職場体験中でした。

 最初にRさんが「いらっしゃいませ」と言って持ってきてくれたのが水とおしぼりです。おしぼりはレモンローズの素敵な香りがしました。接客は落ち着いていましたね。指導している大滝さんは、「接客はお客さんの反応の仕方で応用動作が求められます。最初は硬くなる場面もあったけれど、明日で終わりというというところまで来て慣れてきました。上手になってきたところで終わりというのはもったいない」と話しておられました。Rさんは、昨年から4種の職場体験をしたと言います。「4種類の仕事ができたということはすごいことだね」と語りかけたら、ニコニコしていました。将来、Rさんの仕事ぶりを見てみたいものです。写真はちょっとピンとずれですが、Rさんが高橋さんにコーヒーを出しているところです。

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 大島区では親戚の家にも寄ってきました。母の実家では、お茶をご馳走になりました。ここではナスの漬物と炒めたレンコンがうまかった。また従兄の嫁さんから、市政レポートに寄せられた市民の声をいくつも教えてもらいました。私の話をゆっくり聞きたいと言ってくださる人が何人もいるということも知りました。「囲む会」「つどい」を開かなければと思いました。板山の伯母の家では、伯母がちょうど畑仕事に出るところでした。高橋さんが握手を求めて手を差し出すと、伯母は笑顔で「頑張ってくんなさい」とやっていました。

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 きょう、高橋さんとまわった家は30軒ほどです。商工業者のKさんのところでは、「いまでも消費税で困っている。増税なんてとんでもない」と言われました。また、ある障がい者の方からは、「いまの政治じゃ駄目、必ず応援しますから頑張ってください」と励まされました。

2012年11月10日

合同歌集『よしかわ』

 吉川短歌会がこのほど合同歌集を出版しました。合同歌集は第2集です。会が結成されたのは32年前の12月。この間、活動を初めて13年後に第1集を出しています。歌集には15人の会員の「全生活実態を土台にして生み出された」285首が収められています。私は短歌については全くの素人ですが、私なりに良いなと思った歌を紹介したいと思います。

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 【飯川忠夫さん】

  陽の光充ちて明るきウインドに妻へと惹かるる化粧の小瓶

 【市村いしさん】

  ぼんぼりに淡き灯が入りひなまつり老いの四人に楽しき一日

 【上野成さん】

  真っ直ぐに穂を揃えたる谷小田に細くなり来し水を分け引く

 【大谷和男さん】

  ランドセル背負いし孫がふと見せる幼きころの娘の姿

 【杉田忠雄さん】

  すり終えて米の袋を二度三度数を確かむ朝のひと時

 【高野芳江さん】

  事もなく元朝迎えしみじみと重なる歳の屠蘇を頂く

 【田中久子さん】

  早生稲の農林一号穂の出でてもう死なずともよしと亡き父言いき

 【野呂千代さん】

  生きおれば我も少しは役立つと懸命に生く老いてはあれど

 【平野久子さん】

  病室の夫に寄り添い長き夜の眠れぬままに海鳴りを聞く

 【細井啓子さん】

  寝返りを打ちては喜ぶ児が帰り片す布団に乳の香のせり

 【細井博一さん】

  労農ら火を見張りつつ畔を焼く尾神の棚田に春巡り来て

 【真島香さん】

  補聴器を付け初む夫は本当の鶯の声でなきと淋しむ

 【松口トキさん】

  村人は水引きし後の片付けを手伝いくるる小言も言わず

 【栁澤美津子さん】

  一升の餅を背負いて歩く児よ君の二十歳の空青くあれ

 【山岸昭一さん】

  正月に来る孫みんな大きくて居間の鴨居は低くなりたる
  

2012年11月11日

11年ぶりに中学校時代の同級会

 旧吉川町源中学校の同級会(昭和40年卒業)を昨日、吉川区内のスカイトピア遊ランドで行いました。同級生56人のうち、24人が出席。来賓として中学校時代の理科教師だった上野實英さんからも参加していただきました。遠くからやってきた人の中には前泊した人もいたようです。会が始まる前、控室にいたら、地元在住のミツコさんが、部屋に入ってくる同級生に「お帰りなさい」という言葉をかけていました。この言葉がこんな場所で使われるとは思いませんでした。優しさに満ちた素敵な言葉として心に響きました。

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 トラオくんが開会挨拶。そしてすでに亡くなっているミノルくん、コウゾウくん、キヨヒデくん、ミツエさん、アキオくん、スミオくんの6人の同級生の冥福を祈って全員で黙とうをしました。その後、上野實英さんから挨拶をしていただきました。「膝があれなもんで立たないで…」と上野先生が言うと、誰かが「立たないでいいよ」と声がかかりました。先生は、「みなさんと再会すると涙が出てくる。故郷をいつまでも忘れないで過ごしていただきたい。体力も記憶も薄れていく。趣味や生きがいを持つこと、筋力を鍛えることに心がけてください。そしてぜひ77歳(の同級会)をめざしてがんばってほしい。その時はたぶん僕はいないので、黙とうして」と挨拶されました。最後を笑いをとって終わる、相変わらず話上手な先生でした。

