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2009年10月09日

自衛隊が小銃持って農村部で訓練計画

 びっくりしました。陸上自衛隊の人たちが、小銃を持って農村部の道を走る訓練をやる計画を立てていたのです。それも朝の6時半から3時間です。学校へ行く子どもたちも農作業をしている人たちも何事が起きたかと驚くはずです。

 計画をしたのは陸上自衛隊高田駐屯地第2普通科連隊で、来週の14日、水曜日に市内の三郷地区で訓練をやろうとしていました。参加人員は約30名。高機動車1両、小型車両1両、救急車1両がつき、戦闘靴を履き、実弾を抜いた小銃を携行した隊員が走り回るという計画です。この情報は思わぬルートから入ってきました。自衛隊から訓練を実施しますという連絡を受けた上越市が、木浦市長の名前で関係町内会に「自衛隊による武装走訓練の実施について」という回覧文書を出したのです。この文書をみて住民が驚いたのは言うまでもありません。知り合いの市議に連絡した人がいました。それで情報は私たちに伝わってきたのです。

 私にこの情報が入ってきたのはきょうの午後でした。この時点では、すでに住民が自衛隊に抗議したのでしょう、14日の訓練は中止という情報も入りました。やれやれといったところですが、それにしてもおかしい。自衛隊が非核平和友好都市宣言をしている市の農村部でこういう訓練をやろうとする、市もそれに待ったをかけるのではなく、住民に訓練実施のお知らせをする。こういうことは、あってはなりません。

 自衛隊は最近も妙高市などでヘリコプターの編隊飛行をしたり、日米共同訓練を繰り返したりしています。来週は、こうした動きに抗議する日が続きます。

 

2009年10月13日

自衛隊の武装走訓練は関係部長も知らなかった

 今朝は9時から党議員団の4人と市民クラブの本城、小関両議員で総務部長、総務課長に会いました。今回の自衛隊の訓練に対する市の対応への抗議と経過説明を聞くことなどが目的です。

 本城議員が参加者を代表して「今回の訓練は非核平和友好都市宣言にふさわしくないものである」と抗議の意思を伝えた後、私も補足発言をしました。私からは、「今回の(訓練)情報を聞いて、びっくりしたのは2点だ。ひとつは、自衛隊が白昼、しかも子どもたちが通学する時間帯に武器を持って走り回るという計画の非常識。もうひとつは市の対応だ。自衛隊から連絡を受けたら、こんなことはやめてという申し入れをすべきなのに、関係町内会に『こういうことがあります』という連絡をした。これは問題だ。14日の訓練は中止となったが、おそらくまたやろうという計画が出てくるだろう。今後はやめていただきたいとはっきり申し入れてほしい」とのべました。

 約40分に及ぶ交渉のなかでハッキリしたことは、
①自衛隊はこれまでも市民の目に触れる場所で小銃などを持って訓練をしてきたこと、
②市としては自衛隊から訓練をするという連絡を受けて、時間帯等の変更を要請したこともあったこと、
③今回の訓練については総務部長も市長も知らなかったこと、
④市長名で関係町内会長(16町内会)に出した「お知らせ」は課長決裁だったこと、
などです。

 交渉の中で、市村総務部長は訓練そのものをやめるようには言えないが、市民や議員から抗議の声があったことを自衛隊側に伝えるとともに、市民への連絡にいたるまでの対応のあり方を検討すると約束しました。

2009年10月17日

日米共同訓練に反対する集会・デモ

 関山での自衛隊と米軍による日米共同訓練に反対する集会・デモに参加してきました。高田のスポーツセンター駐車場には県内外の平和団体などから300人ほどが参加していました。日米安保問題が政権交代が行われても自公政権の時と一番変わらない分野とも言われているだけに各団体代表の挨拶を注目して聴きました。

 主催者を代表して挨拶したのは社民党の県議で、地元の共闘会議議長の小山芳元氏です。同氏は、「オバマ米大統領のプラハ演説で核廃絶の動きが出始めたこと、新潟で国連の軍縮会議が行われたことなどに照らせば、今回の演習は時代に逆行する」「演習で住民の暮らしが脅かされる」と強調しました(画像)。日米共同訓練に反対する地域の会の嶋田五郎氏は、「このところ日米共同訓練が一日も休みなしに日本各地の演習場で行われている」「自衛隊の訓練は、関山のヘリコプターの編隊飛行訓練のように演習場の範囲を越えて住民の安全を脅かすようになってきている」ことなどをあげて反対行動を強めていかなければならないと訴えていました。この二人だけでなく、他の団体代表の発言も聴き、日米安保は住民運動の手を緩めると自公政権時代よりも強化される可能性があると感じました。

 きょうの集会には日本共産党新潟県委員会の県民運動部長の武田勝利氏も参加していました。この間の衆院選で新潟1区及び比例の候補者として頑張った人です。夕方、新潟県委員会からファックスが届いていました。武田氏が来年の参院選新潟選挙区で立候補するという内容です。日米安保の動向を考えた時、日本共産党など安保廃棄派の躍進が絶対必要です。武田氏には大いに頑張ってもらいたい。

 家に戻ってからは市政レポートの印刷でした。故障続きなので新たな印刷機を求めることにしていますが、まだ更新には至っていません。故障しないようにと祈るような気持で作業を進めました。片面の印刷は無事終了、これならもう片面も順調に行くかも知れないと思ったら、だめでした。上野議員のお店に持ち込み、印刷してもらいました。

2009年10月19日

「中学生従業員」

 議員団会議を正午前に終えたので平良木議員とともにあるラーメン屋さんへ行きました。入ったところはいつも行列ができるほど繁盛しているお店です。ただ、私たちが入った時間がお昼前とあって、客席には余裕がありました。食べたのはいうまでもなくラーメンですが、これから書くことはラーメンのことではなく、「中学生従業員」についてです。

 二人掛けのテーブルのところに座ると、背は高いものの、一見して子どもっぽい男性が30代の女性従業員とともに注文取りにきました。「ご注文を確認させていただきます。塩野菜ラーメン1つと味噌ラーメン1つ。これでよろしいでしょうか」。たどたどしい言葉でした。はて、この人はどういう人かと思って男性の姿をよく見ると、浦川原中学校の何なにという名札がついています。なるほど、これで理解できました。中学生の職場体験学習なのです。

 おそらくこの「中学生従業員」はきょうが初日なのでしょう。「従業員」としてお客に声をかけるのも、テーブルをふくのも、どんぶりなどの後片付けをするのも、みんな初めてのはずです。そばに付き添う30代の女性従業員が笑顔でアドバイスをしていました。厨房にいる人たちもこの「中学生従業員」にやさしく声をかけて教えていました。この光景がじつによかったです。

 そして、事情を知ったお客さんたちの態度も好感が持てるものでした。みんな、この「中学生従業員」の口から出るたどたどしい言葉をやさしく受け止め、「この子、大丈夫か」と見守っています。上越市の中学生の職場体験はたしか5日間だったと思います。どこの職場でも中学生は最初、緊張するけれども、体験学習の後半になるとぐんと成長して終わるといいます。木曜日あたり、もう一度この店を訪れてみたくなりました。

2009年10月22日

「中学生従業員」のその後

 あの「中学生従業員」はその後どうしているだろうかと気になって、月曜日に行ったラーメン屋へ行ってきました。さがしたら、ブルーの体操ズボンをはいた中学生がちゃんといました。ああ、よかった。「中学生従業員」にとって仕事はきょうで4日目です。予想していた通り、わずか4日間でもぐんぐん成長している様子を確認できて、うれしくなりました。

 月曜日は初日だったこともあって、30代の女性従業員が付きっきりでした。きょうはちがいましたね。カウンター脇から店内を見渡し、お客があれば、注文取りに出る。お客が席をたてば、すぐにそのテーブルまで行き、後片付けをする。テーブルを拭く。自分で自分のやるべき仕事を見つけ、仕事をするようになったのです。ただ、まだ声が小さい。それに緊張感があるのか、笑顔がまだ出ませんでした。でもすごいことです、4日間でこれほど変わるなんて。

 お金を払う時に女性従業員に「中学生、なかなかいい子ですね」と声をかけました。「はい、ありがとうございます。明日までなんですよ」という言葉が返ってきました。きょうは厨房にいた職員から、女性従業員を通じてアドバイスもあったようです。今回、ラーメン屋さんで職場体験学習をした生徒は、来週からは学校の授業です。実際に仕事をしたことで、大人たちの仕事も学校の授業もこれまでと違って見えるかも知れません。

陸上自衛隊が明日行進訓練

 いったいどういうつもりなのでしょう。先日、市役所幹部が「訓練実施の通知については、市民への周知を徹底できるよう十分な余裕をもって行うように」と申し入れたばかりなのに、昨日、陸上自衛隊高田駐屯地第2普通科連隊が23日に行進訓練を実施すると通知してきました。

 訓練は明日の午後2時から午後10時まで。25人の隊員が鉄帽をかぶり、小銃等をもって歩きます。場所は市内の下綱子から中ノ俣を経て上湯谷まで。高機動車及び救急車両がそれぞれ1台つきます。先日、三郷地区で行おうとした武装走訓練とは違いますが、計画を知らない人たちが行進に出合えば、「何事が起きたか」とびっくりするに違いありません。

 それにしても通知して2日後に訓練実施とはひどすぎます。市では、これでは周知期間が短すぎると訓練の延期を要請したといいますが、自衛隊側は「前からの計画なので延期できない」と答えたといいます。これでは、市民から信頼される自衛隊にはなれませんね。直ちに中止すべきです。

2009年11月02日

毛利正道弁護士の講演を聴く

 10月31日、上越9条の会の講演会に参加してきました。講師は長野県岡谷市の毛利正道弁護士です(画像)。昨年4月、名古屋高裁でイラク派兵違憲判決を勝ち取った原告として有名ですが、「非戦つうしんミディア」というメルマガをほぼ毎週発行し、平和・人権運動を進めている弁護士としても知られています。

 忙しい中でしたが、この日は毛利さんの講演を全部聴くことができました。先の衆院選の話から始まって、名古屋高裁判決の画期的な意義、自衛隊海外派兵に向けた動きなどをわかりやすく話してもらいました。日米同盟再編の動きのなかで、全長200メートル前後の護衛艦、補給艦などの艦船が次々と造られていること、「人を殺せない自衛隊」から「人を殺せる自衛隊」づくりのために例の田母神氏が毎月20~30回もの講演を精力的に行っていることなどを聴き、改めて、9条の会などの活動を強めていかなければならないと感じました。

 毛利さんは学生時代からの私の友人です。たぶん、髪は染めているのだろうと思いますが、数十年ぶりに再会して、学生時代とほとんど変わらない若さをもっていることにびっくりしました。時間があれば、どこかで飲んでゆっくり話をしたかったんですが、それはお互い、かないませんでした。

2009年11月19日

全県党議員会議そして郷土料理の会

 昨日は朝早くから「しんぶん赤旗」日刊紙の配達をし、その後、新潟に向かいました。新潟は全県党議員会議です。次期党大会に向けた取り組みについて協議し、12月議会対策などで情報交換をしました。意見交換では自治体職員の期末手当などの議案にたいする賛否をするかをめぐって賑やかな議論が行われました。「賃金削減サイクルを推し進めることになり、景気をさらに冷やすから反対すべきだ」「世論、地域経済への影響など総合的に判断して態度を決める」などの声が出たのですが、最終的には各自治体の議員団で自主的に判断をすることになりました。いつものことながら、なかなか判断がむずかしい問題です。

 新潟を4時ちょっと前に出て、高速を飛ばし、夜は郷土料理の会です。大島区、牧区、清里区のお斎料理などを味わいました。豆腐の燻製、湯葉八幡巻などお腹を痛めていることも忘れて食べてしまうほど美味しいものがいっぱいありました。この会の楽しみは料理だけではありません。いろいろな人と交流できるのも魅力です。しばらくぶりに再会した農協職員や元市役所職員など、昨日も何人もの人たちと話ができました。そうそう、木浦前市長にも声をかけていただきました。来賓席ではなく、一般席から「橋爪さん」と大きな声で呼んでもらってうれしかったですね。

 

2010年02月01日

鱈めし

 先日から読みたいと思っていた漫画アクションの2月2日号を入手しました。ねらいは若い女性の裸の写真ではありません。そこに掲載されている『駅弁ひとり旅』(画像)です。この第108話には直江津駅で売っている駅弁、鱈めしのことが描いてあるというので買い求めました。

 旅人は信越本線の各駅停車「妙高」3号で妙高市、上越市へとやってきます。妙高号の絵が正確に描かれていていい。妙高山、二本木駅のスイッチバック、高田駅、レルヒ像もちゃんと描いてあります。駅弁を紹介する漫画でありながら、その地域のことをよく調べて描いているのはとても好感が持てます。

 直江津駅に到着すると弁当売りのおじさんが出てきます。そして、いよいよ直江津名物、鱈めしの登場です。漫画ではハイマートの山崎社長の前で3人の旅人たちが鱈めしをたべるところが4ページにもわたって描き込まれています。「醤油で煮た甘辛のバランスが絶妙」の棒鱈、「外側が香ばしくて中はレアで香りも味も後ひく」焼きタラコ、千切り昆布とほんのり甘い錦糸玉子…。いや、ほんとうにうまそうです。次号では竹笊(ざる)で鱈を包むようにして煮る料理法も紹介するといいます。これも読まなきゃ。

 しかし、まあ、びっくりしましたね。直江津駅前のホテルハイマートの弁当がこれほど有名だとは。考えてみれば、私の場合、旅に出ても、駅弁はお昼か夕飯の時間帯にしか買いません。時々、乗り込む地元の駅にこんなにおいしいものがあるなら、今度は直江津で駅弁買って電車に乗り込むことにしましょう。でも、待ちきれない。近々、買って食べます。

 今回の情報は最近開設されたニュースサイト、上越タウンジャーナルで知りました。

2010年02月06日

恐怖の新井柿崎線

 午前9時すぎに家を出て、主要地方道新井柿崎線を通って板倉区まで行ってきました。板倉区では日本共産党支部などが「新春の集い」をするというので、来賓として招かれていました。開会は10時半。ところが地吹雪のため遅れ、到着したのは11時半でした。

 新井柿崎線は近年、防雪柵の整備が進んでいますが、案の定、防雪柵のないところでの地吹雪がすごかった。特に青野十文字から三和区越柳の間、同区杉林から川浦間ではなかなか吹雪が止まず、車は何度も立ち往生しました。前がまったく見えないなかで車を進めるのは恐怖感を伴います。地吹雪が発生している時に頼りになるのは電柱と前を走る車のバックランプです。写真は川浦を過ぎ、橋の上でストップしてしまった時のものです。
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 板倉区での集いでは刺身やシシ鍋が用意されていました。イノシシの肉は硬いという先入観があったのですが、きょうの肉は煮方が良かったのか、とても柔らかく美味しかったです。
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 どうです。美味しそうでしょう。集いの中では牛飼いだった人がいて、牛飼いの苦労話など懐かしい話を教えてもらいました。

 帰りは国道に出て戻りました。きょうは新井柿崎線をもう一度通る気にはなれませんでした。早く防雪柵等の整備をしてもらい、地吹雪が発生しても安心できる道にしなければなりません。

 家に戻ったら市役所からファックスが入っていました。上越市は午前11時に大雪災害対策本部を設置したという内容です。

  
 

2010年02月16日

分からないことは質問するな

 分からないことを訊くのは幼稚園型の質問だ。中途半端のことを訊くとあなどられる。議会では十分調べあげてから質問せよ。質問にあたっては相手を安心させることが大事だ。緊張させるな。相手の心を打てば勝負ありだ。縦糸と横糸の関係を重視せよ。他の自治体との比較を。5年、10年の経過を検証すべし。決算委員会は動かし難い事実追及の場だ。資料要求の十分、不十分が質問の成否を分ける……きょうの全県党議員会議で元県議の福島富さんが講演しました。24年間の県議活動をもとに約1時間、議会活動と論戦力について語った内容はなるほどと思うことばかりでした。福島元県議のレベルに少しでも近づきたいものです。

 福島さんは論戦力だけでなく、資料整理と議会図書室の活用のすごさでも知られています。きょうも「都道府県は、当該都道府県の区域内の市町村議会及び他の都道府県の議会に、公報及び適当と認める刊行物を送付しなければならない」など地方自治法の規定をひっぱりだしながら、「皆さんの議会には県が発行している『市町村財政の状況』『新潟県市町村民経済計算』がありますか。自治体の財政や産業活動を見るには必読の資料です。古いやつほど重要です。届いていますか」と語りかけていました。学ばなければなりません。

 きょうは全県党議員会議を途中で抜け出し、新潟から柿崎へ。県立柿崎病院後援会の懇談会に参加してきました。藤森病院長からは柿崎病院の現状報告がされました。

 

2010年02月24日

カーテンで仕切るだけでいいのか

 昨日のうちに書き終えようと思っていた随想集のあとがき、なかなか書くことに集中できず、きょうの午前まで引きずってしまいました。書けるようになったのは最初の一行が決まってから。正月早々に見た父についての夢の話からはじまって、牛の話、家族の話へと書き進むことができました。書いているうちに父のことが思い出され、眼頭が熱くなりました。

 午後からは上越地域消防事務組合の定例議会でした。議題は21年度の補正予算と新年度一般会計が中心です。本城文夫議員が火災報知機の普及が遅れていることを問題にし、設置済みシールの活用などの提案をしました。同議員の質問はよく準備されていて感心します。新年度予算の中で私が気になったのは、新型インフルエンザ対策の一環として取り組むことになった仮眠室簡易個室化工事です。工事は253万円(5署所分合計)かけて、仮眠室のベッドをカーテンで仕切るというもの。こんなことでいいのかと思い、ひとこと質問をさせてもらいました。市民の安全を守る重要部署の人たちの新型インフルエンザ対策については、国がもっとお金を出してキチンとした対策を講ずるべきです。

 夜10時からNHKテレビで歴史秘話ヒストリア「たった一人のあなたへ」を観ました。今晩の話は『蟹工船』を書いたプロレタリア文学者として有名な小林多喜二についてです。80年も前の小樽市の様子を動画では初めて見ました。多喜二の文学は自家の窮迫した境遇だけでなく、小樽港での過酷な労働実態を見ていたからこそ労働者の視点で書けたのだと思いました。それにしても治安維持法のひどさをよく描いてくれました。多喜二が築地署で虐殺され、家に戻ってきた時、布団に横たわる息子に向かって、「それ、みんなのためにもう一度立たんかい」と呼びかける母親セキさんの姿、涙が出ました。

2010年03月09日

地域協議会委員はイキイキしていて、楽しそう

 きょうは午後から市議団ニュースの編集、文教経済常任委員会の傍聴、生活相談、高田区地域協議会傍聴と続きました。一般質問通告の締め切りは明日の夕方までですが、通告内容の整理がいまだ出来ず、どうも明日の締め切りギリギリまでかかりそうです。

 高田区地域協議会は初めて傍聴しました。
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 新鮮!新鮮! 総合事務所の幹部ではなくまちづくりセンターの職員が一生懸命説明をする姿、女性会長である荻原佐知子さんの議長としての采配、いずれも好感が持てました。もちろん、地域協議会委員もいい。自分で資料を用意し、全員分をコピーしてくる人がふたりもいて、発言は次々と行われる。時間はいくらあっても足りなくなりそうでした。各委員は生き生きとしていて、しかも楽しそうでした。

 私が高田区地域協議会を傍聴したのには理由があります。15日に予定されている総務常任委員会で新年度からの新規事業、地域活動支援事業(地域活動資金)について発言するために、旧上越市内の地域協議会委員の皆さんはどう受け止めているかをどうしても知りたかったのです。「地域自治区ごとの予算配分などについて事前に相談がない」「全市で活動する団体はどこで申請すればいいのか」「年度末までに配分額を全部使いきれなかった場合にどうするか」などの発言を聞いたおかげで、だいぶ頭の整理が出来ました。

 家に到着したのは午後10時ちょっと前。自分で発言したわけでもないのにずいぶん疲れました。

2010年03月30日

苗代除雪に支援の手を!

 大島区の旭地区へ行ってきました。「おらったり、雪がいっぱいだ」と親戚の人たちから聞いてはいましたが、1メートルをはるかに超える積雪になっているのにはビックリでした。雪があるためかも知れませんが、もうすぐ4月だというのに、ひんやりした感じがしました。

 旭地区へ行った目的のひとつは苗代除雪の現地調査です。従兄のトラックに乗せてもらい除雪の現場に向かいましたが、農道には人間の背丈を超える雪がまだ残っています。
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北向きの斜面なら日当たりはよくありませんから、ところによってはこれだけの残雪があっても不思議ではありません。ところが、この農道は南向きの斜面にあるのです。これはすごい。

 現場は柏崎市高柳地区の黒姫山を望めるところにありました。積雪は1メートル70センチから80センチです。
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これが苗代の場所です。面積は約30アールあります。竹平共同育苗組合に参加している16軒の農家が作付を予定している田んぼの面積は約17ヘクタール。この場所に4763枚の苗箱を並べ、苗を育てます。育苗の方法は県の普及センターが推奨している「プール育苗」。ハウスを建てるよりも資材費は安いし、解体も楽で、高齢者の人たちが喜んでいるとのことです。

 竹平共同育苗組合の春作業の日程表を見せてもらいました。田植えは5月15日から。それから逆算すると、同組合は中苗田植えですので、35日前には播種をしなければなりません。播種の予定は4月8日。そして、苗代つくりは10日、苗出しは11日となっています。ということは、4月の5日過ぎには雪が完全に消えていなければならないわけです。

 それで、同組合ではすでにバックホーを入れて、機械除雪を始めています。1日稼働すると約10万円かかるそうです。オペレーターの話では約4日間かかるとか。つまり、苗代だけで約40万円の除雪費がかかるのです。これまで新潟県では、4月1日現在で1メートルを超える残雪があった場合、苗代除雪費の補助を出してきた経過があります。しかし、ことしはまだこの動きが無く、関係農家はとても心配しています。きょうの調査結果は市役所農業振興課や県農村園芸課などに伝えました。ぜひとも支援の手を差し伸べていただきたいものです。

2010年04月16日

春日山城へ

 上越市の地域自治組織に対する関心が再び大きくなってきています。きょうは自治体問題研究所(東京)とにいがた自治体研究所から3人の人たちがやって来て、今年の8月28日(土)、29日(土)と開催される第2回地域自治セミナー(メイン会場は春日山駅のすぐそばの春日謙信交流館)の打ち合わせをしました。このセミナーは数年前に大潟区の鵜の浜温泉で実施したセミナーに続くもので、自治体問題研究所、にいがた自治体研究所、くびき野地域研究所の共催です。

 東京からやってきたFさんは、『集落再生と日本の未来』(自治体問題研究所)の出版でもお世話になった人です。初めて上越市を訪れたFさんは、少しでも上越市がどんなところか知りたいと積極的です。午前11時37分直江津駅到着のはくたか号でこられました。打ち合わせまでの時間は私が案内役を買って出ることにしました。

 この時期、わずか2時間ほどの時間帯の中で上越市を知ってもらうにはどこがいいか、ふたつの場所を選びました。ひとつは春日山城です。ここの山頂に登ってもらえば、まず、上越市の広さ、地形をある程度つかんでもらえます。また、歴史の一端も知っていただくことができると考えました。きょうはかなり寒かったですが、雨は落ちなかったので、山頂までゆっくりとしゃべりながら登りました。

 駐車場から歩き始めて、まず目に入ったのはトキワイカリソウです。

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 今年初めて見ました。よくもまあ、船の錨とそっくりの花を咲かせるものだといつも思います。そして何種類ものスミレに出合いました。

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そのなかで写真に撮ったナガハシスミレです。これも大好きな花です。Fさんには春日山城の歴史よりも野の花の説明をしながら、山頂まで登りました。というわけで、野の花をたっぷりと楽しませてもらいました。

 山頂からは米山、尾神岳、東頸城丘陵がよく見えました。また、春日山の西側の奥地も見えます。ここでは謙信亡き後の争いについて語りました。『天地人』では富山の魚津城や妙高市の鮫ヶ尾城などがこの春日山とともに登場しましたが、戦国の兵士たちはよく歩いて移動したものだと話になりました。春日山城は数年前に登った時よりも見晴らしがずいぶんよくなりましたね。写真は下山する時に撮ったものです。

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 もうひとつの場所は高田公園です。こちらは打ち合わせが終わってから、30分ほど見ていただきました。いま、高田公園はソメイヨシノが満開です。平日だというのに大勢の人たちが繰り出していました。Fさんは、これまでいろんなところへサクラを見に出かけているけど、「ここの規模は違う。すごい」と感激した様子でした。

2010年04月20日

直江津区地域協議会を初めて傍聴

 会議が1日のうちに4つ、5つとあると、日記は書けません。疲れがピークに達し、昨晩も寝てしまいました。

 さて、何から書き始めたらよいか。まず、議員団の現地調査について書きましょう。昨日は、午後から市役所木田庁舎の駐車場、高田図書館の玄関前広場などを見てきました。これらは先日の議会報告会で障がい者の方から改善を求められていた一部です。

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写真は木田庁舎の障がい者用駐車場です。穴ができていますが、このような間に合わせ的な対応でいいのかと思いました。木田庁舎については毎日のように行っているにもかかわらず、目に入らないこともあるんですね。障がい者の方からは「正面玄関まで屋根付きの通路にしてもらえないか」との要望がありましたが、かなり大掛かりな工事をしないと実現できないことがわかりました。

 次は高田図書館です。

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 昨日は休館日でしたが、観桜会に来られた方々がトイレを利用するので一部だけ開いていました。私たちが視察したのは玄関前の坂です。車椅子を自力で動かしている人から、この坂がきついと指摘されていました。ちょうど福祉団体の人たちがトイレを利用されていたのでどうですかと質問したら、「自力ではきついでしょうね。誰かの補助がないと…」という答えが返ってきました。

 昨日は夕方からふたつの地域協議会の審議の模様を傍聴してきました。ひとつは直江津区地域協議会です。先般、屋台会館の利用目的の変更をめぐって厳しい意見が相次いだという情報が入っていたのですが、今回は、「直江の津学びの交流館」(仮称?新しい直江津図書館・社会教育館)の名称をめぐって議論沸騰しました。

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 委員からは、「『直江の津』といっても、どこのことをいっているかわからないのではないか。対外的に通用するのは鉄道の直江津だ」「素直に直江津図書館にすればいい。これでは(図書館機能がない)謙信交流館のようなイメージを持ってしまう」「(名前が)新しくなって、不便になって、わかりにくくなったということにならないように」など批判的な意見が次々と出されました。

 これに対して市教委当局は、「(この施設は)直江津の中心、拠点になってほしいとおもっている。(名称は)歴史を感じさせるものとして決めた。最終的には6月議会で決めていただくことになるが、直江津図書館という名称は残るし、電話帳からも消えない。ただ、社会教育館の機能も加味して『直江の津学びの交流館』としたのでご理解願いたい」「後世の人たちから誇りを持ってもらえるようにと思ってこういう名前を選択した。応募された方は基本計画をしっかり読みこんで応募されたものだ」などと答えていました。

 初めて直江津区地域協議会の傍聴をしましたが、高田区地域協議会を傍聴した時と同じくとても新鮮でした。何よりも、自分たちはここに住んでいる市民の代表として審議に臨んでいるんだという姿勢が気に入りました。今回の審議では、「ここで出た意見は反発するのではなく尊重してほしい」という声もありました。それと真剣さです。ある委員は次の会議もあるので途中で退席すると事前に会長に申し入れていましたが、予定の時間が来て、会議資料をいったんカバンにしまいこんだものの、審議にはまり込んですぐには退席しませんでした。

 昨晩の審議では、この件は一件落着とはならず、継続審議となりました。審議の流れからいうと、答申にあたって付帯意見をつけることがあるかもしれません。次回も傍聴したくなりなりました。

 直江津区地域協議会については、結局、最後まで傍聴してしまいました。途中で退席して吉川区地域協議会へと思っていたのですが、議論の行方が気になって帰れなかったのです。吉川区地域協議会はそのため、最後の15分ほど傍聴しただけとなりました。

2010年04月25日

「直江津・頸城の会」総会

 当面する市政の重要課題のひとつは北陸新幹線開業後の並行在来線をどう守るかです。きょうは、「在来線と地域のあり方を考える直江津・頸城の会」の総会でした。連休を前して忙しい日にもかかわらず60人ほどの人たちが集まりました。

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 新年度の活動で私が注目したのは国や県に対する署名運動です。新幹線が金沢まで延びた時でも信越線、北陸本線はJRの責任で運行してほしいという基本的要求だけでなく、快速くびき野号の増発、柏崎と直江津間の強風常襲地域の安全運行のために防風柵設置やトンネル掘削などを盛り込んでいることです。最近、強風のよる遅れや運休で泣かされている者のひとりとして、もっと地域に根差し、広がりをもった活動をと願っていただけに、こうした身近な要求をとりあげることは大歓迎です。

 夕方、妻とともに柏崎へ。義父が88歳を迎えるので、その祝いを兼ねて兄妹とその連れ合いでささやかに食事会をやろうという話が持ち上がっています。「できれば、海の見える部屋でゆっくりした時間を」という提案があり、その下見に出かけてきました。きょうは海が穏やかで夕陽も最高でした。駐車場まで歩いていた時、空を見上げるとお月さんも出ていました。桜の枝のそばのお月さん、わかるでしょうか。

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2010年06月12日

市民団体も動き始めた

 並行在来線をめぐる動きがまた出ました。昨日の午後、「在来線と地域のあり方を考える直江津・頸城の会」と「在来線を守る三市連絡会」が共同して上越市議会に対して申し入れを行いました。

 申し入れた内容は、①3月議会で「JRの経営参画を含め『政府・与党申し合わせ』を抜本的に見直すこと」を求めた意見書を採択しているが、この意見書の趣旨に沿って行動、審議をしてほしい、②三セク先にありきの拙速を避け、国土交通省・沿線各県・JRの8者会議での協議・検討、新潟県並行在来線開業準備協議会の経営委員会の方針を受け、経営主体のあり方を明確にした後に議会で審議を、③今回の出資金問題についても、3市及び3市議会が足並みをそろえていくよう、上越市議会としてイニシアティブを発揮してほしい、の3点です。

 2つの団体は党派を超えた市民団体としてこれまでも重要な役割を果たしてきましたが、今回の申し入れには私も全面的に賛成です。申し入れの内容に沿ってがんばっていきたいと思います。

2010年07月05日

消防救助技術訓練

 消防救助技術訓練を初めて見せていただきました。一言でいえば、たいへん勉強になりました。日頃の訓練の積み重ねがとても大事で、それがあるから確かな救助ができるのだということがわかりました。

 今日の訓練は、「はしご登はん」、「ロープ応用登はん」、「ほふく救出」、「ロープブリッジ渡過」、「引揚救助」、「ロープブリッジ救出」、「障害突破」の7種目。24人の救助隊員が参加し、消防救助活動に必要な技術力を競いました。隊員のきびきびした動き、見事なロープさばきなどを見て、ここまで到達するにはちょっとやそっとの練習ではできないなと思いました。基礎的な体力、それに精神力もそなわっていないと届かないレベルでした。

 今日、実施された訓練のうち、いくつか動画で紹介します。まずは、引揚救助訓練です。地下やマンホール等での災害を想定した訓練で、5 人1組で、2人が空気呼吸器を着装して塔上から塔下へ降下し、探索後、要救助者を塔下へ搬送、塔上へ救出するものです。

 次は、ロープブリッジ救出訓練です。こちらは4人1組。20メートルの渡過ロープを使います。建物や河川の中州などに取り残された要救助者を隣の建物や対岸などから進入して救出することを想定しています。

 もうひとつ、障害突破訓練です。災害現場の様々な障害を想定し、「乗り越える」、「登る」、「渡る」、「降りる」、「濃煙を通過する」の基本動作により5つの障害を突破します。これも5人1組。チームワークがものをいいます。

 今日の訓練は上越地域消防事務組合の主催です。新潟市において行われる「第27回新潟県消防救助技術大会」(7日)を前にした消防長点検という形で行われ、組合議員7人が訓練に立ちあいました。県大会に参加する選手(隊員)が一人ひとり紹介されましたが、そのなかにTさんがいました。私の友人の息子さんです。中高校時代のことしか知らなかったので、りっぱに成長した姿を見てうれしくなりました。

2010年07月10日

地域医療を考える会

 柿崎病院主催の地域医療を考える会に参加してきました。といっても、基調講演を聞いてきただけですが。講師は自治医科大学地域医療学センターの梶井先生、「なぜ住民活動が必要なのか」をテーマに1時間近く講演されました。

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 講演のなかで先生は、「医療の流れ」づくりの基本についてわかりやすく展開されました。医療機関の機能分担・連携、かかりつけ医の定着、住民への啓発・普及、相互の信頼と理解・協力の4つが基本ですが、そのなかでも「かかりつけ医の定着」については大事だと思いました。会場でも「かかりつけ医」のいる人は半数以上でしたが、何でも相談できる医者となっているかどうかとなると1割くらいに落ちてしまいます。このギャップを埋めなければといけないと訴えておられました。このほか、「健康は自分で守るもの」「医師を育む地域活動が大切」などいくつも学ぶことが出来ました。

 考える会に参加できたのはほんの1時間ほど。その後は再び吉川区に戻り、「しんぶん赤旗」日曜版の配達などの活動をしました。私の故郷、尾神地内で畑に犬の置物を置いてあるので何か知りたくなりました。

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 これはイノシシ対策に違いないと思っていたのですが、あとから、畑の持ち主に尋ねたところ、カラスよけだということでした。でも効果はあまりないようです。尾神では最近、イノシシが出没、ジャガイモをごっそり食べられた等の被害が出ているそうです。こまったものです。

2010年07月20日

消防救助技術訓練の動画

 8日付の日記で消防救助技術訓練の動画について書きました。動画を見てくださる方は200人を突破するかも知れないと。訓練の動画は3つあるのですが(いずれも5日掲載)、きょう現在、これらの動画はアクセス数の一番多いロープブリッジ救出訓練で720を超えました。他のふたつも300、400を超えています。このままいくと、1000突破もそう遅くないでしょう。消防本部の幹部などとこのアクセス数の伸びについて話をしましたが、全国の消防署職員や市民に広がりつつあるような気がします。今回のことを契機に消防署の地道な日常活動について理解が広がってくれればうれしく思います。

 きょうは議員団会議、そして中山間地対策特別委員会の準備などデスクワークを行い、夜は党の会議でした。私は机にずっと座っているのは昔から苦手です。体を動かすのが半分、机に向かうのが半分、そういう活動が自分に一番合っているのですが、最近は体を動かす方がさっぱり……。意識的に体を動かすようにしないと、本来の自分からどんどん離れて行ってしまいそう。

 きょうのお昼は上野議員に誘われて旧頸城村議員の小堺正雄さんの新しいお店に行ってきました。直江津の国府にある本願寺国府別院のバス停のすぐそばに開いたお店は「喜楽」という名の蕎麦屋さん。

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 お店は木造で中もとてもいい雰囲気で落ち着きます。今回は天ぷら付きのそばをいただきました。なかなかいい味でしたよ。次回は妻を連れておじゃましようと思っています。

2010年07月23日

並行在来線等についての市民説明会

 市政レポートの作成は結局、きょうの朝9時過ぎまでかかりました。それから印刷して、「しんぶん赤旗」に折り込み、配達・集金に出ました。途中、吉川区の山間部でヤマユリが栗林のなかでたくさん咲いているのを見つけました。

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道路の近くの土手から林の奥の方まで咲いているのが確認されたので、奥に入りたかったのですが、きょうは長靴を車の中に入れておきませんでした。おしかったなぁ。

 「しんぶん赤旗」の配達と集金は夕方まで続けました。夜は並行在来線開業準備協議会主催の説明会でした。

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 このほどまとまった経営計画案、利用促進計画案については、21日に市が議会に対して報告しています。今回は県の職員が説明するというので、よりくわしい説明を聞くことができるかもしれないと期待していたのですが、概要版の基づく説明は市と同じでした。

 興味深く聴いたのは質疑応答です。
 
 「JRが鉄道運輸機構に支払う新幹線貸付料には並行在来線区間の経営分離によるJRの赤字解消分も含まれているのは春の説明会で初めて知った。赤字解消分などを地方に返還せよという働きかけは先行している三セクでもやっているのか。関係する北陸の他県などでもこうした主張をしているのか、足並みがそろっているのか」との質問に新潟県交通政策局の杉野副局長は「先行しているところでは、赤字解消分に特化せずにもっと広い支援制度を構築してほしいと要請している。他県も同様だ」と答えていました。ただ、他県との連携に関しての答弁では、副局長の声が弱弱しく感じられました。ちまたでは、「新潟県だけが浮いているのでは」という声もありますので、他県との連携はもっと重視してほしいものだと思います。

 いま、新潟県などが立ち上げようとしている三セクは、「県内区間だけの単独経営」「上下一体方式を基本に」しています。杉本前市議はこれらの点について質問しました。この中で、「上下一体方式は先走りし過ぎているのではないか。北陸本線はJR貨物に所有してもらって、メンテナンスをしてもらい、三セクが使用料を払うという方式もあってもいいのではないか。上下一体方式でいく、というのは時期尚早ではないか」との質問に杉野副局長は、「今の段階では上下一体方式で全体像を出してみて、よりよい方式があれば他の方式の選択もありうる」と答えていました。今後の動きに注目です。

2010年08月27日

地域自治組織セミナー参加の研究者とともに

 午前は「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金でした。山間部へ行くと、あちこちで涼しい風が吹いています。時間があれば、ゆっくりしたかったなぁ。空は青く、雲は真っ白。ススキの穂が出始めています。写真は吉川区名木山から石谷へ行く途中で撮りました。

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 午後1時過ぎに市役所到着。自治体問題研究所の研究者のみなさんによるヒアリングに参加しました。上越市の地域自治区と地域協議会について詳しく知りたいと事前に提出されていた質問項目に基づいて、自治・地域振興課の池田副課長がまず説明。その後、研究者の皆さんが、「旧上越市内の地域協議会は旧上越市の地域事業についてどうかかわっているのか」「地域活動資金の改善課題は何か」「議員と地域協議会委員は意見交換をしているか」など様々な質問をし、意見交換しました。

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 ヒアリングは木田庁舎だけでなく、三和区総合事務所でも行われました。びっくりしたのは、ヒアリングで配布された資料です。木田庁舎では質問項目に対応した資料がたくさん用意されていました。また、三和区総合事務所では丁寧な回答書が作成されていました。

 研究者のみなさんの話を聴いていて思ったことのひとつは、上越市の取り組みについての評価が思った以上に高いことでした。公募が定数を割った時の地域協議会委員の選任をどうしてきたかなど突っ込んだ質問がいくつもありました。もうひとつ、公募公選制についてですが、制度を評価する一方で、すべての区で無投票となったことから、「このまま継続できるのか」心配する声もあがっていました。もし、再来年の改選期にひとつも投票が行われなかった場合、全国の上越市の地域自治の取り組みに対する関心度は急降下するかもしれません。これから1年半ほどの間に、公募公選制地域協議会の意義を名実ともに高める努力が必要ですね。そのためにどうするかは明日からのセミナーで見つけたいと思います。

 家に戻ってから、再び「しんぶん赤旗」日曜版の配達・集金です。夜7時近くまで動きました。夜は「ゲゲゲの女房」を観ました。きょうは朝に続いて2度目です。布美枝の弟、貴司が死んで飯田家だけでなく村井家でも悲しみに包まれますが、次女の「よしこ」が飯田家から戻ってきた母親布美枝の頭をなでる、おもちゃの電話機で「貴司」と話をする場面に涙を流しました。

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 お盆の頃の戦争体験を前面に出したドラマといい、今回の展開といい、感動で胸がいっぱいになりました。

2010年08月31日

干ばつ被害、平成6年よりもひどいという声も

 午前は市役所でデスクワーク、午後から干ばつ被害の出ている地域の田んぼを見てきました。

 最初は板倉区の不動新田(ふどうしんでん)と菰立(こもだて)です。写真は菰立の人が作っているという不動新田地内の田んぼです。雨が少し降っていました。

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 小雨の影響もあったのでしょうが、車で走っていれば、おそらく「小できだな」くらいで通り過ぎてしまうでしょう。車から降りて、田んぼに入ってびっくりしました。何枚もの田んぼが大きなひび割れを起こしていたのです。こういうひび割れは1994年(平成6年)に見て以来です。

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 写真は稲の上の方から撮ってもらったもの。手の大きさよりも私の足の大きさと比較してもらうと割れ目の大きさがだいたいわかります。大きい割れ目でだいたい幅が10センチ、深さは30センチほどになっています。こうした田んぼは不動新田、それと菰立集落よりも上にある田んぼで広がっているのが確認できました。ここ1週間ほどの間にまとまった雨が降らないと、被害は深刻化すると感じました。

 不動新田、菰立へ行ってみて、初めて知ったのは池がたくさんあること、それも個人所有の池がたくさんあることでした。

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 その池のひとつ。まだ水が溜まっているじゃないかと思われるかもしれませんが、水を出すのはここまでが限界。というのは、ある程度水を溜めておかないと池自体にひび割れができてしまうからです。

 次に出かけた視察地は大島区旭地区足谷(あしだに)の田んぼです。ここは板倉区以上に事態は深刻だと感じました。案内人なしに突然訪れたにもかかわらず、田んぼでは4人の人と出会うことができました。みんな、「水騒ぎ」をしていたのです。ポンプで足谷川の水を田んぼに入れる、水をタンクで運ぶなどの仕事です。

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 川の水は上流のダムをはらってようやく流れているとのことでした。

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 遠くの田んぼの色をごらんください。畦元の稲が帯状に変色しています。さらに、田んぼの中心部もおかしな色になってきています。手前の田んぼは「こがねもち」ですが、沢の水が完全に枯れたため、田んぼ全体の稲に被害が出ています。

 この地帯の作付面積は約11ヘクタール。ここで約4ヘクタールの作付をしている内山愛治さんは、ホースで水を入れても全然まわらないと嘆いていました。内山さんの話では、「平成6年の干ばつ被害よりもひどい」と言う農家もあるとのことでした。この足谷では、来月20日ころから稲刈りをする予定といいます。早く雨が降ってくれればいいのですが……。

2010年09月04日

稲刈り日和 運動会日和

 猛暑はきょうも続いています。稲刈りの方は、酒米の五百万石の刈り取りが進んでいます。毎年のことながら、稲刈りの風景はいいですね。

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 きょうは吉川中学校の運動会でした。開会式から午前11時過ぎまで見学させてもらいました。猛暑の中での運動会ですから、熱中症対策として生徒は帽子を着用し、水分補給をしながら競技が続けられました。

 吉中の生徒にとって運動会は年間行事の中でも音楽祭と並んで重要なイベントです。夏休み前からパネルづくりなどで頑張ってきました。開会式では、1つひとつの挨拶が心に残りました。実行委員長の松原春菜さんは、「吉川中の夏がやって来ました」と元気に挨拶、来賓や保護者席にも声をかける姿には好感を持ちました。長谷川PTA会長は「10年経っても思い出に残る運動会にしてほしい」と訴えました。

 競技は「借り人競争」から「棒倒し」まで4種目を見ました。みんな、力が入っていましたね。

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 これは「借り人競争」です。「2人3脚リレー」では手ぬぐいが締まりすぎてほどけなくなったり、二人の足がまったく揃わない組があって、観客席からも「がんばれ」の声が飛んでいました。競技のなかで私が初めて見たのは「紙オセロ」です。これは、説明を書くより、動画でご覧いただきましょう。

 午後からはリージョンプラザで開かれた「活かせ、在来線! 講演と文化の集い」に参加しました。

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 記念講演は青森県議の奈良岡克也氏が講師。「三セク会社ー青い森鉄道ー誕生後の地域経済・住民への影響」と題して50分間にわたって並行在来線「青い森鉄道」の経営の現状、並行在来線に対するJRの支援策などについて語りました。

 正直言うと、話がたんたんとした調子だったこともあって、最初は眠くてしょうがなかったのですが、「青い森鉄道」の経営実態が耳に入ってきてから目が覚めました。累積赤字がすでに2億円にもなっていること、線路使用料は県から毎年3億円減免してもらっていること、いまでさえ「経営の形をなしていない」(奈良岡氏)のに、新幹線が青森まで延伸した時には県財政より毎年16億円の繰り出し補てんが必要で、「乾いた雑巾をしぼりつづけなければならない」(同)という話は深刻でした。

 勉強になったのは、並行在来線に対するJRや国の支援策についての話です。JR東日本による具体的な支援策のなかには、中古車両リニューアルを無料で実施(28億円相当)、鉄道インフラを整備しての提供(約40億円相当)などが入っていました。総額で100億円を超えるということです。また、鉄道建設運輸施設整備機構利益剰余金の話は初めて聞きました。これらの話を聞いて、JR東日本が脇野田駅など信越線移設工事を引き受けるにあたって新潟県と上越市に示した、「信越線の直江津ー妙高高原間を在姿譲渡する」などの条件についてはよく分析する必要があると感じました。

 奈良岡氏は講演の最後に、「新潟県と新幹線沿線自治体が他県との連携なしで新会社を設立しようとしていることは問題」「JRからの経営分離の間違いを言い続け、それと同等の支援を求めていくことが重要」「問題解決のためには超党派で向かっていかないと解決しない」と訴えました。大事な指摘です。

2010年09月19日

模擬原子爆弾パネルにびっくり

 きょうは日曜日。水曜日の夕方か金曜日の午前に私の一般質問があります。また休み明けには中山間地振興条例(仮称)の前文(案)を提出する約束をしてあります。ですから、ゆっくりしている暇はないのですが、なかなか机に向かう気持ちになれません。