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 全員による自己紹介。それぞれが、コンパクトに、結婚してどうしたとか、いまどんな仕事をしているとか、さまざまな話をしてくれました。今回の自己紹介は全体に短かったですね。幼友達のヒサシくんもそう、「東京に住んでいます。とりあえず元気にやっています」と言い、隣にマイクを渡しました。もっとも、その後はたっぷり話をしてくれましたが。今回の出席者の中には中学校卒業以来初めて同級会に参加してくれた人がいました。47年ぶりの再会をしたヒサミさんです。彼女は対馬市からやってきました。「朝鮮半島の南で漁師をやっています」と言うと、「エーッ」という驚きの声が沸き起こりました。

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 同級生が歩む人生は様々です。いま大分市で仕事をしているカツミくんは単身赴任。「かあちゃんと3回だけエッチして3人の子どもができましたが、まだ、だれも結婚しません。このままだとさみしい晩年になりそう」と語りました。続いてAさん、結婚生活は1年ほどでした。「11年前にみんなと会った時には、桜が咲いたと思ったがだでも、すぐに散ってしまいました」と涙ぐみました。大工さんになったヨシタミくん、「棟梁に仕事は習うもんじゃない、盗んで覚えろと言われ続けました。嫁さんは棟梁の娘を盗みました」と言うと笑いと拍手でした。

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 歓談は2時間ほど続いて、最後に記念撮影をしました。

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 約3時間ほどの同級会は万歳三唱をして終わりましたが、みんな名残惜しくて、なかなか帰りませんでした。酒を飲み、語る、長い人は夜の11時過ぎまで語り合っていたようです。会には昔の懐かしい写真を持ち込んだ人もいました。小学校の旅行写真、東京での同級会写真などです。「これ、どこ?」「この人変わらないわね」などと言いながら、思い出話に花を咲かせていました。

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大乗寺コミュニティセンター竣工式・祝賀会

 吉川区大乗寺のコミュニティセンター竣工式に招かれ、出席してきました。いつ地震で倒壊するかと不安になったこれまでのセンターに代わって、しっかりした建物が出来上がりました。財団法人自治総合センターのコミュニティ助成事業を活用しての新築です。関沢町内会長は、同事業に当たった時は、「夢か幻かと一晩眠れなかった」と言います。今後は町内会活動の拠点として、交流の拠点として、また地域防災の拠点として活用していきたいと決意を述べておられました。

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 大乗寺には芸達者な住民が大勢います。竣工祝賀会がすごかった。尺八演奏あり、フルート演奏あり、ピアノもギターも。さらに民謡に謡曲と続き、まるで音楽発表会のようでした。私の席は演奏する人たちからわずか1メートルの位置にあります。生演奏を至近距離で聴く幸運に恵まれました。写真は山岸さんのギター演奏と吉田さんの謡曲、「千秋楽」です。

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 市政レポート1578号、「春よ来い」236回、「記録の力」をホームページに掲載しました。時間がありましたならばごらんください。尚、レポートの裏面は配布地域によって記事が違っています。今回は吉川区版と大島区版のみ掲載しました。

2012年12月01日

川渡り餅

 妻が川渡り餅(かわたりもち)を買ってきました。職場にお菓子屋さんの友達がいて、その人とのつながりでいつも職場に持ってきてもらっているとのことです。

 川渡り餅は上杉謙信が信州川中島の戦いで武田信玄の陣営に攻め入ろうとした時に、兵士を力づけるため食べさせたものだと言われていますが、いまは無病息災を願って食べるものとなっています。私は合併後、この風習があることを初めて知りました。11月30日には市内のお菓子屋さんの店先に「川渡り餅」の旗が一斉に立ち、みんなが買う。こうなると、もう風物詩ですね。

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 いまの川渡り餅は餅というよりも「団子」といった感じです。昨日、妻に言われてわかったのですが、この餅には「つぶあん」タイプのものと「こしあん」タイプのものがあるんですね。餡子(あんこ)の状態が粒状かこしてあるかの違いです。味はどちらも差がないと思いました。写真で2つのタイプを比較してもらいましょうか。

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 昨日は朝から夕方まで「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金、衆院選のお願いでした。夕方からは吉川区地域協議会の忘年会です。美味しいなべ料理を食べながら、市長の諮問と答申の在り方とか来秋の市長選挙の話、さらには吉川区内から発信しているHP、ブログの交流の話まで広がって、楽しい会になりました。

2012年12月02日

3月いっぱいで「うぐいすの里」廃止方針にびっくり

 きょうは吉川区総合事務所の地区別懇談会でした。源、吉川、旭と3会場で開かれましたが、私は都合により源、吉川会場だけ傍聴してきました。今回の懇談のメインテーマは「将来的な行政組織の再構築に向けた総合事務所の在り方について」と「市直営ケーブルテレビ施設の移譲先候補となる事業者の選定について」です。ただ、源地区については、このほか、デイサービスセンター、「うぐいすの里」の廃止についても懇談のテーマとなりました。

 「うぐいすの里」については、昨年10 月に策定した市の「公の施設の再配置計画」の中で、「行政が担うより民間施設として管理運営する方が市民サービスの向上や効率性が高まると考えられる」として譲渡検討施設のひとつになっていました。吉川区にあってはデイサービスセンター「あじさいの家」、特別養護老人ホーム「ほほ笑よしかわの里」もそうです。