 そこで年金者組合の方からお誘いのあった第2回「平和のための戦争展」を見に出かけてきました。会場は上越市市民プラザの1階ホールです。入口のところにでっかいパネルがあって、そこで立ち止まってしまいました。

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 これは、1945年(昭和20年)7月20日午前8時13分過ぎ、長岡市左近に投下された模擬原子爆弾の原寸大の写真です。縦1.5㍍、横3.5㍍、重さは4.5tもあります。この爆弾は長崎市の投下された原子爆弾と同型、新潟市への原爆投下の訓練として落とされたものです。この模擬爆弾の投下で、4人の方が亡くなり、5人が負傷、住宅は2戸全壊したということでした。こうしたことは、きょうの戦争展で初めて知りました。

 新潟県で最初の空襲となった1945年(昭和20年)5月5日の直江津空襲についてのパネルも用意されていました。

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 直江津空襲についてはこのブログでも何度か書いています。この空襲で3人が死亡、5人が重軽傷を負いました。パネルには、空爆したB-29について、「機体は悠々と飛行機雲を棚引かせて米山の方向に去ったかに見えたが、大きく機首を返して再び来襲した」と書かれていますが、これは私が吉川区内で聞いた証言と符合しています。また、信越化学工場で女子挺身隊として働いていた柿崎区出身の女性の、「当時、工場では数百人の捕虜が働いていた」という証言を裏付けることも書かれていました。こうした証言はキチンと保存していくものだと感じました。

 「平和のための戦争展」会場のすぐ近くで、第8回久比岐野陶芸展が開かれていましたので、そこにも行ってきました。上越市内には陶芸をやっておられる方が大勢おられるのにはびっくりでした。花器や皿など109点もの展示を見ていて、「これはいい」とうれしくなった作品がありました。

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 「尾神の月」というタイトルの付いた作品です。尾神岳のまあるい姿とお月さんがよく似合うことをこの作品で知りました。制作者は大潟区の小池枝美子さん。吉川区出身の方なのでしょうか。一度会って、この作品を作った思いを聞いてみたいものです。

2010年09月22日

住宅リフォーム助成へ大きく前進

 一般質問4日目。ひょっとすれば私の出番が来るかもと心の準備をし、イメージトレーニングもしておいたのですが、来ませんでした。私の出番は24日の午前10時からということで確定しました。事務事業「総ざらい」、学校耐震化、信越本線(脇野田駅)移設事業の3つをとりあげ、質問します。

 きょうの質問で書いておかなければならないのは住宅リフォーム助成制度についてです。村山市長はこの制度の創設についてはこれまでずっと消極的でした。それが、わが党の上野議員のきょうの質問で変わったのです。

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 市長は、「経済効果に対する認識を改めた。近隣の市長さんの考えを聴くなどするなかで効果を確認できた。どれくらいのニーズがあるのか、どれくらいの支援がいいのか、これから取り組まれる国の経済対策とからめながら詳細はこれから詰めさせていただく」と答えたのです。これには質問者の上野議員も議場の他の議員もびっくりでした。同議員が「予想外の答弁だった。反論の質問をいくつも準備してきたが、やることがなくなった」とのべると、議場は爆笑でした。

 ひとつ良いことが起きると、良いことは続くものです。夕方、柿崎区の女性から電話が入りました。夫が寝たきりになり介護をしているという方です。介護の合間に片づけをしていたところ、私の書いた『幸せめっけた』(恒文社)と『春よ来い』(同時代社)を見つけ、読んで感動してくださったといいます。ともすれば、まだ書いた本があるのではないかと思い、問い合わせの電話をしてくださったのでした。「失礼ですが、お連れ合いの方は何というお名前でいらっしゃいますか」と訊くと、何と、私の知っているMさんではありませんか。明日にでも見舞いかたがた、『「五センチ」になった母』(同時代社)を持っておじゃましようと思います。

 もうひとつ。今晩はリージョンプラザで映画『いのちの山河』の試写会がありました。岩手県の旧沢内村の深沢村長と村民が一体となって取り組んだ村民のいのちと暮らしを守る闘いの物語です。沢内村といえば、全国の自治体で初めて65歳以上の老人医療費無料化に取り組み、乳児の死亡ゼロを実現したところとして有名なところです。私は学生時代に『自分たちで生命を守った村』(岩波新書)を読み、自分の生まれ育った町と重ねながら、将来のまちづくりの夢を膨らませました。きょうの映画では、村議会で65歳以上医療費無料化を決めた場面、ブルドーザーを導入して無雪化に取り組んだ場面など胸をドキドキさせながら観ました。何か、新たな取り組みしようという時に大切なのは「行脚と対話」だというのも心にしっかりと残りました。

 この映画を観れば、自治体とは何かがわかります。自分たちの住んでいるところをよくするためにはどうしたらいいかも見えてきます。映画の上映は10月28日(木)、リージョンプラザで行われます。上映開始時間は午前10時、午後2時、午後6時半の3回です。前売り券は私のところにもあります。大人・大学生は1000円、高校生以下は800円です。ぜひご覧いただきたいと思います。

2010年09月23日

いよいよ長袖の季節

 寒くなりましたね。きょうは半袖で動くと寒さを感じました。家に帰ってからは長袖を着て過ごしています。寝る時も毛布1枚では風邪を引きそうです。

 きょうは午前10時過ぎに家を出て、昨日書いた柿崎区のMさんを訪ねました。3年ほど前までは元気だと聞いていたのに、いまは、寝た切りでしゃべることもできません。食べ物も胃に直接流し込むようになっていて、亡くなった私の父と同じでした。

 正午過ぎ。新潟青年ユニオンのみなさんたちが取り組んでいる「プチ派遣村in上越」を訪ね、激励してきました。私が着いた時は、40前後の女性が相談を終え、帰るところでした。久しぶりに若い人たちの輪の中に入って話をしてきました。職場での陰湿ないじめ、求人が少ないなかで好調企業幹部の強気な態度など私の知らないことをいっぱい教えてもらいました。上越の派遣村は26日まで。時間は午前10時から午後4時までです。仕事のことなどでお困りの方は、電話025-526-2709にかけてください。場所は、上越市栄町7-7、民商会館1階です。

 家に戻ってからは市政レポート作成です。時間がかかったのは「春よ来い」の第121回、ここ3週間ほど書いていないので、今回こそはの思いでがんばりました。明日の午前10時からの一般質問はまったく準備しませんでした。1日休みが入ったので、明日の朝、イメージトレーニングをしながら市役所に向かいます。

2010年09月25日

平場の稲刈りは最終盤、杉みき子さんの講演聴く

 やはり、金曜日に会議があると土曜日は疲れます。というのは、一日フル回転で「しんぶん赤旗」の配達となるからです。きょうも早朝から午前10時半まで配達と集金、その後、インターネットで第2回中央委員会総会の模様を視聴。お昼を食べて、再び配達と集金。午後2時半から1時間半ほど高田の小川未明文学館での杉みき子さんの講演を聞き、終わってから吉川区に戻り午後6時過ぎまでまた配達でした。

 配達の途中でソバ畑の風景写真を撮りました。黄色い稲が残っていて、ソバの白い花も咲いている場所というのは、たくさんあるようでなかなかありません。もう少し、妙高山や火打などがきれいに見えてくれれば良かったのですが、まあ、天気のせいですからどうしようもありません。

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 平場では、きょうは稲刈り最終盤といった感じでした。コシヒカリの残った田の刈り取りが続けられていました。あと、残っているのは大規模農家のコシヒカリ、それと酒米、山田錦でしょうか。いつもの米山と尾神岳の双方が見えるポイントの写真をご覧いただきます。ここはすっかり終わっています。

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 児童文学作家の杉みき子さんの講演を聴くのは久しぶりでした。先日の新潟日報に載った作家・小川洋子のインタビューのなかで、「極端に言えば、私が書いているものはすべて盗作なんじゃないか、前世に読んだ本なんじゃないかと思うことがある」という件(くだり)がありました。きょうの講演は、小川未明の書いたものが影響しているとみられるご自身の作品をそれぞれ紹介していくというスタイルで進められました。子どもの頃に読んだものというのは、自分では記憶にないつもりなのに、書いているうちにいつか出てくるという指摘は興味深いものでした。

2010年09月30日

スーパー豪雪地帯集落の報恩講

 楽しみにしていた記事がようやく同朋新聞(真宗大谷派の新聞)に載りました。大島区嶺に伝わる報恩講についての記事です。同紙の「現在を生きる」というシリーズの第108回です。春分の日に行われる同集落での報恩講については、私も従兄などから聞いていました。どんなに大雪であっても、「お講」の前にお寺さんが檀家を一軒ごとにまわる。その際、「のの様」(阿弥陀様)は雁木のある縁側から家の中に入っていただく。その伝統をいまも守っていると聞いて感心したものでした。

 「スーパー豪雪地帯集落の報恩講」という見出しの記事に登場したのは私の従兄、内山文英さん。地元では、「のうののお父さん」とか「ぶんちゃ」と呼ばれています。記事は、報恩講の様子だけでなく、豪雪地帯でまじめに暮らす従兄の姿をも紹介しています。なお、この記事に出てくる専徳寺はわが家がお世話になっている寺です。では、下線が引いてあるところをクリックして読んでみてください。

2010年10月03日

連続して地震発生(3日その2)

 朝から大きな揺れが何回も起きています。先ほどの9時半過ぎの地震では震度5弱を記録したそうです。吉川区総合事務所の地震計では震度3段階です。きょうは越後よしかわ酒祭りですが、これから総合事務所に向かいます。

地震続報(3日その3)

 激しい揺れだと思ったのですが、総合事務所に行って確認したところ、吉川区総合事務所にある地震計の数値はそう高くはありませんでした。中越大震災、中越沖地震で体が敏感に反応するようになっているみたいです。

 6時37分の揺れ…震度3.1
 6時39分の揺れ…震度2.3
 6時52分の揺れ…震度3.0
 6時57分の揺れ…震度1.1
 9時26分の揺れ…震度3.2

 上越市は本日午前9時26分に災害警戒対策本部(本部長:稲荷副市長)を設置しました。同時刻に13区でも現地災害警戒対策本部を設置しました。なお、午後3時をもって警戒待機体制に移行しています。

 写真は吉川区総合事務所の警戒対策本部の様子です。
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 災害警戒対策本部へは平良木議員から出かけてもらいました。同本部のある木田庁舎からも遂次、市全体の様子が伝えられてきました。平良木議員からは、本部のある庁舎の正面玄関が開いていないことが報告されましたので、すぐに馬場危機管理監に開けるよう電話で求めました。

 上越市全体の災害発生状況は市のホームページに掲載されていますのでごらんください。

 午後2時過ぎ、吉川区現地災害警戒対策本部から区内の道之下地内で上水道の漏水が発生しているとの情報が入り、現地に向かいました。

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 夕方現在、今回の地震との関連はまだ確認されていませんが、復旧工事は続いています。
 

2010年10月10日

梅原司平コンサートin上越

 梅原司平コンサートへ行ってきました。会場である頸城区の希望館大ホールは満席でしたね。梅原司平さんに関しては数年前に『愛は元気ですか』(たかの書房)とCDを買い、CDは車の中で毎日のように聴いてきました。でも、生で聴いたのは今回が初めて。伸びのある声と語りが素晴らしかった。いつも片想いばかりの青春時代、母親の死に目にあえず、あんちゃんから「やっぱり間に合わなかったか」と言われた話など、どの話にも心に響くものがありました。もちろん歌も。だから、テレビやラジオには出ない歌手であっても、コンサート会場にたくさんの人が駆けつけるのだと思いました。歌って、しゃべって2時間、久しぶりに味わった感動のコンサートでした。

 きょうのコンサートには先日、長野で交流したHさんの姿もありました。長野からはワゴン車に乗って7人もの人たちが頸城区までおいで下さいました。コンサートが終わって、Hさんから一人の男性を紹介してもらいました。長野県栄村の元村議、広瀬さんです。私が旧吉川町議時代に2度ほどお邪魔し、栄村の地域づくり運動について勉強させてもらったことがあります。その時の案内役を務めてくださったのが広瀬さんでした。「憶えていらっしゃいますか」とお聞きしたら、「もちろん、憶えています。貫禄がついたね」。うれしい再会でした。

 きょうは午前に地元集落のSさんの葬儀があり、いったん家に戻ってから、高田の花ロードを見に出かけてきました。何よりも見たかったのは、雑木を使った巨大な作品、「生命の樹」です。この作品は、メイン会場である雁木通りプラザ脇広場にあります。

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 数百、いや数千本の木を束ね、いのちの根が張り、樹となって上にも横にも伸びていく、その力強さが気に入りました。制作者の玉井隆さんとも再会しました。私の子どもと同世代の人で、きょうは着ているものもばっちり決まっていましたね。

 雁木通りプラザ脇広場に着いた時には吹奏楽の演奏が行われていました。

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 次に行ったところは第四銀行旧高田支店の建物です。内部が公開されているというのでのぞいてきました。銀行業務が行われていた時と違い、建物の柱、壁などがよくわかりました。金庫室や会議室なども素敵な空間でした。壁に展示されていた「郷土を築いた人々」の中に新潟県内で初の政治結社、明十社をつくった自由民権運動家の鈴木昌司のパネルがありました。鈴木昌司の住んでいた屋敷は現在のわが家のすぐ隣です。このパネルは全部読みました。

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 花ロードのかざりのなかには気に入ったものがいくつもありました。そのひとつを紹介しましょう。牧区の特養ホーム「沖見の里」のみなさんが作られたものなのでしょうか、「大月の棚田」というタイトルの作品です。棚田をよく表現できていると思いました。高田の街なかのイベントにこういう作品を出すこと自体がいい。

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 市政レポート1470号、「春よ来い」第123回「父の『計算』」をアップしました。左上の「小さな町の幸せ通信」をクリックしてごらんください。

2010年10月22日

「解放の碑」墓前祭

 岩波書店取締役販売部長の井上一夫さんが新潟日報の文化欄に「語縁あって…ぼくの出版現場リポート」という記事を書いておられます。きょうは第4回目でした。文化欄のある10面を開いた時、私たち夫婦の仲人をしてくださった古厩忠夫先生(故人)の笑顔が目に入り、うれしくなりました。写真は井上さんが書かれた「古厩忠夫先生の思い出」という囲み記事のなかにあったのです。

 「思い出」には『裏日本』(古厩忠夫著。岩波新書)が出来上がるまでのエピソードが綴られていました。発行の直接的なきっかけとなったのは岩波講座、『日本通史』にあった古厩先生の論文「<裏日本>の成立と展開」を井上さんが読んだことでした。井上さんは、「まぶたからウロコが落ちる思いだった」といいます。『裏日本』は新書ですからせいぜい300枚程度の原稿ですが、古厩先生が準備された資料は膨大で、「いったい何巻の本になるのか、と心配するほどのものであった」とも書かれていました。「思い出」は来週も続きます。次回はどんなエピソードがでてくるのか楽しみです。

 きょうは午前が「解放の碑」墓前祭でした。党吉川支部の仲間がこの4年間の間に4人も亡くなっていることもあって、参加してきました。

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 「解放の碑」は党創立50周年の時につくられ、230人ほどの仲間が眠っています。きょうの墓前祭は4年ぶり、4年間の間に亡くなった35人の党員の遺族や友人などがつどいました。10数年前まで日本共産党新潟県委員会の委員長だった小林与蔵さんと久しぶりに再会しました。おそらく10年は会っていないと思います。小林さんから「あなたにずいぶん励まされている」と言われ、こちらこそ励まされました。墓前祭が終わってからの懇親会では、須藤友三郎さんや平塚長吉さんなど亡くなった人たちと交友のあった人が次々と思い出話を語りました。

 午後2時から消防事務組合議会の定例会でした。昨年度の決算、今年度の補正予算などの審議を行い、いずれの議案も可決しました。組合議会では、来月15日、管内の消防施設などの視察を行うことが決まりました。消防事務組合議員になってから初めてです。

2010年10月29日

小さな脱穀機

 朝早く起きて市政レポートを作成しました。あれを書こう、これもと書きたいことがいくつもあって、なかなか頭の中を整理できなかったのに、タイムリミットが目前に迫ると書ける、書ける。わずか2時間ほどの間に一気に書き上げました。ただ、「春よ来い」第126回については昨日のうちに書いておきました。これは一晩寝かせたので、手直しするだけでした。

 午前中は市役所でした。県社会保障推進協議会の自治体訪問隊が上越市に来るというので同席しました。国保、介護保険、子ども医療などについて事前にアンケートをお願いしてあって、その回答を聴いて議論するというもの。野澤健康福祉部長が市の取り組みについて約10分間説明しました。40歳から60歳の人たちの倒れる率が異常に高いことから、国保のレセプトなどを分析。主要な原因である糖尿病と高血圧を抑え込むことを重視し、健康診断のイメージを変えていくことの必要性を語りました。子ども医療費などでの県に対する要望では、遠慮なくズバズバ言う姿勢に好感が持てました。とてもいい勉強になりました。

 午後からは「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金、「橋爪法一を囲む会」でした。途中、大島区板山の伯母の家に立ち寄り、お茶をご馳走になってきました。今年の2月で93歳になった伯母ですが、顔色も良く、元気そうなので安心しました。

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 吉川区の山間部ではソバを干している家がありました。そこの家で、めずらしいものを見せてもらいました。小さな脱穀機です。もともとはコメの作況調査の時に使ったものだそうです。カバー部分がないものの、足で板を踏むとくるくると回って脱穀していく。仕事をしていたSさんは、「仕事がはかどって助かる」と話しておられました。

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2010年11月02日

高田橋

 市政レポートで「市内の橋」をシリーズで紹介しています。これまで51の橋をとりあげ、橋についてのエピソード、歴史などを書いてきました。きょうは市内の本町5丁目交差点に近い高田橋を紹介するため、写真に撮ってきました。

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 先日、写真を整理していたところ、18年前の県知事選の街頭演説の写真が出てきました。この選挙では長崎明元新潟大学学長を候補者として擁立し、大善戦しました。吉川町(当時)では事実上、日本社会党と日本共産党が共闘し、上越地方の市町村で一番の得票率を得ることができました。確か40数パーセントだったように記憶しています。

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 街頭演説の写真には1992年の10月23日という日付が入っています(ただし、掲載した写真はトリミングしてあって見えません)。場所は高田の本町5丁目交差点のそばです。この時は不破委員長(当時)が応援に駆けつけました。歩道は聴衆でいっぱいになりました。写真は、当時の杉田惣平社会党町議が大型宣伝カーの上で応援演説をしているところです。手前はバス。杉田町議の演説は元気があり、格調高い見事な演説でした。びっくりしたものです。

 高田橋の紹介ではこのエピソードを数行で書きたいと思っています。

2010年11月11日

ロープブリッジ救出訓練の動画、5000回超える再生

 7月に上越地域消防事務組合が行った消防救出技術訓練のひとつ、ロープブリッジ救出訓練の動画の再生回数がとうとう5000回を超えました。私が撮影し、YouTubeに投稿した動画の中でトップです。高い位置からの撮影がよかったのでしょうか、それとも救出訓練そのものにたいする関心が高いのでしょうか。どうあれ、こうした訓練を多くのみなさんに見てもらえるのはうれしい。

2010年11月15日

消防事務組合議会で初の管内視察

 上越地域消防事務組合議会議員がきょうの午後、管内視察を行いました。小池消防長の話では、消防事務組合議員の管内視察は初めてのことだといいます。視察では、東頸消防署と頸北消防署を訪問、それぞれの消防署の取り組みの説明を受けたほか、施設や消防・救急活動にかかわる機器などを見せてもらいました。私は消防事務組合議員となってから6年目ですが、きょうは、とてもいい勉強になりました。

 東頸消防署の管内は、中山間地であり、豪雪地帯でもあります。重点的に取り組んでいるのは、住宅用火災警報器の設置促進、林野火災警防対策、消火活動困難集落(「限界集落」)警防対策の3つ。後者の2つについてはマニュアルが用意されていることを初めて知りました。具体的な対象地域や集落も決まっていて、地図でよくわかるようにしてありました。特に、消火活動困難集落については、個別の住宅と消防水利の関係まで図面上に書いてあるのでびっくりしました。さすがです。写真は、林野火災対策マニュアルの図面です。

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 東頸消防署庁舎は平成19年度に新築されたばかりです。出動準備室、救急準備室、自家用発電設備など最新のものとなっていました。自家用発電設備があるのは本部とここだけで、他は移動式発電機だということでした。仮眠室はプライバシーや感染防止対策を考慮して個室型となっていました。

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 頸北消防署管内には海があります。米山という山もあります。石油会社のタンク群もある。さらに、高速道が走っています。ここの消防署ならではの機器もありました。

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 ここの庁舎は昭和56年2月の竣工です。すでに30年近く経っていることになります。どこの部屋もかなり古くなっています。例えば、仮眠室、写真でごらんください。東頸消防署の仮眠室と比べて見ると大違いですね。

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 頸北消防署では高規格救急車の内部も見せてもらいました。テレビのER(緊急救命室)のような雰囲気がありました。こういうのには、やっかいにならないようにしないと……。

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 夕方、先週金曜日に視察したパプリカ栽培のハウスをいま一度訪問してきました。栽培部長さんなど3人の若い農業者と懇談することができ、良かったです。

2010年11月24日

信越本線の運行設備、施設を視察

 まずまずの天気でした。きょうは午前中、「在来線の存続、地域の振興・発展をめざす地域の会連絡会」(仲田紀夫代表、以下「地域の会」と呼びます)による信越本線運行設備、施設などの視察があるというので参加させてもらいました。参加者は12人。マスコミも今回の視察に注目していてJCV上越ケーブルジョンなど3社のカメラが取材していました。

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 きょうの視察の目的は、北陸新幹線の金沢までの延伸後、JR東日本が並行在来線運行会社に一括在姿譲渡するとしている信越本線の直江津ー妙高高原間の運行設備、施設の実態をつかむことです。仕事上、線路や運行機器等に詳しい人も参加していたのでとても勉強になりました。

 最初に視察したのは春日山駅です。同駅はプレハブ造り。すでに築8年となっています。2009年度の1日平均乗車人員は603人。老朽化が進み、床はボヨンボヨンしています。「このままでは困るなぁ」という声がありました。市役所のすぐそばにある駅なので、私も利用しています。

 信越本線高田駅。全国に高田駅は6つあります。ここはそのひとつで、2009年度の1日平均乗車人員は2,369人となっています。駅の駐車場に車をおいて、駅周辺をぐるりと見て回りました。何よりも駅の広さにびっくりしました。イベント列車が走る時だけ使う線、架線のない線もありました。並行在来線が運行する時に要らない施設がたくさんあるのにも驚きました。本線、側線、ポイント設備などを一つひとつ説明してもらったので、鉄道施設の基礎を学んだような気分です。

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 南側の踏切近くに線路の色が変わっているところがありました。砂が噴き出したところです。ちょうどレールとレールの切れ目の部分です。ここに電車の重量がかかり、電車の運転手にとっては要注意の場所だということでした。左上の丸い管が出ている施設はポイントに温風をおくる施設です。信越本線は雪対策が重要だということを改めて認識しました。

 南高田駅。通勤・通学客が多い駅です。高田商業、高田農業、高田高校の生徒が使います。1日の平均乗車人員は737人(2007年度)。大勢使う割には施設は貧弱です。まず、待合室は狭すぎますホームに上屋がないのも問題です。

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さらに、すぐそばの踏切、踏切があるところだけ歩道部分がなく、とても危険で不自由という声が利用者から上がっています。

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 新井駅。2009年度の1日平均乗車人員は1,266人。ここは新井駅グループ拠点です。ホームに入って、二つ目の線はレールが赤くさびていました。現在使われていない貨物の線なのだそうです。レールだけでなく、架線もさびていると説明を受けました。この駅のそばにはJR貨物所有の敷地もあることを初めて知りました。

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 「地域の会」は午後、二本木、関山、妙高高原駅へ。私と樋口、平良木議員は午後から会議があったので、新井駅までの視察となりました。

 

2011年01月12日

スキー伝来100周年

 きょうはスキー伝来100周年の日でした。高田の地において、かの有名なレルヒ少佐がスキーを伝えたのが100年前のきょうです。記念式典、レセプションに参加してきました。

 きょうの式典で心に残った言葉は、大野副知事の「子供たちにもう一度スキーを好きになってもらいたい」です。私の子供時代、冬の遊びといえばスキーでした。山の斜面をスキーで滑る、ジャンプ台を作って飛ぶ、山でスキーをはいてウサギを追いかける、これらの遊びはいま思い起こしても楽しい遊びでした。こうした遊びを知らないで子供時代を終わってしまうなんてかわいそうです。

 式典やレセプションでいろいろな人の話を聞きうれしかったのは、楽しかったスキー遊びの大本にレルヒ少佐のスキーがあったことを確認できたことです。しかも、単にスキーを教えただけではないことも知りました。妙高市からやってきたNさんは、「橋爪さん、レルヒ少佐の考え方の中には反戦思想がありますよ」と言われました。勉強してみたいと思います。

 記念式典のオープニングで児童文学作家の杉みき子さんが「加代の四季」という作品を朗読されました。杉さんご自身が自分で書かれた作品を朗読されたのを聴くのは初めて、感動しました。また、いずみジャズダンススクールの踊りもすばらしかったです。雪国の女性の凛としたイメージが浮かびます。

 きょうはアルコールが入っているので、この辺で。

2011年01月13日

いずみジャズダンススクールの皆さんの踊り

 昨日のスキー発祥100周年記念式典オープニングでの踊り。市内のいずみジャズダンススクールのみなさんが踊っています。動画でアップしました。

 

2011年01月22日

義父の告別式の日でした

 義父の告別式の日でした。親戚や業者仲間の人たちなど大勢の人たちに見守られて義父は旅立って行きました。導師を務めたのは曹洞宗のお寺さんです。同じ曹洞宗でも米山峠を越えると葬儀のやり方がちがいますね。柏崎では、参列者の焼香は2回ありました。遺体を火葬している間にお斎をはじめます。骨拾いは全員でやるのではなく、義姉夫婦と妻の、3人だけでした。

 お斎の場ではスクリーンやプロジェクターなどを持ち込み、義父のここ数年の姿、米寿の祝い、家の風景などを映しました。義兄がスライドの説明を行いました。私はパソコンの操作係です。孫たちに囲まれて笑顔でVサインをしているところとか、昨晩、お寺さんから褒めていただいた家の周りのモミジは印象に残ったようです。お骨拾いに行っていた3人と家の留守番役をしていた人たちから、「ぜひ見たい」と言われ、柏崎の家に戻ってからも上映しました。

 妻の実家で親戚の人たちと今後のことを話し合っていた時、吉川区の山間部に住む人から電話がありました。雪がたくさん降ってたいへんだ。若い者が仕事を休むと言っている。山間部の積雪が多い時に、そこだけでも救助の対象とならないのかと訊かれました。午後10時頃、家に戻ってびっくりしました。朝から雪が30センチ近く降り、除雪しないと車を車庫にしまうことができない状態だったのです。明日は山間部の様子を視察してこようと思います。

2011年01月25日

雪を止めてくれ

 きょうも雪となりました。午後から党市議団と伊藤誠上越地区委員長で市内の山間豪雪地を視察してきました。訪ねたところは、23日、災害救助法の適用基準に10数センチと迫った吉川区の山間部と最高積雪を記録した(同日)大島区旭地区です。総合事務所で全体の状況を把握し、高齢者世帯、町内会長さん宅などで要望をお聞きし、激励してきました。

 最初に訪ねたのは吉川区の尾神です。夫婦だけで暮らしているあるお宅では、最初は市道から家まで50メートルほどの道を除雪機で開けていましたが、その道が沢のようになり除雪を断念、カンジキによる道踏みに切り替えたといいます。その家で除雪機用にと用意した越冬用軽油は200リットル。家の周りの雪処理などで時間がかかり、まだ1月なのに半分以上を使ったということでした。

 尾神では町内会長さんとも話をしました。同町内会の19世帯のうち高齢者世帯、一人暮らし世帯は10世帯を超えています。若い者がいても仕事に出ていて、消防ポンプ小屋などの屋根雪処理が思うようにできなくて困っているなどといった声を寄せてもらいました。

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 次に訪問したのは吉川区川谷地区です。ここでは県道の雪庇落とし作業が行われていました。作業は今月末までかかりそうだということです。

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 上川谷では作業中の冬期保安要員さんと懇談しました。毎日連続の除雪作業でくたびれ果てた様子で、何回も「まいった」という言葉を繰り返しておられました。一人暮らしのTさん宅も訪問しました。先日、電話で「元気かね」と声をかけたばかりですが、突然の訪問を喜んでもらいました。

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 大島区旭地区も豪雪地帯です。上川谷から板山間の県道は赤と白のポールがもう少しで見えなくなるほどの雪の壁ができています。ポールが見えなくなれば、どこが道かわからなくなります。竹平の町内会長は私の従兄です。市道から家までの道は除雪機で開けてありましたが、雪の壁はごらんのとおり。雪を飛ばすことがよくできたなと感心しました。竹平町内会の役員さんたちはきょう、共同車庫やお宮さんなどの雪掘りでした。

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 大島区の田麦地内で除雪車と合いました。すれ違う時にオペレーターと補助者の顔を見たら、二人とも従兄です。二人も私に気づいて、声をかけてくれました。朝は暗いうちから作業に当たっているとのことです。「おい、何とかしてくれや。ここは日本一積もっているど。3㍍80センチもある。雪を止めてくれ」と言っていました。オペレーターの疲れもピークに達しています。

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 きょうの視察で気になったのは明らかに屋根雪処理が遅れている民家があったことです。市内全体でこうした家がどれくらいあるのか、どんな支援が必要なのか。市の関係部局と話し合ってみようと思います。

2011年01月28日

積雪が4㍍を超えても「災害地」にならないとは

 午前10時頃に地元の支部事務所を出発して大島区、吉川区の山間部の40軒ほどをまわるのに6時間近くもかかりました。所要時間はもちろん休憩時間をのぞいてのものです。これだけの時間を要したのは、あちこちで雪庇落とし作業が行われていて交通規制があったこと、雪道を歩くことが多かったことによります。

 大島区旭地区へ行ったところ、雪庇落とし作業中の人が、「おらんとこ、積雪が4㍍50㌢にもなった。ひどいもんだ。この調子だと別荘はつぶれる」と嘆いておられました。この積雪は竹平の観測ですが、大島区旭地区の他の集落(板山、角間、田麦、藤尾)でも4㍍以上の積雪となっているだろうとのことでした。屋根や民家周囲の除雪が間に合わなくなりつつあり、空き家の中にはすでに倒壊したものもあります。道路はなんとか確保されていますが、雪崩の危険性が非常に高くなっています。どこの家でも雪とのたたかいでくたくたです。地区全体が4㍍を超える積雪になり、たいへんな状態になっていても県の災害救助条例や国の災害救助法の対象にならない。こんなことでいいのでしょうか。

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 午後3時頃、日本共産党の竹島県議から電話が入りました。31日の午後から県当局に豪雪対策について申し入れるのでぜひ参加して、実情を訴えてほしいということでした。土日はまた天気が荒れそうですが、なんとか都合をつけて参加したいと思います。

 市政レポート1486号、「春よ来い」第139回「不思議な夢」をアップしました。ごらんください。

2011年01月29日

中ノ俣へ

 とうとう大島区に新潟県災害救助条例が適用されました。県の説明では、「大島区の平均積雪深は樹齢適用基準に達していないものの、2メートルを超え、かつ基準値の90%を超えているため弾力運用することとした」とのことです。一歩前進です。今朝の段階で、私の地元吉川区では平均積雪量が199㌢で条例適用基準まであと1㌢(災害救助法適用基準まで5㌢)まで迫りました。安塚区でもあと31㌢(同42㌢)まで迫っています。ただ、日中は大雪も一休み。助かりました。

 この大雪の中で市民のみなさんから様々な要望が寄せられています。そのひとつ、「交差点やT字路における高い雪の壁で左右確認ができない。なんとかして」というのがありました。夜になると点滅信号になるという上中田の交差点です。下の写真をごらんください。確かにこれでは危険ですね。

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 きょうは、午後から平良木議員とともに中ノ俣へ視察に出かけてきました。ここは合併前上越市ではありますが、旧東頸城郡と同じくらいの豪雪地帯です。冬期保安要員はこの中ノ俣に3人、吉川区に4人おかれています。

 途中の県道で、カーブミラーが壊れ、雪に埋もれているものがありました。

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 中ノ俣では川崎新町内会長さん宅でお茶をご馳走になりながら、冬期保安要員としての仕事と苦労、和牛(子とり繁殖)農家としての経営状況、土方としての思い出などをたっぷり聴かせてもらいました。今年の雪は昨年のどか雪の時よりは少ないものの、重く危険だと言われました。こういうなかで屋根雪処理に苦労されている民家がいくつかありました。そのうちの1軒です。まず玄関側の写真です。

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 この民家の裏側です。

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 きょうは、水が流れるようにと中ノ俣川を埋めている雪をどかしているバックホーにも出合いました。石川前町内会長さんのお話では、中ノ俣川を埋めた雪によって水害が起きる可能性があるので業者に頼んだとのことでした。この排雪は県の責任でやってくれるといいます。こういうところにも目を向けなければならないことを初めて知りました。やはり、現地に足を運ばないといけませんね。百聞は一見に如かずです。

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2011年01月30日

吉川区に災害救助法適用

 先ほど総合事務所から連絡が入りました。吉川区に本日、災害救助法が適用されたということです。今朝の段階では法適用まで3㌢と迫っていましたから、時間の問題だと思っていました。「一時も早く法適用を」と主張してきたのでよかったです。ただ、要援護世帯への支援、生活道路の確保、農業生産への支援など課題はたくさんあります。がんばらねば……。

 なお、安塚区、牧区、中郷区も昨日の大島区に続いて新潟県災害救助条例の適用を受けたとのことです。

 吉川区では今朝から各地で屋根の雪下ろし、家の周囲の除雪などが行われています。雪の方は断続的に激しい降り方をしています。

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2011年01月31日

上越市全域に災害救助法適用

 中郷区総合事務所、牧区棚広、大島区菖蒲の3つの観測地点で、昨日の9時からの24時間降雪量が1㍍を超えました。大島区菖蒲は1㍍17㌢です。昨日の降雪で吉川区上川谷の積雪量は4㍍10㌢、大島区竹平は4㍍60㌢となりました。まさに記録的な降雪、積雪量となりました。

 上越市は中郷区、板倉区で災害救助法適用基準を超えました。全市平均では220㌢で、全市の法適用基準(236㌢)の93%となりました。市では弾力的な運用で全市に災害救助法を適用するよう県に要請したところ、本日午後、適用することになりました。

 私たちは、「ひとつの区でも法適用の基準値を超えたら全市に適用を」と主張してきましたので、今回の運用は正しい判断だったと思います。これで、雪という「障害物除去」にいっそう力が入るはずです。要援護者に対しては1世帯当たり最大で13万4200円の支援ができます。

2011年02月04日

気温上昇で雪崩の危険高まる

 一日中、「しんぶん赤旗」の配達と集金でした。きょうも晴れの天気となったので、先週よりは楽でしたが、途中で何か所も排雪作業、雪庇落とし作業があって時間がかかりました。明日は午後から会議があります。それまでに配達が終わってくれればいいのですが……。

 きょうは気温が5度を超えました。そのなかで雪もいろんな表情を見せていました。気温の上昇で雪崩の危険が高まりましたね。また、今回の豪雪対策で取り組まれている除雪作業も見ることができました。時間の早い順に写真で紹介します。まずは大島区板山の県道での雪庇落とし作業です。高いところから見下ろす感じで撮影しました。

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 次は雪崩が起きて、道路に落ちた雪です。小さな雪のコロも斜面を滑りながら大きな塊になって落ちてきます。県道上越安塚柏崎線です。

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 道路脇の雪も気温の上昇に伴い大きくふくらんできました。こちらは県道大潟高柳線です。

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 民家周囲の除雪作業もすすめられています。次の写真は作業が終わったばかりの家です。吉川区の山間部で撮りました。

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 次の写真も周りの雪どかし(除雪)が終わった家です。ここではバックホーを使い、2日がかりの作業となりました。写真を注意深くご覧いただきたいのですが、家の方が心配されていたのは電線のたるみです。電柱が押されたわけでもないのに何故こんなにたるんだのか。ここは地滑り地帯です。動いていなければいいのですが。

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 きょうも夕陽を見ることができました。吉川区の高沢入というところから見た夕陽です。きれいでした。

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2011年02月08日

上越市に豪雪対策の強化を要請

 夜11時過ぎ、柿崎駅前駐車場で妻を待っていると、作業服を着て、ヘルメットにヘッドランプをつけた7、8人の男性が一斉に動き出しました。トラックにはサーチライトも付いていましたから、保線工事を始めるところだったのかも知れません。夜遅く仕事をする人を見ると「ご苦労さん」と声をかけたくなります。

 きょうは日本共産党上越地区豪雪対策本部のいとう誠本部長(県議選予定候補者)と党議員団で上越市に対して豪雪対策に関する要請書を提出しました。今回の要請は、豪雪対策本部や議員団に寄せられた要望などをまとめたものです。

 要請書に盛り込んだ事項は、「要援護世帯への除雪支援は柔軟に対応を」「通学路における道幅の確保、歩道除雪にいっそう力を入れていただきたい。また、交差点、T字路における高い雪の壁が見通しを悪くしているので、早急に除去するよう徹底していただきたい」「災害救助法の適用については、少なくとも数日間は遡及出来る仕組みとするよう関係機関に働きかけていただきたい」など11項目にのぼります。

 要請書は馬場和明危機管理監に手渡し、いとう本部長と4人の議員全員が具体的な事例をあげて要請内容を説明しました。馬場危機管理監は、「要望は関係部署につないでまいりたい」とのべました。今後も市民のみなさんから寄せていただいたものはしっかりと伝えていきたいと思います。

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 夕方からは県立柿崎病院後援会理事会でした。柿崎病院は地域になくてはならない病院です。藤森院長から「信頼される病院づくりに向けての取り組み」についての講演があり、その後、昨年10月に導入されたばかりの16列型マルチスライスCTスキャナーを見せてもらいました。この装置は1回転で最大16スライスを一度に撮影できる画期的なCTです。病気の早期発見、正確な病状把握に威力を発揮するとのことでした。医療機器はどんどんすすんでいますね。

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 理事会終了後、会費制で懇親会がありました。何人かの人たちと地域に根差した病院のあり方などについて意見交換することができました。旧大潟町教育長の渡辺政雄さんとも久しぶりにお会いしました。渡辺さんは40数年前、旧源小学校水源分校の先生だった方です。水源分校時代の一番の思い出は、ぎっくり腰で動けなくなった時、地域の人たちが戸板に乗せて雪道を運んでくれたことだといいます。当時の学校教育は地域に根差すというより、地域に密着したものでした。渡辺さんからは当時PTA会長だった父の活動についても教えていただき、胸が熱くなりました。

2011年02月12日

いとう誠本部長、再び大島区を視察

 日本共産党上越地区豪雪対策本部のいとう誠本部長は本日午前、大島区を訪れ、雪と闘う人たちを励ましました。いとう本部長が豪雪視察で大島区を訪れるのは2度目です。今回は雪下ろし作業やブルドーザーやバックホーを使った排雪作業を「しんぶん赤旗」記者とともに視察しました。

 写真は竹平町内会長の内山文英さんから雪対策などについて話を聴くいとう本部長と私です。要援護世帯の除雪状況や共同施設の除雪などについて詳しく聴くことが出来ました。

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 人力による雪下ろしの様子、バックホーを使っての排雪作業は動画でごらんください。最初は雪下ろしです。

 いとう本部長はとても積極的です。自らも屋根に上って、雪下ろしをしている人たちの声を聴いていました。

 

2011年02月27日

あさひ雪あそび2011

 昨晩は大島区田麦の「庄屋の家」の広場で行われた第14回あさひ雪まつりを見てきました。気温がどんどん低くなって、雪まつりにはぴったり。正面の舞台では区内外から集まった人たちが三味線の演奏、詩吟、寸劇等を披露してくれました。

 この夜のために、区内の道路沿いは雪の壁をくりぬいてロウソクが灯されました。まさに見事な「雪ほたる」です。今年は天候がよかったこともあり、これまで以上にきれいだったように思います。

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 雪まつりの会場の正面舞台。私が会場に到着した時はちょうど吟詠の最中でした。舞台には吉川区のKさんもいて、びっくりしました。私がこの祭りで楽しみにしていることのひとつは地元の人たちによる劇です。今年はウサギ年にちなんで「ウサギとカメ」の物語を演じてくれました。観客席の人たちと一体になった場面もあって、よかったです。

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 会場ではいろいろな人と出会いました。牧区で地域おこしの活動をしているOさんとは久しぶりの再会でした。県庁マンからも「橋爪さんですよね」と声をかけていただきました。この人とは、「米山以南の上越から県政に強力な影響力を行使する人がほしい」など、県政のことで話をすることが出来ました。吉川区からの見学者にも会いました。自動車整備の仕事をしているOさんです。声をかけたら、驚いていました。3月12日に尾神岳の麓にある「報尽碑」を雪中参拝する真宗大谷派の人とも再会しました。さらに従兄の孫さんとも会いましたよ。お母さんとそっくりの顔です。

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 この日、従兄たちも大活躍でした。竹平の2人の従兄はモチを焼き、販売する担当です。トン汁も売っていました。

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 帰りにお土産としてもらったのは、串モチです。ふき味噌がぬられていて、いい匂いがしました。もちろん味も良かったです。

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 昨晩は地域おこしに取り組んでいる様々なグループ・個人が目立ちました。大島区旭地区の人たちが自分たちの住んでいるところの魅力を力を合わせて宣伝する、その姿は感動的です。

午前は街頭宣伝、午後は頸城区で「新春の集い」

 今朝も凍み渡りが出来ました。商業新聞に折り込んだ市政レポート1490号には「春よ来い」の第143回「凍み渡り」を掲載しましたので、いいタイミングでした。

 午前はいとう誠地区委員長(県議選予定候補)と一緒に街頭宣伝です。日曜日でしかも晴れ渡っている、というなかでの演説には多くの人たちから耳を傾けてもらいました。最初の演説時には、田んぼの凍った雪の上を孫と一緒に歩いているHさんの姿もありました。声をかけたら、「おまんの『春よ来い』を読んで歩いてみたんだわね」との言葉が返ってきました。うれしかったですね。

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 河沢では私の従弟が製作したチェンソーカービングの作品がふれあいセンターのそばにおいてあり、いとう委員長も感激、「初めて見ました」。

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 午前の街頭宣伝は12か所。あちこちで声をかけてもらい、激励を受けました。午後3時からは頸城区の希望館で「新春の集い」です。上野公悦市議の人柄と精力的な日常活動などへの力強い支持があって、100人近い人たちが集まってくださいました。県政政策を訴えたいとう予定候補を励ますすばらしい集いになりました。

 私の役割はどこの「新春の集い」でも県議選の意義と日本共産党の役割を語るところにあります。きょうは事前に「市政のことにもふれてほしい」という注文があり、豪雪対策や「新潟洲」問題などにも言及しました。そのせいもあってか、だいぶ長い演説になってしまいました。反省です。

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 上野市議は市政報告で、住宅リフォーム制度実現に至る経過や昨年成立した議会基本条例によって議会報告が義務づけられたことなどを丁寧に語りました。市民の願いに応えて現場に足を運び、具体的な提案をして政治を動かす日本共産党の議員、議員団の役割が参加された皆さんによく理解してもらえたのではないかと思います。

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 懇親会では地元の人たちによる素敵な日本舞踊や大潟区の仲田さんのマジックを楽しみました。仲田さんのお連れ合いは吉川区出身で、以前、ご自宅を訪ねたことがあります。こういう楽しいマジックをやってくださる人だとは知りませんでした。

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 「新春の集い」が終わって、希望館を出ようとした時、上空で「クワッ、クワッ」という鳴き声を耳にしました。雁行です。午後6時ちょっと過ぎでした。ポケットにカメラを入れておいたので、すぐに取り出し撮影することが出来ました。暗いのによく撮れたものです。

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2011年03月12日

一時も早く除雪を、簡易水道の復旧を

 今朝の地震の吉川区の計測震度は4.3でした。午前11時頃まで吉川区総合事務所で情報収集に努めました。午後からはいとう誠地区委員長、上野議員とともに上越市内で一番被害の出ているという大島区菖蒲地区を訪れ、被災状況を視察するとともに、被災者を激励してきました。

 現地に入って、最初に目に入ったのは道路の地割れです。牛ヶ鼻付近で国道がやられていました。写真を撮ったところは、午後3時過ぎには業者が来て、補修工事を実施するとのことでした。

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 菖蒲地内に入ると道路わきの雪の壁に大きな割れ目があるのが気になりました。これだけひび割れがあると安心して通行できません。

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 この雪の壁だけで激しい揺れがあったことを理解できます。家の中はどうであったか。近くの酒屋さんで話を聞きました。酒屋さんのご主人は、「仏壇の周辺にあったものも、店の物もガサガサになってしまった。ここはひと山越えれば栄村だ。震度はここでは6くらいあったのではないか」と語っておられました。店内は被害にあった商品を片づけたばかりでしたが、まだ散らかったときの雰囲気が残っていました。

 菖蒲地区のセンター。ここは避難所になっていました。朝は40人ほどの方々が避難されたとのことでしたが、私たちが訪れた時には子どもも入れて10人ほどでした。72歳という町内会長さんは、「こんな揺れは生まれて初めてだ。もし屋根に雪が積もっていれば潰れていたのではないか。市職員が何人か来てくれたが、市の幹部もかけつけて来てほしい。現場を見て、すぐ対応してほしい。特に断水となっている水道の復旧と亀裂の入った雪壁の除去をすぐにやってほしい」と訴えていました。横になって寝ていた女性に声をかけたら、大島区田麦の出身の方でした。私が「竹平に親戚がある」と言うと、懐かしがってたくさんしゃべってもらえました。