 きょうの懇談会では、八木智学高齢者支援課長が吉川区内で民間譲渡の検討対象となっている市の3つの介護保険施設について検討状況を報告しました。このなかで同課長は、『「ほほ笑よしかわの里」と「あじさいの家」については社会福祉協議会から受けてもらえる見通しとなったが、「うぐいすの里」については譲渡を希望しないということになり、来年3月いっぱいで廃止予定だ。「うぐいすの里」を利用されている人たちには「あじさいの家」と社会福祉協議会が経営している「いこいの里あさひ」にスムーズに移っていただくようにしたい』と説明しました。下の写真は源会場です。

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 これには参加者もびっくりしたようです。(私も社会福祉協議会から受けていただけるものと思っていたので、金曜日に総合事務所で聞いた時は驚きました)。参加者からは、「『あじさいの家』が定員オーバーになったということで『うぐいすの里』を造ったのではないのか」「今後、高齢者率が高くなって、施設利用を望む人が多くなる。(吉川区内の)2つの施設だけで対応できるのか。本当に足りるのか心配だ」などという声が上がりました。八木課長は、「『うぐいすの里』の利用者が区内の2つの施設に移っても十分運営可能だと思っている。将来、吉川区から近隣の区の施設に行くこともありうる」「市としては今後、デイサービスセンターを(新たに)造らない方針だ」と答えました。質問した人は、「そういう考え方が市長の言う安全、安心な上越市なのですか」とのべ、不信感をあらわにしました。介護保険施設の再配置は市民の理解を得ることが前提だと思いました。

 総合事務所の在り方についても発言が相次ぎました。「適正な人員配置というが、今後、人口が減ることを考えてのことか」「産業建設グループの削減目標が示されないのは不思議だ。職員がまだ減っていくとなると、総合事務所が総合事務所でなくなる感じがする」「財政状況が今後上向くことはない。最後は(総合事務所の)統廃合の危険性が高い。数字の裏付けが無さすぎる」「職員が現場を把握されていることで安心感が生まれる。昨年の災害の時、電話で説明しても理解してもらえず歯がゆい思いをした」「住民サービスが本当に保たれるのか。地域自治区の在り方が揺らぐことのないようにしてもらいたい」「住民サービスが低下しないか懸念している」。吉川区の場合、柿崎区総合事務所に集約される方針が出ていることもあって、不安の声が多かったですね。写真は吉川会場です。

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 市政レポート1581号、「春よ来い」第229回、「母のもてなし」をホームページに掲載しました。

2012年12月06日

きょうも強風でした

 きょうもすごい風でした。道には木の枝が落ちていたり、何かの構造物があったりと危険な状態でした。吉川区では83歳のおじいちゃんが玄関先で風に飛ばされて転倒、大腿部を骨折、3週間の入院という重傷をおわれました。夕方の段階ではまだ麻酔が効いていて、眠っておられるとのことでした。明日にでも顔を見て、励ましてきたいと思っています。

 昨晩は市政レポートの作成に手間取り、3時間ほどしか睡眠をとることができませんでした。きょうは午後4時頃には家に戻り、明日の総務常任委員会の準備に入りました。少し寝て起きたものの、まだ頭がボーッとしています。質問の準備で一番大事なことはよく眠っておくことです。早めに布団に入ろうと思います。

2012年12月09日

除雪車初出動

 とうとうわが家の近くでも除雪ブルドーザーが初出動しました。風が強く、山雪かなと思っていましたが、私の住んでいる平場でも雪は朝から降り続け、すでに30㌢近くにもなりました。朝から断続的に雷も鳴っています。パソコン通信がやられないように気を遣いながら仕事をしています。写真は朝7時頃の市道代石小苗代線です。除雪車は午後からも出動しました。2回目の出動です。

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 市政レポート1582号、「春よ来い」の第230回、「ぶり大根」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2012年12月13日

吉川区坪野で167センチ

 上越市のホームページによると市内の観測所で午前9時現在、積雪量が最も多いのは吉川区坪野の167センチとなっています。次いで吉川区下川谷が162センチ、3位は大島区菖蒲の128センチです。ホームページには掲載されていませんが、吉川区上川谷では2メートルくらいになっているものと思われます。

 きょうは市政レポートを印刷したのち、浦川原区、安塚区、大島区とまわってきました。久しぶりに青空も出て、ホッとしました。浦川原区では気温の上昇に伴い、霧が発生していました。

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 大島区牛ヶ鼻では雪下ろしをしている人の姿もありました。屋根の雪下ろしを見たのは今冬では初めてです。

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 次の写真は大島区菖蒲です。

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 最後は大島区竹平、母の実家のわき道です。ここも1メートル50センチを軽く超えていましたね。

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2012年12月23日

クリスマスを前に今年も「ほっとホットコンサート」

 今年もクリスマスを前に「夢をかなえる会」(小山正昭会長)主催の「ほっとホットコンサート」が吉川区コミュニティプラザ開かれました。

 小さな町の音楽愛好者のみなさんが演奏したり、歌ったりした曲は「星に願いを」「赤鼻のトナカイ」などクリスマスを意識したもののほか、歌謡曲、フォークソング、さらには「アランフェス協奏曲第二楽章アダージョ」などの名曲も。会場となった多目的ホールには100人を超える人が集まり、素敵な歌や演奏にうっとりしていました。