 センターを出てからは、菖蒲東町内をゆっくり見て歩きました。住宅で半壊となった家では、家具類を運びだしていました。道を下って行く途中、市役所幹部と携帯電話で話をしていたところ、バックホーなどによる雪壁崩しがはじまりました。

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 菖蒲西にも歩いて行ってきました。ここでは町内会長さんから、断水で困っていること、雪捨て場の確保に苦労していることなどを語ってもらいました。いとう誠地区委員長は町内会長さんのお母さんから要望を訊いていました。

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 きょう、大島区の菖蒲地区へ行って感じたのは、地割れは道路だけでなく、田畑などでも起きている可能性が高いということです。この地割れは地滑りにつながっていくのではないかと心配しています。  

2011年03月13日

安塚区和田・須川地区でもひどい被害

 昨日に続いて被災地の調査を行いました。きょうは安塚区和田地区と須川地区です。和田地区では介護複合施設、安塚やすらぎ荘を訪問してきました。ここは耐震診断を2010年度で実施し、これから耐震補強工事を進めていく計画になっていました。昨日の早朝、長野県北部で発生した地震によって、床や壁などに亀裂が入り、安心して使えなくなりました。注目したのは最初に建設した建物とその後増築した建物の接合部分です。大きくずれていました。

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 案内してくださった社会福祉協議会の職員のひとりの方は、「地震はドーンと来た。一時停電して、不安が広がった。宿直の人は生きた心地がしなかったと思う。こんなに大きな地震は見たことがない。現在、ショートの人たちをどうするか話が進んでいるが、今後、ディサービスがどうなるか心配だ」とのべておられました。

 やすらぎ荘のショートスティなどで入所していた人たちは、現在、隣接のほのぼの荘に移っていますが、今後、吉川ほほ笑みの里など市内の介護施設で受け入れてもらうよう準備が進められています。安塚やすらぎ荘は元学校です。体育館では、入所していた人たちの荷物などをそれぞれの部屋から運び入れ、他の施設に運ぶための整理作業が行われていました。

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 次に訪問したのは須川地区にあるキューピットバレースキー場です。ここでは渡辺社長から被害状況などを説明していただきました。被害の中心は、センターハウスとレストランです。スプリンクラーと暖房などの配管が悪い動き方をして天井などに被害が出たようだと語っておられました。

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 キューピットバレイの今シーズンのスキー場営業は今回の地震被害のため昨日、12日で終了しました。現在、リフトの支柱がずれていないか測量会社に測量してもらって調べているとのことでした。今冬は3月に新雪が何度も降り、雪質は上々、今後、例年を上回る2万人の客を見込んでいたといいます。関係者のみなさんはさぞかし残念だったことと思います。同施設ではきょうも断水が続いており、渡辺社長は、「早期に復旧させて、ゆきだるま温泉と宿泊施設だけでも15日までに再開したい」と希望をのべておられました。

 これまで、市役所などから被害状況などの情報を伝えてもらってきましたが、現地調査をしてみて感じたのは、報告を聞いたり、読んだりするのと現場を見るのでは、実態把握にずいぶん差が出るということです。まず現場を見なければと改めて思いました。

2011年03月14日

不気味な積雪層の亀裂

 一昨日、昨日の視察で書き忘れたことがあります。それは雪原で見ることのできた地震による亀裂です。その多くは急傾斜地の山や田んぼなどにありました。

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 これらの亀裂の下にはいうまでもなく大地があります。私の直感ですが、この大地にも亀裂が出来ているケースがあるのではないでしょうか。今後、雪崩や地滑りに対する警戒を強めないといけません。

 市政レポート1492号をホームページに掲載しました。また、「春よ来い」の第145回「雪解けの頃」も掲載しました。これらは地震発生前に書いたものです。

2011年03月17日

地質研究者からのメール

 注目していたいっせい地方選挙は、「全国的規模で延期すべきだ」というわが党の主張が自民、公明などの反対で通りませんでした。いっせい地方選の一部延期法案の閣議決定がされたのです。明日にはこの法案が成立するといいます。こうなれば、救出・救援・復興活動と、いっせい地方選挙の双方に全力をあげて取り組むしかありません。

 きょうは県議選に向けたビラ作りで集団的な検討を何度も繰り返しました。ビラの文章も一定の時間を過ぎてから読み直すと、表現の不十分さなどが見えてきます。また、事実関係で再調査が必要なものも出てくることがあります。作業が夕方までかかったので、当初予定していた市政レポートの原稿書きはできませんでした。これは明日の早朝の仕事になりそうです。

 夜遅くなって新潟市在住の地学団体研究会メンバーの方からメールが来ました。これは、私だけでなく、全国の地質研究者のみなさんのところへも出されたものです。今回の東日本大震災のことや長野県北部地震についてコメントされていますので、主なところを紹介します。

「それにしても腹立たしいのは福島原発(第一・第二)の事故です。手のつけられない深刻な事態になっているにもかかわらず、東電は本当のことをいわず、原子力安全・保安院は東電をかばうような幼稚な説明にあけくれています。数十万人の住民を寒空に追い出しながら、十分なケアを怠っています。国民の生命・財産を全く無視した原子力行政がいかに危険なものであるかが如実に現れています。制御不能に陥っている原子炉のうち、3号機はプルトニューム混合酸化物(MOX)燃料を使用しています。世界中が最も注目しているのは、原発の事故です。アメリカは多くの米軍艦船を災害派遣しながら、福島第一原発の半径80キロ圏内からの避難を勧告し、立ち入り禁止(3/17)にしています」

 「かつて柏崎刈羽原発の建設に関して、東電や国と散々議論したときのことが思い浮かんできます。地盤の問題については、いかに軟弱地盤であろうと、活断層が近くにあろうとも、建築学的工学的に耐震設計基準を十分にクリアしているので絶対安全である、ということの一点張りであった。新潟県中越沖地震で原発が被害にあっているにもかかわらず、国や事業者は安全神話を一段と強化し、不安定な原発設置を加速させ、さらにはMOX燃料の導入を一段と推し進めています。原発は巨大なシステムなのであるから、配管やバルブなどの1つにでも不具合がでると深刻な事故につながるのだということを指摘しても、何重にもバックアップシステムがあるので、絶対に安全であるとの繰り返しであった。炉心に万一の事故があっても,ECCS(緊急炉心冷却システム)が作動するので炉心の事故は絶対に起こらない、をお題目のようにくり返すばかりであった。今回の重大事故は、起こるべきして起こったのもである」

 「3月12日午前4時ごろ、新潟県中越地方を震源地とする地震(M6.6)があり、長野県北部で震度6強などを観測しました。また、新潟県中越で震度6弱、群馬県北部や新潟県上越で震度5強を記録。長野県北部地震は被害を出している大きな地震であるにもかかわらず、前日の東北地方太平洋沖地震があまりにも被害が甚大なため、詳細な報道がかき消されています。しかし、地域の自然研究に取り組む者として、この地震の全貌を明らかにし今後の対策に役立てることが使命であると思います」

 このメールでは、㈱パスコが3月13日に撮った航空写真の画像、それと私の最近のブログも紹介されていました。㈱パスコの撮った画像を見て、ハッとしたのは大島区へ調査に入った時の写真です。菖蒲地区の東側の標高400メートル級の山々で表層雪崩が起きていたのです。この写真も撮っておいてよかった。長野県北部地震を分析していく上で参考材料の一つになるかも知れません。掲載しますので、ごらんください。いずれも写真も12日の午後1時20分頃に撮影したものです。

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2011年03月22日

多様な支援広がる

 昨日の夕方、頸城区希望館に設置された避難所を訪問してきました。ここでは福島県南相馬市から180人余りの人たちが避難してきています。

 訪問した時はちょうど夕食の時間でした。地元中柳町の女性の皆さんがトン汁をつくって提供しているところでした。弁当とおかずが配られても、汁っけがほしいのでは、との判断で用意されたものですが、たいへん喜ばれていました。

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 館内では避難者のための連絡板も用意されていて、様々な連絡事項、バスの時刻表などが記入されていました。どなたが作成されたのか、希望館周辺の主な施設の地図も出来上がっていました。私の目に留まったのは散髪の案内です。区内にある2つの理髪屋さんがボランティアでやってくださるという中身でした。支援の輪が徐々に広がっているなと感じました。

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 希望館の避難所は党議員団の上野議員の地元です。上野議員が毎日、訪問して要望の聞き取りなどをやってくれています。大島区、安塚区の震災対応が一段落したら、私も合流する予定です。

2011年03月27日

今年のコメづくりが心配

 寒い朝で、雪が降りました。Iさんの葬儀の場は海に近い大潟区でしたが、駐車場も真っ白になりました。故人の生前の付き合いが幅広かったことを改めて確認しました。参列者は大勢でした。

 午後からは県議選の準備で事務所に行きました。その途中、直江津の中華料理店に入ったところ、市内のある農業生産法人の幹部の方とバッタリ。一緒に食事をしながら、震災のことや今後の農業について語り合いました。この人がいま一番心配していたのは今年のコメ作りです。「被災地でのコメ生産は今年は厳しくなることは必至。このままだとコメは足らなくなる可能性が大きい。危機管理は食料に関してもある。種まきが始まる前に今年の稲作について政府は方針を出すべき。上越市も特別の対策をとらないといけない」うなずきながら話を聴きました。

 夕方、家に戻ったところ、また訃報が入りました。私の幼友達で、元吉川郵便局長だったTさんが亡くなったというのです。まだ60歳、信じることができませんでした。明後日の各派代表者会議は誰かに代わってもらい、葬儀に参列してきたいと思います。

 市政レポート1494号「春よ来い」の146回「四十九日」をホームページに掲載しました。ご笑覧ください。

2011年03月28日

上越からも緊急消防援助隊が出動し頑張っています

 夕方、上越地域消防事務組合本部を訪問しました。今回の大震災では、いろんな団体の人たちが被災地で活動していますが、上越地域消防事務組合から派遣された緊急消防援助隊員の皆さんも被災地で頑張っていることを知りました。

 第1次派遣隊が出発したのは、11日の午後6時59分。消火部隊5名と救助部隊5名という構成でした。新潟県内からは30隊、141名が派遣されたといいます。活動地域は宮城県石巻市、女川町及び周辺地域です。12日から14日までの3日間の間に、火災出動、人命検索、救出、被害状況調査などの活動をしてきました。救出した住民数は新潟県隊全体で556人にのぼっています。

 これまで上越地域消防事務組合から派遣された職員は第1次派遣隊から第6次派遣隊まで合わせて64名です。第2次派遣隊からは救出数がぐんと減り、救急、遺体搬送の仕事がほとんどですが、命を救うために懸命の活動をしているとのことでした。人命検索などの活動では、水に浸かることも度々とか。野営テントの中で濡れた衣類を乾かし頑張っています。

 きょうは被災地の写真や隊員の活動状況を撮った写真を見せていただきました。県内から派遣された隊員の皆さんの活動についてはマスコミではほとんど報道されていませんので、若干紹介します。

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2011年04月05日

あなたが愛してくれたから

 高田の事務所でアナウンサー原稿を作成している時に、「ポスターがはがれていますのでご連絡します」という電話をもらいました。安塚区総合事務所からです。主要地方道上越安塚柏崎線で山道を走り、安塚区まで行ってきました。ポスターのはがれた掲示板は円平坊(えんたいらぼう)という集落内にあるとのことでした。行ってみると、確かにはがれたあとはありましたが、ここも昨日の大島区のケースと同じく、住民の方が画鋲でとめておいてくださいました。総合事務所に連絡した後、自分で直してくださったのだと思います。こういう丁寧な対応をしてくださったケースに出合うとうれしいですね。円平坊は初めて訪ねた集落です。一回訪ねただけで好きになりました。

 円平坊まで出かけたついでに安塚区の他の掲示板も時間の許す範囲でチェックしてきました。他の掲示板については、はがれたポスターはありませんでした。小黒の専教寺の近くまで行ったので、車から降りて少し歩きました。そこでお寺の掲示板に素敵な詩が書いてあるのを見つけました。

 あなたが愛してくれたから
 あなたが必要としてくれたから
 今、私はここにいる

 
 上越市内在住のポストカード作家、宮越友里さんの詩です。ご住職の岩崎さんとは何度かお会いし、話をしたことがあります。とてもセンスのいい人です。お寺の掲示板に、地元の若い作者の詩を掲示しておられるのを見て、さすがだと思いました。

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 午後からは宣伝カーの先導役です。きょうも北の風景が見事でしたね。青空といい、山の鮮明さといい、最高でした。写真は吉川区名木山で撮影したものです。正面の山は兜巾山です。

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 大島区田麦では急な連絡にもかかわらず、従兄たちが駆けつけてくれました。近所の人たちも真剣に街頭演説を聴いてくださいました。豪雪の視察の時などで顔を合わせたことのある人の姿もありました。田麦や竹平へ行くと、吉川区と同じく親しみを感じます。

 夕方からは選対会議でした。夜9時頃に会議が終わって、家に戻ったら、後援会事務局のTさんから、「橋爪さん、牛が側溝にはまっているよ。どうする?」と連絡がありました。現場に駆けつけてみたら、深い側溝にはまりこみ、身動きがとれなくなっています。私も牛飼い時代、牛が何度も脱走し、大騒ぎをしたことがあります。でも、側溝にはまったというケースは初めてです。牛舎から道路に出て、車でも来てびっくりしたのでしょうか。

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 この牛は9時半頃、無事救出されました。最近は次々といろんなことが起こります。

2011年04月07日

ふたたびチャイムが聞こえてきた

 午前は「しんぶん赤旗」号外の配布活動で大島区へ行ってきました。私が配布した地域は幹線道路から離れた西沢、上達と棚岡の先にある中野という集落です。40数戸ながら、2時間以上かかりました。きょうは午前中、後援会員15人ほどが配布活動に参加、大島区の約670戸の家々に一気に配りました。

 私が配布した集落はいずれも初めて訪ねたところです。菖蒲西からさらに奥に入った西沢では、長野県北部地震の爪痕がまだ残っていました。亀裂ができたところを補修した道路があります。雪で覆われた田んぼや土手には亀裂が広がっています。ある農家の人は、「去年は干ばつでひどかった。そこへこの地震だろ、雪が消えた時、田んぼがどうなっているか心配だ」と語っていました。帰り道、雪原にできた亀裂の中でとても不気味な感じがしたものを掲載します。

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 配布する時に「上越市議会議員の橋爪です」と告げると、「おまんが橋爪さんかね」と言ってくださった方が3人ほどいました。そのうちの一人の方は「チラシを楽しみに読ませてもらっているでね。『のうの』の文英さんとは一緒に仕事をしたことがある」とも。うれしかったですね。

 西沢でも上達でも田んぼの除雪が行われていました。おそらく苗代にするのでしょう。残雪は多いところで2メートル近くもありました。来月の半ばには田植えをしたいといいますが、消えてくれるのでしょうか。写真は上達の田んぼです。

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 午後からは新潟県立吉川高等特別支援学校の入学式に参列してきました。旧吉川高等学校の校舎を活用してスタートした高等特別支援学校の記念すべき第1回の入学式です。改装された体育館には久しぶりに入りましたが、ここでまた入学式が行われたというのは感激でした。入学者は15名。教職員は17人体制です。今後、生徒数は数十名に増えていくでしょう。

 赤松校長は式辞の中で、「みなさんはこの学校が開校して記念すべき一回目の入学生。一という字はとても大切な字です。初めに1年生の1があって、次に2年生の2があり、その次に3年生の3になります。三という漢字は横から見ても一が三つ積み重なって三になります」「スタートにあたり、イチロー選手の言葉を贈ります。いままで生きてきてみなさんに言えることはひとつだけ、それは夢を持ち続けることです。夢を持つことは簡単ですが、持ち続けるということはとても大切。途中でいやになってあきらめたくなることもある。でもあきらめない限り夢は近付いてきます」と激励しました。

 来賓の祝辞は開校支援準備会の小山正昭会長です。「制服すばらしいですね。みなさんの制服姿を見たらほんとによかったなと思いました」からはじまり、「みなさんは初めての土地で、初めての学校ですね。ドキドキしておられるのではないでしょうか。私たちもそうです。3年間ありますので、みなさんと相談し合い、触れ合う機会を多くもって、理解を深めていきたいと思います。3年の間に、健やかに、たくましくなって卒業されることを願っています。保護者の皆さんと一緒に頑張っていきます」来賓控室では挨拶のメモを家に忘れてきてしまったと心配されていましたが、これまで地域の代表として頑張ってこられた思いがにじみ出た素敵な挨拶でした。

 15名の入学者を代表して「誓いの言葉」をのべたのは大平達也さんです。「きょう、待望の入学式を迎えました。新しい学校生活の一歩を踏み出し、希望で胸がいっぱいです。これから様々な行事や体験を通して将来の夢を見つけ、それに向かって精一杯努力していきたい。充実した3年間を送るため、仲間と助け合い、何事にも前向きに取り組んでいきたいと思います」とのべると、大きな拍手に包まれました。

 写真は入学式が終わって、教職員の紹介のときのものです。

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 きょう、初の入学式を挙行した吉川高等特別支援学校の校章や校歌について赤松校長から説明がありました。「吉川」という文字は旧吉川町の町章の一部で、背景の四つ葉のクローバーは、「保護者」「地域」「関係機関」「学校」が生徒のために力を合わせることをイメージしたということでした。校歌はまだ出来上がっていません。11月12日の開校記念式の時に発表予定といいます。ただ、作詞、作曲を担当される方はすでに決まっていて、作詞は吉井出身、国際啄木学会副会長の池田功さん、作曲は横山広一さんということです。どんな歌になるか楽しみです。

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 夕方の5時。わが家に戻ったら、原之町の方角から音楽が流れてきました。吉川高等特別支援学校のチャイムです。長男によると、数日前から聞こえてきているといいますが、私が聞いたのは初めて。旧吉川高等学校のチャイムを最後に聞いたのは3年前の3月でした。流れてくる曲は違いますが、いいもんですね、学校のチャイムが聞こえるって。 

2011年04月27日

田んぼへ行く道はズタズタだった

 伊藤誠日本共産党上越地区災害対策本部長と市議団で大島区へ行き、現地調査を行ってきました。今回の調査の目的は、融雪期を迎えたなかで、田んぼや農道、水路などの農業用施設の被害状況を確認することにあります。大島区総合事務所で被害状況について説明を受けた後、県道菖蒲高原線を通って菖蒲高原まで行ってきました。

 大平から車を走らせ、まずびっくりしたのは川の濁りです。春先は融雪に伴い流量が多くなり、緑っぽい色の流れになるのが普通ですが、私たちが目にした川は泥濁りしていたのです。上流地域で土砂が流れ込んでいる可能性があると見てきました。この濁りは保倉川の本流だけでなく、支流の堀切川もそうでした。土砂の流入は広範囲にわたっているようです。写真は菖蒲東地内の川端橋から撮ったものです。

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 菖蒲高原へ行く途中、2軒に立ち寄り、その後の住宅被害対応などについて聞きました。そのうちの1軒、Iさん宅では、地表面伸縮計・地すべり記録器が設置されていました。Iさんによると、最近、裏山に新たな地割れが見つかった、杉の木も動いているらしいとのことでした。動きが止まってくれればいいのですが。

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 菖蒲集落を過ぎてからすぐのところに県道を横断する地割れがありました。県道の地割れは高原に行くまでに大小10か所近くあります。このうち、5か所で20センチ以上の段差ができていました。最も大きなところは40㌢から50㌢くらいの段差があります。土嚢袋が置いてあったとはいえ、車を誰が運転するかじゃんけんしたくなるほど怖さがありました。写真を2枚ごらんいただきます。1枚目は段差が一番あったところです。

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 もう1枚は車で通る時に一番怖かったところです。みんなに誘導してもらいながら、運転は私がやりました。

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 この県道は菖蒲高原周辺の田んぼを耕作する時にどうしても通らなければならない道です。菖蒲東でEさんが、「橋爪さん、えらいことになりましたわ」と言って話してくださったのはこの道路状況でした。6月上旬には田植えをするべく、すでに生産組合でスジ撒きをしているとのことですが、早急に使えるようにしてほしいと訴えられました。

 田んぼ周辺の農道や水路はまだ雪に覆われていました。でも、雪消えが進んだ所で明らかに被害の出ていることがわかった場所がありました。県道との接続部分です。集水桝から水があふれ出ていましたから、水路もやられているかも知れません。

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 総合事務所の説明では林道でも大きな被害が出ているといいます。きょうは県道菖蒲高原線沿いの視察をするだけで半日かかりましたので行けませんでしたが、菖蒲高原からは林道菱ヶ岳3号線の災害を見ることができました。私と平良木議員のヘルメットの中間あたりがそこです。遠くから見ても分かるくらいですので、かなり大規模な地滑りです。

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 菖蒲高原は久しぶりに訪れました。わが家で牛飼いをしていた当時、何回も菖蒲牧場に出かけていたので、とても懐かしく思いました。

 この高原の雪原に立ち、分かったことがあります。

 ひとつは菱ヶ岳がとても近くにあることです。地図で調べたら直線距離で2キロくらいしかないのですね。キューピットバレイまでの間も3キロくらいです。安塚区の須川と大島区の菖蒲地区で大きな被害が出ましたが、両方とも震源地との距離はほとんど同じくらいなんですね。

 もうひとつ、菖蒲高原の東側の山地でいくつもの地滑り跡が確認できました。中越地震の際の山古志や小国などで起きた山の崩れと同じ光景です。中越沖地震の時には吉川区でも上川谷で同じ光景が見られました。地滑り面の色からいって、今回の地震ではなく、おそらく中越地震の時のものと思います。今度、調べてみます。

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 きょうの調査で、県道の地割れ個所を線でつなぐとほぼ直線になることがわかりました。これが何を意味するか。ひょっとすると、長野県北部地震を引き起こした活断層と関係があるかも知れない。調査に入った仲間の間で話題になりました。ここらへんは専門家でないと分かりません。私のブログは地質の専門家の人たちにも読んでいただいていますので、ぜひ現地に足を運んでもらいたいものです。よろしくお願いします。

2011年04月28日

大島区菖蒲東町内会内で地滑り発生

 きょうの午前3時20分頃、大島区菖蒲地内で地滑りが発生しました。昨日のブログで紹介した川端橋のすぐそばのT字路付近です。国道405号線の山側の、幅30メートルほどの法面が崩落したのです。土砂とともに何本もの杉などが落ちたため、そばの電線などを傷め、町内会の一部が停電しました。土砂が滑り落ちた近くには民家があったものの、ぎりぎりのところで止まってくれました。まず午前7時頃の写真をごらんください。菖蒲地区の方から提供していただいた写真を組み合わせてスキャンしたものです。

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 菖蒲地区の住民の方から連絡を受け、午前10時過ぎに伊藤誠党上越地区災害対策本部長とともに現場へ急行しました。その時、最初に撮った写真です。倒れた杉の木などの伐採が始まっていました。地元の人の話では、人的な被害、建物の被害はなかったといいます。現場は交通止めですが、う回路があります。

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 最後に菖蒲東、菖蒲西の町内会長さんから私と伊藤本部長が話を聴いているところです。地元、菖蒲東の町内会長さんは、地震の時も、今回も未明から動いてくださいました。

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 現場を見て、心配になりました。まだまだ地滑りが起きるのではと。昨日、話を聞いたIさん宅も裏の杉林が動いているのではと心配されていました。民家を襲う地滑りが起きないかどうか、早急に調査をしてほしいものです。大島区には地滑り監視員が配置されておらず、治山防災ヘルパーが2名おられるといいます。こういう人たちの力も借りてすぐ手を打っていただきたい。

2011年05月01日

第82回メーデー

 第82回メーデーの上越集会に参加してきました。日曜日のメーデーは初めてのような気がします。今回のメーデーは、これまで平和や雇用を守るテーマに加えて東日本大震災の復興が入りました。

 日本共産党を代表して挨拶した伊藤誠上越地区委員長は、先の県議選での支援にお礼をのべた後、今回のメーデーについて言及、「政府民主党などがこの大震災に乗じて消費税をやろうとしている。庶民増税ではなく、大企業の内部留保の活用や不要不急の財源を使って復興に生かすべきだ」「雇用守れ、平和守れの力が震災復興につながる」と訴えました。写真は集会後のデモ行進です。

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 メーデー行進後、わが家に急行しました。次男夫婦が戻ってきて、一緒に昼食をとる約束をしていたからです。昼食では、今朝、私が採ってきたばかりのタラの芽、コシアブラの芽、ウドなどの料理を食べました。母と妻の手づくり料理です。山菜は、採ってからからなるべく早く食べると美味しいですね。

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2011年05月09日

今年こそは…

 毎年、栽培してみようと思いながら、何もしないできてしまったものがあります。一口メロンです。きょうは、農産物直売所、あるるん畑へ行き、苗を2本購入してきました。今年こそは栽培して、実を生らせたい。

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 一口メロンは、わが家でも10年ほど前まではたくさんとれていました。実は小さいものの、糖度が高くて、とてもおいしいメロンです。たくさんとれたといっても、栽培していたわけではありません。堆肥置き場に自然と芽が出て、蔓が伸び、時期になれば、たべきれないほどの実をならしていたのです。それが、タヌキなどに食べられてしまうようになり、収穫できなくなってしまいました。畑に植えても食べられっぱなしのことが続いたことから、母も栽培を断念したままです。今年は、タヌキ対策をちゃんとやり、ぜひ食べてみたいと思っています。

 きょうは午前から会議続きで、午後10時過ぎに帰って来たばかりです。日中、外は天気が良くて、気持ち良かったですね。昨晩は雨が降ったのでしょうか、空気も澄み、田んぼの景色は抜群でした。

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2011年05月10日

牧区で干ばつ被害のその後を調査

 昨年の干ばつ被害の出た田んぼはどうなっているか。地滑りの心配はないか。代かきが順調に行われているか。それを確かめるために牧区の平方、川井沢に入りました。昨年、干ばつ調査の時と逆方向となる浦川原区側から入ったら、なかなか田んぼを探すことができず難儀をしました。

 平方ではすでに田植えが始まっていました。昨年、畦元が大きく地割れをしていた田んぼも水をしっかりためていましたので、災害復旧工事が順調に終わったようです。川井沢で田んぼ仕事をしている農家の人に話を聞くと、災害復旧の基準に満たない地割れがあった田んぼも念のためブルを入れているとのことでした。ちょうどブルが動いているところを写真に撮りました。

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 このブルが入った田んぼの周辺は見事な棚田が広がっている場所でした。道路から見下ろした風景です。一本の柿の木と小さな池がある。どこかで見たことがあるような気がします。ひょっとしたら、写真愛好家のみなさんが撮ったことのある場所かも知れません。

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 昨年、牧区に入って一番最初に視察した田んぼも見てきました。ここも川井沢です。よく見ると、畦、乗り入れにブルのキャタビラの跡が残っています。

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 明日は党議員団で安塚区、大島区などでの地震被害状況、地滑りなどを調査することにしています。雪がほとんど消えたので、水路等の農業用施設の被害実態がよくわかるはずです。今回の調査では、地学団体研究会のメンバーの方にも同行していただくことになりました。県道の地割れなどを専門家の立場で見ていただこうと思っています。

2011年05月19日

中山間地域振興基本条例案のパブコメの検討

 午前は市役所へ。しばらく岩手被災者支援に集中していましたので、久しぶりに市役所へ行った感じがしました。

 きょうは中山間地対策特別委員会でした。中山間地域振興基本条例(案)のパブリックコメント、板倉区での意見を聴く会で出された意見についての対応と回答案の検討が行われました。パブリックコメントでは、「中山間地域が有する公益的機能の維持をする記述を」など19項目について意見が、また板倉区での意見を聴く会では7項目の意見が寄せられました。

 委員会では「一部反映する」「反映しない意見」「その他の意見」に分類し、意見をお寄せいただいたみなさんに回答することにしました。これらについては、23日の全議員集会で報告し、議会としての最終的な対応、回答を決めることになります。この調子でいくと、6月議会で中山間地域振興基本条例案が提出され、議決されることになるでしょう。

 午後からは県立柿崎病院後援会の理事会でした。昨年度の決算、今年度の予算と活動方針が決められました。理事会では、「年4回の講演会にもっと参加を」「柿崎、吉川、大潟出身の医師を紹介してほしい」などの声が出されました。地域の医療を支えるしっかりとした取組が重要になっています。

 きょうは市役所での休憩時間や病院後援会の後で、何人もの人から、「釜石はどうだったね」「疲れたろね」などと声をかけていただきました。今回の岩手での活動については、きょう、党上越地区委員長に報告してきましたが、来週に一定の時間をとり、文書でまとめたいと思います。できれば、ルポ風に。
 

2011年06月05日

吉川区内で絵手紙展

 吉川区原之町の平野さんの絵手紙展を観てきました。絵手紙は2つに分けると「絵」と「手紙」になります。ハガキなどに絵を描いて、郵便で送る。この2つをいろんな形で楽しむことができるのですね。例えば、ハガキにこんな絵を書いて送ります。

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 次の日、今度はこのハガキを送ります。

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 2枚のハガキをつなげると、ほら、こんな絵になります。

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 なあーんだ、と思われるでしょうが、こんなふうにして楽しんでいる人たちがいることを知りました。絵手紙展には数十枚の作品が飾られていました。私が作成している市政レポートに絵手紙のカットを入れてみたくなりました。挑戦してみようかな。

 さて、きょうは昼ごろ、大島区牛ヶ鼻へ行ってきました。一昨日、総合事務所から長野県北部地震のために作付できなくなった田んぼの写真を送っていただいたのですが、写真を見たら、どうしても現地を確認したくなったのです。林道牛ヶ鼻浦田線の一番大きな被害の出ている箇所から歩いて5分ほどのところの田んぼです。大きな田んぼが3枚ほどあり、全部で1町歩ほどの田んぼが田植えできない状態となっていました。びっくりしたのは田そのものも被害を受けていたことです。改めて地震被害の大きさを知りました。

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 市政レポート1504号をホームページに掲載しました。「春よ来い」の第156回は「最後の同級会」です。これも掲載しました。

2011年06月26日

雨が気になります

 吉川の水位が気になります。昨日からなんども川を見てきました。いまも見てきました。また上昇してきています。これで雨が降らなければいいのですが……。雨がたっぷり降ったことで、地震にやられた大島区や安塚区など、それから吉川区などの地すべり地帯も心配です。23日に見てきた県道大潟高柳線の災害復旧現場はすでに地すべりがはじまっています。総合事務所に連絡済みですが、いま、ここが一番心配です。

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 市政レポート1507号、並びに「春よ来い」第159回「緊急避難」をホームページに載せました。ご覧ください。

チャリティ茶会

 心配した雨は午後になって、ようやく落ち着きました。時々、降り止んでくれたので、川の水も溢れずにすみました。問題は、今後、梅雨前線がどう動くかです。たっぷりと雨を吸った大地、そこへまた大雨となれば、地すべりは間違いなく起きるでしょう。

 きょうは妻の手伝いで東日本大震災チャリティ茶会に参加してきました。場所は直江津の居多神社でした。

 茶会の前に社殿で茶会の成功祈願を行いました。その社殿は3年前に造営されたばかり、宮司の花ヶ前盛明さんの声がほんとうによく響きました。花ヶ前さんは郷土史家で、何度か講演をお聴きしていますが、宮司としての声は初めて聴きました。迫力のある声でした。

 茶会では陶芸家で茶人の木村隆(きむら・りゅう)さんと初めてお会いしました。私とほぼ同じ年頃の方です。袴を着ておられ、体の動きに無駄はまったくなし。茶道からくるのか、それとも弓道をやっておられるのか。キビキビした動きに感動でした。木村さんとは、今度、ゆっくり話し合いたいものです。

 茶会は大勢のみなさんが参加されて、大成功でした。

2011年07月04日

ポンプ操法

 昨日は午前中にずっと気になっていた草刈りをしました。約2時間、汗びっしょりになりましたが、気持ちは最高!やはり、私は肉体労働が合っているみたいです。

 午後からは市の消防点検でした。午前の疲れが出て、時々、集中できなくなることがありましたが、最後までテント席で見せてもらいました。

 注目はポンプ操法です。吉川方面隊の時はそばまで行って激励してきました。指揮者、1番員から3番員までの動きにスピードがあって、きびきびしている。これなら今回は入賞かと期待しましたが、他チームにもっと優れたところがあって、入賞を逃しました。私がすごいなと思ったのは、水槽のところに「補」のゼッケンをつけている人です。水槽にズボッと腕を入れ、ホースが外れないように押さえていた。これも重要な役割です。

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 私が見学の時、座っていたテント席からは自動車ポンプ操法を直近で見ることができます。こういう訓練でもハプニングはつきものです。突然、ホースの穴から水が吹き出る、うっかり違うバルブを開けてしまう、こんなことがありました。でも、それにめげずに頑張った、それも気持ちのいいものでした。

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2011年07月08日

カヤ葺き屋根の葺き替え

 きょうはいろんな出合いがありました。お昼頃、板倉区へ行った時、目にしたなつかしい風景をまずごらんください。

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 お昼時でなければ、草屋根職人さんたちが仕事をされているところを撮れたのですが、残念です。でも、この風景を見て、いまから50年ほど前、近所で葺き替えをやっていた光景の記憶が見事に蘇りました。草屋根職人さんはどこからきたのでしょうか。

 時間がなかったので、きょうの昼食は車を走らせながらパンを食べました。ところが、それだけでは足りません。大島区で「日本一のトコロテン」を食べることにしました。ここのトコロテンは、先日、NHKの「小さな旅」で紹介されていました。ここのトコロテンを食べたのは何年ぶりかな。美味しかったです。

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 吉川区に戻って、「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしていた時、ヤマユリが目に入りました。開花したものを見たのはきょうが初めてです。そばに行ったら、強い、いい匂いがしました。

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 夕方からは長峰温泉「ゆったりの郷」の開業15周年パーティでした。会場となったゲートボール場には400人もの人たちが集まりました。パーティには、懐かしい顔がたくさんありました。合併前の町議会議員、課長さんたちが大勢参加されていました。旧吉川町時代の助役さんや当時の議員Kさんからは、平成6年に温泉が出た時、「いまかいまかと待機していた」などという話を教えてもらいました。今晩はちょっと飲み過ぎたみたいです。明日は高校の校友会です。なるべく飲まないようにがんばります。

2011年07月10日

第7回吉川区体育祭で熱戦

 梅雨が明けて真夏の空になってきました。青い空、もくもくした白い雲、そして伸びゆくイネ、暑いけどいいですね。

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 きょうは朝から吉川区体育祭、住民自治と合併問題を考える会との意見交換会、上越民主商工会の総会と続きました。

 吉川区体育祭は第7回目。合併前から通算すると49回目の体育祭です。参加者は700人くらいだったでしょうか。中野教育長とともに挨拶をさせてもらいました。開会式と閉会式の時はかんかん照り、その合間は、雲に覆われ、時々いい風が吹きました。輪投げ徒競争、綱引き、大玉・小玉おくり、障害物リレーなどの種目で熱戦が繰り広げられました。

 私はテント席で観戦させてもらいました。テント席だからこそよく見えた場面がいくつもありました。小学生による輪投げ徒競争、スタートしてすぐに足を滑らして転倒した児童がいました。しかし、この児童はその後、起き上って力走、輪投げではいの一番に成功させ、トップでゴールしました。テント前にバッタが跳んできましたが、そのバッタを2人の子どもが追いかけていました。テント席の大人たちはその様子に注目、ひとりの子どもがバッタを捕まえるとホッとしました。転んで足をすりむいた子どももいました。足を出し、保健師さんから消毒してもらう時の子どもの顔を見つめました。痛そうな顔をするのではないかと「期待」していたら、なんともない表情でした。

 いつもと同じく、地域対抗種目は応援にも力が入ります。大玉・小玉おくりで注目は泉谷地域づくりチームが連勝記録をどこまで伸ばすかです。チームワークの良さとスピードは他チームを寄せ付けず、連勝記録を6に伸ばしました。障害物リレーは最後の種目、みんな燃えましたね。女子と男子のゴール写真です。

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 住民自治と合併問題を考える会(佐藤忠治代表)が6月議会一般質問で地域事業費制度見直し問題をとりあげた議員と意見交換会を行いたいというので参加してきました。会場となった希望館第2会議室には20人ほどの人たちが集まりました。きょうはいろいろな行事があったようです。一般質問でこの問題をとりあげた6議員のうち、参加したのは私と吉田議員の2人だけでした。

 吉田議員と私の方で自分の質問概要と思いを語った後、意見交換。参加者からは、「市は、合併特例法に基づき新市建設計画を誠実に実行する責任がある。見直し、打ち切りなどを行う場合、議決が必要ではないか」「地域事業費制度がなかったならば、14市町村の合併はできなかった。今回の事業費削減、見直しは地域の軽視と横暴さの現れだ」「合併の根幹にかかわる今回の見直しは、地域協議会や議会だけでなく、もっと市民の中に入り、広く議論していくべきだ。市長自ら13区に出向いて説明していくべきではないか」などの声が出され、質問には、私と吉田議員が答えました。有意義な会だったと思います。

 この会は午後4時まででしたが、私は高田へ移動するため、15分ほど早く退席させてもらいました。上越民商の総会では役員の改選も行われ、20年務めた宮崎会長が勇退、「新富」の佐藤さんが新会長になりました。懇親会ではひとこと挨拶させてもらい、いろいろな業者会員さんと話ができました。きょうは車の運転のため、酒は飲まず、ウーロン茶で頑張りました。

 市政レポート1509号、随想「春よ来い」の第161回、「長峰池」をホームページに掲載しました。

 

2011年07月13日

高田公園のハス、病気か?

 昨晩、ツイッターで高田公園のハスが重大事態になっているとの知らせがありました。妙高高原に行く途中、高田公園に立ち寄りました。付属小学校から付属中学校へと通じる道の北側の堀の中を見て、びっくりしましたね。ハスがごっそりとなくなっていたからです。まあ、写真をごらんください。

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 どうです、ひどいでしょう。こうした状況は西堀橋の周辺でも広がっていました。

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 写真ではよく見えないかも知れませんが、葉や茎が枯れ、水没していく(?)ハスが広がりつつあります。現場から市役所都市整備課の奥田課長に電話して状況を伝え、早急に手を打ってほしいと訴えました。同課長は、「すでに現地の状況を見てはいるが、改めて現地確認をし、専門家などの意見を聞いて対応したい」とのべました。ハス祭りは今月末からはじまります。これ以上被害が広がらないように、急いでもらいたいものです。

2011年07月18日

『地域教育往来』44号に私の記事も掲載

 上越地域学校教育支援センターが発行している地域教育新聞、『地域教育往来』の44号(7月15日号)に私の書いた記事が載りました。「地域も応援『スマイルカフェ』」というタイトルです。

 この記事は、私の書いた随想「春よ来い」の第155回、「スマイルカフェ」を読まれた方から、「共に育つ」をテーマに地域から見た吉川高等特別支援学校の取組について書いてほしいと要請され、書いたものです。『地域教育往来』44号では、赤松校長が「飲み物とともに笑顔も運ぶ」スマイルカフェを生き生きと紹介され、その記事にそえるような形で私の記事が掲載されました。

 短い文章なので、なかなかうまく書けませんでしたが、地元の高等特別支援学校に対する期待と感謝の思いが少しでも伝わってくれればと思っています。企画広報センターのみなさん、ありがとうございました。

2011年07月24日

 小水力発電予定地へ

 きょうもたくさん歩きました。午前はビラ配布、約70戸をまわるのに3時間半もかかりました。それだけ、いろんな人と対話をしたということになります。寄せていただいた言葉のなかで一番多かったのは「いつも読んでるよ」、次が「太ったね」、三番目は「がんばってくんない」でした。毎週発行の市政レポートを楽しみにしていてくださる人が多いのはうれしい。

 午後からは桑取地区の西山寺へ行ってきました。先日、新聞報道された小水力発電の予定地を見てきたかったのです。私はいま、NPO法人頸城野郷土資料室の石塚正英さんなどが提案されている小水力発電、水車発電の取組に注目しています。予定地は思っていたよりも水量は少なかったのですが、小さな滝の流れを見て、「これなら、やれる場所はまだまだたくさんある」との思いを強くしました。予定地へ行った時、ちょうど地元のHさんもおられ、夢いっぱいの計画について語ってもらいました。「せめて、ばあちゃんたちの電動三輪車の電気くらい、まかないたい」というHさんの発言が気に入りました。

 今夜のウォーキングではいくつもの動物たちに出合いました。最初に目にしたのは、たぶん野ウサギです。黒い物体が私の前を飛び跳ねて行きました。あの走りはタヌキではないでしょう。タヌキらしきものが動いたのは道路脇のササやぶのなかです。ガサガサという音は人間かと思いました。細長い体をした小動物も道を横切りました。これらの動物たちは、みんな暗いなかでの生活です。セミは夜でも鳴くんですね。鳴き声はすべてカ行の音でした。森の中での「カ」とか「キ」という鳴き声をいくつも耳にしました。

 市政レポート1511号、「春よ来い」第163回「スモモ」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年08月01日

豪雨の爪痕(3)

 日曜日の午前、浦川原区、大島区の被害状況を視察し、被災者と懇談してきました。どちらの区も吉川区とほぼ同じ時間帯に激しく雨が降りました。短時間に100ミリを越える土砂降りです。虫川商店街から国道253号線へとつながる道路は土砂崩れのため、交通止めとなっていました。

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 保倉川の水は暴れ、中猪子田と下猪子田の田畑は滅茶苦茶でした。次の写真は、そのうちの畑の被害です。

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 小谷島の田んぼもひどかった。写真の田んぼには酒米の五百万石が植えられていました。無残な姿になっていました。

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 カメラを構えて写真を撮っていたら、すぐ下で夫婦が泥で埋まった用水を掘っているじゃありませんか。びっくりして、「ごくろうさんです」と声をかけました。

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 大島区板山の不動尊近くの主要地方道上越安塚柏崎線です。道路の3分の1近くが崩落して、片側通行となっていました。

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 板山には山からの水が襲い、住宅が危険な状態となっている家がありました。Kさん宅です。前庭が崩落し、家の脇には土砂がぬけて押し寄せています。ここの家は吉川区尾神のYさん宅と親戚です。Kさんによると、「家の前の川で(岩や石が流れる)ガラガラという音がして怖かった」と言っておられました。

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 角間の方へ車を走らせたら、角間の一歩手前で道路が寸断されていました。農業施設災害の調査をしている総合事務所職員さんたちと、偶然、ここで会いました。

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 大島区では旭地区に大きな被害が集中しています。なかでも、足谷は田んぼ、用水路などの被害がひどかったです。足谷では農家の人たちと会い、被害状況などについて説明してもらいました。

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 「足谷の田んぼがひどい」という声を聞いていましたが、これほど深刻だとは思いませんでした。耕作者は私の従兄です。今年こそは儲けようと意気込んでいただけにがっかりしていました。従兄は「災害復旧は原型復旧が基本というが、こうした被害の構造的な原因はハッキリしているので改善してもらわないと困る」と言っていました。

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2011年08月03日

地学研究者も視察

 地学研究者の方が本日、吉川区に入り、地滑りしたところや水害の出た箇所などを調査されました。お昼前にわが家にも立ち寄られ、話を少し聞かせていただきました。この方の話で興味深かったのは、地球温暖化時代にあっては、これまでの経験だけでは計り知れない異常降雨などが起こりやすくなっているので、防災対策ではこうしたことを考慮すべきだという点です。また、区内の浸水被害の状況にふれながら、内水対策をもっと考えるべきだとのアドバイスもいただきました。

 すでにツイッターでお知らせしましたが、本日の午前、不通となっていたNTTの電話回線が復旧しました。auの携帯の方も完全復旧したとのことです。これで、あとは道路です。主要地方道上越安塚柏崎線の柏崎と上川谷間は本日、一般車両も通れる見込みとお知らせしましたが、いまのところ、道路管理者からのお知らせはありません。どこかで復旧工事が手間取っているのでしょうか。

 先ほど、社民党県連代表の小山県議から電話がありました。本日、泉田知事と会い、吉川区川谷地区を孤立させないために、県道の災害復旧に全力を挙げるよう申し入れたとのことです。小山県議は昨日、私の案内で道路被害状況などを視察し、たくさんの写真を撮っていかれました。きょうはそれを使って話をされたそうです。ありがたい情報でした。

2011年08月06日

まるたき温泉近くの地滑り現場、仮復旧間近?