 きょうのコンサートで印象に残ったことをいくつか書きます。ひとつは初めて指揮者の隣に座って演奏を聴いたことです。吉川中学校の吹奏楽部の演奏では、会場が狭いこともあって、指揮をする先生が観客席の最後列の真ん中におられました。おかげでこれまでとは違った雰囲気を味わうことができました。

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 「トマト屋さんの山岸さんと割烹・品和亭の若女将、高橋さんによるギターとピアノのデュオ、お聴きください」と小山会長が紹介した二人の曲はスペインの盲目の作曲家、ホアキン・ロドリーゴの「アランフェス協奏曲第二楽章アダージョ」でした。マイクがギターの音をきれいに拾ってくれて優しさも力強さもしっかり伝わってきました。

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 グループ名は「Tibi+」(チビプラス)。梶の田中さん夫婦が森山良子の歌、「この広い野原いっぱい」「愛する人に歌わせないで」などを歌ってくれました。「地元というのはあがるもんですね」と言った奥さんですが、青空に広がっていくような感じの伸びのある声にしびれました。吉川区にも夫婦でフォークソングをやっていた人がいたなんてうれしい。

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 今回初登場の農民歌手、平澤栄一さんは朝日池総合農場の社長さんです。ハーモニカとギターを手に、自作の「百姓ブルース」「久比岐の里」など4曲を歌いあげました。平澤さんの歌はこれまで何度も聴いてきましたが、気分が乗っていたのかな、きょうが最高でした。福井や新潟からも出演の依頼があるというのもうなずけます。「久比岐の里」を動画に撮りましたのでご覧ください。

2013年01月05日

新年祝賀会、地元商工会の新年会と続く

 昨日は午前8時半過ぎに市役所に行き、自分なりの仕事始めをしました。議員控室で原稿書きをしていたら、室内スピーカーから市長の年頭訓示が流れてきました。実際の姿は見ていませんが、おそらく原稿なしだったのでしょう、市長の普段の言葉で聞こえてきました。訓示では、正月に寝ながら読んだという『決断』という本のことを紹介、そのなかで、「失敗を恐れずチャレンジを」「心から人の役に立とうとすれば、結果的に自分自身のためにもなる。人生における最も美しい報酬の形だ。幸せという通貨を流通させることによって、お互いがお互いを認め合い、お互いの尊厳を大事にしながら地域で支えあって行く。そしてともに次の時代につなげていく。大きな感動を得た」と話されていたことが印象に残りました。これらの言葉を頭に置きながら、今年の市長の動きを見つめていきたいと思います。

 午前11時からは市の新年祝賀会でした。浦川原区月影地区の雅楽保存会の演奏を初めて聴きました。何か、伝統を感じました。また、市役所のコーラスグループのみなさんによる市民の歌、「このふるさとを」も聴きました。歌っている人たちの中には何人か知っている人もいました。校歌と同じで、何回も歌っていると自然におぼえます。私も、まわりの人もみんな歌っていましたね。

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 夕方からは吉川商工会の新年会でした。新年になって酒を飲むのは2度目です。元役場の職員さんだった人や地元で一生懸命商売をやっておられる人たちなどと久しぶりにじっくりと話ができました。ただ、すすめられるままに飲んだら、私の事務所に戻ってから印刷機の前で数時間寝てしまいました。

 先ほど、ようやく今年初めての市政レポートの印刷を終えました。B4サイズ両面印刷です。今年はこれまでよりも800枚増えて9200枚です。昨晩、地元商工会の新年会で飲み、その後、片面だけ印刷しました。それが良かった。今朝は6時から印刷にかかり、ミスほとんどなしで終えることができました。作成したレポートは新年号です。配布地域によって、記事や写真に違いがあります。総ページ数は9ページにもなりました。

2013年01月11日

定例の市政レポートづくり

 昨日は定例の市政レポート印刷の日。新年号のように地域ごとに写真を用意することもなく、すんなりと書けると思いきや、まったく書けない。考えてみれば、市議会での本格的な審議もなく、一番書きたかった東京電力と県内自治体との安全協定については、本文も入手できていなかったのです。これまでと比べれば、大きな前進だとは思うものの、本文を読まないで書く気にはなれません。ただ、「春よ来い」の方は一気に書き上げることが出来ました。心を動かす出来事があった時は書きやすい、そう思います。

 きょうは市政レポートを3000枚ほど印刷したのち、地元および旧東頸城地域で「しんぶん赤旗」日曜版の配達と市政レポートおろしです。昨日からの降雪で道はどんなになっているか心配ですが、落ち着いてゆっくり活動しようと思います。今朝はくびき駅まで妻を送り、家に戻ってきています。帰り道、いつものように原之町の町内会長さんと前町内会長さんが、児童の登校時に合わせて交通安全の仕事をされていました。ほんとうに頭が下がります。

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うれしい激励、そして雪の状況

 きょうもいろいろなことがありました。うれしかったのは安塚区での出来事です。先日、街頭宣伝を聞いて電話をくださったTさん宅を訪問しました。この方は10数年前まで自民党の応援をしていたといいますが、政治家不信になってしまったとのことでした。その方が最近、私どもの活動を目にして再び政治に関心を持ち始めたというのです。私の市政レポートには特に関心を持ってくださり、まわりの人たちに読むようにすすめているというお話でした。そして、初めて立ち寄ったガソリンスタンドでも女性の方が、「私も読んでますよ」とレポートのことを話してくださいました。うれしかったです。

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしながら、きょうは雪の状況も見てきました。大島区の大島地区では道路に圧雪があり、ブルが圧雪はがしで動いていました。昨冬もこのブログで何回も紹介した母の実家のある大島区竹平は今朝の段階で積雪が2メートル50センチにもなったそうです。大島区と吉川区の境あたりからは雪崩の危険性が高まっています。すでに雪庇落としの準備も始まっています。雪にスプレーで印の付けてあるのは雪庇落としの範囲を示したものです。

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 こうしてみると、積雪は昨冬の災害救助法適用時に近づいてきました。要注意です。

2013年01月13日

川谷冬祭り、今年も

 合併前から20年以上も続いている恒例の川谷冬祭りがきょうありました。会場は旧川谷小中学校の体育館とグランドです。地元はもちろんのこと、長年にわたって交流のある法政大学の関係者や来賓も含めて60人ほどが集まり、餅つきや雪上運動会などを楽しみました。地元からは近くに住む子どもさんも入れて14世帯、30数人の参加でした。

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 毎年、同じようなことをやり、楽しんでいますが、毎回様々なドラマがあります。今回はいつも一緒になる地元の駐在さんが現地までやってきたのに開会式前に帰りました。新潟でお連れ合いのお産が始まったということでした。「なんか変な予感がしていた。きょうは結婚記念日なんだ」という言葉を残して新潟へ。いやー、めでたい、めでたい。

 雪上運動会では宝探しのゲームで、くす玉が雪をぶつける前に割れてしまい、中に入れていた宝の名前が書かれた紙や紙吹雪用の紙の断片が出てしまいました。それでもゲームは続きます。「酒一升」が当たったのは新潟日報記者で、川谷地区に1週間泊まり込んで取材をしたことのある高橋記者でした。

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 地元の参加世帯は高齢化に伴いどんどん減っています。そういう中で、吉川区の平場の団地や柿崎区などに住む子どもさんたちが10人ほど参加してくれたのはうれしいことでした。なかには、ゲームを見て、自分で雪遊びを始める子どももいました。参加できなくても、サイの神で燃やすために「平和交流」という書き初め(これは山賀陽向さんの作品)などを寄せてくれた人もいます。

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 そして今回初めて外国の方が参 加されました。名前を聞き忘れたのですが、イラン人の方です。カメラを持って盛んに撮りまくっておられましたが、この人は日本語が流暢でびっくりしました。ゲームに参加しませんかと声をかけましたら、喜んで仲間入りしてくださいました。

 会場ではブログやフェイスブックをやっている天明伸浩さん、鴫谷幸彦さんとも一緒になりました。天明さんとは、中山間地対策の取り組みについて意見交換できました。きょうの冬祭りは私の他、この二人もレポートしてくれるでしょう。ひょっとすれば、まだ、発信してくださる方もおられたのかも知れません。いずれにせよ鴫谷さんが加わっただけでも発信力がぐんと強化されたに違いありません。

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2013年01月19日

吹雪の中、「しんぶん赤旗」配達、その後上京

 昨日は大荒れでした。午前の「しんぶん赤旗」日曜版配達では吹雪で何度もわが愛車・ホンダライフが立ち往生しました。電柱と前から来る車のライトだけがたよりでした。ほくほく線はくびき駅から東京へ。いちばん長く感じたのはくびき駅での電車の待ち時間でした。最初の「5分遅れます」のアナウンスが次々と変わり、最終的には20数分遅れで電車が到着しました。強風が原因ですが、アナウンスも乱れました。写真は吉川区東田中地内の県道とほくほく大島駅から見た風景です。

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 新幹線の中では、玄間太郎さんの『起て、皆の衆──天明 越後柿崎一揆』(3月刊行予定)の原稿読みに集中しました。このブログにも書いたように、玄間さんとは柿崎一揆の現場を二度歩きました。本が出来上がる前に私のところに原稿が来たのは、柿崎に近いところに住んでいるものとして「おかしいと感じるところはないか」チェックしてほしいと要請されたからです。農作業の手順など一部に気になる点はありましたが、よく調べてあると思いました。もっとも柿崎一揆そのものに関する史料はきわめて少なく、一揆についての記述は創作です。なかなか読ませる本ですよ。

 さて、私の方はこれから食事をして、電車に乗ります。きょうはお世話になった古厩忠夫教授(故人)に線香を上げさせてもらい、同窓生と懇談。その後は水道橋で、新随想集の出版計画について出版社側と話し合いをします。帰りは最終電車になる予定です。

2013年01月27日

上越市が大雪災害警戒対策本部設置

 昨日も大変な大荒れとなりました。「しんぶん赤旗」日曜版配達中に、上越市も大雪災害警戒対策本部を設置したという情報が入りました。山間部では一昨日から降雪量が一気に増え、生活面で不安が高まりつつあること、平場を含め、電車やバスなど公共交通が乱れていることから当然の設置だと思います。