 自民党の小林県議から「一緒に動いて案内してほしい」と要請され、朝から吉川区の道路の被災状況などを見てきました。

 驚いたのは、一昨日、見てきたばかりの「まるたき温泉」近くの地滑り現場が一変していたことです。わずか一日で、道路に落ち込んだ土石、木々などがほとんど片付けられていました。村屋と「まるたき温泉」間は本日の夕方には通行できるようになるかもしれません。

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 もっとも、「まるたき温泉」と名木山間は名木山集落より200メートルほど村屋側のところが大量の土砂に埋まっていますから、車は通れません。

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 きょうは、あちこちで用水路の普請や田畑に入った土砂の片付けなどが行われていました。写真は大島区足谷の田んぼです。被害にあった田んぼに再び土砂が流入しないようにと、緊急措置がとられていました。秋の稲刈り作業ができるように、コンバインが通れる道づくりも行われていました。問題は、これから先です。秋作業に支障が出ないように、来年の作付ができるようにするために行政側の早急な対応が必要です。

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 豪雨で被害の出た道路、農地、農業用施設は規模が大きく、関係者は国や県などに早急な支援を求めています。小林県議とは、こうした問題は超党派で、関係市議、県議全員が力を合わせることが大事だと確認してきました。

2011年08月08日

草刈り、平和展

 私の地元町内会では毎年、お盆前に総出で草刈りをします。昨日がその日となりました。例年と違ったのは豪雨災害直後だということです。私と何人かは豪雨で傷んだ字道の復旧作業を担当しました。雨によって削られ、砂利がなくなっているところに一輪車で砂利を運び、均す。単純作業ではありますが、普段あまりスコップを使わないので難儀しました。

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 道普請が終わってから、私たちも草刈りに合流しました。こちらは約1時間、大勢で草刈りをする時は仕事がどんどん進み、気分がいいですね。

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 何人かの友人が平和展(5日~7日、高田図書館にて開催)に出品しているというので、時間をつくって少しだけ観てきました。今年の平和展はやはり福島原発事故が大きなテーマになっています。たくさんの作品の中から2つだけ紹介します。

 「牛の怒り…あなたたちの世代は一体なにをしたのですか」奈良場山人さんの作品です。福島原発事故により「警戒区域」20キロ圏内でうち捨てられた家畜の数は牛3400頭、豚3万1500頭、鶏63万羽といいます。この作品から牛たちの叫び声が聞こえてくるようでした。牛を飼っていた者として、切ない。

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 吉田洋子さんの絵手紙もすごかった。彼女の細い体の中のなかのどこに宿っているのでしょうか、この鋭い批判精神は。下線部をクリックしてごらんください。

 市政レポート1513号をホームページに掲載しました。今号の裏面は豪雨災害特集です。配布地域によって、掲載した写真は違っています。

 お知らせです。県道川谷十町歩線は大きな地滑りが2箇所で発生し、通行止めとなっておりましたが、復旧作業が急ピッチですすめられた結果、昨日午後3時半開通しました

吉川区などの被災地を県議と市議が共同視察へ

 党派を越えて上越市選出県議と関係区選出市議が力を合わせる、今回の豪雨災害対策でごく当たり前のことが実現することになりました。当たり前のことでありながら、なかなか実現しないのが政治の世界です。それだけにうれしい。

 小林県議の呼びかけで12日、柿崎区、吉川区、大島区、浦川原区の道路被害、農地、農業用施設を上越市の県議と4区選出の市議が一緒になって視察することになりました。視察場所は吉川区国田の床上浸水地域、同区まるたき温泉近くの地滑り現場、大島区足谷の農地、用水路被害地などで、朝9時から夕方まで4区内を駆け巡ります。視察にあたっては、新潟県上越地域振興局の幹部職員なども参加します。

 今回の視察では、地元選出市議が説明し、関係町内会のみなさんから要望などをお聴きする予定です。いうまでもなく、行政当局にも働きかけを行います。今回の視察を契機に災害復旧のスピードアップが図られることを期待しています。

 きょうの夕方、昨日開通したばかりの県道川谷十町歩線を車で走ってみました。まるたき温泉近くの土砂の山は片付けられて、二車線が確保されていました。1週間ぶりに通る道がとても懐かしく感じられました。

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 丸滝橋と名木山間の地滑り現場もきれいになっていました。

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 名木山まで行ったついでに主要地方道上越安塚柏崎線の様子を見てきました。吉川区内の上川谷から大島区内に入ったのは豪雨災害以降初めてです。このブログでたびたび紹介してきた道路の決壊現場より100メートルほど上川谷寄りの道路でも同じような決壊が起きていたことがわかりました。ここは、すでに1トンパックと鉄板で応急措置がとられていました。

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 道路決壊現場から思い切って角間の農道に入ってみました。私のところに入ってきた情報では、ここをう回路にして大島区藤尾に出られるとのことでした。かなり遠回りになりますが、道幅はあり、舗装もされています。無事、藤尾に出ることができました。でも、地形からいって、雪の降る冬期に通れる道ではありません。早期に主要地方道上越安塚柏崎線を復旧させてほしいですね。

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2011年08月09日

市議会と市民のみなさんとの意見交換会

 市議会主催の「市議会と市民との意見交換会」が清里区で開催されました。参加された市民は12人、議員の参加者は傍聴者を含めて12人です。お盆前ということもあったのでしょうか、なかなか人は集まりませんでした。

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 意見交換で市民側から多くの意見がだされたのは地域事業費制度の見直し問題です。「13区は、みんな計画的に予算執行をしてきた。旧上越市はリストアップもしないできた。なぜそうなったかという原因を明らかにすべきだ。20%カットした時に議会は追及していくべきだった。そんなことも何もしないで、議会は何をしてきたか」「市議会として地域事業費制度の見直しについて県の見解を求めたことがあるか」などの声が寄せられました。地域事業費制度の見直し問題はまだ終わっていないと感じました。

 行政に対する要望も出ました。「地滑りとかで田んぼや用水がぬけている。山地の用水路など実費で田んぼを直すわけにはいかない。山地にも目を向けていただきたい」「配布物をもっと少なくしてほしい」「行政側もこういう会を(細かく)開催していただきたい」などです。

 市議会は今回、清里会場のほかにもこうした会を開催しています。寄せられた意見や提案などを整理し、積極的に対応すべき課題については、検討を重ねていくことにしています。

2011年08月12日

同じ災害を繰り返すな

 初めてです。上越市選出県議と市議が党派を越えて一体となって災害現場を視察したのは。視察メンバーは、4人の県議(小山県議は都合がつかず欠席)と柿崎区、吉川区、浦川原区、大島区選出の市議5人(武藤市議は入院中につき欠席)。この視察には、新潟県上越地域振興局幹部、上越市役所の幹部なども同行しました。

 視察したところは柿崎、吉川、大島、浦川原の4区内の河川の増水によって引き起こされた冠水、浸水被害現場、地滑りによって交通止めとなった場所、農地・農業用施設被災現場、道路決壊現場など14箇所。午前9時から午後3時過ぎまでマイクロバスに乗って移動し視察、最後に吉川区総合事務所で意見交換しました。

 吉川区内の視察ではすべての視察地で町内会の人たちが立ち会ってくださり、私とともに災害発生時の状況、今後の対策への要望などをのべました。写真は大野団地の農協の農機具修理工場脇で被害状況を説明する私と小山正昭原之町町内会長です。

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 被災地の町内会の人たちの発言はどこでもリアルで説得力のあるものでした。このうち国田町内会の会長さんは、町内会のみなさんが橋のそばの水道管を必死で外そうとしたことや床上浸水した家の家財道具の移動などを切ない思いで行ったことなどを報告し、災害対策の強化を求めました。

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 今回の視察では地元市議が先導役を務めました。マイクロバスの最前列の席で車内の県議や県地域振興局幹部などに視察地の事前説明などを行うとともに、視察地でも最初に被害状況などを説明しました。写真は浦川原区上猪子田の県道で、説明する浦川原区選出の山崎市議です。

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 今回の視察で参加者が驚きの声をあげたところが数か所ありました。吉川区の県道崩落箇所、大島区の農業用水路がズタズタに壊されたところ、道路決壊箇所です。次の写真は大島区足谷で地元町内会の内山町内会長(私の従兄)から説明を受ける人たちです。内山町内会長は、「ここでの災害はこれで3回目だ。災害復旧は原形復旧が基本というが二度と同じことが繰り返されないよう支援してほしい」「冬を前に早期に災害復旧工事をやっていただきたい」と訴えました。

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 山からの大量の水が市道を壊し、田んぼを土石で埋め、農業用水路を滅茶苦茶にした現場は、初めて見た人にショックを与えたようです。ある市議は、「これはひどい、これこそ災害だ」と言っていました。

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 最後の写真は、主要地方道上越安塚柏崎線の道路決壊現場です。被害状況の説明をした上越地域振興局地域整備部上越東維持管理事務所の幹部は、道路下にある水路管の大きさについて、そばにある川の流量を考慮し、これまでの100㌢から180㌢にする方向で検討していることを明らかにしました。また、角間から藤尾につながる農道を正式に迂回路とすることも明らかにしました。大島区板山、藤尾などに明日中に案内看板が出ることと思います。

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 視察後の意見交換会では、最後まで参加した市議、県議全員が発言しました。私からは、「河川改修が下流から順次行われているから上流の人たちはしばらく我慢をというのではまた被災することになる。治水予算をもっと増やすべきだ。角間入口の県道決壊個所で典型的に表れているが、道路下に埋めてある水路管の口径は小さすぎる。改良しないと再びやられることになるので意識的な取組をしてほしい」と訴えました。矢野県議は、大島区板山の住宅被害を例にあげ、「ほったらかしておけば二次災害が起きてしまう。金がないからやらないではなく、もっとスピード感を持ってやってほしい」と要請。今回の視察で世話人代表を務めた小林県議は、「同じ災害が繰り返されている。原形復旧をやって同じ災害にあっているようでは税金の無駄遣いだ。抜本的な対応策を」とのべました。

 上越市選出の全県議と関係市議は、きょうの視察と意見交換会での意見を踏まえて、連名で新潟県知事に要請書を提出することになりました。

2011年08月16日

お盆最後の日

 きょうはお盆最後の日です。午後から、妻や子どもたちと墓参りに出かけました。13日と違って、風が無く、ロウソクも消えずに燃え続けていました。わが家の墓のすぐ脇にある親戚の墓でお参りした時、裏側にきれいな花が咲き始めていることに気づきました。花はツリガネニンジンです。この花は一昨年、農作業事故で亡くなったHさんが植えたものだと思います。春には雪割草、夏はツリガネニンジン、秋にはリンドウが咲きます。野の花好きのHさんらしいと感心しました。

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 夕方、旧三和村議の橋本さんから、豪雨による三和区地内の農地災害を見てほしいと要請があり、出かけてきました。場所は私が20代の時に仕事をしていた牧場のすぐ下の田んぼです。現地には耕作者の方もおられ、豪雨時の状況などをお聴きしました。写真の田んぼは耕作者の方が自力で圃場整備し、守り続けてきたものだといいます。総合事務所の担当は吉川区出身です。耕作者の方がよくがんばっていてくれるという話を聞いて、うれしくなりました。

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 明日は新潟です。午前11時半からは、県庁で豪雨災害に関して上越市選出の県議のみなさんなどともに県副知事に会い、被災地の人たちの要望を伝えてきます。その後は、日本共産党の全県議員会議に参加します。明日も大事な一日となりそうです。

2011年08月24日

上越民商、年金者組合が市に要請書提出

 朝から生活相談、民主団体の申し入れと続きました。申し入れは民主商工会と年金者組合の2つです。

 このうち、民主商工会の申し入れは、住宅リフォーム促進事業に関してです。市内経済の活性化に一層弾みをつけられるよう、同事業の追加予算の措置をし、早期に実施してほしいということが1点、いまひとつは、同一敷地内にある車庫や塀、門、柵及び庭園の造成等も対象工事に含めてほしいということです。同会の藤縄事務局長が申し入れ、私と上野議員が同席しました。
 応対した小林都市整備部長は、「足らないということで実施していったら際限がなくなる。やるとすれば、経済対策としてやることになる」とのべていました。6月議会で村山市長は、追加実施に含みのある答弁をしていましたが、一両日中に結論が出そうです。

 年金者組合の申し入れは、高齢者問題についての要請でした。長谷川正委員長をはじめ、5人の組合員が参加し、私と上野議員が同席しました。シニアパスポート事業については、①介護保険特別会計ではなく、一般財源で事業存続をはかること、②シニアパスポート事業の対象年齢を「65歳以上」とすることなどについて要請。また、上越地域医療センター病院南側一帯の保険・医療・福祉ゾーンにおける民設民営による温浴施設の問題について、現在の状況を明らかにするよう求めました。さらに、高田地区の中心地で交通の便のよいところに、高齢者の溜まり場的な場所を用意することも要請しました。
 応対した野澤健康福祉部長は、参加者からの発言を丁寧に聴き、検討し、回答させていただきますとのべていました。

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2011年09月03日

板山と上川谷間の県道決壊箇所、復旧工事始まる

 主要地方道上越安塚柏崎線の大島区板山地内の道路決壊個所の工事がようやく始まりました。昨日、現場を訪れた時には、工事個所の草刈りが終わっていて、工事用のユンボも配備されていました。

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 この工事個所については、付近の稲作農家や吉川区川谷地区住民などから早期復旧を望む声が強く出ていました。

2011年09月05日

フィルモンなどたくさんの「であい」がありました

 3日、4日と上越市牧区の深山荘で行われた「柳川月さんを囲む会」に参加してきました。総勢23人。そのうち月さんとサトノさん、それと樋口さん、この3人の女性だけは会ったことがありましたが、あとは全員初対面の方でした。たくさんの人との出会いがあり、夜遅くまでいっぱいおしゃべりをしてとても楽しい会でした。

 会のメインは月さんの「90年の人生を語る」です。夫を亡くし手づくり新聞「ざ・むーん」を書き始めた頃の話、レッドパージにあった家族とその後、全国家族新聞交流会のみなさんとの様々な交流等、初めて知ることが多く、ひきつけられました。この日、月さんは、「ざ・むーん」の創刊号から100号まで(?)を1冊に製本したものを離さず、語り続けられました。「ざ・むーん」は月さんの「宝物」であり、語りの源泉でした。話のなかには苦い体験もあったはずなのに、なぜか、すべての話が輝いていましたね。

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 「月さんを囲む会」を提案してくださったのは全国で家族新聞を発行し交流しているみなさんです。脇山さん、清水さん、鈴木さん、市川さんなどは、長く家族新聞を発行し、頑張ってこられた人たちでした。参加者のなかには家族新聞や地域新聞を出していない人たちも何人かおられました。けれど、みんな、「ざ・むーん」を読み、月さんを好きな人ばかりでした。参加者全員が「ざ・むーん」との関わり、感想などを語り合いました。私もガリ版時代の月さんのチラシのこと、「ざ・むーん」を通じて励まされたことなどを語りました。みんな、話は尽きず、お風呂の中でも、ロビーでもおしゃべりが続きました。

 2日目の企画は牧区原の明願寺の訪問です。ご住職の池永文雄さんとは10数年前に直江津のイトーヨーカ堂で開催された「家族新聞展覧会」でお会いしています。明願寺では、法話をお聴きし、その後、このお寺から全国最初の有線放送を行った当時の思い出などを語っていただきました。それだけではありません。自宅の2階においてある当時の有線放送設備や昭和初期の蓄音機、フィルモンなどを公開してくださったのです。ずっと、ワクワクしっぱなしでした。

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 フィルモンは、上越タイムスによると、「大阪の工場経営者、小西正三が昭和初期にに開発した当時としては驚異的な36分の長時間プレイができる画期的な蓄音機」「統制をうけたセルロイドなどの材料不足のため、わずか4年で製造中止となった。我が国で今も動くフィルモンは5、6台といわれ、幻のオーディオだ」(1993年10月8日号)ということです。昨日は、このフィルモンで浪花節と思われるものを聴かせてもらいました。動画で記録しましたので、その感動をみなさんにお裾分けしましょう。

 市政レポート1517号、「春よ来い」の第168回「いとこ会」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。
 

2011年09月12日

長野県北部地震の爪痕いまも

 長野県北部地震が発生した3月12日からちょうど半年、朝早く大島区の林道牛ヶ鼻浦田線、被災した田んぼを見てきました。まずは、林道のなかで最も大きな陥没があった場所です。仮復旧工事が行われ、車も通れるようにはなっていましたが、本格復旧はまだこれからといった状態でした。

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 この先の田んぼ、畦がスポッと抜けおち、液状化現象が起きていたところは、耕作ができず、荒れていました。来年度は新たな畦を内側につくろうというのでしょうか、ユンボによる工事の跡が見られました。

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 この上の大きな田んぼはごらんのとおりです。畦元も田んぼも機械が入って、水がためてありました。ここまでやってもらえれれば、来年の耕作は大丈夫でしょう。

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 帰り道、この林道周辺の風景を写真に撮りました。ちょっと見ただけですので簡単に評価はできませんが、農地の災害復旧に比べて、道路工事が遅れているという感じがしました。地元の人のなかには、「来年の春までに工事が終わるか心配だ」という声もありました。このブログの6月1日の日記、6月5日の日記に6月段階の被災状況写真を掲載してありますので比較してみてください。

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 きょうは文教経済常任委員会の2日目。「教育の日」の制定を求める陳情の審査が行われ、陳情者が意見陳述を行いました。上越市議会で、請願者や陳情者が委員会に出席して意見をのべるのは初めてです。議会基本条例が制定され、今回の意見陳述があり、議会改革はまた一歩前に出ました。なお、意見陳述は16日(午後4時から)も行われます。今度は、「地域事業費制度の見直しに関する請願」を提出した請願者代表の陳述です。

2011年09月20日

「新しいふれあい社会」の実現めざすシンポ

 とても勉強になりました。昨日、新潟県立看護大学で行われた「東日本大震災ふれあい・きずな応援団inくびき野」のシンポジウムのことです。テーマは、「自助から共助をめざして、いま、私のできること」。東日本大震災を経験して、地域の防災はどうあるべきか、これからの地域社会をどうつくっていったらいいのか、これまで頭の中でモヤモヤしていたものをかなり整理できました。

 パネラーはNPO法人新潟県災害救援機構の梅澤園了さん、新潟県立病院看護師の秋山公子さん、上越市健康福祉部長の野澤朗さん(発言順)、そしてコーディネーターはさわやか福祉財団の堀田力さんです。梅澤さんと秋山さんは被災地へ出かけて救援活動をしてきた経験から、野澤さんは被災者を受け入れた経験から得たものを語り、堀田さんが3人の話のポイントを整理してまとめていく。2時間ほどのシンポでしたが、久しぶりに掘り下げのうまくいった議論を聴かせていただきました。

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 梅澤さんは救援活動の第一線で活動してきた人です。「最近は忘れる前に災害が次々とやってくる。阪神大震災の震源地となった淡路市北淡町では、地域の中での助け合いによって死亡率が低くなっている。(今回の災害でも)地域の中で助け合うことの大切さを学んだ」と話されました。「私を助ける人は隣の人」という言葉が印象に残りました。梅田さんはまた、上越市の避難所対応について、被災者が自力で立ち直っていけるよう改善が必要だったと問題提起しました。

 秋山さんは中央病院の災害医療派遣チームの一員として福島県に2回入った経験を語りました。救命活動は72時間以内が勝負です。1回目は3月12日に出動、みんなの気持ちを一つにして助けられる命を救いたいと頑張ってきました。秋山さんは話のなかで、「死亡者の中にエプロンをつけた人が何人もいたが、これは地震の後、片づけをしようとしていたのではないか。少しでも危険がある限り、避難情報が出される。たいしたことないと甘く見ず、半信半疑であっても避難する事が大切」とのべました。最後に、小学校で講演した内容も紹介してくれました。これは画像でごらんいただきましょう。

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 野澤さんは、被災者受け入れの活動から学んだことをリアルに報告しました。ある日、「何かご不満、ご要望はありませんか」とたずねたところ、ひとりのおばあちゃんから「ご飯を減らして」と言われ、ショックを受けたといいます。この一言で「ご支援させてもらう側の論理」があったこと知ったというのです。絆が切れてしまうとなかなかつながらない。福島から入院患者を受け入れた時、名前がわからない人が2人もおられたことにもショックを受けたとのことでした。野澤さんは、「今回、災害時の対応だけでなく、ふだん、人を支えていく基本を学んだ」「役所というのは意外ともろい。災害の発生する前に起きた時の準備をしていく(ことが重要)。起きたら共助しかない」とも語りました。

 4人の発言メモは私のノートで5ページにもなりました。全部書きたいくらいですが、主催者の話ですと、昨日のシンポなどはDVDにまとめられるそうです。出来上がった段階で紹介させてもらいます。

地域事業の審議で苦悩にじむ発言相次ぐ

 柿崎区地域協議会を傍聴してきました。同区の地域事業として計画されている柿崎川ダム周辺地域開発振興事業(展望広場の整備)は上越市の事務事業の総ざらいで「廃止」という方針が示されていますが、前回の地域協議会での意向確認では「保留」扱いされたと聞き、今晩の会議でどう審議されるか注目したのです。

 6人の委員が次々とマイクを握りました。各委員は、「どこでどう変更されたのか、あとから言い訳が付いてくる行政の進め方はいかがなものか。展望広場をやめるとなると腑に落ちない。中山間地振興の話もあるので、この予算でもう少し役立つものを」(長井委員)「ガンバ米山という地元組織が頑張っている。減らすのはやむを得ないのかも知れないが、そこをなんとかしてほしい」(宮澤委員)「ダム周辺は小学生が植樹をしてきれいになっているが、合併浄化槽の整備が完全にできていない。浄化槽に補助して(整備を)100%にしてほしい。植樹に力を入れて、その他は自然の公園でいい」(神岡委員)「地元団体の気持ちがなえてしまわないように。このまま通してゼロにしてしまってはいけない」(中嶋委員)などと発言をしていました。

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 今晩の意向確認では、最終的に、小池会長が、「この事業は廃止やむなしということで結論とさせていただく」とまとめました。まとめに至るまでの発言の多くは、苦悩がにじみ出たものでしたね。

 出席した委員の中には私のブログ(または市政レポート)を読んでいてくださる方もありました。予定された議論が終わって、「その他」のところで、一人の委員が、「いま市議会が行われていると思うが、ある委員会で副市長が、『地域事業費制度の見直しで高田の厚生産業会館建設の環境が整った』と発言されたというが事実か」と質問されていました。地域事業費制度見直しの議論をしてきた人たちに、副市長発言が重く受け止められることがよくわかりました。

2011年09月23日

句集『よねやまさん』

 句集『よねやまさん』を県道新井柿崎線沿いにある朝日池総合農場の直売所、「むら市場」で入手しました。手にした途端、「こりゃ、いい本だ」と思いました。まず、装丁がいい。農家の主婦がはいていたモンペの柄と米山さんの雄姿が気に入りました。

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 句集の著者は大潟区内雁子の平澤トメ子(本名はトメ)さん、発行は息子さんで、朝日池総合農場社長の栄一さんです。句集は家族の力を結集して作られています。表紙の写真はトメさんのお孫さん、中扉のカットは栄一さん、栄一さんのお連れ合いは、「トメおばあさん」という一文を寄せています。

 じつは、本の印刷を受けた「いんさつ たきざわ」の滝澤昭子さんから、昨日、手紙をいただきました。その中に、「何より心あたたまったのは奥さん(あさ子さん)の『トメおばあさん』の文章です」と書かれていたのです。どうしてもその文章を読みたくて、「むら市場」へ行ってきました。

 「いつも平らな人、くよくよしないで前向きな人。ちょうど米山さんから昇るお天とうさんのような、それが我が家のトメおばあさんです」で始まる文章は、「実は畑こそおばあさんの俳句の宝島」、これからも俳句作りに励んでと結んであります。短いながらも心のこもった素敵な文章でした。

 トメさんについては40年ほど前から私も付き合いをさせていただいています。若い時から短歌をやっておられ、新潟日報へも時々投稿されていました。普通の農家のお母さんでありながら、昔から、なんとなく知的な雰囲気が漂っている人でした。

 句集はお昼休みに全部読ませてもらいました。亡くなったお連れ合いに対する想いがつよく出ている作品が思っていた以上にたくさんありました。農家の主婦としての生活感あふれる句もいくつもありました。私が気に入った句のなかから5句を紹介します。

 三ヶ日 朝風呂に夫(つま) 上機嫌
 屋根に干す 布団ふっとび 春一番 
 慰めて 介護の日々や 梅は実に
 虹の橋 二人で渡り 夢はさめ
 器量よし悪しと言いて大根引く

 この本の中には短歌も15首掲載されています。その中で一番良かった歌、

 杜氏として 夫出てゆきし 夜はさびし 時計の音と 吾子の寝息と

 いかがでしたでしょうか。この句集をほしい方は、朝日池総合農場の直売所、「むら市場」(電話は025-534-5955)まで。 

2011年10月08日

久しぶりに大島区へ

 昨日、午前から午後1時近くまで大島区旭地区へ行ってきました。市議会が長かったこともあって大島区旭地区へはひと月ほど行っていませんでした。

 思っていた通り、旭地区はまだ稲刈りシーズンです。板山、竹平などではコンバインの音が聞こえました。豪雨災害で大きな被害をこうむった従兄にも会うことができました。先日の私の議会質問のことをよく知っていて、「ありがとな」と言われました。従兄の一人はインターネットで私の一般質問を見て、みんなに様子を伝えてくれたようです。これはうれしかった。

 大島区では10人ほどの人たちと話をしましたが、一番の話題は、議会での市長発言でした。大島区、安塚区の総合事務所の土木職員を浦川原区総合事務所に集め、新たな総合事務所の職員体制の試行をするという発言です。これには、思っていた以上に大きな反発があるなと感じました。「よりによって、災害のあった年にとんでもない計画だ。除雪ひとつとってみても職員は身近にいないと住民は困る」「総合事務所合理化の布石ではないか」などの声が寄せられました。

 午後からは市議会総務常任委員会でした。各種計画の事業を進めるにあたって優先度をどうするか、評価基準など具体的な方針を示して議員の意見を聞こうという会議でしたが、委員長が副市長の出席を求めなかったというから驚きでした。優先度に関しては事務的なことだと判断したのだとしたらとんでもないことです。最大の焦点は中山間地切り捨てにつながらないかどうかだったのですから。委員からもこの点でも質問や意見が出ていました。具体的な議論は市政レポートに書く予定です。

 昨日は懇親会もあって、直江津から電車で帰ってきました。風邪をひいていて頭がぼーっとしていたのですが、電車から降りた時、私よりもかなり若い女性の方に声をかけられしゃんとしました。「橋爪議員さんですよね、私、応援しています」と言われ、びっくりしました。どこの方かはわかりませんが、このブログを見ておいでの方かも知れません。ありがとうございました。

 きょうは午前から安塚区です。県立安塚高校が創立100周年を迎えたというので、党議員団を代表して記念行事に参加してきます。そして午後3時半の電車で長野市へ向かいます。帰りは明日の午前になる予定です。

2011年10月09日

県立安塚高等学校創立100周年記念式典

 ヤナギバヒマワリが花どきを迎えているなか、新潟県立安塚高等学校の創立100周年記念式典があり、参加してきました。会場となった体育館には生徒、同窓生、現旧職員など400人ほどが集まりました。

 最初に実行委員会を代表して挨拶した矢野学委員長は、1万5800人余の卒業生を送り出した安塚高校の歴史を振り返りながら、スポーツ、文化など様々な分野で地域に貢献してきたことを紹介しました。また在校生には、「新しい自分づくりをし、社会のために貢献する人間になるよう切磋琢磨してください」と激励しました。さらに、「同校を存続させるために、今後、小さくてもきらりと光る部活などを総動員しながら、生徒が通いたくなる特色ある学校づくりのためにご支援を」と訴えました。

 式辞で芳賀昌隆校長は、広く東頸城地域の人材を育ててきた歴史を判りやすく紹介し、「さらなる躍進を期して職員一丸となっていっそう努力していく。小規模校の良さを生かして進路を確実に保障出来るようにしていきたい」と決意を表明しました。在校生にたいしては、「人と人の絆を大切にし、目標と希望をもって力強く人生を歩んでください」と呼びかけました。

 在校生を代表して喜びの気持ちをのべたのは早川愛美(はやかわ・まなみ)さんです。早川さんは、「100周年記念に参加できることをうれしく思います。いま、学校は普通科2学級で、分校は松之山だけですが、バレーボール部や陸上部などがきらりと光る安塚高校の名前を全国に広げてきました。それができたのは、私たちの活動を常に見守ってきてくださった地域の人たちがいたからです。これからも伝統を守り、さらに挑戦して行きたい」と決意をのべ、大きな拍手に包まれました。

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 式典後の記念講演、講師は海洋冒険家の白石康次郎さんでした。白石さんは、ヨットで世界最年少単独無寄港世界一周を成し遂げるなど数々の実績を積み重ねてきた人です。写真は芳賀校長が講師の紹介をしているところです。

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 白石さんは、「夢航海~夢を実現しよう」と題して1時間にわたり講演、自分が歩んできた経験を語りながら、「夢はイメージできればかならず実現できる。夢をもって実現するまで頑張ろう。壁にぶつかった時にはこの日の話を参考にして突破してほしい」と訴えました。そして、最後に生徒のみなさんに贈った言葉は、「素直に、まっすぐに」でした。生徒のみなさんの目が輝いていたように思います。

市展そしてビラ配布

 長野市から戻って最初に出かけたのは上越市の教育プラザです。ここでは市展が開かれているというので、立ち寄ってきました。日本画、洋画、書道作品、工芸などを観賞してきました。

 会場でまわっていると、どうしても知っている人の作品に目が向いてしまいます。吉川区在住の人、党内の人、友人などです。きょうは、吉川区で活躍中の渡辺幸雄さんの「冬道 妙高山」という作品(佳作)が一番最初に目に入りました。妙高山がとても力強く描かれていて素敵な絵でした。

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 午後からはビラ配布でした。日曜日だったこともあって、留守の家はほとんどありません。暗くなるまで、ゆっくりと配布活動を続けました。「市議の橋爪です」と言うと、「いつも読ませてもらっています」などという言葉が返ってきます。汗もかいていい運動になりました。

 市政レポート1522号、「春よ来い」の第173回、「衣替えの頃に」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年10月17日

看取り介護同意書を初めて見た

 午前は葬儀でした。この間、おじいちゃんが亡くなったばかりの家で、今度はおばあちゃんが亡くなりました。1週間の間に夫婦とも亡くなったのです。おじいちゃんがおばあちゃんを迎えに来た、いや、おばあちゃんがおじいちゃんのところに手を伸ばしたのだ、などとみんなが話していました。葬儀が始まって間もなく、式場でひとりの方が倒れ、救急車で運ばれました。これもびっくりしました。

 夜の会議でHさんが一枚の紙を見せてくれました。看取り介護同意書です。Hさんは親を福祉施設であずかってもらっています。入所者の寿命の終わりが近づいたと福祉施設が判断した段階で、家族にそのことを説明して、救命治療はしない、危篤状態になっても病院へは搬送しないということを家族等に示して同意を求めるものです。家族が了承すれば、この入所者を施設で最後まで看取りをすることになります。初めて見ました。Hさんによると、こういう同意書を出していても、土壇場で病院へ運んだりするケースもあるということでした。勉強になりました。

 今週は市議会の会議開催日は少なく、地元で動けそうです。きょうはカメムシの異常発生で困っている人の相談で動きました。明日は早めに市政レポートの原稿書きをできればと思っています。生活相談がなければの話ですが。

2011年10月20日

行革大綱等策定委員会で厳しい意見相次ぐ

 昨日は午前が行革大綱等策定委員会の傍聴、午後からは上越環境科学センターで視察、観光サミット出席、議会報告会と続きました。

 行革大綱等策定委員会は第4次上越市行政改革推進計画(案)がテーマでした。今月の27日には市の(案)が議会総務常任委員会に示される予定になっています。昨日は、行政改革推進計画の策定過程をしっかり見ておきたいと思って傍聴してきました。委員会での議論はたいへん活発で、「個別計画の熟度が上がっていない。行革推進計画を策定するための個別計画策定になっていないか」「職員みんながこれを見て背中を押されるようでないと計画には程遠い」「民間では当たり前のことが書いてある。ふわっとしたもので仕事をしてもらったのでは困る」「組織機構改革と人材育成にこだわっている。そこで働く最低の人数が必要だ」など厳しい意見が相次ぎました。

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 配布された(案)を見ていないので正確でないかも知れませんが、9月議会で話題となった基幹的総合事務所についても記述されているようです。これまでの議会の議論では、大島、安塚、浦川原区で試行したいとの市長見解が示されています。そういうなかで、今回の案では、モデル案をつくって、モデルの拡大準備を進めるとしていることにたいして、「いまの段階から拡大ありきはいかがなものか」といった疑問の声があがりました。市村総務管理部長は、「全市展開したいという思いを拡大準備と表現したものだ」と説明していました。これは27日に議論の焦点のひとつになるでしょう。

 昨日の策定委員会は公開会議でした。しかし、委員に配布された資料のうち、肝心の案文は傍聴者には配布されませんでした。そのため、各委員が具体的な事項で発言された時に議論のどこが問題となっているのか見えませんでした。昨日配布された(案)は、策定委員会の議論を踏まえて修正されていくものです。自治基本条例に沿い、こういうものは公開して議論していってもよいのではないでしょうか。

上越環境科学センターで放射性物質分析装置を見た

 昨日の午後、ヨウ素やセシウムといった放射性物質について詳しく分析できるゲルマニウム半導体検出器を導入した一般財団法人、上越環境科学センターを平良木議員と訪問、この検出器を見せていただきました。同検出器を導入したのは、上越環境科学センターが上越市内で初めてです。

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 薄緑色の検出器は同センターの1階に設置してありました。びっくりしたのはこの検出器の重さです。上の四角い部分は厚さが10センチほどの鉛でできています。この重さが何と2トンもあるというのです。搬入にあたっては、検出器を分解したと説明を受けました。

 下の四角い囲みの中には液体窒素がセットされていました。液体窒素はマイナス160度くらいですが、これで冷却しないと検出器の能力が発揮されないということでした。この液体窒素は、私が家畜人工授精をしていた時にお世話になったところと同じ会社から購入されていました。同検出器は約2000万円で購入したそうですが、維持費もばかにならないとのことです。

 この検出器は7日から供用開始しており、飲料水、野菜、食品、焼却灰、土壌、汚泥などの分析が可能といいます。これまで20件ほど検査依頼があり、そのなかには玄米、焼却灰などのほか、母乳もあったそうです。放射能測定についての関心はそうとう高くなっていると思いました。

 なお、この検出器での分析料金ですが、飲料水(検出下限:3ベクレル/㎏)1万8000円、その他液体試料(検出下限:10ベクレル/㎏)1万8000円、食品等固体試料(検出下限:10ベクレル/㎏)2万円だということでした。ただし、試料の前処理が必要なものは、別に料金がかかることもあるとのことですので、詳しいことは同センター(℡025-543-7664)にお問い合わせください。

 

 

2011年10月22日

仮眠室個室化、自家発電設備の促進を

 昨日は上越地域消防事務組合議会の定例会がありました。主な議案は昨年度一般会計の決算、今年度の一般会計補正予算、専決処分の承認などです。うっかりしていて、質問時のメモを置いてきてしまいましたので、具体的な答弁を書けませんが、私が質問した主なものを報告します。

 昨年度の一般会計補正予算で専決処分が行われました。東日本大震災の発生直後から緊急消防援助隊を宮城県石巻市に派遣していますが、その派遣に係る人件費と旅費を手当てするために232万円を追加したという内容です。昨年度の派遣に要した総額はいくらになったかという質問に、約460万円だという答えが返ってきました。緊急消防援助隊は年度をまたいで第1次派遣から20次派遣まで行われていますが、定例会後、確認したところ、それに要した経費は約750万円だということでした。

 昨年度の決算審査では4点ほど質問しました。1つは人事異動についてです。異動したが地理がわからなくて災害や救急等の活動に支障が出たということがあってはなりません。どう対応しているかと質問しました。消防職員については、通常、3~4年で異動させているが、地元職員の割合などを考慮して対応しているという答弁でした。

 2つ目は消防力希薄地帯の署所新設の検討状況です。現在、組合の消防署、分遣所は8つあります。これまでの説明では木田地区に新たな消防署を建設するべく検討を開始したということでしたので、どこまで到達しているのかと問いました。小池消防長の答弁では、昨年度、確かに検討を開始し、まとめ上げる段階まで行ったが、3月11日の東日本大震災を経験したいま、いま一度、スタート地点に立ち戻って検討することが必要になっているとのことでした。災害の大規模化、広域化への対応という視点が必要だということです。

 仮眠室の個室化、自家発電設備の整備状況についても質問しました。これは、昨年、消防組合議会が東頸消防署、頸北消防署を視察した際、議員みんながその重要性を確認した問題です。個室化については上越北と頸南消防署だけが未整備で、全部の署所での個室化まであと一歩のところまできました。自家発電については、東日本大震災を見て、自家発電機の設置と合わせて可搬型発電機を持つことも必要だと思いました。これについては消防長も共感を示しました。自家発電設備は現在、本部庁舎(上越南消防署)と東頸消防署のみ整備されていて、あとは可搬型発電機で対応しているということでした。

 昨日は、消防事務組合議会のほか、議員懇談会、議員勉強会、各派代表者会議などもありました。

謙信SAKE祭りで酒も野菜も味わった

 今年は柿の豊作年です。わが家の柿の木もそうですが、柿がなりすぎて枝が折れそうになったり、折れてしまったり。まあ、これほど重そうに実がなっている柿の木の姿はあまりないでしょう。柿の実も色づいて食べごろになってきました。きょうは、「しんぶん赤旗」日曜版の配達の際、読者の方から甘柿を買い物袋にふたつももらいました。薄い甘味ながら食べやすく、3個ほど一気に食べました。ご馳走さまでした。

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 午後からは取材も兼ねて謙信SAKE祭りに行ってきました。酒を飲まないで見るだけにしておくつもりでしたが、東京農業大学のテントで高校時代に同級生だった藤本さんにつかまり、飲んでしまいました。でも、同じ場所にいると、いろんな人と出合います。地域協議会などでがんばっているMさん、石平議員のお連れ合いなど何人もの人たちから声をかけてもらいました。

 酒の本場、吉川区からの出店は、「清正」の加藤酒造、「よしかわ杜氏」の杜氏の郷、「さるなしワイン」の吉村商店、「謙信勝負飯」で話題となった品和亭です。みなさん、とても忙しそうでした。

 今回の謙信SAKE祭りで注目したのは上越野菜のコーナーです。仁野分のしょうが、ばななカボチャなどの伝統野菜、越の丸茄子などの特産野菜が並んでいました。マスコミなどの宣伝もあって、賑わっていましたね。野菜を串刺しにして揚げたものは150円でしたので、揚げ立てのものを食べ、味わいました。ばななカボチャは見るのも、食べるのも初めて、スープにして食べるとおいしいそうです。

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2011年10月24日

県道新井柿崎線の現場視察は熱が入った

 上越市の南北を縦貫する主要地方道新井柿崎線は市内で最も重要な県道です。かつては国道への昇格を視野に入れた運動もありました。ところが旧規格のところが多く残っていて、路肩が狭い、歩道もないところがあります。大型ダンプなど大型車の利用が多いのも特徴です。そして冬になれば、猛吹雪にさらされる。きょうは、県道新井柿崎線整備促進議員連盟の現地調査と新潟県上越地域振興局に対する要望書提出の日で、関係区の13人の市議と4人の県議が参加しました。

 現場視察は板倉区内の歩道設置要望個所からはじまって、柿崎区内の消雪パイプ設置要望個所まで21箇所。マイクロバスで移動しながら、8箇所で車から降りて現地を見ました。そのうち、ほとんどの場所で地元町内会の人たちが日頃、目にしている交通事故、地吹雪による車の転落など危険な実態をリアルに訴えました。大潟区高橋新田、吉川区梶地内などでの現場視察では、関係住民と県地域振興局の道路維持課長とのやりとりもあり、充実した視察となりました。

 野尻の交差点付近での視察では、歩道設置の要望が出されました。県の担当者と関係住民、議員が話し合っている間にも大型車がひっきりなしに通ります。ここは小学生の通学路でありながら、歩道のない場所です。旧規格なので路肩も狭く、歩くのが怖い。冬になれば、除雪により雪の壁もできるといいます。現地を見て、子どもたちがいつ車の犠牲になってもおかしくないと感じました。

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 私の地元、吉川区梶地内での現場視察では、6つの町内会から9人もの人たちが実情を訴えるために参加してくださいました。総合事務所次長の説明に続いて訴えたのは、梶町内会長の山岸一男さんです。山岸さんは、「地吹雪によって車が雪に突っ込んだり、田んぼへ転落する場所がほぼ決まっている。防雪柵は昨年仮設型のものを設置してもらったが、もう少し高く、固定的な柵にしてほしい」と訴えました。山岸さんは、要望を伝えるために、きょうの朝、梶十文字付近に立って調べた交通量についても報告しました。午前7時から7時半までは232台、7時半から8時までは469台、合計701台が走っていたというのです。これにはみんなびっくりしました。

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 現場視察が終了してから、議員連盟の宮崎政国会長が新潟県上越地域振興局の新保弘地域整備部長等に対して要望書を提出しました。宮崎会長は、「きょうの視察では地域の熱がだんだん高まってきて、時間がかかった。毎年、取り組んでいる視察だが、きょうは新たな発見もあったのではないか。地域のみなさんの切なる願いをくみあげて、ひとつでもふたつでも実現してほしい」と訴えました。新保部長は、「平成8年度をピークに予算は3分の1くらいまで落ち込んでいる。現地視察では、歩道(の未整備箇所)が強く印象に残った。みなさんの要望で100点は採れないが、少しでも改善できるよう努力していきたい」とのべていました。

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2011年11月10日

大島区の豪雨被害復旧状況を視察

 午後から大島区を訪れ、7月30日の豪雨により被災した道路や農業用施設などを視察してきました。写真でごらんください。まずは国道253号線沿い、大平から大山温泉へ行く途中の田んぼの土手です。復旧工事が完了していました。手前は池ではありません。山間部では雪が降る前に代にして水をはるところがけっこうあるのです。

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 次は主要地方道上越安塚柏崎線、板山地内の不動尊のそばの道路崩落現場です。ここは工事中で、交通止め(迂回路あり)となっていました。降雪期までに通れるようになってくれればいいのですが、ちょっと心配です。

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 次は足谷地内の農地、用水路被害が一番ひどかった場所です。田んぼはほぼ復旧していましたが、いま用水路の復旧工事中でした。ここの市道については来年になるという議会答弁でした。

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 最後は板山の小山さん宅の宅地被害です。玄関前の崩落は復旧済みで、現在、家の脇の地滑り防止工事が行われているところでした。

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2011年11月13日

越後弁サミット

 高田世界館で越後弁サミットがあるというので参加してきました。私自身、日頃からお国言葉をふんだんに使った文章を書いているので、とても関心があったのです。サミットでは、昨年、高田弁のCDを出した有沢栄一さんが、「伝えていきたい故郷のことば」と題して講演、その後、新潟県内の6地区から6人が登壇して、それぞれの地区の言葉について語りました。

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 サミットでは、同じ県内でも使う言葉はずいぶん違うものだということを改めて確認しました。特に新発田市の松川美恵子さんのお国言葉は東北弁の影響を受けていて、くせのある言葉だなと思いました。6人が夏目漱石の「吾輩は猫である」の冒頭部分をお国言葉で語りました。「吾輩(わがはい)は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た」という部分です。下線の付いたところをクリックして聴いてみてください。

 憲法前文の最初の部分については、村上市の加藤悦郎さん、糸魚川市の吉原久美子さん、上越市の石塚正英さんがお国言葉で読みました。これは動画でごらんください。

 今回のサミットに参加して、同じ上越地方であっても、糸魚川市、旧高田の言葉のなかには、「なしなし」「すっぺこっぺ」「やーはい、やーはい」など私が使っている言葉と微妙に違っているものがあることを知りました。お国言葉では、怒りの言葉ひとつとってみてもグレードがあることもわかりました。これはおもしろかった。私がふだん使っている「おっかさ」は敬語だと有沢さんから解説がありました。「おらちのおっかさ」という言葉は、これからも「えんりょしねで」「いっぺこと」使おうと思います。

 

2011年11月28日

原発ゼロ、自然エネルギーへの転換を考える講演とシンポ

 原発、放射能汚染をどうするか、自然エネルギー社会をどうつくるか。頸城区出身の五十嵐仁都立大教授による講演とシンポジウムが一昨日、ワークパルで行われました。200人近い人たちが参加し、とても有意義な勉強会となりました。

 講演の中で五十嵐教授は、「原発震災」で明らかとなった事故の規模、放射能被害の大きさと実態を報告し、「安全神話」の崩壊と「地震付き原発」の危険性を指摘するとともに、できるだけ早く「原発ゼロ」を実現することが課題となっているとのべました。さらに、日本は自然エネルギー大国であり、自然エネルギーへの転換は可能であり、必要であることを明らかにしました。

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 このなかで五十嵐教授は、福島第一原発の事故についてふれ、「事故は津波のせいというが、地震の揺れそのものによる損傷、液状化現象による損傷が大きい」とのべました。また、自然エネルギー、再生可能エネルギーに関連して、太陽光、中小水力、風力などだけでなく、温度差熱の利用、振動による発電にまで言及したのには驚きました。さらに「第4の革命」として挙げた環境革命論は真剣に受け止める必要があると感じました。自然エネルギー重視、大量消費社会の転換、食料・再生可能エネルギー・介護・ケアを内容とした「FEC自給圏」の形成は、経済評論家の内橋克人さんの主張と一致しています。

 結びで五十嵐教授が強調した点は3つです。1つは、政治を変えること、誤った決定をただすことです。いままでの政治が間違っていて、災害に弱いまちになっているところに大震災がやってきた。もっと強靭な対策を講じていればこんなに被害が出なかったというのはその通りです。2つは、具体的な行動に出ること、立ち上がることです。今回、放射能汚染があるから救援に行けなかった地域がある。原発がなければ命を落とさずにいた人たちがいた。ITなども活用して具体的な行動をと訴えました。3つは、騙されないために知ること、学ぶことです。これまで原発神話に騙されてきたが、かつて伊丹万作が戦争責任に関して言ったように、騙されてきた側に責任がなかったのか。自分自身に問いかけてみる必要があるとのべました。

 さて、シンポジウムの方ですが、2人の主婦、佐藤恵美さん、橋本桂子さんと県家畜商組合理事長の萬羽博文さんの発言もすばらしかった。佐藤さん、橋本さんは、主婦として原発災害にどう立ち向かおうとしているのかを明らかにしてくれました。また、萬羽さんは、放射能汚染稲ワラ問題が出て以降、風評被害で肉牛がまったく売れなくなった3か月間の苦しみを語りました。シンポはパネラーが2回ほど発言してなかなかまとめられないケースが多いのですが、今回は会場からの質問も次々と出て議論が深まりました。これはよかった。そして、最終的には放射能検査の徹底、正しい知識の普及に努めることの大切さなどが確認されました。