 図表をごらんいただくとわかりますが、市内の地区ごとの積雪で最も積雪量が多いのは大島区で237センチ、次いで牧区が209センチ、三番目は安塚区の204センチとなっています。災害救助法の適用基準と比較すると、浦川原区があと52センチ、私の地元である吉川区はあと56センチまで迫っています。

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 きょうは、この警戒対策本部設置を受けて雪の多い吉川区、大島区、浦川原区、安塚区などの山間部を視察し、要援護者宅などを訪問する予定です。今のところ、風は静かになりました。そのかわり、雪がもくもくと降っています。今日、明日中には災害救助法適用がされるかもしれないという事態になってきました。写真は昨日、吉川区原之町交差点で撮ったものです。

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2013年01月28日

「ありがとう」の合図を送ってくれる人も

 大雪災害警戒対策本部設置を受けて昨日は豪雪地帯を中心に視察や要援護世帯の訪問をしてきました。回ったところは吉川区、大島区、安塚区、浦川原区の山間部です。今回の吹雪は平野部だけでなく山間部でも猛威をふるっていました。吉川区の上川谷と大島区の板山間はちょうどブルによる除雪直前の一番きびしい時間帯に通りましたが、吹雪で道が極端に狭くなっているところがあちこちにありました。

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 積雪は吉川区上川谷で3㍍40㌢、大島区竹平で3㍍30㌢です。意外と少ないと感じたのは大島区菖蒲でした。2㍍56㌢です。いつもなら、この時期、同じ大島区竹平よりも多くなるのに、「今年はどうなっているのか」という声もありました。昨日は日曜日とあって、どこでも除雪機で除雪している人や屋根に上っている人が見られました。宣伝カーで「何かお困りのことがありましたら橋爪までお知らせください」の呼び掛けに手を合わせて「ありがとう」の合図を送ってくださる方もありました。

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 大島区菖蒲西では午前中に除雪機の講習会が行われたといいます。これは昨年秋の補正予算で決まった地域支え合い体制づくり事業に基づいて導入した除雪機の使い方の講習です。昼食後、町内会長さんの案内で除雪機を見せてもらいました。最新鋭の30数馬力の機械で操作盤にはいろんなレバーやボタンがついていました。私もさわらせてもらいましたが、講習が必要だというのがよくわかりました。

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 夕方からは直江津で民団上越支部の新年会でした。同じテーブルには上越国際交流協会の川室京子さんがおられ、先日亡くなった旧吉川町議会議長の八木一郎さんの思い出や市内在住の外国人の方の生活相談などについて語り合いました。市内には外国人の方が1200人ほどおられ、言葉の問題や結婚などで様々な困難を抱えている人が多いということを初めて知りました。

 市政レポート1589号、「春よ来い」の第237回、「義父の三回忌」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2013年02月03日

井上さとし参院議員と豪雪地調査、そして新春の集い

 おはようございます。日本共産党の井上さとし参院議員が昨日、上越市の山間部に調査に入りました。上越市議団も一緒です。今回の調査の目的は豪雪地帯の実態把握です。具体的には、災害救助法適用前でも除雪などでの苦労が多いことから、要援護世帯除雪費補助制度や冬期保安要員制度など自治体独自の支援措置をとっている現場の生の声を聴くこと、もうひとつ、市道、県道などの除雪状況とともに雪崩危険個所がどうなっているかを確認することでした。

 調査地は吉川区上川谷と大島区竹平。上川谷は昨日の午前9時現在3㍍16㌢の積雪でした。冬期保安要員の宮川俊一さんや80歳の田辺ミヨさんから雪との闘いについて聴きました。調査したメンバーは災害救助法適用前でもきびしい状況となっていることを聴き、驚いていました。田辺さんは数年前の冬、夜中に病気を出し、冬期保安要員に助けられてやっと医者にかかることができたことなどを話し、「保安要員がいなければここで生きていかれない」と訴えられました。

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 大島区竹平は積雪3㍍30㌢(昨日の午前9時現在)でした。ここではバックホーや小型除雪機等をフル動員し、民家周囲などの除雪作業中でした。内山文英町内会長の案内で一人暮らしの女性宅を訪問し、話を伺いました。この家の除雪をこの先もできるようにするには道路脇の大きな山となった雪をどかす必要があるとの判断から、バックホーなどが動いていました。内山文英町内会長からは、空き家もふくめ除雪対策の強化を訴えられました。写真は一人暮らしの女性の家とは別です。

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 調査メンバーは途中、雪崩防止策についても調査、県道などで小さな雪崩が起きているところを見て、防止柵の増設などが必要なことを確認しました。井上議員は私の牛舎で初めて小型除雪機を運転しました。除雪機による事故が多発していることから、今後どうするかについても国会議員と連携して対策をすすめていきたいと思っています。

 さて、午前11時からは日本共産党後援会主催の恒例の「新春の集い」でした。約50人の皆さんから参加していただき、とても有意義な会となりました。第一部では、私が市政報告をし、井上さとし参院議員がデフレ対策、安倍内閣の憲法改悪策動など国政の課題について講演しました。市政報告では、災害救助法適用問題、通学路の安全対策、総合事務所の見直し問題などでの私の質問や見解を紹介しました。井上参院議員は、デフレ対策は賃上げなどによって購買力を高めることが要であり、大企業の内部留保をちょっとまわすだけで可能と語りました。また、被爆二世として憲法改悪の動きは許せないとのべ、改悪にストップをかける決意を表明しました。