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小春日和に

 昨日は朝から良い天気になりました。こういうのを小春日和と言うんでしょうね。朝8時頃、車で移動中、雁の鳴き声に気づき、大急ぎで車を降りて雁行を撮りました。青空をバックに雁行の写真を撮ることができたのは運が良かったです。

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 午前10時過ぎ、市政レポートの配布に向かう途中、吉川区中谷内の農道上に30台ほどの車があり、田んぼの中に50人ほどの人たちが何かをやっている光景が目に入りました。降りてみると、長イモ掘りオーナーの人たちでした。ほとんどは市内の人たちですが、新潟市など遠くからの参加者もありました。

 オーナーの人たちはの楽しみは自分たちで植えた芋がどんな芋に生長したかを確認できることにあります。今年はまったく収穫できなかった人が4人ほどあったそうですが、その一方で、一人で10キロも収穫できた人もいたそうです。一口1万円でオーナーになると、自分が植えたものが仮にゼロであっても最低5キログラムの芋をもらえるということです。

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 午後からは7月末の豪雨で被災した道路や農地の災害復旧状況などを視察してきました。先日、小林県議から視察したいので案内をしてもらえないかと声がかかり、きょう、一緒に、県道大潟高柳線の川谷地内や大島区足谷地内の農地、農業用施設などを見てきました。降雪前に終わるかどうか心配されている主要地方道上越安塚柏崎線板山地内の復旧工事も12月半ばには終わる見通しとのことで安心しました。足谷地内の農業用水路の復旧はあと2、3日で終わりそうです。板山のKさん宅の玄関前の崩落、自宅脇の土砂崩れ、いずれも工事は完了し、数日前に避難先から自宅へ戻っておられました。Kさんは、「正月を自宅で迎えられるのはうれしい」とのべておられました。写真は川谷地内で撮ったものです。

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 市政レポート1529号、「春よ来い」の第180回「紅葉舞う中で」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年11月30日

誘導標があるとないとで大違い

 先日、私の議会報告会で、「夜間、雨が降った時など道路と川の区別ができにくくなってあぶない」との指摘がありました。場所は市道大潟27号線、高橋新田地内です。ここは吉川区から主要地方道新井柿崎線へつながる路線のひとつですが、指摘をいただいてから直ちに関係総合事務所に連絡をとり、調査してもらった結果、たしかに危険だということで誘導標を設置してもらいました。

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 設置前と設置後、現地へ行ってみて、「誘導標があることで、こんなにちがうものか」と思いました。上越市には市道だけでも約5,790路線、約2,860kmあります(本年3月末現在)。たいへん多くの路線数と延長です。このなかには管理者が気づいていない危険個所もまだまだあるかも知れません。「ここでひやっとしたことがある」「ここが危ない」という場所がありましたら、ぜひ教えてい下さい。

2011年12月15日

降雪予報を聞いてフル回転

 朝から「しんぶん赤旗」日刊紙の配達、市政レポートの作成・印刷・ポスト下ろし、「しんぶん赤旗」日曜版の配達とフル回転でした。目覚ましは午前3時にセットしておいたのですが、実際に起床したのは午前4時45分。この1時間45分の遅れが響き、このところ、毎週書いていた随想は途中で断念しました。

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達はいつもなら金曜日からはじめています。きょうは、夜から雪になるという天気予報だったので、夕方から山間部に向かいました。ある家で新聞を手渡ししたところ、私の目の前で新聞を開き、市政レポートの裏面を見ようとされました。「あっ、ごめんなさい、今週は書けなかったんです」と言うと、「『春よ来い』の続きがどうなったかと思って…」という言葉が返ってきて、びっくりしました。「続きもの」として読んでいてくださる方があるんですね。

 夜から降雪という予報で心配になったのは、主要地方道上越安塚柏崎線の災害復旧工事です。先日通った時には完了までもう少しという段階だったのですが、午後7時前に通ってみたら、舗装が終わったばかりでした。どうもきょう終わったらしい。よかった、よかった。これで雪が来ても大丈夫です。

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2011年12月19日

夢を見る人がいた

 「そば会をやるから、その前に議会報告をしてもらえませんか」と誘われ、喜んで出かけてきました。パワーポイントも使わず、口頭だけでの議会報告は久しぶりでした。10数分の時間で12月の質問を中心に語りましたが、いいもんですね、口だけというのも。聴衆の表情を見ながら話をしているので、何に関心が高いかもわかります。昨晩の私の話の中で一番反応があったのは総合事務所の見直し問題でした。

 報告が終わって、そばを食べる時間になっても、「TPP参加後、減反はどうなるのか」「中山間地域振興基本条例制定後、何をやるべきだと考えているのか」などいろんな質問が出ました。もちろん、質問、話題は政治のことばかりではありません。フキノトウの天ぷらが出てきたので、「柿崎で蝋梅(ろうばい)の花がもう少しで咲きそうだ」という話を私からしたら、花の話題で盛り上がりました。

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 花の話題で私もひきつけられたのはヒマラヤ桜の話です。自分の故郷には雪がいっぱい降る、この雪景色の中でピンクの桜を咲かせて全国から人を呼びたい。そんな夢を語ってくれたのは牛飼いだったYさんです。この桜は、1月から2月にかけて咲くのです。わざわざネパールまで出かけ、種子を入手、木は現在、2メートル以上に生長したといいます。高山性の植物ですので、高温多湿型の気候風土の中で育ってくれるかどうか心配ですが、夢はとても素敵です。ぜひ成功させてほしいと思いました。

 昨晩、そばを準備してくださったのは高校の先輩、高田のNさんでした。私もいろんなそばを食べてきましたが、抜群の味でした。Nさん、ありがとうございました。

 市政レポート1532号、ホームページに掲載しました。ごらんください。

2011年12月23日

柿崎、浦川原の区地域協議会を傍聴

 朝早くから一日中、動き回って家に着いたのは午後8時前。1週間の流れの中に祭日が入っただけでずいぶんと忙しくなります。昨日は、市政レポートの作成、「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達、地域協議会の傍聴と続きました。浦川原には昨日だけで3回も行きました。

 さて、地域協議会です。議会日程などとダブっていない時にはなるべく傍聴することにしていますが、昨日は柿崎区と浦川原区の地域協議会を傍聴してきました。私が関心を持ったのは、両区の地域協議会で総合事務所の見直し問題がどう議論されるかでした。

 このうち、柿崎区では、地元議員による議会報告もあり、それをうけて二人の委員が質問しました。委員のひとりは、「地元議員はよく頑張っているが、もっとがんばってもらいたい」として、「事務事業の総ざらい、地域事業費制度の見直しのあとで(仮称)厚生産業建設会館の建設問題が本決まりしてきた。反対してもらいたい」「(ブロック化)については、合併協議の段階ではこんな話はまったくなかった。おかしな話だ。これにも抵抗してもらいたい」と発言しました。この人はある議員の後援会大幹部のひとりです。これにはびっくりでした。写真は柿崎区でのものです。

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 地域協議会の審議の中でも発言がありました。小池会長は、「(総合事務所見直しの方針について)説明するけれども、(我々の声を聞いて)直すつもりはないという話が聞こえてくる。これだとやる気がなくなる」とのべていました。また、ある委員は、「職員がこのまま減るのは重大な問題だ。将来的には柿崎区はなくなってしまうのではないか」と発言していました。さらに、別の委員は、「総合事務所の権限が木田庁舎に集中していく気がする。ブロック化をする意味が果たしてあるのか。真綿で首を絞めるようなやり方はいかがなものか」と疑問の声をあげていました。みんな、心配しているんですね、総合事務所見直し問題の行方を。

 柿崎、浦川原区の両地域協議会では、独自の取組に注目しました。柿崎区は地域協議会の活動報告会をやる計画を持っていましたし、浦川原区は「小学校のありかたフォーラム」をやるというのです。すごいですね。

2011年12月31日

安塚区町内会長協議会が地域協議会などに要望書

 安塚区からの情報です。総合事務所のあり方の問題で安塚区町内会長協議会が27日、安塚区地域協議会と同区選出市議会議員に要望書を提出したというのです。内容は、安塚区内の現状や住民の意見を十分尊重したうえで行政組織を再構築するよう市に働きかけてほしいというものです。

 要望書では、「14市町村の合併から、組織・財政等を含め合理化は避けて通れない」としつつも、来春から大浦安(大島、浦川原、安塚の略称)をモデルとして、浦川原区に基幹的な総合事務所を設置し、産業建設グループを集約する市の試行計画は、災害の初動対応に不安があることや住民の声が聞き入れられていないことなどから反対だと表明しています。そして、緊急に市に対して意見書を提出するなど市への働きかけをしてほしいとしています。

 市役所が住民不在のまま、行政主導で行政組織の見直しをすすめてきたことに対する反発はこれまでも地域協議会などの議論で出てきていましたが、いよいよ町内会にも波及しました。こうした動きは隣の大島区においても出てきており、今後、村山市長がどう出てくるか注目されています。

 安塚区町内会長協議会が地域協議会に提出した要望書はクリックするとご覧いただけます。

2012年01月04日

手話での「BELIEVE」に感動

 上越市の新年祝賀会のオープニングアトラクション。市内のコーラスグループのみなさんが「BELIEVE」、「妙高山に」、「大地讃頌」の3曲を披露してくださいました。私は舞台に近いテーブルのところにいましたが、もう少しで、「アンコール!」と言ってしまいそうなほど素敵な合唱でした。

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 この合唱での1曲目は「BELIEVE」。びっくりしましたね、JCV(上越ケーブルビジョン)の「つばめステーション」で司会をしている北井さくらさんが手話でこの歌を表現してくれたのです。手の動き、顔の表情を中心にしながら体全体で表現する姿は感動的でした。手話で歌詞もリズムもここまでできるとはすごい。

 

 きょうは市役所の仕事始めでした。新年祝賀会の後、木田庁舎などで挨拶まわりをし、地元へ戻りました。恒例となった吉川商工会の新年懇談会に参加するためです。区内の団体代表や商工会会員など約50人が集まり、酒を飲みながら意見交換をさせていただきました。

2012年01月10日

水を流して道路確保

 昨日、街頭宣伝で柿崎区水野へ行ってきました。米山寺からしばらく行って、坂道になると、上の方から道路一面に水が流されています。こういうやり方で冬期間、道路を確保しているところは市内では南高田方面の集落や吉川区などにもあります。でも道路の延長はここが市内で一番だと思います。

2012年01月11日

大島区町内会長連絡協議会も要望書

 大島区町内会長連絡協議会がこのほど大島区地域協議会に要望書を提出しました。総合事務所のあり方についての検討は、もっと大島区内の現状や住民の意見を尊重して検討するよう、市に強く働きかけてほしいというものです。

 この要望書は先月28日に行われた大島区町内会長会議で出された意見をもとにまとめたもの。「大島区は、高齢者が多く、豪雪地のうえ災害が多く、地元に専門の職員がいなくなったとき、最も大事な初動の対応ができるのか」「大浦安をモデルとする理由は何か。やり易いからモデルにするのか」「行政サービスが落ちることはないとの説明ならば、大きなブロックで実施すれば効果が大きい」「市全域で同時に実施すべき」「今日聞いて、3か月後に実施とは住民無視もはなはだしい。市長公約の住民がど真ん中はどこに消えたのか」「住民への説明もなく、意見も全く無視したことには絶対反対をする。このままでは住民の反対運動が拡大する」「市長の説明、または住民の声を聞く公聴会の開催を強く望む」「町内会長の立場で、町内会の住民に説明ができない」などの意見が書き込まれ、「現在の状況下ではこの試行計画には絶対反対していくことに至りました」とあります。

 こうした要望書は安塚区でも提出されていることはすでにお知らせしたとおりです。行政主導で進めてきたことのつけがここにきて一挙に噴き出した感じになりました。市では、来週中には大島、浦川原、安塚区の地域協議会の幹部と話し合いに入りたい意向のようですが、今回の動きの底流には地域事業費制度の見直しなどへの不信感が横たわっています。簡単には解決への道が開けないでしょう。

 きょうは、写真屋さんへ行き、ポスター写真を撮り、出来上がったところで印刷屋さんへも行ってきました。来週前半には出来上がってくるものと思います。写真は53枚も撮り、そのなかから12枚の候補を選びました。下の写真は12枚の候補のひとつです。バックの色との兼ね合いなどから、最終的に1枚にしぼります。

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2012年01月16日

災害救助法が適用された中郷区へ

 今朝の最大の関心事は、「春よ来い」の第186回「三分間の交通誘導」に書いたWさんと会った時、どういうことを言われるかでした。7時25分過ぎ、いつもの三叉路にやってきたWさんは私に向かって、「おはようございます。ほめていただいてありがとうございました。これから三分間のお勤めをさせてもらいます」。ああ、よかった。私の書いた文章を快く受けとめてくださったのです。昨日は寝ているうちにお連れ合いの友人の方から電話があり、「すごい反応でびっくりした」といいます。昨日の朝刊に折り込んだ私の市政レポートを読んでくださった方も多かったようで、朝の挨拶をしている私にたいするドライバーの人たちの反応もこれまで以上のものがありました。わざわざ、車の窓を開けて挨拶をしてくださる方も何人かありました。ありがたいことです。

 きょうは午前に市議会第三セクター特別委員会の勉強会を傍聴した後、平良木議員とともに中郷区へ行ってきました。災害救助法の適用を受けた同区の積雪、総合事務所の対応などがどうなっているかを視察するため出かけてきたのです。総合事務所長等の話によると、今回の大雪で、一日に105センチも降った日もあったといいます。年前に屋根の雪下ろしを2回ほどやった家がほとんどでしたが、私たちが出かけたきょうも、屋根に上がって雪下ろしをしている姿がいくつかありました。写真は総合事務所に近いところと稲荷山というところで撮ったものです。

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2012年01月19日

地区労連の旗開き

 今月は労働組合などの旗開きがいくつもあります。今晩は上越地区労連の旗開きでした。毎年のように参加しているので、顔なじみの人が多いのですが、今回は若い人の姿が目立ちました。労働組合の幹部も替わっていくんですね。組合ごとの自己紹介があり、そのなかで平成元年生まれの人がいて、会場では「わー」という声が上がりました。組合運動の担い手もいよいよ平成生まれの人が登場してくる時代になりました。

 旗開きでお酒を飲んだので、帰りは電車でした。その電車には旗開きで一緒だったSさんもおられました。Sさんは私のブログを読んでいてくださる方で、興味深いことを教えてもらいました。つい先日、浦川原区にある天然記念物の虫川大杉の大きな枝のひとつが雪のため折れて、落ちたけれども、「落ちる前の大杉の最も新しい写真は橋爪さんが撮ったものではないか」というのです。私が撮ったのは1月3日午後2時4分から6分までの間です。「落ちる前の大杉の最も新しい写真」かどうかはわかりませんが、3枚撮りましたので、大事にしておきたいと思います。

 きょうは市政レポートを印刷した後、三和区など市の南部へ行ってきました。市政レポートのポスト下ろしと特別号の取材です。市議会議員選挙の新たな情報も得ることができました。

2012年01月22日

民商青旗開きで激励される 

 昨日、高田で行われた上越民主商工会の2012年青旗開きに参加してきました。そこでは挨拶させていただき、同会が昨年、住宅リフォーム促進や仲町オリエンテーリングなどの活動で地域経済を活性化させた取り組みを評価するとともに、今年、最大のたたかいとなる消費税増税反対運動などで共にがんばろうと訴えました。もちろん、市議選のことも訴えさせてもらいました。

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 青旗開きでは吉川区の会員さんや同級生の大工さんなどと久しぶりに会いました。青旗開きにはほぼ毎年参加していますが、今年は選挙年ということもあって、たくさんの人たちから激励されました。うれしかったですね。次の動画は青旗開きで吉川区小苗代の金子悦夫さんが歌った「俵積み唄」です。のびのびとした、すばらしい声、ほれぼれとして聴きました。金子さんのこの唄は以前から、いつか動画で撮りたいと思っていました。

 きょうは穏やかな一日でした。1月も下旬となり、市議選をたたかう各陣営の動きが賑やかになってきています。私の地元、吉川区へは柿崎、大潟、三和などから立候補を予定している人が次々と入り、宣伝・組織活動を強めています。私も負けてはいられません。きょうは朝から夕方まで動きました。今晩は、これからビラ作りの準備です。

 市政レポート1537号、「春よ来い」第187回「母のやけどあと」をアップしました。

 

2012年02月02日

地吹雪で車が何台も立ち往生

 朝6時過ぎ、県道新井柿崎線を走行していたところ、吉川区の梶十文字から大潟区内雁子間で地吹雪による吹き溜まりが出来ていました。大型車や普通車数台がこの吹き溜まりに突っ込み、動けなくなっていました。私の車も一時、動けなかったのですが、4輪駆動のお陰で何とか脱出できました。市議会の新井柿崎線整備促進議員連盟でもこの付近に常設型防雪柵を早期に設置してほしいと運動していますが、まさか自分自身がこの吹き溜まりに突っ込むことになるとは……。早急に整備してほしいものです。写真は立ち往生している車です。

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夕方、地吹雪ため、板倉区行きを断念

 きょうは朝の「しんぶん赤旗」日刊紙配達、辻立ち以降、夕方までデスクワークでした。日本共産党県委員会と意見交換しながらビラを作成したり、市政レポートの原稿書きをしたりとフル回転。そうそう、豪雪対策で「しんぶん赤旗」記者からの取材もありました。原稿書きで一番悩んだのは随想「春よ来い」です。当初、冬の料理の話を書こうと思っていたのですが、災害救助法が適用されているなかでのんびりしたことを書くことに違和感があり、急きょ、雪を題材にした話に変更しました。

 市政レポートの印刷が終了したのは午後4時過ぎでした。それから板倉区まで何か所かでポスト下ろし(「しんぶん赤旗」日曜版配達の各区の元締め役をしている人のところへ持って行くこと)をする予定だったのですが、猛烈な地吹雪だったため、三和区まで行き、その先は断念しました。とても行けそうになかったからです。でも、三和区まで行けたのは、後援会事務局のTさんのお陰でした。「危ないから一緒に行こう」と声をかけていただき、カーナビを見ながら、ふだんあまり通らない道を進んでたどり着くことができたのです。

2012年02月19日

市民の声を尊重しない意見交換会では開く価値なし

 「総合事務所のあり方についての市長と市民との意見交換会」が安塚区、浦川原区、大島区で開催されました。このうち、大島区で開催された意見交換会を傍聴してきました。午後4時に開会、終わったのは6時半近くでしたから、長時間の意見交換となりました。でも、市民の声は聞いても、総合事務所産業建設グループの集約化についての大浦安(大島、浦川原、安塚)での試行は予定通り4月から行うというのです。これには、「聞いただけで押しつけだ」などと反発の声が相次ぎました。市長選のときのキャッチフレーズ、「市民がど真ん中」はすっかり遠くに行ってしまいましたね。

 今回の意見交換会を前に行政側は、総合事務所のあり方の見直しの意義を3つにまとめました。1つは、災害対応です。総合事務所間の連携の強化だけでは対応できないから、技術職などの集約による復旧作業の迅速化、多人数で対応する機動力の向上が必要だというのです。2つは、一業務を複数の職員で担任する体制を構築し、職員同士の情報交換などによる資質の向上をはかること。そして3つ目は、広域的な政策や新たな地域振興策を展開していくことにあるとしました。これらは、議会や地域協議会、町内会長連絡協議会などから出された意見を踏まえて整理されたのでしょう。

 説明の中で行政側は、なぜ大浦安で試行するのかについて、①昨年の豪雪・地震・豪雨における実情や経験を踏まえた検証が必要である、②他の区域で試行・検証した場合に、その結果にもとづくサービスの提供方法や災害対応が、中山間地域にも適用できるのか、の2点にまとめました。そして、試行・検証の重点課題は、①高齢者世帯の多い中山間地域での行政サービスの円滑な提供、②先の災害を教訓とした災害への「初動対応」から「復旧作業」までの体制、③共通の地域課題を持つ区域における広域的な施策・事業の展開、の3つであることを明らかにしました。これらの整理と公表は初めてだと思います。説明を聞きながら感じたのは、試行に反発する動きを強く意識して整理したのではないかということです。

 市民からの発言はすべて大浦安での試行に反対でした。「浦川原に行ってどうしてよくなるのか。遠くなってサービスがよくなることはない」「(行政側が)自分の都合のいいように考えてまとめただけだ」「合併して殆どいいことがない。敬老会一つとってもサービスが低下した」「モデル地区という言葉を使っているが、良いことをするときに使ってもらいたい」「地域自治区にかかわる重要事項は地域協議会に諮問してほしい」「これだけのことをやるなら市長の考えている分権の絵をしっかりと見せてください」などの発言の根底には、行政に対する不信と反発が渦巻いていました。これらのもとは、合併による地域の衰退です。また、村山市長が取り組んできた事務事業の総ざらい、地域事業費制度の見直しに続いて、今回の総合事務所のあり方の見直しについても行政主導で行われてきたことも大きい。

 意見交換会で行政側に対して激しいブーイングが起きたのは午後6時ころです。Mさんが、「(4月から即実施ということではなく)意見交換の場で出された私たちの気持ちを持ち帰って改めて検討してもらえるのか」と質問したことに対して、市長が、「私としては取り組むという方向の中で私の思いを伝えてさせてもらった」と述べ、再検討の意思はないことを明らかにしたときでした。会場からは、「一方的な説明じゃないか」「聞いてもらえないのであれば、これ以上言う必要はない」などといった声が相次ぎました。

 

2012年02月22日

上越地域消防事務組合で可搬型放射能測定器8台購入する計画

 上越地域消防事務組合は新年度一般会計予算で可搬型の放射能測定器を8台購入し、管内の6消防署2分遣所に配備し、上越市、妙高市へ情報提供する計画であることがこのほど明らかになりました。

 関係者によると、これは上越、妙高両市から要請されたもので、各消防署などで観測する風向、降雨量などの気象データとともに消防事務組合のホームページで測定データで公表する予定とのことです。データは上越、妙高両市のホームページでもリンクをはって見られるようにするそうです。予算額は400~500万円ほどといいます。

 これまで、上越市内には上越地域振興局健康福祉環境部に1箇所しか設置してありませんでした。同組合の定例議会が24日に開催されますが、そこで同予算案が可決されれば本決まりとなります。これまで市議会などで柏崎に隣接する柿崎区などに放射能測定器を整備すべきと主張してきただけに、実現すればうれしい。

2012年02月24日

消防事務組合も原発事故を視野に入れた活動へ

 上越地域消防事務組合の定例議会が開かれました。今回の議会は新年度一般会計予算案の審議が中心です。私は原子力防災のことを中心に据え、村山秀幸管理者や小池義徳消防長に質問をしました。このなかで、村山管理者は、今後、原子力防災も消防組合の活動のひとつになっていくことを認めました。

 新年度予算には管内の6消防署と2分遣所に放射線測定器を配備する予算、約500万円が計上されています。私はまず、「昨年の福島第一原発の大規模な事故があって、予算計上されているのだと思うが、上越地域消防事務組合のこれからの活動の在り方の問題として、原子力防災についても視野を入れた活動展開をしていくのか」と質問しました。これに対して村山管理者は、「(原子力災害に)どういう形で対応していかなければならないか大きな問題として議論してきた。防災の一番の前線にいる消防署の果たす役割はこれから大きくなっていく。そこと行政の連携の中での対応が必要になってくる。今後、消防活動の中でのこのような形の対応をしていくということが当然考えられるし、取り組んでいかなければならない。24時間体制の中での消防の力を発揮してもらう」と答えました。

 原子力災害対策も活動のひとつにしていくとなると、当然、どういう活動をしていくのかの方針を持つ必要が出てきます。「今後は、総合的な対策が求めらる。原発事故が起きた時の活動を考えた整備計画も必要になってくる。どうするのか」との私の質問に、小池消防長は、「国、県の方針と整合を取りながら対応していく」とのべました。

 今回消防署、分遣所に配備する予定の放射線測定器は携帯型です。「どれくらいの頻度で測定していくのか」との問いには、「毎日、午前9時の気象観測に合わせて測定していく」という答えでした。それで、「一日に1回の測定だと住民の不安は解消できない。携帯型の測定器を使うならば、常設型の測定器に近づけるよう、なるべく測定の間隔をせばめて放射線量を測定すべきだ」と注文を付けました。小池消防長は、「今回の予算が成立した段階で、妙高、上越市と観測時間などについて詳細に打ち合わせをしていきたい」と答えました。検討結果を注視していきたいと思います。

 

2012年02月25日

モチ焼きは忙しかったが、楽しかった

 恒例となった大島区旭地区の「あさひ雪あそび」に参加してきました。「あさひ雪あそび」は今回で15回目といいます。雪像あり、カラオケあり、寸劇あり、ゲームあり、花火あり。そして、うどんやモチなどを販売する屋台村もできました。写真は寸劇です。

 私は今回、モチ焼きの手伝いでした。炭火を使ってモチを焼くのですが、お客さんがあって、モチをほしいときに焼けていない。その逆にお客さんがない時にはいくつも焼けているのです。「おい、まだか」などと催促されながら、炭火をおこしたり、モチをかえしたりしながら結構忙しかったです。

 屋台テントにはいろんな人がやってきます。私がいたところには私の地元の市役所職員、Nさん夫婦、市政レポートの読者の方、なじみの地域協議会委員さんなどが来て、おしゃべりを楽しみました。小さな子どもさんとも仲良しになりました。なかには、市議選に立候補する他陣営の運動員さんも来て、私のそばで支持を頼んでいました。帽子をかぶっていましたので、私がだれかわからなかったようです。

 帰りには大山温泉で風呂につかり、その後、ほくほく線の「ほくほく大島駅」に寄ってきました。元総合事務所長のYさんが、「あれは、すごいよ」とべた褒めしていた「雪ほたる」の風景を見たかったからです。たしかに見事な風景でした。先日までの激しい降雪のあと、こうした雪とあそぶイベントに取り組む姿勢、エネルギーはすばらしい。

2012年03月10日

板倉区の地滑り、民家に到達

 残念です。7日に発生した板倉区国川の地滑りはとうとう民家に到達しました。私はきょうの午前9時半ころに行ったのですが、地滑りの先端は私の友人である長嶺雄二さん宅などを押していて、柱の折れる音、ガラスの割れる音などがしていました。このままだと、数軒の家が押しつぶされてしまいそうです。

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 上越市は、今後、被害が拡大する恐れがあるとして午前10時45分に上越市地すべり災害対策本部を設置しました。泉田知事も現地に入り、本日、災害救助法が適用されました。被災地の住民、10世帯約40人は板倉農村改善センターや親せきなどに避難しています。

2012年03月11日

板倉区国川の地すべり、いまだ止まらず

 東日本大震災から1年がたちました。街頭宣伝の前に板倉区国川の地すべり現場をまた訪れてきました。長嶺さんの家はさらに押されて、家の裏側が持ち上げられ、隣の家にくっつくまでになっています。きょうも、トタンや板などが押され、不気味な音を出していました。地すべりした山の中腹では、バックホー等が動いていました。中腹に溜まった水の抜き取り作業が始まったようです。

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 地すべりして流れ出てきた先端部の近くには上江用水があります。土地改良区の理事長さんのお話によると、ここがふさがってしまうと下流域の広大な田の植え付けができなくなるとのことです。昨日から今朝の3時ころまでかかって大きな管をふせる作業が行われました。トンパックの下に管がふせられています。

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2012年03月12日

板倉区国川の地滑り、被害拡大

 今朝の9時過ぎに現地に行ってきました。昨晩のうちに地滑りの先端がさらに数メートル伸び、長峰雄二さん宅などの住宅、車庫を押しまくっています。現在も1時間に70~80センチほど伸びていて、まもなく県道まで到達しそうな勢いです。

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 午前10時からの総務常任委員会でも行政側から説明がありました。今朝の8時現在で、建物被害は住家4件、非住家4件となっています。また、避難者状況ですが、昨日の午後5時現在で、17世帯52人が避難所、親戚・知人宅に避難しているとのことです。

2012年03月13日

板倉区国川の地滑りのスピード落ちる

 板倉区国川地内の地滑り現場を午後から視察してきました。建物の倒壊などがすすんだ結果、被災したところが昨日よりも膨らんだようにように見えました。押しつぶされたり、横倒しになったりした建物が眼前にあると恐怖をおぼえます。雪の山の高さは、高いところで20メートルほどになっているといいます。巨大な雪の山が民家を襲う様はまさに「白い津波」といった感じです。下の写真はいずれも午後3時40分ころ撮影しました。

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 今回の地滑りの対策を進めるために、きょうは専門家も現地入りしたという情報が入ってきました。地滑りは基本的には融雪に伴うものとの判断で、妙高砂防事務所では懸命に水抜き作業をすすめています。板倉区総合事務所によると、地滑りの先端部の動きはきょうになってスピードが落ちてきて、午前7時から午後2時までの7時間に1.1メートルの伸びにとどまっているということです。昨日の市議会総務常任委員会の時の説明では1時間に75センチでした。

2012年03月14日

板倉区国川の地滑り、被害拡大防止工事続く

 議会の本会議が午後4時過ぎに終わったので、板倉区国川の地滑り現場へ行ってきました。総合事務所などの情報によると、地滑りの先端部は、きょうの午後1時までの24時間で約3.8メートル進んだといいます。地滑りはこのまま進むと、国川の西方向にある曽根田(新屋敷)にまでおよぶ恐れがあるということで、市は昨晩、そこの5世帯20人に避難準備情報を出したということです。

 被害防止のために、県は山腹でのボーリング工事(水抜き)をさらに強化し、県道三和新井線では引き続きコンクリートブロックの設置工事を行っています。避難準備情報を出した曽根田への被害を事前に防止するために、トンパックなどを積む作業も始まっています。現場周辺は昨日よりも工事車両が増え、バックホーやブルなどが忙しく動いていました。

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 県はきょうの午後、マスコミなどに国川の地滑りの応急対策などについて説明しました。その時に使った「国川地すべり応急対策及び調査平面図」を入手しましたのでごらんください。放射線状にパイプを打ち込む水抜き工事場所、大型土のうやGPSの設置場所などが書き込まれています。

2012年04月04日

市内各地で強風被害

 昨日からきょうにかけての強風により各地で被害が出ています。今朝の6時半現在で、軽傷者6人、建物被害130件となっていましたが、その後、建物被害は増えている模様です。私は午前8時過ぎから吉川区、柿崎区、大潟区、大島区、浦川原区の被害状況を視察してきました。

 まず、吉川区ですが、住宅の屋根がはがされたケースを2件ほど見てきました。いずれも原之町地内ですが、そのうち1件はトタンだけでなく、板までやられていました。

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 農業用ハウスは小苗代、六万部、田尻、西野島などで大きな被害が出ました。甘くておいしいトマトで有名な山岸トマトさんのハウスも被害を受けました。写真は田尻のハウスです。

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 私の地元、代石は風が強いところです。住宅の外壁がはぎとられたところもありました。選挙ポスター掲示場も吹き飛ばされました。わが家は牛舎の堆肥置場の屋根がはがされました。

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 次は柿崎区、大潟区、浦川原区の被害です。立木や工作物が電線、光ケーブルなどを切断するケースがいくつかありました。柿崎区ではセーブオンの工作物が電線にのっかかりました。大潟区の内雁子では大きなポプラが倒れ、電柱も折れました。

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 大島区や浦川原区は内陸部なので比較的被害は少なかったのですが、それでも屋根がはがされたり、車庫が倒れそうになるなどの被害が出ていました。写真は浦川原区桜島の車庫被害です。

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2012年04月06日

旧上越北部、大潟、柿崎区に暴風被害集中

 暴風による市内の被害状況が市役所防災危機管理課から伝えられてきています。昨日の10時現在の地域別被害状況が入ってきていますのでお知らせします。旧上越市北部、大潟区、柿崎区に被害が集中しています。

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2012年04月10日

感動的な出会い

 昨日の夕方のことでした。柿崎区内でビラ配布をしているとき、若いお母さんから声をかけていただきました。「この子がアンケートを書いたんです」と。お母さんのそばには手袋をした男の子が立っていました。まだ中学生です。アンケートでは10代とありましたから、大学生かと思っていましたが、まさか中学生だとは……。うれしかったですね。

 この中学生は、おばあちゃんなどが困っているという話を聞いて、「日曜のバス運行をしてほしい(山間部)。現状ではタクシーなどで町へ出る手段しかないので困る。増税反対を上越から、新潟から進めてほしい」ということを書いて私のところに送ってきてくれていました。会って話をしてみたら、新聞やテレビもしっかり見ていて、とてもしっかりしている中学生だということがわかりました。

 お母さんも息子さんも初対面でした。でも、ふたりとも私の市政レポートをよく読んでいてくれて、この中学生が書いた意見を掲載した市政レポート1537号も見てくれていました。中学生とはがっちり握手し、「将来、おじさんのあとをついで市会議員になってくれないか」というと、ニコニコしていました。なにか大きなドラマの始まりを感じます。

2012年04月13日

浦川原区東俣地内で発生した地すべり

 昨日、浦川原区東俣地内で地すべりが発生したとの情報が入りました。長さ30m、幅30m、高さ30mの規模です。板倉区国川の地すべりが発生した時、融雪期の地すべりが他地域でも発生するのではと心配の声が出ましたが、それが現実となりました。

 きょうの午後、私は現地に入りました。現場は県道柿崎牧線から200メートルほど入ったところにあります。現場付近では、ちょうど電気屋さんたちが作業をしている最中でした。土砂が大量に押し出されていて、まだまだ上から滑ってきそうな感じがしました。

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 現場付近の状況を見ていただくために、動画でも撮影しました。こちらもごらんください。

2012年04月30日

秋葉山神社ちょうちん行列

 半鐘の音が遠くの山から聞こえてくる。半鐘の後に百数十人が提灯を持ち、列になって山を登っていく。保倉川の近く、上岡公民館前広場からはずっと太鼓がたたかれ続け、音が響いている。いいもんですねぇ……。大島区の秋葉山神社ちょうちん行列のことです。昨晩、初めてこの行列を見てきました。

 始まる前に上岡公民館前を訪れたら、そば、大判焼き、岩魚焼きなどの屋台が出ていて、賑わっていました。上岡など地元の人たち、総合事務所の職員、そのほか知っている人たちが大勢いて、楽しくおしゃべりをしました。もちろん、そばなども食べてきました。一杯250円のかけそばがとても美味しかったです。

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 出発前のちょうちんです。

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 このちょうちん行列は午後7時に上岡公民館前をスタート、秋葉神社に登りついたのは私の時計で午後7時36分でした。行列が山を登っていく様子は大平の南側にある小高いところから見ました。暗い山道を列になって登っていくのはたいへんだと思いますが、半鐘の音と太鼓の音に励まされていることがよくわかりました。

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 秋葉山神社ちょうちん行列は今回で148回目といいます。150回目が近づくにつれ、市内外からの注目度はアップすることでしょう。次回は私もちょうちんを持って登りたいと思います。

 市政レポート1550号、「春よ来い」の第200回、「背中かき」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2012年05月01日

第83回メーデー上越集会

 ものすごく暑い一日でした。おそらく今年一番の暑さでしょう。午前は山菜祭り準備会と「しんぶん赤旗」購読のお願い行動でした。山菜祭りは、5日午後3時から橋爪牛舎脇広場で行います。会費は1000円。ぜひお出かけください。

 午後からは第83回メーデー上越集会でした。消費税増税反対、原発再稼働を許すな、非正規雇用をなくせなどをスローガンに100人近い人たちが集い、デモ行進をしました。集会では私が日本共産党を代表して挨拶、メーデーを悪政の連発を阻止する総決起の場にしようと訴えました。

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2012年05月12日

今清水の雪椿まつりは本日午後1時から

 昨日お知らせした上越市牧区今清水の雪椿まつりは本日午後1時からです。雪椿の近くで講演(今清水の縄文遺跡について)があるほか、花見を楽しむ会も予定しているそうです。マスコミはほとんど宣伝していませんが、都合がつく方はぜひご参加を。なお、私は本日午後2時から新潟県民会館で日本共産党演説会があるので参加できません。残念ですが。

2012年05月20日

感動的だった入場行進

 朝早くから大忙しでした。市政レポート最新号の裏面の印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、県立吉川高等特別支援学校の第1回運動会、友人の葬儀、在来線と地域のあり方を考える直江津・頸城の会総会、中央大学の学生さんからのインタビューと続きました。夜はきょうの「88歳を祝う会」のスライドの準備をしましたが、左の背中に時々痛みが走り、早々と眠りました。先日から頭のしびれがあり、今度は背中に痛み、体のどこかに異変が起きていなければいいのですが。

 県立吉川高等特別支援学校の運動会は感動的でした。時間の関係で最初の入場行進と最後のダンスしか見ることができませんでしたが、生徒たちが手を抜かず、一生懸命にがんばる姿は胸を打ちます。一昨日は雨でグランドでの予行演習はできませんでした。体育館の中とグランドでは勝手が違います。入場行進はトラックを2周するというハプニングがありました。どこでグランド中央に曲がったらいいか迷ったのでしょう。でも2周目、先頭の生徒が開会式の場所となるグランド中央へと90度曲がった時には職員や保護者、地域の人たちから大きな拍手が送られました。最後のダンス、全校生徒30人がひとつになって踊る姿は、みんなが力を合わせることの大切さを教えてくれます。アンコールの声がかかり、拍手が起きました。

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 昨日は五月晴れでした。田んぼでは田植え作業をする姿があちこちで見られました。田植えが終わったところの風景もきれいでした。写真は吉川中学校の近く田んぼです。

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 昨日の夕方、わが家にやってきた学生さんは社会学を学んでいる青年です。人間が生きていくうえでふるさとの持つ意味、役割などについて約1時間半ほどインタビューされました。ふるさとで若い人が都市部へと流失して行く中で、真剣に地域問題を考えている姿はとても好感が持てました。中山間地対策、TPP参加問題などでも訊かれましたが、こういう青年がいることをうれしく思いました。

2012年05月28日

五月晴れに誘われて…

 昨日は日曜日。「半日、机に向かって原稿書きをしよう」、そう思っていたのですが、外は五月晴れ、やはり家に中にじっとしてはいられませんでした。カメラ片手に散歩、花の匂いを嗅いだり、写真を撮ったり……。あっという間に時間が経っていきます。気になったのはヤマボウシです。わが家周辺にはたくさんヤマボウシの木があるのですが、花があまり見えないのです。何が起きているのでしょうか、気になります。

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 春ゼミが鳴いていることはすでにお知らせしました。このセミは気温が高くならないと鳴かないようです。昨日も午前、鳴いていました。前回よりもたくさんのセミが鳴き、賑やかででした。鳴き声を録音できましたのでお聞きください。風の音が邪魔していますが、はっきりと鳴き声を確認できるはずです。

 午後は梅原司平コンサートに出かけてきました。「一度だけの人生だから」「逢いたくて」「人として」など10数曲を楽しみました。この人の歌は人に対する優しさに満ちています。自分の人生と重ねながら歌を聴くことが多い。そして何よりも楽しみなのは彼の語りです。昨日も東日本大震災、原発事故とコンサートをめぐるエピソードや彼の思いを聴くことができました。「演説ではなく、語りかけて自分の思いを伝える」ことの素晴らしさをまた教えてもらいました。

 夕方からはある地域の党支部の会議に参加し、市議選のこと、初議会の様子、そして全国活動者会議のことを話してきました。「橋爪さんが来た時には必ず教えてほしい」そう言っておられる方がいることを知り、会議後、その方の家を訪ねてきました。田植えのため、お留守でしたがお母さんと話ができました。

 市政レポート1554号、「春よ来い」第204回、「入場行進」を私のホームページに掲載しました。

2012年05月29日

ここに停止線と停止標識を

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 写真は柿崎区上直海の交差点です。左に曲がれば吉川区竹直に、右に曲がれば柿崎区桜町に出ます。今朝6時前、近くに住むTさんから、「この交差点が危ない、私の知っているだけでも2件も交通事故が起きている。停止線、標識をつけてほしいと関係機関に話したが、1年かかると言われた。何とかしてほしい」と訴えられました。写真の手前から止まらずにまっすぐ進んで事故になるケースがあるのでしょう。総合事務所にすぐ働きかけたいと思います。

 

2012年05月30日

ニュース配布、会議、飲み会と続いて

 昨晩はお世話になった先生を囲む会でした。生ビールを中ジョッキで3杯もいただき、それに冷えた日本酒をちょっぴりいただきました。言うまでもなく、家に戻ってからはすぐ眠りました。ところが夜中、はげしい歯痛で目が覚めてしまいました。歯が痛いのでパソコンに向かう元気はないし、ただ痛みをこらえるだけ。ああ、困ったもんだ。

 昨日は午前10時まで後援会ニュース配布、午後からは党地区委員会事務所で並行在来線問題など当面する課題の検討会議でした。後援会ニュース配布は対話が弾み、なかなか終わりません。でも、ここで聴いた話が議会活動などで役立ちますので、おろそかにはできません。

 前回書き込みした道路の停止線、停止標識の件ですが、調べたところ、この道路は市道ではありませんでした。広い幅、市道との連結などを考えると交通安全上今のままでは危険です。市役所木田庁舎から柿崎区総合事務所に電話連絡して調査研究してもらうことにしました。

田んぼや水路は復旧、でも…

 昨年7月の水害で被害を受けた大島区足谷の田んぼ、水路などの復旧状況を見てきました。田んぼも農業用水路も見事に復旧していました。豪雪だったにもかかわらず、よくここまでがんばったなと思います。このブログでも紹介した現場を昨年の被災時のものと、きょう撮ったものとで比較してみてください。

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 ただ、ひとつ気になったのは水路です。足谷川へ落ち込むヒューム管の大きさは昨年と同じサイズのように見えました。これで昨年のような水量を飲み込むことができればいいのですが……。「原形復旧が基本とはいえ、同じ災害を繰り返さぬように」との声は届かなかったのでしょうか。これも昨年8月2日の現場ときょう撮ったものとを比較してみてください。

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 市道足谷入場線の災害復旧工事はまだ始まったばかりでした。写真の奥の方ではユンボが動いていました。

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2012年06月01日

復旧工事が進まない?

 旧浦川原村議の杉田さんから、「昨年7月の水害で被害の出た田んぼや川で復旧工事が進まないところがある。見てほしい」と連絡があり、午後から出かけてきました。場所は浦川原区中猪子田地内の沢入というところです。

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 耕作者の方は土木工事に携わったことのある人だということです。応急措置をしたのでしょうが、このままではどんどん崩れていくと思いました。この川の少し下の方では、川の土手があちこちで崩れたままになっていました。どうしてこういうことになっているのか。関係者から事情をよく聴いて対応したいと思います。

 きょうは市政レポートを印刷してから、「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金でした。明日は、上越市内で日本共産党後援会の北陸信越ブロックの交流集会があります。どんな人と会えるのか、どんな話が聴けるのか楽しみです。

2012年06月05日

定例議会前日、葬儀や地域協議会の傍聴に

 暑い一日でしたね。明日からの定例議会を前に大忙しでした。お世話になった人の葬儀、議員団会議、地域協議会の傍聴などで相当の距離を走ったことと思います。午後7時半に妻を柿崎駅まで迎えに行った時はもうぐったりでした。

 大島区地域協議会は久しぶりの傍聴でした。ここはほとんど日中の開催のため、他の会議と重なることが多く、出たくても出られないケースが続いていました。きょうは大山温泉あさひ荘のことが議題のひとつだというので傍聴に出かけてきました。あさひ荘の引き受け手については、市内の第三セクターのことがうわさに上っていましたが、総合事務所の説明では、まだ見つからないといいます。協議会では一時も早く再開してほしいという地域住民の願いが充満していました。明日からの議会で新たな展開がでてくるのかどうか注目です。

 市内の地域協議会では地域活動支援事業の審査が始まっています。地域活性化にむけて役立っているという声がある一方で、「本来、市が予算付けすべき楽器の購入が申請されてきている」「申請事業費の規模が大きすぎて、どうすべきか議論している」などの声も聞こえてきています。議会でも制度の在り方を議論していく必要があります。大島区では、午前中に現場視察をし、午後から審査を行っていました。写真は3つのグループに分かれて審査を行う大島区地域協議会の様子です。

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2012年06月11日

板倉区国川の地滑り現場を視察

 久々に板倉区国川の地滑り現場を見てきました。すごい土砂の量です。こんなにも大量の土砂が滑り落ち、住宅を襲ったのですね。雪解け前に見た時は雪が大量に混じっているから大きな山になっていると勝手に思い込んでいましたが、この土砂の量は半端ではありません。

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 現場ではすでに壊れた住宅、作業所などの建物部分の撤去作業は終わっていました。先月15日、市長が地滑り災害に伴う廃棄物処理費用、約2200万円を専決処分したことにより、21日から撤去作業が始まっていました。いまは、コンクリートのがれき撤去などの作業が行われています。きょうの厚生常任委員会での担当課の説明によると、廃棄物の量は約370トンで、資源化できないものは最終処分場に持っていくとのことです。また、大量の土砂の撤去については秋ごろを予定していると説明がありました。

 ところで、住宅を失ったみなさんの住まいを今後どうするかですが、きょうの委員会で山岸副市長は、「当初、被災者の方々はここでは住めないという気持ちが強かったようだが、同じ国川に集団移転するか、いまのところに建設するかなど話し合っている。いまの段階で、いつまでにどうするかは定まっていない」とのべました。

2012年06月24日

空手と花と

 昨日は年金者組合の総会があり、来賓として出席してきました。50人ほどの方が参加されていましたが、初めてお目にかかる人が何人もありました。挨拶では、市議選の応援に対するお礼とその後の市政、国政の動きについて報告させてもらいました。

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 総会後のお楽しみ会では、腹話術と空手が披露されました。空手をそばで見るのは初めてです。きびきびと手や足を動かす、そのときの鋭い音には迫力がありました。今回は空手を見るだけでなく、疲れをとる呼吸法、椅子に掛けたままできる体操なども教えてもらいました。ちょっとした工夫でリラックスできることを知って得をした気分になりました。

 地元に戻ってからは、「しんぶん赤旗」日曜版の配達と集金でした。ある読者のところへ行ったとき、押し花を指導しておられる女性と出会い、花の話などを楽しむことができました。それだけではありません。昨日は長野の方から素敵なアジサイの花を送ってもらいました。まさに、花の一日となりました。写真は、押し花の先生と話したときに、すぐそばに咲いていた夏蝋梅(ナツロウバイ)です。これも初めて出合いました。

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2012年07月02日

消防団の市長点検

 昨日の続きです。正午過ぎに直江津駅に到着し、昼食後、市消防団の市長点検に参加しました。あいにくの雨、テントの中まで雨が入ってきました。でもたいへんだったのは消防団のみなさんたちです。雨に濡れながらポンプ操法などの競技に取り組んでいました。今回は、団員の動きだけでなく、審査にあたっている消防署職員の動きにも注目して見学させてもらいました。チェックシートがあるのでしょうか、選手と一緒に走り、動きの一つひとつにチェックを入れていました。

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 私の地元の消防団方面隊が競技するときは近くへ行って応援してきました。このときも雨で、この日、初めて着た夏用の長そで防災服はすっかり濡れてしまいました。風邪をひいてはならないと、途中、冬用の防災服に着替えてきました。吉川方面隊はうまいと思ったら、3位入賞でした。1位は浦川原、2位は安塚でした。今年は上越市消防団の結成40周年だそうです。ますます頑張ってほしいものです。

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2012年07月12日

副市長のいどばた懇談会、大島区地域協議会

 わずか35分でしたが、山岸副市長の「いどばた懇談会」源会場に参加してきました。どんな様子なのか見てみたかったからです。集まったのは吉川区の山間部の町内会長さんたち12人ほどでした。

 挨拶の中で山岸副市長は、厳しい財政状況について説明し、「高度成長期の夢を求めても難しい。これからは、お互いが厳しさを分かち合い、連携していくことが大事だ。心の豊かさ、生きがいを求めていくことがまちづくりの課題となる」と訴えました。

 意見交換の中では、公の施設の廃止問題や雪対策などで意見や要望が出されました。今冬の豪雪では、県の重機の貸出制度を活用するにもオペレーターを確保するのが難しいことが出されました。これは他地域でも同じ状況があったようで、副市長はよく理解していました。懇談の中で、県に働き掛けて、救助法の適用前から貸し出すことができないものかという副市長の提起には注目しました。

 副市長は議員時代からよく知っている人です。「ま、端的に言って」という口癖はこれまでと変わらず、話はちょっと長いところがありますが、落ち着いてゆっくり、論理だてて話をされるのでわかりやすかったですね。今後、この懇談会がどういう役割を果たしていくのか、しっかり見ていきたいと思います。

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 大島区地域協議会では「あさひ荘」問題がどう議論されるか、そして9日の総合事務所の在り方問題がどう報告されるのかに関心を持って傍聴しました。

 「あさひ荘」に関する動きについては6月議会でどうとり上げられたかを中心に総合事務所から説明がありましたが、総括質疑と一般質問だけの報告にとどまりました。文教経済常任委員会での「本来市が所有すべき財産を三セクから買い戻すべき」などの議論の報告はありませんでした。

 委員からの意見は活発でした。「利用者が落ち込んでいるとはいえ、市内の他の施設と比べてもやっていけない数字ではない。早く再開してほしい」「利用者数が落ちた時には落ちた時の経営が求められる。利用者数7万人の時代に10万人の経営をやっていたのではダメだ」「数字よりも世論、評判だ」「週に3回行ったことがあるが、いつも同じ料理だった」「エキスパートからアドバイスを受けて再開を」などという声が出されました。

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 総合事務所の在り方問題ではこれまでの経過だけの報告となりました。行政当局は9日の総務常任委員会での議論を受けて、常任委員会で配布した資料を手直しする覚悟を決めたようです。どんなものになってくるのか、注目していきたいと思います。

2012年07月14日

あさひ荘問題などで大島区総合事務所が初の地区別懇談会

 大島区総合事務所の地区別懇談会が12日から始まっています。同区での地区別懇談会は合併後初めてと言います。旭地区で昨晩行われた懇談会を傍聴してきました。テーマは2012年度の大島区の主な事業、スーパーやまざくらの経営状況、大山温泉あさひ荘の現状と課題の3つ。会場には田麦、竹平を中心に約30人の人たちが参加しました。予定した時間をオーバーするほど関心は高かったですね。

 私が最も関心を持っていたあさひ荘問題については西田総合事務所長が平成17年度から23年度までの入込数の動き、収支状況を説明した後、市の柴山産業観光部長が補足発言を行いました。柴山部長の発言は6月議会では聴くことがなかった情報を含んでいて、とても興味深いものでした。同部長の補足発言の大要は次の通りです。

 昨日、保倉地区で説明した時、「市は6月議会では再開経費を計上すると聞いていた。しかし、あさひ荘が会社として持っていた施設設備の購入経費と浄化槽など維持管理経費合計約1400万しか計上しなかった。市として再開するという考えはどうしたのか」と質問があった。
 産業観光部は観光施設としてあさひ荘をどう再開したらいいか、3月から6月議会に向けて予算提示すべく取組を進めてきた。経営形態がどうあれば後年負担が少なくてすむのか、経営主体はどなたからやってもらえば一番みなさんから利用してもらえるのか、この施設がみなさんにとってどういう施設であるべきか、こういうことを考え合わせながら、最低、日帰り入浴を何とかしたいと検討してきた。そのためにはどれくらいのコストがかかるかはじきだしたら、2800万くらい必要だとなった。
 経営主体については地元の業者さんにもあたった。近隣の上越市内のいくつかの業者さんにも声掛けをしてきた。いずれもこの状況では厳しい、施設が老朽化している、引き受けても利用者は競合し合っているので増加、維持は難しい。減少を覚悟してやらなければならないという部分では、指定管理者にはなりたくないというのがほとんどだった残された道は直営管理、日帰り入浴で維持する(ということになる)。約4万人の日帰り客がいたが、そのうち4割が地元という実態だった。
 われわれがなぜ慎重になったかと言うと、市内の19施設このまま維持できるかということがある。合併に伴う交付税の特例措置がなくなる。そした時に、平成32年には市の財政状況は(このままだと)71億円の赤字になる。全体の19施設をどうしたらいいかを考えなければならない。あさひ荘はあさひ荘としての在り方を別に考えるべきだ。全体の調整の時期は確実に数年後にやってくる。数年後にはどこの施設が残るのかという話になる。早めに再開したいという気持ちはみなさんと同じだ。確かに泉質がいいので私もフアンの一人だ。すぐ直前に市全体の施設をこれからどうするかということが迫っているので、理解してほしい。よりよい形であさひ荘をどうしたいいかみなさんと協議したい。

 参加者からの発言は、「市は筆頭株主として会社に対してどういう指導をしてきたのか」「なぜ、市として強硬な指導をしなかったのか」「会社が経営計画を出したら検証しなければならない。きちっとさせるのが行政ではないのか」「調理人が変わってから(経営状況が)違ってきた」「将来的な展望を持ってやらないといけない。地域がみんな参画する形をとらないといけないのではないか」「問題はこれからだ。再開まで時間がかかるとお客が逃げてしまう。ある程度、プロの人たちに入ってもらうことも必要なのでは」「経営戦略的なものを何か市から出してほしい」などです。とても活発でしたね。

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 地区別懇談会はこの後、大島地区、菖蒲地区でも開催されます。残念ながら、市議会総務常任委員会の視察と重なるので参加できませんが、市民の皆さんの願いをしっかり踏まえ、早期再開に向けてがんばりたいと思います。

2012年07月15日

どこへ行っても原発の話が出て…

 昨日は「しんぶん赤旗」日曜版の配達、党創立90周年の活動、そして出身高校の校友会(同窓会)と続きました。

 私は全く見ていなかったのですが、「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしていたときに、何人もの人から「テレビニュースに出ていたね」「すぐ、おまんだとわかった。がんばってなるね」などと声をかけていただきました。テレビニュースというのは、8日の原発ゼロ新潟集会とパレードの報道です。マスコミに載ると反響が大きいものだとあらためて思いました。

 きょうの党創立90周年を前に昨日は仲間を増やす活動にも取り組みました。市田書記局長の講演ビデオを見てもらい、まず、最初に話になったのは柏崎刈羽原発のことでした。一緒にビデオを見てくださった方は、「柏崎の原発でもしものことがあればここで暮らせない。いろんな問題があるが、原発の問題が何よりも心配だ」と訴えておられました。この人の住まいは柏崎刈羽原発から20数キロのところにあります。昨日は3人の人に入党の働きかけをし、1人の方から申し込みをいただきました。

 さて、夕方からの校友会、懐かしい人たちと再会できました。高校時代の同級生は10数人が参加、「何何先生は若いね。高校時代と変わらない」などと出席されている恩師のことや同級生のことなどを話題とし、おしゃべりを楽しみました。約1年ぶりに再会したUさんとは政治の話です。原発再稼働や消費税増税に怒り、雪対策などについても話をしました。この人は原発の住民投票を求める活動でも頑張っていると聞いて、うれしくなりました。

 昨晩の会で約40年ぶりにあったのは、大学時代に一緒に学んだ金津さんです。新潟妙高会の会長をしている関係で来賓として出席されていました。こちらから挨拶もしないうちに私の顔を見てすぐに、「変わらないね」と声をかけてもらいました。金津さんは亀田製菓の元社長さんで、「おばあちゃんのぽたぽた焼き」を開発した人として有名です。私のホームページのことや新潟妙高会のNさんの話などをしましたが、ほんとうにうれしい再会でした。金津さんは会の最後、万歳の音頭をとりました。「若いころのことでいつも思い出すのは高校時代のことです」と言って、最後まで盛り上げてくださいました。

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2012年08月09日

「高田夜の街オリエンテーリング2012」締め切り迫る

 「夜の飲み屋街をにぎやかに、楽しく」上越民主商工会が昨年から面白い取り組みを始めました。「高田夜の街オリエンテーリング」といって、高田の仲町の飲食街で、2時間のうちに4店をはしごして楽しむ企画です。

 今年は9月5日(水)の午後6時10分から受付開始、午後7時スタートです。参加を希望される方は事前予約が必要です。チケットは一人当たり3000円。申込みは、1グループ4人まで。締め切りは明日の10日です。グループの代表者の住所・氏名・電話番号を実行委員会事務局へ連絡してください。電話番号は025(524)4816、ファックスは025(524)3298です。詳しい案内ビラはこちらをご覧ください。

 高田の町は私が高校時代を過ごしたところで、仲町にはなじみのお店もあります。昨年は他のイベントと重なって参加できませんでしたが、今年はやりくりして参加する予定です。どんな店を回ることになるのか、どんな出会いがあるのか楽しみです。

 

2012年08月15日

大島区田麦の納涼盆踊り大会

 ひと山越えると盆踊りも違うものだと思いました。大島区田麦の盆踊り大会を観た感想です。吉川区内での盆踊りでは十三夜を中心に、平成音頭とか佐渡おけさなどいくつも踊りますが、ここでの踊りの唄はションガイ節ただ一つ、これを約1時間、延々と踊り続けるのです。

 田麦観音堂境内で行われた盆踊り大会は午後8時頃から始まりました。心配された雨も上がり、太鼓が櫓の上にあげられると、男衆と女衆、それぞれ一人が向かい合って太鼓をたたき続けます。そうですね、10分くらいは太鼓をたたいていたのではないでしょうか。太鼓の音で人を寄せるので「寄せ太鼓」といいますが、確かにこの音が聞こえてくるとそわそわしてきます。息が合った二人の寄せ太鼓をお聴きください。

 踊りはションガイ節。櫓を捲くようにして貼り付けられた白い布には、この唄の文句が書かれています。

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 歌い手の人が歌う文句はここに書かれたものと同じのがほとんどでしたが、若干違うところもありました。歌い手さんの創作部分もあるのかも知れません。「ションガイ、ションガイヤー」で始まる唄は農村の暮らしのなかで歌い続けられてきたものです。「物にたとえて申すなら 山には木の数 草の数 里では田の数 畔の数」「寺の大門 松の木の まつ虫 鈴虫 クツワムシ」などの文句は農村の暮らしそのものを表現しています。そしてちょっとあやしげな文句も……。唄は一節ごとに「ヨイヤナー、ヨイコラセー」などの合いの手も入るので、ずいぶん長く感じました。

 踊りを楽しむ人たちは徐々に増え、踊りの終わりのころには百数十人に膨れ上がりました。踊りの輪の中には地元に住む人はもちろんのこと、旅から戻ってきている人も入ります。よそから来ている親戚の人もです。そして大人も子どももみんな一緒に踊る、いいもんですね。小さな子どものなかには踊りの輪の周りを駆け巡る子もいました。神社への階段を少し上ったところで踊りを撮りました。暗くて、ほんのちょっぴりしか見られないかも知れませんが、動画でごらんください。

 盆踊り大会の最後はお楽しみ抽選会です。歓声があがる場面もあれば、ため息が出る場面もあって、とても楽しい抽選会でした。


2012年08月17日

田んぼはすでに秋色

 残暑の厳しい日でした。まだ20日前だというのに、このところの暑さで田んぼの稲の色はどんどん変わってきています。とくに酒米、五百万石はすっかり黄色になりました。きょうは「しんぶん赤旗」日曜版を配布したのですが、出荷用のコメ袋を玄関に置いてある家がありました。おそらく農協が配達したのでしょう。収穫の秋がもうすぐのところまで来ていることを感じました。

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 上越市では、お盆に雨が降ったところがあります。でも、たいした降雨量にならず、田の水を確保するために苦しんでいる地域が少なくありません。「しんぶん赤旗」日曜版の配達の途中、大島区板山の不動尊の上流を見て驚きました。川の流れはほとんどなかったからです。

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 市政レポート1566号、「春よ来い」の第216回、「納涼盆踊り」をホームページに掲載しました。

2012年08月19日

十三夜の踊りの輪、二重に

 第1回黒川・黒岩ふれあい祭りが昨日から始まっていて、昨晩、参加してきました。この祭りについては、先日、市議会中山間地対策特別委員会と集落づくり推進員、元気な農業づくり推進員さんたちの意見交換会で話題となっていたイベントです。意見交換会では「中山間地だけでなく、その周辺を含めた取り組みで活性化させたい」という発言があり、どんな取り組みになったかを見てみたかったのです。

 訪れた時はちょうど夕食時、会場となった黒川小学校グランドでは「ピース16」など地元の団体が屋台を出し、飲食物を販売していました。どこの屋台も行列ができていて、私が並んだ焼きそばのところでは一番長い列になり、焼きそばを手にするまで約20分もかかりました。でも、味は抜群、美味しかったです。

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 午後7時からのキャンプファイヤーは黒川小学校児童の司会で進められました。グランドの真ん中で点火が行われ、その火を子どもたちが囲みました。私がカメラを向けた時、炎が大きく上がっていて、その形はアメリカの「自由の女神」そっくりでした。火の周りでフォークダンス、「マイムマイム」が踊られましたが、キャンプファイヤーを囲んだ踊りはフォークダンスが似合いますね。写真は「自由の女神」です。

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 続いて行われた樽太鼓の演奏。まずは黒川小学校児童による演奏です。同校は来春、下黒川小学校と統合しますので、ふれあい祭りでの演奏は最初で最後、みんながんばっていい音を出していました。これは動画でごらんください。

 児童に続いて樽太鼓の演奏をしたのは、同校を卒業した若者たち。最初はぎこちなさがあったものの、力強い演奏で、感動を与えました。私のそばにいた人は、「まったく練習をやらなかったのに、これだけの音が出せるなんて」と言って拍手を送っていました。

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 昨晩、私が興味深く見せてもらったのは十三夜の踊りです。この地区の米山寺では、いまも踊られていると聞いていましたので、どんな歌詞で、どんな踊りとなっているのか楽しみにしていました。驚いたのは、踊りを知っている人が大勢いて、踊りの輪がどんどん大きくなっていったことでした。輪は二重となり、踊り手はおそらく150人くらいにはなったでしょう。私がこれまで、この踊りで一番印象に残っているのは吉川区尾神の盆踊りの時のものでした。みんなで楽しみ、踊りが広がっていく姿は子ども時代の忘れられない思い出となっています。今回の踊りはその規模といい、力強さといい、見事としか言いようがありません。素晴らしかった。これも動画でごらんください。

 最後は近くの農道で打ち上げられた花火です。打ち上げではアナウンスなしでした。アナウンスなしの花火もいいものです。次はどんな花火かなと期待を持たせてくれました。

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2012年08月21日

安塚区地域協議会を傍聴

 昨日は午前から市役所へ行き、政務調査費事務や当面する課題の整理などの作業をしました。お盆をはさんで1週間ほど家で仕事をしてきたので、市役所での仕事は久しぶりでした。

 午後からは安塚区地域協議会を傍聴しました。目的は9月議会準備です。というよりも、もっと具体的に言うならば、7月27日に行われた総務常任委員会での議論を踏まえて、総合事務所の産業建設グループの集約問題を地域協議会にどう説明しているか、またそれに対してどういう反応があるかをこの目で見ておきたかったのです。

 説明にあたって市は、総務常任委員会で説明資料として使った「将来的な行政組織の再構築に向けた総合事務所の在り方について」という文書を17枚のスライドにまとめ、それを使って説明していました。スライドにすると、長い文章の大事な点をクローズアップして短く書くことになるので、わかりやすかったですね。

 委員からの意見表明では、「地震だって、原発(事故)だってある。産業建設グループの集約だというが、できないことをやろうとしているのではないか」「災害対応のために新たな体制整備を行うというが、現在いる部署を離れ、人間だけ集まっても、応援に行った人はお客さんになりやすい。現状の方がいい」「(相談ごとなどで)総合事務所へ行っても、(用が足りず)産業建設グループが集約された総合事務所へ行くことになり、二度手間になるのではないか。直接、集約されている総合事務所へ行った方がいいと思う」「災害が起きたら、一発で木田の事務所に持っていく方がいいのではないか」などの声が相次ぎました。市側が示した方針には批判的な声が多かったように思います。

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 委員からの質問では、「産業建設グループ集約化の検証をしたうえで他のグループを集約するのか」「災害対応がメインに見えるが、安塚は豪雪地帯だ。雪で災害がいつも来るということを頭に入れて対応すべきではないか」などの質問がありました。これに対して土橋総務管理部長は、「残りのグループをいつまでにどうするかは具体的には一切考えていない。他のグループに広げることはいまの段階では考えていない」「雪は災害に匹敵する場合がある。地域社会の中で雪にどう対応するかは大きな課題だ。産業建設グループだけでなく、福祉などを含めた総合的な対策が必要だ」と答えていました。

 市では昨日のような地域協議会向けの説明、意見交換をお盆前に3カ所で実施していて、今月の終わりごろまでに13区内のすべての総合事務所で一回りしたいとしています。

2012年08月22日

(仮称)厚生産業会館は全区地域協議会に諮問をの声

 昨晩、党議員団主催で「(仮称)厚生産業会館について市民のみなさんの意見をお聴きする会」を開催しました。会場となった市民プラザには、高田、直江津、安塚などから10数人のみなさんが集まってくださいました。

 会では、最初に、平良木議員がこれまでの経過と現在の状況について報告し、その後、参加者のみなさんから意見や質問などを出していただきました。

 出された質問や意見は、「造ることが前提となってすすめられている。覆すことはできないのか」「そもそもこの問題は地域事業費の見直しから始まった。13区のみなさんからねたみもある。果たして、いま必要なのかどうか疑問だ」「議会と検討委員会のどっちが大事かという議論があったようだが、もっと議会を重視せよと大きな声を出すべきだ」「13区の市民から見れば、高田区の私物化に見える。13区はいま、総合事務所の産業建設グループの問題で頭がいっぱいだ。まだ使える施設があることを市民が知らない状況もある。本当に必要なのか。議員にもっと頑張ってほしい」「これを造る金があるなら、子どものためのプールを造ってほしいし、中高生のための学習の施設がほしいという声もある」「合併した以上、こういう施設は全市で考えて、すべての地域協議会に諮問し、議論すべきだ」などとなっています。

 全体として多かったのは、「この施設に関しては高田区だけでなく全市の問題として全区の地域協議会に諮問すべき」という意見と、「そもそもこの施設が本当に必要なのか、議会でもっと議論してほしい」という要請でした。これに対して、私からは、「地域自治区の設置に関する条例の改正もふくめ検討していきたい」「そもそも論については党議員団を含めて議論が不足していると思うので、しっかり受け止めて頑張りたい」と答えました。

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 昨晩の「市民のみなさんからご意見をお聴きする会」は、上野議員に急用ができて、結果として平良木議員と二人で取り組むことになりました。二人でやることは想定していなかったので、マイクの係や会場係もおけず参加者にご不便をおかけしました。お許しください。でも、取り組んで良かったです。9月議会に向けてとても参考になるご意見をたくさん寄せていただきました。

 次回の「市民のみなさんの意見をお聴きする会」は28日(火)午後7時から、安塚コミュニティプラザにて行います。テーマは総合事務所の産業建設グループ集約についてです。ぜひお出かけください。

上越市の山間部の一部で干ばつ被害

 上越市の山間部、大島区、牧区などの田んぼで干ばつ被害が発生しているというので、牧区、板倉区の現地を視察してきました。きょう、視察した田んぼで一番ひどかったのは、牧区切光(芋ノ坪)です。

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 写真の田んぼは畔元の数列が完全に色が変わり始めていました。土の色は白っぽく、幅3センチほどの亀裂があちこちに見られました。この田んぼよりも少し標高の高いところでは、稲の生育障害が出ていて、こちらも田の土は乾ききっていました。

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 カメラを田んぼの亀裂に近づけると、こんな感じに写ります。亀裂をまたぐようにして置いてあるものは私の携帯電話です。

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 耕作者の方は、「もう、田に入れる水はない。共済の人たちが数日前に来ていったが、もう回復は望めないだろう。早く雨が降ってほしい」と訴えておられました。

2012年08月24日

飯館村酪農家の講演に期待

 「つなげよう脱原発の輪 上越の会」が8月26日(日)午後7時から上越市の市民プラザにおいて講演会を開催します。講師は福島県飯館村酪農家、長谷川健一さんです。

 世論は原発ゼロが大きな流れになっているにもかかわらず、政治の世界ではいまだに原発にこだわる政治家が少なくありません。こうした中、福島第一原発の事故で被災した酪農家がどんな言葉で原発を語るのか。

 私は長年酪農家をやってきました。それだけに今回の講演会に注目し、期待しています。ぜひ誘いあってご参加ください。

大島区足谷の干ばつ被害状況などを調査

 きょうは午後から大島区へ。足谷の干ばつ被害を目で見てくるのが目的です。従兄に案内してもらい、田んぼへ行ったのですが、足谷川は水が溜まっているだけで、水が流れているように見えませんでした。

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 田んぼは一昨年の干ばつに比べればまだ良いように見えましたが、田んぼのなかの土は真っ白で、ひび割れが始まっていました。畦元には大きな亀裂が入っていました。従兄は、「田んぼの稲は猛暑による倒伏も始まっている。早く雨が降らないと大変な事態になる」と心配していました。

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 昨年7月末の豪雨災害で決壊した市道足谷入場線の復旧工事、そのすぐそばの田んぼの復旧工事現場も見てきました。昨年の被災直後の写真ときょうの段階での写真を掲載しますので、比較してみてください。

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2012年08月25日

顕法寺城での狼煙上げ

 きょうからの謙信公祭に合わせて上越市内の山城で狼煙上げが行われました。私は地元の顕法寺城での狼煙上げに参加しました。今年は風もなく、狼煙の煙がまっすぐ、上に上がりました。これは珍しいことです。

川谷運動会2012

 上越市吉川区の川谷運動会に招かれ、参加してきました。高齢化が進み、地元参加者が少なくなる中で、これまでずっと続いてきた集落対抗の競技は出来なくなり、今回から個人の点数争いに変わりました。会場となった川谷運動場の後ろにぽつんと置いてある黒板には昨年度の運動会記録がそのまま残っていました。さみしいもんですね。

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 今回から新競技種目として採用されたものは「小豆ひろい競争」と「縄ない競争」のふたつ。どちらも、私は初めて見ました。「小豆ひろい競争」では地元の松浦隆司さんが、2分間の制限時間で65個を拾い、1位になりました。「縄ない競争」は、私も参加したのですが、録画したくて、実際に縄ないをしたのは30秒ほどでした。1分30秒ほどの制限時間で最も長い縄をなったのは、地元の曽根一志さんです。曽根さんがなった縄は2メートルの長さになりました。ちなみに、私がなった縄の長さはわずか40センチでした。

 運動会後の懇親会は恒例となっています。今回は茄子の漬物と法政コメコメクラブのみなさんが揚げてくれたポテトチップスが美味しかったです。この材料となったジャガイモは同クラブのみなさんが川谷地区で栽培したもの。ポテトチップスにつけるソースは「たらこ」とマヨネーズを混ぜたもの、川谷味噌を使ったもの、そしてチョコレート味の3種、いずれも個性的な味がして話題になりました。このポテトチップスとソースは法政大学の学生たちに川谷地区での学習と交流に誘うために活用するということでした。なかなかやりますね。

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2012年08月27日

悲しみがいっぱい、怒りがいっぱい

 こんなにも悲しくて、こんなにも激しい憤りを感じる講演は初めてでした。福島県飯館村の酪農家、長谷川健一さんの講演のことです。原発の当事者として語られた言葉には、牛飼いとしての愛情があふれていました。私が知らなかった事実がたくさんありました。

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 「戻るとは思わなかった息子が「『オヤジ、おれ、ベコやる』。そういって声をかけてきた。そのうちに嫁さんが来る。孫が生まれる。うれしかったなあ。何をやるかという話になって、仔牛用の牛舎をつくることになった」長谷川さんは原発事故が起きる前の幸せから牛の話を始めました。そして福島第一原発事故が起きました。搾乳した牛乳は穴を掘ってそこに流し込む日が続きます。飯館村の放射能汚染がひどくて人間が避難することになった時、「人間は避難しろ。牛は移動しちゃだめ」と言われます。「こんなバカなことがあるか」という思いは牛飼いをした者としてよくわかります。

 牛飼いたちが夫婦で集まって対応策を話し合います。でも、結果は決まっていた。牛飼いをやめるしかなかったのです。その時、「廃業という言葉を使うのはやめよう。牛飼いを休止するんだ。再開できるまで、その間、ずっと東京電力に賠償請求をしていこう」長谷川さんはそう語ったと言います。集まった人たち、とくに奥さんたちはみんな泣いたそうです。

 長谷川さんはスライドを使って講演をされました。そのスライドの中には切なくなるものが何枚もありました。中でも、牛を殺処分するために牛舎から牛を出し、家畜商の牛運搬専用のトラックに乗せる場面はつらかったです。映し出された映像の中に出てきた牛舎はわが家の牛舎そっくりでした。

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 スライドの中には牛舎の中で死んでミイラ化した牛の姿も映し出されていました。豚が餓死した牛を食べていたとも言います。この画像はとても見ていられませんでした。

 福島第一原発事故被爆の実態は新聞などで見聞きしていましたが、講演を聴いて、大事な真実は国も県も村も隠し続けてきたことがよくわかりました。東電などが放射線被爆を少なく見せるために、あの手この手を使ってきたことは聞いていましたが、飯館村でも放射線量を測定する場所で鉄板をしいたり、特別丁寧な除染をするなどの事実があった。住民に大きな被害が出る数値なのに、その数値を明らかにしないようにと行政当局に働きかけられたというのもショックでした。

 長谷川さんは最後に、「かわいそうなのは子どもたちだ。子どもたちが大きくなったときに差別が起きないようにしてしてほしい。また、風化させないようにしてほしい」と訴えておられました。

産業建設グループ集約問題で意見書提出へ

 柿崎区地域協議会が24日開かれ、総合事務所の在り方について市側が説明し、その後、質疑が行われました。質疑の中では、「これは絵に描いた餅だ」「何かおかしい」などといった反発の声が相次ぎました。そして地域協議会として、今後、町内会長連絡協議会などと意見交換しながら市に対して意見書を提出することを確認しました。

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 会議では意見や質問が相次ぎました。今後の地域協議会や議会の審議に大きな影響を与えるものを含んでいますので、主なものを紹介します。まず意見です。

 ●機動力を発揮できるというが、柿崎に集約した時は吉川、大潟、頸城にどれくらいで行けるか。警察の場合も集約されて機動力発揮されるということだったが発揮されていない。本当に区出身の職員がいなくなったときに機動力が発揮されるか不安だ。
 ●集約先については、「業務や災害発生時の円滑な対応に最も効果的な位置にある総合事務所」に設定するというが、各区において10年くらいに起きた災害発生の頻度を見ていただき、頻度の多いところに近い総合事務所に設定すべきではないか。
 ●新しい体制では、集約されたところに他のグループの窓口から連絡が行くことになるが、窓口から集約されたところへ行って、また木田庁舎へ行って、集約されたところへ戻って、また元のグループのところに行く。二度手間になり、タイムロスがあるのではないか。
 ●柿崎の場合、産業建設グループには農林水産、商工観光などたくさんあって、市民のみなさんがたくさん相談に見える。その人たちが全くいなくなった場合、総務・地域振興グループが取り次ぐといってもなかなか話が見えず、時間ばかりかかっていくことが目に見えている。確実に市民のみなさんの足が行政から遠のいていく。災害対応を前面に出し、集約して災害対応するというが、うまく機能するか疑問だ。集約先以外で災害が起きた場合、発生した区へグループを移動させるというが、そうなると一か所に集めておく必要性が全く感じられない。ケースバイケースで、災害状況に対応しながら対処療法でやっていく方がいい。
 ●去年の4月に異動してきたある職員と話をしたが、総合事務所の近辺はわかってきたが、山の方はわからないということだった。勉強する時間もない。産業建設グループを1カ所にまとめることによって、今度は総務・地域振興グループが窓口を一部務めることになる。人間が減らされて、いまでも手が回らない状態だ。職員は自宅と総合事務所の往復だ。自分の休みを使って自分の管内を歩く努力をしている人が一部にはいるかも知れないが、一部だ。そうすると、職員同士の資質が向上し、組織全体の水準が高まって、サービスの質が向上するというが絵に描いた餅にならないか。それと、一業務を複数で担当して、複数区を対象に業務を執行することで、各区の市民と接する機会が増え、複数区に精通した職員の育成が可能というがこれも絵に描いた餅じゃないか。外に出ている暇がないのに、何もない時に外に出て、ここは危ないとこだという風になっているか。そこをはっきりさせないと、区民はたまらない。自宅と職場の往復という実態を改めていただかないと心配で不安で、こんな提案に賛成できない。
 ●率直に申し上げますが、なんかおかしい。「複雑多様化する市民ニーズへの円滑な対応」というが、これは定員削減ではなくて、むしろ職員を増やさないと対応できないのではないか。それを定員適正化計画と称して削減するという。これは言葉の綾というか大変な問題だ。平成32年度までに財源不足が71億円とあるが、こんなに深刻だったらいま計画している厚生産業会館やめればいいんです。それから、(今回の方針では)「総合事務所の統廃合を想定するものではない」としているが、これは本当ですか。信用できない。「市民への影響に可能な限り配慮」するというが、職員減れば影響するのは決まっている。これは逆行している。この取組で具体的な効果が上がるというが、これ本当に上がるんですか。あなた方の願望にしか見えない。

 次は主な質問と行政側の答弁です。

 【質問】産業建設グループを集約して機動力を発揮するというが、柿崎区のグループをどこに集めるのか
 【答弁】総合事務所間のやり取りなどの結果を見て、総合的に判断するなかで整理したい。現段階では申し上げられる状況ではない。
 【質問】産業建設グループのほかに他のグループを集約の方向性がないので、行政改革の定数の削減=産業建設グループの集約で終わっているイメージを受ける。グループ分けをするメリットというのは、ただ単にスケールメリットを生かして職員を削減するということなのか。集約された総合事務所については決済区分などの権限を与える検討をしているのかどうか。
 【答弁】産業建設グループ以外の集約は考えていない。行革のスケジュール、目標はいずれかの段階で見直すことも必要と考えている。集約先の総合事務所の所長の権限、複数区を担当するので権限、判断、行動力、高いものが求められることになる。内部での調整作業を進めているが、それぞれの所長の意見を十分聞きながら、今後の在り方を整理していきたい。
 【質問】13区出身者、例えば柿崎区のだんだん人が減っていくと、地理的な面(の把握等)でおろそかになるのではないか。いままでもあった。(今回の産業建設グループの集約によって)技術職のみなさんのスキルの向上についてどのような形で協議していくのか。3年ないし5年で異動しているが、人事異動の形を変えることになるのか。ハード面で除雪車の配置も含めて考えるのか。
 【答弁】地理的なもの、そこに生まれ育った職員はよくわかっている。他から来た職員は来た時点ではかなわないと思うが、どこに異動しようが一時も早く熟知するように職員は主体的に努力していくことが必要だと思う。地元出身の職員だけに頼る行政運営は改めていかねばならない。異動パターンですが、区には合併前からずーっといる人もかなりいた。職員には同じ場所に長くいるということよりもいろんな部署を経験して、木田庁舎で企画立案も経験して、幅広い知識と経験を得たうえで上に立ってほしいと思っている。区に長くいる職員については2カ年をかけて異動してもらった。除雪車については基本的には、除雪の体制は委託でやっているので、影響を受けることはなくいままでどおり行われる。
 【質問】試行的に実施して全般的な検証するとあるが、試行でいろんな問題が発生しても本実施するのか。 【答弁】まずは25年度試行する。このなかでいろいろな課題の整理とか必要な対応をする。とはいえ、みなさんの関心は高いので、24年度はそれに向けた下ごしらえを十分行っていきたい。なるべく課題やかい離がないようにしたい。ただ実際に動いてみないとわからないこともあろうということで、25年度は試行して、実際に動いてみてそのとおりになるか、どうすればより良くなるか検証する。26年度以降も適宜、見直し改善を行いながらより良い在り方を求めていきたい。
 【質問】「絵に描いた餅」「なんかおかしい」というのは同感だ。総合事務所はなくさないといわれても疑心暗鬼だ。効率化と集約は相反する部分があると思う。こうありたいという思いはひしひしと伝わるが、地域事情に精通した職員をより多く育成することで対応力を強化すると書かれているが、どういうふうにどんな人を職員として育成していくのか。職員のモチベーションをどういうふうにして高めていくのか。どんどん総合事務所の職員が減っていくと、活気がなくなるし、さらに産業建設グループを集約する、事務の繁忙期にそれぞれの総合事務所に分散配置し、円滑に対応するというが、そんな円滑に対応できるものなのか、非常に疑問だ。
 【答弁】確かに効率化を図ることと集約化がイコールになるかと言えば、議論のあるところだ。同じ体制で仕事のやり方を変えるというのも理論の上ではあると思う。私どもが考えているのは、それぞれのところに少しずつ配属されている職員を一定のエリアの中で集約し、そのなかから効率化を図ろうというものだ。

2012年08月28日

干ばつ被害だけでなく塩害も

 中山間地の田んぼで干ばつ被害が出てきていることはすでにお伝えした通りです。水不足は依然として深刻な状況が続いています。こうした中、河川の下流域にある田んぼでは塩害が出たという情報が入ってきました。海から海水が河川をさかのぼり、その水を田んぼに入れたために塩害がでたというのです。

 場所は上越市下五貫野地区。ローソンの近くです。被害面積は4~5ヘクタールにもなっているそうです。今朝、市役所に来る途中、現地を視察してきました。赤茶色になった稲姿が広がっていました。すでに枯れていて、水を入れても回復不能です。共済などでしっかりと補償していくことが求められています。

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 市政レポート1567号、「春よ来い」第217回、「みんな一つになって」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

野球場、干ばつ被害田の調査

 上越市高田にある高田公園野球場を党議員団で視察してきました。野球場を利用している人たちなどから、野球場を拡張してほしい、駐車場を整備してほしいという陳情が議会に提出されているので現地の状況を確認したかったのです。

 私たちが訪ねた時はちょうどある大学の野球部の合宿で使われていました。左翼、右翼とも90メートルの野球場は思った以上に広い感じがしました。でも、この長さだとホームランが出すぎて、高校野球の公式戦開催が出来ないということです。この球場を拡張するとなると、外野の方を伸ばすしか方法は考えられません。その場合、お濠と野球場の間の道、場合によってはお濠の一部まで伸ばさざるを得ないのでしょうか。その点、確認して、ぜひ拡張を実現させたいものです。

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 内野席から打撃練習をしばらく見学しました。ピッチングマシーンを使っての練習でしたが、スピードが速くて、ボールが目に見えませんでした。これじゃ簡単に打てないなと思いました。

 私個人としては何回か行ってきましたが、党議員団としての干ばつの調査は今回が初めてです。浦川原区法定寺へ行ってきました。田は乾き、白くなっていて、あちこちにひび割れができていました。それに加え、ここでは暑さにやられ、倒伏が始まっていました。干ばつ被害はどんどん広がりつつあると感じました。

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 干ばつ被害については市議会の文教経済常任委員会でも調査することになりました。予定としては31日になる見込みです。

2012年08月29日

雪対策や総合事務所の在り方などで活発な議論

 昨晩、安塚コミュニティプラザで「市民のみなさんの意見をお聴きする会」を開きました。党議員団主催です。同区での開催は私たちとしては初めて。地元の安塚区や浦川原区などから8人のみなさんが参加してくださいました。

 私の方からスライドを使って30分ほど説明したのち、参加者から意見や質問などを出してもらいました。昨日の会のテーマは総合事務所の産業建設グループの集約についてでしたが、いきなり出てきたのは雪対策です。「中山間地で新たに除雪機補助が出るようだが、その中身を教えてほしい。申し込むにはどうしたらいいのか」「高齢化率が50%以下の集落でも昼間には高齢化率が70、80%になる。そういう集落にも支援してもらいたい」などといった声が相次ぎました。

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 産業建設グループの集約については、「市役所の本音、ねらいは総合事務所の統合ではないか」「分権を明確にして、総合事務所長にもっと権限を与えるべきだ」「これまで、いちいち木田庁舎に訊かなければわからないことが多かった。今回の新たなやり方でますます、そうしたことが濃厚になるのではと心配している」「新提案は行政側が事務をスムーズにすすめ、行政にとって、使い勝手のいいものにしようとしている。住民にとって使い勝手はどうかという視点でがんばってもらいたい」「4つのグループ分けのなかに1つのグループで5つの総合事務所が入っているのは無理がある。また、板倉区では地元で大きな地滑りが発生しているというのに、今春の人事異動で産業建設グループの区出身職員を異動させ、残ったのは2人だけとなった。こんなことでいいのか」などという声が出ました。また、他のグループの動きについても目を向けるべきだとして、「これまで市は、保健師や栄養士を木田に集めた。これについてどうであったかの検証も必要だ」との声もありました。

 産業建設グループの集約の問題は当初、8月の下旬に総務常任委員会を開き、市側から地域協議会などでどんな意見が出されたかなどの説明を聴いて、議論をすることになっていましたが。その会議は9月議会にずれ込むことになりました。昨晩出された意見や要望などはそこで活かしていきたいと思います。

あさひ荘の現状を視察

 「ある日、突然、お客も従業員もいなくなった感じがそのまま残っている」「再開を急がないと使い物にならなくなるものがある」…昨日の夕方、大島区にある大山温泉あさひ荘を党議員団の仲間や他会派議員とともに視察してきました。そのなかで聞こえてきた言葉です。

 久しぶりにあさひ荘に入って、懐かしかったですね。ここは私の市内のお気に入りのお風呂の一つで、1年に20回や30回は入っていましたから。玄関から入って最初に目に入ったのは、食堂入り口のところにあるメニュー案内でした。「いらっしゃいませ。本日のおすすめ。寒い季節にぴったり、あつあつの鍋焼きうどん」とありました。おそらく閉鎖する前日のものでしょう。

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 どこの場所へ行っても目に入ったのは、「上越市備品」という貼り紙です。受付前の椅子、テーブル、休憩室のテーブルなどあちこちに貼られていました。次は男性用の風呂場の写真です。3枚続けてごらんいただきましょう。着替えをする場所では、湿気に弱い部分があるんですね。床の一部にカビが生えていました。浴室の中のタイルは乾きすぎたせいでしょうか、浮き始めているタイルが何枚もありました。げんこつでコンコンとやると音が他のタイルと違いました。風呂にはもちろんお湯は入っていません。心配された源泉の水量ですが、毎分16リットルから17リットル出ていて、以前より少なくなったという事実はないそうです。少しでも入浴気分を味わいたいと思って、頭にタオルを載せて入ってみました。

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 二階は客室、大広間、神前結婚式場などを見せてもらいました。畳をあげ、かびないようにしてありましたが、気になったのは座布団、浴衣類でした。議員からは「使えなくなるのでは」という声も出ていました。でも、二階は一階よりも管理状態は良いと思いました。

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 最後は一階にある食堂、厨房施設です。茶碗やどんぶりなどは出しっぱなし。厨房はまだ仕事が行われている最中の雰囲気がそのまま残っていて、切なくなりました。

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2012年09月06日

総括質疑、高田夜の街オリエンテーリング

 昨日も市議会は総括質疑でした。笹川議員がトップ、私が二番、そして最後は内山議員と続きました。

 私の質疑の中心は昨年度の市政の総括です。合併時の約束を見なおすことになった「地域事業費制度の見直し」問題、第4次行政改革推進計画の評価の在り方、大雪災害重機貸出事業の評価と課題、観光施設を管理する指定管理者の経営状態のチェックの在り方、住宅リフォーム促進事業の評価などを市長に質問しました。

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 「地域事業費制度の見直し」問題について私は、「見直しをせざるを得なくなった最大要因は合併前上越市の地域事業の進捗管理がきちんとされていなかったからだ。この点についての事実と責任を明らかにすることなくして市民の行政への不信感は無くならない」とのべましたが、市長からはこの問題での謝罪も責任の明確化もありませんでした。それどころか、「見直しの最大要因は合併前上越市の地域事業の進捗管理だとは思わない」とのべ、進捗管理をきちんとしてこなかったことを事実上不問に付す態度をとったのです。驚きました。

 第4次行政改革推進計画の昨年度の取組評価について市は、「一部で十分でなかった取組があるものの、全体としては概ね順調に推移した」と評価しています。これに関連して、組織機構改革の取組を例に挙げながら、問題や課題があったものについても「順調」「おおむね順調に進捗」と評価して丸印をつけることはおかしいと指摘しました。組織機構改革の取組では昨年度、大島、浦川原、安塚の3区の総合事務所をブロック化し、産業建設グループを浦川原区に集約するモデル案を作成、そして今年度から試行をするという段取りでした。推進計画上での目標は、「モデル案を作成する」ことでしたからそれ自体で言えば、目標達成ということになるのかもしれません。でも現実は、そのモデル案がとん挫したのです。課題や問題が残ったものの評価はよくて三角印だと思います。取り組み評価は市民目線でしてほしいものです。

 大雪災害重機貸出事業に関しては、今冬の豪雪のなかで市民から歓迎されました。ただ、要援護者だけに限定するピンポイントではなく、集落全体を救助対象にすることが必要だと指摘しました。市は、常任委員会資料の中で、今後の課題、反省点などについては、「安全管理の徹底」しか触れていませんでしたので、どう答えるか注目したのですが、「災害救助法の適用下において県が行う同事業の救助対象である『要援護世帯』に対し、必要な救助が実施できたものと考えている」とのべるにとどまりました。でも、再質問に答える中で防災危機管理部長が、県の動きを詳しく伝えてくれ、今後、豪雪時の災害救助適用は改善の方向に向かって動き出していると確信しました。

 議会が終わってから、昨年大評判だった「高田 夜の街オリエンテーリング」に参加してきました。開会式が行われた「サウンドパーク米蔵」広場は400人を超える人がいてびっくりでした。若い参加者が多かったですね。

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 参加費は3000円で、事務局が準備したコースを回って4店で飲食できます。私は吉川区から参加したTさんとともにまわったのですが、1店目でビールを2杯飲んだら、すっかり酔いが回ってしまいました。3店目は「Moon Shine(ムーンシャイン)」というお店でした。ここに入ってまたびっくり、吉川区からの参加者が4人もいたのです。お寺さんに、板金屋さん、消防団の幹部の方…。さらに驚いたのは店主もまた吉川区出身(町田)だったことです。カクテルも美味しかった。

 昨晩は水曜日でしたが、高田の仲町通りは金曜日の夜の雰囲気がありました。不景気が続く中で何とか地域を活性化させようと自力でこうしたイベントをやるというのは大事なことだと思います。

 

2012年09月07日

常任委員会審査始まる

 昨日は大忙しでした。前の晩、仲町でのオリエンテーリングで飲み、遅くなったものですから、ひと眠りをして朝までに市政レポートを作成しようと思っていました。ところが、目をさましてみると、何と朝の5時です。時計とにらめっこしながら原稿書きをしました。途中、妻を駅まで送る時間がありましたが、9時までには何とか書き終わりました。その後、急ピッチで印刷して市役所へ。