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 懇親会は今年も盛り上がりました。朗読グループの皆さんが私の書いた「わら布団」(『幸せめっけた』恒文社、所収)を群読、さらに紙芝居プラスαで「金色夜叉」を披露してくださいました。ボール箱に豆を入れて波の音を出すなど、なかなかの演出でしたね。紙芝居の絵の裏に書かれた原稿を読む小田さん、蹴飛ばされて倒れこむお宮役の村松さん等、みなさん熱の入った演技を見せてくださいました。昨年漫談で会場を沸かせた仙田幸造さんが今度は「ねずみと豆」の昔話を演じ、大きな拍手を浴びました。仙田さんの昔話は代々言い伝えられてきたものとか、次回にはどんな話が聴けるのか楽しみです。昨日の集いでは、じゃんけんゲームが終わってから原発の問題などで質問が相次ぎ、参院選に向けて良いスタートを切ることができました。

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 昨日のことは井上さとし参院議員のブログにも書かれています。下線部をクリックしてごらんください。

2013年02月04日

久しぶりの休日

 おはようございます。

 昨日は久しぶりに会議もイベント参加もない日曜日となりました。お昼近くまで、パソコンで写真の整理をしたり、近くでお茶飲みをしたりして過ごしました。お茶飲みでは、昭和48年の源小学校水源分校の1枚の写真を基に、当時の学校生活や地域の暮らしについて元教員の方から話を聴きました。先生方というのは自分が教えた子どものことをよく覚えておられるといつも感心するのですが、昨日、一緒にお茶を飲んだ方は、水源分校の体育館の中の様子まで詳しいので、ほんとうにびっくりでした。

 午後からは親戚の人がクモ膜下出血で入院している病院へ。先週は3回ほど訪れ、おばさんの様子を東京で仕事をしている娘さんに連絡しましたが、激しく痩せているのが気になりました。でも、昨日は娘さんがやってきていて、病院内を車いすに乗せてもらって、いくぶんかは良くなったように見えました。やはり、家族の力は大きいと感じました。

 午後4時頃には家に戻り、風呂に入り、その後、文庫本をめくりました。読んだと書かなかったのは、1ページも読まないうちに眠ってしまったからです。目が覚めたのは友人から電話をもらった時でした。何と3時間近くも寝てしまったのです。これがいい休養になりました。今週は大事な会議がいくつもあります。しっかりとやりたいと思います。

 ホームページを更新しました。市政レポート1590号、「春よ来い」の第238回、「じゃがじゃが煮」を掲載しました。下線部をクリックしてごらんください。

 下の写真はホームページのトップページの写真、昨日撮ったものです。

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2013年03月08日

吉川中学校卒業式に感動

 おはようございます。昨日は本当に暖かい一日となりました。車に乗っていても日が差すと室内が熱くなり、窓を少し開けたほどです。防雪柵の撤去も始まりましたね。いよいよ、本格的な春がやってくるという感じです。わが家の雪割草も開花しました。

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 昨日は地元の吉川中学校の卒業式に参加してきました。裏田校長の卒業生へのはなむけの言葉は「情報の海を自分の力で進め」でした。大学院時代の体験、エピソードをまじえてのお話は中学生には少し難しかったかも。でも心のこもった言葉でした。卒業生を送る言葉をのべたのは江村君、私の従弟の次男でした。「今度、学校をリードするのは僕らの番です」の言葉は頼もしかったです。そして涙が出そうになりましたね、卒業生の巣立ちの言葉は。巣立ちの言葉をのべた松原君は、「吉川の土地をつつんでいた雪は解け、旅立ちになりました」と切り出し、卒業生について、「すべての時を共に過ごしてきた存在、熱いきずなで結ばれている」と言いました。そこで、ぐっときたんだね、彼は……。お世話になった「先生方がくださった言葉の一つひとつが支えになりました」とやっと言いました。最後の卒業記念の合唱は筒井雅子の「あなたへ」、これもよかった。素敵な卒業式でした。写真は卒業証書の授与、送る言葉をのべた江村君、そして松原君です。

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 卒業式が終わって家に戻ったら、居間に母の姿がありませんでした。どこかに倒れているのではないか、とトイレや廊下などを捜しましたが、やはり見つかりませんでした。母はフキノトウを採るために外に出ていたのです。家の裏だとはいえ、心配させられました。その母が今年初めてフキ味噌を作ってくれました。もちろん、採りたて、作りたてです。フキならではの香りと苦み、とてもいいもんですね。

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 昨日は議会では一般質問の聞きとりがありました。市政レポートの作成と印刷もあり、家に帰ったらぐったりしました。でも、その後、よく眠りました。