 市議会は昨日から常任委員会です。午前と午後の前半まで傍聴しましたが、朝から忙しく動いたせいか集中力が落ちて、大事な質問でもろくなメモをとれませんでした。そういうなかで記憶に残っているのは福祉有償運送の議論と保健師の体制の問題です。前者については、私が知り得ている情報は古く、最新情報をしっかり入手しなければならないと思いました。保健師については木田庁舎にいったん集中させて、今度各区に戻す形をとったというのですが、いまひとつ実感がわかなかったですね。ハイリスクを持っている人たちのところを中心に家庭訪問をする意義はわかりますが、健康維持、予防の観点から普通の高齢者の世帯もまわり、「身近な保健師さん」として頼りにされていたかつてのような関係をつくれるかどうかが問われていると思います。

 夕方からは高校時代の同級生に誘われ、ハンガリーの人たちの合唱を聴きに行きました。世界の合唱コンクールでグランプリを何度も獲得しているグループですが、生の声の魅力を感じました。私は前列の2列目という、とても近いところで聴いたのですが、声が体の中から大きな音になって出てくる、そんな気がしました。すごい迫力です。そして何といっても一番の魅力はハーモニー、6人の歌い手さんはそれぞれ違う魅力的な声を持っていて、6人の違った声を組み合わせてひとつの演奏にしていく。人間の声だけでこんなにも美しく、魅力的な演奏ができるのかと感動でした。聴いた曲はみんな素晴らしかったのですが、私が一番よかったと思ったのは、「いい湯だな」(そう、ドリフの例の曲です)でした。残念だったことが一つあります。40数年ぶりで会えるのではと思った同級生を探したのですが、とうとうわからずじまいでした。

2012年09月08日

ゆるキャラづくり、中郷区に続いて大島区、吉川区でも

 上越市内のゆるキャラと言えば、「レルヒさん」が有名ですが、昨年から中郷区がゆるキャラを作りをはじめて、すでに各地のイベントに出場して活躍中です。これに続いて、大島区や吉川区でもゆるキャラづくりが進んでいます。

 このうち、大島区では、ふるさと越後・温かい音楽の会が大島区の地域活動支援事業を活用して進めています。原案は大島小学校の子どもたちが10案ほど作成しました、そして、この6日には大島区のまちづくり懇談会の場において、原案の中から4案に候補を絞り込みました。その4候補の写真です。

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 この4候補のうち、どれにするかは来月27、28日に行われる大島区生涯学習フェスティバルの会場において人気投票を行うということです。大島区と言えば、私のイメージでは「雪」と「米」と「ホタル」です。4候補ともよくできていますが、着ぐるみをつくるということになるとどれがいいかな。ま、投票結果を待ちましょう。

 

2012年09月10日

市民団体が産業建設グループ集約問題で学習会

 住民自治と合併問題を考える会の佐藤代表から、総合事務所産業建設グループの集約の問題で学習会をやるので参加して、意見交換させてもらえないかと要請があったので、昨日、出かけてきました。集まったのはこの会の会員さんなど10数人。このうち、この会に初めて参加した人が4人ほどおられました。約2時間半の勉強会、意見交換は議会で市側と論戦をやっていくうえで役に立つものでした。

 昨日の会の中では、「ガス・水道局の再編をやった時から今回の事態はある程度予想できた。ただ、行政側の資料を見ると、集約の理由などがどんどん変わっていく気がしてならない」「命令系統の問題一つとってみても、練りに練った案とは思えない」「この案をつくった人は大規模災害の発生を考えていない。中小規模の災害しか頭にない。災害担当職員でなくても、いざという時に判断でき、役に立つ職員をどうつくるかが重要だ」「全庁的な再編をどうしていくか全体像が見えてこない。私らの地域協議会でも意見書や要望書を出していきたいと思っている」「今回の集約は行政側が思いつきで出してきているわけではない。産業建設グループでうまくいけば、次は他のグループの集約、そしてその次は総合事務所の再編とつながっていくのではないか。行政側は『改革』と称して徹底的な合理化をねらっていると見るべきだ」などといった意見が相次ぎました。他の議員にも声をかけてあったということでしたが、参加したのは私だけでした。議会の動き、論戦の状況などについてたくさんの質問が出て、私から答えさせてもらいました。

 同会では、行政側が提案している内容は不完全なところが多々ある、来年4月から試行という計画には無理がある、もっと市民と広く議論していくべきだ、市民が主体となって、開かれた場所での議論も必要だ、といったまとめをしていました。

 市政レポート第1569号、「春よ来い」の第218回、「うちわ」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。また、党市議団で発行している「市議団ニュース337号」の見出しについて誤解を与えるのではという声があり、若干変更しましたので、これもごらんいただければ幸いです。

2012年09月16日

「写友かたくり」写真展

 活動の合間を縫って「写友かたくり」写真展を見てきました。ふるさとで活躍している16人の写真仲間のみなさんが2年に1回開いている写真展です。春と秋のブナ林、高原にそっと咲く野の花、朝日が昇り始めるころの棚田など素敵な写真がずらりと並んでいました。

 私の地元からは平田一幸さんが里山でとらえた絶景写真4点が展示されていました。田んぼと案山子、激しく動く夏雲が映った小苗代の池、雪をかぶった柿、早春の棚田、いずれも「最高の一瞬」でシャッターを切ったものばかりです。きょうは平田さんから撮影した時のエピソードなどをたっぷり聴かせていただきました。

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 同写真展は明日17日の午後5時まで(開館は午前10時)。高田図書館内の小川未明文学館で開かれています。ぜひお出かけください。

 市政レポート1570号、「春よ来い」129回、「あなたへ」を私のホームページに掲載しました。ご覧いただければ幸いです。

2012年09月20日

「えちごトキめき鉄道アンケート」の中間集計

 在来線の存続、地域の振興・発展をめざす地域の会連絡会(仲田紀夫会長)が昨日、上越市役所で記者会見を行い、「えちごトキめき鉄道の運行計画についてのアンケート」の中間集計を明らかにしました。

 アンケートは5,000通を配布。回収は1,472通(内郵送700通)といいます。並行在来線の今後の運行についての住民の関心は思っていた以上に高いと感じました。アンケート中間集計の結果によると、「JR切符を今まで通り買えるように、会社に関係なく乗車距離に基づき運賃を通算する」との回答は90%前後にのぼりました。また、運行区間については、約8割の人たちが長野方面は長野まで、金沢、富山方面は富山までの運行を望んでいることがわかりました。特急「北越」、快速「くびきの」の廃止にはやはり反対の声が圧倒的ですね。

 連絡会が発表したコメントは、「えちごトキめき鉄道(新潟県並行在来線会社)の運行計画アンケートについて」をクリックしてごらんください。

2012年09月29日

柿崎区と板倉区の地域協議会を傍聴

 昨日行われた柿崎区地域協議会と板倉区地域協議会を傍聴してきました。9月議会以後の地域協議会は初めてですので、総合事務所の在り方の見直し問題がどう報告され、どう審議されるか見てみたかったからです。

 午後2時から開催された柿崎区地域協議会では池田総合事務所長が18日に行われた市議会総務常任委員会への提出資料を基に説明し、その後、意見が出されました。「地域を熟知していない職員がいる中で機動的に動けるか疑問であり、不安だ」など全体として市の見直し案に批判的な意見が圧倒的でしたね。

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 私のメモから主な意見を紹介しましょう。
●計画についてはこちらでダメだと言っても実施するのではないか。市民感覚からすると、いずれ総合事務所がなくなると感じる。
●スケジュールが決まっていて、すでに決まっているんだとなると無力感に襲われる。市長は市民とキャッチボールというが、実際はドッジボールでどんどん倒されていく感じがする。地域を知らない職員がいる中で、(産業建設グループが)機動的に動けるのか疑問だ。非常に不安に思っている。
●職員数削減ありきになっているのではないか。総合事務所が機能するのか。市民はますます遠のく。
●市議会総務常任委員会で出された意見にも行政はきちっと対応していないという情報がある。議員の意見すら対応しないのでは、地域協議会で意見を出してもそうなるのではないか。
●大変な財政状況の中で産業建設グループだけを集約しても意味はない。かえって困ることが多くなるのではないか。
●合併の時も町内会長の負担は増えないということだったが増えた。今回も町内会長の負担増にならないのか、市民のみなさんの迷惑にならないのか検証していただきたい。

 板倉区地域協議会は夕方6時からの開催でした。これまで市が示した参考案では、中郷区、板倉区、清里区、牧区、三和区の5つの区の産業建設グループを一か所に集約するということになっています。面積の広いし、区の数も一番多いのでどういう声が出るのか注目しました。

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 10分ほど遅れて会場に到着。すでに議論が始まっていました。ここでは10月下旬に市が総合事務所のグループ設定、産業建設グループを集約する総合事務所の案を示すということから、板倉区に集約総合事務所を持ってくるにはどうしたらいいのかということで、「市が案を発表したら終わりだ。発表する前に地元の声をまとめるべきだ」「地元議員から力を発揮してもらい市に申し入れてもらいたい」「何も抵抗しないで決まってしまうのでは納得できない」など様々な意見が出ていました。

 柿崎区も板倉区も地域協議会の会長の会の進め方が丁寧なのには感心しました。

2012年09月30日

農村議員連盟の視察、そして「ふれあいコンサート」

 上越市議会には食糧農業農村議員連盟の稲作体験グループがあります。これまで、大島区菖蒲の決まった圃場で田植えや稲刈り体験などをしてきました。今年は春耕期が市議選と重なったこともあり、昨日が初行動の日となりました。今回は刈り取りではなく、稲の出来を確認してこようと、菖蒲生産組合の横尾栄一さんや飯田英人さんから案内していただきました。

 現地の標高は500メートル前後。さわやかというよりも寒さを感じました。横尾さんの話だと、家では毛布を3枚かけて寝ていると言います。今年は豪雪と夏のからから天気の影響をもろに受けたようです。稲の分株が進まず、背丈も低い状態でした。来週には稲刈りをしたいということでしたが、収量は一反ベースで約300キロ(5俵)くらいになる見込みだそうです。でも味は抜群とか。今度、食べてみたいと思います。写真は飯田さんから説明を受けているところです。

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 そば畑も見せてもらいました。白い花がきれいで、これをバックに写真を撮る議員が何人もいました。

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 昨日は現地視察をしたのち、菖蒲にある古民家、飯田邸を見せてもらいました。萱ぶき屋根の修復作業が始まったばかりで、現場の足場組みがされていました。1200万円ほどかかると言います。それにしても見事な建物でした。

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 昼食後、大島音楽協会主催の「大島ふれあいコンサート」に出てきました。今回は須川展也のサクソフォン・コンサート。ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」などの古典、日本の民謡、童謡などの演奏をたっぷり聴くことができました。須川さんがNHKの朝ドラ、「 SAKURA」のテーマ音楽を演奏しているとは知りませんでした。この曲は生で聴くととてもよかった。あと、印象に残った演奏曲は「テイク5」です。生演奏の魅力、楽しさをいっぱい味わってもらおうと、舞台から観客席に下りてきての演奏は素敵でした。演奏の途中で聴こえた「ヴォッ」という音はサクソフォンの「おなら」かな。

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 昨日はこのほか、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、集金、そして知事選、衆院選対策の会議もあり、帰宅したのは夜10時半近くでした。

2012年10月02日

高田区地域協議会が(仮称)厚生産業会館建設にノーの答申提出へ

 2012年10月2日午後9時38分。新潟県上越市の地域協議会史上、画期的な判断が高田区地域協議会(西山要耕会長)によって下されました。高田公園内に(仮称)厚生産業会館を設置する基本構想(案)について市長の諮問にノーと答申することにしたのです。2回にわたる慎重審議をしたうえで、採決した結果、賛成2人、反対は13人と反対が圧倒的でした。写真は採決の瞬間です。

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 この日、高田区地域協議会は午後6時に開会し、「(仮称)厚生産業会館の基本構想(案)について」の諮問については3時間半以上にわたる審議を行いました。都市整備課、公民館、子ども課等の説明に対する質疑が行われた後の意見集約では、全委員が発言し、この問題について思いを語りましたが、いまの時点での建設は時期尚早だという声がほとんどでした。

 私のメモをもとに主な発言を紹介します。

●子ども施設はお粗末に感じた。なぜ造るべきかの必要性、原点が欠けている。
●プール跡地ありきで進んでいることに抵抗感を感じた。この街に住むことに誇りを持って、どういう街をつくっていったらいいか考えなければならない。新幹線の乗客が降りる街は文化のある街だ。文化のない街に人は降りない。こういう時代だからこそ郊外化の波を食い止めなければならない。最初からここにするという前提のものは敬遠すべきだ。
●いまは造る必要がない。もっと財政的な余裕がある時に造るべきだ。中身的にも目的に合った場所、施設になっていない。時期尚早だ。
●造ることの意味、疑問だ。片方で将来的に80億の赤字になると言いながら、地域事業費制度を見直し、高田地区には新幹線の駅もでき、厚生産業会館もつくるというのは13区に不満がある。高田地区の住民としてはほしいけれども、本当に市民がほしがっているか煮詰める必要がある。
●中心市街地は通るたびにさびれていく感じだ。車で行ける場所はたくさんある。もう少し時間をかけて決めるべきで、時期尚早だ。財政もそんなに楽じゃない。

 (仮称)厚生産業会館の建設は市長の選挙公約の一つでした。しかし、市民の中には財政事情の厳しい中、いまの時点でこの施設を建設する必要があるかどうか、市民の声を十分聴くべきだという声が多数ありました。建設が予定されていた高田区においてもそうです。高田区地域協議会はこうした声を受け、良識ある判断を下したと思います。建設ノーの答申は市政を大きく動かす一歩となることでしょう。同協議会では、近いうちに今晩出された反対理由を整理し、市長に答申を提出するということです。

2012年10月03日

平良木議員のお母さんの葬儀

 午前は平良木議員のお母さんの葬儀でした。亡くなったお母さんや家族の希望で無宗教形式での葬儀が行われました。お孫さんが経歴を紹介する、お別れの言葉を述べる、故人の思い出写真を参列者に見てもらう。そして参列者全員で献花する。初めてのことが続きましたが、心に残るいい葬儀でした。わが家は真宗大谷派ですので、これと同じことは出来ませんが、いくつかは採り入れたいものだと思いました。

 葬儀が終わってから着替えをし、その後、妻に頼まれた用事で高田本町6丁目の小川呉服店を訪ねました。ここは比較的新しい町屋で、一度見させてもらったことがあります。きょうは小川さんが通訳を通して外国の人たちに庭や家の作りなどを説明されている最中でした。庭木を雪の重みからどう守るか、冬場に光りをどう入れるかなど素敵な説明でした。写真は吹き抜けです。明るくてしっかりした造りになっているのにびっくりでした。

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 お昼は長野県上田市の共産党議員団の人たちとご一緒させてもらいました。久保田議員、金井議員、古市議員、わたなべ議員、みんな明るい人たちで、親しく懇談させてもらいました。長野県には私も知っている人たちが何人もいます。毛利栄子さんや中野早苗さん夫婦のことなどが話題になりました。本当はもっとゆっくりと案内したかったのですが、明日からの知事選の準備などがあってかないませんでした。でも楽しかったです。

 午後からは地元に帰りました。途中、近所のおじいちゃんの姿が見えたので、車をとめると、吉川で鯉を釣り上げたところでした。普段は酸素ボンベを離せない人ですが、きょうは昔と同じように元気に見えました。釣り上げた鯉は約5キロ、釣った本人はうれしそうでしたね。その後は選挙準備、市政レポートの原稿書きをしました。

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2012年10月05日

「(仮称)厚生産業会館の基本構想案は不適当」報道が話題に

 最初にご了解を。21日まで公職選挙法上の制約により、書きたくても書けないことがあります。「この大事な時期に何のんびりしたことを書いているんだ」という感じの文章に出合うことがあるでしょうが、がまんしてくださいますようお願いします。

 昨日は朝から市政レポートの印刷、ポスター貼り、ビラ配布などで動きました。天気が良くて、動いていても気分がよかったです。大好きな尾神岳もきれいに見えました。山間部で車を走らせていたら、道路上に栗が落ちているところが3か所もありました。そのうちの1か所ではもったいないので拾ってきました。いくつ拾ったかは秘密です。

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 昨日は何人かの人と話ができました。話題は2日夜の高田区地域協議会で審議された(仮称)厚生産業会館問題です。新聞に大きく載った時はちがいますね。基本構想案はダメ、との答申をまとめることになった点を評価する声がいくつもありました。「市民生活が大変な時に18億円もかけるなんてとんでもない。新聞記事を見ておもわず手をたたいた」「高田区の委員の人に出会ったら、よく良識ある判断をしてくれたとほめてやってくれ」などという声が寄せられました。

 帰り道、ブドウを買おうと、ほくほく線、浦川原駅の近くの農産物直売所に立ち寄ったところ、小さなホウズキが目にとまりました。1袋100円。買って食べてみたら、どこかで食べたことのある味です。でも、どこで食べたか思い出せませんでした。

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明日はえちご・くびき野100キロマラソン

 猛烈に忙しい一日でした。早朝から市政レポートの印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、街頭宣伝、越後くびき野100キロマラソン前夜祭と続きました。

 足元に落ちていたのを見つけて、「もうこんな時期になったのか」と思ったのは銀杏です。お寺の階段でまず発見し、境内に出て、たくさん落ちているのを確認しました。きょうは、ミンミンゼミの鳴き声も聞きました。

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 夕方、十日町市の儀明トンネルのところで街宣車から降り、リージョンプラザへ急行しました。えちご・くびき野100キロマラソン前夜祭に出るためです。エントリーした選手は2000人を超えたとか。すごいもんです。ウーロン茶を飲みながら、選手やボランティアの人たちと交流しました。写真は選手宣誓と寄せ書きです。寄せ書きには、「100キロ初挑戦、まずは楽しむ、できたら完走」「63歳でも頑張る」「僕も同じです」などと書かれたものがありました。

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 明日のマラソンには上越市議会から近藤議員と石田議員が挑戦します。あすは宣伝行動、県立吉川高等特別支援学校の行事もあり、大変ですが、できるだけ応援したいと思っています。

2012年10月09日

大口昭治、満、萌、親子三代展そして花ロード

 芸術の秋です。各地で文化展などが開かれています。昨日は生活相談が終わって、宣伝カーに乗るまでの時間帯に高田へ出向き、上越高校の大口先生の親子三代展や花ロードを楽しんできました。

 親子三代展では大口昭治さん、満さん、萌さんの見事な作品に惚れ惚れしました。

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 絵だけでなく、文も素敵だなと思ったのは萌さんの作品です。絵に添えられた文がシンプルでしかも心を打つのです。4つほどの短い文のなかから「生きること」という文を紹介します。

 生きること

 中学生の頃、母に「生きることが辛い時期があるよ」と言われたことを覚えています。その言葉は予言していたのか、その後わたしは病気になり、学校に行けなくなりました。学校のクラスで新しい友達ができたり、部活で一生懸命練習したりと、とても楽しかったのに、一瞬にしてわたしの景色は真っ白な壁とベッドの小さな個室になってしまいました。それからわたしは『生きること』を意識していました。
 しかし、最近は意識することが無くなりました。意識ではなく、『実感』しています。身体で感じています。特に一番実感できるのは、朝目が覚めて、カーテンを開けて陽の光を浴びることです。わたしは朝の時間が好きです。

 今朝目覚めたことが、自身にも、家族にも、とても幸せなことです。大きく、大きく深呼吸をしよう。

 花ロードを見たのはこれで3度目かな。いつも美しい花や作品と出合うので、楽しみにしています。本町3丁目の大杉屋さんの前で白いホトトギスが咲いていました。きれいだなあと思ってカメラを構えたら、花の向こうに素敵な女性の姿も……。

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 仲町6丁目の町屋、大鋸町(おがまち)ますやさんで展示されていたのは谷真知子さんの「聖火」という作品です。商工会議所女性会会長賞を受賞していました。谷さんは高校時代の同級生、彼女の美的センスにびっくりでした。

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 花ロードに参加した作品ではないけれど本町6丁目で見た、この風景も良かった。

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 本町5丁目の元内山金物店の屋上ガーデンにも寄ってきました。ここも高校時代の同級生の家です。屋上には野の花などがいっぱい。素敵なお庭でした。花のなかには私の大好きなシロバナサクラタデもありました。写真の手前の花です。90歳のお母さんとお姉さんとも話ができました。同級生のHさんはイタリアへ行っているということでした。会えなくて残念でした。

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 最後は花ロードでグランプリを受賞した沖田渉さんの作品です。展示されている場所へ行って分かったことですが、風鈴街道でもグランプリを獲得したお医者さんでした。

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議会基本条例の検討、橋本直義展、センナリホウズキ

 上越市議会基本条例が制定されてから早いものでまもなく2年になります。市議会では、これまでの活動を振り返りながら、この条例の検証をしようと検証委員会を立ち上げました。メンバーは各派、無所属議員の7人です。今月の22日から毎月1回ほどの会議を開催することになっていますが、その前に委員が自分の所属している会派などで検討し、その結果を報告することになっています。きょうの午前、党議員団でその検討を行いました。

 午後からは文化財に関する相談で市立総合博物館へ行きました。相談が終わってから、浮世絵師・橋本直義の版画や絵を観賞してきました。高田藩士であった橋本直義については、これまでまったく名前を知らなかったのですが、有名な明治の国会開設の版画などいくつかの作品を観て、「あっ、これは見たことがある」と思ったものが数点ありました。絵だか版画だか区別がつかないほど繊細な図柄、見事な濃淡表現にうっとりでした。

 先日、浦川原区で購入した小さなホウズキですが、ナス科の「センナリホウズキ」と呼ぶようです。私の地元、吉川区でもけっこうあるようで、「たくさんなるからセンナリホウズキと呼ぶんだ」という人もいました。きょうは、このセンナリホウズキを5人の人に少しずつおすそ分けしました。口に入れた人はみんな、「うまーい」という声をあげました。甘酸っぱい実の味は癖になりそうです。

2012年10月16日

消防事務組合議会

 上越市と妙高市で構成する上越地域消防事務組合議会が昨日開催されました。主な議題は昨年度一般会計歳入歳出決算の認定、今年度の一般会計補正予算、火災予防条例の一部改正です。

 このうち、昨年度一般会計歳入歳出決算に関しては昨年3月11日の大震災をふまえた対応について質問が集中しました。いうまでもなく3.11大震災は消防行政関係者にも大きな衝撃を与えました。津波災害、原発事故への対応をどうするか、を中心に議論し、早急に方針を確立することが求められています。そうした中、資機材の整備が一定程度行われたものの、本格的な対応はまだこれからという感じがしました。とくに原子力災害対応は、遅れていると思いました。

 今年度の一般会計補正予算に関しては、空間放射線測定器の導入と測定について質問しました。測定は6月から始まりましたが、一日に一回のみという実態です。東京電力福島原発事故による放射線測定だけでなく、今後、身近にある柏崎刈羽原発で重大事故が起きた場合のことを想定すれば、これではきわめて不十分です。一日一回になった経過説明を求めましたが、いまひとつはっきりしませんでした。早急な見直しを求めたいと思います。

 昨日は午後から視察受け入れを予定していました。ところが、私の聞き間違いで、じつは来月の15日に登米市議会がやってこられるということでした。こんなこともあるんですね、携帯電話へのスケジュール入力結果を見直しておかないと、またポカをやりそうです。

2012年10月27日

柿崎区地域協議会でも(仮称)厚生産業会館建設反対の意見続出

 柿崎区地域協議会が昨日、開催されました。昨日は、木田庁舎から土橋総務管理部長などが出席して総合事務所の在り方について議論が行われました。

 池田総合事務所長が説明した後、委員からは、「効率ばかり追求していて市民サービスが後退するのではないか」「よそに集約された場合でも総務・地域振興グループで産業建設の受付、相談はできるというが専門性のない方々では対応できない。どう教育するのか」「柿崎区は山あり、海ありで広い。災害対策を考えたら産業建設グループの集約先は柿崎区にしてもらいたい」などの意見が出ました。

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 昨日の議論では、総合事務所の在り方と関連させて、市長が高田に建設しようとしている(仮称)厚生産業会館や柏崎刈羽原発についても意見が続出しました。このうち、(仮称)厚生産業会館については、「人件費を削らなければならないというのに、厚生産業会館を造ろうとしているが、言っていることとやっていることに整合性がないのではないか」「高田区の地域協議会では建設に反対の声が出たそうだが、(この動きに)私は大賛成だ」「(市長公約の)厚生産業会館についてはやめるという英断が必要だ」などの意見が相次ぎました。

 土橋総務管理部長は、こうした声に対して、「将来に向かって必要な社会的投資は財政をやりくりしてでもやっていく。詰めるところは詰める、必要なところには予算を付けることが大事」と答えましたが、委員は納得せず、「一般家庭なら、そんなことはしない」と反発する声もありました。

2012年10月28日

「しんぶん赤旗」配達、そして御所参内・聚楽第行幸図屏風シンポ

 昨日は市政レポート1576号の追加印刷から始まりました。本当は次号のレポートを大量に印刷しようと思っていたのですが、読者の方から要望があり、3000枚を追加印刷しました。B4サイズの用紙に両面印刷です。片面を印刷してから少し時間をおいたので、印刷が終わるまで約2時間かかりました。表面の原発関連の記事や見出しは、一昨日の印刷した時のものを少し直しました。

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達はいつもよりもかなり時間がかかりました。集金があったこともありますが、何よりも、原子力規制委員会発表の放射性物質拡散予測結果が大きなショックを与え、話がはずみました。私の地元は柏崎刈羽原発から約25キロですので、過酷事故が起きれば避難しなければならない地域だと思っていたはずなのですが、今回の発表で「南南西方角で最遠23.6キロ」などと書かれると、心配が現実味を帯びてきます。何人もの読者の方から、「原発は早くなくしてもらいたい」という声が寄せられました。

 午後2時過ぎに配達を一時中断し、3年前に大きな話題となった「御所参内・聚楽第行幸図屏風」のシンポジウムに出てきました。シンポとなっていましたが、学術調査委員会(川村知行委員長)の調査報告会といった感じでした。屏風の制作年代、製作の背景などを他の聚楽第行幸屏風との比較や建築、画面構成などから専門家のみなさんが迫っていく、その過程と結果を明らかにしていただきました。率直に言って、私は聚楽第があった1500年代の後半に製作されたものかと思っていたのですが、それよりもかなり遅い時期に製作されたものであることが専門的な見地から解明されました。いずれの報告も大変興味深いもので、ぐいぐい引きこまれました。

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 学術調査報告書は上越市立総合博物館(電話025-524-3120)にあります。1冊1000円ですので、ご希望の方は総合博物館に申し込んでください。

第8回大島音楽祭

 大島区のふれあい館で行われた大島音楽祭に参加してきました。会場では絵画、写真、押し花絵、書道作品、菊なども展示されていて、賑わっていました。

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 私の目に一番最初にとまったのは大島区のセミや蝶の標本です。ヤマセミの会の岩野道郎さんの収集したものですが、10年間の間によく集めたものだと感心しました。

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 落ち葉を利用した絵もありました。牛の顔かと思って近づいたら、キリンさんでした。保育園の子どもさんの作品です。

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 大島区は昨年3月の長野県北部地震、7月の集中豪雨で大きな被害をこうむりました。その時の被災状況と災害復旧後の写真が貼られていました。復旧した時の写真にはキャプションがついていて、その言葉にひかれました。2枚の写真をご覧いただきますが、「災害復旧が完成した場所を反対側から撮影したら、木々が色づいていました」「工事をしてくださった人、設計をしたり現場を監督してくださった人、田んぼや畑など工事の間、協力してくださった人など、みんなの思いが災害に負けない大島の力です」とありました。

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 さて、音楽祭です。大島区は「音楽のまち」と言われているだけに少ない人口の割にはたいへん活発です。子どもから高齢者までみんなが音楽を楽しんでいると感じました。混声合唱団「コール大島」のメンバーを見ていたら、いつも静かに仕事をしているTさんの姿がありました。高齢者合唱団「りんどう・ほたる合唱団」の「森へ行きましょう」は本当に楽しそうな合唱になりました。「えっ、あの人が」と思う人も団員でしたよ。

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 上越ご当地アイドルプロジェクト「Jo志校」のメンバーも参加していました。きょうは、高田の酒まつりと大島音楽祭に分かれて参加していて、大島の方は高校生以下のメンバーとか。今年は上越市内のイベントで大活躍です。

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 会場には何本もの「のぼり」が立てられていて、にぎやかに飾っていました。この中で気に入ったのがありました。「平和」と書いてある「のぼり」です。まず字体がいい。下の絵もかわいい。誰がつくったのか聞いて、私の活動の「のぼり」にしたくなりました。

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2012年10月31日

越後高田を見直す研修会

 毎年1回開かれている上越市議会と長野市議会の交流会が昨日、行われました。昨日は直江津の学びの交流館で高田瞽女の文化を保存・発信する会の市川信夫さんを講師に瞽女のことを中心に語っていただきました。私たちの手元には高田に関する資料が配布され、市川さんの講演の途中、ドキュメント映画「瞽女さんの唄が聞こえる」が放映されたこともあって、私としては越後高田を見直すとてもいい研修会になりました。

 講演の前に受講者の机の上に配られた資料の中に、たぶん、季刊雑誌「直江の津」に掲載されたものだと思いますが、上越市教育委員会の中西聡さんが書かれた、「『高田』のまちにこめた祈り」がありました。この文章で、高田城築城や寺町に関する考察がじつにおもしろい内容でありました。高田築城にあたっては、防衛とか交通の面から位置が定められたものではなく、新しい城の位置の吉凶を占い、福島城の真南に移動した。そして、占いに従ったのは高田城が軍事目的ではなく、戦のない平和な城下をめざしたものではないかというものです。これが単なる推測ではなく、地図との格闘、古文書資料の分析の中から導き出したものだけに説得力があります。ここでは書きませんが、寺町の位置の考察も参考になりました。

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 市川信夫さんの講演は初めて聴きました。瞽女さんについての研究は地道なもので、市川さん自身は「学校の先生」「研究者」といったイメージが強かったのですが、昨日の講演を聴いて、こんなにも庶民的な方だとは思いませんでした。市川さんが映画「ふみ子の海」に出演した時、俳優の高橋恵子さんから背中をさすってもらった。あの時、「これまで生きていて良かったと感じた」というエピソードの紹介で、ますます市川さんが好きになりました。講演や映画「瞽女さんの唄が聞こえる」で、懐かしい風景や話が次々と出ました。高田の雁木や町屋などの魅力がいっぱい出てきたと思います。高田を見直すいい研修会となりました。

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 研修会が終わってからの交流会では、上杉おもてなし武将隊のみなさんが力強い演武を披露してくれました。また、議員にクイズを出して、当たると塩をプレゼントする。なかなか面白い企画で会場を沸かせました。昨日の交流会を準備してくださったのは議会事務局のみなさんかと思いますが、これまでの交流会の中でも一番良かったです。感謝します。長野市議会の日本共産党議員の野々村さんや小林さんなどとも交流できました。

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2012年11月02日

天明3年の柿崎騒動で電話あり

 昨日は午前に市政レポートの作成、印刷と大忙しでした。原稿ができたのが午前10時前、それから印刷したのですが、印刷しない白い紙が100枚のうち1枚くらいの割合で発生して手間取りました。こういう印刷ミスは久しぶりです。

 午後から、市政レポートのポストおろしをやりながら、干ばつ被害田の災害復旧状況を視察したり、関係者の声を聴いたりしてきました。災害復旧の方は順調でしたが、農家の人たちの声が切なかった。干ばつで減収して、さらに等級が落ちたために経営的に厳しいことになっているというのです。被災地全体でどうなっているか調べなければなりません。

 昨日は私の事務所に長時間いたこともあって、電話が何本も入ってきました。そのうちの1本は、埼玉県在住の文学者の方からでした。天明3年(1783年)11月に柿崎区下黒川地域で起きた柿崎騒動について知りたいので、郷土史研究者を紹介してもらえないかという電話でした。柿崎騒動は水上勉の「蓑笠の人」にも出てくる一揆です。騒動が起きたときと同じ時間帯に、この方と一緒に夜道を歩いてみることにしました。

 外はいま雨を伴った強い風が吹いています。この調子だと明日は電車も高速バスもストップするかも知れません。

2012年11月03日

大山温泉あさひ荘の意見書とアンケート結果

 昨日と今朝の新聞で大島区にある大山温泉あさひ荘についての報道がありました。大島区地域協議会が1日、村山市長にあさひ荘の再開求める意見書を提出したというニュースです。その記事によると、意見書には大島まちづくり振興会が実施したアンケートも添付しているとありました。早速、関係資料を取り寄せ、読んでみました。また、意見書とアンケートに関してはPDFファイルを作成しました。下線部をクリックしてごらんください。

 意見書を読んで改めて感じたのは、大島区においては大山温泉あさひ荘が欠くことのできない施設となっていることです。そして、「中山間地域の振興という観点からも再開を強く要望する」とされている点も重要だと思いました。

 このブログをお読みのみなさんには、自由回答もぜひ読んでいただきたいと思います。ここには、「大島の宝の湯であり、宴会をする場所がほしい」「どうしてもないと困る施設です」などという声とともに、これまでのあさひ荘の運営や今後について否定的なことも掲載されています。すべてを隠さず公表しているのはとても好感が持てます。

 

2012年11月04日

柿崎一揆の現場を歩く

 昨日の午後のことを書いておかなければなりません。いまから229年前の11月に柿崎区下黒川地区で起きた柿崎一揆のことを調べようと、フリーライターの玄間太郎さんとともに柿崎海岸や木崎城などを見て回りました。玄間さんは柿崎一揆を題材にした小説を執筆中で、11月の状況をつかみたいと今回、調査に入られたのです。

 最初に出かけたのは柿崎海岸でした。歴史資料では、浦浜海岸に400人からの人たちが集結して、角取、下小野などへと出かけて一揆をおこしたとなっています。昨日の柿崎の海は荒れていましたね。玄間さんは風がどう吹くのか、旗持山は見えるのか、佐渡が見える方角はどうか、海岸にはどんな花が咲いているのかなどに関心を示されていました。

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 一揆で農民らが押し寄せた場所の一つは角取の造り酒屋でした。この酒屋はいまの代々菊酒造さんのようです。昨日は、夕方から夜にかけてどんな感じになるのか、米山さんや尾神岳がどんな風に見えるかなどを調査されました。たぶん、きょうは11月の時点で酒造りはどんな仕事をしているのかなど聞き取り調査されたのではないかと思います。写真は代々菊酒造です。

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 昨日は野道も案内しました。砂利も敷いていない野道は探したけれど、なかなか見つかりませんでした。上小野から百木へ行く途中でようやく見つけることが出来ました。歩いた時、どんな履き物だったかはわかりませんが、歩くと、足の裏に柔らかな土の弾力が伝わってきます。道端にはノコンギクやミゾソバ、赤マンマなどが咲いていました。こういったことはどう書かれるのでしょうか。

 下小野から上小野へ向かう途中に馬頭観音があります。この近辺にヤマイモやトコロのツルがあることが分かり、そこでムカゴを食べたり、ところを掘ったりしました。フキはこの時期でも食べられることを確認できました。229年前はたいへんな食糧難でした。どんなものを食べたのか、玄間さんはイメージを膨らませることが出来たようです。

 上小野神社は、小説では農民らがひそかに集まった場所の一つに設定してあるとか。階段の上って神社へ行くと、大きな杉に囲まれていて暗い感じがしました。側からも良く見えなく、会合には絶好の場所でした。市道に出た時、玄間さんは、一揆に参加した農民たちの合言葉として、「米山さんから月が出た」という言葉を考えていると言われたので、「いまの時期、米山さんからは月が出ないのでは」と言っておきました。年が明けると間もなく、本は完成する予定とのことです。楽しみが増えました。

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2012年11月06日

上越でも11日に脱原発デモ

 私の卒業した中学校は旧吉川町立源中学校。統合したので、いまはもうありません。同級生は57人いました。そのうち20数人が集まって、スカイトピア遊ランドで10日の土曜日に同級会をやることになりました。同級会は11年ぶりです。私はこの同級会の幹事の一人、きょうは午後から当日のパンフレット作りをしました。

 困ったのは、あると思っていた源中学校の校歌が見当たらなかったこと。それで夕方、先輩の吉村一博さんに探してもらい、なんとかパンフレットに掲載することが出来ました。今後、また、なくしてもすぐ探すことができるように、このブログにも掲載しておきます。どうです、いい詩でしょう。私は歌は下手ですが、「ああ源の学徒われ」のところだけはでっかい声で歌ったものです。

【源中学校校歌】 布川俊雄作詞 大給正夫作曲

 春風戦ぐ(そよぐ)三峡の さ緑もゆる平和郷
 名も吉川の岩走る 清き流れに知恵くみて
 学びの道を究めなん ああ源の学徒われ

 今青春の朝ぼらけ 希望にもゆる若人が
 文化の日本築くべき 任務(つとめ)は重く峻(けわ)しくも
 唯一筋に進みなん ああ源の学徒われ

 狭霧も晴れて今朝もまた 大空高く聳え立つ
 気高き姿米峰の 深き教えを学びつつ
 心を磨かん身を立てん ああ源の学徒われ

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 夜8時前に弟から電話が来ました。「兄貴、今晩の歌番組、見ておいた方がいいよ。千昌夫が出るし……」。最初、どういう意味かよくわかりませんでしたが、テレビを見て納得しました。千昌夫の故郷は陸前高田です。今夜歌った「夕焼け雲」は津波や原発でたいへんな目に遭っている人たちへの応援歌でした。

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 さて、11日の日曜日は全国で原発なくせの集会デモが行われることになっていますが、この上越市でも午後2時から行われる予定です。私はちょうど同じ時間帯に地元吉川区の町内会のふれあいセンター竣工式があって参加できないのですが、「ぜひブログでも紹介して、参加を呼び掛けてください」とのメールをいただきました。上越市は柏崎刈羽原発の隣に位置しています。この故郷を守るために原発をなくしましょう。集会・デモの主催は「つなげよう脱原発の輪 上越の会」です。

【日  時】11月11日(日)午後2時~4時
【集合場所】かに池公園(イオン上越店北)
【その他 】各自でプラカード等のアピールグッズをご用意ください。
   政党など団体名の入ったノボリ等の持参はご遠慮ください。
   雨天決行。

2012年11月09日

住民自治と合併問題を考える会の例会に参加

 昨日はいよいよ冬がやってくることを教えてくれた天気となりました。びゅーびゅーという木枯らしの音を意識したのは久しぶりです。午前は旧吉川町議のお母さんの葬儀、午後からは衆院新潟6区の選対会議、住民自治と合併問題を考える会の例会と続きました。家に帰ったのは午後10時前でした。

 住民自治と合併問題を考える会(佐藤忠治会長)には私は入っていないのですが、佐藤会長から先日行われた総務常任委員会の報告をしてもらいたいと要請され、参加してきました。参加者は15人ほどだったように思います。昨日の会は会員外にも案内が出ていたようで、新潟日報への投稿でおなじみの中島良一さんや前市議の吉田侃さんの姿もありました。

 私の報告の後、いろんな質問や意見が出されました。「昨年の大浦安の時からの議会での行政の説明を聴いていると、総合事務所の産業建設グループの集約の理由が変わっている。この点を追及してほしい」「単なる集約ではない。市役所組織機構の再編の一環だ。全体構造をしっかりととらえなければならない。単なる人減らしではないと警鐘を鳴らさないといけない」「行政は議会の議論を地域協議会や町内会連絡協議会にしっかり伝えていない。これでは議会は何のためにあるのかという声が出る」「執行部側に市民の声を聴く力の弱さを感じる。大浦安の教訓をそしゃくしていない」私が考え付かなかった点もあり、とても参考になりました。

 会では今後、市長との懇談、市議会議員との意見交換、地域協議会委員との意見交換などを予定しているといいます。

衆院解散・総選挙間近のなかで高橋みきこ候補とともに

 報道によると、衆院解散・総選挙が年内に行われる可能性が高まってきました。こうした情勢の中、きょうは日本共産党の衆院新潟6区予定候補の高橋みきこさんとともに挨拶回りをしました。まわったところは主に吉川、安塚、大島の3区です。高橋候補の名前はほとんど知られていませんが、親しく挨拶し、手をにぎると、どこでも「頑張ってください。応援しますよ」という声が返ってきました。

 途中、休憩を兼ねて喫茶店や食堂に寄りました。10時の休みに寄ったのは、吉川区下小沢にあるドッグカフェ、「わんこ亭」です。ここでは県立吉川高等特別支援学校の2年生のRさんが職場体験中でした。

 最初にRさんが「いらっしゃいませ」と言って持ってきてくれたのが水とおしぼりです。おしぼりはレモンローズの素敵な香りがしました。接客は落ち着いていましたね。指導している大滝さんは、「接客はお客さんの反応の仕方で応用動作が求められます。最初は硬くなる場面もあったけれど、明日で終わりというというところまで来て慣れてきました。上手になってきたところで終わりというのはもったいない」と話しておられました。Rさんは、昨年から4種の職場体験をしたと言います。「4種類の仕事ができたということはすごいことだね」と語りかけたら、ニコニコしていました。将来、Rさんの仕事ぶりを見てみたいものです。写真はちょっとピンとずれですが、Rさんが高橋さんにコーヒーを出しているところです。

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 大島区では親戚の家にも寄ってきました。母の実家では、お茶をご馳走になりました。ここではナスの漬物と炒めたレンコンがうまかった。また従兄の嫁さんから、市政レポートに寄せられた市民の声をいくつも教えてもらいました。私の話をゆっくり聞きたいと言ってくださる人が何人もいるということも知りました。「囲む会」「つどい」を開かなければと思いました。板山の伯母の家では、伯母がちょうど畑仕事に出るところでした。高橋さんが握手を求めて手を差し出すと、伯母は笑顔で「頑張ってくんなさい」とやっていました。

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 きょう、高橋さんとまわった家は30軒ほどです。商工業者のKさんのところでは、「いまでも消費税で困っている。増税なんてとんでもない」と言われました。また、ある障がい者の方からは、「いまの政治じゃ駄目、必ず応援しますから頑張ってください」と励まされました。

2012年11月10日

大潟区地域協議会を傍聴、鋭い質問次々

 昨晩、大潟区地域協議会を傍聴してきました。協議のテーマは新市建設計画の変更と総合事務所のあり方でした。この地域協議会の傍聴は久しぶりでしたが、委員の質問は鋭く、よく勉強されているなと感心しました。

 新市建設計画の変更については市側の説明の後、委員から、「共通事業については、いまどのような扱いになっているか」「合併特例債の活用は新市の一体感を醸成するものでなければならない。(仮称)厚生産業会館がどうしても必要だというなら、こういう観点から、本来どこに造ったらいいか検討すべきだったのではないか」「合併特例債の返済にあたっては70%が交付税算入されるというが、落とし穴がある。別枠で交付税が出されるわけでない」「合併後、この間、財政計画に踊らされてきた。事務事業や地域事業については我々も泣く泣く見直しをしてきた。説明を聞いていると、信用できない感覚になる」と意見や質問が出ました。

 総合事務所の在り方については、先の市議会総務常任委員会で「提案するには準備不足だ」などの批判が相次いだ経過があります。それらを踏まえて、どう整理して地域協議会に説明するか注目しました。ところが、一部で若干の補足があったものの、基本的には総務常任委員会での提案をそのまま説明していました。総務常任委員会での質疑がどうであったかを問われ、土橋総務管理部長は、「次の地域協議会でまとめたものを差し上げる」と答えていましたが、これでは常任委員会審議が地域協議会での審議に生かされません。遅すぎます。

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 昨晩の地域協議会では、「説明会の資料をいただいてがっかりした。何故、当初の参考案が崩されて、三和や頸城が木田庁舎に入るのか理解できない」「集約総合事務所は人口の多いところになっているのではないか」「繁忙期には総合事務所に分散させるというが、果たして集約して、効率的になるかどうか疑問だ」「産業建設グループ以外のグループを集約しない、考えていないと断言しているのはなぜか」などの声が出ました。

 びっくりしたのは、三和区、頸城区、名立区の産業建設グループが木田庁舎と一緒になるときの受け入れ体制についての答弁です。先の総務常任委員会では、「木田庁舎には産業建設グループはないので、それに対応する内部の受け皿を整えるという認識を持っている。そのことについては職員配置も含めてどのような形が適当であるか内部検討をすすめている」(土橋総務管理部長)という答弁でした。ところが昨晩は、「木田庁舎には、産業建設グループはないので、いっぽうでこれがために受け皿を作ることは今のところ考えていない。いまある課のなかでそれぞれの業務を受けることになる。課を増やすとか再編するとかは考えていない」と答えたのです。これはグループ化ではなく、木田庁舎への事実上の吸収です。この問題は、今後大きな議論を呼ぶことになるでしょう。

2012年11月13日

「グループホームだんらん」を訪問

 先ほど上越市頸城区にある「グループホームだんらん」を訪問してきました。ここの「だんらん」は9年前にスタートしました。NPO法人から株式会社になっていますが、建物は最近新築されたばかり、とてもきれいでした。私が訪問した直接の動機は、朗読グループ「雪椿おはなし会」のボランティア訪問活動を見たかったからです。

 「雪椿おはなし会」のみなさんは懐かしい歌をうたったり、ハモニカ演奏したり、朗読をしたりと大活躍でした。朗読は斎藤隆介の「モチモチの木」でした。これは動画で撮影しましたのでご覧ください。

 「だんらん」はこれまでそばを何度も通ってはいたものの、訪問させてもらったのは初めてです。短い時間ではありましたが、村松卓弥さんから施設概要や実施しているサービスについて説明していただきました。入所されている人、通っておられる人、そのほとんどは旧頸北地区出身の人たちでした。サービスの説明で初めて聞いたのは、ここではストレッチャー送迎をやっているということ、これにはびっくりでした。家庭で訪問サービスを受けていた人たちが、外に出て他の人と交流できるというのはすばらしい。

2012年11月17日

新市建設計画の変更案めぐり活発な議論

 柿崎区地域協議会(佐藤健会長)が16日開かれ、新市建設計画の変更案などについて活発な議論が行われました。

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 新市建設計画の変更案については市長からの諮問です。東日本大震災や長野県北部地震の発生に伴い国が法律の改正を行い、合併特例債の発行期限が延長されたことを受けて、合併協議会で決めた新市建設計画の一部を変更するので地域協議会の意見を聴きたいというものです。

 市が示した変更案の中には「し尿処理施設増設整備事業」など7事業を削除し、新たに(仮称)厚生産業会館建設事業、新水族館建設事業、上越斎場建設事業など5事業を追加することが含まれています。

 この追加をめぐり、「計画変更の背景を考えると合致しない事業があるのではないか」「災害対応中心にやるべきだ」「これまでいろんな事業を切ってきた。(新たに)こうしたものを造る整合性はないのではないか。もっと13区に目を向けてほしい」などの批判的意見が相次ぎました。特に(仮称)厚生産業会館建設に対する批判が多かったですね。

 最終的には柿崎区地域協議会として変更案には同意するものの、付帯意見をつけることになりました。高田区地域協議会が市の示した(仮称)厚生産業会館の基本構想案について「不適当」との答申を出しているだけに、付帯意見がどんな内容で書かれるのか注目です。

 黒川工業団地にメガソーラー建設の動き

 黒川工業団地にメガソーラー(大規模な太陽光発電施設)建設の動きがあることが柿崎区地域協議会で明らかになりました。これは宮澤副会長の質問によって明らかになったものです。

 総合事務所側は答弁で、「10月に産業立地課から話があった。メガソーラー関係企業が候補地を探していて、黒川工業団地もそのひとつになっている。企業は現地を確認している。まだ正式決定ではないが決まったら地元に相談させてもらいたい」とのべていました。

 会議後、地元のある人に聞いたら、「どんな計画なのか早く知りたい」という声が出ていました。

2012年11月23日

商工会議所青年部と市議との初の懇談会

 昨日書き残したことことから。21日の夜、高田のデュオ・セレッソにおいて上越商工会議所青年部が市議会議員との懇談会を開催しました。主催は同青年部。市議会議員との懇談会を開催するのは今回が初めてです。市議会からは32人のうち、27人が出席しました。今回の懇談会は北陸新幹線開業を前にして、まちづくりをどう進めていくか、観光をどうするかなどについて意見交換するのが目的です。

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 懇談会は清水信博青年部会長、滝澤逸男議長が挨拶した後、8つのテーブルに分かれてディスカッションが行われました。私のテーブルでは市議が4人、そして青年部からは観光開発委員会のメンバー6人が参加して、「通年観光をめざす仕組みづくり」について活発な意見交換が行われました。「高田雁木をもっと宣伝するべき」「暮らしの技術の伝承をもっと重視したらどうか」「スキーなど日本三大発祥の地を売り込む」などテーブルメンバー全員が発言して、興味深い議論になりました。私からは、越後田舎体験で試されずみの「体験を重視した観光」の多様化と定着を訴えさせてもらいました。「凍み渡り」等の体験、海へのあこがれなどをどう採り入れるかなど話は若い人たちにも通用したようでうれしくなりました。議論は予定した時間になっても終わりそうもないくらいでしたね。

 懇談会の後は懇親会です。議論した同じテーブルのメンバーと議論を続けるだけでなく、他のテーブルのみなさんとも交流できました。柿崎区の山岸さん、時々、私のツイートに反応してくださる不動産業の加藤さんなどとも久しぶりの再会をすることができました。

住民自治と合併問題を考える会と議員有志で懇談

 昨晩は直江津の学びの交流館で「住民自治と合併問題を考える会」(佐藤忠治代表)との懇談会がありました。この懇談会は市議全員に呼びかけられたものです。懇談会には考える会のメンバーや会員外の市民など10数人が参加、議員は7人の参加でした。日本共産党議員団からは私が代表して参加しました。

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 この日の懇談で話題となったのは総合事務所の産業建設グループの集約問題と新市建設計画の変更です。最初、司会者が何人かの議員に、「現在、行政が進めようとしている総合事務所の在り方についてどう思うか」と質問し、懇談が始まりました。私からは、今回の総合事務所の在り方についての市の提案は、災害の初動対応を弱める、住民サービスの低下につながる、都市内分権に逆行するなどの問題点があるとのべました。その後、市の財政見通しと職員給与の在り方、建設事業の取組などで意見交換されましたが、会員さんたちの中には、今回の機構見直しの後に総合事務所をなくして木田庁舎への集中をすすめるようなことが起きるのではないかと不安視する声が大きかったですね。

 新市建設計画の変更に関しては、「交付税に算入されると言うが色づけされているのか」など合併特例債に関する質問が相次ぎ、その後、(仮称)厚生産業会館、新水族館建設は本当に必要かという議論が活発に行われました。会員のみなさんは全体として反対の雰囲気が強く、議員側は賛成と反対あるいは慎重派に分かれました。市街地に住む議員の中にもはっきりと「一言で言って厚生産業会館は必要ありません」と言う人もいて、注目されました。また、新水族館の入館者見込みはあてにならないという議員もありました。私は(仮称)厚生産業会館については高田区の地域協議会の「基本構想案は不適当」という答申を尊重すべきという見解です。新水族館は慎重派です。いまの財政状況を考えると、さあ建てましょうという環境ではありませんね。市民の暮らしを守る方が先です。

2012年11月26日

11月26日は柿崎一揆の日

 1783年(天明3年)の今夜、柿崎区の下黒川地域で一揆が起きました。きょうは午後3時頃から約1時間、フリーライターの玄間太郎さんとともに現地を歩きました。米山の状況、紅葉が終わった山林の様子、草花などを見てきました。ヨモギやフキが枯れずに残っていましたが、これらは当時も貴重な食べ物になったものと思われます。

 一揆を起こした集団は柿崎の浦浜海岸に集結したのち、角取、下小野、上小野、高寺と動いたらしいのですが、どういうルートで動いたかは史料がありません。高寺にある諏訪神社(下の写真)や荻谷から柳ケ崎に抜ける道等を見て回り、玄間さんは小説のイメージを膨らませたようです。

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 上小野地内に馬頭観世音があります。このそばに1833年(天保4年)に建てられた石塔がありました。天保4年というと、天保の大飢饉が始まった年です。冷たい雨が降り、風も吹き始めると、一気に天保年間にさかのぼった感じがしました。

 上小野を流れる黒川で堰を上ろうとするサケの姿を確認しました。強い流れに抗して必死に進もうとするサケ。しかし、流れには勝てず、ついに力尽きて下流へと流されていく。サケの悲しい運命と一揆に立ちあがった人たちの姿がだぶってしまいます。

 今夜は地元党組織の決起集会でした。総選挙に勝利するために、先日の党中央委員会の決起集会のビデオを見て、最後は、みんなで「頑張ろう」と気勢をあげました。

 市政レポート1580号、「春よ来い」の第228回、「柱時計」を私のホームページに掲載しました。ごらんください。

2012年11月30日

市長が大山温泉あさひ荘についてコメント

 12月定例議議会に関する上越市長の記者会見は22日に行われました。会見の詳細が昨日、市のホームページにようやく掲載されました。そのなかで、大島区にある現在休館中の大山温泉あさひ荘について、現在、新たな担い手になるかもしれない方と担当部局が協議、検討中であることが明らかにされました。

 市長のコメントは、記者の「大島区のあさひ荘について、市も財産を一部取得していると思います。再開を巡って12月にも判断という流れだったと思いますが、現時点でいかがでしょうか」という質問に答えた中で明らかにされたものです。

 市長は、「あさひ荘について、施設の状況がどうなっているのか、仮に何かをするとした場合どのようなことが可能なのかということが課題となります。引き合いといいますか見せてほしいという話をいただいていることもあります。今の施設そのものをきちんと使っていきながら、地域の皆さんと一緒にという思いでこれから取り組んでいきたいという方もおられるやに聞いていますので、そういう皆さんときちんとお話をして、また、皆さんからのお話を聞きながら市がどういう形で関わっていけばいいのかということを12月議会が間もなくですので、そんな時までに詰めていければと思っています。相手もあることですし、相手の皆さんがどういう検討が必要かということもありますので、今、担当部局で協議、検討といいますか、話を始めさせていただいていると聞いているところであります」とのべています。

 大山温泉あさひ荘は大島区内外からぜひ再開をという声が高まっています。話し合いがうまくいくといいですね。

2012年12月13日

吉川区坪野で167センチ

 上越市のホームページによると市内の観測所で午前9時現在、積雪量が最も多いのは吉川区坪野の167センチとなっています。次いで吉川区下川谷が162センチ、3位は大島区菖蒲の128センチです。ホームページには掲載されていませんが、吉川区上川谷では2メートルくらいになっているものと思われます。

 きょうは市政レポートを印刷したのち、浦川原区、安塚区、大島区とまわってきました。久しぶりに青空も出て、ホッとしました。浦川原区では気温の上昇に伴い、霧が発生していました。

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 大島区牛ヶ鼻では雪下ろしをしている人の姿もありました。屋根の雪下ろしを見たのは今冬では初めてです。

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 次の写真は大島区菖蒲です。

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 最後は大島区竹平、母の実家のわき道です。ここも1メートル50センチを軽く超えていましたね。

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2012年12月18日

「丁寧な説明」だけでいいのか

 昨晩の高田区地域協議会でのことです。いったい市役所の人たちは何をしに来たんだろうと不思議に思いました。(仮称)厚生産業会館基本構想案について、高田区地域協議会の人たちに、「これまで長期間にわたり議論していただきありがとうございました」というお礼の言葉もなく、「どのように構想を直したら了承していただけるのでしょうか。今夜はみなさんの声をお聴きにまいりました」という言葉もない。あったのは、同地域協議会が提出した不適当答申に添えられた意見に対する市の通知書を「丁寧に説明」することだけだったのです。

 市は(仮称)厚生産業会館を高田公園内に設置するという基本構想案を9月に同協議会に諮問。それに対して協議会は、10月30日、「建設は時期尚早」「ホール施設、公民館、子ども施設の複合型施設にするのは不適当」などの意見を付して「基本構想案は不適当」との答申を出していました。市の通知書は、協議会が提出した(仮称)厚生産業会館基本構想案についての答申に対する市の考えをまとめたものです。12月議会で市長は、不適当との答申に対して、「市の考えを丁寧に説明するとともに、広く市民の声を聴くためにパブリックコメントを実施していく」とのべていました。

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 昨晩は小林都市整備部長が通知書の中身について説明したのち、地域協議会の委員から質問や意見表明がありました。委員からは、「何が何でも造るという感じがした。どうしても金を使いたいなら、収入を得ることを先に考えたらどうか」「私たちが出したものが何一つ入らない、当初計画そのものでパブコメに出していいのか。ちっとや変えなさいよ」「案でいくと陸上競技場のメインスタンドの拡張はほぼ不可能となると指摘しておいた。どんな検討をしたか。関係団体と相談したか」「駐車場は公園内全体でみれば大丈夫だという考えは疑問だ」などという声が続出しました。部長などが答弁していましたが、市の方針に理解し、推進すべきだとのべたのは整備検討委員会の委員を務めたTさんだけ、委員全体の理解を得るには程遠い状態でした。

 市は(仮称)厚生産業会館基本構想案についてのパブリックコメントを20日から来月の25日までの期間のなかで実施するとしています。しかし、地元の地域協議会の答申を事実上、尊重しないで強引に前に進めるのはいかがなものでしょうか。これでは、全国の多くの自治体から先進的だとして評価されてきた地域協議会の仕組みも台無しです。それといまひとつ、市の幹部は、「建設を望む声は多い」としていますが、新市建設計画の変更に関する地域協議会での議論の中では、今の時期に建設することについて疑問の声がたくさん出ていました。市長に対する評価にも大きな影響を与えること必至です。

2012年12月19日

おっ、歴史をつくった人がいるね

 午前中は原稿書きでした。どうもここのところ集中力が落ちていて、なかなか進みません。午後1時に党事務所へ行くと、幹部のみなさんが集まっていました。糸魚川市からやってきたKさん、新潟6区に出た高橋ミキ子さんの顔を見ると、「おっ、歴史をつくった人がいるね」。前回票を1.5倍に伸ばし、新潟6区の日本共産党の候補としてこれまでの国政選挙で最多得票をした人への賛辞の言葉でした。うまいこと言うもんです。

 午後3時半からは柿崎区地域協議会でした。総合事務所の在り方の問題で、10月29日と今月7日に行われた市議会総務常任委員会における議論をどう報告するかに注目して傍聴しました。7日の報告については担当課の職員がよくまとめていました。産業建設グループを集約した時の体制、職員配置などをめぐって交わされた議論がわかりやすく整理されていました。ただ、10月29日の議論については、どんなことが議論されたかを箇条書きにしたものだけでした。これだと、明日の大潟区地域協議会で、「約束と違う」という声が出るかもしれません。きょうの協議会では質問者はわずか一人、ちょっとさみしかったですね。

 柿崎区地域協議会のきょうの会場、何となく暗い感じがすると思ったら、会議室の真ん中の電気がいくつも消えていました。木田庁舎なら、すぐ直す人がいるのですが、ここは会議の終わりまで暗いままでした。写真を掲載しました。窓側の人たちの顔が黒くなっているのは私のカメラのせいではなく、電気が点いていないからです。

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2012年12月21日

雪が本降り

 昨日は午後から安塚区、大島区で動きました。大島区大平あたりから雪は本降りでした。ブルドーザーも動いていましたので、その動きを見ながらこちらもどこへ行くかを決めました。母の実家ではお茶を飲まないかと誘ってもらいましたが、雪が心配で家に帰ることにしました。写真は雪の中で動いている私の愛車です。

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2012年12月23日

忙しかった 美味しかった 楽しかった

 昨日は朝の「しんぶん赤旗」日刊紙の配達からはじまって、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、集金、議会報告会、忘年会と大忙しの一日となりました。午前はどこへ行っても霧が発生していて、見通しが悪かったですね。

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 議会報告会は牧区でした。総選挙の結果、総合事務所の在り方を中心に話をさせていただきました。総合事務所の問題ではここの区も産業建設グループが来春から板倉区に集約される予定であることから、「農地・水の取り組みがどうなるか心配だ」「いくら区の担当を置くと言っても牧の観光への力の入れ具合はかわってしまう」「どうしても集約せざるを得ないのなら他のグループを集約してもらいたい」など活発に質問が出ました。

 報告会の後は懇親会でした。話題となったことの一つは、今年のコメの出来です。等級の低さ、カメムシ被害を問題にしていた人がいて、どこのコメが一番うまいかという話に発展しました。取り寄せた料理も美味しかったですが、手作りのコンニャク料理と干し柿が最高でした。干し柿は一昨日、昨日と連続してもらいました。一昨日、もらったものは柔らかでとろりとした甘さがありました。昨日もらったものは、少し硬めで粉が吹いていました。あまりにも出来がいいので、2個もらってきました。まだ、見せたい人がいるので食べていません。

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 牧区での会が終わって、高田の仲町で行われたNPO法人頸城野郷土資料室の忘年会に参加してきました。理事長は同級生の石塚さんです。ここでもたくさんの美味しい料理とお酒が並びました。牧の報告会参加者の方から「高田の忘年会で飲んでもらって」と預かってきた中川卓さんのどぶろくも大評判でした。話で盛り上がったのは(仮称)厚生産業会館問題です。「市はもっと柔らかな対応をすべきだ」「こんなことをやっていると来年秋は負けるね」などと賑やかでした。写真は中川さんのどぶろく、そして石塚さんの家の屋号が入った銚子でいっぱいやっているところです。

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2012年12月26日

大山温泉あさひ荘、市内2業者とはいまだ協議中

 昨日、大島区地域協議会が開催され、現在休館中の大山温泉あさひ荘について市側から報告がありました。報告によると、あさひ荘の経営をやってみたいと手を上げている市内の2つの民間業者との協議は継続中で、協議が煮詰まっていけば、指定管理者の公募が実施されるということでした。

 市側は委員からの質問に答えて、「(公募方針が決まれば)この2業者とも応募したいということで検討しておられると聞いている。ただ、実際に公募という段階になってみないとわからない」とのべていました。その一方で、「(公募ということで決まれば)地域の組織がどういう形で支援していくかが課題になる。次回以降の会議で議論してほしい」と含みのある発言がありました。朗報を待ちたいと思います。

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2013年01月04日

大山温泉あさひ荘、指定管理者公募へ

 朗報です。上越市は現在休館中の大山温泉あさひ荘(大島区田麦)について指定管理者を公募する方針を固め、本日、明らかにする模様です。たぶん、本日の記者会見で市長が明らかにするものと思われます。

 12月議会の私の一般質問に答えて、市側は、大山温泉あさひ荘については市内の2業者と協議中と答えていました。これらの業者が公募申請してくれれば、あさひ荘再開に向けて大きな一歩を踏み出すことになります。写真は昨年12月6日に撮影したあさひ荘。

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2013年01月07日

上越市消防出初式

 市の消防出初め式に参加してきました。ここ数年は川谷冬祭りと重なっていたために参加できず、久しぶりの参加です。大島正春団長の挨拶、市長訓示では昨年の災害にふれながら消防団の役割について大きいとのべていました。恒例となっている表彰、今回は県知事表彰、県消防協会表彰、上越市消防表彰が行われ、約800人(延べ人数。ダブりあり)の人たちが受賞しました。

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 団長の挨拶でも触れられていましたが、消防団の活動は、火災だけでなく、水害、地震、地滑り、行方不明者の捜索など広がってきています。災害が多くなっている中で、実践的な訓練強化が求められています。また今年は7月に新潟県消防大会が上越市で行われます。団員のみなさんにとっては忙しい年になるかと思いますが、頑張っていただきたいものです。

 出初め式が終わってから、市内にある「七福の湯」に入りました。このところ睡眠不足が続いていて、すごく眠かったのです。休憩室で横になったら、すぐに寝てしまいました。もし眠れなかったらと持ち込んだ、猪瀬直樹の『決断する力』(PHPビジネス新書)は1ページも読むことなく、眠りに入ったようです。これでだいぶ疲労は回復しました。

2013年01月11日

大山温泉あさひ荘、7月再開に向けて指定管理者の募集始まる

 上越市は本日、大島区田麦にある大山温泉あさひ荘の指定管理者の募集をスタートさせました。応募資格は、各施設の募集条件を満たす事業者、団体。希望者は指定管理者指定申請書に必要事項を記入し、必要書類を添付して平成25年1月31日(木曜日)午後5時までに担当課(大島区総合事務所)へ申し込んでほしいとのことです。

 市の募集要項によりますと、指定期間は平成25年7月1日から平成28年3月31日までの予定(2年9か月間)となっています。したがって、市長の年頭の記者会見では、早ければ5月の連休明けにも再開したいとのことでしたが、最終的には7月1日再開の方針で決定したことになります。

 指定管理業務等についての説明会は1月18日(金)午前10時00分から2時間程度、あさひ荘において行われます。希望者は、1月16日(水)午後5時までに大島区総合事務所へ電話等で申し出てくださいとのことです。詳しいことは大島区総合事務所産業建設グループにお問い合わせください。

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うれしい激励、そして雪の状況

 きょうもいろいろなことがありました。うれしかったのは安塚区での出来事です。先日、街頭宣伝を聞いて電話をくださったTさん宅を訪問しました。この方は10数年前まで自民党の応援をしていたといいますが、政治家不信になってしまったとのことでした。その方が最近、私どもの活動を目にして再び政治に関心を持ち始めたというのです。私の市政レポートには特に関心を持ってくださり、まわりの人たちに読むようにすすめているというお話でした。そして、初めて立ち寄ったガソリンスタンドでも女性の方が、「私も読んでますよ」とレポートのことを話してくださいました。うれしかったです。

 「しんぶん赤旗」日曜版の配達をしながら、きょうは雪の状況も見てきました。大島区の大島地区では道路に圧雪があり、ブルが圧雪はがしで動いていました。昨冬もこのブログで何回も紹介した母の実家のある大島区竹平は今朝の段階で積雪が2メートル50センチにもなったそうです。大島区と吉川区の境あたりからは雪崩の危険性が高まっています。すでに雪庇落としの準備も始まっています。雪にスプレーで印の付けてあるのは雪庇落としの範囲を示したものです。

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 こうしてみると、積雪は昨冬の災害救助法適用時に近づいてきました。要注意です。

2013年01月18日

雪庇落としを急いで!雪崩の危険性高まる

 今年は典型的な山雪型の降雪となっています。昨日現在では清里区の青柳で248センチ、大島区菖蒲で228センチとなっています。こうした中、雪崩の危険性も高まってきました。至急、危険個所の点検をし雪庇落とし等の対応をとってほしいものです。

 昨日、大島区へ行った際、主要地方道上越安塚柏崎線板山地内の県道で小規模の雪崩が発生していました。小規模とはいえ、県道の3分の1を埋めています。走行中の車と雪の落ちてくるのが一緒になれば重大な事故にもなりかねません。写真を掲載しましたのでご覧ください。

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 この個所については大島区総合事務所産業建設グループに連絡し、県に働き掛けるよう求めました。当面は雪庇落としで対応して、今後は雪崩防止柵の設置をしてほしいと思います。事故が起きる前に手を打ってほしいです。

2013年01月19日

吹雪の中、「しんぶん赤旗」配達、その後上京

 昨日は大荒れでした。午前の「しんぶん赤旗」日曜版配達では吹雪で何度もわが愛車・ホンダライフが立ち往生しました。電柱と前から来る車のライトだけがたよりでした。ほくほく線はくびき駅から東京へ。いちばん長く感じたのはくびき駅での電車の待ち時間でした。最初の「5分遅れます」のアナウンスが次々と変わり、最終的には20数分遅れで電車が到着しました。強風が原因ですが、アナウンスも乱れました。写真は吉川区東田中地内の県道とほくほく大島駅から見た風景です。

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 新幹線の中では、玄間太郎さんの『起て、皆の衆──天明 越後柿崎一揆』(3月刊行予定)の原稿読みに集中しました。このブログにも書いたように、玄間さんとは柿崎一揆の現場を二度歩きました。本が出来上がる前に私のところに原稿が来たのは、柿崎に近いところに住んでいるものとして「おかしいと感じるところはないか」チェックしてほしいと要請されたからです。農作業の手順など一部に気になる点はありましたが、よく調べてあると思いました。もっとも柿崎一揆そのものに関する史料はきわめて少なく、一揆についての記述は創作です。なかなか読ませる本ですよ。

 さて、私の方はこれから食事をして、電車に乗ります。きょうはお世話になった古厩忠夫教授(故人)に線香を上げさせてもらい、同窓生と懇談。その後は水道橋で、新随想集の出版計画について出版社側と話し合いをします。帰りは最終電車になる予定です。

2013年01月22日

消防本部での懇談、視察で学んだこと

 16日に上越地域消防事務組合本部を視察し、幹部のみなさんと懇談して学んだことのひとつは、東日本大震災を経験して、いま求められている防災訓練は、発災型防災訓練(シナリオのない実践型の訓練)だということです。会場で訓練を見るだけ、あるいはちょっとだけ参加する従来型の訓練と違って、(模擬)災害に遭遇した時、それぞれの判断で行動する。こうした訓練を重ねることによって、実際の災害では、あわてず、的確な判断と対応をすることができるようになるということでした。重要なことだと思います。写真は2011年7月30日の豪雨災害。

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 学んだことの2つ目は、消防職員はオールマイティーでなければならないということ。災害が大規模化、広域化する中で災害対応にかかわる設備や機器は高度化、多様化してきていますが、「これは誰の担当だ」などと言っていては対応できないといいます。どの分野の仕事もできるようにしなければならないとは理解できますが、実際はたいへんなことだと思いました。写真は救急車の内部。

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 学んだことの3つ目。消防署の資機材は大きな災害を経験するたびに新たな資機材の導入がされています。写真はトンネル事故等に学び導入された送風機です。また、資機材もより使いやすいものへと工夫されていきます。写真の簡易トイレは、ミニテント内の設置では使いにくいという声を受け、さらに大きなテントの中にミニテントごと設置する方式に変わりつつあるということでした。

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2013年01月28日

「ありがとう」の合図を送ってくれる人も

 大雪災害警戒対策本部設置を受けて昨日は豪雪地帯を中心に視察や要援護世帯の訪問をしてきました。回ったところは吉川区、大島区、安塚区、浦川原区の山間部です。今回の吹雪は平野部だけでなく山間部でも猛威をふるっていました。吉川区の上川谷と大島区の板山間はちょうどブルによる除雪直前の一番きびしい時間帯に通りましたが、吹雪で道が極端に狭くなっているところがあちこちにありました。

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 積雪は吉川区上川谷で3㍍40㌢、大島区竹平で3㍍30㌢です。意外と少ないと感じたのは大島区菖蒲でした。2㍍56㌢です。いつもなら、この時期、同じ大島区竹平よりも多くなるのに、「今年はどうなっているのか」という声もありました。昨日は日曜日とあって、どこでも除雪機で除雪している人や屋根に上っている人が見られました。宣伝カーで「何かお困りのことがありましたら橋爪までお知らせください」の呼び掛けに手を合わせて「ありがとう」の合図を送ってくださる方もありました。

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 大島区菖蒲西では午前中に除雪機の講習会が行われたといいます。これは昨年秋の補正予算で決まった地域支え合い体制づくり事業に基づいて導入した除雪機の使い方の講習です。昼食後、町内会長さんの案内で除雪機を見せてもらいました。最新鋭の30数馬力の機械で操作盤にはいろんなレバーやボタンがついていました。私もさわらせてもらいましたが、講習が必要だというのがよくわかりました。

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 夕方からは直江津で民団上越支部の新年会でした。同じテーブルには上越国際交流協会の川室京子さんがおられ、先日亡くなった旧吉川町議会議長の八木一郎さんの思い出や市内在住の外国人の方の生活相談などについて語り合いました。市内には外国人の方が1200人ほどおられ、言葉の問題や結婚などで様々な困難を抱えている人が多いということを初めて知りました。

 市政レポート1589号、「春よ来い」の第237回、「義父の三回忌」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2013年01月30日

臨時議会、豪雪地帯視察

 おはようございます。昨日は臨時議会でした。主たる議案は一般会計補正予算と新幹線新駅地区土地区画整理事業特別会計補正予算です。これは前政権が「経済危機対応・地域活性化予備費等の活用」として打ち出した経済対策を活用した上越市の経済対策の第一弾ともいうべきものです。

 今回の補正予算について村山秀幸市長は、「早期に発注が可能なもので、農林水産業の振興や市民の安全対策に資する事業などを中心に選定した」といいます。一番多かったのは道路改良等工事です。市道長塚稲増線(板倉区豊原小学校の付近)の歩道整備、市道三ツ屋浜村中線の道路側溝工事等1億1531万円が計上されました。次に多かったのは土地改良事業関連です。農地・農業用用排水施設及びため池整備を前倒しして実施するための予算、6756万円が盛り込まれました。このほか南本町小学校大規模改造トイレ改修事業で4151万円、新幹線新駅東口駅前広場築造工事(路床工事)で5750万円が入っています。

 常任委員会の審査では、今回の経済対策をすすめるにあたっての市の経済対策本部などでどういう議論をしてきたかを私が訊いたほか、新幹線新駅東口駅前広場築造工事の今後のスケジュール、ため池整備の今後の計画などでいくつかの質問が行われましたが、採決ではいずれの議案も、委員会、本会議において全会一致で可決されました。

 臨時議会が終わってから党議員団で牧区、清里区、板倉区の豪雪地帯を見てきました。27日に私が単独で回った吉川区、大島区、安塚区、浦川原区などと違って、こちらはいつもよりも雪が少ないなという印象を持ちました。もっとも昨年は2月の降雪がすごかったですので、まだどうなるかわかりません。

 牧区は市の中山間地対策のモデル集落となっている高尾へ行ってきました。途中、通行者の安全確保のための雪庇落とし作業が行われていました。気温が上がる時は雪崩の危険性が高まります。早め、早めの雪庇落としが大切です。集落へ入って5人の人と話しました。山から水を引いて除雪をしているお父さんが、「これなら燃料費もかからず、楽だわね」とニコニコして語ってくれました。昨年の大雪の時もこの集落へは行ったのですが、消火栓も道路案内表示も埋もれることなく、昨年よりも少ないと感じました。でも、一人のおばあちゃんが「もう屋根に7回上がった」。これにはびっくりしました。昨年よりも少ないと言っても積雪は2メートルを軽く超えています。大変なことは大変なんですね。

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 清里区は、観測所のある青柳に行ってきました。毎年、みんなで「すごいね」と言っていた空き家が崩壊の一歩手前でした。雪がもう少し降るとつぶれるでしょう。ただ、近隣の家や道路への倒壊はないと判断してきました。観測所のある旧青柳分校があったところの積雪は2㍍80㌢でした。この観測所がある高いところから集落を見た時、「集落が雪に埋まっている」と思いました。

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 板倉区は機織と久々野へ行ってきました。昨年の災害救助法適用時にも訪問した豪雪地帯でした。ここも昨年よりもずいぶん少なかったですね。昨年、ロープを使って二階に出入りしていたヒサさんは、「屋根の雪下ろしはまだ2回。玄関前の池も雪消しに使える」と笑顔でした。昨年の写真と比べてみてください。

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2013年02月03日

井上さとし参院議員と豪雪地調査、そして新春の集い

 おはようございます。日本共産党の井上さとし参院議員が昨日、上越市の山間部に調査に入りました。上越市議団も一緒です。今回の調査の目的は豪雪地帯の実態把握です。具体的には、災害救助法適用前でも除雪などでの苦労が多いことから、要援護世帯除雪費補助制度や冬期保安要員制度など自治体独自の支援措置をとっている現場の生の声を聴くこと、もうひとつ、市道、県道などの除雪状況とともに雪崩危険個所がどうなっているかを確認することでした。

 調査地は吉川区上川谷と大島区竹平。上川谷は昨日の午前9時現在3㍍16㌢の積雪でした。冬期保安要員の宮川俊一さんや80歳の田辺ミヨさんから雪との闘いについて聴きました。調査したメンバーは災害救助法適用前でもきびしい状況となっていることを聴き、驚いていました。田辺さんは数年前の冬、夜中に病気を出し、冬期保安要員に助けられてやっと医者にかかることができたことなどを話し、「保安要員がいなければここで生きていかれない」と訴えられました。

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 大島区竹平は積雪3㍍30㌢(昨日の午前9時現在)でした。ここではバックホーや小型除雪機等をフル動員し、民家周囲などの除雪作業中でした。内山文英町内会長の案内で一人暮らしの女性宅を訪問し、話を伺いました。この家の除雪をこの先もできるようにするには道路脇の大きな山となった雪をどかす必要があるとの判断から、バックホーなどが動いていました。内山文英町内会長からは、空き家もふくめ除雪対策の強化を訴えられました。写真は一人暮らしの女性の家とは別です。

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 調査メンバーは途中、雪崩防止策についても調査、県道などで小さな雪崩が起きているところを見て、防止柵の増設などが必要なことを確認しました。井上議員は私の牛舎で初めて小型除雪機を運転しました。除雪機による事故が多発していることから、今後どうするかについても国会議員と連携して対策をすすめていきたいと思っています。

 さて、午前11時からは日本共産党後援会主催の恒例の「新春の集い」でした。約50人の皆さんから参加していただき、とても有意義な会となりました。第一部では、私が市政報告をし、井上さとし参院議員がデフレ対策、安倍内閣の憲法改悪策動など国政の課題について講演しました。市政報告では、災害救助法適用問題、通学路の安全対策、総合事務所の見直し問題などでの私の質問や見解を紹介しました。井上参院議員は、デフレ対策は賃上げなどによって購買力を高めることが要であり、大企業の内部留保をちょっとまわすだけで可能と語りました。また、被爆二世として憲法改悪の動きは許せないとのべ、改悪にストップをかける決意を表明しました。

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 懇親会は今年も盛り上がりました。朗読グループの皆さんが私の書いた「わら布団」(『幸せめっけた』恒文社、所収)を群読、さらに紙芝居プラスαで「金色夜叉」を披露してくださいました。ボール箱に豆を入れて波の音を出すなど、なかなかの演出でしたね。紙芝居の絵の裏に書かれた原稿を読む小田さん、蹴飛ばされて倒れこむお宮役の村松さん等、みなさん熱の入った演技を見せてくださいました。昨年漫談で会場を沸かせた仙田幸造さんが今度は「ねずみと豆」の昔話を演じ、大きな拍手を浴びました。仙田さんの昔話は代々言い伝えられてきたものとか、次回にはどんな話が聴けるのか楽しみです。昨日の集いでは、じゃんけんゲームが終わってから原発の問題などで質問が相次ぎ、参院選に向けて良いスタートを切ることができました。

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 昨日のことは井上さとし参院議員のブログにも書かれています。下線部をクリックしてごらんください。

2013年02月06日

要援護世帯除雪費助成増やしての電話2本

 おはようございます。

 昨日は穏やかな一日でしたね。この間の雨と気温上昇によって、雪消えは一気に進みました。除雪業者はこの天候を利用して、雪の山の撤去、普段なかなかできないところの排雪作業などを行っていました。私は市役所で原稿整理をしました。こうしたなかで雪に関する電話が2本入りました。いずれも、要援護世帯除雪費助成に係わるもの。このまま雪が降らなければいいけど、枠(4万1000円、多雪地帯は6万5600円)を超えそうだ、というものです。1本目の電話では、「排雪作業ではもったいない金の使い方をしている。それらの金を要援護世帯の除雪にまわすべきだ」との声もありました。

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 午後からは柿崎病院後援会の理事会でした。藤森病院長より、病院の現状と今後の地域医療の在り方について約40分間報告があり、その後、意見交換が行われました。そのなかで注目したのは、(少人数の医師、スタッフで頑張っておられるのですが)現状だと、日常業務、通常業務をこなすことでいっぱいいっぱい、救急対応をすると一般の人を見れなくなるという現実でした。リハビリ技師の不足を指摘する声もありました。

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 理事会が終わってからは年1回の会費制懇親会でした。すっかり顔なじみの理事さんもいれば、新しく理事になった方もおられます。病院のことだけでなく、市政のことなども話題になりました。初めて出会った人の中に、岩出のOさんがおられました。話しているうちに、10数年前にこの方の家の門について随想に書いたことを思い出し、話がはずみました。病院スタッフのなかには吉川区出身の方もおられ、声をかけていただきました。

2013年02月07日

総務常任委員会、デスクワーク、くびきの研究会と

 おはようございます。

 昨日は午前が総務常任委員会でした。自治基本条例の検証作業の最後の会議となりました。市議会に諮らないで市民投票する場合の条件などで委員間で討論が行われたほか、新たに「組織」「市の出資法人等」についても条文を設けるべきだとの提案があり、その点は全委員の合意をみました。後は、議長への報告だけとなりました。

 午後からはデスクワークです。新随想集、『あねさかぶり』の原稿における年月日の表示を全面的に書きかえたほか、市政レポートの10日号の「春よ来い」の原稿を書きました。今回は稲沢市に住む弟が母に贈ったプレゼントについて書いてみました。ちょっと苦しんだのは、井上さとし参院議員の2日の豪雪地調査の記事です。議員団ニュースでも書いているので同じくならないように、新たな情報も入れて記事にしました。

 夕方からは「くびき野自治体研究会」の学習会です。新水族博物館のこれまでの経過と課題について会員同士で意見交換しました。この問題については、15日の午後6時半から市民プラザで日本共産党議員団が「市民の意見をお聴きする会」を計画していますので、参考になりました。これまでの基本計画案や庁内検討委員会の報告書は定例議会で報告されているものの本格的な議論はこれからです。しっかり議論していきたいと思います。

 昨晩は冷え込んで、霧だか靄だかが立ち込めていましたね。きょうはこれから市政レポートを印刷し、ポスト下ろしで動き回ります。「しんぶん赤旗」日曜版も少しは配達したいと思っています。明日は会議が二つもありますので。

2013年02月11日

レルヒ祭、平良木議員の「新春の集い」と参加

 おはようございます。昨日、初めてレルヒ祭に参加してきました。本当は一昨日の花火も観たかったのですが、吹雪で断念しました。昨日はわずかの時間ですが、シャトルバスに乗って会場の金谷山スキー場へ行ってきました。印象深かったのはそり遊びをする人がとても大勢であったこと、それも子どもたちだけでなく大人も楽しんでいたことです。私は目当てだったスノーモービルに試乗するために順番待ちしてみたものの、途中で吹雪にさらされ、あきらめました。来年の楽しみにしておきます。

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 午後からは日本共産党平良木哲也地域後援会主催の「新春の集い」に参加してきました。地元町内会の人たち、教員時代の同僚のみなさん、党の仲間みなさんなど100人近い人たちが集い、とても盛り上がりました。

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 参院新潟選挙区の候補者に決まった西沢博さんが駆け付け、若者の雇用、景気の回復などで力強い訴えを行い、平良木議員が国保税や新市建設計画の変更など当面する市政の課題について語りました。楽しかったのは、Mさんの落語、「初天神」。高田言葉を駆使し、笑いの連続でした。女性後援会の「憲法音頭」も良かった。これは、憲法制定後、国民に広く浸透させようと、サトウハチローが作詞、中山晋平が作曲したものだということを初めて知りました。平良木議員も登場した寸劇も会場を沸かせましたね。高田には独唱した横尾さん、フルートの福富さんなども含め、芸達者な方が多いですね。

 集いでは私の出番がいくつもあって、びっくりしました。市議会で平良木議員の果たしている役割の紹介は予定していましたが、朗読グループの「雪の一本道」(杉みき子作)で高校生役を急に頼まれたほか、福引では景品渡しを担当しました。朗読では、シナリオと違った動きをして冷や汗をかく場面もありました。いや、まいりました。

 市政レポート1591号、「春よ来い」の第239回、「声の便り」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2013年02月18日

頸城区希望館での「新春の集い」に150人

 おはようございます。昨日は半日ほど原稿書きに専念し、午後から頸城区の希望館で行われた「新春の集い」に参加してきました。初めて後援会主催による「新春の集い」にしたということですが、150人を超える参加にはびっくりしました。

 オープニングは吉川区河沢のパーマ屋さん、江村さんなどの舞いでした。きれいな動きにうっとりしました。

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 第一部は、井上さとし参院議員と上野市議の挨拶です。

 井上参院議員は、「2期12年間の国会議員の活動の原点は原爆への怒りだ。出身高校は広島の原爆の爆心地のすぐそば。人間の姿で死ぬことも許されなった高校の先輩たちもいるということを知って、こんな理不尽なことが許されるだろうかと、その憤りを原点にしてきた。大学で日本共産党に出合い、ともに歩んできた。国会に送っていただいてからも、それが原点になっている。何よりも命が粗末にされる医療や福祉の切り捨てを許さず、人間を使い捨てるような働き方をやめさせるために頑張ってきた。総選挙後、国会では自公と国民の願い実現目指し、対案を示す日本共産党の対決が浮き彫りになってきている。明日からの参院での論戦でも頑張り、夏の参院選に勝利していきたい」と訴えました。

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 上野公悦市議は大勢の参加となったことに感謝しつつ、議員活動の一端を紹介しました。この中で上野議員は、「議会基本条例が制定されて以降、ますます現場主義を大切にしている。災害などでは市内のどこでも飛んでゆき、市民のねがい実現のために頑張っている。また、大きな問題では必ず市民の皆さんの声をお聴きしながら発言しているし、定期的な議会報告を重視している」「一昨日(15日)の災害対策特別委員会では初めて地域防災計画の原子力防災対策編の見直し案が示された。私は市民の命と安全を守るためには一人でも被ばくしないような避難ができるのかとただした。なかなか困難を極めるという答弁だったが、柏崎刈羽原発は再稼働させてはならない」と報告していました。

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 第二部は懇親会ですが、冒頭、衆院新潟6区候補だった高橋ミキ子さんと私が挨拶しました。高橋さんは、「ミッキーでーす」ととても元気に挨拶。私からは、上野議員の最近の災害対策の分野での発言、住宅リフォームの提案などを紹介しつつ、「上野議員は頸城区に欠かせない議員であるだけでなく、上越市議会で欠かせない存在になっている。ぜひ引き続き応援を」とお願いしました。この集いのための料理は、後援会の女性のみなさん、約20人が朝9時から準備しました。ちらし寿司、かぼちゃやちくわなどの天ぷら、ゼンマイの煮つけ、ハヤトウリなどの粕漬け、まだ何かありましたね、美味しいものがテーブルの上に並びました。漬物が大好きな私にとっては最高の料理です。

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 懇親会では歌や踊りもあってとても賑やかでした。地元の人たちが踊りを披露すると一緒に踊り始める人もいました。私はここ数年ずっとこの地域での「新春の集い」に招かれていますが、毎回参加者が増え、新たな趣向もこらしている点にはいつも感心しています。今回の集いでは、とうとう「上野こうえつ応援歌」までできました。宣伝カーに乗る女性陣を中心にそろいの黄色いジャンパーを着て、登壇した人たちが応援歌を披露しました。すごかった。

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 市政レポート1592号、「春よ来い」の第240回、「猫とシイタケと」をホームページに掲載しました。ごらんください。

2013年02月22日

団会議、消防議会、板倉地域協議会学習会と続く

 おはようございます。昨日は市政レポートの作成、印刷で午前9時半ころまでかかりました。途中、約1時間、妻の送りなど別のことをしていたこともありますが、朝の3時前には起きたものの、うつらうつらしながらパソコンに向かっていたので時間がかかったのです。

 市役所ではカップラーメンを食べながら団会議を午後1時ぎりぎりまで行いました。総括質疑のテーマについての検討です。議員団のメンバーはそれぞれ猛烈に忙しく、昨日は3人一緒になれるのは午前11時からわずか2時間だけでした。まだ最終形になっていませんが、質疑には上野議員が登壇する予定です。

 午後1時からは上越地域消防事務組合議会でした。2012年度一般会計補正予算、2013年度一般会計予算等の審査で約2時間かかりました。私の方からは、消防組合としても原子力防災計画づくりを急ぐべきだという訴えをさせてもらいました。県内自治体が東京電力と安全協定を結ぶ展開となっている中で、管内の自治体と連携して速やかに対応できるよう準備を急ぐ必要があります。

 夜は板倉区地域協議会の中山間地対策についての学習会でした。私と鴨井議員で中山間地域振興基本条例の制定とその後について説明し、約1時間意見交換させてもらいました。地域協議会委員の他、寺野地区から何人か参加していただきましたが、「条例や各種事業のことが住民まで届いていない。もっとピーアールを」「Iターン、Uターンの取り組みを強化すべき」「町内会館の耐震化はどうなっているか」などの声を寄せていただきました。

 きょうは妻をくびき駅まで送ってから、除雪です。その後、総括質疑の検討、市政レポートの一般紙折り込み分の印刷、「しんぶん赤旗」日曜版の配達、公民館の「ふるさと講座」と続きます。「ふるさと講座」は初回です。もう少し準備に時間がほしいなぁ。写真は昨日の平和橋です。

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2013年02月23日

元気の出るふるさと講座

 おはようございます。昨日の朝方の雪には参りましたね。どか雪のおかげで午前は1時間半も除雪機を動かすことになってしまいました。私のところはまだいい方で、山間部では一気に積雪量が増えました。吉川区上川谷で4㍍33㌢、大島区竹平で4㍍20㌢となりました。これまで災害救助法、県救助条例の適用までいかなかったのですが、昨日、安塚区が救助法の適用、大島区、牧区が県救助条例適用になりました。ただ、救いだったのは、お昼頃には暖かい陽射しが雪の大地に注がれたことです。これで雪がしただまりました。

 昨日は午後から市公民館主催の「元気の出るふるさと講座」でした。会場は柿崎地区公民館、30人近い人が参加して下さいました。今回のテーマは中山間地域で元気に暮らすにはどうしたらいいか、です。私が上越市の中山間地域振興基本条例の制定の目的やその後の取り組みについて説明し、NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部の渡邉さんとNPO法人よもぎの会の小林さんが事例発表しました。

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 スライドを使った渡邉さんの話のなかに、「真水で結ばれる集落」ということで、冬の日本海で発生した蒸気、真水が雪になること、さらに、春になれば大地で「緑色の爆発」が起きる、こういった説明がありました。また、「葉は枯れ落ち重なり巨大な貯水庫になる」というのも出てきました。私が話した中山間地域の公益的機能について、より分かりやすく説明してもらった感じです。渡邉さん、小林さんからは中山間地域の自然や暮らしの豊かさをしっかりつかむことの大切さを語っていただき、とても良かったと思います。

 きょうは「しんぶん赤旗」日刊紙、日曜版の配達の後、大島区へ行きます。雪ほたるを見たり、「旭雪遊び」を楽しんだりするためです。夜になれば、従兄弟たちとともに餅焼きもします。テントで私の顔を見たら、声をかけてください。

2013年02月24日

豪雪地視察、雪ホタルロードも見てきました

 おはようございます。昨日は、新潟県災害救助条例が適用された上越市の牧区、大島区、災害救助法が適用された安塚区をまわってきました。牧区今清水では冬期集落保安要員の小林さんが消火栓の周りの除雪作業中でした。小林さんからは、集落の状況や住民の暮らしを守るための仕事についてお聞きすることができました。昨年の冬、お茶を御馳走になったNさん宅は空き家となり、家がすっぽりと雪に覆われていました。さみしかったですね。新潟県では平成24年度、集落の生活道路の除雪・圧雪、公共施設の除雪、救急患者の輸送、要援護世帯の除雪支援などを行うために冬期集落保安要員を上越市、十日町市などの25集落に33人配置しています。このうち上越市は6集落に10人です。

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 安塚区に入ると雪ホタルロードづくりをあちこちでやっていました。下船倉、上船倉ではちょうどローソクに点火の時間でした。雪の中、集落の人たちが、たぶん総出なのではないでしょうか、大勢が出ておられ