 きょうも「しんぶん赤旗」日曜版の配達、市政レポートのポスト下ろし、一般質問の聞き取り、委員会傍聴とフル回転です。

2013年03月23日

吉川小学校で10回目の卒業式

 おはようございます。今朝もうれしいニュースから。昨日、私の随想集、『あねさかぶり』(186ページ、税込み1000円、同時代社)が出来上がってきました。
 梱包された箱を開けて、自分の新刊を手にした時の気分は何回味わってもいいものです。カバー写真はわが家の近くに住むカメラマン、平田一幸さんが夜明けの一歩手前に撮ったウサギの足跡です。暖かな色に染まった雪を見た時、「私の本にぴたりだ」と思いました。
 本に掲載した随想は、表題作のほか、耳の遠くなった義父と妻の会話の楽しい光景を書いた「いろいろ」、次男の結婚相手の家族と初めて一緒に食事をした時のエピソードを綴った「焼いたヒラメ」など59編です。どうぞ本屋さんで手にしてみてください。
 市内の本屋さんでは柿村書店(直江津)、春陽館書店(高田)、佐藤書店(柿崎)、吉野書店(安塚)にて販売の予定です。たぶん、きょうの午後には店頭に出るでしょう。私に直接注文してくださる方はメールにてお願いします。宅急便にてお送りします。メールアドレスは、 hasiznyg@ruby.ocn.ne.jp です。

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 昨日の午前は小学校の卒業式でした。地元の吉川小学校に出かけ、学校の職員、児童、保護者の皆さんとともに卒業を祝ってきました。
 吉川小学校の卒業式は昨日が10回目。今回は50人の卒業生を送り出しました。校長の八島先生の「はなむけの言葉」には惹きつけられました。先生は、「尾神岳にも暖かな春の陽が差し、春はここまで来ました」と切り出し、「なかよし学年」と言われた6年生のこれまでの頑張りを讃えた後、「中学校は3年間しかない。(やるべきことは)『あとで』、『また』と先送りすることなく、何事も失敗を恐れず全力をあげてほしい」と訴えました。
 そして八島先生が最後に紹介したのはイワナの話でした。イワナは渓流の王者と言われている。山奥で、どのようにして絶滅せずに生き延びているか。用心深い魚で、最初の一匹が釣られると、釣り人があきらめるまで隠れて出てこない。口は大きくて鋭い歯を持っているが、セミ、サンショウウオ、ネズミなど口に入るものは何でも食べる。大雨で川が増水した時は陸に跳ね上がり、新しいすみかに自分の力で移動していく。イワナの力、知恵を思い出し、進んでほしいと激励しました。とても興味深い話で卒業生だけでなく、会場にいたみんなの心に残るお話でした。

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 卒業生と在校生が対面式で言葉を掛け合う、「送る言葉」「お別れの言葉」もよかったです。卒業生が元気よく、「なかよし米を育て、一粒の命の大切さを学びました」「吉川の歴史を学んだ総合学習、東京での修学旅行など友達と協力しあい、絆を深めてきました」「仲間と競い合い、自分の力を出し切りました」とのべる姿はいいものでした。それと、途中に入った歌、「はばたこう明日へ」の合唱も素晴らしかった。みんな、良かったね、おめでとう。

 昨日は議会の委員会もありましたが、これは市政レポートで書きます。きょうは、「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金だけで一日が終わりそうです。

2013年03月28日

片桐さんの葬儀に参列、その後はヤマガラ君とともに

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 おはようございます。まだ、外は暗いのですが、今朝は3時前に起床し、ひたすら原稿書きをしています。きょうは朝早くに妻を高田まで送らなければならないので、あと1時間くらいで仕上げないと。

 昨日は午前が旧吉川町議の片桐さんの葬儀でした。吉川観光協会会長などの要職にあり、まだ74歳という若さです。葬儀には式場に入りきれないほどの人たちが集まりました。私とは所属政党が違いましたが、なぜか心の波長が合いました。何度も励ましていただき、心から感謝しています。

 お昼に高田まで出かけたほか、農協などで雑用をこなしました。事務所に戻ってからは、パソコンに向かい、ビラ作りに精を出しました。頭の状態がいまいちなので、時々横になって、またパソコンに向かいました。訪問者は例のヤマガラ君だけでした。ヤマガラ君はこのところ毎日やってきて、仕事部屋の窓ガラスをコンコンとやっています。私がカメラを向けても逃げません。すっかり友達になりました。

 きょうは市政レポートの印刷が一段落したら、「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金をしたいと思っています。職員の異動内示もすでに出ているので。配達変更の手続きもとらなければなりません。
 

2013年04月08日

春の嵐のあとに

 おはようございます。昨日はすごい風でしたね。いまも強い風が吹いています。でも、この風で大きな被害は出ていないようです。わが家でも牛舎脇の餌ダンクの蓋が路上に落ちた程度の被害でした。今朝は高田の方は晴れているようですが、こちら、上越市の北部は曇り空です。

 今回は花も嵐も一緒でした。わが家の紅色のミニコブシの花は一昨日に開花し、いまは5分咲きです。この花は亡き父が大好きだった花です。昨日の風でかなりたたき落とされました。でも、きれいです。きょうは父の命日です。ミニコブシの花を一輪、仏壇に飾りました。

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 きょうは地元の小学校、中学校、それと県立吉川高等特別支援学校の入学式です。このうち、特別支援学校は3回目の入学式ですが、初めて地元の吉川中学校からの入学者がありました。私の大切な友達の一人でもあります。彼の晴れ姿がきょうの一番の楽しみです。